第一話:逃げる者、導かれる者
どうしてあなたは戦い続けるのですか?
それが運命だから?
どうしてあなたはこの世界を守り続けるのですか?
この世界が愛おしいから?
守りたい人たちがいるから?
ではその世界が偽りであると告げられても
あなたは戦い、守り続けられますか?
もし、それでも続けると言うのなら
どうか最後まで足掻いてみて下さい。
どうせ結果は絶望なのですから……
耳障りなくらいに鳴り響く警報音。
それと同時に通路は赤く点滅している。
「……者が逃げたぞ! 脱走だ!」
遠くからは男達の叫び声が聞こえる。
それは命令と言う名の罵声だ。
「絶対に捕まえろ! なんとしてもだ!」
俺はずっと走り続けていた。
一本道のような通路を、ずっと。
ただただ、後方から聞こえる男達の声から逃れるために。
「――ッ!! いたぞ! 逃がすな!」
考える暇も与える事もなく、男達はしつこく追ってくる。
その為、角を曲がり空いていた部屋にとっさに駆け込む。
そして、急いでゲートをロックした。
「はぁはぁはぁ……ふぅ」
壁にもたれて一呼吸。
……いつの間に俺は捕まってたんだろう。
たしか研究所に侵入して……――ッ!?
嫌な事に、思い出そうとすると頭痛がする。
思い出すなと誰かが言っているみたいな感じだ。
「そんなことよりここから逃げることが先か……」
呟き、未だに荒い息を整えながら何か無いかと辺りを見回すと、不思議な形をした影があった。
「……何だ? これ……」
疑問はすぐに好奇心となり、立ち上がって近くのパネルを操作してみる。
パネルには試作型移動用航空機"アサルト"と映し出されていた。
……これはとんだ掘り出し物だな。
「逃げ込んだ場所で、戦闘機を見つけるなんて……」
瞬間、ゲートを壊そうとする轟音が、部屋中に響き渡った。
「これを使うしか方法がない、か」
言っている間にパネルを操作してコックピットを開き、急いで飛び乗る。
身体にフィットするシートに身を沈め、目前にあるコンソールのスイッチを入れた。
すると画面に光が宿り、文字が浮かび上がる。
[アサルト、全システム起動中……全システムオールグリーン、発進準備完了]
よし、動く。
動かし方は……何となくわかる。
コックピットが旧式の戦闘機とあまり変わらない感じがするからだ。
丁度右手の近くにあるスピードレバーを最大にし、足元のペダルを踏み込んで最大速で開いたゲートへと突っ込む。
そして、外に出た瞬間だ。
コンソールの画面が、ピーッという電子音を立てて文字を出した。
[時空壁突破機能作動]
何を言ってるのかわからなかった。
だが次の瞬間、意識が飛びそうなほどの目眩と、体が捩れるような感じがした。
「――ッ!?」
いつまで続くのかわからないまま、強い衝撃と共に意識は飛んだ……。
たくさんの人々が住まうこの世界の名は“グラルス”
この世界ではかつて、世界中を巻き込んだ戦争があった。
それは、突然の惨劇が開戦の合図となり、されど武力の差が大きい戦争となった。
多くの命が失われ、多くの村や町が被害を受け、多くの自然が消費された。
そんな、悲しみだけを生んだ戦争が終結し、平和が訪れてから数年が経った。
未だに戦争を忘れられない者達が活動していながらも、平和を保っているこのグラルスの中で、少し小さめにあたる"ミーン大陸"。
その端にある、小さな村“アルグ”
のどかな朝を迎えたこの村に大声が響き渡った。
「――しまったぁぁ! 寝坊しちまったぁ!!」
銀髪の少年、カイ・エディフィスは大急ぎで学校へ向かっている最中だった。
「おや、カイ。また遅刻かい?」
そんなカイに、道の途中に居た中年の女性が話しかけた。
彼女は呆れたような表情でカイを見て、両手を腰に当てた。
対し、声をかけられたカイは、足だけを上下に動かしながら止まって、首だけを女性の方へと向ける。
「あ、キリーおばさん。またってなんだよ。昨日は遅刻しなかったじゃん」
「昨日だけは、でしょ? ――ほらほら、こんなおばさんと話してる暇があったら急ぐんだよ」
「あ、そうだった。それじゃ行ってくる」
そう言い残してカイは学校へと再び走り出す。
途中、何人もの村人が彼に声を掛けている姿が見える。
「ほんっと元気だけがとりえだねぇ」
どこか嬉しそうに、笑い声を上げるキリーは、自分の家へと入って行った。
カイは教室の方へ全力で向かい、勢いよくドアを開ける。
「ギリギリセーッフ!!」
突然響いた大声に、教室内の全ての視線がカイに向けられた。
全員の表情は、驚きだ。
「何がセーフだ、授業はとっくに始まっているのだぞ?」
そう声を上げたのは、教卓に立って腕を組む女性だ。
彼女はピンク色の長髪を揺らして、首だけをカイの方に向け、呆れた表情をしながら彼を睨み付ける。
だが、当の本人は惚けた表情で、笑ってみせていた。
「え? シヴァ先生、冗談きついッスよ」
一息。
「……マジで?」
「大マジだ!」
シヴァが一喝。
その一喝と同時に教室中に笑い声が沸き上がった。
「さて、廊下に立っているか、今日一日寝ないで授業を受ける、どっちがいい? ちなみに後者を選んだ場合、寝た時の罰は今まで以上だ」
「ね、寝ません……」
「そうか、頑張れよ。それじゃ席につけ」
まだ笑い声が聞こえる中、カイはブツブツ言いながら席に着いた。
すると、隣の席の少女が笑いながら彼に話し掛ける。
「災難だったね~、ドンマイドンマイ」
「あのなぁシルク、そういうのは余計なお世話っていうんだぞ?」
「あはは、それは失礼~」
彼女、シルク・セシールは笑いながらふざけた様子で謝る。
「ま、寝ないように気をつけてね~」
「当たり前だって。今回の罰はいつも以上だからなぁ……」
「おい、そこ、いくら幼馴染みで仲がいいからといっても、私の授業を邪魔していいわけではないぞ?」
言いながらシヴァはチョークを投げ、カイの額にヒットさせる。
すると、教室中に拍手と笑い声が沸き、対するカイは苦笑しながら額を撫でていた。
結局、時間がたつにつれてカイはうとうとし始め、最後には机に突っ伏して寝てしまい、廊下にバケツ(水入り)を四個持ちながら立たされる事となった。
時刻は昼下がり。
カイ達の学校は少し早い放課後を迎えていた。
「さて君達、いい知らせだ。こんな小さな学校にも夏休みがあるそうだ。……っというわけで明日から夏休みだ。宿題は出さないが復習はしておくように! ――では終わりだ」
全生徒から歓声が上がり皆、急ぐようにして学校を飛び出して行った。
各々、友達と夏休みの予定を決め合ったり、これから遊びに行こうとする者がいる。
そんな中シルクは、誰かを探すようにキョロキョロしていると、目先にカイを確認したため一直線に走る。
「カイー! この後のご予定は?」
問い掛けられた事に気づいたカイは、後ろから来たシルクの方へと向いた。
対するシルクは、ニヤニヤしながらカイの返事を待つ。
「特にないけど、何? またいい所見つけたの?」
「正解ー。でも今回はいままで以上にすごいよ。森の動物達がみーんな集まってる場所なんだよ! しかもいっぱいっ」
腕を円を描くようにして大きく回す。
いっぱい、というのを表すように、だ。
「へぇ、面白そうだなぁ……。それじゃ、行ってみるか」
「きっまりー、じゃ今すぐ行くよ、着いてきてね」
カイの同意により、嬉しそうにはしゃぐシルクは、思い切り両手を振り上げて喜びを表現する。
他所から見れば微笑ましい二人は、そのままの足で村を出て近くの森へ向かう事にした。
二人が向かった森の名は“ゼク”というが、地元の人々からは昔から“時の森”と呼ばれている。
入り口付近はよく村人が立ち寄るが、奥の方へは誰も行こうとしなかった。
その理由は、森の動物達の一部が凶暴化しているからである。
最近になって、穏やかだった動物達は少しずつではあるが、凶暴化し訪れる者を襲うようになったのだ。
そんな危険な場所へ、二人は進んでいるのだった。
「なぁシルク〜、まだ着かないのかよぉ~」
「もう少しだよ、たしかこの木を抜けると……あった!」
シルクが草木を掻き分けて抜けた先には、たくさんの動物達が集まる憩いの場だった。
その光景を見たカイは、驚きを隠せないでいた。
すげぇ、と呟きながら、ゆっくりと歩み寄って行くと、動物達は人懐っこいのかカイ達に飛びつく。
「どう? すごいでしょ?」
「ああ、すげぇよ。あとは猫がいれば完璧だったんだけど……」
「え? 何か言った?」
カイの呟きに反応したシルクは、小首を傾げて彼に問い掛けた。
だが、カイは両手を振りながら、何でもない何でもない、と言った為、彼女は軽く言葉を返して動物達の方へと向き直す。
そしてしばらくの間、二人は動物と戯れていた。
森がざわめき出す。
空には黒い雲が広がっていく。
それと同時に、動物達が一斉に止まった。
何かに警戒するように、皆が首を上げ、空を見る。
「あれ? どうしたの?」
すると、その問いに答えるかのように動物達は動き出し、森の奥へと走って行った。
突然のことに驚くシルクは、戸惑いながらも疑問の言葉を放つ。
「ど、どこ行くのー! ……どうしちゃったんだろ?」
「さぁ?」
当然、何が起きたのか分からないカイは素っ気のない返事を返し、動物達の去って行った方向を見続けていた。
と、その時だ。
『えら………の…わ……ちびき…た………よ……』
カイの耳に、いや脳内に、声が響いた。
それは女性の声。
だからだろうか、カイは咄嗟にシルクを見て、問い掛けた。
「ん? なにか言った? シルク」
「え? 私は何も言って無いよ?」
『と………の…らを……よみ……』
「まただ……こっちかな……」
そう呟くとカイは、声の聞こえる方向、森の奥へと進んで行った。
「え? ちょ、ちょっとカイー、どこ行くのー?」
言いながらシルクがカイを追おうとした刹那、空からバケツをひっくり返したかのように大量の雨が降ってきた。
当然、雨が降ることなど想定していなかった彼女は、急ぎ足でカイの後を追って行く。
そうして、シルクが向かった先には、見たことの無い洞窟があった。
入口は小さく、しかし内部が僅かに明るいことに小首を傾げるシルクは、並んで立つカイの方を見る。
すると彼は、洞窟を見据えながら呟く。
「ここだ」
「な、なんか怪しくない? って、もう、先に行かないでよー」
怪しむシルクの言葉も虚しく、洞窟の中へと入って行くカイに、溜息をつきながらついて行く。
内部には草はもちろん、茸などの発光をする類の植物は全く生えていないのにも関わらず、足元が見える程度の明るさがあった。
また、湿気も無く、洞窟の特徴である身震いさせるような寒気も無い。
不思議な場所だった。
だからこそ、シルクは不安そうに周囲を見渡しながら歩く。
対し、カイはただ一点、正面だけを見ながら歩き続けていた。
何かに導かれるように。
しかし、彼らが行き着いた先、洞窟の最深部には、何も無かった。
「……結局、何も無いね」
言ってシルクが、帰ろう、と言葉を続けようとしたその時だった。
急に眩い光が襲ったと思うと、次の瞬間には目の前に小さな時計が落ちた。
そして、声がする。
『……我の声が聞こえる者よ。我を手にし、そして時が来るまで持っていろ……』
「この声だ……」
それは、カイにしか聞こえない声。
「え? 何? 何が起きたの?」
戸惑うシルクとは違い、カイは冷静だった。
そして、言われた通りににその時計を手に取る。