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第三十一話:それぞれの思い

 突然ユウが放った言葉に、その場にいたほとんどの者が驚いた。


「お、おいユウ、どうして急に!」

「お前のその中途半端な考えに付き合っていると、俺の殺し屋としての感覚に迷いが出てしまう気がするからだ。………それに、自分の世界を知る方法が、すぐ近くにあるからな」


 言いながらユウは、少し離れた場所で樹木にもたれ掛かっているネプチューンを見た。

 対するネプチューンは、視線を合わせてきた彼に苦笑していた。

 その後、ユウはカイに視線を戻す。


「………次に会った時は、今以上に決意を固めている事を願っておく」


 言ってユウは、額に血の跡をつけてピクリともしないクレアを背負い、出口に向かって歩き出した。

 途中、シヴァとすれ違った際、ボソリと一言呟く。


「………また、ミーナをよろしく頼む……」


 その言葉にシヴァは、フッと小さく笑い、呟き返した。

 まかせておけ、と。

 それを聞いたユウは満足したのか、一度頷いた。

 一方カイは、唖然としながらユウが去っていく後ろ姿を見ていた。

 手がピクリと動いているが、身体は全く動いておらず、まるで、止めようとしているが身体が動かない、そういった感じだ。

 すると突然、ネプチューンは向きを出口へと変え、右手を上げた。


「すまんが、わっちも行くわ。ユウからの御指名ぜよ」


 言ってネプチューンは、小走りでユウの後を追って行った。

 残ったカイ達は、二人を目で追うのをやめて、それぞれの方向に目をやった。


「………何が……間違っているんだよ………」


 カイは歯を噛み締めながらそう言って俯き、その姿を見たシルクは、彼に寄り添って肩を抱き合わせた。


「大丈夫、大丈夫だよ。私はカイの理解者になってあげるから……」


 そんな彼らを微笑ましくも悲しい表情で見ていたシヴァは、隣に居るミーナに視線を落とす。


「……いいのか? ミーナはユウについて行かなくて」


 問いにミーナは、首を左右に振って答えた。


「うーうん、いい。また会えるって知ってるから」


 言って満面の笑みをシヴァに向けた。

 その笑顔を見たシヴァは、ミーナの頭に手を乗せて微笑んだ。

 そして、カイとシルクに視線を向ける。


「……カイ、シルク。とりあえず、宿に戻ろう。このままここに居ても埒が明かない」


 シヴァの提案に、二人は頷き、ノアへと続く道を歩み始めた。











 闇が世界を覆いつくし、満月がその闇をわずかに照らす。

 世界を覆うモノは自分だと言っているかのように。

 まるで、永遠に続く人間同士の争いを思わせる。

 その人間同士の争いで発せられる音の一部、金属音が静寂を決め込む空間に、何度も響き渡っていた。

 それは、リラックス・リゾートの裏手の、月明かりが一面を照らし出している場所から発せられていた。

 (わず)かに緑色が見える芝生の上を走っているのは、二人分の人影だ。

 決まったタイミングがなく、人影が近付く度に金属音が響く。

 一人は、諸刃の剣を振るうカイ。

 そしてもう一人は、長剣を慣れた動きで舞うように扱うシヴァだ。

 月明かりで僅かに見える表情は、一瞬の隙もないほど真剣だった。

 それは、両者共同じである。

 二人は互いの攻撃を紙一重で避け、または防ぐなどして一歩も譲らずに攻防していた。


「――どうした? 諸刃の特長を活かしきれてないぞ?」


 されど、やはりシヴァの方が優勢なのだろうか、カイにアドバイスを言い続けるだけの余裕はあるようだ。


「――ほら、右手の握りが甘い! これだと、バランスを崩して武器を落とす事になるぞ」


 言ってシヴァは、諸刃の右側を長剣で弾く。

 すると彼女の言った通り、カイはバランスを崩して弾かれた方向に傾き、大きな隙を作ってしまった。

 それと同時、彼女は瞬時にしゃがみ込み、今カイの軸となっている右脚に蹴り込む。


「崩れた時の反応も遅れているぞ! こういう時は足を浮かせ、身体を出来るだけ低くしながら両手を地面に着かせ、前転宙返りだ」


 カイはその言葉を無視し、崩れた身体を肩から地面に着かせ、勢いをつけて前転し、立ち上がる。

 だが、立ち上がった瞬間、シヴァは腰に添えてあった鞘を抜き取り、彼の横腹に叩き込んだ。


「ぐがぁっっ!!」

「それ見たことか! 只の前転では、移動距離が短い上に、相手の動きが全く見えず、致命的な一撃を貰う事になるのだ!! その分、宙返りは移動距離が長く

着地の際、瞬時に次の行動に移る事が出来るのだぞ!」


 手に持った鞘を腰に添え直し、近くに落ちている両刃の剣を拾い上げ、横腹を押さえて倒れているカイの目前の地面に突き立てる。


「さぁ、これでお前は一度ならず二度も死んだぞ! 基礎を使わないという事は、こういう結果に繋がるのだ! そんなにもお前は戦闘で死にたいのか!?」

「わかっている! わかっているよ!! 俺だって、必死に………」


 カイは声を荒げて叫びながら、地面に突き立っている武器を手に取る。

 そんな彼を見てシヴァは、考え事を必死にか?、と呆れた口調で言い、溜息をついた。

 その後、長剣を鞘に収めて腕を組む。


「休憩だ。………少し話をしよう。その場に座れ」


 疲れで息を荒くしているカイは、しばらく構えを解かなかったが、息が整うにつれて冷静さを取り戻したのか武器を三つ折りにしてから、言われた通りに座る。


「……お前が考えているのは、ユウの事だな?」


 問いに、カイは少し間を置いて答えた。


「あぁ、何でユウは別行動をとるなんて言ったんだろうかって……それに、ユウが言った事も気になって考えてた」

「そうか、やはりそれだったか。――なに、心配する事ではない。アイツはアイツなりに必死なのだ」


 言葉とは裏腹に、表情が少しだが曇る。


「アイツはジードと呼ばれる異世界の人間だ。だが、そのジードとやらは、この世界で神話となっている」


 組んでいた腕を解き、人差し指を立てて話を続ける。


「アイツは、この世界では存在しない、たった一人の架空の存在となっているのだ。お前も、今までの思い出や記憶が、架空の物なのかもしれないとなると

自分の存在理由がわからなくなるだろ? だから、アイツは自分の存在理由を必死に探そうとしているのだ。その為に、お前の決意がない考えで自分自身が変わってしまう事を、元の世界の自分が無くなる事を恐れ、別行動をとるという結果に出たのだ」


 言い終えて肩を竦め、私の想像だがなっと言葉を付け足した。

 それを聞いたカイは俯き、呟く。


「………俺の考えが……原因………」

「別に、お前の考えが間違っているとは言ってないぞ? 決意が中途半端なだけだ。だからアイツは、お前が決意を固めるまで、そして同時に自分の心を整理するために別行動を選んだのだろうな」

「………何でわかるんだ?」


 問いにシヴァは、フッと鼻で笑った。


「ユウについては想像だが、お前に関しては何年も教師をやっているから、自然とわかってしまうものなのだ。ちなみに、お前は偽善者だな。中途半端な偽善者だ」

「ぎ、偽善者って……」


 最後の言葉にカイは苦笑し、シヴァは笑みを作った。

 そして、シヴァは組んでいた腕を解き、長剣の柄に手を添えた。


「………さて、休憩は終わりだな。もう一本やっておくか?」


 鞘から長剣を抜きながら問い掛けたシヴァにカイは立ち上がって頷いた。

 もちろん! という威勢のいい声で答えて。

 そして、彼は三つ折りにした諸刃の剣を組み立てて構える。


「それでは………いくぞっ!!」


 シヴァの合図と共に、二人は勢いをつけて走り出す。

 この後、しばらく金属音が響き続けた。











 カイ達が泊まっているリラックス・リゾートから少し離れた場所にあるホテルの一室。

 明かりが煌々と灯っているその部屋の壁際に置かれた、シングルベッドの外側に寄りかかって座っているユウは天井に視線を向け、考え事をしていた。

 故に、この部屋には音はなく、静寂が部屋を包むこんでいる。

 だが、その静寂を打ち破るかのように、入口のドアが、ガチャリという音を立てて開いた。

 このホテルの部屋はリラックス・リゾートと同じく、寝室と入口が同じ一室となっている為、誰が入ってきたのかは首を動かすだけでわかる。

 その為にユウは、ドアが開くのと同時にその方向へを向いた。

 するとそこには、ミーナがいつもとが違う、無表情で立っていた。

 ただ一つ、無表情ではないと言えるのならば、目を細めて、全てを見透かすような瞳をしているところだけだろう。

 だがユウは、そんな彼女を見ても驚かず、逆に笑みを漏らした。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「………久しぶりにそっちのお前を見たな。最初にみたのは初めて会った時だ」


 ユウの言葉を聞きながら、ミーナはゆっくりと歩いて彼の元に近付く。


「そっちがお前の本当の姿か? ……それと、お前は俺に、俺達に何か重大な事を隠しているだろ?」


 その問いに答えるかのように、ミーナはユウの隣で立ち止まり、答える。


「本当の、という質問は半分正解で半分不正解。両方とも私、本当の私。………それにしても、隠しているとはどういう意味?」

「その質問は、わかってて言ってるだろ? まぁいいが………。最初に会った時と、アイツらと居る時の性格が違うってところもあるが、俺の中にいるヤツから重要な話を聞く時は、必ず邪魔をしてきた」


 それに、と言いながら目を細めてミーナを睨む。


「今日の襲撃があった時、お前は全く驚いてなかった。まるで、襲撃がある事を知っていたかのように、だ。……で、お前は何者だ? ジードの人間か?」


 ユウがそう問い掛けた瞬間、ミーナはクスクスッと笑い出し、ベッドに上って座った。

 そこは丁度、ユウの真後ろだ。


「誰なのかという質問には、まだミーネレナント・ユリウス・レヴェリート、ミーナとしか名乗れないわ。もちろん、私はこの世界の人間よ」

「そうか………結局、ジードに関しては直接調べる必要があるんだな。……それじゃもう一つ」


 言ってユウは、後ろに居るミーナの方を身体ごと向く。


「カイの力の事、お前は何か知っているのか?」


 問いにミーナは、ユウと目を合わせながら答える。


「……知らない、と言えば嘘になる。私は全てをこの目で見ているから。でも、それを今教える事は出来ないの……。でも、知っているからこそ、私はカイ達についていく。傍で、変わっていくあの腕を………だから、私はユウについて行けない」


 言ってミーナは四つん這いになって、そうかっと呟いたユウに近付く。

 そして、彼の頬に手を添え、ゆっくりと顔を近付ける。

 だが彼は、ミーナの顔を手で止め、苦笑しながら頬に添えられた手を退けた。

 それが何を意味しているのか知っているミーナは、微笑しながら少し離れる。


「止めるのはわかっていたわ。ユウは、ジードに大切な人が居るものね。一生を誓い合った人が」

「何でもお見通しなのか。………なら、俺が戻ってこようとしているのもわかっているんだろ?」

「えぇ、わかっているわ。戻ってこようと、じゃなくて戻ってくるのをね。

ただ………」


 ユウに背を向けてベッドから降りたミーナは、くるりと半回転して彼の方を向く。


「カイは不思議な子よ………何度も、カイが言った言葉で、行動で、見通せない事が起きる。だから、神と名乗る者は彼を選んだのね………」


 そう言い残して、ミーナは出口へと向かった。

 するとユウは、ミーナの小さな後ろ姿に視線を向け、聞こえるように呟いた。


「……次に会うまで、死ぬなよ……」


 ミーナはドアを開けて廊下に出て閉める際、ユウに満面の笑みを向けた。

 それを見たユウは微笑し、ベッドに上って眠る体勢をとった。


「………朝は任せたぞ、ティファ………」


 呟き、ユウは仮眠をとるために目を瞑った。

 そして再び、部屋の中に静寂が訪れる。

 夏の夜の涼しさが、部屋にゆっくりと入り込んでいった。

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