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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
最終章 過去から現在へ、現在から未来へ
91/96

虚無

 過去の歯車の所有権を得る。それは不死者として存在し、事実の書き変えができるキイ教の物である。時の革命家や権威を持ちたい政治家たちが喉から手が出るほどに欲しいと思う夢の代物なのだ。


 それを一人の少年が手にしてしまった。ただし、それは名なしが『神』という存在から契約した、似せて作った物であり、本物としての役割は果たせない。


 少年は不死者として存在自体はできるが、事実改変をしてもなかったことになるのだ。その過去の歯車はその世界に本来は存在してはならない物だからである。それでも、『代償』を差し出せば事実改変はできる。それを彼は幾度となくやってきた。何のためらいもなしに。


 代償を差し出し続けてきて、少年は後悔をするような物を差し出し続けてきた。後戻りが絶対にできない代物を。


 その少年の名前はキリ・デベッガ。しかし、その名は本名でもないし、彼自身に本名というのは存在しない。故にこの少年はこの世界で存在しない者として扱われるはずとなるのだが――。


     ◆


 ようやく東側の入口にいた異形生命体を倒し終えた第二部隊の者たちは約半数を残して中へと突撃していた。そこにはエドワードの姿もあり、彼は少数の戦友軍たちと共に現在ハイチが通った扉に入り先を進んでいると、壁にもたれかかっている黒い鎧の異形生命体の姿を見つけた。


 見た感じ、その姿はワイアットであり、彼は静かに目を閉じていた。生きているのか? 近付いても平気なのだろうかと不安になっていると――。


「隊長」


 幻覚が見えた。『ハイチの姿』なんて存在がありえないと言うのに、奥の通路の方から彼が現れたのだ。


「……キンバー、く、君……?」


 なぜにここにと思っていたら、異形生命体の姿のワイアットもこれまた姿を変えた。普通の彼に戻ったから。何が起きているのだろうかと思っていると「ルーデンドルフ教官のギミックです」そう、言った。


「なんかコンピュータの世界が作れるっていうやつで、ヤバいやつから逃げてきたんですよ」


「や、ヤバいやつ……?」


「世界改変者です」


 その言葉に誰もが戦慄を覚えた。見たところ、ハイチは疲労が見えている。何より『LILAS』の刀身が根元からぽっきりと折れているではないか。世界改変者は恐るべき力で硬品質のMAD細胞すらも壊すのか。


「殺されるって思って、それを試しに展開してみたら……こっちに攻撃当たらないみたいだし。かと言って、俺の攻撃も当たらないから……」


 そのまま何もせずして逃げてきた、と語る。だが、エドワードはそれを責めることはしない。むしろ、無事でよかったと安堵しているのである。


「きみを追いかけてこなかったかい?」


 その話を聞いて、そう考えざるを得ない。エドワード含めた戦友軍たちも不安ながらに武器を構えて警戒し出すが、ハイチは首を縦に振った。


「何もできないってわかると、奥の方に行っちまった。これじゃあ何も役に立たなかった」


 刀を見て、悔しそうにした。多少はキリの手助けになるかと思えば、何にもならなかったのだ。それにと視線をワイアットへと移す。


「こいつもっ!」


「キンバー君……」


「何にもできなかったから、デベッガに助けてもらおうと……」


 情けないし、腑がないと空笑いをするハイチにエドワードは「そんなことはないよ」と慰める。


「きみの行動は情けなくもないし、なんともない。私だって、そうしているから」


「……お気遣い、ありがとうございます」


「しばらくの間はそのギミックを展開したまま、デベッガ君たちを捜そう。彼らはどちらの方に?」


「隣の扉に行きました」


 ハイチからそれを聞くと、エドワードは数名の戦友軍にワイアットを運ぶように指示をした。彼がこちらに来る前に見えていた物。緑色の石でできたブレスレット。それが彼らとの関連性を物語っていることがわかった。そして、ハイチと共に隣の扉の方――すなわち、キリたちが向かった方向へと足を進めた。


     ◆


 とてつもなく長い階段が存在するな、とケイは上を見上げてメアリーを心配した。誰もが沈黙を守りつつ、上っていく。


「メアリー様、大丈夫ですか?」


 少しばかりメアリーには疲労が見えている様子である。一度休憩を挟んだ方がいいだろうか。彼女は無理を見せているようだった。


「平気だよ。さっき休んだばかりだから」


 そう言ってもと誰もが思いながら足を進めていると、マックスが階段横にある扉を見つけた。これならばと考えて階段を上るよりも多少の休憩にはなるだろう。彼はその扉を開けた。


 何もない広間の方へと出てきた一同は警戒心を怠ることはなかった。どこに異形生命体が潜んでいるかわからないから。いつでも戦闘態勢を取れるようにして、全方位に武器を向ける。


 広間の奥にはまた扉が存在していた。それはあまりにも大きくて、数人掛かりが押し抉じ開ける。


 薄暗くて、辛気臭いその建物の先にあったのは屋外である。あまりにも明るい光が差し込んできて、目を細めてしまうほどに眩しかった。そんな外の光景は――美しき花畑。色とりどりの花が咲き誇っているではないか。まさか、このような綺麗な場所に出てくるとは思わなかった。


 白の公国軍の軍服を着た戦友軍の一人が「庭園?」と呟く。その場の誰もが彼に注目した。


「庭園って、何ですか?」


「キイ教教典に出てくる場所なんです。世界を見る目には美しき花が咲き誇るキイ様の庭園が存在する、と」


 このような場所に出てきて、この目で拝めるとは――と、感激をしている様子である。


「なるほど。ヴィン、お前はキイ教典を見ていたはずだよな? そんなことが書かれていたのを、覚えているか?」


 ケイは以前、ヴィンにキイ教典を渡して読ませていたことを思い出した。一応は滞在中に読んでいたはずだから、覚えているだろう、と――。


「ごめん、何も」


 残念なことに、すべてを忘れたそうだ。何のために読んだのだと問い詰め説教をしたいところだが、そのようなことをしている場合ではない。


 そうしていると、マックスが花畑の奥にある森の方から人の姿を見つけた。防衛隊の者だろうかとよくよく目を凝らして見てみると、そこには見覚えのある人物たちがいるではないか。


「なんでオブリクスたちがいるんだ?」


 マックスはそう訝しげである。それに誰もがかなり離れた場所にいるのによくも判別ついたなと鼻白んだ。その後ろではヴィンがぼそっと「流石は人類最強」とぼやく。とにもかく、戦線離脱した彼らが気になる一同は花畑を通り抜けた。


「あれ? 教官たちも戦線離脱ですか?」


「そうじゃない。上を目指していたら、外へと通じるドアを見つけたんだ。それよりも、お前たちはどうしてここに?」


 ガズトロキルスたちの手には花の形をした葉っぱが握られていた。ソフィアが手にしている袋の中身も同じようなものだろうか。


「俺たちは織咲陽楽草を探しに来たんです。軍病院に行けそうにないし、衛生材料もなくなればどうしようもないからそう言った薬草を」


 今の自分たちは世界を見る目を中心的に陸も空にも異形生命体が囲まれているらしい。その事実を聞いて、真上を見た。今は青空が広がっているようであるが、この上にもあのバケモノがいる、と?


「俺たち大丈夫なのか?」


「それはわかりませんが、相変わらず世界中であの怪物どもは点在しているようです。彼らはそれだけバケモノ兵隊を用意していたのでしょう」


 そうフェリシアは世界の現状を伝えた。現在の青の王国の王都では町に人一人っ子いない、屋外へと出ることを禁止している、と。


 世界中でもあるが、海にも存在しているそうで、世界各国の海軍がそれらを倒すために奮闘しているとか――。


「ともかく、この現状だと相当な長期戦になるようです」


 正直な話、突撃しただけで大半の戦友軍が亡くなった。それはおそらく東側から攻めている部隊もその可能性が高い。


 更にフェリシアたちはエブラハムが重傷を負っていることをメアリーに告げた。意識はあるものの、傷は深い、と。


「パパが?」


「はい」


「…………」


 何を思ったのか「戦線離脱します」と言い放った。


「父が心配です。このままでは、きっと私は足手まといになると思います」


 戦いの最中、エブラハムのことばかりを考えてしまって戦いどころではないらしい。いや、マックスたちにとってそれは最良の選択であると考えていた。メアリーを守ることは別に問題ではないが、自分の父親がそのような状態であるならば、誰もが気にもするだろう。


「問題ありませんよ。俺たちがライアンを無事に本拠地に連れて行きますんで」


「そうそう、俺もいるし」


 なんてメアリーの方から男性的な声が聞こえてきた。その場にいた誰もが困惑した様子で彼女の方を見てくる。その声、当然彼女にも聞こえていた。


 まさか――。


「……初代国王?」


「はい、大正解」


 どうやら、その男性の声はメアリーがしている青色の花の髪飾りから聞こえてきた。だが、事情を知らない者たちは混乱の表情を見せるばかり。いや、気にはなるがここで話を聞いていられない。


 見えない誰かがメアリーを助けてくれる。そうマックスたちは解釈をしておくことにした。何もおかしいとは思わない。なぜならば、コンピュータ世界からの援軍のガンの事例があるから。


「えっと、あなたが姫様をお助けになられるんですね?」


「もちろん。今回は実体がないんだけれども」


 キイ教の総本山であるからあまり姿を見せられないらしい。声を出せたのも建物の外にいられるからとのこと。


「だから、建物の方に行く人たちに忠告をしておくと――あの階段を上り続けても意味がない。いいかい? 世界改変者はカムラからすべてを奪い取ろうとするやつだ」


 別の通路の方へ行けるように案内はさせるよ、とライアンは言う。だが、それをケイは呼び止める。


「す、すみません、カムラから奪い取るとは?」


「そのままの意味。このままだと、カムラはすべてを失ってしまうから」


「……だ、だったならば、私が行きます!」


 その言葉にターネラが挙手をした。


「スタンリー?」


「わ、私はあなたに頼まれました! (カムラ)を助けて欲しい、と!」


 だからこそ行く、と言い張った。これにマックスは少し渋った様子でいた。ターネラの気持ちはわからなくもないが――。


「だったら、これを」


 マックスが答えを出す前に、メアリーが細身のよく斬れる君をターネラに差し出した。


「初代国王の頼みを聞いているならば、行かなくちゃ」


 そう、これは友がための戦い。メアリーはターネラの気持ちを組んでそれを差し出すのである。よく斬れる君を受け取った彼女は大きく頷いた。マックスはターネラが心配ではあったが、その決心は揺らぎないものであると確信に変わった。納得したのだ。


 ターネラが行くことに当たって、ケイはソフィアとフェリシアの方を見た。


「俺からのお願いを聞いてもらってもいいか?」


「えっ、私じゃダメかい?」


 ヴィンは少しばかり残念そうに三人の写真を勝手に撮る。それを煩わしそうに「鬱陶しい」と言う。


「お前が俺の話をきちんと聞くやつだとは思わんし、俺は二人に頼みたいんだよ」


「えぇ、心外」


「立ち直りが早いくせして」


 随分と話が拗れてきてしまったと頭を抱えつつも、再度ソフィアたちの方を見た。


「二人だからこそ、俺は信頼している。姫様を俺たちの代わりに守ってくれないか」


「はいっ!」


「なるほどね、そのお願いは今の私にはできそうにない。二人だからこそできるようなものだね」


 そうヴィンは納得したようにしてまた勝手に三人の写真を撮った。


「いい加減しつこいな。止めろよ」


「いやいや、いいでしょ。写真を撮るのに理由ないし。二人も不満はないでしょ?」


 そんなわけあるまいとケイがソフィアたちのことを思っていると――。


「ザイツの言う通りだな。私に不満はない」


「むしろ、ケイ様と一緒に撮ったことは一度もなかったから記念になりますね」


 満更でもない様子。いや、自分もそうではあるが――。


 そもそも、異性の間からだったからこそ、昔からシルヴェスター家に仕える家柄の二人だったからこそ、彼女たちも自分にもよそよそしさはあったのに。それよりも、少しばかりどこか吹っきれた様子が窺えるのは気のせいだろうか。


「二人とも、嫌じゃないのか?」


「そのようなことはありませんよ」


「そうだよ、友達に遠慮は要らないのさ!」


 どこかズレた発言をするヴィンはしつこいくらい写真を撮り続けている。あまりにもしつこかったから、ケイはカメラを叩いた。その反動で彼のカメラは地面に音を立てて壊れてしまう。


「私のカメラがぁ!?」


「ザイツ、大丈夫だ。私には接着剤がある。これで修繕すれば――」


「それで直るはずないから、ソフィア」


「いや、もしかしたならば……無理か」


 カメラの残骸を見てヴィンは項垂れながらも歯を立てた。


「くっそぉ! こうなれば、ケイ! この戦いが終わったら、弁償を要求するっ!」


「それよりも、俺はこの脱線を軌道修正するためにやったんだよ。ほら、行くぞ」


 壊れたカメラを置いといてと言わんばかりに、ケイはヴィンを連れていこうとするが――最後にもう一度彼女たち二人を見た。


「それじゃあ、姫様を頼む」


「了解っ!」


 ソフィアとフェリシアはケイに向かって敬礼をした。


     ◆


 ラトウィッジと連絡が途絶えてしまって、セロは焦っていた。アイリに伝えなければならないことがあるのに。


「……くっ!」


 悔しそうな表情で頭を抱える。近くでマトヴェイが不安そうにしていた。この状況をエレノアは連絡通信端末機越しから察する。言うに言えなかったのだと。


「エレノア様、申し訳ありませんが……」


《いや、突撃しているほとんどの者たちは連絡がつながらないことは知っているさね。唯一、ヴェフェハルにしかつながらなかった。いや、それだけでも幸いだよ》


 もしも、自分の足が二本とも存在していれば、と思うと――。


《自分を責めるんじゃないよ》


 そう諭される。


《貴様、同時侵攻防衛戦のときからそうだっただろうが》


「あ、あれは……」


《いいかい? 一人で誰かを守りながら複数人と戦うなんて無謀なんだ。だが、貴様はそれを覆そうとしていた。それは褒め称えるようなものだよ》


「……ありがとうございます」


 誰かにそう言ってもらえるだけでも精神が和らいだ気がした。しかし、ミスミの伝言をアイリに伝えねば、この戦いに勝ち目がないのだ。それでも、山内の方にいる者たちに全く連絡はつかない。


 どうすればと悩んでいると――「えっ!?」そう、マトヴェイがびっくりしたように声を上げた。


 何事なのだろうかとそちらの方を見てみれば、ヤグラと共に妙に人間味のない人物がやって来た。彼がこちらに来ているということは古跡の村の方でのバグ・スパイダーはすべて討伐が終わったのであろう。


 だとしても、違和感がある人物が気になる。


「…………」


 どう反応していいのか困惑していると、端末機越しからエレノアが《何があったんだい?》と気になる様子。


「……いえ、何でもないんですが……」


「ヴェフェハル君、足は大丈夫……って、誰かと連絡を取っている?」


「え、エレノア様です」


《ヴェフェハル。誰が来た?》


「あっ、る、ルーデンドルフ教官です」


 ヤグラが来たと知ると、エレノアはしばらく何かを考えて彼と変わってくれと申し立てた。それに伴い、セロは通話を交代する。


「はい、お電話代わりました」


《ちょうどいい。貴様、世界を見る目にいる連中に連絡が取れるように電波をなんとかしてもらえないかい?》


「電波をですか?」


 それはヤグラも渋る話。どの国の情報機関の者たちでさえも頭を悩ませている事案なのだ。


「今、情報機関が総出で原因を探っているんですけれどもね」


 誰もが頭を抱える中、この部屋にいた人間味がどこかないような人物――ガンが《だったら》と口を出してきた。


《中にいる誰かに連絡をするなら、私に任せてよ。今、ハイチが電子世界を展開しているみたいだ》


「え?」


 ガンはヤグラから電話を借りて変わった。


《そのまま、切らずにね》


     ◆


 後を引き返し、エドワードと共にキリのもとへと向かっていたハイチ。彼は依然と変わらず、電子世界を展開したままでいると――。


「ハイチ!!」


 突如として、目の前に現れたガンに変な声を出してしまう。


「なっ、なんで?」


 いや、何も眼前に現れたのはハイチだけではない。隣にはエレノアがいたが――。


「ど、どうなっているんだい? 何か知らない男の声が聞こえてくるんだけれども?」


「エレノア様!?」


「え、エドワードの声かい?」


 ようやく、知った声が聞こえてエレノアは安心した。


「教えてくれないかい!? 今、どうなっている!? さっきから二人くらい知らないやつの声が聞こえるんだ!」


「落ち着いてください。今、私たちの前にエレノア様が見えておりますよ」


「はあっ!?」


 逆に混乱をさせてしまったようだ。だが、その戸惑いを抑えたのはガンだった。


「落ち着いて。ハイチたちが見えている彼女は元々私が端末機を通じての存在だ。言わば、スピーカー状態さ。きみが見えないのは端末機で通話状態だから。そして、エレノア。初めまして、私はガンだ」


「が、ガン? ああ、ルーデンドルフ氏の……」


 正直な話、エレノアは理解をきちんとしていないが、話が進まないとして無理やりな形で納得をする。で、あるが――一つだけ納得できないことがあった。


「だとしても、なんであのちゃらんぽらんの声が男の声なのだい?」


【ハイネの声に似ているね。現実だと似るのかい?】


 ハイネの声ではないと、おかしいというのに。その言葉にこちらをじっと見てくる。


「えっ、ハイチ……」


「言いたいことはあるだろうが、それは後にしてくれ」


 今はそれどころではないとハイチが話を誤魔化す。それ以前にその説明をしていたならば、話が拗れてきて、自分たちがなぜにここにいるのかが、わからなくなってしまうのだから。


「そもそも、俺に用があって来たんじゃないの?」


「あっ、うん。えっと、エレノアは誰に連絡を取りたいんだい?」


「デベッガとハルマチさね。あの子たちに世界改変者の件について伝えなければならないことがあるんだよ」


 エレノアはキリたちのもとへと案内しろとハイチを急かした。


――――――


 ミスミ家に伝わる手記より――一部抜粋。



 私は長きに亘ってカムラ様の言う世界改変者の傍で監視をしていた。一つに彼は絶対に己の顔に着けた仮面を外さないということ。二つに望みは世界を手に取るということ。病気で床についている国王の権威を預かり、彼が国を、世界を黒の王国の軍長として支配しているようであった。

 黒の王国に潜入して早十年の月日が経つ。私は彼の小姓として働いてはいるものの、あやしまれている様子はある。だが、それに応じて殺害を試みようという気はないように見えていた。きっと、泳がされているのだろうと考えるしかなかった。それ故に、下手なボロを出すわけにはいくまい。

 彼の朝は誰よりも早い。私が目覚めた頃には公務を行っていたから。文明技術を大切にする人だった。誰かが何かしらの発明をすれば、それを大いに持ち上げていた。そして、その技術を国で買い取ろうとしていたのだ。

 彼は食事を採るところを私も、誰も見たことがない。もちろん、午後のお茶のときだって、興味なさげに仕事に没頭する人である。それだからこそ、お酒も何もかも嗜む人ではないし、何より仕事優先と言った方がいいだろう。

 また、彼が床につくのは誰よりも遅いわけでもなく、早くもない。眠らない。いつも部屋の明かりはついている。彼が起きているならば、私も起きなくてはいけないのかと不満げに仕事をこなしていると、「明日やれるから、もう寝なさい」と言われた。私はそれに甘えた。毎日。

 毎日、毎日決まった時間に城の地下へと向かう。何をしに行っているのかというと、未来のコンパスと過去の歯車の有無である。いつもそれを見ては何かを言っているようであるが、臆病者である私が聞こえるような場所までに近付けるはずもなかった。

 あるとき、雑務をこなしていると「世界を統治する者はどういう人物であるか、わかるか」と彼は訊いてきた。それに「黒の王国である国王様です」と答えると「違う」と言った。彼は教えてくれた。「世界を統治する者は国の王でも何でもない。『神』である」と。

 それならば、世界中の誰もが崇拝しなければならないキイ神のことだろうか。私はキイ教を信仰している素振りはしている。実際に信仰心は一切ない。私が崇拝するのはキイ神の対となるカムラ様だけ。

 私は一度、生まれ故郷の中央自治区にてカムラ様を見たことがある。神様自体がこうして人の形を成して人間たちの前に現れるとは思わなかったのだ。そう、神様だからこそ、『死』という存在はないとばかり思っていた。

 彼はカムラ様を殺害した。いや、本当は私が殺したようなものだ。カムラ様とスタンリーは未来のコンパスと過去の歯車を盗むつもりで城内へと侵入した。彼らには手紙で決まった時間について教えていたのに……。

 今頃、盗み出しているだろうと彼のもとで仕事をしていると、唐突に席を外した。とても嫌な予感しかしなかった。慌てた私は後を追ってみると、そこにはカムラ様が息絶えていたのである。絶句した。なぜならば、彼は……世界改変者は仮面を外していたから。

 仮面の下は真っ黒で何もない。何者でもないそういう存在だったのである。彼は陰でこっそり見ている私には気付いていないようである。次々と微動だにしないカムラ様に対して言葉を言い続ける。


・番人を拵えた。

・それでお前は苦しむだろう。

・永遠とループするのだ。

・狂人も揃えてやるし、操り人形もお前を惑わすだろう。

・私はお前に殺されない。

・しかるべきときが来たときが、お前の最期だ。

・誰もお前も存在しない未来が私の手中にあるはずだ。

・存在しない者が現れたときこそが我が器として相応しい。

・お前から何もかも奪ってやる。

・新しき世界に祝福の鐘を。


 私が覚えているのはこれくらいだ。ひょっとして、ではある。世界改変者とはキイ神ではないかと。下記に書くことはすべて私の憶測に過ぎない。だが、可能性はある。

 世界改変者はしかるべきときが来るまでに自身の駒を揃える。そのしかるべきときとは『世界の果て』ではないだろうか。おそらくではあるが、カムラ様も世界改変者に劣らない駒を揃えなければ、勝ち目はないのではないだろうか。

 意識のない、このことを知らないカムラ様に言い放っていた言葉だからこそ言える話である。完全にカムラ様を殺しにかかっているということ。

 私はこの事変の後、逃げるようにしてヒューイットたちのところへと戻った。彼らはスタンリーの話を聞いてはいたものの、受け入れてくれた。

 私はこの世界改変者が言っていたことをみんなに伝えた。カムラ様が死んだ、そのことに憤りを感じていたみんなは立ち上がった。私たちは黒の王国を倒すことを目的に行動をしていたが、そうではないのだ。カムラ様の仇を討つため。ヒューイットは「友のため」と言っていた。そういう言い方もあるのだな、と私は感心をするばかり。私にはカムラ様に助けてもらった恩義がある。それを無駄にはしたくない。いや、その恩は誰にだってあるはずだ。ヒューイットだけに限らず、スタンリー、ボールドウィンも……。

 結束を高めて、戦った。途中で反乱軍のソロコフ一派や同じ独立軍であるキジマ一派とも同盟を結んで。私たちは世界改変者だけにあらず、黒の王国すらも亡ぼしてしまった。しかし、反乱に紛れ込んで王族たちは未来のコンパスを持ち去って逃げてしまった。

 だとしても、もう私たちに王族の首なんて興味もないし、残りの未来のコンパスなんてどうでもよかった。だから、ヒューイットは彼らを逃したのだと思う。本来の私たちの狙いは世界改変者であるのだから。

 それでも王族の首を討ち獲りたかった同盟軍たちとは、対立してしまった。逃したことが知られてしまったから。その対立のせいで、独立した私たちは彼らと仲が悪い。

 また、世界改変者を討ち倒したときに彼は言葉を残している。「あいつはさぞかし苦しむだろうな」きっとカムラ様に当てつけで、あのときのことを言っているのだと思う。

 それはこちらのセリフだ、と言ってやりたいほど。なんせ、あのときの独り言は私が聞いていたのだから。

 だからこそ、私はここに記す。

 私は現代である青の王であるヒューイットの子どもの政策のもと、立ち入ったこともない辺境の地へと向かうことになる。偶然にもこのことを知らない弟のグレンは中央に残れた。

 ここに書かれていることはすべて真実である。中央にいるミスミの姓は私の弟の子孫だ。この真実は地方へと飛ばされた私と共に闇に葬られることになるだろう。ならばと私の子どもたちよ、追放の洞の下で眠るカムラ様が目覚めたときにこの事実を伝えて欲しい。きっと知らないだろうから。そして、ヒューイット、スタンリー、ミスミの姓を持つ者には自分の正体を伝えなさい。その伝えるときこそが、しかるべきときである『世界の果て』を本気で止めなければならないのだから。

 真実は闇に葬られることを望んではいない。


 「友のために」


 この言葉を大切に思う者だけに真実を伝えて欲しい。

 気をつけろ。何者でもない、世界改変者の器の存在は番人よりも、狂人よりも一番大きいはずだ。三度目だ。三度目の戦いですべてが決まると言っても過言ではない。

 カムラ様が愛する少年がいるはず。そのカムラ様に愛された少年はやがて世界改変者のもとへと還るだろう。いや、還ることを拒めない。そこで誰がどう動くかが問題となってくるし、その戦いこそ、その少年は鍵となる。それを踏まえた上で、友を助けて欲しい。

 私の子ども、ヒューイットたちの子どもならば、その困難に立ち向かえるはずだから。


     ◆


 開いた傷口が塞がらなかった。遠くでアイリが泣き喚いている。動かなければ、ならないのに動けない。ああ、この状況どこかで覚えがある。南地域で腕なしと遭遇したときじゃない。もっと、もっと昔。彼女と同様に泣いている人がいたような気がする。だが、思い出せない。どうしてだろうか、全部思い出したはずなのに。


「キリ! キリ!」


 視界に映っているのは緑色の草。端っこには血の色が見える。おかしいな、そろそろこの傷が塞いでもいい頃なのに。『ちーくん』が持っている過去の歯車の所有権は自分にあるはずなのに。なければ、尋常ではないほどの痛みが襲ってくるはずなのに。


――どうしてだろう。


「半分死んでいるか?」


 そう言ってくる。半分死んでいるというのは、どういう意味なのだろうか。意識はあるのに体が動かないというこの現状のことを差しているのか。


「全部思い出したか?」


 何をだろう。隠し押し込めていた記憶は全部出しているはずなのに。


「大嘘つきどもにも黙っていた記憶だよ。お前はあのとき、会っているはずだ」


【死なねばらないんですよ】


 デジャヴ。仮面は仮面ど言えども――カートゥーンキャラクターのお面。


「…………」


 キリは口パクをする。声が出ないから。出せる状態じゃないから。それでも『ちーくん』は彼が何を言いたかったのかを理解してくれた。その通り、と似つかわしくもない満面の笑みを見せる。それが煩わしいと感じる。姿だけでも見たくないのに、これ以上は最悪だった。


「なんだ覚えているんだ。それならば――」


 アイリの方をじっと見てきた。





「どうして、キリは名なしの駒としてそっちにいるの? おかしくない?」





 驚愕的な事実を聞いてしまったのかもしれない。アイリは目を大きく見開いている。その驚いた表情が溜まらずして、『ちーくん』はにやにやと笑いが止まらない。


 隠していた秘密をばらすのって最高! その喜色満面の顔がすべてを物語っているように思える。


「……どういう、こと……?」


 当然、事実を知らないアイリは困惑をする。ああ、その困った顔も見ていると気持ちがいいな。思えば、キリに過去を振り返させたときもすごくスッキリした気分になっていた。


「まさかと言うが、彼は世界改変者の者だと言いたいのか?」


 見かねたラトウィッジが二人の前に出てきた。手にはよく斬れる君を握って刃先を向けてきている。それに『ちーくん』はお見事と言わんばかりに、拍手を送ってきた。それに少しばかり苛立ちを募らせてくる。


「総長さんって、本当関係のない人なのによくわかったよね」


「ハルマチ、先ほどミスミ殿の伝言を承った。聞け、世界改変者が――」


「拵えたのが番人で、操り人形が囮役。手元に存在するのが狂人」


『ちーくん』の割り込み発言にラトウィッジは眉の反応を見せた。セロから聞いたのとは違う気がする。いや、もしかしすると、あの伝言は最後まで聞くべきだったんだ。だが、ここで電波の届くような場所まで行くには危険だ。後ろ姿を見せるわけにもいかない。






「そして、世界改変者の『器』役」






『ちーくん』は地面に倒れているキリを指差した。


「ねっ、キリは本当は存在してはいけなかったから……死という概念を早々に受け入らなければいけなかった」


 キリと同じ薄青色の目をアイリに向けた。


「でも、ハルマチがこいつの心を挫いちゃうからいつまで経っても死ねない」


 だから、すべての原因はアイリにある、と言い放つ。


 空っぽの『器』だから。存在してはいけないから。それなのに、『死』の恐怖を教えてあげたこと。世界を見せたこと。これらさえなければ、キリは完全な世界改変者の『器』として存在できたのに。


     ◇


 キリが『父さん』と『母さん』のもとで暮らし始めてから一ヵ月が経った頃、彼は彼女と共に山の方に山菜採りへと出かけた。『父さん』は家の畑の管理を終えてから、追いかけてくるつもりであった。


「ちょっ……待って、キリ」


 一足先を行くキリの後を追いかける『母さん』の体力の限界があった。彼女の手には山菜を入れるための籠がある。おそらくは年齢というわけではないにしろ、ただ単に斜面を登ること自体あまり慣れていないせいなのかもしれない。


「『かーさん』、大丈夫?」


 心配に思うキリは戻ってくると、荷物を持つよと籠を手にしてまた先を急いだ。『母さん』からは聞いている。山菜を採ろうとする場所は少し上を登った場所である。そのポイントに着いて地面を観察して見てみると、同じ緑ではあるが様々な形をした植物が生えていた。それを見て、食べられるのと食べられないのがあると言われると――彼にとっては少し困惑するものばかりである。キリは『母さん』がこちらに登ってくるまでその場に座り込んでぼんやりとしていた。


 適当に草を引き貫いて、弄って遊んでいると――。


「楽しいですか?」


 いつの間にか知らない誰かが隣に立っていた。顔にはテレビで見たカートゥーンキャラクターのお面を被っている。まさか、鬼哭の村の者だろうか。そう考えると、その場から立ち上がろうとするが「あなたが思っている者ではありませんよ」と言う。


「むしろ、あなたの味方と言っても過言ではありません」


「……だれ?」


「ふふふ、たまたま近くを通っている旅人とでも言っておきましょう」


 何を言っているのだろうか、としか思えなかった。お面の男は下の方から登ってくる『母さん』と籠を見て――。


「もしかして、山菜採りですか? 楽しそうですねぇ」


「…………」


 まだ対人というものに上手く慣れないキリは不審そうな視線を向けるしかなかった。早く『母さん』が来ないだろうかと不安になってくる。いくら味方であると言ってもそうには見えなかったから。


「『お母さん』の作る料理は好きですか?」


「…………」


 答えはしない。けれども、口パクと首を縦に振って反応は見せた。どう接したらばいいかわからないから。


「あなたは『お父さん』、『お母さん』に出会えて嬉しいと思っていますか?」


 小さく頷く。それでもまだまだ質疑は終わらない。


「好きな物は何ですか?」


「……『とーさん』と『かーさん』」


「実にあなたらしい。好きな子とかいますか?」


 その質問は首を傾げた。どう答えたらいいかわからないから。そうしていると、少し息を切らした『母さん』が遅れてやって来た。


「キリ、ごめんね。……村の方ですか?」


「いえいえ、通りすがりの旅人ですよ」


「は、はあ……」


 どこか『母さん』もキリと同様に怪訝そうにしていた。彼女は「ここ、あんまりないわね」と言いながら連絡通信端末機を取り出した。どうやら、『父さん』に場所変更のメールを送ろうとしている様子。


 その間、キリはお面の男の傍にいたくないのだろう。『母さん』の後ろの方に行こうと立ち上がったときだった。


「それにしても、お久しぶりですねぇ」


 そう耳元でささやいてきた。その呟きにキリは硬直する。


「今はキリ君と呼ばれているんですねぇ。前は『罪人の子』だったはずですのに」


「…………」


「前に一度だけお会いしたこと……覚えているわけありませんもんね。あなたはまだ本当のお母さんの腕の中にいたのだから」


 笑い声が耳に入ってくる。


「でも、あなたは存在してはいけない。あなたは存在するべき者じゃない」


 男の発言が気に食わないのか、そちらの方を振り向くと、腹に痛みが走った。


「だから、あなたは死なねばらないんですよ」


 小さく男が笑う。








「それ故に、あなたは『私の器』として存在する」








「がっ……!?」


 謎のお面男によってキリはそのまま斜面を転げるようにして落ちていった。あの男の手には血のついた短剣。あれは自分の血!?


「キリっ!?」


 この状況に気付いたらしい。『母さん』は急いでその場を駆けおりる。こちらを追いかけてくる。何があった、何があった。頭の中は余計に混乱するばかり。まさか、とは思いたい。


 キリはようやく斜面の途中で止まって、背中を丸めるようにしていた。その腹にはばっくりと傷がある。


「キリ! キリ!? 死なないで!? 死んだら嫌!!」


『母さん』は必死になりながらも、キリを抱えて山を下りようとするが――。


「逃げたらダメですよ」


 お面の男はすぐそばにいた。手には自分の血が付着した短剣。殺されてしまう。『母さん』はキリを守るようにした。だが、そうしたとしても、彼女も殺される可能性はある。


「キリは殺させない」


「…………」


「…………」


 沈黙の睨み合い。腹を抱えるキリはお面の男を見た。


――死にたくない。


 その思いはこの男をたじろがせるほどの鋭さ。そう、死にたくない。己の存在を消されたくない。ここに留まると決めたのだから。自分は何かを持っている。守られている。『父さん』と『母さん』に。


 キリのその視線を見て、何を思ったのか。お面の男は逃げるようにしてどこかへと行ってしまった。あまりの恐怖心で『母さん』はその場に座り込んでしまうが、そうしている場合ではない。病院へ――。


 また抱えて行こうとするところで『父さん』と遭遇した。彼はキリの腹から出ている血を見て慌てふためく。


「キリ!?」


「お願い! 車出して!! すぐに町の病院に!!」


「わかった! 車と手配をしてくる!」


 こうしてキリは病院に連れていかれるのだが、幸いなことに命はとりとめている。『父さん』と『母さん』はこの事件をきっかけに村人たちへと伝えに回った。誰かが犠牲になることはよくないことであるのだから、と二人は思っていたらしい。


     ◇


「冗談でしょ?」


 キリは世界改変者の『器』であると言われ、耳を疑った。それならば、ずっと自分が想いすがってきた目の前で血を流して倒れている彼は?


「冗談じゃないさ」


 にやけている。アイリとラトウィッジの表情が面白おかしくって、にやけが止まらない。ああ、これを言ったら絶対に絶望的顔になるだろうな。


「『キリ・デベッガ』は『罪人の子』という存在を記憶の奥底に仕舞い込んでいたからな。必然的に存在しない者としての扱いを消したかった。だから、世界改変者の新しい肉体の『器』であることも誰にも知られないようにして黙っていたんだ!」


 驚いたでしょ? とずっと嬉しそうにする。


「『器』は最初からキリだって決まっていたさ。俺じゃない、『キリ(オリジナル)の死体』」


 こちらに向かって睨みつけている二人を見てより一層にやにやが止まらない。その顔の台詞からしてふざけるなとでも言ってくるだろうか。それとも、もう一度冗談じゃないとか言ってくるか。


 それでも『ちーくん』は言葉を続ける。


「よかったね、総長さん。ハルマチのおかげで何度も世界滅亡は回避できた。だけれども、今回はそうはいかない」


 なぜって、キリの傷は治らないから。ここでは過去の歯車の所有者として不死を覆してしまう物があるから。それをこの二人が知らないのも――ああ、頗る面白おかしい。さて、ここにいる彼らを殺した後に彼を殺せば世界は終わりを告げる。


――俺はそれでも構わない。


 自分たちが相手だと言わんばかりに、二人がよく斬れる君を構えてにじり出し始めていると、倒れているキリの方から音が聞こえた。誰もがそちらを見ると、そこには彼がコンパスの剣を杖代わりにして立ち上がっていたのだ。


「やるね」


「き、キリ……」


 体が重い。呼吸が整わない。そうだとしても、キリは立ち上がらなければならない。世界改変者の思惑通りにならないためにも、己の運命が変わるためにも。だからこそ望んだ。ずっと何かしらの運命によって延命され続けられた自分は『死』を誰よりも恐れていると。あのときのお面の男が怖かったから、思い出さないようにして――。


 過去の歯車の不死を受け入れがたかったこともあった。それでも、やはり、死ぬことが怖かった。アイリが静止をかけてくれてよかったと心の底から思う。そんな彼らの思いもあるからこそ、立ち上がる。


 動け、己の四肢たちよ。手に握れ、未来を指し示す剣を。


――目の前にいる女神様は俺の運命を『変えてくれた』、だろうか。


 否、誰かが変えてくれるという期待はするべきじゃない。ここは自ら動かなければ、何も変わらない。誰かが後ろを後押ししてくれたことがきっかけだからこそ、自分はこの場にいられる。




――もしも、溘焉(こうえん)として逝く俺自身の運命が変えられるならば――。




 すがる思いは『不死』ではなく、『運命の鐘』を鳴らすこと。この世に生きる者すべてに祝福あれ。未来は偶然を見据え、過去は必然を見つめる。それらが交差し合った『今』こそが『運命』であると。


「俺はお前に殺されないし、絶対に死なない……!」


 これが虚勢に見えるならば、そう思っていろ。これは戯言でも何でもない。本気だ。




「だから、俺はあいつの『器』なんかには絶対になるものかっ!」




 夢を見ていた。幼い頃から願っていたこと。


 誰かと一緒にいたい。それを叶えるためにキリは立ち向かおうとする。それこそが何者でもない、存在のない少年の切実なる願いなのだから。

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