第三話:人外の力
空に現れた羅針盤の針が、ゆっくりと動き出す。
そしてカイは、まるで役目を終えた人形のように、その場で倒れこんだ。
「――!! カイー!」
シルクが急いで駆け寄るが、俺はただ空を見上げていることしか出来なかった………
残った皇国軍は逃げ去ったが、倒れたカイはまだ目を覚ましていなかった。
そして村には、怒鳴り声が響き渡る。
「無茶だ! お前達のような子供をそう簡単に旅に出させるわけにはいかん!」
村長と思われる老人はカイ達が村を出るのに反対していた。
村長は、皇国軍が襲撃をした事に対してはお咎め無しだったが、ユウがカイと共に村を出る話をすると、大声で反対し出したのだ。
「そう言われても、皇国軍は明らかに俺やカイを狙っていた。もし、このままここに居座る事になると、また迷惑が掛かる」
「なんと言おうと駄目なものは――な、なんじゃ?」
村長が話を終える前に女性が一人、村長の肩を軽く叩き前に出る。
「……ならば私がついていこう。それなら文句はあるまい? 私はこう見えても剣士だ………なんなら試してみるか?」
その女性は、微笑を浮かべながら赤い瞳でユウを見た。
そして、長いピンク色の髪を右手でさらりと掻き揚げ、その手を腰の鞘に収められた剣の柄に添え、ユウを挑発する。
「いいだろう、いくら女でも武器を持っている以上手加減はしない」
それを見たユウも、微笑を浮かべて剣の柄に手を添える。
「面白い、それでこそ男だ。では………いくぞ!!」
開始の合図と共に女性が剣を抜いた。
その剣は、彼女の半分の身長ほどあると思えるくらいの長剣だ。
それを見たユウも、剣を抜いて走り出した。
っと、その時。
「ユウもシヴァも待ったぁ!!」
大声を上げながら、シルクがキリーの家から飛び出して、二人の前に立ちはだかった。
そんな彼女に、シヴァ呼ばれた女性は左手を横に振る。
「そこをどけ、シルク。これは私とあの男との問題だ」
「カイが目を覚ましそうなの! ………って言ったらやめてくれる?」
その言葉を聞いた瞬間、シヴァは何事も無かったかのように長剣を鞘に収め、走った際に少し乱れたミント色のスーツを調える。
すると、その状況がわかったのか、ユウも剣を鞘に収めた。
「さ、行くよ」
言ってシルクは、手招きをしながら家に入って行く。
「では村長、あの話はまたの機会に」
シヴァはそう言いながら、ユウが入るのを待ってからドアを閉めた。
「…………んつッ」
「あ、起きたよ」
カイは体を起こし、辺りを見回す。
その表情は、まだ状況がわからないような感じだ。
「あれ? あいつらは?」
その問いにユウが答える。
「お前が殺した」
「あ、あれ? 直球だなぁ…………も少し、前フリとか入れようよ」
ユウの言葉を聞いたカイは、左腕を見る。
「………いったいなんなんだ、あれは?」
ユウの疑問が篭った問いに、カイは少し間を空けて答える。
「…………あいつに撃たれた後、声がしたんだ。契約がなんとかって。それに答えたら急に気が遠くなって………」
何かを思い出すように左手で頭を掴んだ。
「そしてなぜか、あの力の事と契約の内容が頭の中に流れ込んできたんだ」
「………あの力? 契約?」
入り口近くで腕を組んでいたシヴァは、その言葉に興味を持ったのか、話に入ってきた。
「ああ、この左手の力………この力は、触れた物質の時間を自由に変える事が出来るんだ。過去の姿にも、未来の姿にも」
「えぇ!? カイが難しい言葉を使い始めた!!」
「時間を変える、か。………だからあの男はミイラのようになったってわけだな?」
シルクの言葉を無視し、ユウは問いを続ける。
その問いにカイは、そう、と答えて話を続けた。
「だけど、その力にはリスクがある。人体に使用する場合、使用者の体力を消費しそして、対象者を死なせる場合は、大量に消費する事になる。………最後に、この契約を交わした際は使命に従うってのが絶対条件」
最後の一言に、シヴァは眉をピクリとさせ、組んでいた腕を解いた。
「で、その使命というやつは何なんだ?」
「………空に映っている時計は俺にだけ見える光を出しているんだ。その光が示す方向のどこかに時空の柱ってのがあるらしい。その柱を、この力で蘇らせる」
話が難しかったのか、シルクは今にもショートしそうだった。
そして、その説明に疑問を持ったのか、ユウが問う。
「………その柱を蘇らせると、どうなるんだ?」
「それははからない。でも、これが契約だからやるしかない」
「フフフッ、その通りだな」
シヴァはカイの言葉に同感したのか、笑みを浮かべて頷く。
「面白そうじゃん。もちろん私もいくよ〜」
すると、手を高く上げてシルクも同意した。
「もちろん俺も同意だ」
「全員賛成ってことだね? それじゃ準備が出来たら今夜出発だよ」
シルクの言葉に、カイは首を傾げて問い掛ける。
「どうして、今日出発?」
その問いに、シルクは人差し指を立てて左右に振った。
「チッチッチッ、甘いよカイ。またあいつらが来たらどうするの? これ以上この村に被害を出させるわけにはいかないでしょ? なら、少しでも前に進んで、鉢合わせを狙うんだよっ」
「あぁ、そうか」
カイは納得したのか、何度も頷いた。
「では準備ができ次第、ここに集合だ」
シヴァの合図に皆が行動を始める。
雲一つなく、綺麗な満月が空に見える夜。
村人が眠りについた頃、カイ達は行動を始めた。
しかし、村の出口には人影があった。
「あれは………村長!?」
この村の長である中老の男は、ずっと出口でカイ達が来るのを待っていたようだ。
「やはり行くのか」
「………はい」
「ではこれを持って行くがいい。わしからの贈り物じゃ」
村長が差し出した袋をシヴァが受け取った。
その袋はズシリとした重みがあった為、彼女はおそるおそる中を覗くと、沢山のお金が入っていた。
「村長、これは?」
「黙って持って行け。そのかわり生きて帰ってくるんじゃぞ? 絶対じゃ」
そう言い残すと村長は村へ戻って行った。
そんな彼の後ろ姿を見ていたユウは、フッと鼻で笑ってシヴァを見た。
「………不器用だが、いい人だな」
「当たり前だ、あの人は私が今まで会った人の中で一番いい人だ」
シヴァは当然のように言いながら、手を腰に当てて誇らしそうにした。
「――さ、いこう。グズグズしてると夜が明けるぞ」
カイの掛け声を合図に皆が歩き出す。
そんな彼らを見下ろすかのように、満月は真上で煌々と大地を照らし続けていた。