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第四十三話:敵わない味方

 青く広大な海原を行く、巨大な客船。

 その客船は水を掻き分け、時たま汽笛で大気を震わせながら、停まる事無く進み続けている。

 そんな客船の甲板では、怒声と悲鳴が連続して響いていた。


「どうした!? まだまだ速度は上がるぞ! 殺気を感じて避けてみろ!!」

「無理無理無理無理無理だって!! シヴァの斬撃が早過ぎ――あぶね! ――うぉ!?」

「これくらい避けられなければ、この先銃撃など避けられぬぞ!? わたっかな? わかったなら速度を上げるぞ!? ――はぁ!!」


 その二つの声を上げているのは、長剣を素早く振り、斬撃を連続して放つシヴァと、彼女の斬撃を防いだり無理な回避運動を行って避け続けているカイだ。

 そんな二人を微笑ましそうに見ているのは、近くのベンチに座っているシルクとミーナだ。


「あははは、頑張れシヴァー!」


 シルクの膝の上に座って足をバタつかせているミーナは、両手を筒状にしてメガホン代わりにし、シヴァに声援を送っていた。

 そんなミーナを見てシルクは笑いながら、逃げ回っているカイへと視線を移す。


「それにしてもよかったぁ、カイが無事で……」


 呟くシルクの表情には、安堵の色があった。

 その表情を下から見上げたミーナは、満面の無邪気な笑みになった。


「よかったね、シルク!」

「うん、そうだよ。よかったよかった〜!」

「あぁぁぁぁ!!! 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ〜!!!」


 安堵し、声に出して笑う二人を他所(よそ)に、カイは叫びながら斬撃を避け続けていた。

 途中、何度も髪が切れて宙を舞うが、幸い衣服と身体には一撃も入っていないのか無傷だ。


「余り無駄口を叩くな! 集中し、心の目で斬撃の起動を読め!」

「おわぁ! こ、心の目で……」


 呟き、深呼吸をし、目を瞑る。

 刹那、長剣の刃が腹部辺りの衣服を横に切り裂いた。


「おわぁぁぁぁ!!! 何にも読めねぇー!! ストップストップ!!」


 大声で一時停止を求めるカイに対して、シヴァは斬撃を止める事はしない。

 むしろ、わずかに速度を上げた。

 と、その時だ。

 カイは閃光の如く迫る斬撃の中に、一箇所だけ穴がある事に気付いた。

 左脇腹。

 空いている穴から一撃を入れれば、確実にその位置に当たり、シヴァはよろめく。

 文字通り、隙から更なる隙が出来るのだ。

 そう思ったカイは迷う事無く、一度バックステップし間隔を一瞬だけ空け、右手に持った諸刃の剣を振るう。

 出来るだけ早く、そして有効的な一撃を入れる為に、防御に入ろうとする長剣を右足で蹴って、だ。

 そして、

「ぐっ!!」


 一撃は入った。

 その際、右足で蹴ったはずの長剣が、右脚の脹脛(ふくらはぎ)を斬るが、カイは気にしない。

 入れた諸刃の剣を振り切り、右足を振り切って身を翻して体勢を整え、長剣を落として軽く吹き飛んだシヴァを追撃する。

 だがその瞬間、カイの勢いが止まった。

 それもそのはず、いつの間にか体勢を立て直し、平然と立っているシヴァに、片手で胸元を押されているから当然だ。

 両者の表情は、笑みと焦り。


「……えと、シヴァ?」

「よく見破れたな、私の隙を。己の目で相手を見、戦況を優位にするのはいい事だ。――合格っ!」


 腹部に力を入れて放った言葉と同時、左足を前に出して片手を突き出し、掌低(しょうてい)を胸元にかました瞬間に、カイは吹き飛んだ。


「――ぐぃっ!?」


 そして、一瞬ともいえる時間の後に、カイは壁に叩きつけられた。


「カ、カイ!?」

「ん? 強くしすぎたか?」


 いって笑いながら、シヴァは落ちた長剣を拾い上げ、鞘に収めた。

 一方、カイの下に駆け寄ったシルクは、脹脛の切り傷に手を添えて、回復魔術・トゥルを唱えていた。

 すると切り傷は見る見る内に塞がり、そして無傷になる。


「……えぁ? こ、これ、シルクが役に立てるって言ってた力……? なんか、すごい」

「すごいでしょ〜? ――って、そんな事よりカイ、あんまり無茶したら駄目じゃない!」


 切り傷のあった右脚の脹脛を平手でペチペチ叩きながら、シルクは眉を顰めてカイを叱る。

 そうする彼女にカイは、頭を掻きながら苦笑を返した。

 そしてすぐに、腕を組みながら近付いて来るシヴァに視線を移す。


「さ、さすがシヴァだね……でも、どうやってあの状況で体勢を元に?」


 問われたシヴァは、カイの前で立ち止まると、組んでいた腕をすぐに解いた。

 そして、右の(てのひら)を胸元の位置で上に向け、五指を僅かに開く。


「言ってなかったか? 私は生まれつき特異体質でな。私の属性魔力である風の魔術を司れ、詠唱無しで発動出来るのだ」


 笑みで答えるシヴァの掌には、風が終結し始めていた。

 もちろん、人の目に視認出来るものでは無いが、風が吹き荒れる音と余波でカイ達に届く微風(そよかぜ)が、彼らに風の存在を知らせていた。


「この風は言わばもう一人の私。自由自在に操る事が出来る。……いくら合格したとしても、やはり敗北は敗北だ。その為、敗者であるお前の頭を坊主にする事など容易いぞ?」

「じょ、冗談キツいって〜。――……マジ?」


 初めは笑っていたカイの表情は、見る見る内に不安に染まっていった。

 そんな彼を他所に、シヴァは風を潰すように手を握り締める。

 すると風は一瞬の音と共に四散し、消え失せた。


「冗談に決まっているだろう。教え子を辱めるような真似はしないさ」

「……嘘だぁ。本気の顔してたくせに……――わあぁ! すみません冗談です!」


 ほぅ、と呟きながら再度、右の掌を開いたシヴァを見て、カイは全力で謝った。

 だが、彼女は無言のまま、掌に風を生み出す。


「ほ、本当にすみません! だから止めてください!!」

「カイ、観念して坊主になっちゃえば?」

「坊主はいやだぁぁぁ!!!!」


 しゃがみ込んで、坊主になる事を提案したミーナにこれまた全力で否定し、必死にシヴァから逃れようとする。

 だが、先ほどの衝撃で腰が抜けて立ち上がれず、背後は壁であるが為に下がれない。

 さらに左右にはシルクとミーナが居る為、結果逃げ場はどこにも無いのだ。


「カイ、カイ、大丈夫! 坊主になっても私は友達でいるから!!」

「シルク・セシール! その言葉を俺の目を見て言ってみろよぉ!!」


 するとシルクは、薄目でカイの頭を見、

「……坊主にすれば、頭を洗う時楽だよぉ〜」

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 そうこうしている間に、シヴァは口元に笑みを作り、右手を振り上げた。

 刹那、カイ達三人が、まるで風に舞い上げられ麦藁帽子(むぎわらぼうし)のように、自然と立ち上がった。

 ふわり、という擬音が似合うほど滑らかに、だ。

 そんな体験に、三人はぽかんと口を開けて、直立に固まっている。


「そんなに驚く事では無いと思うぞ? 風で立ち上がっただけだ」


 その言葉にカイは、髪を必要に触りながら、シヴァを凝視する。


「坊主は………無し?」

「何馬鹿な事を言っているのだ? そんな事より、だ。そろそろ戻るぞ。私は疲れた」


 言ってミーナを見ると、丁度大きな欠伸をしていた。

 それを見たシヴァは笑みを作り、彼女に背を向けて負ぶった。

 そうしてシヴァは、客室へと歩き出した。


「……あっ、じゃあ私達も行こうよ、カイ!」


 元気すぎる声で言ったシルクは、スキップしながらシヴァの後を追った。

 そんな後ろ姿を見ながら、カイはふとある事を思い出す。

 殺し屋とユウの会話を、だ。


「……ユウが別行動をとるって言った、本当の理由って……」


 呟き、そして頭を左右に振って疑念を吹き飛ばす。

 そして、大分離れてしまったシルク達の後を追い始めた。











 汽笛が、船内に響き渡る。

 その轟音を煩く思いながらも、フェンリルは作業を続ける。

 ここは、数多くある客室の中の一つ。

 その客室内には、バチバチという火花の散る音と、それによって起きるフラッシュが何度も光っていた。

 その源である工具を持っているフェンリルは、金属のプレートで火花から顔を守りつつ、ヘルの外れた右腕の二の腕の間にある接合部分を修理していた。


「……痛くないか?」

「痛覚プログラムは現在停止中ですので、問題ありません」


 首だけをフェンリルに向けて答えるヘルの声は、何故かユウの声だ。

 それに対してか、フェンリルは溜息をつく。


「お前な。声戻せよ、声」

「失礼いたしました。発声プログラムの変更要請を実行いたします。――……完了いたしました」

「いや、完了じゃないからな。それは俺の声だからな。戻せよ、な?」


 怒りを堪えつつ言うフェンリルに、ヘルは一言謝罪し、変更を実行した。

 そしてフェンリルは、少しずつワイヤーを繋げながら、作業を続ける。

 途中途中、左側に置いている電子端末を操作しながら、慎重に全てのワイヤーを繋げている。

 そして全てのワイヤーが繋がった時、不意にヘルが問い掛けた。


「あれで、よかったのでしょうか?」

「……何の話だ?」


 ヘルに視線を合わせずに、腕の皮膚細胞を張り替えているフェンリルに、彼女は言葉を続ける。


「カイ・エディフィスの話です。現在、彼にとってユウ・ウラハスは疑うべき対象となっている確率が八十パーセントを占めてしまっているはずです」

「意外と優しい奴だな、お前は」

「お褒め頂き、ありがとうございます」


 言って、頭だけで一礼したヘルにフェンリルは、だがな、と付け足した。


「これは飽くまで仕事。そう、仕事なんだ。対象に情を抱くのは、殺し屋として失格だ。……いいな?」

「ヤー、マイマスター」


 ヘルはそう言って再度、頭だけで一礼する。

 それに対してフェンリルは、上出来だ、と言って完治した彼女の右腕を軽く叩いた。

 その動作とほぼ同時、彼の左側に置かれている電子端末が、ピピピッという電子音を出して何かを報せた。

 それを聴いたフェンリルは、左手で電子端末を操作して、ディスプレイにウィンドウを開く。

 そこには、殺しの依頼を要求するメールが映し出されていた。

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