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冬子が部屋に突入すると、そこには蝙蝠のような黒い翼をもった、豚顔の大男がいた。
上から下まで全身が真っ黒に染まっている。
(悪性変異。ガーディアン系統。おそらくガーゴイルだが、顔だけ豚だな。タイプGの亜種型か。哺乳類の顔だからある程度の知能はもっている。飛空されると厄介だな)
タイプGと冬子の目が合う。
冬子はすぐに構えて戦闘体制をとったが、タイプGはあっさりと冬子から視線を外し、窓の外を眺めだした。
冬子が突入する前からそうしているようで、窓からずっと何かを見ている。
(様子がおかしい。なぜ襲ってこない)
冬子はタイプGに視線を合わせたまま、部屋の入り口から左手だけをだし、銀子にサインを送った。
まず人差し指を一本たてる。
その後にコイコイと手のひらを返した。
銀子が音をたてないように、ゆっくりと部屋へ入ってきた。
銃を構えたまま入ってきた銀子の耳に、冬子が顔を近づけた。
こころなしか銀子の顔が赤く染まる。
『銀子、追跡ペイント弾は持ってきたか?』
銀子が静かに頷いた。
冬子も頷きで返す。
冬子の意図を悟った銀子が、ゆっくりと部屋から出ていった。
部屋の外で銃弾をいれかえる音がする。
タイプGがこちらに背を向けている今が、先制攻撃のチャンスだったが、日本刀をもってきていないため一撃で屠ることができない。
中途半端な攻撃で、空に逃げられたら厄介だ。
さらにそのまま逃げられてしまったら、見失うことになる。
それだけは避けたかった。
逃亡されてもすぐ追跡できるように、まずは銀子に追跡ペイント弾でマーカーさせるつもりだ。
ナノチップが混入された染料でマーキングできれば、近藤の車のカーナビで追跡できる。
地下や建物内に入られると、軍事衛星の範囲から外れてしまい見失うこともあるが、飛空して逃げるであろうタイプGならば、まず見失うことはない。
銀子のセッティングが終わった。
再び音をたてないように、ゆっくりと部屋へ入ってきた。
そして銀子が狙いを定めたようとした、その時――
――ウガアアアア
突然タイプGが吼えた。
そして冬子や銀子には目もくれず、窓を割って外に飛び出る。
「まずい! 銀子、狙えるか!?」
「そう、命じてください!」
「必ず当てろ」
「はい。冬子さん」
◇◇◇
マンションの六階から飛び出たタイプGは、小柄な女子中学生に向かってまっすぐ降下した。
そして蝙蝠のような大きな翼を広げて、その少女の目の前に着地する。
肩にかけていた重たそうな通学鞄を、驚いた少女が落とした。
恐怖よりも、非現実的な状況に理解が追いついていないようだ。叫び声ひとつすら上げられないまま、唖然と立ちつくしている。
タイプGは、その少女を攻撃しなかった。
その目の前で膝を折り、まるで中世の騎士のように頭を垂れる。
通勤、通学のために周りにいた人間たちは固まったようにそれを見ていた。少女とタイプGの組み合わせが、映画の一コマのような見事な構図に見えた。
しばらくしてタイプGが頭をあげ、まっすぐ立つ。少女にゆっくり近づき、お姫さまを抱えるように小柄な体を抱きあげた。
そして再び蝙蝠のような大きな翼を広げて、一気に空へと飛びあがった。
この間、銀子と冬子はじっとその様子を見ているだけで、何もしなかった。
下手に刺激して暴れられると、余計な被害がでると判断したためだ。
だが、少女をさらわれたことで状況は変わった。
すぐに銀子が狙いを定める。
しっかりと両腕で拳銃をもち、トリガーを引く。
タイプGの背中に追跡ペイント弾が命中した。
オレンジ色の染料がべったりと付着した。
「よくやった、銀子」
褒められた銀子の頬が赤く染まり、緊急時にもかかわらず、頬が緩んで笑みがこぼれた。
それをほほえましく眺めたあと、冬子は銀子を促し、すぐにマンション前に止めた近藤の車へ向かった。
◇◇◇
「近藤、すぐに車を出せ!」
「え? え? どこに向かうんすか?」
「カーナビのスイッチを入れろ。追跡ペイント弾をつかった。後を追え。早く!」
「――了解っす」
慌しく乗り込んできた冬子の命令を、近藤は素早く実行に移した。
こういう時の切り替えは早い。
頭の回転自体は悪くない。ただ残念ながらシンプルにいってアホでちょっと空気が読めないのだ、近藤は。
「回転灯、点けていいっすよね?」
「点けろ、全力で追いかけていいぞ」
「やったっす! 朝の通勤ラッシュの渋滞を横目に爆走するのって、最高なんすよね!」
「いいから早く出せ! このアホ」
冬子と近藤のやりとりに呆れつつ、銀子は眠りつづける少年を膝枕した。
(この少年は、いまどんな気持ちで眠りつづけているのだろう?)
目を覚ましたら、聞いてみたいと銀子は思った。
人外化した自分自身をどう思うのか……
少年と銀子の肌色はまったく異なるが、髪色はよく似ている。
――白銀の髪。
人外に変異してしまった銀子の中で、唯一好きなのがこの髪色だった。
少年の髪をやさしく撫でつづけた。
◇◇◇
タイプGは東に向かって飛びつづけていた。
追いかける近藤の車が、都内23区を抜けて、千葉県へはいる。
そして、そのまま追いつづけていると、車内搭載されているスピーカーから、男性の声が響いてきた。
このスピーカーは機捜三課の指令室と、直通回線で繋がっている。
『おい、おまえら。今どこにいる?』
東堂課長の声だ。
冬子と近藤の背中に、冷たい汗が流れた。
『千葉方面に向けて近藤とドライブ中です』
『ほう。九時すぎても出社してこず、連絡もなしにドライブとは偉くなったもんだな。冬子』
『申し訳ありませんでした。今日は午後出社とさせてください。できれば半休扱いで』
『理由は?』
『ドライブがちょっと長引きそうなので……』
『なあ冬子。一つ聞いていいか。今朝八時頃に調布市であった人外の目撃事件、あれ、おまえ絡んでないだろうな? おまえ調布に住んでたよな? 朝っぱらから俺と野々宮だけで報道管制やらネットの情報封殺やら、面倒な仕事ばかりやらされてる元凶、おまえじゃないよな? 冬子よ』
『…………』
『おい、何とか言え』
『じ、事後承諾で、あとで作戦許可証を――』
『減給と始末書な、おまえ』
『課長! 今回はちゃんとした戦果があります』
『何だ、言ってみろ』
『教団所属の機械化兵の残骸です』
『おまえ、それ殺るのに、なにを使ったか言ってみろ』
『課長、大量のファンタジーと顧客名簿も押収しました!』
『なにを使ったか言ってみろ』
『……日本刀二本と、ファンタジー二本と、五十口径NATO弾を一発と――』
「――と? なんだ。言ってみろ』
『……APCR弾を一発』
『はあ!? APCR弾つかっちゃったんですか! 冬子さんなに考えてるんですか! あれすごく高いんですよ! うち経費カツカツなのに! 作戦許可証なしでAPCR弾つかうとか、このニコチン馬鹿!』
それまで黙って聞いていた野々宮が切れて、突然割り込んできた。
(この展開は不味い。形勢が悪すぎる。せめて東堂課長が聞いていないところで、三毛猫をネタに野々宮だけでも懐柔してからでないと)
『じゃ、そういうことで』
『おい待て、冬子。まだ聞きたいことがあ――』
冬子はスピーカーを強制切断した。
そして大きく溜息をついた。
とりあえず煙草が吸いたくて仕方がない気分だった。
「なあ、近藤。煙草すっていいか?」
「「ダメです」」
近藤と、銀子の声がかぶった。




