第四十四話:ジードの歴史
薄暗い、日陰のような場所を列になって進んでいる者達が居た。
ユウ達だ。彼らは、もうじき日が暮れるというのに明かり一つ持たず、王立図書館の中を歩いていた。
探しているのは、神話聖書"エニグマ"。ユウの居た世界、ジードの手掛かりとなる資料だ。
それを探す為に、無数の本が入った本棚の群を抜けて行く。
と、その時不意に、中間を歩いていたユウが、先頭を歩くネプチューンに声を掛けた。
「なぁ、ネプチューン。さっきからずっと歩いているが、場所はわかってんのか?」
「明かりの保管場所も含めて、全部順調ぜよ〜」
ネプチューンは振り向く事無く、手を上げてひらひらさせながら答えた。
そんな彼をクレアは、内心で不信に思っていた。
それは、獣の勘だ。この先に、彼が導いて行く場所には、危険な臭いが漂っていると、そう感じとっていた。
ただそれを、彼女は敢えてユウに話さない。
確信の無い事で余計な心配事を主にさせたく無い、という気遣いがあったからだ。
「……おう!? あった、明かりがあったぜよ!! ほれ」
同時、ネプチューンの右手に光が宿った。
その源は、賢石"シャマシュ"だ。太陽のようで少し違う、優しい光を放つそれを、ネプチューンはもう二つ手に取ってユウとクレアに投げ渡した。
そして二人が手に取った瞬間、シャマシュは光を放ち出した。
「……綺麗ねぇ……」
呟くクレアは、シャマシュを見てウットリしながら、ユウの隣りで立ち止まった。
対するユウは、シャマシュを高く揚げてある物を見上げていた。視線の先には、模様が多数彫られた大きな門。
その門を、ネプチューンは警戒する事無く開ける。
そして、両腕を広げて笑みを作った。
「ようこそ、王立図書館・機密倉庫へ〜! ここは一般人はもちろん、軍人さんでも滅多に入れなかった所だよぉ!!」
その奥には、またしても無数の本が収納された本棚の群があった。
「あったあった! これじゃないの!?」
歓声を上げたのは、門から少し離れた所にある本棚の上部、梯子に上っているクレアだ。彼女は分厚い本を片手に持ち、軽快に梯子を降りていく。
そして、中央に位置する大テーブルに本を置いた。
重みのある鈍い音と大量の埃を巻き上げたその本の表紙には、薄っすらとだがエニグマと書かれている。
「ほらほら、ユウ! ついでにネプチューンも集まってー!」
「わっちはついでかんな……」
溜息をつくネプチューンと、無言無表情のユウが本棚の間から現れ、クレアの近くに集まった。
「……これが……ジードの記録か……」
呟くユウの表情には、僅かな苦笑が生まれる。
だが、そんな事はお構い無しに、ネプチューンは本を開いた。
「……どうやらこれは、エニグマ戦争あるいは戦記を主に、開戦の理由とそれまでとそれからの暮らしをまとめられているようだっちゃ。えと……人間と、謎めいた異形の存在エニグマ。まずはこの二種族が争うまでの歴史ぜよ」
言ってネプチューンは数ページ捲り、止めた。
「んとんと……この世界、ジードには四季があり、大地は永遠に育まれていた」
「これは私達の世界と変わらないわね。――でも、補足があるわ。……この世界は、我々グラルスよりも、遥かに広大だと推測される……だ、そうよ」
「広い意味は……これじゃないん?」
ネプチューンが指で示す位置。
そこには丸い惑星が描かれており、四方向にそれぞれの四季を示す絵が、そして惑星の北と南の大地に対をなすように、人間とエニグマが描かれていた。
その二つの種族が向く方向は、左右逆だ。それは丁度、歩き出しても鉢合わせしない形。
「人間とエニグマ。その二種族は、互いに四季が一周する毎に移住し、その先でまた四季が一周するまで過ごした。それが、戦前まで人間とエニグマが出会わなかった理由だった。――よく出来た世界っちゃねぇ〜」
そう言っている間にも、ページはどんどん捲られていく。
そして、開戦直前のページが開かれた。
「開戦理由っちゃね。――数百年という時の中で人間は、解明され始めていた魔力を、最大限に用いた機械の開発に成功したようだった。それにより人間の暮らしは異常なまでに発達し、大陸を移動する速度も従来の数十倍にまで達した。そしてそれが、人間とエニグマの初接触となってしまったのだ」
一ページ分を言い終え、ネプチューンは溜息をついた。
「……正直、似てるのか似ていないのかさっぱりぜよ。唯一わかるのは、こっちの世界では希少な生きもんがこの……ジードって所じゃ人間並みの数が居るって事だけな」
「それに、魔力を使用した機械も発展してるしね。グラルスでは、ほとんど賢石に頼ってるもの」
苦笑しながら、クレアはページを捲った。
そして今度は、彼女が読み始める。
「そうして幾重にもわたる接触の末、ついに人間が攻撃を仕掛けたのだ。それは、開戦である。――戦いに特化した、銃や車両などの兵器を投入する人間に対し、異常なまでの繁殖力と見た者を恐怖させる姿で対抗したエニグマは優勢を保っていた。……左腕に光を宿す者が現れるまでは、だ――って、え……?」
そこで、止まった。
理由は一つ。最後に出てきた呼び名に、心当たりがあるからだ。
だが、それはすぐに別人だと知らされる。
「ディン・ガードナー。眼帯をした長い銀髪の男。髪の色以外、カイには全く当てはまらないわ」
それは、ユウの声。口調がおかしいが、確かにユウの声だ。
だが、やはり口調に違和感を感じたクレアは、振り向いて問おうとした。
今のは何?、と。
だが、それを遮る音が来た。
遥か上の天井にあるステンドグラスが、大きな破砕音と共に割れたのだ。
それに気付いた三人は、少し遅れつつも素早く散開する。
それから数瞬後、三人が居た大テーブルの周囲にガラスの雨が降り注いだ。
くそっ、何だいきなり……
そう内心で呟きつつ、素早く本棚と本棚の間を駆け抜ける。
『鳥でもぶつかったんじゃないの? ――え!?』
……どうやらガラスが割れた後、魔力を抑え切れずに放出している奴が十人ほど、この中に入ってきたな。殺気は完全に消えているが。
『未熟ねぇ……ここは私がやりましょうか?』
いや、まだいい。万が一、遭遇して囲まれた時に頼む。それより……
一度言葉を止めて、向かって右の本棚を蹴りで思い切り倒す。
それによって、固定されていない本棚がドミノ倒しになり、うわぁ!、という声が一瞬聞こえたが、轟音によって掻き消された。
それに目もくれず、走り続ける。
……さっき、俺の身体を使って放った言葉、ディン・ガードナーとは誰の事だ?
問うと、ティファは微笑した。
『まだ、ヒミツよ』
わかっていた。問い掛けた際に、ティファは微笑を返してきた場合、絶対に先延ばしにされるという事は。
だが、無駄だとわかっていても、
「聞きたくなるのが俺――だっ!!」
最後の言葉と共に、腰の鞘から左手で長剣を抜き、後方へと振るう。
瞬間、金属音が響く。その音源である武器、ロッドを持っていたのは、
「チッ、まさかガキまで共犯者だったとはな!」
そのガキは、上陸した際に入った村に居た、十人ほど居たガキの一人だ。
そいつに対して笑みで言い放っておき、力でガキを吹き飛ばす。
するとガキは、本棚に衝突したが、武器を落とさないところを見ると、大分訓練されているようだ。
「……厄介だ」
呟き、長剣を右手に持ち替えて、左手で後ろ腰のホルスターから拳銃"ガバメント"を引き抜く。
そしてガバメントの銃口を、吹き飛ばしたガキに向けて引き金を引く。
乾いた銃声が、響いた。それを数回、繰り返す。
そうして放った銃弾は全弾……当たらなかった。
「チッ、魔術師か」
その全弾は、倒れたガキの数センチ前で、大気に目視出来る程の波紋を生みながら止まっていた。
『残念なお知らせよ。囲まれているわ』
その報告を聞き、辺りを見渡す。
……数は五人。全員が本棚の上で詠唱待機中、か。
「群れる魔術師は嫌いだ……」
言ったのと同時、俺を囲んでいるガキ共が、魔術を放った。
「なんなのよ、もう!」
そう大声で叫んだクレアは、叫ぶべきではなかったと後悔し、口を手で塞いだ。
そうして冷静になろうと本棚と本棚の間で止まって深呼吸し、太股に巻いてあるベルトからダガーナイフを引き抜いて、両手にそれぞれ逆手にして持つ。
同時に構え、感覚を研ぎ澄ます。そうして標的を、獲物を獣の勘で……捉えた。
「はぁ!!」
勢いよく飛び出し、ダガーナイフを振るう。
その勢いで、被っていた帽子が飛んで猫耳が露になるが、気にしない。
するとタイミングよく人影が横切った。
だが、肝心の刃はロッドによって防がれる。金属音と共に、だ。
そうしてクレアが見た相手は、先程まで居た村の子供だった。
その事に、クレアは眼を見開く。
「何で貴方が!?」
言ったのとほぼ同時、クレアは新たに気配を感じた。
背後、クレアが元居た本棚と本棚の間にもう一人、少年が居たのだ。
彼は丁度詠唱を終え、魔術を放とうとする。
その事に、しまった!、と言おうとしたクレアよりも先に、動きがあった。
本棚がドミノ倒しになり、魔術を放つ寸前の少年に覆い被さった。
うわぁ!、という声は轟音で掻き消される。
それを見たクレアは、うわ……、と苦笑し、前へと向き直す。
現在、彼女のダガーナイフを防いでいるロッドは、もちろん金属製だ。
その為に、強烈な打撃に注意しなければならない。それを認知の上で、クレアは動いた。
ダガーナイフを強く前に押し、相手との空間を空ける。
同時に、素早くバックステップをし、更に距離を作った。そうして載ったのは、本棚の上だ。
そこから、全速力で相手の前方へと走る。
疾走。その状態から繰り出されるのは、上段回し蹴り。
もちろんの事、相手はバックステップをしながらロッドで防ごうとするが、蹴りの速度が早過ぎる為に、軌道を僅かにずらしただけだ。
空を切る蹴りが、子供の頭上を掠る。
そうして次に、姿勢を最大まで低くし、相手の横腹に蹴りを叩き込もうとした。
それは、最初の回し蹴りを防ぐ際にロッドを上げており、尚且つ蹴りがロッドに直撃し、その反動で素早い行動が出来なかった隙を突く一撃。
だがしかし、その一撃は、
「ふぉう〜んっ」
手応えを全く与えず、風に流されたかのように脚が振り切られる。
子供は吹き飛んでいない。
「え!? なんで!?」
クレアの驚いた声と共に、脚は虚しく振り切られた。
同時、ロッドの重い一撃が、彼女の腹部に直撃する。