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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
最終章 過去から現在へ、現在から未来へ
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散乱

 世界を見る目。かつてはキイ神が降り立ったキイ教の聖地である。教徒たちはそこから彼が見守ってくれていると信じ、崇めてきた。神聖かつ、生命力のあふれるその場所に数百万の戦友軍隊たちが高くそびえ立つ山を囲っていた。


 何も人だけではない。世界各国の装甲車や戦車と陸にずらりと並ぶ。上空にも戦闘機やら何やらと下にいる彼らを見守っていた。


 すべてはキイ教典の最終章に記載されている『世界の果て』及び、過激派キイ教徒たちで構成されたコインストの『オリジン計画』を阻止するがため。この世界を創造していた『神』の創製日記『神様の日記』にいたずらを仕掛けた世界改変者を倒すがため。


 今ここに、世界の命運を賭けた最後の戦いが始まろうとしていた。


     ◆


 戦友軍第三部隊と第四部隊は世界を見る目の西側にある大きな扉前にいた。MAD細胞と絶対に千切れないロープ君の繊維の合成された最強の武器『よく斬れる君』を所持しているのはケイとマックス、セロそして――。


「な、何も姫様が行かれることはないんですよ?」


 他の者の反対を強引に押しきってまで、この最終決戦の場に足を踏み入れたメアリーだった。彼女の手には鞘が収まった細い剣身のよく斬れる君がある。


「いえ、私も行きます。みなさんが戦っているのに、黙って見過ごせません」


 一年前、友が自分のために戦ってくれた。その友が一緒に戦って欲しいと言ってきた。だからこそ、己も立ち上がって、共に戦わねばならない。自分だって戦える。まだ四肢はつながっている。考える頭もある。だが、反対をしているのは全員ではない。賛同をするのはセロとガズトロキルスぐらいだった。


「もし、彼女が危ない目に合うならば、私がお守りしますよ」


 そうセロが確信ある目をした。頑なに突入をしようとする彼らに――特に青の王国軍人たちはたじろぐ。メアリーに何かあれば自分たちの首が刎ねかねないから。


「それくらい、大丈夫っスよ」


 なんとか説得しようと試みていた反対派にガズトロキルスが楽観的な発言をする。彼は他の者たちとは違って銃火器類を手にするよりも、古跡の村人たちに作ってもらったマティルダとお揃いの槍を手にしているようだった。


「メアリー王女に何かあるなら、それこそ俺たちはおろか、世界破滅と考えれば」


 簡単に発言するガズトロキルスの傍らにはマティルダが「流石はガズ様ですわ」と褒め称える。自身の考えを変えてしまったようだ。


「そうですわねっ! 私たちがお守りすればよろしいですわ!」


「し、しかしだね……」


「ここでライアンが行く、行かないの押し問答をしていても仕方ないですよ。相手は世界にけんかを吹っかけてきた史上最悪の悪党ですし。時間はありませんよ」


 ガズトロキルスが反対派に説得しつつも、勝手に重たそうな扉を開けようとした。しかし、相当な重たさなのか、一人の力では開けることは不可能であった。いや、それ以前に固く鍵がかかっているのである。力押しで開けようなど、当然無理な話だ。


「うわっ、固い」


 一人だろうが、二人だろうが――見かねた者たちが加勢に入るも全くびくともしなかった。これに元学徒隊員はなぜかマックスの方に注目する。


「な、なんだよ、お前たち」


 こちらに向けるこの期待の視線はなんなのか。


「教官一人ならば、行けますよ」


「俺一人?」


 そう、一度に数人を持ち上げることが可能であり、自然治癒力も一般よりも抜群に高い――曰く、人類最強のマックスであるならば可能であると見込んでいるのだ。


「というか、教官さえいるならば、百人力です!」


「クランツ教官だけですよね、一番でかいよく斬れる君……という以前にこれは『よく切断できる君』じゃないですかい? 大斧ですよね」


 何もよく斬れる君は剣状の物ばかりではなかった。メアリーのように細剣だったり、マックスのように大斧であったり。ケイに至っては義手のようにない手に接合した特注の物でさえもある。


 周りに促されるがまま、マックスは武器を預けて扉に手をかけた。ゆっくりと力を入れていく。なるほど、本当に重たい。鍵がかかった物を力ずくで開けるものだろうか。なんとも無茶ぶりではある。


 マックスが全身全霊をかけて押していくも、全く開く気配はなかった。ずっとこの場で扉を開けようと立ち止まっていたって仕方がない。


「もうこれを使いますか?」


 他の戦友軍たちが爆弾を手にしてそう言ってくる。流石文明の利器とでも言うべきか。こういうときにそれが役に立つのだから。


 受け取った爆弾を仕掛けていると、マティルダが「いいんですか?」と訊いてきた。


「こういうことを言っている場合ではないんですが、ここは火気厳禁では?」


「一応、黒の首相も村の村長からも承諾は出ているから問題はないはずですよ」


 戦友軍らが設置し終えると、ここで各部隊隊長に無線が入った。


《各部隊、応答願います》


 どこか切羽詰まったような声に答える。


「どうされましたか、どうぞ」


《古跡の村にて異形生命体が発生中。現在防衛部隊が応戦中ですが、持ち合わせの武器に全く歯が立ちません! 至急、応援を願います――》


 その無線でのやり取りは誰の耳にも届いていた。現代の武器を屈指しても敵わない異形生命体とは。これまで以上に強い者なのか。


「私がそちらに向かいましょう」


 部隊隊長たちからの指示を仰ぐ前にマックスが村へと戻ることに強い志望をする。それにつられるようにしてガズトロキルスやマティルダも行くことを希望した。


「俺らも行きます」


 その言葉に頷くマックスだったが、他に三人も志望者が現れた。ターネラ、ソフィア、フェリシアである。


「強い異形生命体って、もしかしたらマッドなのかもしれません」


 マッドに盗られた過去の歯車を取り戻すために。ターネラはケイの右腕を一瞥する。彼のない腕を作った原因は己の力不足でもあるが、絶対に足手まといにならないようにして戦いたい。彼女にはそんな意志が宿っていた。


「教官、スタンリーには私たちがついていますので」


「わかった。すぐに下山しよう」


 五人と一つの中隊を引き連れてマックスたちは古跡の村の方へと急ぐのだった。彼らがいなくなると、その場に残った者たちは扉に仕掛けた爆弾を発動させるために距離を置いた。


「点火!」


 辺り一帯に轟く爆音。山の内部に作られた建物の入口より黒煙と爆炎に包まれる。そこからいつでも敵が出てきてもいいように、周りを銃口で一斉に囲んだ。


「…………」


 しばらくの間、煙が晴れるまで様子を見ていたが、特に危険要素はないと判断をした二人の部隊隊長は銃口の向きを変えずに、後方で先行小部隊を組ませて突入の準備を始めた。


 入口付近にて黒の共和国治安隊の待機。先行小部隊を突入させた後、何事もなければよく斬れる君の武器を持つケイたちを交えての四つの中隊を突撃させるつもりだった。


 準備は整った。


 一呼吸を置いた後、第三部隊隊長は「突入!」と指示を仰ぐのだった。


     ◆


 先行小部隊が突入して十数分経った。中にいる小部隊隊長より無線機への連絡が入る。


《入口すぐに入ってホールのような場所があり、奥へ続く部屋の扉と上の階へと続く階段があります。中の構造が広いようなので、突入させても構いません。以上》


「了解。第一中隊を始め、第四中隊まで突入!」


 第三部隊隊長に言われるがまま、ケイたちは中へと踊り込んだ。そこは報告通り、円錐型のホールが存在。奥には一つだけのドアが点在しており、その両脇には二人の小部隊員が立っていた。


「他の者たちは?」


「他の場所を調べてもらっている」


 そのドアの奥に異形生命体がいてはたまったものではなかったのだろう。よく斬れる君を持つケイたちを待ち侘びている様子だった。


「それならば、先に私が突入してしんぜよう」


 不意打ちされては敵わないという気持ちは同じなのだろう。ケイはよく斬れる君を手にしてドアに手をかけた。後ろではヴィンも突入するつもりなのか、身構えている。外で待機している第三部隊長に連絡を入れた。


「奥の部屋へと突入致します」


《了解、健闘を祈る》


 ケイとヴィンは突入した。後に続くようにして小部隊の二人と中隊の幾人が続く。彼らが見た奥の部屋の光景は――。


 全身に鳥肌が立った。大声を上げそうになる。尋常ではないほどの異臭にその場から逃げ出したくなりそうだった。それほどまでの大量の異形生命体――ではあるが、通常の巨大な体は持ち合わせていない。見た感じ、元は人間ではなく、小動物のように見えた。コインストは人だけではなく、他の生き物すらも自前の兵士として戦わせるつもりらしい。


 これまで見てきたあのバケモノとは違って戦えるのではないだろうか。などと甘く見るようにして突撃銃の引き金を引いていく戦友軍の彼らであるが――。


 発砲音に閉じ込められていたバケモノ。人。一瞬だけの火薬の光。こいつらに銃砲は効くようであるが、なんせ数が多い。迷い込んできた人間へと自分たちに敵意を向けてくる者たちへの報復のつもりなのか襲いかかってきた。それらは最初に弾丸を撃ち込んだ戦友軍の一人に飛び着いてきたのである。


 それにあっと言う間に取り囲まれ――体に掴みかかられてしまい、断末魔が響いた。


 小動物の異形生命体塗れとなった人間がどうなったかなど、どう想像できようか。きっと、恐ろしい、おぞましい惨状であると思いつく他何があるのか。小さなバケモノに狙われることを免れた他の者たちは、一度ここを退散するべくドアの方へと向かうも、閉じ込められてしまった。そのドアは開けられない。鍵がかかっているのかどうかは定かではないが、『よく斬れる君』を持っているケイであっても開けられなかった。もはや、彼らに残された選択肢はそれらと戦うのみ。


 ここでケイが持つ無線機に第三部隊隊長から連絡が入った。


《入口付近にて異形生命体発生中! 出入り口を壊したはずが、上からの崩落物により封鎖されてしまった! 中に残された各中隊に告ぐ、入口付近にて――》


「何っ!?」


 少人数では勝てそうにない異形生命体。一筋縄といかないコインストの者たち。この第三、第四部隊は早くもバラバラにされてしまったのだ。


     ◆


 早くも形勢が崩れ始めてきたこの状況に焦りを見せ始めるマックス。古跡の村は、村人たちは無事なのだろうか。守りの戦いを得意とする赤の共和国の自衛軍が崩れ落ちいくなんて。


「…………」


 西側にある扉から村まではそう遠くはない。装甲車でかっ飛ばせば十数分で辿り着く。


 着いて早々、応援にやって来たマックスたちはそれぞれの武器を手にして降り立った。山道へと向かう入口には誰の姿もない。村内の方では火薬臭と発砲音が鳴り響いている。ならば、村の広場の方か。


 そちらの方へと赴くと、そこで見た光景にマックスと共に応援に来た戦友軍小隊以外の者は予想外の現状に驚きを隠せなかった。


「撃てぇ! 撃つんだ!」


 戦友軍防衛隊たちは声を荒げて相手に銃口を向けている。貫通する銃弾にそれは効いていない。当たり前だ。彼らが使用しているのは最新精鋭の銃火器類であるが、それでも効くことはない。当たり前だ。それは異形生命体でもなかったのだから。


 それは現実に存在するはずのない実体を持った者。ありえるはずのない存在。そう、それは――。


「バグ・スパイダー!?」


 なぜに現実世界へと存在しているのか。それらは村中にはびこり、人々を襲おうとしていた。


「お前たち! 防衛隊の人たちの援護に回れ!」


「無理です!! こいつらはコンピュータウィルスです!」


「何ぃ!?」


 そう、この実体を持ったコンピュータウィルスに実弾なんて効くものか。これに効く武器なんて――。


 あるとすれば、エレクトンガン系統の武器。コンピュータの世界に行かないとない。いや、そもそもその世界からどのようにして武器を現実世界に持ってくることができるのだろうか。実際に手の打ちようがないというのもわかる話だ。


「危ないっ!」


 新たな獲物がやって来たとでも言わんばかりに、マティルダに襲いかかろうとしたところをガズトロキルスが自分の方へと引き寄せた。


「おらぁ!」


 マティルダや他の者たちに危害が及ばないように、そのバグ・スパイダーへと槍を突き刺した。先ほどの貫通現象と同じくして攻撃が効いているわけでもなく、手応えすらもないのだ。


「なんで!?」


 このまま固まっている場合ではない。次の行動を移さないと――。


「ガズ様!」


 今度はマティルダがガズトロキルスを助けようと、手を引いてその場から走り出した。そして、現実世界に存在しているコンピュータウィルスに向けて発砲する防衛隊たちに声を荒げるのだった。


「みなさん! これらに私たちの攻撃は効きません!!」


――どこか逃げる? 音を立てずして?


 果たして、それで問題はないのだろうか。防衛隊の者たちの断末魔の声が聞こえた。その声の方を見れば、実体を手に入れた存在なき者たちが人々の頭を食い千切っているではないか。頭のない死体がゴロゴロと転がり込んでいる。


 情報を食うウィルスは人の脳に詰まった情報を好んで食べるのか。


 記憶に残る対処法は音を立てずにして身を潜めるだけ。


――どうすれば……!?


 逃げても逃げても――辿り着く先は首のない死体とバグ・スパイダーの姿があるだけ。異形生命体よりも、ある種でマッド並みの強力さを持っているそいつらに自分たちが勝てるのか。


「ひっ!?」


「ウィーラーさん!!」


 虫の姿をしているバグ・スパイダーに怯えるソフィアに襲いかかってきた。あまりにも恐ろし過ぎて、腰を抜かした彼女は動けない。助けに行こうにも――。


――間に合って!!


 瞬時、ソフィアの周りにいたバグ・スパイダーは白い弾丸によって掻き消された。唖然とする彼らのもとに一人の人物が現れる。その人物もまた、それを同様にこの現実に存在することが驚きを隠せない者であった。


《大丈夫かい?》


 両手にコンピュータの世界で見たエレクトンガンと同じ白い銃を手にし、青の王国の軍服と似た物を着たガンがそこにいたのである。


「ガン!? なんで!?」


 ガンもまた実体を手に入れたとでも言うのか。彼は腰を抜かしているソフィアのもとへとやって来て、手を差し伸べた。そのときの動きはどこか人間臭くは思えないようであるが――。


《ヤグラに私の実体を作ってもらったんだ!》


 そう説明をするガンに呆然と立ち尽くしていると、ヤグラも遅れながらやって来た。白い銃を大きな鞄に詰めているようだ。


「クランツ教官!」


「るっ、ルーデンドルフ教官!? か、彼は一体!?」


 ガンのことを全くと言っていいほど知らないマックスは当然の反応を見せた。


「安心してください。彼はコンピュータの世界から駆けつけてくれた(戦友軍)です。それと現実の世界にやつらが現れるかもしれないと、ガンが予測してくれたおかげで……急ピッチですが、みんなに武器を」


 そして、とマックスの持つよく斬れる君を指差した。


「それには情報組換操作装置(ギミック)を仕掛けています! こちらは時間が間に合わず、クランツ教官だけにしか」


 そう言ってマックスに渡したのは銀色の小さなチップである。それには『LX』となんて書かれていた。それを渡されて、戸惑っていると――「柄の方に差し込んでください」そう、指示を受ける。


「それで……そうです」


 ヤグラに言われるがままチップを柄頭の方に挿入すると、持っていたよく斬れる君の刃の色が青色から白色の大斧へと変貌した。


 よく斬れる君――エレクトンLX(ロックス)を見て茫然とするマックス。


「これでそれはエレクトンガンと同じ性質の武器に代わりました。ギミック解除をするときはチップを取ればいいですから」


 混乱は避けられない状況へと一変。だが、四の五と言っていられない。そうできるのであれば、そうできるのだと無理やり納得するしかないから。それほどまでに切羽詰まった状況なのだから。


 襲いかかってくるバグ・スパイダーを一閃した。


「なっ!?」


 攻撃を仕掛けたマックス本人が一番驚いていた。先ほどまではすべての攻撃など意味のなかったのに。元教え子たちはこの現状に慣れて知っているのか。自分よりは状況を把握しているようだ。とんでもない。


「これはっ、すごいな……!」


《あなたがマックスかい!?》


 驚きで油断した隙をつかれるものの、ガンに助けてもらった。コンピュータの世界の住人にしてロボット型の戦友軍――なかなか面白いじゃないか。


《友達から『鬼教官』だなんて、聞いているよ!》


 それらを前にしてマックスは大斧を大きく振りかぶる。ガンの言葉に眉の端を僅かながら動かした。


「鬼教官?」


 誰だ、そのようなあだ名をつけたやつは。人類最強だなんて冗談で揶揄されたことはあるが――。


「そんなこと言ったやつ、これが終わったら五ミリ反省作文だからなぁああああ!!」


 マックスは大声を上げながらバグ・スパイダーの群れへと突撃していくのだった。


     ◆


 ヤグラから受け取った実物のエレクトンガンを手にしてガズトロキルスとマティルダは古跡の村の村内を走り回っていた。


 ここが戦場と化してしまったため、逃げ遅れた村人たちがいないかどうかの確認をしているのだ。


「ガズ様、そちらに村の方は!?」


「いない! みんな逃げきって――」


 確信する前に、二人の眼前に我が子を守らんとする母親の姿を目撃した。彼らの周りには母子の頭を狙うバグ・スパイダーの群れ。


「伏せろっ!!」


 助けなければ。その思いを胸にエレクトンガンの引き金を引いた。連射撃により、親子の命は救われる。


「あ、ありがとうございます!」


「あれがこっちに増える前に!」


 誘導をするマティルダに自分たちの後を追ってこないかの確認をするガズトロキルス。彼らが向かう先は村人たちがもしものためにと作っていた避難所だった。そこは村からはそう遠くは離れていない。ここには備蓄も蓄えてあるし、底を尽きたとしても二人の無線機で戦友軍から食料物資は援助してもらえばいいのだ。ここで大人しく過ごしていれば、問題はないはずなのであるが――。


 四人がそこへとやって来ると、村人たちのほとんどは絶望しきった様子で身を潜めていた。誰も小さな希望すらも持っていないようである。たまに村内で見掛ける彼らは世界を見る目に向けてキイ神に祈りを捧げているのであるが、そうはしていなかった。


 母子を引き連れてきた二人が村の方に残っているマックスたちの手助けに向かおうとすると、マトヴェイに呼び止められた。


「外はもう危険だ。これ以上の犠牲は私は見たくない」


 無理もない。この避難所にいるのは村人『全員』ではないのだから。誘導しているときに、確認するために見回っていてあった首のない死体。あれは戦友軍防衛隊たちだけではないのだ。古跡の村の者たちも少なからずあったのだから。


 マトヴェイはもう人が死ぬところを見たくないのだろう。せっかく新しく移住してきたこの若夫婦も――。


「……山道入り口の見張りをするためだけにこちらへと越してこようが、コティカンを拒もうが、あなたたちは立派な我が村の一員だ。だから――」


「そう言ってもらえるならば、俺たちは嬉しいです」


 軍事目的でここにしか居住めず、周りからは倦厭でもされるかと思っていた。だが、観光しに来たときと同様に彼らからは歓迎をされた。村人全員にその説明があってもだ。二人は戦いが終わったら定住しても良いかもしれないと思っていた。二人は彼らの厚意が素直に好きだから。


 それだからこそ、村人たちのためにも戦わねばならないのだ。ガズトロキルスは装着することは拒んではいたものの、持ってはいた自分のコティカンを着けた。マティルダはハントラインを結びつけて――。


「村長、俺たちはこの村が大好きです。だから、この村の一員として、男として誇りを持って戦っていきます」


 ガズトロキルスがそう言い、マティルダと阿鼻叫喚と化している村の方へと行こうとするが、避難所から少し離れたところで妙に見慣れた何かの姿を誰もが捉えた。いや、見慣れたという言葉は若干おかしい。見たことはある。だが、どこか違う雰囲気の存在がそこにあった。


 ド派手な羽を持っているものの、色合いがくすんでいた。そんな世界最強鳥類の『ライオン』は群れをなしてこちらを狙い定めているようである。


「ライオン!?」


 そう声を張り上げるマトヴェイにガズトロキルスは何かが違うことに気付いた。


――これ……!


 異臭。鼻が曲がりそうなほどの悪臭。腐った汚水に沈殿するヘドロ以上の物が避難所へと押し寄せてくるようだった。


「違う!」


 これらはただのライオンではない。


「異形生命体だ、こいつら!!」


「何だって!?」


 急いで応援を頼もうと、防衛隊を呼ぼうとするガズトロキルスたちに突進をしてくるそれは恐ろしくも肉食動物以上の意地を見せてくる。普通のライオンでも理性というものは存在しているが、これは全くなし。目の前に木があろうが、岩があろうが勢いを殺さずして当たり行くのだ。


 それは血が出ていてもである。


 このライオンはコンピュータウィルスではなく、異形生命体だ。ガズトロキルスとマティルダはエレクトンガンから槍へと装備変更する。勝てるか、普通の槍が。勝てるか、世界最強と謳われているまさしくも怪鳥と呼ぶべきバケモノに。否、戦わねばならない。


 死にたくなければ、守るべき物があれば、戦え。それは己の心が言い放つ言葉。決して空耳ではない己の意思。


 とにかく、この現状で籠城戦などは危険だ。村人たちを安全な場所へと逃がさなければ、最悪全滅である。そう判断したマティルダはマトヴェイに「峠道の方に!」と避難指示を仰ぐ。


「そちらへ向かえば、他の戦友軍と合流できるはずですわ! みなさんを引き連れて、ここからっ! 彼らの相手は私たちにお任せください!」


 怪鳥の群れを引きつけるようにして、ガズトロキルスが石を拾って岩へと叩き、音を出す。自然とそちらに目が行くライオンのバケモノに槍の穂先を向けた。


「こっち来いっ!! まとめて今日の夕食にしてやる!!」


 一斉に突進してくるその群れにガズトロキルスは逃げるようにして、叩いていた自分の姿が隠れるほどの大きさの岩陰へと隠れ込んだ。


 ぶつかるその音はとてつもなく大きく、一気に雪崩れ込む衝撃により岩は壊された。音だけではなく、破壊ということにも驚愕せざるを得ないガズトロキルスはその場から逃げるしかない。群れに突っ込まれたあかつきにはその鋭く尖った鉤爪で肉を簡単に抉られてしまうだろう。


「ひえっ!?」


 普通の異形生命体よりもパワーは強いはず。地面は深く抉られている。最初に岩の方にぶつかった数体のライオンは息絶えている。後から来た者に押し倒されて踏まれたのだろう。しかし、数は少しではあるが、減ってはいる。こういうやり方で削らなければ、手に持っている武器などで大勢の敵に何が役に立つものか。


 二足歩行の理性がない突進型の敵――。


 きちんと考えて戦えば、できないことはない。ガズトロキルスは先ほどよりも大きな岩に飛び乗って音を鳴らした。当然のようにして、突進してくるそれに岩が壊れる前に飛び降りて逃げる。あの岩同様に壊れて、数体のライオンが押し倒されて、足の爪で抉り殺されてしまった。


 さあ、どんどん来い。自分にまだ体力があるならば、相手をすることは可能なのだから。


 マティルダの方を見た。彼女は彼女で村人たちを避難させるためにこちらの動きを気にしているようだ。ガズトロキルスが相手をしている間に安全な場所へと逃げるように村人たちに指示をしていた。こちらに視線が向けられないように、気を張っている。


「急いでください!」


 全員逃げきれたかと避難所に残っていないかの確認をすると、村人はまだいた。逃げて行った者たちのほとんどは女性と子ども。ここに残っているのは男たちである。


「み、みなさん、逃げないと――」


「いや、我々は逃げない」


 断固として避難を拒否した。これにマティルダは頭を抱える。


「相手はここで籠城戦するべき相手ではないんですよ? いいからお逃げください! この中に突っ込まれてはひとたまりもありませんよ!?」


「構うものか」


 一人の村人が立ち上がり、コティカンを装着した。手には狩猟刀が握られている。その一人の行動により、他の者も同様のことをし始める。もちろん、マトヴェイだって。


 男衆は避難所から出てくると、戦闘機などによって空を支配された世界を見る目を見た。今まで信じてきた物が偽物だとは。キイ神なんて、カムラ悪神なんて最初から存在しないなんて。それならば、信仰し続けてきた我々も存在しないことになるのだ。これまで文化や伝統を誇りに守ってきた自分たちはどうなる。 


――今更、信じてきた物をそう簡単に変えられるものか。我らが存在し続けてきたのはキイ教あってのこと。大昔から伝わる文化や伝統を大切にしてきたから――。


「それでも私たちは――」


 マトヴェイのその声に男衆は伝統の仮面を被り、刀身を怪鳥へと向けた。


「空よ、大地よ、生命の源の水よ! 我らを生かしてくれた者たちよ! 私たちはキイ教を信じて生きてきた! 偽物がなんだ!? 嘘がなんだ!? それでも誇り高き黒の民として――キイ教徒として、我らは今を戦わねばならぬ!!」


 ガズトロキルスを追いかけてくるライオンを前にして、シードルと一人の女性――ユリーナが大きな網をそれらに対して被せてきた。一番前にいたバケモノは足を引っかけて転ぶ。




「己が股間に着けているそれはなんだ!? それは『勇敢さ』を象徴とする『コティカン』だろうがっ!!」




 それを着けているならば。古跡の村人であるならば、自分たちも戦えと大声を張り上げる。マトヴェイのその声が合図とでも言うようにして、村の男たち――一足先に逃げたと思われた女性たちが網を手にして駆け出した。


 村人たちの燃える闘志に感服をした二人はその場で唖然とする。決して彼ら一人一人が異形生命体に匹敵するほどの力を持ち合わせているわけではない。だが、彼らは協力し合って一つの――怪鳥に敵うほどの力を出している。


 これは独りだけの戦いではない。村人たちの戦いなのだ。それならば――。


【あなたたちは立派な我が村の一員だ】


 マトヴェイが言っていた言葉に誇りをかけて自分たちも戦おうではないか。


「俺たちは古跡の村の人間だ!」


「その通りですわ!」


 網の中でのた打ち回って二人の方へと突進してくるライオンを二人は迎えた。槍を構え、ただタイミングを待つ。網に引っkかっているため、上手く真っ直ぐに走ることができずにいるが、それでも待った。


 後一歩ですれ違うというところで頭目掛けて槍を一閃する。想像以上の硬さに顔を歪めるも、手応えは確かに感じていた。


「もう一度、行くぞ!」


「はい!」


 すれ違った怪鳥を追いかけて、背後から斬った。


 何も網と狩猟刀だけが武器ではない。上の方からも網が降ってくる。上から矢の雨が降り注ぐ。岩が落ちてくる。どんな形でもいい、勝たねばならないのであった。


     ◆


 避難所前にての異形生命体討伐は古跡の村人たちによって成し遂げられた。避難した子どもたちが防衛隊に伝えてくれたのだろう。倒し終わった後にようやく駆けつけてくれたのだから。


 地面に転がるライオンの死体を見て、ガズトロキルスとマティルダはやるせない気持ちになっていた。後から襲いかかってくる罪悪感。だが、それでも自分たちがやらなければ、やられていたはずだ。


「コインストって、人だけじゃないって言うのも……」


 ぼそりと呟いたガズトロキルスは眉根を寄せた。


「なんかさ、こういうことをしていると、食べるのを自重したくなるな」


「でも、犠牲があるから私たちは生きられるんですわ」


 そう言っているマティルダも同じ気持ちを持ち合わせている面持ちをしていた。そこへマトヴェイがやって来て「その通り」と言う。


「私たち人間は理由があるからこそ、命を奪わなければならない。それは逆もまた然りで色んな動物でも様々な命を奪わなければならないんです。それこそ生きるために」


「そうですかね」


「すべての生きる生物は何かしらの生命を奪わなければ、生きていけない。それは嘘ではなく、本当のこの世の真実なのでしょう」


 三人は再びライオンの死体を見た。


「そもそも、命の奪い合いなど最初から存在していたのだから」


 そうであるからこそ、キイ神は存在していたと言う。欲だけではない、殺し合いも彼は節制を重んじていたらしい。しかし、今はキイ教というものは信仰対象に値するものではないから――。


「その命が可哀想と思うくらいならば、生きなければいいだけの話だ」


 自棄になっているように見えた。相当堪えているに違いない。もはや、信じられるのは己の信条のみ。世界を恐怖に貶める教えなど、信用ならないのか。


 何を思ったのか、ガズトロキルスは「信じてもいいんじゃないですか」と言った。じっとマトヴェイの濃い青色の目が突き刺さる。


「キイ教が偽物であったとしても、村長たちが信じてきた物はまだ存在していますよ」


 ガズトロキルスは世界を見る目を指差した。そこの頂上付近に空いた穴からは日の光が差し込んでいる。


「これらの元凶が世界改変者の仕業って言うだけでしょ? 無理やり変えようとしなくてもいいんじゃないですかね。信じていた物ならば、なおさらですよ」


 それは自分にも言える話だった。キリにいつの間にか改変されていた記憶。どこからどこまで書き変えられてしまったのかはわからない状態であるが――。


【俺と友達になってくれないか?】


 殴り合いのけんかをして自分たちは仲良くなったらしい。記憶にあるのがそれ。出会いは最悪だったことは覚えている。キリのあのぶっきらぼうな態度に腹が立っていたから。仲良くしたいのに、あの態度はないと思っていたから。すまして存在している彼が嫌いだったから。


 散々嫌がらせをしたのに、嫌っていたのに。それでもキリは自分を友達としていてくれた。自分を友達として選んでくれた。だからこそ、信じたい。偽物の記憶だとしても、実際に遭遇した事実は嘘ではないのだから。とても楽しかった。ああ、彼ってこうして笑顔を見せるんだなって思った。


 本来――あの日にキリに対して声をかけたのは紛れもなく、『友達』になりたかったのだから。いや、そうでなくとも彼も自分と『友達』になりたかったはずだ。


【なあ、なあ。俺、オブリクスって言うんだけど。お前は?】


 もしも、声をかけてキリが普通に受け答えていたならば? よき友人なのかもしれないが、それ以上に今のような関係の自分たちではなかったはずだ。今の自分たちがいるから、この状況が存在している。そう、マティルダだって――。


 キリたちと仲良くならなければ、出会えなかったはず。


【みんなでケーキを食べに行こうよ】


【呼ばれた気がした!】


【まだ呼んでもねぇよ】



【俺はガズトロキルス・オブリクスって言うんだ。長いし、ガズでもいいよ】


【よろしく、マティ】


 ガズトロキルスは隣にいるマティルダを見た。彼女はその視線に気付いて、小さく微笑んだ。その表情が可愛らしく見えて思わず頬が緩んでしまう。マティルダは素性もよくわからない自分を直感だけで好きになってくれた。自分自身のためにいつも昼ご飯などを作ってきてくれた。


【もし、お好みの味付けがあれば、そのリクエストにお応えして作ってきますわ】


 心の中では少しばかり遠慮気味はあった。二人の関係性は友達以上恋人未満という微妙な関係だと思っていた。だが、そんな風に慕ってくれるマティルダが段々と好きになった。


 だからこそ、一度突き放したりもした。 マティルダが好きだからこそ、幸せになって欲しかったから。それでも、彼女は自分といることが幸せだと言ってくれた。


【私はただガズ様のお傍にいるだけで、すでに幸せですの】


【いつまでも一緒にいたい……それが私の幸せなんですの】


 そんなマティルダの本音を聞けたのも、友人であるキリの存在だった。


【ガズがボールドウィンの幸せを願っているなら好きって証拠なんじゃないの?】


 何かが変わってしまったから、信頼していたものが変わってしまったから。嫌だ、悲しいことは足りない頭をもってしてもわかることだ。だが、それは悪いことばかりではないのだ。大切にすれば、視点を変えてみれば不幸じゃなかったと証明ぐらいはできるのだから。


「あなたたちみたいな方がこちらに来ていただいて嬉しいですよ」


「俺たちもみなさんに会えてよかったと思っています」


 古跡の村人たちを安全な場所へと送ると、ガズトロキルスとマティルダはバグ・スパイダーがはびこる村の方へと急いだ。


     ◆


 白い刃の大斧――エレクトンLXを揮う巨漢。群れをなすバグ・スパイダーを蹴散らしていく。その姿はまさしく鬼。援護射撃をするターネラたちはそう思っていた。


 それにしても、斧を持つ鬼――マックスは思う。視線の先はコンピュータの世界からやって来たガンにある。以前の青の王国の軍服を着用し、普通に人と同じような動きをしている。ヤグラが作ったと言っていたが――。


《危ない、マックス!!》


 後ろにいることに気付かなかった。ガンに助けてもらった。


「あ、ありがとう……ござい、ます?」


 マックスはお礼を言うも、まだ戸惑いは隠しきれない。ターネラたちは平然とやり取りをしているが、これが普通であるとは思えないのだ。そう得物を振り回していると、無線が入った。相手はマティルダから。


《教官、村人の避難を完了致しました。今からそちらに応援に向かいます。以上》


「了解」


 バグ・スパイダーはどこからと湧き出てくるのだ。そこを封じ込めば、一段落するのであるが――。


「面倒だなっ……!」


 何度も何度も振り回したところでどうにかなるほど甘い敵ではない。無限に出てくる物であるならば、埒が明かないだろう。どう対処するべきなのか、と渋面を作っていると――。


「クランツ教官! ここは私たちに任せて、『親』を探しに行ってください!」


 そうフェリシアが言った。


「お、親!?」


 バグ・スパイダーの生態系をよく知らないマックスは突然『親』と言われて混乱した。


「こいつらは親が存在しているからいるんだと思います。おそらく、近くに親がいるはず。親は通常のこいつとは違って強いです!」


 フェリシア曰く、『親』を倒せばどこからともなく現れているバグ・スパイダーの量は止められるはずらしい。それならば、とその場から駆け出すしかない。コンピュータウィルスの『親』を探すため、一網打尽にするため。この場には三人とガンが残った。


《三人とも、平気かい!?》


 ガンはターネラたちを気にかけながら戦っていた。三人は引き金を引きながら問題はないと言うが、強がっている者が一名。ソフィアである。


 二年前のサバイバル・シミュレーションのように喚いて逃げ出すことはなくなったものの、恐れている表情は隠しきれていないようである。


「…………」


 フェリシアはソフィアの方を見ていた。小さい頃から一緒にいる彼女だからこそ知っていて、不安になっているのである。


     ◇


 ソフィアとフェリシアは生まれたときからずっと一緒だった。何をするにしても一緒。それはまるで姉妹のように。


 二人の家はケイの家――シルヴェスター家に仕える貴族である。それは双方の両親からずっと言われ続けてきた彼女たちの誇り。なぜそうなのか、それは――。


「ウィーラー家とドレイパー家は昔、シルヴェスター家に助けられたのだ」


 親たちが話すその話は青の王国が建国する以前に遡るらしく、毎日のようにして聞かされ続けてきた。二人はそれが嫌だとは微塵も思わなかった。当然だったから。


 いつも王城の方に赴いて、一歩引いてケイやメアリーたちを見ていた。自分たちはそれが相応しいと思っていたから。あの中へと入るのには少し怖かったから。


「いっしょにあそぼぉよ」


 ケイたちがそう言って誘ってくれるのはとても嬉しかった。それでも、恐れ多いと思って「自分たちは一歩引いている方が相応しい」と断った。いくら自分たちが貴族だからと言っても、三銃士軍団員としての素質があったとしても、実際に仕えているのはシルヴェスター家。王族直属ではない。それ故であった。


 それが数年経ったある日のこと。


「おねえちゃん、むしあげる」


 ワイアットが王城の中庭で虫を見つけたらしい。それを素手で捕まえて、見守るだけの二人に見せてきた。その頃はまだ虫が苦手ではなかったソフィアは「ありがとうございます」と受け取ろうとした。


 それがいけなかったらしい。その虫はソフィアの小さな指先に噛みついてきた。


「う――わぁあああん!!」


 当然、痛みはあるからソフィアは泣いた。割と強めに噛んできたものだから指先から血が出てくる。泣き喚く彼女にフェリシアとワイアットはあたふたとするだけ。そこへメアリーたちと遊んでいたケイがやって来て、無言で持っていたハンカチで手当てをしてくれた。


「これでだいじょーぶ」


「……ふぇ?」


「おかあさんたちのところに行こ。そこで手当てしてもらお」


 幼い子どもがそうしたから指に宛てられたハンカチは不格好ではあった。それでも、ソフィアにとってもフェリシアにとって自分たちの主人の器を見せつけられた気がした。


 その日からだ。ケイに自分は一生着いていくだろう、と。だが、同時にソフィアはそれ以降、虫が駄目になった。単純に噛まれてしまったこともあるのだが、その日の夜に父親に怒られてしまったことが最大のトラウマだったのだ。


「たかが、虫に噛まれたぐらいで泣くのはおかしい。ケイ様に煩わせるんじゃない」


 もはや、触れることはおろか、見ることすらも怖いと感じる。あのときの痛みを指先に感じるのであるから。


     ◇


 自分がやせ我慢しているのは自覚していた。


【道は拓けるから】


 巨大なバグ・スパイダーと対峙したときだって、同じである。本当に克服したとは言えていない。メアリーがいたから無理やり何も恐れることはないとこじつけていただけに過ぎないのだから。


 マッドが村へと現れたと思って来てみればこのあり様。よくも逃げ出さずしていられるものだと思う。


「ウィーラーさん、真上!」


 ターネラがソフィアの頭上から襲いかかろうとするバグ・スパイダーをエレクトンガンで撃ち消した。


「すまない」


「もうちょっとの辛抱ですよ! もう少しで教官が親玉を倒してくれるはずですから!」


「あ、ああ」


 ターネラはそう励ましてはくれるものの、本当に自分の気は保てるだろうか。いや、それよりもどうして彼女は自分をそうして励みの言葉をかけてくれるのだろう。こんな小さな背中でスタンリー家の当主となったのに。自分のことで精いっぱいのはずなのに。


「スタンリーさん、伏せて!」


 ほら、後ろに気付かないでフェリシアが対処してくれた。


「ありがとうございます!」


 ふと、ターネラの目が見えた。彼女は絶対に諦めないし、負けないという心意気が見える。それが正直羨ましいと思う。


 このまま、ちまちまと一匹一匹ずつ倒しても終わりがないとでも思ったのか。ガンが《ヤグラ!》と声を張り上げた。その直後に彼は右手首を取り外すと、そこにエレクトンガンを装着し、真上へと掲げる。


《装填完了! いつでもいいよ!》


 その言葉に、真上にある銃口が光り出す。ガンは銃口をわらわらと集まってくるバグ・スパイダーに向けた。


《エレクトンLXバズーカ!!》


 なんとも格好いいかけ声と共に発射されたエレクトンガンよりも大きな弾。一直線に白い弾道が飛ぶ。その衝撃でコンピュータウィルスは掻き消えてしまった。


「す、すごいです! ガンさん!」


《マックスが倒してくれるまでの辛抱だからね! 私たちはまだまだ戦えるよ!》


「そうですよ、頑張りましょう! ウィーラーさん!」


――どうして、私に気掛けてくれるのだろう……?

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