第四十二話:親切の裏側は
村の建造物の一つで来客用とも言える部屋に、ユウ達三人は居た。
五畳ほどのその部屋には、長椅子と丸く小さなテーブルしか無く、床は地面である為に皆土足だ。
そんな室内を物珍しそうに見渡すユウは、足音に気付き、入口を見る。
「はいはーい、お客さーん! お茶をお持ちしたよー!!」
元気すぎる声と共に入口からは、十人程の子供達の群れが入って来ており、その内の一人が、湯飲み茶碗が三つ載ったお盆を持っていた。
そしてその子供は早足で三人の下に寄り、湯飲み茶碗を差し出す。
その湯飲み茶碗からは、湯気が立っていた。
「あ、ありがとう。――でも、今は夏よ? さすがに熱いお茶は……」
「暑い時に熱い物を口にする。それは、意外といい事ですよ?」
湯飲み茶碗を見ながら苦笑しているクレアに言葉を放ったのは、子供達より遅れて入って来た男だ。
修道服を纏っているところを見ると神父なのであろうその男は、子供達に囲まれながらも三人に会釈をした。
「このような小さな村にお越し頂き、ありがとうございます。――して、何故この村に?」
両手を腹部の前で合わせ、両指を絡ませながら問う神父に、お茶を一口飲んだユウが答える。
「……俺達はテクノス王国にある王立図書館に向かっている途中でな、上陸出来る場所を探していてこの村を見つけたんだ。だが、子供達から聞いたところによると、王立図書館は数日前に地震で壊れたそうだな?」
「はい、ものすごく大きな地震でした。その時私達は丁度、馬車でテクノス王国近くを走っていたのです」
「すっごかったんだぜ!?ガラガラガラーって崩れたんだよ!」
緑髪の少年は両手を使って崩れるのを表現しながら、驚いた表情をしていた。
そんな彼の頭を神父は笑顔で撫でながら、されど視線はユウ達の方を向いて困った表情になる。
「元々、終戦以来テクノス王国は廃墟同然でしたからね。老朽化もあってか壊れやすかったようです」
「ん? って事は、今現在テクノス王国には誰も居ないという事か?」
「はい、そうなりますね。……とは言っても、無法者達の住処になっているかもしれませんが」
ですが、と付け足し、神父は言葉を続ける。
「それでも行くとおっしゃるのなら、馬を三頭お貸し致しましょうか?」
「まじですかいなぁ〜!!」
神父の提案に驚いたのか、ネプチューンは声を上げた。
一方ユウは、考え事をしているのか顎に手を当てている。
だが、何か思いついたのか顎から手を離して神父を見る。
「……その行動は良心からか? それとも、誰かに頼まれた際に貰える報酬に対する欲求からか?」
「注意深いお方ですね。もちろん、前者ですよ?」
笑みと共に言った神父を見て、ユウは鼻で笑い立ち上がった。
それじゃ言葉に甘えよう、と言い残し、部屋を出て行く彼の後を追うように、クレアも立ち上がって出て行った。
「あ、皆さん? お客様達を馬小屋に案内して差し上げて下さい」
唐突に思いついたかのように言った神父の言葉に、子供達は元気な大声で返事をし、無数の足音を立てながら二人を追って行った。
そして残ったネプチューンと神父の二人は、何故か睨み合っていた。
無言で、全く動きを見せずに、だ。
文字通りの静寂。
しばらくしてその静寂は、ネプチューンによって破られる。
「……わっちからも質問だっちゃ。――キミ、本当に神父さんなんかい?」
問いに神父は、しばらくきょとんとした表情を見せた。
だがその表情もすぐに崩れ、口元に手を当てて笑い出した。
「面白い事を言いますね、ネプチューンさん。見ての通り、私は神父ですよ」
彼は自信満々言うと、ネプチューンは不適な笑みを作り、立ち上がった。
「それもそうんね。変な質問しちってすまんぜよ。じゃ、馬借りに行くっちゃ」
そう言い残し、ネプチューンは部屋を後にした。
そして、たった一人残った神父は、テーブルの上に置かれた三つの湯飲み茶碗を見る。
それらの中身は全く減っておらず、神父は思わず苦笑を漏らした。
「……やはり、熱い物はお気に召しませんでしたか……」
呟く声は、部屋中に虚しく響いた。
真夏の太陽が容赦無く照らす浜辺。
穏やかな波が打ち寄せるその場所には黒い、鴉の羽根が無数に四散していた。
そしてその奥、大きな木々によって日陰となっている場所には、長身の男が居た。
彼の側の大樹の根元には大剣が立て掛けられており、海で濡れたのであろう漆黒のローブを木の枝に掛け、上着も脱いで同じく枝に掛けた。
そうして露になった上半身には傷痕が無数に残っており、肩甲骨の辺りには真新しい傷痕が見える。
と、その時。肩甲骨の傷痕近くに突然、小さな光の粒子が渦巻き、弾けた。
そうして姿を現したのは、四枚の半透明な羽を背に生やした、小さな女の妖精だった。
「じゃーん! 今回も違った登場に挑戦してみた妖精界のアイドル、ライト・ウィッチちゃんだよっ!!」
両手を広げ、元気一杯に声を上げたライトは、羽を微動させて長身の男の周りを飛び回った。
そんな彼女を紅い目で睨んだ彼は、口を開く。
「……あれは、何の真似だ? ライト」
その声には、怒りの感情が感じ取れる。
それに逸早く気付いたライトは、飛び回るのを止めて男の眼前で浮遊する。
彼女の表情には、笑みが見えた。
「何の事?」
「惚けても無駄だぞ? ……お前、船上でウラハスとの戦闘中、俺に魔術を使ったろ? お前が得意とする誘惑の魔術を」
呆れ交じりの声で問われたライトは、少しの間を置いて溜息をつく。
「……何でもお見通しなんだねぇ、レイヴンは。バレないと思ったのに」
「俺を甘く見るなよ……それよりも、何故邪魔をした?」
「気付かなかった? あの時、ユウ・ウラハスは二人居たんだよ?」
右手の指を二本立て、目を細めた笑みを見せるライトは、更に左手の指を一本立てる。
「二対一だよ? さすがにあの身のこなしをする人が二人も居たら、絶対敵わないって。だから、誘惑であの場に居た全員の視界・視覚から一人のユウ・ウラハスを消したんだよ」
どう? 大儀だったでしょ〜、と言いながら嬉しそうなライトを、どうでもいいような目で見ていたレイヴンは不意に、彼女の言葉を脳内で再生した。
ユウ・ウラハスは二人居たんだよ、と。
「……ちょっと待て。ウラハスが二人居た? 俺が切り刻んだ奴は、お前の誘惑が見せた幻覚じゃなかったのか?」
「違うよ〜? レイヴンが切り刻んだユウは実体のある分身みたいな奴だったよ。クローンって言った方がよかったかな?」
ライトの言葉を、驚きの隠せない表情で聞いていたレイヴンは、奥歯を力一杯噛み締めた。
そして舌打ちをし、木の枝に掛けてある上着と漆黒のローブを着、羽織った。
上着は多少濡れたままだが、彼は気にする素振りを全く見せない。
「……とんだ屈辱だ。なぁ、ライト? ……これは、倍にして返す必要があるよなぁ……」
怒り交じりの低い声。
そんな声にライトは答える事無く、彼を導くかのように前へと飛んで行った。
彼はそれを見、そして立て掛けてあった大剣を背負って歩き出す。
ただただ、ユウが向かっているという王立図書館を目指して。
広大な荒野を馬に跨って駆け抜けている中、俺は一つの事を思い出していた。
レイヴンという名の男と殺り合った時の事を、だ。
あの後、クレアとネプチューンには氷の魔術で逃れたと言ったが、実際はそんな便利な魔術など知らない。
『まぁ、正確に言えば、そんな魔術は無いわ。それに貴方の体内魔力は雷の属だから、氷の魔術自体使えないしね』
あぁ、その通りだ。
だが実際、あの時あの場にいた全員の視界から、俺が消えていたと思う。
あれは、突然の恐怖だった。
記憶石を使ってもう一人の俺を創造して数瞬後、俺に対する全ての視線と殺気が消え失せたのだ。
それこそまるで、俺があの場から居なくなったかのように。
『……あの感じは、クレアに掛かっていた魔術を広域化したようなものね。だけど、それほどの魔術を発動したと言うのに、術者の位置特定が出来なかったの』
少なくともレイヴンでは無いと思うが、どちらにせよ面倒事が増えたってわけか。
そのようね、というティファの返答を聞いたのと同時、背後から声が来た。
「ユウ、王立図書館が見えて来たわよ」
そう言ったのは、同じ馬に跨っているクレアだ。
ちなみに何故、彼女が同じ馬に跨っているのかと言えば、三頭も馬を借りるのは申し訳無いから、とネプチューンが俺とクレアが共に乗るよう提案したからだ。
その事に対して俺は別にいいのだがティファは、私の座る場所が無くなるじゃない、と猛反対していた。
とは言っても、俺以外にティファの声が聞こえるわけが無い為、今の状態に至る。
「……ユウ? 聞いているの?」
「ん? あ、あぁ、聞いてた。――にしても、でかい建物だな、王立図書館ってのは」
言いながら見た正面、まだ数キロメートル先には、その距離でも巨大に見える建造物があった。
クレアが言うにはそれが王立図書館であるらしく、その隣にこれまた大きく、そして広大な城壁に囲まれている城が、テクノス王国なんだそうだ。
「王立図書館は、テクノス王国よりも遅く建造されたんだっちゃ。そんために、王立図書館は城壁の外に建ってるんぜよ」
馬を隣に寄せて来たネプチューンは、正面を見つつ言う。
ふと彼の表情を見れば、わずかに苦笑していた。
「……何が壊れちゃったよ? だっちゃ。前に見た時と、何ら変わり無いぜよ……」
言い終えたのと同時、ネプチューンは速度を上げて前へと出た。
……確かに、ネプチューンの言う通り、王立図書館は崩れているどころか壊れてもいない。
だが、廃墟である、という雰囲気は醸し出されている。
そんな場所へと、馬の速度を一気に上げて向かう。
太陽は既に傾き始めており、夕刻が近付いていた。