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冬子が少年を発見した時、すでに拷問が一区切りついてしまったところだった。
血だらけの少年。
それを押さえつけるタイプB。
少年を見下ろしている売人。
周囲を警戒しているもう一頭のタイプB。
本来ならば、まず周囲を警戒しているタイプBを狙撃で排除してから、突入したいところだが、そんな悠長な時間はなさそうだ。
売人がしゃがみ込み、何かの準備をはじめた時点で嫌な予感はしていた。
しばらくして売人の手に注射器が見えた時、冬子はすべてを察した。
あの少年に、ファンタジーを注入するつもりだ。
冬子はベルトキットから、冬子自身に注入するためのファンタジーを取り出した。
鉄砲注射器を首筋にあてながら、ヘッドギアに内臓されているインカムで通信する。
『ブラボーとチャーリー、狙撃準備は完了したか?』
『こちらブラボー。まだです。ゼロインの調整にあと九○秒ください』
『これ以上は待てない。救出対象が限界のようだ。いま大きな悲鳴があがった。アルファ単独で突入を開始する』
『了解しました。狙撃可能になり次第、あらためて連絡します。ご武運を』
――銀子が狙撃準備を完了するのに、まだ時間がかかるようだ。
このままでは手遅れになる。
単独突入を決断した。
鉄砲注射器のトリガーを引き、ファンタジーを体内に注入する。
ガツンと脳に響く強烈な感覚のあと、左腕が燃え上がるように発熱した。
体内に膨大な熱エネルギーが生み出されていく。
冬子の黒い瞳が、赤い瞳へと変わった。
◇◇◇
人から人外に変異する際、莫大な熱エネルギーが発生すると言われている。
その熱エネルギーは変異体そのものを発光させ、すべての細胞を書き変えるまで発生しつづける。変異完了にかかる時間は約一○分とされており、熱エネルギーの発生時間もそれに準ずる。
ちなみに人外がファンタジーを摂取しても、特に何も起こらない。
すでに変異してしまっているため、何の熱エネルギーも発生しないためだ。
『それでは〝キメラ移植者″がファンタジーを摂取した場合はどうなるのか?』
本体は人間だが、体の一部だけは人外だ。
そのような体でファンタジーを摂取すると、どうなるのか?
キメラ移植者がファンタジーを摂取すると、移植した人外の部位が『まだこの肉体は変異が完了していない』と錯覚する。
この錯覚により、移植した人外の部位から大きな熱エネルギーが発生する。
だがこの熱エネルギーには行き場がない。
なぜなら、キメラ移植者の本体には変異因子がないからだ。
行き場を失った熱エネルギーは、キメラ移植者の全身を駆け巡る。それは莫大なパワーとなり、身体能力を爆発的に向上させる。
その時間は約一○分。
キメラ移植者は、超越した力を得る。
◇◇◇
三本の刀のうち一本を左腰にさす。残りの二本は背負った。
体中で暴れまわる莫大なパワーを押さえつけ、大きく足を開き、深く腰を落とす。
ゆっくりと息を吐き、左手で刀の鞘を、右手でその柄を握った。
(まずは、周囲を警戒しているタイプBから――)
押さえつけていたものを一気に解放する。
潜んでいた廃墟の影から、冬子が跳びだした。
音もなく駆ける。
一陣の風となり、その間合いを一気につめた。
抜刀――一閃の輝きのあと、タイプBの頭が宙を舞う。
返す刀でその頭を両断した。
死したタイプBの体が、灰となり瓦解する。
売人やもう一頭のタイプBが、ようやく冬子に気付いた。
「何者だ!?」
答えてやる義理などない。
両手で刀を上段に構え、売人を斬り殺そうと直進する。
それを庇うように、もう一頭のタイプBが立ちはだかった。
刀から左手だけを外し、右手一本で刀を支える。
上段の構えは崩さずに、タイプBの横っ面を左手の裏拳で殴りつけた。
可愛らしい犬のような悲鳴をあげて、タイプBがふっとぶ。
左手を刀に戻し、一呼吸で売人の間合いへ。
勢いを殺さないまま、上段の刀を振り下ろした。
――ガチン!
火花があがり、金属と金属がぶつかり合う大きな音が響く。
冬子が振り下ろした刀を、売人が〝掌底″で防いでいた。
「――素手で防いだだと!? 貴様!? 機械化兵か!」
「そういうおまえこそ……そのパワードスーツ。赤い目。パラ研の人外の兵か? 今日の私は本当に運がない」
「――ッチ。厄介な。なぜ米軍の脱走兵がこんなところでファンタジーの売人をしている」
「それはこちらのセリフだ。なぜパラ研がここにいる。――さては長老衆の連中がタレ込んだな。約を違えたか」
冬子の背後で、殴りとばしたタイプBが起き上がる気配がした。
売人と鍔迫り合った状態はマズイ。
このままでは挟み打ちになる。
冬子は咄嗟に刀から両手を離して、左側に周りこみながら、売人の横っ面に左フックを叩きこむ。さらに脇腹を狙って左ブロー、左ジャブとつづけたが、売人はそれらすべてを右腕だけでガードした。
冬子もガードされることは予想済みだった。
いま欲しいのは間合いだ。
インファイトから逃れるアウトボクサーのように、冬子は距離をとった。
正面右側には売人。その左側にはタイプB。
どちらも視野に入る程度に後退した。
背負った二本の刀から一本を抜き、正眼に構える。
「ブレードを捨てて引いたのは良い判断だ。戦い慣れている」
「わざわざ評価をありがとう」
「会話に応じてくれたということは、交渉の余地があると思ってよいのかな?」
「内容による」
「ふむ。お互いに退却というのはどうか? そちらも戦果が必要だろうから、私が所持しているファンタジーをすべて渡そう。これだけのファンタジーを押収したとなれば、そちらのメンツも立つはずだ」
「その少年は?」
「残念だが少年は渡せない」
――と。そこで。冬子のインカムが鳴った。
『こちらブラボー。狙撃準備完了しました』
もう時間を稼ぐ必要はない。会話は終了だ。
「交渉決裂だな。こちらの要求は二つ。少年を渡すこと。貴様が死ぬことだ」
『ブラボー、タイプBをやれ』
『イエス。マイ、アルファ』




