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冬子が戦っている場所から遠く離れた廃ビルの屋上。
そこに銀子と近藤の二人はいた。
近藤は双眼鏡を使い、銀子は対物ライフルのスコープを覗きこみ、それぞれ冬子の様子を確認している。
「あいかわらず冬子さんは強いなあ。左手一本でタイプBをふっとばしちゃったよ」
「近藤さんは黙っててください。調整の邪魔になるので」
「……ごめんなさい」
本来ならば観測手は、狙撃手に風速や風向きなどを計測して伝えなければならない。
しかし近藤にはそんな観察能力は一切ない。
ただ周囲の警戒をするだけの役目だ。
よって狙撃手である銀子一人だけで、それらの観測も含めた調整をする必要があった。
愛用しているのはバレットM99を改良したものだ。
人外である銀子の身体能力がいくら優れていようと、肉体そのものが大きいわけではない。対物ライフルの衝撃に耐えられるとしても、やはり扱う銃火器は小型化されたものが望ましい。だからこの小型軽量化された改良型バレットM99は、銀子の小さな体にもっとも適していた。
それを二脚に設置して、伏射姿勢でスコープを覗きこむ。
スコープの視野範囲は狭いため、常人ならばスコープ越しでの観測は困難を極める。
けれども、銀子にはそれはできた。
まるで手にとるように遠く離れた場所の状況を、スコープ越しでも観測できる。
それが銀子の『ギフト(gift)』だった。
才能をもった人が生まれるように、人外もまた才能をもって生まれる者がいる。
その人外としての才能のことを『ギフト(gift)』と呼ぶ、誰が言い出したかは不明だ。
複数のギフトをもつ人外もいれば、まったくギフトをもたない人外もいる。
先天的なギフトもあれば、人外として生活していくことで後々覚醒する後天的なギフトもある。
内容も様々だ。
何かパターンがあるわけでもない。
とにかく銀子の場合、非常に優れた観察眼をもっていた。
人外として捕獲され、パラ研の生体研究所に収容されていたときに、銀子に対しては様々な能力テストが行なわれた。
その中でも空間把握の能力テストで突出した結果がでた。
銀子の殺処分が決まった際、それに反対する冬子に東堂課長が同調したのは、その空間把握の能力に目をつけたからだった。
訓練すれば狙撃手として使えると判断したのだ。
そうして殺処分をまぬがれて、再建中の機捜三課の五人目となった銀子には、半年間にわたって狙撃手としての訓練が行なわれた。
まるで水を得た魚のように、銀子は狙撃手としての能力を身につけていった。
いまではその狙撃可能範囲は常人をはるかに超越している。
現在冬子が戦っている場所から、銀子がいる廃ビルの屋上までは約一一00メートルの距離があったが、銀子には何ら問題のない距離だった。
◇◇◇
『ブラボー、タイプBをやれ』
『イエス。マイ、アルファ』
狙撃準備を完了した銀子が、冬子の指示に答えた。
両目をしっかりと開き、対物ライフルの引き金を静かに引く。
轟音とともに五○口径弾が発射され、約一一00メートル先にいたタイプBの頭部がはじけ飛んだ。
灰となって消えていくそれをスコープ越しに眺めながら、単発式ボルトアクションの手動操作を行なう。
五○口径弾の巨大な薬莢が排出され、カランカランと音をたてながら地面を転がった。
『アルファ、銃身の放熱にすこしだけ時間をください。距離があるので、放熱後でなければ弾道がズレます』
『ブラボー、了解した。それからチャーリー、残りは機械化兵だ。APCR弾(硬芯徹甲弾)の使用を許可する。ブラボーに渡せ』
『ちょっ!? アルファ、待ってくだ――』
『イエス。マイ、アルファ』
冬子の指示に反論しようとした近藤の声を、銀子が肯定の返事で黙殺した。
銀子のすぐ隣にいた近藤が慌てふためく。
「銀子ちゃん、ダメっすよ! AP弾は。しかもAPCR弾なんて、一課でもそう簡単に使用許可なんて出ないし、うちのAPCR弾は特別な合金製で、めっちゃくちゃ高いんすよ! 恵美ちゃんでも経費をごまかせるか分からないっす!」
APCR弾(硬芯徹甲弾)とは、重金属でできた細長い硬芯を、軽合金の外郭で覆った弾のことだ。非常に高い貫通力をもつ。
「――で。いま持ってるんですよね? 近藤さんは」
「いや……その、だからね?」
「持ってるんですよね? APCR弾。早く出してください。一発でいいですから」
伏射姿勢のまま、スコープから目もはなさず、銀子は右手を差し出した。
「あの、えっと、その一発がめっちゃくちゃ高くて。使用制限も厳しいんすよ。ほら、うちって一応、非公式ながら警察組織の下請けみたいな感じじゃないっすか? 軍隊じゃないわけなので重火器の使用は極力控えなきゃいけないんすよ? もう対物ライフルを所持するだけでも限界ギリギリなんすよ? さらにフルメタ仕様の五○BMG(五○口径NATO弾)を実際に撃っちゃったし、作戦許可証もまだ無くて事後取得予定だから、かなりヤバイんすよ?」
銀子を見下ろす形で隣に立っている近藤もなかなか折れない。
理屈をこねて何とか銀子だけでも説得しようとする。
「……はあ。分かりました」
「分かってくれたっすか!」
「ええ。冬子さんが言ってました。『屁理屈だろうが、理屈だろうが、こねくり回すヤツと話をしても時間の無駄だ。そういうヤツには鉛弾をぶっぱなして言うことを聞かせろ』って――」
淡々とした口調でそう言い放ち、銀子は上体を起こした。
そして腰のホルスターから拳銃を抜き、安全装置を外してからスライドを引いた。流れるような無駄のない動きで、そのまま近藤の左膝に狙いをつける。
「え?」
「三○秒待ちます。このまま膝を撃ち抜かれるか。APCR弾を渡すか。決めてください」
「え?」
「一、二、三――」
「じょ、冗談だよね?」
「冗談かどうか。三○秒待ってみればいいんじゃないんですか? 八、九、十――」
(――あ。これマジだ)
「……ははは。一発ね。一発だよね! APCR弾、一発だけだからね?」
「早くしてください。この無駄なやりとりをしている間に、冬子さんにもしものことがあったら、三○秒待たずに撃ちます」
◇◇◇
「……正直に言おう。驚いている。一キロ以上の長距離射撃を、試射もなしに成功させる凄腕がいることもそうだが。そもそもあなたという人外兵といい。私のようなただの売人にこれだけの戦力を投入したことに驚いている」
「なかなか面白い冗談だ。貴様が〝ただの売人″だと? そんなわけあるはずがない。タイプB二頭だけでなく、そのブリーダーが機械化兵だったとは。いったい何の目的があった?」
「信じてもらえないとは思うが、ちょっとした小遣い稼ぎだ」
「それは貴様の個人的な目的だろう。大金をもとめて脱走兵となった機械化兵が少なからずいるという噂は耳にしたことがある。実際に出会ったのは初めてだが。――聞いているのは教団の目的だ」
「残念だが、それは言えない」
「だろうな。こちらも貴様から情報を得ようとは考えていない。申し訳ないがここまでだ。個人的な恨みは何もないが、殺させてもらう」
「分かった。こうしよう、少年も渡す。ファンタジーも渡す。だから今回は見逃してもらえないか? 私も命は惜しい」
「形勢が逆転した後の交渉は、強気にでることにしている」
「というと?」
「貴様を見逃すことはできない」
それだけ言うと、冬子は一気に間合いを詰めた。
売人の手首や膝裏を狙う。
いくら機械化兵が硬い金属の骨格に包まれていようと、関節であれば切り落とせるはずだ。
だが売人とて、己の弱点など百も承知だ。
簡単に切り落とされてはくれない。
冬子の刃を避ける。その硬い手のひらで受け流す。
冬子とて、それは承知だ。
重要なことは、この機械化兵を足止めすることだ。
冬子が攻めつづける限り、逃げられる隙は生まれない。
あとは銀子の準備を待てばよい。
冬子と売人の攻防がつづく。
お互いに深くは踏み込まない。牽制しあう。
冷たい金属が、地を蹴る足音が、スラムの廃墟に響きつづけた。
(そろそろ、頃合か)
そしてもうすぐ銀子の準備が整うと、冬子が考えた時だった。
突然、スラムの廃墟がライトアップされた。




