エピローグ
事件後、タイプGに誘拐された少女は地元の所轄署に保護された。
暗黙のルールとして、救出作戦はパラ研。そのあとの保護は警察という区分けになっているからだ。
だが、雪人だけはそうするわけにはいかなかった。
戸籍のないスラムの住民は警察の保護対象外という理由ももちろんあったが、何よりも人外化してしまった人間を、警察にまかせるわけにはいかない。
だからと言って、パラ研にまかせてよいかと言うと――
『え? 報告書に記載しないんすか!?』
『ああ』
『やばいっすよ! 冬子さん、さすがに俺もそこまではできないっす』
『近藤、銀子の時のことを覚えているか?』
『というと?』
『私の直訴が通っていなければ、銀子は解剖実験の上で殺処分されていた』
『……あ。その、えっと』
『この少年は間違いなくそうなる。タイプRは希少種で個体数が非常に少ない。また暴走しやすく危険だし、いまだにその再生力をエネルギー転換する妄想にとりつかれた科学者も多い』
『…………』
『だから報告書には記載しない。私が個人的に保護する。報告書には〝救出対象だったスラムの少年は死亡した〟と記載してくれ、頼む』
『……分かったっす』
そんなやり取りがあり、冬子が保護することになった。
◇◇◇
雪人は二日間眠りつづけた後、冬子のマンションの一室で目を覚ました。
そして人外化したこと、人外とはどういう存在なのか、そういった事実を冬子から伝えられた。
そのときの雪人の反応はあっさりしたものだった。
『あっそ。あんま変わらねえな。どうせ人間だろうが、人外だろうが、もうスラムに居場所はないんだ……』
そう寂しく語るだけだった。
『おまえに渡すものがある。そのスラムの長老からだ』
『長老から?』
『ああ。それから伝言もある〝たとえ何があろうとまっすぐ生きろ〟――そう伝えてくれと頼まれた。おまえを救出してくれと私に頼んだのは、三人の長老衆のうちの一人だ。おまえを拾ったという長老だ』
冬子はそう言って、預かっていたボーンナイフを渡した。
『……爺さん』
雪人はそのボーンナイフを握りしめた。
しばらく無言の時間がつづいた。
そして冬子が雪人に聞いた。
『これからどうするつもりだ?』
『分からねえ。けど、とりあえず腹がへった。メシが食いたい』
そのあと冬子は料理をつくってやり、雪人に食べさせてやった。
それ以降も、雪人はその部屋に住みつづけている。
何か約束したわけではないが、なんとなく惰性で、そうなっていた。
冬子は、ほとぼりが覚めたら東堂課長に、雪人のことを伝える予定でいる。
なんとか交渉を成立させ、雪人のために戸籍を用意してやろうと思っている。そのためには東堂課長のコネがどうしても必要だ。
そして銀子と同じような生活をおくれるようにしてやりたい。
今朝も、朝食をつくる冬子の背後で、忠犬と野良猫がじゃれ合っている。
「あ。雪人、またインスタントを使ったでしょ?」
「コーヒーなんてどれも一緒だろ」
「冬子さんは豆轢きじゃないと飲まないの」
「……冬子のこだわりは面倒くせえんだよ」
「ほら。また教えてあげるから、いい? そっちの豆と、この豆をブレンドして――」
サラダを用意し終えた銀子が、雪人にコーヒーの煎れ方を教えていた。
ちょうど三人分のコーヒーを準備できたところで、冬子が焼いていたフレンチトーストも完成する。
フライパンを持ったままリビングのテーブルまで運ぶ。
すでに着席している銀子と雪人の、目の前の皿に、フレンチトーストを乗せていく。
そして雪人の皿のところで、冬子は言った。
「ほら、食え。エサだ」
「ああ?」
野良猫は嫌いではないのだ。
ただ、一度でも餌を与えたからには、きちんと面倒を見てやらなければならない――そんな義務感に苛なまれるのが嫌なのだ。
でも、その義務を果たす覚悟ができているのであれば、何も問題はない。
毎日エサを与え、成長を見守り、一緒に生活していく。
そんな日常をすごしていくのであれば、野良猫一匹、飼ってみるのも悪くはない。
――パラケルススの事件と日常 完
以上、思ったよりも文字数が少なくなりましたが、完結となります。
ここまで読んでいただけた方、ありがとうございます。感想いただければ幸いです。




