第五十一話:スピードレース
突然、客船の後部から飛び出した影がある。
高速艇だ。
それは海に大きな波紋を作って海面に浮き、次の瞬間には船体の周囲に波を作りながら海面を走り出した。
その、突然の出来事に、客船を取り囲んでいた船に乗るレジスタンスは、行動が遅れた。
甲板に居る者達は、隊長と思わしき者から怒声を浴びせられながら、次々と自分達の船に戻って行く。
そんな光景がほとんどの船で見られる中、高速艇は猛スピードで客船を離れて行く。
だがその時、高速艇に向かって、一つの炎の塊が飛んだ。
レジスタンスによる、追撃の魔術。
それは真っ直ぐに高速艇の方へと飛ぶが、しかし逸れて海に落ちた。
灼熱の炎が海面を、音を立てながら蒸発させ、水蒸気が上がる。
同時、海面に揺れが起き、高速艇が揺れた。
その船内の後部、シートが大量に並んでいる場所の通路で、カイは立ち上がって揺れを楽しんでいた。
「おわぁ! す、すげえ!」
「あ、こらカイ! ちゃんと座ってないと駄目じゃん!」
シルクの注意も空しく、次の揺れが来て、またしてもカイはバランスを保ちつつ、揺れを楽しんでいた。
そんな彼を見て溜息をつく彼女とは逆に、隣に座っているミーナは満面の笑みだ。
一方、高速艇を操縦するシヴァは、僅かな視界を頼りに操縦している為、悪戦苦闘している。
時折、高速艇を飛び越えて正面の海面に落ちる炎の塊を見て舌打ちしつつ、素早くハンドルを切って避ける。
速度は、優に八十キロを超えているが、それでも船体に負担が掛かっていないのは、魔術加工されているおかげだろう。
元々、高速艇は有事の際に、要人を安全に脱出させるのが目的であり、故に頑丈なのだ。
また、旧式ではあるが、魔術障壁展開装置も積まれ、起動している為に安全である。
しかし、シヴァは内心に不安を抱いていた。
いくら頑丈であるとはいえ長くはもつまい、と。
彼女が見る、左前方に設置されたモニターには、後方の映像が映し出されている。
レジスタンスの船が十隻程、甲板から無数の魔術を飛来させながら追って来ていた。
相手の速度は、遅くも無く早くも無く、といった状態だ。
それを確認したシヴァは、すぐに視線を前へと戻す。
少しでも手元が狂ったら大惨事となってしまう為、仕方の無い事だ。
だからこそ、彼女は操縦に集中する。
要は、当たらなければいいのだ。
刹那、
「シ、シヴァさん! 魔術障壁展開装置の限界値が、五十パーセントを超えました! このままだと、装置がオーバーヒートして、魔術障壁が消滅してしまいます!」
「少しぐらい、持ちこた――……全く、次から次へと問題が……!」
苛立ちを覚えたシヴァの視線の先、僅かに大きな影が見える。
次第にはっきりと見えるようになってきたそれは、多数の軍艦が横一列になり、また後方にもう一列並んだ事によって構成された艦隊だ。
しかもその列は、異常に長い。
「あれは……バビロニア皇国軍の艦隊ですよ!」
「らしいな。しかし……来るぞ!」
刹那、バビロニア皇国軍の艦隊から、無数の光が放出された。
突然の出来事に、シヴァはとっさの動きでハンドルを素早く操作し、回避運動を取った。
その判断は適切だったのか、大半の光は高速艇を逸れて後方、レジスタンスの船に直撃する。
するとレジスタンスの船は破砕音と共に砕け、海の藻屑となった。
飛来して来たのは、光の矢。
そしてそれは、高速艇への直撃コースだった。
「ど、どうしてバビロニア皇国軍が私達に攻撃を!?」
「そんな事はどうでもいい。とにかく、この場を切り抜ける事だけを考えろ。それよりも、無駄なエネルギーを全て動力源に回せ!艦隊の間を抜ける為の出力が欲しい!」
「え!? む、無茶言わないで下さい! 艦隊に突っ込むなんて、正気の沙汰じゃありませんよ!」
船員がそう反論している間にも、高速艇はバビロニア皇国軍の艦隊に近付いて行く。
速度は落ちない。
同じく、光の矢も止まない。
「……どうやら、あちら側には敵味方の認識が出来ていないらしい。どちらも高速であるが故に、だろうな。ならば、生き残る可能性に賭けてみるのも悪くは無いだろう?」
振り向かず、後ろ姿で問うシヴァに、船員の一人は考えた。
だが、すぐに答えが出たのか、上部のスイッチを数個、押した。
すると、高速艇は突然にして速度を上げた。
バビロニア皇国軍との距離が、見る見るうちに迫る。
「シ、シヴァ! 電気がいきなり暗くな――うぉあ!!」
慌てた表情で入って来たカイを無視し、シヴァは視覚に集中した。
狙うは、軍艦と軍艦の間にある、高速艇一隻分の隙間。
それは、速度故に一瞬のズレも許されない行為。
果たして高速艇は、軍艦に触れる事無く間に入った。
幸い、バビロニア皇国軍にとって、軍艦と軍艦の間を抜けられるというのは想定外だったらしく、まだ光の矢は来ない。
しかし、まだ油断は出来ない状態だ。
二列目は、軍艦の位置が一列目より半分ほどズレている為、直進で抜ける事が出来ないのだ。
「シヴァシヴァシヴァシヴァッ! ぶつかるぶつかるぶつかるってぇぇ!」
「煩い、分かっている! 少しは黙っていろ!!」
「はい、すみませんでした」
カイを黙らせたシヴァの手には、僅かに汗が滲んでいる。
正面は、言うならばT路地。
その手前に差し掛かった瞬間、彼女はハンドルを左に目一杯切った。
それに合わせて、船体が向きを変え、滑りながら水飛沫を上げて左を向く。
だがしかし、海面を滑る船にとって、急旋回による即座の直進は不可能だ。
故に、船体の右舷後部が軍艦に直撃した。
「少しの衝撃ぐらい、耐えてみせろ!!」
吼えるシヴァは、瞬時にハンドルを、今度は右に切る。
それにより、左舷前面が軍艦に直撃した。
が、船体には大きな破損は無い。
頑丈さ故の結果だ。
しかし、僅かに軋みの音が聞こえる事に彼女は不安を感じながらも、目前に港が見えてきた事に安堵し、スピードレバーを逆方向に倒し、スクリューを逆回転させて速度を落とした。
その後、彼女は操縦を船員の一人に任せて立ち上がり、操縦室を出て後部に居る生存者達の前に立った。
「皆、よく耐えたな。ようやく目的地、キエンギに到着だ」
その言葉に船内には、歓喜の声が響き渡った。
港に到着した高速艇は、後部を桟橋に寄せてハッチを展開した。
その中からは、生存者達がぞろぞろと出て来、最後にはカイ達が出て来た。
カイとシルク、ミーナは揃って手を大きく上げて背伸びし、青空を掻いた。
そんな三人を見て微笑を漏らすシヴァは腕を組み、隣に居るぜクスを見据えた。
そして、問う。
「それで、お前の目的地はここなのか?」
「あ、いえ、実は……僕、なんであの船に乗っていたのか分からないんです」
その言葉に、シヴァが眉を寄せる。
なんと言えばいいのか、と考え、自然と言葉が生まれる。
「……記憶喪失、というものか」
言葉に出しながら、シヴァは内心で、また記憶喪失か、と呟いた。
ユウも最初は記憶喪失だったなと思い、ゼクスも他世界、ジードの人間なのか? とも思う。
だが、その事は後で触れようと決め、次の問いに移ろうとしたその時だ。
前方に居る生存者達が、急にざわめき出した。
そして次の瞬間には、生存者達を掻き分け、十人程の兵士が二列になってカイ達の前に立ちはだかった。
かなり派手な装飾の付いた鎧に顔を覆い隠すメット、そして腰に二本の剣と一本の宝剣を添えた兵装からして、バビロニア皇国軍の親衛隊クラスの者達だ。
彼らは一度足踏みし、二列になっている間を開けて道を作った。
その間を通って新たに現れたのは、白を基礎とした上に金のラインが入った派手な服を着ている、小太りの男だ。
歩みが僅かにフラついている。
だが、カイの前まで行くと背筋をしっかりと伸ばし、不気味な笑みの表情を作った。
「長旅、お疲れ様です。私はここシュメール大陸の首都・キエンギを統治している、バビロニア皇国軍将軍のドライゼン・セグライでございます」
その自己紹介に答える様に、シヴァはカイの横に並んだ。
「私はシヴァ。まぁ、代表の様な者だ。して、そのような偉い方が、何故にわざわざこんな所に?」
「簡単な話ですよ。ここに居る、貴女を含めた全員に、レジスタンスの者であるかもしれないという疑いが掛けられました。ですので……おとなしく連行されていただけませんか?」
疑いという言葉にシヴァは、当然の事だろうな、と思う。
さて、この状況をどうしようか、とも。
しかし、彼女は隣りを見た。
そこに居るミーナは、彼女の視線に気付くなり、笑顔を見せた。
それは、私は捕まっても平気だよ、という意味か、それとも、戦闘になっても平気だよ、という意味か。
シヴァがその笑顔を見て捉えた意味は、
「いいだろう。どうせ、レジスタンスでは無いのだから、逃げる必要も無い」
前者だった。
そして、その言葉を聞いたドライゼンは身体を後方へと翻して、歩き出した。
またしても、フラついた足取りで。
その後ろを、兵士に囲まれながら、その場に居た者達が追い、歩き出す。
無言のまま、何の反論もせずについていくのは、相手がバビロニア皇国軍だからだろうか。
だがしかし、彼らの目には怯えが無い。
それはこの後、何が起こるか分からない状況では、幸いな事なのだろう。
ともあれ、彼らは歩き続ける。
首都であり、賑やかな街とも呼ばれるキエンギの、人影一つ見えない街中を。
おはこんばんちわ。
どもーIzumoです。
お久しぶりです、連載スタートです。
やっと何もかもの問題を終え、再開する事が出来ました。
それでは、これからもよろしくお願いします!