16
「冬子さん、こっちは終わったっすよ」
「銀子、そっちはどうだ?」
「あ、冬子さん。こちらも終わりました。あの、それと、こんなものが落ちてました」
冬子、銀子、近藤の三人は、飛び散った機械化兵の残骸を回収していた。
米軍の機密情報の塊である機械化兵の残骸は、貴重なサンプルだ。持ち帰れば生体研や鑑識課が喜ぶ。
パラ研本部に情報がないわけではないが、機械化兵も第何世代などシリーズが分かれているため、サンプル数は多いにこしたことはない。
さらに教団所属の機械化兵となると、何らかの独自カスタマイズがされている可能性もある。
非常に希少なのだ。
この成果があれば、事後承諾予定の今回の作戦についても、承認と予算がおりる可能性が高まる。
よって冬子たちは明け方までずっと回収作業をしていた。
普段ならばパラ研の鑑識課の清掃部隊を呼んで、後始末をしてもらうところだが、作戦許可証を取得していないため、深夜に呼び出すことができない。命令権がない。
一応パラ研もホワイト企業を目指しているため、時間外労働を他部署にお願いするには、それなりの規則に従う必要があるのだ。
「USBメモリか」
「はい。あの子の破れた服と一緒に落ちてました」
銀子が〝あの子〟と呼んだスラムの少年は、あれ以降、眠りつづけている。
全裸の状態で保護された後、近藤がいったん車に戻り、つなぎの作業着と毛布をもってきていた。
いまはそれらに包まれて、地面でスヤスヤと眠っている。
「車に戻ったら確認してみるか」
「え!? 確認しちゃうんすか!?」
何故か近藤が焦りだす。
「当たり前だろ」
「かわいそうっすよ。この年頃の男の子がもってるUSBメモリなんてエロ動画しか入ってないっすよ? 同じ男として、見ないでやってほしいっす」
銀子が汚物を見る目で近藤を見ていた。きっと後で野々宮に報告するだろうが、フォローはしない。
アホな近藤が悪いのだ。
「アホ言ってないで、そろそろ戻るぞ」
「了解っす。それにしても疲れたっすね。結局徹夜になっちゃいましたし。――朝日が、目に染みますね」
「近藤さん、戦ってませんよね? 双眼鏡で眺めてただけじゃないですか」
ちょっとかっこつけて言う近藤がうざかったのか、銀子が冷徹につっこんだ。
◇◇◇
銀子には対物ライフルがあり、冬子は機械化兵の上半身や残骸などがはいったズタ袋を背負う必要があったため、眠る少年は近藤が運んだ。
そうして車に戻ってくると、荷物をトランクに積めて、四人は乗車した。
運転席には近藤。
助手席には冬子が座り、後部座席には銀子と眠る少年だ。
近藤がエンジンをかけて、車をだした。
まずは冬子のマンションに向かう予定だ。
銀子は疲れているようで眠たそうに欠伸をしている。
その銀子に膝枕される形で少年は眠りつづけていた。
異性にたいして潔癖な銀子にしては珍しい行動だった。
無理矢理ファンタジーをうたれて人外化したという同世代の似た境遇に、親近感をもっているのかもしれない。
バックミラーでその様子を見ながら、冬子はヘッドギアの後頭部に収納されている電極コードを引っ張りだした。
するするとそれを伸ばし、USBメモリに接続する。
ヘッドギアの手前にホログラム化されたウィンドウが表示され、USB内に保存されているファイル一覧が並んだ。
一般的に普及している表計算ソフトのファイルがある。
ホログラムウィンドウを指でタッチしてファイルを開くと、パスワード入力をもとめられた。ロックがかけられている。
「近藤、野々宮特製のハッキングツールはあるか?」
「カーナビのデータベースに入ってますよ」
冬子はヘッドギアの後頭部からもう一本の電極コードをのばし、カーナビのほうに繋いだ。
ホログラムウィンドウがもう一枚追加される。
そこから『恵美ちゃん3分ファッキング』という怪しいツールを起動した。
そのツールに、パスワードロックがかけられていたファイルをぶち込み、3分待つ。
チーンというチープな電子音と共に、目的のファイルが開いた。
「これは……」
「え? そんなやばいジャンルだったんすか? スカトロとか?」
絶句した冬子の様子に、近藤がアホな勘違いをする。
銀子が「最低」とはき捨てた。
「近藤、おまえ少し黙ってろ」
「え? ええ?」
冬子はファイルに集中した。
販売日時、販売個数、住所、氏名、年齢、連絡先などが記載されている。
ファンタジーの売人の顧客名簿だった。
どういう経緯で少年がこのUSBメモリを持っていたのかは分からないが、想定外の掘出物だ。
どのような人物が購入しているのか、さっと眺めていて、冬子は気付いた。
顧客の一人一人に『×』『●』『○』の三つの印がつけられている。
ほとんどが『×』だったが、ごく稀に『●』と『○』が混じる。
そして『●』とついている一人の顧客の名前に、見覚えがあった。
(最近、機捜二課が捜査した事件の人外化した犯人がこの名前だったはずだ。事件発生日と、リストに記載されている販売日時も近い。一人一人、人外化したかどうかをチェックしていたのか?)
そのまま名簿の最後まで確認すると、一人だけ、まだ何も印がつけられていない顧客が残っていた。
『瀬川 潤一 31歳』
住所は、冬子の住むマンションのすぐ近くだった。
◇◇◇
冬子の住むマンションは駅の北側にあり、駅を挟んだ南側の大手チェーンスーパーの裏手に瀬川の住むマンションがあった。
そこの六○三号室が瀬川の住まいだ。
近藤に車をマンション前につけさせると、冬子は銀子だけを連れてマンションに入っていった。
特にコンシェルジュなどはいないようで、あっさりとエレベーターホールまで辿りつけた。
できるだけ怪しまれないように、二人はラバースーツの上にナイロン製のコートを着用している。ヘッドギアなどは外してきた。さすがに目立ちすぎる。
武器もほとんどを置いてきた。
銀子の腰のホルスターに、拳銃が一丁あるだけだ。
「令状も作戦許可証もありませんけど、居留守を使われたら、どうするつもりなんですか?」
銀子が至極まっとうな質問をした。
「電子ロックだったら野々宮のツールを使う。普通のカギなら私がピッキングで開ける」
「……冬子さん、また始末書と減給になりますよ?」
「今回は機械化兵の成果があるから、それでチャラだ」
――そう上手くいくだろうか?
銀子は思ったが、言わないでおいた。いざとなれば自分の給料で冬子を養えばいいと考えた。
エレベーターが六階についた。
そのまま六○三号室の部屋前までくる。
冬子がチャイムを鳴らそうとしたところで、銀子がそれを制止した。
小さな声で、冬子に告げる。
「血のにおいがします」
吸血衝動をもつタイプVの人外である銀子だからこそ、気付くことができた。血のにおいには敏感だ。
任意聴取だけするつもりだった二人に、緊張感がはしる。
部屋の外まで血のにおいが漂っているということは、まだ乾いていない大量の血があることを意味する。
つまり事件は起きたばかりの可能性が高い。
さらにこの部屋に住む瀬川潤一は、つい最近『ファンタジー』を購入したばかりだ。
銀子が銃を抜き、安全装置を外した。
冬子も鉄砲注射器をいつでも使えるように、ファンタジーが入った容器をセットしておく。
ドアノブを軽くヒネる。
カギがかかっている。
冬子は、ベルトキットからピッキングツールを取り出した。
鍵穴にテンションを掛け、ピックを使ってピンを上げていく。
数秒でガチャりと鍵が開いた。
もう一度ドアノブを軽くヒネり、ゆっくりと扉を開けた。
冬子と銀子のツーマンセルで慎重にすすむ。
入ってすぐ右手にある部屋には誰もいなかった。
反対側の洗面所、浴室、トイレも同様だ。
銀子が鼻を鳴らす。
リビングの扉を指さした。
血のにおいはリビングのほうから強く漂っている。
冬子がリビングの扉に手をかけた。
銀子が銃をかまえる。
素早く冬子が扉をあけて、銀子がリビングに突入した。入ってすぐに左右を警戒する。それに冬子もつづく。
リビングには死亡している被害者がいた。
熊の敷物のように顔だけが綺麗にのこっており、それ以外の全身が、なにかで潰されたようにぺしゃんこになっていた。
その周囲には大量の血が広がっており、リビングに敷かれた毛足の長いラグが真っ赤に染まっていた。
被害者の年齢は五○から六○の女性だろうか、凄まじい形相で死んでいる。
血が乾いていない。
リビングのベランダは閉めきられている。
そしてリビングに繋がる残り二部屋のうち、一部屋だけ、扉が開いたままになっていた。
その奥から、ハアハアと異様な息づかいが聞こえてくる。
(――なにかが、いる)
冬子は鉄砲注射規を首筋にあて、ファンタジーを注入した。
ガツンとした脳に響く衝撃のあと、全身から力が溢れ出す。冬子の黒い瞳が、赤い瞳へ変化した。
冬子は右手で待機のサインをだし、銀子をリビングに止まらせる。
銀子が不満そうな顔をした。
――私も戦えますと、その表情が語っている。
冬子はそれを苦笑いでかえした。
すこし緩んだ緊張感を、あらためて締めなおす。
リビングの壁に掛けられた時計の秒針が、やたらとうるさく聞こえた。
時計は――『八時五分』をさしていた。




