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銀子の吸血が一区切りしたところで、冬子はすぐに着替えの準備にとりかかった。
服をすべて脱ぎ捨てて下着だけの姿へ。
そして特殊ラバー製のパワードスーツに身を包み、ヘソから首元まであるフロントファスナーを一気に締め上げた。
足首から首元まで――ほぼ全身を黒一色に染めあげるパワードスーツは、防弾・防刃・耐熱などの優れた耐久性と柔軟性をあわせもつ。
さらにその上に、同素材で作られた手袋・足袋・軍用ブーツ・ベルトキットも装着する。
冬子のベルトキットのポケットには、鉄砲注射器(Ped-O-Jet)と『ファンタジー』が入った専用容器が入っている。
これがあれば、戦闘中でも、針を使用せずに噴射圧力だけで、体内にファンタジーを注入できる。
『キメラ移植者』である冬子の身体能力は、平時でも大幅に向上しているが、さらにファンタジーを注入すると爆発的に飛躍する。
◇◇◇
キメラ移植――変異因子を持たぬ人間に、人外の一部を移植する軍事技術。
成功率は低く、移植対象は女性に限られるが、成功すれば人外と変わらぬ身体能力を得る。
女性限定なのは、移植後の適合率を少しでも上げるため、移植者本人の卵子が必要になるからだ。
キメラ移植の流れはこうだ。
まず女性の子宮から摂取した卵子に、捕らえた人外の細胞を移植し、受胎した卵子を培養する。
培養液の成長成分は非常に高濃度になっており、約二週間ほどで成人体となる。
これだけの成長速度の高濃度培養液は、はっきり言って毒でしかないが、人外クローンであれば耐えられるという。
ちなみに急成長させられた人外クローンは、脳が未発達なため植物状態だ。
この人外クローンから、必要な部位を切り出し、移植対象の女性へ。
移植直後から〝人外の部位″と〝女性″との間で、適合反応と拒絶反応が繰り返される。
もしも適合できずに拒絶された場合、女性の体は灰となる。
適合できた場合は、残された人外クローンの本体を殺処分しても、移植した部位は灰化せずに、移植先で残りつづける。
余談となるが、キメラ移植は、人外の死亡時に発生する〝灰化現象″研究中に産まれた偶然の副産物と言われている。
副産物ゆえに、コストパフォーマンスは非常に悪い。さらに成功率も低く、移植対象者も女性に限られるため、あまり普及していない軍事技術だ。
――そして約一年半前、失敗した伯爵殲滅作戦において、冬子は左腕を失っている。
その左腕の義手化を、当初は米軍の機械化兵技術にて行なう予定だったが、土壇場になって米軍側が拒否した。
失った仲間の仇をとるつもりだった冬子は、ただの義手では満足できなかった。
そんなある日、パラ研欧州本部に、キメラ移植の技術者が存在する噂を聞きつけた冬子は、即決した。
そうして冬子は世界で十一例目のキメラ移植成功者となった。
◇◇◇
「銀子も、着替えは終わった?」
「はい。着替えました。でも篭手とかはまだです。バッグには入ってなかったようですが?」
冬子のすぐ横で、同じように着替えていた銀子が答えた。
すでにパワードスーツに身を包んでおり、いまは肩まである美しい銀髪をポニーテールにしようとしている。
「ヘッドギアや関節具は近藤の車に残してきた。移動中に装着しよう。時間がない。簡単なブリーフィングも車内で行なう」
「了解しました」
先程の弱々しい姿はもうない。すでに意識を切り替えた銀子が、しっかりと背筋を伸ばし、直立姿勢で返事をした。
ここからは上官と部下だ。
◇◇◇
着替え終わった冬子と銀子は、すぐにマンションを出て、近藤が待つ車の後部座席に乗り込んだ。
「すまない。遅れた」
「冬子さん、遅いっすよ」
「ごめんなさい、近藤さん。私のせいなんです」
「じゃあ仕方がないっすね!」
「近藤。銀子に手をだしたら殺すぞ」
「……ははは、ぼくは恵美ちゃん一筋ですから――」
「絶対に無理だと思います」
「ぎ、銀子ちゃん。いま何か言ったかな?」
「別に」
犬は主人に忠実であり、主人の接し方をみて、その人物が上か下かを判断する。
いわば冬子の忠犬である銀子は、完全に近藤のことを下と判断しているため、近藤に対しては毒舌だ。
「いいから早く車を出せ」
近藤が座る運転席のシートを、冬子が後ろから蹴りとばした。
近藤のほうも、その扱いの低さには慣れたもので、いつも適当に受け流す。
「はいはい、分かったっすよ。赤色灯はどうしますか?」
「中央自動車道にはいったら消せ。速度は落とさなくていい」
「了解っす」
「それじゃ走りながらブリーフィングを始めるぞ」
「「はい」」
冬子の呼びかけに、銀子と近藤が返事が重なった。
「まず本作戦は人外殲滅と生存者救出の二軸からなる作戦だ。――策敵ポイントは関東多摩スラムの集落の一つ。その南側の廃墟エリアに人外と救出対象者がいると思われる。人外詳細は不明。科研の報告より少なくともブリーダー一名とタイプB二頭だ。――次に救出対象者はスラムの少年。こちらも状況詳細は不明。すでに全滅もありうる。もし生存していれば人数は一名以上から一五名未満と推測される。ここまでに質問は?」
「ありません」
これまでの経緯を知らない銀子がしっかりと返答した。
「では続ける。策敵ポイントに到着したら、ブラボーとチャーリーは待機。アルファが策敵のみ行なう。戦闘は極力避け、策敵が最優先だ。アルファから人外発見報告あり次第、アルファの位置データをもとにブラボーとチャーリーは狙撃ポイントに移動。アルファからの指示を待て。また救出対象者を発見した場合も、あらためてアルファからの指示を待つこととする。以上だ。
――以後作戦終了まで『アルファを山吹冬子』『ブラボーを山吹銀子』『チャーリーを近藤隆』とする。時刻合わせは策敵ポイント到着後だ。いいな」
「了解しました」
「了解っす」




