第十七話:陽気な少女
アクアトレインの最後部車両には屋根のないエリアがあり、列車の速度が遅い為、景色を眺めながら潮風にあたる事ができるという絶好のリラックス場所になっている。
俺は今、その場所で柵にもたれかかり、潮風に当たりながら俺の精神内にいるティファと会話していた。
『どこの世界でも、一度は戦争をしているのね。びっくりしたわ』
ジードは相手が人間じゃなかったらしいがな。
『そうなのよねぇ~……エニグマは人間と違って、プラントを潰さない限り、永遠にでてくるんだもの』
エニグマってのは、この世界ではモンスターと呼ばれている生物の事だ。
そのエニグマには数多くの種類がおり、全てが異型の為、謎めいた者という意味でエニグマと名付けられた。
そして、そのエニグマと人類の生存を賭けた一大戦争は、文字通りエニグマ戦争と呼ばれた。
……って、お前は戦争経験者だったのか!?
『まぁねぇ~、これでも大魔術師なんだから』
それは関係ないだろ……。
『……面白い事を教えてあげましょうか?』
面白い事?
俺はオウム返しに問い掛けた。
『そ、たった数十年の間に閉ざされた、ジードの歴史』
どういう事だ?
歴史って言っても、昔から人間とエニグマは戦っていて、その戦いに終止符を打つために戦争をしたんだろ?
『……やっぱり、戦前の歴史は後世に伝えられていないようね。それじゃ、話を――』
「どーんっ!!」
「うおっ――ぐッ!?」
突然、背後から聞き覚えのある声と共に、力強く押されたような感覚。
それと同時に、腹部が柵に強打され、俺はその場にうずくまった。
ティファも痛そうにうなっている為、痛みの共用は本当なんだな、と思う。
それはともかく、後ろを振り向くと、そこには両手を前に出したポーズのまま止まっているミーナの姿があった。
「あれ? ……大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃねぇよ……。そんな驚かし方、誰から聞いたんだ?」
痛む腹部をさすりながら立ち上がり、聞いてみる。
「え? シルクだよ? ユウのところに行くのなら、こうやって驚かすといいんだよって言って、教えてくれたの」
あ、あいつは余計な事が好きなんだな……。
「それで、何の用だ?」
「ううん、ユウと一緒にいたかっただけだよ」
その言葉に俺は、そうか、と呟いて海の方を向く。
『私に対しての口止めってわけね……』
どうした?
『なんでもないわよ。ただ、眠いから寝るわ』
ティファはそう言って、眠りについた。
それと同時に、俺の腕をミーナが引っ張る。
「ねぇねぇ、喉が渇いたから飲み物買ってよ」
「は?」
俺は、一人で買ってこい、と言おうと思ったが、その言葉を飲み込み、代わりに微笑を作る。
「……わかったよ、行くか」
そう言って歩き出した為、ミーナは俺の後ろを追うようにして小走りでついてきた。
そして、後部車両の扉を抜けたその時、ミーナが、きゃっという声と共に転んだような音がした。
振り向くと、漆黒のローブを着込んだ男にぶつかって、案の定、転んでいた。
「おいおい――すまんな、ミーナが迷惑かけてしまって」
そう言うと、男は一度こちらを見て赤色の目で睨み付けてから、俺に背を向けて歩き出した。
「……感じの悪い奴だな……――ほらミーナ、掴まれ」
「ありがとっ」
ミーナは苦笑しながら、俺が差し出した手に掴まって立ち上がる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。それより、早く行こっ」
「お、おい、そんなに引っ張るなって! ゆっくりだ、ゆっくり!」
結局、引っ張られたまま行く羽目となった。
「あ、アイスクリームもある! これでもいいかな?」
ミーナはカウンターに置いてある、ショーケースの中に入ったアイスクリームの見本を指で示している。
「わかった、わかった。一つだけなら何でもいい」
「本当っ!? それじゃあ……トリプルでイチゴ、チョコレート、メロンね」
俺は、了解と言って、言われたとおりの物をカウンターの向こうにいる店員に注文した。
その後、ややあってチョコレートが差し出してきたのは、コーンの上に丸く模られた三色のアイスが積み重ねられている物だ。
それを受け取った後、目を輝かせているミーナに手渡し、同時に店員に金を払っておく。
そして辺りを見渡すと、少し離れた窓際にプラスチックで出来たイスとテーブルがあった為、彼女とそこに座る事にした。
後ろから、ごゆっくりどうぞーという店員の無駄に元気な声を聞きながら、イスに座る。
そして、俺の向かいに座ったミーナを見ると、まだ目を輝かせたまま、美味しそうにアイスを食べていた。
っとその時、背後かた妙な視線を感じる。
それと同時に、悪寒がした。
すかさず後ろを向くと、そこには、
「そんなところで何をやってるんだ? シヴァ。それじゃまるで変質者だぞ」
小型のフラッシュ付フィルムカメラを持ったシヴァの姿があった。
「見てわからんのか? ミーナを撮っているのだ」
「………………」
人とは、きっかけによっては、ここまで変わってしまうもんなんだな……。
「……一応聞いておくが、何でだ?」
「理由は簡単だ。私とお前の子だ、育成記録はつけておかないとな。――それよりもほら、ミーナを見てみろ。あの可愛らしい食べ方を、仕草を!」
「人聞きの悪い事言うんじゃねぇっ! 鳥肌が立つ!!」
そう言いながらミーナの方を見ると、小さい口から舌を出して一番上のイチゴ味のアイスをじっくりと舐め続け、途中ですばやく下の二つ、チョコレート味とメロン味を舐め、また一番上を……という流れを繰り返していた。
「な? な? 可愛いだろ?」
「……あ、え~っと………とりあえず、その薄気味悪い笑顔でフラッシュを連射するのはやめろ。俺の目が色んな意味でおかしくなる」
「うむ……しかたない、ここまでにしておくか」
「あぁ、おとなしくそうして――って、言ったそばからまたフラッシュするな!」
「はっはっはっ、これで最後だ。……ちょっと残念だが」
シヴァは言った通りに残念そうな表情をしながら、カメラをスーツのポケットに閉った。
「……それで、本題は何だ?」
「む? その言葉は、何を根拠にだしておるのだ?」
シヴァは口元に笑みを浮かべ、されどもとぼけた表情でいる。
「俺は仕事上、相手の表情を読む事が要求されるから、お前の笑みでバレバレだ。わざとだろ?」
「あっさりバレてしまったか……。と、本題に入る前に一つ聞くが、お前の仕事とやらはなんなのだ?」
その質問に答えるか答えぬべきか迷ったが、結局、正直に答える事にした。
「……潜入、情報収集をオプションとした雇われ屋だ」
そう言うと、再度シヴァは微笑した。
「ふむ、だから初めて会った時、素早い動きが出来たのか……一度、本気でやりあってみたいものだな」
「断る。俺とお前がやりあったら、町を一つ消しそうだ」
俺は微笑を返す。
するとシヴァは、腹の底から笑い出した。
「はっはっはっ、冗談がうまいなぁ。――さて、お前が戦闘向きだという事がわかったからな。……率直に言うが、その剣はお前に合った剣ではないだろ?」
そう言って俺の腰につけてある鞘に納められた剣を指で示し、まぁ私は一度も見ていないがな、と付け加えて口元に笑みを作った。
俺は軽く頷くとシヴァは、よし、と言って頷く。
「ならば私について来い。いい場所を教えてやる」
シヴァはそう言いながら、最後の一口を食べ終えたミーナの口元をハンカチで拭いて彼女の手をとって歩き出した。
その後を、俺は頭を掻きながらついて行く。