第六十二話:先に来ていた男
雲一つ無い青空の下、活気あるセイル村内で、少年少女は迷子になっていた。
初めて来た村で、所持金も無く、腹を空かしている二人は、どこに行くでも無くただ歩いていた。
いつまで経っても鳴り止まない腹に嫌気をさしつつ、シヴァを探す。
「カイィ~。こんなことなら、寄り道しなきゃよかったねぇ~……」
言いながらシルクは、先程寄った店の事を思い出す。
綺麗なシルバーアクセサリーが売られていた店。
そこの店先には、シルクが腕に付けている赤い腕輪に似た物が置かれていた為、つい足を止めてしまったのだ。
だが、カイは笑顔で、シルクに返事をする。
「いや、シルクの所為じゃねぇよ。俺がそこで一緒になって足を止めなけりゃ良かったんだ」
「「はぁ~……」」
俯く二人の溜息が、虚しく地面に落ちる。
だが、そんな二人の前に、不意に人影が被った。
誰かと思い顔を上げれば、そこには安堵の表情を見せるマクリの姿があった。
その事に二人は驚きの声を上げ、同じく安堵の表情となった。
「良かったぁ~、マクリさんに会えて。一時はどうなるかと思ったよ~」
「俺こそ、びっくりしたな。いきなり、君達が居なくなったってシヴァが驚くんだから」
そう言って笑い、二人を手招きした。
「さ、彼女達が待っているから、急ごうか」
マクリは二人の返事を聞く前に歩き出し、二人をはその後に続く。
宿屋を過ぎ、酒場を過ぎ、民家を過ぎてまだ歩く。
次第に畑が見え始め、それさえも過ぎて行く。
暫く歩くと村の端に近付き、そこでカイが問い掛けた。
「あの、マクリさん。もうすぐ村を出ちゃう感じだけど、シヴァ達は村を出ちまったのか?」
問いに、まくりは答えない。
ただ歩くだけで、振り向きもしない。
やがて三人は村を出、鉱山の入口に差し掛かった。
銀が取れるとして有名な鉱山も、どうやら昼時には誰一人居ないらしい。
故に、人気の無いその場所を見て、ようやくカイはマクリを疑った。
「マクリさん。シヴァ達、ここに居ないよね?」
「……当たり前だ。お前とあいつらを分散させるのが、目的だからな」
言いながら、マクリは振り向く。
同時に、顎に手を添え、爪を立てて一気に引っ張った。
すると彼の顔の表皮は簡単に剥がれ、その下には全く別の顔があった。
ニヤリと、企みに満ちた笑み。
「まさか、こんなに上手くいくとはな」
「お前は確か、ヘルの仲間の!」
「ヘルの主人、フェンリルだ。覚えとけよ? あの世でな!」
刹那、彼の服が中心から一気に裂ける。
その中からは、重火器を持ったフェンリルの手が伸び、カイに照準が向けられた。
突然の事にカイは一瞬、混乱した。
だが、咄嗟に真横にある岩肌に左手を押し付け、フラグメントを発動した。
行うは、岩肌から直接通じている、地盤の活性化。
未来へ向かう時間の早送りは、地盤の動きを早め、揺れとなって地上に伝わる。
同時、その揺れは鉱山の入口に影響を与え、フェンリルの前を塞ぐようにして瓦礫が崩れ出した。
彼が内側に居たのは、ミスだったのだ。
それに救われたカイは、シルクの手を取って来た道を戻るようにして走る。
「え!? マクリさんどうしちゃったの!?」
「敵だった、あの人は敵だったんだ! とにかく逃げるしかない!」
全く状況が掴めていないシルクに、最も簡単な情報を与え、一気に駆ける。
背後から聞こえるのは銃声。
同時に、二人の数歩後ろの土に穴が空き、土飛沫を上げている。
止まれば死だ。
だが、不意にカイは思った。
このまま村に向かうと、村の人達を巻き込んでしまうんじゃないか、と。
「……! シルク。先に行って、シヴァ達を探してくれ! 俺は、ここで食い止める!」
「そ、そんな! むちゃ――っ!!」
驚くシルクの視線の先、土飛沫が目前へと迫っていた。
だから、彼女は前へと出る。
土飛沫の方へと。
「シル――」
「〝フォース・フィールド〟!」
叫びながら、左腕の赤い腕輪に触れた右手を正面に翳す。
すると、彼女の手を中心に光り輝く円形の、半透明なガラスの壁が出現した。
視覚に捉えれる程のそれは、土飛沫を起こす元である銃弾を防いだ。
いくつもの銃弾がガラスの壁に衝撃を与え、しかし割れる事は無い。
魔術を防ぐそれは、魔力で構成された銃弾に反応し、着弾と同時に打ち消しているのだ。
もちろん、魔術の発動者である彼女は、銃弾が魔力で出来ている事など知らないが。
「私も戦えるんだよ。魔術はまだまだ未熟だけど、それでも!」
途中、命中する銃弾の数が増えた。
見れば、正面からフェンリルが迫って来ていた。
距離にして、約三十メートル。
彼はその距離を、両手に持つ重火器をフルに撃ちながら、走って詰める。
だが、その時だ。
不意に、二人の横を駆け抜ける風があった。
それは人影であり、俊足のそれはフェンリルの懐へと飛び込む。
刹那、二本の刃をフェンリル首目掛けて薙いだ。
彼はそれを、身体を反らす事で避けたが、重火器を真っ二つに切断され、使い物にならなくなる。
「――チッ! なんだこいつは!」
突然来たそれに向かって大声で怒鳴りながら、バックステップで距離を取る。
彼の視線の先に居るのは、頭部に猫耳を生やした女、クレアが両手にダガーを持って立っていた。
そんな彼女を見て、カイはフェンリル以上に驚く。
「ク、クレア!? なんで助けに来れたんだ!?」
「獣の勘よ。少し前から鳥肌が、いえ猫肌? まぁ、そんな感じのが総立ちだったの。で、銃声が聞こえたから何かと思えば、この有様よ」
ユウが来たかと思ったじゃない、と文句を追加しながら、両手のダガーを構える。
正面に居るフェンリルを、睨むようにして見やった。
対するフェンリルは、口元に笑みを浮かべる。
「……なんだ、獣人を飼っていたのか」
「勘違いしてもらうと困るわ。私は飼われているんじゃなく、自分の意思で味方をしているの」
「つまりは、敵か。だが、残念な事に、お前やシヴァに対抗する装備じゃないんだよな」
言って、拳の形にした両手を上げ、降参の意を示す。
するとクレアは、嬉しそうに微笑を漏らした。
「随分とすんなり降参してくれたわね。何? 素直に殺されてくれるの?」
「いいや、違うな。お前は俺を逃がす。そう、逃がす事になるんだよ」
告げるのと同時、開かれた彼の手から、棒状の何かが落ちた。
刹那、強烈な閃光と炸裂音が放たれ、その場に居た者の視覚と聴覚を同時に奪った。
キーンッという音が三人の耳に響き、暫し頭を抱えさせる。
「なんだなんだなんなんだー!」
「何にも見えないよぉ~」
一瞬の出来事に戸惑うカイとシルクは、かなりパニックになっている。
しかし、クレアは冷静にそれが止むのを待ち、回復した視覚でフェンリルを探した。
だが、既にフェンリルの姿は無く、その場に残っているのは三人だけだった。
その事に肩を竦めるクレアは、振り向いて二人を見る。
「全く、苦労するのね、貴方達は」
言って、苦笑。
対する二人は罰の悪そうな表情で、眉尻を下げた。
そんな二人を見てクレアは、とりあえずっと言いながら歩き出す。
「シヴァ達の下に行きましょう。面白い出会いがあった訳だし」
彼女の台詞に、二人は顔を見合わせて小首を傾げる。
しかし、すぐに前へと向き直して、先に行くクレアの後を追った。