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第二話:回り出す歯車

 カイが手に取った時計は、手の平サイズの懐中時計だった。

 見た目こそ、金色の塗装がされ、首下げ用のチェーンが付いた普通の懐中時計だが、時を刻む針が止まっていた。

 その懐中時計の文字盤をジッと見据えるカイに、シルクが横顔を覗き込むようにして問い掛ける。


「……ねぇカイ、どうしてそんなに冷静でいられるの?」

「驚きすぎて、逆に冷静になっちまってるんだよっ」

「それ、意味わかんないよ……」


 シルクは少し呆れた様子で溜息をつく。

 そんな彼女を見たカイは苦笑しつつ、洞窟の外へと歩みを始めた。

 暫く歩いて洞窟の外に出た時、雨はいつの間にか止んでおり、空は元通りの青空になっていた。

 シルクは、葉と葉を伝って水の雫が落ちていくのを間近で見ながら、先に進んでいくカイの後を追う。


「――快晴だねー、さっきまでの大雨が嘘みたいっ!」


 シルクははしゃぎながら両手を振り回す。


「シルクが急にはしゃぎ出したって方が嘘みたいだよ……ん?」


 ふと、カイは空に何かが見えるのに気付いた。


「……なぁ、あれ何だと思う?」

「え? どれどれ?」


 カイが指を指した方向には黒い"何か"が落ちていくのが見えた。

 その黒い“何か”は、青い空に墨で線を描くように、黒い煙を上げながら落ちていく。

 ただ一直線に地面を目指し、そして落ちた。

 同時、離れていても聞こえるほどの地響きが森の中に響き渡る。

 木々が揺れ、鳥の群れが飛び立ち、振動がカイとシルクにも伝わる。


「……落ちたね。こりゃ見に行くしかないでしょ」


 シルクはそう言うと、落ちた方向に向かって走って行った。

 一方でカイは、今度は俺が置いてけぼりかよ、と先に進んでいったシルクに文句を言いながらも、少し遅れて走り出す。

 邪魔な木々を退かしながら進む二人は、長い道のりを歩み、そして一つの広場のような場所に出た。

 "何か"が落ちた衝撃でクレーターができており、周りの木は無残に倒れ、それがクッションの役割をしたのか、その"何か"は無事のようだった。


「鉄の塊だな」 「鉄の塊だね」


 二人は同時に同じ言葉を発する。


「これが落ちたってことは飛んでたって事になるんだよな……?」

「そうなるね………あれ?」


 シルクの目には気になるものが映った。

 それは鉄の塊の中央辺り。

 ガラス張りになった部分が割れていて、中が覗けるようになっており、

「中に誰かいるよ? カイ、助けてあげたら?」

「他人事のように言うなよっ」


 呆れながらもカイは、割れたガラスのカバーを持ち上げようとした。

 するとそのカバーは容易に開いた為、カイは中の人を慎重にひっぱり出す。

 出てきたのは、黒い短髪の青年だった。

 その青年の服は身体に密着しているようで、身体のラインが綺麗に浮かび上がっている。

 そしてそれを隠すかのように、ケースやポーチなどが所々に装着されていた。

 それはまるで、闇にまぎれるためのように真っ黒だ。

 だが、その服は少し破れており、腹部にケガをしたのか血で赤く染まっていた。


「……気絶しているだけだけど、ケガしてるな。キリーおばさんに診てもらおう」

「さすがに、見捨てる訳にはいかないしねっ!」


 そう言うとカイは青年を背負い村へ向かった。






 ケガをした青年を村まで運んだカイ達は、とりあえずキリーの家で休ませてもらう事にし、今は小さな部屋で青年の手当てをしていた。

 ベッドの上で横たわる青年は安らかに眠っており、傷のあった腹部には包帯が巻かれている。

 僅かに血が滲み出てはいるが、出血は止まったようだ。

 その結果を見たキリーは、手を打って作業終了を報せる。


「さ、ケガには包帯巻いておいたから、あとは目が覚めるまで寝かせておけばいいよ」

「ありがとーございましたー」


 役目を終え、部屋を出ようとドアを開けるキリーに、シルクはニコニコと笑顔を向けながら礼を言う。

 対し、キリーは片手を上げることで返事とし、部屋を後にした。

 彼女の後ろ姿を見送ったシルクは、一息ついてベッドの上の青年へと視線を移す。

 後は目を覚ますだけだ。

 一方、カイは拾った懐中時計が気になっていた。

 ポケットに手を入れ、時計があるのを確認し、力強く握る。

 この動作を何度も繰り返していた。










 目を覚ます。

 そこには、見慣れない天井があった。

 何故、今ベッドで寝ているのかがわからない。

 思いだそうと考え、必死に記憶を脳から引っ張り出そうとする。

 そして、思い出した。

 俺はあの施設から逃げている途中だった事を。

 ……また捕まった、のか?

 内心でそう呟き、ならまた逃げなくては、と答えを出して一気に起き上がる。

 だが目に映ったのは施設とは程遠い、小さな部屋だった。

 起き上がった正面には小窓があり、部屋の隅には小さな棚が置かれている。


「あ、起きたね」

「お、起きた起きた」


 声がしたほうを見ると、銀髪をかきながらホッとしている銀髪の少年と、その隣に青髪の少女が、それぞれの椅子に座っていた。


「調子はどう? ケガのほうはまだ痛む?」


 少女が優しく微笑みながら問い掛けてきた。

 まだ状況が掴めず、混乱しているが、反射的に言葉が出る。


「え、あ、大丈夫、だ」


 戸惑いのある言葉は片言になり、だがなんとか伝わった。

 次いで、ふと思ったことを問い掛けてみた。


「……なぁ、ここはどこなんだ?」

「ここはアルグだよ」

「小さい村だけどねぇ」


 即答した少女の答えに、少年が付け足す。

 ……だがその名に聞き覚えが無い。

 とりあえず、俺の住んでいた村の事だけでも聞いてみる、か。


「……じゃあセイルはここからどのくらいかかるんだ? 有名な村だから聞いたことはあるだろ?」

「セイル? どこだ、それ?」


 少年は、隠しているわけでもなく、本当に初めて聞いたような反応を見せた。

 正直、問い掛けた時から嫌な予感がしていた。

 だがその予感を、全力で否定する。

 だから、問い続ける。


「いや、あるはずだ。だってセイルはジードの中でも、有数の都市だから――」

「まてまて、ジードなんて村も、地名も聞いたことねぇぞ?」


 俺の問いが終わる前に少年が答えた。

 その答えを聞いた時、まるで、カチリッという音を立てて歯車が止まったかのように、思考が止まる。

 ただ、少年の言っている意味が理解できなかった。


「……あれ? ジード?」


 不意に、少女がジードの名前を口にする。

 その言い方は、まるで知っているかのよう。

 俺はその反応に思わず身を乗り出して、次の言葉を待つ。

 だが、

「ジードってたしか、神話にでてくる世界の名前じゃなかったっけ? 前に先生が授業で教えてくれたし」


 少女の答えに俺の頭の中は真っ白になった。

 ジードが……神話の世界?


「……ふざ……けるな……」


 怒りがこみ上げてくる。

 いや、これは怒りなのだろうか……。

 もし怒りだとしても、それは全く意味の無い怒りだ。


「ふざけるな! 俺の過ごしてきたあの日々が、今俺の中にある記憶が全て神話の世界!? じゃあっここにいる俺はいったいなんなんだ! どうしてその神話の世界の人間がここにいるんだ!!」


 怒りに似た、絶望。

 湧き上がる絶望は、それに似合った言葉を生み、口から止まることなく吐き出される。

 だが、ふと我に返ると、怒鳴ってしまった自分を悔やんだ。

 二人を見ると驚いているようだった。無理も無い、な。


「あぁ……すまん、取り乱した。……急に怒鳴って悪かったな」

「あ、あはは、いいよいいよ。それよりせっかく神話の――っというか他世界の人と出会ったんだし、自己紹介しない?」

「お前ノリノリだなぁ。他世界の人間だって所は疑わないのか?」

「いやいや、あそこまで必死に怒鳴っている姿みたら、どう考えても演技に見えないんだよぉ。だから、私はこの人を信じる! 決めたよ?」


 少女が言うと、少年は溜息をつき、仕方ないなぁ、と呟く。

 ……自己紹介か、悪くないな。


「俺は、ユウ・ウラハスだ」

「おっと、そっちが先かぁ。俺はカイ・エディフィスだ、よろしく!」

「私はシルク・セシールだよ。よかったら、こっちの世界に来た理由とか、教えてくれる?」


 シルクと名乗った少女が、小首を傾げて問い掛けて来た。

 俺は何を話そうかと少し考え、施設の事は話しておこうと思った。










「他世界人、か………」


 ユウの話を聞きながら、カイはそう呟き、考えた。

 彼が話したことは、信じがたいことだけども、こうしてここに居るってことは真実であって。

 見たこともない物に乗ってやって来た、ということも相成って、信じるに至った。

 そして、同時に思う。

 異世界人が来たこともこの時計か関係してるのか、また、これからもこの時計は何かを引き寄せるのか、と。

 だが、その考えはすぐに現実のものとなってしまう。

 突然、外から爆発音が聞こえたのだ。


「な、なになに!? 何が起きたの!?」

「なんで爆発が!?」


 最初に騒ぎ出したのはシルクだった。

 もちろんカイも騒ぎ、窓へと近付く。

 その時、突然部屋のドアが開き、キリーが大慌てで入ってきた。


「キリーおばさん! 外で何があったんですか?」

「皇国軍が突然、襲撃をしてきたんだよ!」

「……!? なんでまた村を襲ってるんだよ! 戦争はとっくに終わってるに!」


 カイはその言葉に怒りをこめて叫ぶ。

 しばしの静寂の後、キリーが口を開いた。


「さっき村の近くの森に落ちた塊に乗っていた人を探しているらしい。近くに落ちたのなら、この村で匿っているのではないかと考えて、ここに来たそうだよ」


 キリーは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 その探し人が誰であるかすぐに気づいたユウは、ベッドから出て立ち上がる。


「……それは俺だな。俺が出て行けば村は助かるんだな?」


 部屋を出ようとするユウをキリーは引き止めた。


「ちょっと待つんだよ、これを持っていきな」


 そう言うとキリーは、壁に掛けてあった剣をユウに渡した。


「ありがとう」


 礼を言った後、ユウは部屋を出る。


「俺も着いていくぞ」

「あ、私も」


 まるでユウが呼んだかのように、二人も外へ出て行った。

 そんな彼らの後ろ姿を見てキリーは、やれやれと肩を竦めた。


「まったく、若いっていいもんだねぇ」







 カイたちが外に出ると、ユウは会話を始めていた。


「お前達の目的は俺だろ? なら早く俺を捕まえて村への攻撃を止めろ」


 その一言に他のやつとは服が違う上官らしき男は、不適な笑みを浮かべながら口を開く。


「貴様があのわけのわからない物に乗っていたやつか? こんな簡単に見つかるとは思わなかったよ………では時計を渡してもらおうか」

「時計?」


 ユウはその言葉に疑問を持つ。


「俺は時計なんて持ってないぞ?」

「とぼけても無駄だ! 空より墜落する者、災いの時計を持つ。これが予言の言葉だ! ………さぁわた―――んな!?」


 男が驚き、目を見開く。

 その視線の先には時計を持ったカイの姿があった。


「これのことか?」


 カイは時計の鎖の部分を持ち、振子のように揺らす。

 その時計は薄っすらと光っていた。


「………時計が輝きし時、災いが起こる………止めるには所持者を殺すのみ……」


 男がそう呟いた後、胸ポケットから何かを取り出した。

 その何かにユウは見覚えがあるのか、驚きの表情と共に叫ぶ。


「――な!? それは銃! カイ、避けろ!!」


 ユウが止めようとするが、敵の兵がそれを邪魔する。


「ぐっ!! 邪魔を――」

「死ねええぇぇ!!」


 ユウの叫びもむなしく、男の叫び声と共に一発の銃声。

 その音と共に、カイは地面に倒れこんだ。

 地面が、少しずつ赤く染まっていく。


「え? カイ……? カイイィィィ!!」


 シルクがカイの元に駆け寄る。

 だがそれを止めるかのようにシルクの一歩前の地面に銃弾が飛び、土が弾ける。


「それ以上近づくな、もし近づけば貴様も関係者として殺すことになる」

「嫌だよ! 私はカイの友達であり幼馴染だもん。殺したければ殺せばいい」


 シルクは叫びながら手を横に広げる。


「ならば………死ね」


 言って男は、シルクに銃を向けた。


「――ッ!!」


 シルクは目を強く閉じる。










 何も無い、無の世界。

 その世界は痛みさえも感じないほどの無だった。

 その世界の中心、いや真っ只中で、カイは浮いていた。


「……俺は………死んだのかな……」


 そう呟いた瞬間、視界に強い光が射した。


『これが我と契約を交わすのに必要な状況、そして条件は揃った』


 その声は、カイが森の洞窟で聞いた声と同じだった。


『少年よ、生きたいか?』


 問いに、カイは苦笑を返す。


「そりゃ生きたいけど、どうせ俺には何も出来ずまた死んでしまうよ。それならこのままのほうがいい」

『力を与える、と言ったらお前は生きようとするか?』

「………ちか……ら……?」

『そうだ、力だ、絶対の力』

「力………もし、もらえるのなら………俺は生きたい」

『それでこそ我に選ばれし者、さぁ我の手を取るがよい』


 カイは、空間に突然出て来た手を取る。

 その瞬間、光に包まれた。







 俺は無力だ。

 今、この手に武器を握っているというのに何も出来ないでいる。

 そして目の前で一つの命を助けることさえできなかった………

 そしてまた一つ、命が奪われようとしている………

 俺が、俺が何かやらなければ意味が無い!

 そして身構えた瞬間、突然カイの体が光出した。

 強すぎる光に俺は目を閉じた。

 しばらくすると光は止み、目を開ける。

 そしてその光景に自分の目を疑う。

 そこには何事も無かったかのように、傷一つないカイが立っていた。

 だがその左手はわずかな光を放ち、無数の紋章が刻み込まれている。

 そしてその表情は、口が半開きにし目を薄めており、まるで別人のようだった。


「………カイ……なのか……?」


「なっ!? 貴様!確かに死んだはず!? 何故無傷なのだ!?」


 撃った男も状況が掴めていないらしく、パニックになっている。

 だがその手に持った銃は、再びカイに向けられた。

 その瞬間、カイは素早く男の懐に入り、左腕を男に当てる。

 その時、不意に悪寒が走った。

 悪寒という方法で知らされたいやな予感は、すぐに現実となって起きる。

 カイの左腕が強く光り出したかと思うと、男の様子が急に変わった。


「な、なんだ!? ―――ッッ!!!」


 刹那、聞こえるのは、うがっ、とも、ぐがっ、とも聞こえる、この世の者とは思えないほどの断末魔のような叫び。

 そして、それと同時に男の体はみるみるうちに年老いていった。

 肌は(しわ)を刻み、腕の筋肉は細くなっていく。

 そして、最後にはミイラのようになり、崩れ落ちていく。

 ………時間が止まったかのようにも思えた。

 誰も恐怖と驚きのあまり、声が出ない。

 その後、カイはゆっくりと左腕を上げる。

 すると突然、上空に巨大な時計の羅針盤が浮かび上がった。

 どこから見ても、真っ直ぐこちらを向いているかのような物だ。

 この時計、俺は見たことがある………

 だが俺が見たのは針が止まり、所々見えなくなっている物だ。

 俺の世界、ジードで………

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