第四話:森の魔術師
朝日が昇り、夜が明ける。
動物達が、人間達が目を覚まして活動を始める時間だ。
その時間、カイ達は村から少し離れた所で野宿をしていた。
「んーっ! ……はぁ、よく寝たぁ」
シルクは起き上がり、大きく背伸びする。
しばらくすると視界に人影が入っているのに気づく。
「あ、シヴァちゃんだ。おはよ〜」
「シルク、いくらここが学校じゃないからってちゃん付けはないだろ、ちゃん付けは……」
シヴァは呆れながらも、いつもと変わらぬシルクに少し安心したようだった。
「で、ナマケモノの男子共はまだ寝ているのか?」
「俺は起きているぞ」
「ひゃっ!!」
突然、まだ寝ていると思っていたユウが喋り出しシルクは飛び跳ねた。
「起きておったか。まったく気配がしなかったぞ」
それを聞いたユウはクククッと笑った。
「気配を消すのは俺の特技なんでね」
「なんとも困った特技だな」
シヴァの苦笑いに合わせてシルクが笑う。
その笑い声によってなのか、カイが目を覚ました。
「………あれ? もう朝?」
「当たり前だ、馬鹿者」
「え? な、何々? なんで怒ってるの?」
「別に怒ってなどいない」
その会話を聞き、シルクとユウは大笑いした。
その後、一行は朝食を終えて目的地へ歩き続けていた。
すると、森の入り口が見えてくる。
「もしかしてこの森に入るのか?」
ユウの問いにシヴァは地図を見ながら答える。
「その通りだ。しかし、森を抜けた先には皇国軍の拠点があるから注意する事だな」
「了解〜、そいじゃあレッツゴー!」
シルクは掛け声と共に森の中へと走って行った。
「元気がありすぎるのもどうかと………」
三人同時にため息をつき、シルクの後を追った。
「大分霧が濃くなってきたなぁ。皆、気をつけたほうがいいんじゃない?――ってあれ?」
「どうしたの――ってあれ?」
気づくと後ろには誰もおらず、カイとシルクの二人だけがそこにいた。
どうやら他の二人とはぐれてしまったようだ。
「マジかよ………まぁその内合流出来るだろ」
「そだね、じゃ行こっか」
マイペース過ぎる二人は前に向き直し、道に沿って歩き出す。
しばらく歩くと小さな家が見えてきた。
シルクは迷わず中に入り、カイは後を追うようにして入る。
そうして中に入ると中年の男が一人座っていた。
「おや、お客さんかい? もしかして迷ったのかな?」
「えと、その通りです。実は、仲間とはぐれてしまって……」
カイは頭を掻きながら答えた。
「それなら少しの間ここで休んでいるといいよ。この森に家はここだけだから、お仲間さん達とも会えるだろう」
男は笑いながら優しく言う。
そんな彼に、シルクは喜び混じりの驚きを見せた。
「いいんですか!?」
「もちろんさ、それより何か飲まないかい?」
男がそう言って指を指した方向には、コップが二つ置かれたテーブルがあった。
まるで誰かが来るのを知っていたかのように。
二人はそのコップを何のためらいもなく受け取った。
「ふむ、霧が濃くなってきたな………ん?」
シヴァが急に立ち止まった。
どうしたんだ………って、ん?
俺も異変に気づき立ち止まる。
あるはずの二つの気配がない。逸れたのだろうか。
「なぁ、あいつらいつの間に逸れたんだ?」
「私も今気付いた所だ。やけに突然すぎるな」
近くにいるのかと思い、辺りを見回すが、霧が濃いためよく見えない。
「とりあえず歩くしかないな」
そう言いながらシヴァは歩き出した。
それにあわせて俺も歩き出す。
しばらく歩くと少しずつ何かが見えてきた。
どうやら家のようだ。
「………どうする?」
一応確認してみる。
「もちろん入るさ。この霧だと、無理に動くとかえって危険だ」
予想通りの返事だった。
そして軽くノックをし、中に入った。
すると中には、中年の男が一人座っていた。
「おや、お客さんかい? もしかして迷ったのかな?」
「あぁ、それで仲間とはぐれてしまったのです。よろしかったらここで、しばらく休ませてもらってもいいですか?」
こいつは相手が他人だと、敬語になるのか?
「もちろんさ、なんせ滅多に人が来ないもので退屈していたんだよ」
言って男は笑った。
「それより、何か飲まないかい?」
男が指で示した先には、俺達が来るのを知っていたかのようにテーブルの上にコップが二つ置いてあった。
明らかに怪しい。
「かたじけない、では頂こう」
こいつは行動が早いな………
まぁ一口だけでも飲んでおこう。
思い、喉にそれを流した瞬間、シヴァが急に倒れ込んだ。
それと同時に俺の視界が歪む。
「チョロいもんだな」
あの男の声。
その直後、部屋の空間が割れて他の二人の姿が現れた。
もちろん倒れた状態で。
「ちく……しょう………」
意識が薄れていく………
「さぁ、野郎は売れねぇから始末しとくか」
男が魔術の詠唱を始める。
その時、倒れていて動かないはずの体がピクリと動いた。
「――んふふふっ、あはははははは!!」
そして高々と笑い出す。
男はその姿を見て、驚きを隠せない。
いや、隠せるわけがない。
「な、何故だ!? 確かにあれを飲んだはずだ!」
「えぇ、たしかに飲んだわね。だから私が目を覚ましたのよ?」
そのありえない状況に男は戸惑うしかなかった。
「それにしても、やっと目を覚ます事が出来たと思ったのに、初見がアンタみたいな野郎だなんて最悪」
「わ、訳のわからない事ばかり言いやがって! ………だが、その威勢もいつまで持つかな? 周りを見てみろ!」
言われた通りに周りをみると黒い光の玉が三方向に浮いていた。
「これが俺の最高の魔術だ! "スフィア"!」
男が叫ぶと黒い光の玉は大きく広がり、その者に襲い掛かる。
そして直撃。
「どうだ、思い知ったか! ……っ!?」
「これが貴方の限界? くだらないわね。弱すぎる」
その者は傷一つついていなかった。
そして男に右手を向ける。
「特別サービスよ、本当の魔術という物を見せてアゲル」
そう言うと詠唱を始めた。
「"この世に住まう黒き闇よ、その力で我を妨げし者を暗黒へと引きずり込め"」
その詠唱と共に、その者が右手で指した空間に少しずつ穴が開く。
「な、何だ!? 体が……動かない! ま、待ってくれ俺が悪かった! だから」
「言ったはずよ? サービスだって」
男の顔が青ざめる。
「さぁ、貴方が好きな暗闇で好きなだけ楽しんできてね。"ティキ"」
開いた空間から無数の手が伸び、男を掴むと一気に引きずり込む。
「嫌だ! いやだぁぁ………」
空間が閉じ、部屋に静寂が訪れる。
『………の転移……いそが…ならない………準備し………起動…ろ』
目が覚める。
あの施設での事を夢で見ていたようだ。
だがまだ完全には思い出せないでいる。
そして気を失う前の事を思い出し素早く起き上がる。
あの男は……いない。
近くで倒れているのはカイ達だった。
いったいあの後、何があったんだ……
同時刻。
森の出口付近の皇国軍拠点。
「ん?」
高台で見張りをしている兵士が何かを見つけた。
それは真っ直ぐこちらに向かってくる人影だった。
その人影は次第にはっきりと見える様になり、大きなローブで全身を覆い隠しているのがわかった。
そしてとうとう、拠点の入り口まで来た。
「おい貴様! 堂々と入って来て、何のようだ!」
「………さよなら、だ」
その者はそう呟くとローブを勢いよく剥ぐ。
現れたその姿は大剣を背中に担いだ男だった。
その姿を見た一人の兵士が叫ぶ。
「か……"鴉"だぁぁぁ!!!」
その瞬間、鴉と呼ばれた男は剣を手に取り素早く動き、素早い動きで兵士を次々と斬っていった。
男が通った場所は血の海と化し、そこら中に死体が転がっている。
そしてその男の表情は笑みで、殺しを楽しんでいるようだった………