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(――っ!? 援軍か!?)


 突然、照らし出された状況に、売人も冬子も、相手に援軍がきたものだと勘違いした。

 二人とも咄嗟に離れ、間合いをとった。


「……ははは。ふははは!」

 歓喜の笑い声をあげたのは、売人のほうだった。

 おかしくておかしくて、たまらないようだ。

 いまにも腹を抱えて笑い転げそうなほど、大きな笑い声をあげた。

 

「まさか! まさかこのタイミングでとはな! 今日の私はツキがないとばかり思っていたが、いやはやどうして、白き神々は私を見放してはいなかった。これぞ神をお告げか! まだ生きられるということか!」


 けっして援軍がきたわけではない。

 いまこの場にいる者は、売人、冬子、銀子、近藤、そして瀕死の少年だけだ。

 そして、そのうちの一人が発光していた。

 切り刻まれ、ファンタジーを注入され、もはや虫の息となっていた瀕死の少年。

 その体が発光し、圧倒的な光を生み出していた。


「……発光現象。人外となる光。しかしこの輝きは――」

 冬子の口から、唖然とした声がこぼれでた。

「はははは! これだけ凄まじい発光現象は私も初めてだ! 見たまえ! 光が青白くなっていくぞ! まるでチェレンコフ光のようだ。悪性変異だろうが、良性変異だろうが、これは怪物が産まれるぞ。間違いなくユニークネーム級だ!」


(なんなのだ……この輝きは。銀子が変異したときの光とは、まったく違う。これはまったく異なるもの。いったい何が産まれる)


   ◇◇◇


 雪人は夢を見ていた。

 真っ白な夢。

 何もない真っ白な世界に、真っ白な服をきた雪人が立っているだけの夢。

 ここはどこだろうと周囲をいくら見渡しても、どこまでも続く白い地平線と、白い空があるだけだった。


 何か建物はないか? 誰か人はいないのか? 夢の中の雪人はひたすら歩いてみたが、何もみつからなかった。


 疲れ果てて、呆然と立ち尽くしていると、背後に気配を感じた。

 振り向くと、一人の大人が立っていた。

 片手を伸ばせば届く距離だ。いつから雪人の背後に立っていたのだろう。少しだけ不思議に思ったが、夢の中の雪人はすぐに別のことに興味をもった。


 この大人は誰なのか?

 どんな顔をしているのか?

 同じ白い服を着ている大人の素性を知りたくなった。

 大人の背はとても高かったため、雪人は空を見上げるように、大人の顔を真下から見上げた。

 大人の顔は見えなかった。ぼんやりとした影に包まれていた。

 白い空が逆光となり、大人の顔を影で隠してしまっていた。


 誰なんだ?

 問いかけても答えは返ってこない。

 何か言えよ!

 突き飛ばしてもビクともしない。


 その白い大人は、影のかかった顔で、雪人をずっと見下ろしているだけだった。

 イライラした。

 理由は分からなかったが、とにかく腹立たしかった。

 そして気がつくと、夢の中の雪人は、いつの間にかその手に包丁を持っていた。


 このあたりで、雪人は、自分がそろそろこの白い夢から覚めようとしているのを感じた。

 夢から覚める直前に感じる独特の感覚。

 夢の中の自分を、目覚めようとしている本当の自分が見下ろしている感覚。

 夢の中の意識だけは本当の自分だが、夢の中の身体は勝手に動きつづける感覚。


(やめろ! 間違っている! やめろ!)


 本当の自分の意識は、その暴挙を必死に止めようとした。

 しかし夢の中の雪人は、包丁で、白い大人をいきなり突き刺した。


 真っ赤な血が、白い大人の服に広がっていく。

 その血は雪人の白い服も真っ赤に染め、さらに白い世界の地平線も、空も、すべてを赤くしてしまった。

 そこでようやく、意識だけでなく、身体のほうも、自分で動かせるようになった。

 雪人は自分の両手を見た。

 真っ赤だった。

 雪人の両手も、服も、空も、地平線も、目の前に立つ大人も、すべて真っ赤に染まっていた。

 雪人は恐ろしくなった。

 とにかく大人に謝罪しなければと思った。

 こんなことをするつもりではなかった。違うんだと、必死に弁解したかった。


 だから。

 雪人は見上げた。

 さきほどは影がかかって見えなかった大人の顔を。


 今度ははっきりと見えた。

 苦しみに歪んだ死に顔だった。

 なぜ刺したんだと責めるような目だった。

 だが何よりも衝撃だったのは、その顔が、雪人自身の顔だったことだ。


 それは自分で自分を殺す夢。

 雪人は恐ろしくなり、大きな絶叫をあげた。


   ◇◇◇


「ああああああああっ!?」

 自分の絶叫で、雪人は悪夢から覚めた。

 荒い息をつき、地べたに座りこむ。全身が汗でびっしょりだ。

 両手を見る。

(……良かった。赤くない)

 身体のどこにも血はついていなかった。

 色白の肌に安堵する。


(――?)

 違和感があった。

 何かがおかしい。重大なことを見落としている。


(――っ!)

 ……右腕がある。

 それに目も耳も指も。

 拷問によって欠損した身体が、元に戻っていた。


 どこからが夢で、どこからが現実だったのか、分からなくなってしまう。


 まだ小雨はふりつづいている。

 すぐ近くに水溜りがあった。

 このあたりがスラムで無かった頃に設置された街路灯――太陽電池でうごくそれに照らされ、水溜りが鏡のように反射している。

 それを覗きこむ。


 色白の肌。

 赤い目。

 白銀の髪。


「……なんだ。これ」

 自分の顔を手でさわる。

 ――水溜りに、ぺたぺたと顔をさわる手が映った。


(これが、俺なのか? どうなっているんだ。そもそもどうしてこうなった? 何があった? 確か俺は――そうだ、拷問されていた)


 思い出した。

 一瞬で頭に血がのぼる。

 仲間をすべて殺された。

 体を切り刻まれた。

 最後にクスリを打たれた。……何よりも嫌悪するモノを。


 愉快に笑う男の声が、すこし離れたところから聞こえてくる。

「はははは! 見ろ! 見事な白だ! すばらしい良性変異体だ。まるで『伯爵』のようだ! 純度が高ければ高いほど、輝く白となる! クスリと同じだ。とんでもないものが生まれたぞ! これは歴史的瞬間だ!」


 そちらを見ると、売人の男が、両手を広げてゲラゲラと笑っている。

 さらに十メートルほど離れたところに、見知らぬ女もいた。日本刀を構えたラバースーツの女だ。細身だが、見事なスタイルだ。

 もしも日常生活の中で出会っていたら、『うちの売春宿で働かないか』とスカウトしていただろう。

(……いまはそんなことはどうでもいい)


 あの男だ。

 あいつは、かたきだ。

 殺したい。ぐちゃぐちゃにしたい。肉片にしてやりたい。仲間を、あいつがしたように。殺したい。殺したい。殺したい。……々。


 ――ドクン。


 心臓が強く脈うった。


(――あ?)


 そこで、雪人の意識は途切れた。


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