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――ウォオオオオン!
反撃の狼煙は、大きな遠吠えだった。
人外化した少年が、突如たちあがり、空に向かって吼えた。
そして雨雲をふきとばすのではないかと思えるほど大きな咆哮をあげた後、背を丸め、唸りだした。
――ウゥゥゥ
低く響く不気味な唸り声。
それを数秒つづけた直後、少年が牙を剥いた。
それを契機に、少年の体がどんどん変異していく。
全身に銀の体毛が生えはじめ、強靭な爪がのびる。
牙が剥き出しになっていき、人だった顔が、狼の顔へ、まるで合成CGを見せられているかのうように変わっていった。
小さかった少年の体も、2メートルほどの巨体へ変わる。
原型を残しているのは、瞳の赤色だけだ。
――銀毛の狼男。
ほんの数十秒で、少年だったモノが、それに変異した。
◇◇◇
「ライカンスロープ!? タイプR!?」
冬子も見るのははじめてだった。
人外の業界では、有名な話がある。
タイプR。
再生する人外。
人外に変異し、さらに変異する人外。狼男に変異する力はギフト(gift)だと言う者もいる。
そして、暴走・爆発する人外。
東アジア紛争の発端となった、小笠原諸島近海での謎の巨大爆発。
あれはタイプRの暴走・爆発が原因だというのが、定説になっている。
当時、ある大国がタイプRの再生力に目をつけた。
再生するからには、莫大なエネルギーが産み出されているはずだからだ。
公海をさまよう原子力潜水艦内でおこなわれた、非倫理的な生体実験。
タイプRの人外を基にした、新型エネルギー炉の研究。
その結果が、あの巨大爆発だったと言われている。
「まずい。暴走するぞ!」
笑いつづけていた機械化兵が、悲鳴のような声で叫んだ。
ただでさえ、人間が人外へ変異した直後は、精神的に不安定で錯乱しやすい。
銀子が変異した時などは、まわりの人間をすべて肉塊にしたほどだ。
それが『暴走する人外』と言われるタイプRとなれば、当たり前の展開だった。
機械化兵の男に、タイプRが跳びついた。
◇◇◇
強靭な爪で切り裂こうと、タイプRが右腕を振るう。
威力はあるが直情的で単純な動き。
機械化兵は、その右腕をあっさりとかわした。
そして逆にタイプRの右腕にとびつき、腕ひしぎ十字固めを決める。
バキバキと肩から肘まで、骨が砕けていく音が響いた。
そしてすぐに離れる。
機械化兵の頭を掴もうとしたタイプRの左手が空をきった。
タイプRが痛みと怒りで咆哮をあげた。
ぶらんと垂れ下がったタイプRの右腕が、びくびくと痙攣したかと思うと、砕けた骨が元通りにもどる。
すぐに再生してしまった。
「――っち。厄介な。おい、パラ研の人外兵! 見てないで手伝え!」
「断ると言ったら?」
「そうしたら暴走したこいつが止まるまで、ここらの人間が死ぬだけだ」
「止める方法はあるのか?」
「タイプRの再生能力は無限じゃない。個体差はあるが、使いきったら元の人外に戻る。以前、ある教団支部でタイプRが暴走したときはそれで止まった」
「貴重な情報だな、感謝する」
「だったら手伝え!」
(――さて、どうしたものか。暴走しているのは間違いないが、銀子のときと同じような理由で暴走しているのであれば、あの機械化兵が死ねば止まる可能性がある。少年だったあのタイプRはまっすぐ機械化兵に跳びついた。恨みが晴れれば止まるかもしれない。――まあ、それでもだ……)
冬子は理屈をこねるが嫌いだ。
別に苦手ではないのだが、面倒なのだ。
だからこういう時はシンプルにいく。
(――つまりあれだ。ぶっぱなせばいいのだ)
『ブラボー、準備は?』
『APCR弾なら、いつでも撃てます』
『機械化兵ごと、タイプRはぶちぬけそうか?』
『そう、命じていただければ』
『ブラボー、やれ。機械化兵をタイプRごとぶちぬけ』
『イエス。マイ、アルファ』
銃声が届くよりも早く、銀子が発射したAPCR弾が着弾した。
ちょうど機械化兵が、もう一度タイプRの右腕に腕ひしぎ十字固めを決めている時だった。
APCR弾はまず機械化兵の背中にあたり、弾丸を覆っている外郭金属が剥がれた。
そして内部から特別な重金属でできた芯がとびだし、そのまま機械化兵の脊髄とタイプRの右肩をぶちぬいた。
その衝撃で、機械化兵の下半身とタイプRの右肩付近が消滅し、大きな風穴ができる。
タイプRの右腕と一緒に、機械化兵の上半身がふきとぶ。
ちょうど冬子の足元近くに転がってきた。
「……き、貴様」
「手伝ってやっただろ、感謝しろ」
冬子はそういうと、ベルトキットから煙草を取り出した。
火をつけて一服する。
ゆっくりと吸いこみ、紫煙をはきだす。
「――で。最後にどうだ? 一本いるか?」
「まさか殺すつもりか? 私はもう動けない。情報を提供する。このまま私を捕まえろ!」
「本来ならそうするのだが、約束があるんだ。すまない」
バチバチと電気を散らしている機械化兵の上半身を、冷たく見下ろす。
日本刀をその首筋にあてた。
「――ま、待て」
機械化兵の言葉を待たぬまま、冬子は機械化兵の首筋から脳髄を貫いた。
ピーという電子音がした後、機械化兵の命が停止した。
◇◇◇
(あとは、少年のほうか――)
煙草の火を携帯灰皿におしつけながら、冬子は少年のところまでゆっくりと歩いた。
日本刀は鞘にしまっている。
銀髪の少年が、全裸で眠っている。
すでに狼男に変異する前の状態に戻っていた。
右肩も右腕も再生している。
吹き飛ばされたほうの右腕は、灰となって消えていた。
(本当に真っ白だ。これではまるで――)
まるで『伯爵』ではないかと、冬子は思った。
一年半前の古傷が痛む。移植された人外の左腕が脈動していた。
(――違う。これは違う。『伯爵』とは異なるモノだ)
強引に自分自身を言いくるめ、冬子は少年の体をだきあげる。
年齢は銀子と同じぐらいだろうか。
身長がまだ低く、下の毛も生えそろっていない。第二次成長がはじまったばかりのようだ。
学年にすると、中学一年か二年といったところだ。
この年齢でスラムのチームを率いていたということは、それなりの資質があったのだろう。人として生きていけるのであれば、将来は成功していたかもしれない。
人として生きていけたのであれば、だが……




