第四十一話:疑惑
「びっくりするほどユートピアッ!!!」
突如、叫んで起き上がったカイは、その状態のまましばらく固まった。
それから十秒、三十秒、一分と経って、ようやく動き出す。
辺りを見渡した彼は、未だに眠気が残っているような、そんな表情をしていた。
そんな彼が見渡す室内には誰も居らず、シーツが少し乱れたベッドと数個の荷物だけが確認出来る。
そして天井に設置された、僅かに冷気を放っているエンリルの賢石をしばらく眺めた彼は、
「……シルク達、何処に行ったんだ……?」
問いに答える音は無く、静寂が部屋を支配していた。
その空気に耐え切れなくなったのか、カイはベッドから降りて立ち上がった。
その時、彼は疑問を持つ。
そういえば胸元を何かで貫かれて血が出た気が、と。
だが、カイは触れる胸元には貫かれた痕など無かった。
ただあるのは、服の胸元に開いた指二本の穴と、わずかに付いた血の跡だけだった。
「……? 誰かが治した?」
小首を傾げるカイには、心当たりなど無い。
それ以前に、穴となったであろう傷を塞ぎ、治す事が出来るのかどうかもわからない。
その為カイは、眠っていて少し硬直していた身体を大きく背伸びして解し、腕を振った。
そうやって、身体に異常が無い事を確認する。
「……暇だなぁ………」
部屋にはたった一人しか居ない為、孤独感に耐え切れなくなったカイは、数回頷いて何かを自己解決して出口へと向かった。
ドアが無数にあるように見える廊下。
その壁の上部には、鮮やかな宝石を使って飾られたライトがあり、中部には時たま、部屋番号が刻まれた銀のプレートや船内の構図埋め込まれていた。
客室を出たカイは、丁度目前にあった船内の構図を見つけると、それに近付いた。
そして、それを見た彼は眉間に皺を寄せて口を開く。
「ひ、広いなぁ……。絶対に迷うよ、コレ」
カイが苦笑しつつ見る構図には上部から見た船が二つ、上下に描かれており、下の構図には一定の間隔を線で区切られている。
それは船内のエリアを仕分けるものであり、船首から順に前方休憩室、客室Aブロック・Bブロック、大型食堂、売店、客室Cブロック・Dブロック・Eブロック、艦橋および船員専用室(関係者以外立ち入り禁止)と書かれていた。
ちなみに上の構図には、甲板とだけ書かれている。
「現在地は〜……Bブロックか」
とりあえず甲板に出よう、と決めたカイは、大型食堂近くに書かれている階段を目指す事にした。
だが、向きを変えた彼の視界には、T字の通路を横切る、見覚えのある侍女服姿の人物が映った。
それは、
「確か……ヘル……!?」
アッシリアにてカイに襲撃を仕掛けたヘルが同じ船に乗っており、その上視線の先にいる事に驚いた彼は、殺した声で叫んだ。
だがすぐにその口を塞ぎ、身構えつつ彼女が気付いていない事に安堵し、忍び足で後を追い始めた。
そして、彼女が向かった通路への角を曲がると、丁度客室に入っていく姿を確認でき、その客室のドアまで近寄る。
なにやってんだろ、と思い苦笑したカイは、ドアに耳を当てて聞いた。
他から見れば異様である事を知ってか知らずか、彼は耳を澄ます。
すぐに聞こえてきたのは、男の声だ。
「――戻ったか、ヘル。悪いが今は取り込み中だ。用件は後回しにしてくれ」
その言葉に答えるようにして聞こえる声は、ヘルと思われる女性の声。
「ヤー、マイマスター。では、腕の修理を何時でも実行可能にする為の準備をし、終了次第待機します」
「そうしてくれ。――さて、今回の襲撃は失敗した事には謝る。だが、同行している女剣士が、銃弾を叩き切る化け物だとは聞いてないぞ? ユウ・ウラハス」
ドアに耳を当てて聞いていたカイはその名前を聞いて、えっ?、と一言だけ発して固まった。
そんな彼に追い討ちを掛けるかのように聞こえた声は、
「わりぃな、あそこまで強い奴だとは思っていなかったんだ。……その女剣士の事は依頼主に報告しておく」
先ほどとは少し違う、冷静な男の声だ。
その声を聞いたカイは、目を見開いて呟く。
ユウだ、と。
「ヘルを負かすほどの実力を持ってる奴等を相手にするんだ。報酬はいくらか、そういくらか上乗せしてもらうぜ?」
「……俺のミスとは言え一般人が他世界を、ジードを知ってしまったんだ。依頼主の邪魔者になってしまう前に仕留める必要がある。そう考えると、上乗せは許可されるだろうな」
それはありがたい、という言葉が聞こえた直後、急に会話が終わった。
それと同時にカイは、背筋の凍る寒気を感じた。
殺気の篭った、鋭い視線。
それは、彼が耳を当てているドアの向こう側からだった。
「――!!」
判断は一瞬だった。
カイは素早くドアから離れると、全速力でその場を去った。
どうしてユウが、と奥歯を強く噛んで呟きながら。
穏やかな波が打ち付ける先には桟橋がある。
木で作られているその桟橋には小船が何隻か見られ、陸には木造建ての平屋が数軒見られる小さな村が広がっていた。
そんな村の桟橋に、一隻の船が近付いていた。
減速して、桟橋に停めるかのように、だ。
そしてその船の甲板には、紅いワンピースと、更に黒のチェックと白のラインが混ざったスカートを身に纏った獣人の女性が立っていた。
クレアだ。
彼女は頭に生えている猫耳を隠すように、右手に持っていた黒い帽子を被り、上陸に備えていた。
と、その時だ。
彼女の視線の先、桟橋の上に一つの動きがあった。
それは十人ほどの背が小さい男女の子供達であり、船が来るのを歓迎しているかのように大きく手を振っていた。
それを見たクレアは突然の来航でも歓迎してくれるのね、と思い、振り返すべきかしら?、とも思う。
そして、偶然それに答えるように発せられた声は、彼女の背後から来た。
「ク〜レア、手ぇ振り返したらどうぜよ?」
「……貴方にしてはまともな答えね、ネプチューン」
「あれ? わっち、出会って間もないのに、クレアの脳内では人間としての価値が決まっちゃってんか!?」
妙な奇声を上げて頭を抱えだしたネプチューンをクレアは無視し、桟橋の上の子供達に向かって軽く手を振り返した。
すると、その子供達は更に大きく手を振った為、クレアは思わず苦笑した。
「元気な子達ね。主も、あれくらい元気があればいいんだけど」
「……わっち、思うんだんが、ユウがあんな感じだったら正直引くぜよ……?」
眉を寄せ、怪訝な表情をするネプチューンを見たクレアは、冗談よ冗談、と半目で言い返した。
丁度その時、船が微かな振動音と揺れと共に、桟橋近くに停止した。
それと同時、桟橋より少し高い位置に浮く船を見上げながら近付いて来た子供達は、笑顔を甲板にいる二人に向けた。
「こんにちは! お姉さん達、何しに来たの?」
好奇心交じりの声で問い掛けた一人の少年に、クレアは笑顔を作った。
「私達はちょっと道に迷ったの。……えと、もしよかったらここから王立図書館のあるテクノス王国までの方角を教えてもらえないかしら?」
問いに子供達は、え?、とそれぞれ疑問の言葉を発し、顔を見合わせた。
そして、先ほどの少年が代表と言えるような形で一歩前に出てクレアを見、小首を傾げながら答えた。
「王立図書館なら、ずっと前に地震で壊れちゃったよ?」
どもー、Izumoです
身勝手な更新休止報告から一ヶ月。
やっと、訂正作業が終了しました!
変更内容は、文の書き方と、シナリオの少々たる修正と、30話あたりに新規シナリオ追加、となっております
長い間の更新休止でしたが、これよりIzumoは復活いたしますので
これからもよろしくお願いします!