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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第一章 巡り出会う者たち
8/96

胸奥

 地図はとても興味深い。ずっと図面を眺めていられる。そうキリは思っていた。


 ここは学校内にある図書館である。ここにはゴシップ雑誌から法律学に関することまで、様々な書籍がずらりと本棚に並べられていた。そんな厚みのある紙の部屋に囲まれながら、キリは地図を見ていた。自身が座る席の傍らには物書きの老人が執筆した論文がある。


 偶然にも図書館へとやって来たアイリ。


「何してんの?」


「じいさんから借りた論文に書かれている地名が聞いたことなかったから調べているんだよ」


「ふぅん。どこ?」


「『追放の洞』っていうところ」


 そう言うキリは場所を指差した。位置的に王国の南部にあたるようである。


「南地域ってところにあるらしい」


「寂しい名前だねぇ。他に言い方はなかったのかな?」


「へぇ、ハルマチってそんな考えがあるんだな」


「失礼な」


 むっとした表情でアイリはキリの頭を手に持っていた本で軽く叩く。本当に軽いため、痛覚は全くない。だが、それは許しがたい行為だと思っていた。


「本は大切にしろよ」


「はいはい、悪うござんしたぁ」


 反省の色は全く見られない。キリはしつこく咎めるつもりはないのか、小さく鼻でため息をつく。地図帳を閉じた。そして老人の論文に目を移す。


「それってさ、面白いの?」


「少しは。宗教関連、詳しくないけど、教典とか読んだりしてから読むともっと面白いかもしれない」


「流石にそれを読むためだけには読みたくないなぁ」


「それを言うならば、ここで油を売っているハルマチはとても珍しいな。本とか読むの嫌いだろ?」


 まさかの図星にアイリは驚きを隠せなかった。どうして、わかったのだろうか。


「……言ったっけ?」


「予想で言っただけど、当たりなのか」


「当たり。全く読みたくないわけじゃないけど、基本的に読む気はない」


「もう一つ予想で当ててやる。ここにはライアンの付き添いか、授業の参考図書を借りにきたか」


 しかしながら、その予想は大きく外れてしまう。アイリは「残念!」と言った。


「正解は副隊長が呼んでいるから呼びにきた、でした」


「それ、ここの本じゃないのかよ」


 予想が外れたキリはどこか悔しそうな表情を見せていると、アイリが手にしている本が気になった。結構な分厚さで製本された物だ。所々古びた汚れがついている。


「これは……あたしの本だよ。それ元に戻して行こうよ」


「ああ。任務かな?」


「かもねぇ」


 キリは地図帳を戻して、老人が執筆した論文を手にした。アイリと共にブレンダンのもとへと向かう。


     ◆


 早速二人はブレンダンの部屋へとやって来ると、彼らを待ち構えていたかのように室内には三人がいた。小さく手を振るメアリーと一人の青年がいる。この青年、キリはどこかで見覚えのある人物であった。思い出そうとする彼の思考を遮ってブレンダンが「待っていたよ」と言った。


「二人とも、いいかな? こっちに来てもらっても」


「はい、お呼びでしょうか」


「新たな任務の件だ。ここにいる全員そうだ」


 ということは目の前にいる青年――ハイチよりも図体が大きい彼とに任務をこなすのか。そう考えていると、キリは一瞬だけ思考が停止する。


――あれ、待てよ。


 頭の中を整理しようとしたところで、ブレンダンから任務指示書を受け取る。





<南地域においての土地調査>


セロ・ヴェフェハル

メアリー・ライアン

キリ・デベッガ

アイリ・ハルマチ


 上記の四名は後述の任務を遂行せよ。


 現在、王都指定の環境保護対象となっている南地域にある保護対象区域一帯は管理が滞っており、荒地となっている箇所が複数見受けられる。

 そこで、その地域一帯の土地調査を行って欲しい。なお、報告結果によっては軍がそちらに派遣されて手入れを行う予定である。





 やっぱりだ、とキリはもう一度青年――セロを見た。あまりの衝撃に声が漏れそうになる。彼の視線にセロは「なんか用か?」と訊いてくる。どうやらあまりじろじろ見られるのは好きではないらしい。


「いえ、ヴェフェハルさんと任務するなんて思ってもいなかったので」


「まあ、俺もだ。よろしくな、えっと……デベッガだよな?」


「はい、よろしくお願いします!」


 キリは一礼をすると、タイミングを見計らってブレンダンが「調査日は明後日からだから」と言い、その場解散となった。


 四人は改めて自己紹介をするべく、エントランスにあるカフェテリアへ。ちらほらと学徒隊員の姿が見える。彼らは適当に売店などでジュースを買ったりして席に着いた。


「そっちの三人は互いに面識があるみたいだけど、俺は初めてだからな。改めて俺はヴェフェハルだ。よろしくな」


「よろしくお願いします」


 意外にも気さくそうな笑顔を見せてくるセロ。少しばかり安心した。なんだかいい人そうに見えたからである。セロはキリの方を見て自己紹介を頼んだ。それに応える。


「デベッガです。みんなの役に立てたら幸いです」


「噂で聞いたけど……ハイチと張り合ったんだって?」


 セロはハイチの知り合いだろうか。そんな小さな疑問が生まれたキリは頷いた。


「まあ、俺が期待外れの戦い方をお見せしたし。ハイチさんにがっかりさせたから、勝負自体うやむやになってしまったんですけどね」


「あいつ、手加減していた?」


「わからないです。俺自身、弱かったから」


 その答えに、セロはどことなく残念そうに「そうか」と呟いた。そして、メアリーの方を見る。


「すまないが、次はきみ。お願い」


 メアリーは初対面のセロに緊張しているのか、ほんの少しばかり声を上ずらせながら返事をした。


「えっと、メアリー・ライアンです! 最近、お菓子作りにハマっています!」


 メアリーのその発言に、キリとアイリはテーブルへと俯いた。原因はわかっている。知っている。彼女の手料理は食べただけで急患扱いになるほどの劇物であるからだ。当然、それを知る由もないセロは「いいな」と嬉しそうに語り始めた。


「俺、食べることが好きだからなぁ。お菓子って、何が得意なの?」


「焼き菓子とかですかね! 今度、氷菓子でも作ろうかなって考え中でして」


「いいね、最近暑いからなぁ。……で、最後のきみ」


 セロはアイリの方を見た。


「……ハルマチです」


 人見知りでもしているのか、それともセロに興味がないのか。アイリは無愛想に自己紹介をした。これにはキリとメアリーは首を傾げるばかりである。


「ハルマチね。きみって、休日とかはなにをしているの?」


「特にこれと言って何も。無趣味なんで」


 明らかなぶっきらぼう返答。二人は顔を見合わせた。元々優しい物言いはしない方のアイリではあるが――ここまで口に出すのも嫌そうな表情を浮かべているのは珍しかった。というのも、初めて見た気がする。


「いや、ほら、ライアンみたいにお菓子とか作らないの?」


「作りません」


「趣味が読書とかは? それ、図書館の本でしょ?」


 どうもセロはぐいぐい質問をしてくるようで、アイリの傍らに置かれているピンク色の表紙である分厚い本を指差した。彼女はそれを手にすると、席を立つ。


「これ、自分のです」


 どうしたことか。アイリはカフェテリアから立ち去ってしまった。唖然とするキリ。


「参ったな」


 アイリの背中を見て、セロは頭を掻いた。


「全員とは初めての任務だから仲良くしたいんだけどな。あの子、いつもあんな感じなのか?」


 どう答えればいいのだろうか。彼らは顔を見合わせる。ややあって、メアリーが口を開いた。


「どちらかというならば、冗談をよく言います。ね」


「うん、初対面の人でも言っていたしなぁ」


 そう言えば、とキリはアイリとの初対面を思い出した。ブレンダンの部屋にて、彼女がハイチに悪洒落を言ったのは記憶に新しい。それにガズトロキルスにだって普通に接していたのに。いや、そもそもあの部屋に行くまで冗談ばかり言って笑っていた。


「緊張しているのかな?」


 そんな推測をするセロであるが、唐突なことに二人は困惑するしかなかった。


     ◆


 しばらくキリとメアリーはセロと少しばかり雑談をして別れた。二人は校舎の廊下を歩く。


「アイリ、どうしちゃったんだろ?」


「ヴェフェハルさんの前で緊張していたってわけでもないしなぁ」


 メアリーも気になるのか、ずっとアイリのことばかり心配していた。キリがぼんやりと中庭を眺めながら足を進めていると、そこのベンチにアイリらしき人物が座り込んでいた。それにはメアリー自身も気付く。


     ◆


 空を眺めるアイリ。建物が囲う空には雲一つなかった。


「建物なけりゃいいのに」


 呟くアイリのもとへと一人の人物がやって来た。


「建物がなけりゃ、座学もないも当然だよな」


 ハイチだった。ベンチを占領しているアイリに詰めるように促したが、あまり気乗りしない様子で端へと詰め寄る。


「サボりですか?」


「それはいいな。だが、残念ながらこの時間は授業を取っていないんだな」


「へぇ」


 自身が質問をしてきたのに、興味がなさそうに相槌を打った。それでもハイチは気にしていないのか、呑気に鼻歌を歌い出す。それに対してアイリは眉を寄せた。


「音痴ですねぇ」


「うるさいやい。どうせ、ハルマチも同じだろ」


「なんで知っているんですか」


「俺とお前、なんか似ている気がするから」


 そう言われて、アイリはもっと嫌な顔をした。まさに心外だと口に出す勢いあるしかめっ面。


「ハルマチさ、自分のことが嫌いだろ?」


「いいえ」


 否定はしたが、ハイチにどこか見透かされている気がした。自分が嫌い、それは事実である。それならば、彼自身も己のことが嫌いになるのだが。


「自分が嫌いなんですか?」


 アイリは反問をした。


「ああ、嫌いだよ。こう見えても俺は最良の選択肢を選んだことはない」


「そうですか」


 二人の会話は途切れ、どこか重たい空気が流れる。ハイチは空を、アイリは手に持っていた本を眺めていた。ややあって彼はその本について触れてくる。


「やたらと分厚い本があるけど、なんの本?」


 訊ねられてアイリはハイチの方を見た。


「答えられたら、豪華賞品を贈呈しますよ」


「それは罠か? それとも率直か?」


「……嘘ついてどうするんですか」


 アイリはハイチの方を見ない。


「じゃあ、期待してもいいんだな? それには」


「期待してください。制限時間のない問題ですので」


 アイリはそれだけを言い残すと、中庭から立ち去ってしまった。一人残されたハイチのもとにキリとメアリーがやって来る。


「仲良くどうした?」


「ハルマチを見かけませんでしたか?」


「さっき中に入って行ったけど? あっ、わかった。ハルマチが持っていた本を取られたとか?」


 ハイチは指を鳴らすが、二人は首を横に振った。


「あれはアイリのです。寮の部屋が同室なんですけど、いつも持っています」


「外れたかぁ。結構いい線だと思っていたのになぁ」


 残念そうな顔を見せるハイチは二人が手にしている紙に気付いた。その視線にキリは、これは任務指示書だと教える。


「明後日、俺たちとハルマチ、ヴェフェハルさんと行くんです」


「セロと?」


 片眉を上げるハイチにキリはそう言えば、とセロの発言を思い出す。彼はハイチのことを名前、かつ呼び捨てで呼んでいた。二人は校内で一、二位を争うほどの猛者である。互いを知っていておかしいことはないだろう。


「お兄さんとヴェフェハルさんってお友達なんですか?」


 気になるのか、メアリーがそう訊ねた。


「友達。うーん、そうとも言えるし。どちらかと言うなら、腐れ縁だな」


「腐れ縁ですか」


 その言葉にキリは自身の腐れ縁と言うべきか、悪友と言うべきか迷う人物を思い出した。最近会ってゆっくり話していない気がする。


「あいつ、強いからな。何度も負けまくり」


「ヴェフェハルさんってすごいんですね」


「だな。将来は軍のエリートにもなれるんじゃないの?」


「別にそんなつもりでここに入ったわけじゃないんだがな」


 話を聞きつけてきたのか、セロが廊下の窓から顔を覗かせてきた。ハイチは彼の姿を見ると、にやりと笑みを浮かべる。


「よお、久しぶりだな?」


「そっちこそ、いつぶりだ?」


「覚えてねぇな。なんせ、任務漬けだったからな。もちろん首席様もそうだろ? 俺よりも任務漬けで本基地に缶詰めだったんだろ?」


「ああ、一週間前に戻ったばかりだよ」


 緊迫したこの状況。にやにやと悪い笑顔を互いに見せつけ合う二人にメアリーは不安そうにする。なんだろうか、今にも動きそうなこの気配は。ハイチの方を見れば、いつでも立ち上がれそうなくらい地面に両足を強くつけていた。セロに至っては窓から下りてきそうな雰囲気だ。


「前回の敗因は手抜きだったか?」


「何を言う。俺はいつだって本気だ」


「じゃあ、やるか?」


 まるでそれを待ち望んでいたかのように、セロは窓に手をかけるが――。


「やらねぇ」


 やる気がないのか、それとも最初からする気がなかったのか。ハイチはベンチから立ち上がった。


「俺はお前に勝てない」


「本気ですれば、俺に勝てるだろうが」


「そんなもん、所詮は夢物語よ」


 セロの言葉に彼は鼻で笑うと、中庭をあとにしてしまう。いなくなったハイチにセロは眉にしわを寄せていた。


「あの、大丈夫ですか?」


 どこか心配そうにセロを見るメアリー。それに彼は「平気だよ」と答えた。


「勝負やらず仕舞いだしな」


「ヴェフェハルさんは、ハイチさんは本気を出せば今よりも強いと思っているんですか?」


 キリは気になるのか、セロにそう訊いた。彼は大きく頷く。


「首席とか次席の決め方は知っているかい? 方法はただ一つ。下剋上あるのみ」


「それは、たとえばハイチさんが首席になりたかったら、ヴェフェハルさんに勝負を挑むってことですか?」


「その通り。デベッガもハイチと戦っただろ? あれでもしも、きみが勝てば、きみが次席になっていたってことだ」


 そんな事実にキリは大きく驚いた。まさか知らず知らずの内に次席の称号を賭けてハイチに戦いを挑んでいただなんて。


「デベッガはハイチに戦いを挑んでいたから、てっきり知っていたと思っていたんだけどなぁ」


「いえ、知らなかったです」


「それはそれですごいな」


「それなら、お兄さんは以前にヴェフェハルさんに戦いを挑まれたんですよね?」


「うん」


 セロは頷いた。


「俺の挑発に乗せられてね。でも、あいつは、結局手を抜いてわざと負けやがった。だから俺はもう一度ハイチと戦いたいんだけど、あの有様じゃ無理だな」


 残念そうな表情を見せるセロは小さなため息をついた。


「……さっきさ、窓から見えたんだけど、ハルマチってハイチのこと、どう思っているの?」


「どう、ですか?」


 返答に困る質問を訊ねられ、キリとメアリーは困惑した。


「俺よりかは普通に接していたからさ。あの子、年上が苦手なの?」


「そんなことはないと思いますよ。いつもは初対面の人だろうが、冗談言いますし。もちろんハイチさんにも」


「俺のこと、嫌いなのかな?」


「そ、それはないです!」


 メアリーはそう断言した。二人は彼女に注目する。


「きっとアイリは首席であるヴェフェハルさんに、緊張していただけなんだと思います! もう少ししたら緊張の糸も解れて仲良くなれるはずです!」


「……ははっ、ありがとう。じゃあ、俺、ハルマチと仲良くなるために頑張るよ」


 セロは二人に笑顔を見せると、その場を立ち去ってしまった。


     ◆


 その日の夜、寮のラウンジでアイリはセロと会った。相変わらずと言っていいほど、彼女は無愛想な表情を見せている。


「どもです」


 小さく頭を下げると、アイリは逃げるようにして自室へと戻ろうとするが、それはセロに止められた。彼に見られないように、眉間にしわを寄せて立ち止まる。


「そんな逃げないでさ、仲良くしようよ」


「……はぁ」


「今度の任務に危険はないだろうけどよ、万が一ってこともある。そんな不協調だったら困るな」


 アイリは何も答えない。


「ねえ、あの二人と仲がいいんでしょ? よかったら、彼らのことを教えてくれないか? 多少話し込んだとしても、まだまだわからないことだらけだからさ」


 今までこちらの方を見向きもしなかったアイリがほんの少しだけ横目で見てきた。手応えがあったかと内心喜ぶが、すぐに前の方を向き直ってしまう。


「すみません。あたし、あなたとは事務的にしか話せそうにないです」


 それだけ言うと、アイリは自室へと戻ってしまった。一人残されたセロは腕を組み、手をあごに当てて今はいない彼女がいた場所をじっと眺める。


「これは厄介だなぁ」


     ◆


「あーあ、嘘つきとは仲良くなれそうにないなぁ」


 逃げた先、一人屋上で物思いに更けるアイリは建物の束縛がない自由な空を眺めてながら呟いた。


「面倒くさい」


     ◆


 学校の敷地内から軍用装甲車で揺れられること、八時間弱。四人はようやく王国にある南地域の保護対象区域前へとやって来た。セロは立ち入り禁止を表す柵の前の方に装甲車を停車する。実は、彼は運転免許を所持していたのだ。


 キリは車から降りると、こちらを見下ろすようにしてそびえ立つ山々を見上げた。


「ここから先は保護対象の区域になるから歩きになるぞ」


 セロは柵の扉の鍵を手にして開け始めた。アイリを除いた二人は先が興味津々のようで、柵越しから景色を眺める。確かに任務指示書に記載通り、草木が生い茂っていた。人が通れそうな道は柵の扉の先にかろうじてあるも、ほとんどは草木が割り入っている。


「ほら、ヒマなら調査項目に記入でもしていってくれ」


 セロから渡された調査表を各自手に取る。その間に彼は装甲車のボンネットの上に地図を広げた。そして適当にマジックペンで丸を囲っていく。合計で二つの丸が作られた。


「ここ、かなり広い場所だからな。二手に分かれて作業をしようか」


 三人にそんな指示を出すセロは、今度はメモ紙の端を千切って何かを書いた。それを四つ折りにして「一人一つずつ取ってくれ」と彼らの前に差し出してくる。


「三つの中に一つだけバツ印が書かれているのがあるから、当たったやつは俺と一緒に行動な」


 早速、三人が折りたたまれた紙を開く。即座にアイリの表情は険しくなった。そんな彼女の顔を見て、キリとメアリーは顔を見合わせた。彼ら二人が手に取った紙には何も書かれていなかった。ということは――。


「あたし、バツだった」


 とても不服そうな顔であるが、変更はできそうにない。


「じゃあ、俺とハルマチ。デベッガとライアンで決まりだな」


 メアリーはアイリが可哀想だと思ったが、キリと一緒であることが嬉しいのだろう。その気持ちの方が打ち勝ってしまった。


「それなら俺たちは西区域を調べるから、デベッガたちは東区域の方を調べてくれ。あと、東区域の奥には洞があるそうだが、そこは近付くなって指示が出ているから見かけても中には入らないでくれよ」


 それが追放の洞なのか、とキリは頷いた。


「はい」


 三人はセロの指示通りに動き始めるのだった。


     ◆


 入口の方からずっと思っていたことだが、どうしてこの環境保護区を管理をしなかったのだろうか。キリは不思議そうに周りを見渡しながら考えていた。一方でメアリーは彼と同じペアになれたことが嬉しいのか、浮足立っていた。


「そう言えばさ、ライアンってキイ教って知っているか?」


 一足先に歩いていたキリはメアリーの方を振り返った。突然、話を振られた彼女はなんのことだかさっぱり。あたふたとした様子を見せていた。


「えっと、ごめん。聞いていなかった」


「いいよ。あのさ、キイ教について知ってる?」


 キリの言葉に、メアリーはあごに手を当てて何かを考え始めた。雰囲気からして記憶を辿ろうというようなものではない。明らかに怪訝そうな面持ちだった。


「いきなりどうしたの?」


 まさかそのような話題が出てくるとは思わなかったらしい。メアリーは反問した。


「いや、知り合いから読んで欲しいって言われた論文が宗教に関することでさ。ここの地域の名前も出てきているんだ。それで、もしかしたらライアンは知っているかなって思って」


「キイ教自体あまり知らないけど、二人の神様が出てくることは知ってるよ。えっ、ここって関係あるの?」


 それは知らなかったらしい。予想外だと言わんばかりの驚きの表情を見せた。


「ウチの国って信仰している人は少ないのにね」


「そうだな。ここってカムラが追放された追放の洞があるらしいんだって」


「そこ、私たちがチェックする区域にあるかな? ヴェフェハルさんは洞があるって言っていたけど」


「どうだろう? 調査しながら探すだけ探してみようか。近付くなっても言われているし、中には入らないで」


 二人は調査用紙と渡された地図を広げて調査を始める。そうしていると、ここでメアリーはキリを呼び止めた。


「あのね、調査が終わったらだけど。今回焼き菓子作ってきたし、みんなで食べようよ」


 キリの心身に衝撃が走った。メアリーに自身の顔を見せないようにしながら、苦痛の表情を浮かべた。嘘だろ、と声に出したいほどの苦い話だった。この前は幸いながら病院へ行かずに済んだが、今回だけ。いや、これからもである。勘弁して欲しい。こんな人気のないような山である。そんな場所で食中毒を起こしても、助けなんて呼べるものだろうか? 連絡通信端末機を持ってきているとは言え、仮に助けを呼べたとしても時間がかかり過ぎる。


「そ、そっかぁ」


 本格的に危険だ、と覚ったキリはこっそりアイリへとメールを送信した。メアリーはそのことに気付いていない。


     ◆


「自然がいっぱいなところだな!」


 場を盛り上げようとするセロ。彼はほぼ無反応、無表情であるアイリに困っていた。正直な話、あのくじは自身が仕込み、彼女とペアを組むようにした。だが、ここまで反応を見せないのはあまりにも寂しい。


「なあ、ハルマチ」


 痺れでも切らしたのか、セロは声をかけた。


「何がそんなに気に入らないんだ? そんなに俺のことが嫌いか?」


 もうまどろっこしいのは嫌いだ。セロは直接訊ねた。果たして、答えが返ってくるか。多少なりとも期待はしている。それでも、アイリは答えることなく、先へと進んだ。


 ここまで無視されるのもつらいものだ、どう接しよう。なんて考えていると、着信音が鳴った。アイリの方からのようで、連絡通信端末機を取り出して確認し始める。どうやらメールらしい。電話ならば、キリかメアリーでわかるのだが、これはわからない。もしかしたならば、友人との遊びでのメールのやり取りをしているのか? それならば、遊び半分もいいところである。任務中なのに。


「おい、ハルマチ。緊急事態以外ならメールは止めておけよ」


「……です」


「大体な、ライアンは任務が終わったらお菓子作ってきたから食べようかって、任務と分けているんだぞ!」


「い、いや、緊急事態です」


 珍しくアイリはセロの方を向いた。表情は青ざめている。


――二人に何が!?


「ふ、二人は無事なのか!?」


「そ、そうではなくて……」


 ちらりと連絡通信端末機をアイリは見返した。


「メアリーが焼き菓子を作ってきたことです!」


 アイリのその発言にセロは眉を吊り上げた。


「ライアンはこの国の王族だぞ。いくら本人を様付けしなくても、そんな言い方をするのは不敬罪にあたるぞ」


「いや、何もわかっちゃいない! あれはマジでヤバいんですって!」


 相当緊迫した面持ちのアイリにセロは疑わしくも、信じるべきなのかと戸惑いを隠せない。


「えぇ、ちょっと聞いてないよ。メアリーの荷造りのところ見ていなかったなぁ」


「……どれくらいヤバいんだ? ライアンの手作りって」


「あれは、ハイネ先輩たちも食べていたなぁ。食べた人全員が食中毒になるくらいヤバいです。いや、全生物かな」


 その言葉にセロは口を手に当てた。表情は青い。彼はすぐにハイチへと電話をかける。数コール鳴ってハイチは出てくれた。


《あいよ》


「一つ、聞いてもいいか? ライアンの手作り――」


《あれは全生物が口にしていい物じゃねぇ》


 料理と言う手前にハイチは言いきってしまったかと思えば、通話を切ってしまった。彼もアイリと同様の考えを持っているようだ。あんな態度、二人含めてキリもメアリーの手料理を口にしたことがあるはず。どうしよう、とセロは自分の発言を取り消したい気分に陥るのであった。


     ◇


 任務前日、セロがサロンでジュースを飲みながらゴシップ雑誌を眺めていると、メアリーがやって来た。


「ヴェフェハルさん、ここで読書ですか?」


「いや、読書というか、任務前の息抜きだよ。これ、雑誌だし」


「ああ、ヴェフェハルさん任務ばかりでお忙しいですもんね」


 柔らかく笑うメアリーの手には半透明のタッパーが持たれていた。僅かながら窺える中身は黒に近い色をした何かである。


「それは?」


「ああ、これは明日の任務が終わったならば、みんなで食べようと思って焼き菓子を作っていたんです。女子寮の調理場が使えなくて、こっちの調理場をお借りしたんですよ」


「へぇ、料理得意なんだ。俺、食べることが好きだから、あっという間に平らげるよ」


「ふふっ。そう言っていただけると、作った甲斐があります。デベッガ君もアイリも甘い物が好きですし」


「おお、ハルマチと俺の共通点発見。俺も甘い物好きだな。というか、みんな好きじゃないか? ライアンだってそうだろ?」


「そうですけど。私は食べるより、食べてくれる人を見るのが好きなので」


 メアリーはどこか照れた様子だった。そんな彼女を見てセロは可愛らしいな、と心が洗われる。だが、すぐにそんな考えを飛ばす。相手は王族の姫君である。好きになるなんて言語道断。しかも、それが公に知られてしまったならば、大抵の場合ばかにされるがオチである。彼が頭を振っていると、メアリーは悲しそうな表情を見せてきた。


「でも、みんなって小食なんですかね? 一つ二つでお腹いっぱいになるみたいで」


「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、俺は食べることは大の得意だから。二人が手をつける前に食べてしまうかもだし、そのタッパーの大きさならそれの十倍は食べられるぜ」


「そうなんですか? じゃあ、もっとたくさん作っておかないと!」


 メアリーはセロにお礼を言うと、その場をあとにする。そんな彼女を彼は姿が見えなくなるまで見送っていた。


     ◇


「数が少なければいいんだけど」


 メアリーを信じたいのだが――アイリとハイチのあの発言には信じざるを得ない状況である。昨日あったこと、彼女に報告するべきか。いや、黙っていたらあとが面倒だろう。言うべきだ。


「は、ハルマチ、その、あのライアンの手料理……」


「なんですか」


 これに関しては反応を見せてくれるアイリ。ああ、もうこれは絶対に言うべきだ。セロは昨日の出来事を包み隠さず話した。すると、どうだろうか。彼女はどこにもつながっていない連絡通信端末機に向かって喚く。


「嘘でしょ、嘘でしょ! 嘘だと言ってくださいよ、ヴェフェハル先輩!」


 このような形で初めて自身の名前を言われるのは悲しく感じた。もちろん嬉しくもない。


「す、すまない。あの色的にコゲだと思わなかったんだ」


「コゲで済んだら、全生物の胃袋は砲弾すらも跳ね返しますよ!?」


「それは物理的に!?」


 どうもコゲではないらしい。コゲ独特の苦みはあるのだが、それに加えてこれが焼き菓子かとツッコミを入れたくなるほどの味がするとのこと。もっとも、言葉で表すのは厳しい。


「ど、どうするの?」


「いや、ヴェフェハル先輩が責任を持って全部食べてくださいよ」


「危険物だと知っているのに!?」


「先輩がメアリーを唆すようなことを言ったのが原因でしょ? だからです」


「人聞き悪いこと言うなよ。ていうか、知らねぇよ。王族が料理下手だってこと!」


「いや、逆にですよ? 王族は身の回りのことのほとんどを召使いにさせているならば、想像はつきますよね」


「そもそも考えたことないからな?」


 セロは昨日のことをもう一度思い返しながらも頭を抱えた。確かに自分は食べることは好きだ。だが、自分は不味い食べ物は好んで食べるほどできた人間ではない。キリもアイリもきっとそうだ。いくら王族が作った物であろうが、それが最初から不味いと認識できるならば、逃げる口実を探すに違いない。


「でも、あなたが食べなくても、デベッガ君ならば一口でもなんとか食べようとするでしょ」


「……え?」


「そこがあなたと彼の違いです。デベッガ君は不味いと思うことを隠して食べようとする人です」


 あまり気にしていなかったことだが、キリは『戦力外』と呼ばれる学徒隊員である。彼に関する噂はセロにも届いていた。それでも気に留めることはなかった。勝手に脱落していくと思っていたから。しかし、彼は脱落などしていない。これも噂でしか聞かないが、実技で他の生徒の足を引っ張ろうが、演習実習で死にかけようが――諦めない。その精神でここまできたのだろう。


「いい人だと思いません?」


 アイリはもう仏頂面を見せなくなっていた。初めて対等にしゃべっていると実感する。


「……ハルマチってさ、デベッガのこと好きなの?」


「は?」


 だが、すぐに不機嫌な表情を見せてきた。選んだ話題がいけなかったのか、アイリの視線は連絡通信端末機の画面へと移されてしまう。


「とにかくヴェフェハル先輩が大量に注文したことが原因だとデベッガ君に伝えたんで。あと、それらすべて先輩が片付けてくださいね」


 アイリは言うだけ言うと、任務に戻ってしまう。その場に一人セロは空いた口が塞がらないようで戸惑いを隠せなかった。


     ◆


『持ってきた原因判明。ヴェフェハル先輩が戦犯。あのタッパーの十倍は持ってきているみたい』


 アイリからメールの返信が届いた。詳細はわからないが、どうやらセロがメアリーに作ってきてと促したのだろうか。彼女は依頼を断らないような人物である。きっとそうに違いない。という以前にメール内容の『十倍』という単語を見て、鼻水を吹き出しそうになってしまった。


「冗談キツイなぁ」


 一人呟くように嘆いていると、メアリーは顔を覗かせてきた。


「デベッガ君、大丈夫? 顔、青い気がするけど」


 要因はあなたです。だなんて言えやしない。そんなこと言えば、きっとメアリーは傷付くだろう。キリは「なんでもない」と連絡通信端末機を仕舞い込んだ。


「それより、きちんと調査しないと。調査だって立派な任務だし。ここ、国にとって重要な場所だしね」


「そうだね」


 調査を再開しようと、二人は調査用紙にチェック項目を確認していく。すると、メアリーは茂みの奥に小動物がこちらに顔を覗かせていることに気付いた。小首を傾げてつぶらな瞳でこちらを見つめる可愛らしい小動物に、心を奪われた彼女は小さく手を振る。それが何を意味するのかわかっていないのか、再び小首を傾げては耳をぴくぴく動かすのである。可愛い。


「どうしたんだ?」


 メアリーの行動に、キリは彼女の視線の先を見た。途端に緩い表情を見せる。その場にかがみ込んで誘い始めた。


「おいで、おいで」


 初めて見るその表情にメアリーはほんの少しだけ引いたことに関してはここだけの話である。


「デベッガ君って、小動物好きなの?」


 目にも止まらぬ速さで小動物を捕まえて抱っこしているキリにメアリーは表情を引きつらせていた。優しく頭をなでる。そして、頬ずりを見せつけるその精神。どうも彼は本当に小動物が好きらしい。


「時間さえあれば、いつまでもこうしていられるぞ!」


「そ、そう」


 別にキャラ性崩壊が悪いとは言わないが、まさか自身が思いを寄せている相手がこのような行動をするとは。メアリーは変なものを見てしまったとでも思っているのか、視線を合わせようとは思わなかった。


「くぅ! もふもふがたまらねぇ!」


 小動物にストレスが溜まるほど、なで回し過ぎたのか、キリの腕の下から逃げるようにして飛び降りた。そして小動物はその場を駆け去って行ってしまう。


「ああ……」


 とても残念そうに項垂れる。そんな普段のキリとのギャップを見て、メアリーは面白い人だなと受け入れていた。


「そんなに落ち込まないで。調査していたらまた会えるよ」


 キリを元気付けようとしてくれているのか。メアリーの方をキリが振り返る。途端に目を大きく見開いて、彼女の奥を見ているではないか。メアリーは彼の視線の先を目で追おうとするも、僅かな不快臭が彼女の鼻を突き貫けた。これは――!


「危ない!」


 その言葉と共に、キリはメアリーを自分の方へと引き寄せた。僅かながら彼の腕に傷ができる。それでもキリは彼女を守らんとして、悪臭の根源の前へと躍り出た。


「お前はっ!」


 彼らの目の前に現れた者、地下博奕闘技場にいた半異形生命体の腕なしであった。


「ライアン、急いでヴェフェハルさんに連絡を!」


「う、うん!」


 キリの言う通りに、セロたちに連絡を入れようとする。だが、応援を呼ばせる気がないのか、腕なしは一瞬にしてメアリーに近付いた。


「させるかっ!」


 護身用として持ってきた携帯小型銃を取り出して、その銃身で殴りつけようとする。その攻撃は読まれ、反撃を受け、地面に転がり込んだ。銃は先ほどの衝撃でどこかに飛んでいってしまった。


 メアリーが危ない。


――ああ、こんなときに――!


 あの歯車の剣が使えたならば、とキリはメアリーを助けたい一心で強く願う。アイリは言った。強く願えば自分に応えてくれると。信じていた。友人ガズトロキルスや彼女を助けたいと願っていたら扱えたから。しかしながら、現実はそう甘くはないようである。


――どうして?


 歯車はこの願いに応えてくれない。あの綺麗に光ることすらもない。ただキリの手元に錆びついたそれが転がっているだけ。


「願っているんだよ……!」


 腕なしはメアリーに目をつけている。彼女は腰が抜けて立てない状況であった。


「お願いだ!」


――俺の言うことを聞け!


 しつこいくらい願っているのに、うんともすんとも言わない。これが非常に腹立たしかった。


「ライアンを助けたいんだよ!」


 いくら願おうが、自分に応えてくれない歯車に苛立ちを覚えたキリ。それを腕なしへと投げつけた。何かがこちらへと飛んでくる。腕なしはそれを弾き手を鳴らすと――黒い手袋をしていた普通の人間の手に見えていたその手は、鋭く尖った真っ黒なバケモノの手へと変貌させた。


――あ。


 キリの思考が回るよりも、腕なしの方が素早く動いた。その人でなしの手は彼の腹を突き破る。


――う、あ。


「いやぁああああああ!?」


 涙ぐむメアリーの悲痛の叫び声が周辺に響き渡るのだった。


     ◆


 どこもかしこも草木が生い茂っているばかりで特に変わった変化もない。そう考えていたセロの耳に鳥たちが羽ばたく音が聞こえた。鳥たちは一斉に空へと飛び立つ。何やらこの周辺一帯の空気が変わったようである。


 セロの動きにはアイリも気付いていた。様子を窺うようにして横目で見る。彼は辺りを見渡している。


「ハルマチ」


 何をしているのだろうか。そう思っていた矢先に、呼びかけられた。しどろもどろながらも返事をする。


「今、何か聞こえなかったか?」


「いえ?」


 強いて言うならば、鳥たちが大騒ぎしながら飛び去って行ったことぐらいか。


「ならいいけど、周りを警戒していてくれ。もしかしたら、凶暴な野生動物がいるのかもしれない」


「はぁ」


 それはそれで厄介だな、と思ったそのときだった。セロの連絡通信端末機に着信がかかる。それに肩を強張らせる二人は自分たちに危害がないとわかると、胸をなで下ろした。着信相手はメアリーのようだ。なんだろうか、と愁眉を見せながら、彼は電話に出た。雑音しか聞こえない。


「ライアン?」


 こちらから呼びかけるも、応答なし。やはり雑音しか聞こえない。電波の調子でも悪いのか?


「おい、ライアン!?」


 返事がないのが怖い。


「デベッガ!? 二人ともそっちにいるのか!?」


 しばらくの間、雑音だけが、僅かながらも微かに声が聞こえた。


《……や――た……》


 やっとの思いで女の子の声が聞こえてきたかと思えば、通話が途切れてしまう。セロは電波の状況を確認した。こんな山奥なのに電波の状況は全く悪くないようだった。


「大丈夫ですか?」


 二人絡みのことだからだろうか、アイリは心配そうな顔付きでいる。


「わからない」


 今度はこちらから電話をかけてみた。全くつながらない。どうなっているんだ? まさか、東区域は電波状況が非常に悪いのか?


「気になるな」


 それはもちろんアイリもだ。彼女は東区域であろうその場所の方向を見た。


――なんでだよっ!


 一瞬だけ頭の中にキリの怒りの言葉が飛び込んできた。そのときに浮かんだ彼の表情はただ単に怒っているのではなく、苦痛に満ちたもの。とても嫌な予感がした。それでも何がどうなろうと、キリにはあれがあるのだ。問題はない――ないのか?


 不安要素が胸に積もり積もってくる。キリが怒鳴っていたのは歯車が思い通りにいかなかったのでは? ということはだ。あの歯車の霊剣を使わざる状況に陥るが、使えない状況であるということ。


「それ、は……」


 五感を研ぎ澄ました。だが、アイリはそのようなことをしても意味はない。と、本人も十分知っている。


「ハルマチ、俺は二人の様子を見てくるから、先に車の中で待機していてくれ」


 セロはアイリのそれだけ言い残すと、東区域の方へと走り去って行ってしまった。その場に残された彼女は「はぁ」と小さく呟く。


「これはちょっと面倒かもなぁ」


 誰も聞いていない独り言。周りを見渡したアイリは山地一帯の入り口にある軍用装甲車の方向ではなく、セロのあとを追うようにして東区域の方へと向かうのだった。


     ◆


――どうなっている?


 目線の先は緑色。草だ。いや、赤い色の物も混じっている。これは?


「嫌だ」


 恐怖心を煽るようなか細い声が耳に入ってくる。誰が言っているのか気になるのだが、体が動かない。指先一本すらも動かない。本当にどうなっているのだろうか。


「デベッガ君」


 誰かに呼ばれた気がした。返事をしてあげたい。けれども声が出ない。息をするだけでも精いっぱいである。


「助けて」


 その誰かは自分に助けを求めているようだ。助けてあげたい。だって――怯えているし、泣いているんだもの。反応してあげなきゃ。助けてあげなきゃ。このままじゃ、このままじゃ――。


――死にたくない。


     ◆


 腰が抜けて力が入らない。目先にいるのは人のようで人ではない人だった。異形生命体は異臭がする。その人の姿をした恐ろしい者からは微かに腐敗臭がしていた。いや、彼自身というより彼の手からである。とすると、この者は人ではなく、人の姿をした異形生命体であるということになる。


 恐ろしい。


 メアリーは休日の町を思い出す。反政府軍団ないし、異形生命体は自分たち王族を悪と見なして殺そうとしている。目の前にいる者だってあのバケモノだ。間違いなく自分を殺す気である。さらには最悪な状況での遭遇だ。周りに人などいない立ち入り禁止区域。以前に助けてもらったキリは――無事でいて欲しい。


「嫌だ」


 キリの方を見た。彼は全く動く気配はない。青色の実技用制服と地面に生えている草の色とは対照的に、真っ赤に染め上げられていた。自分は死にたくないが、キリも死なないで欲しい。


――この状況、どうすればいいの?


 腕なしは鋭く尖った真っ黒な手を振りかざした。ああ、もうダメだ、とメアリーは諦めるしか何もできない。


「デベッガ君、ごめんなさい」


 メアリーが頬に一筋の涙を流したと同時に、黒い手を振り落とすが、鋭い金属音が鳴り響いた。その音を見る彼女は涙を流しながら、大きなまん丸の目を更に丸くしていた。


――彼は――。


「ライアンが謝る必要なんて何もない!」


 制服を真っ赤に染め上げてもなお、諦めぬその精神だけでメアリーを守りに来た者――キリがその攻撃を受け止めていた。攻撃を受け止めているのは助けられたときと同様に光り輝く剣である。不思議とその剣は魅了されるほど美しかった。


 何かしらの危険を察知した腕なしはすぐにキリから離れた。歯車の霊剣を目にして警戒心が強いのか、威圧ある雰囲気が更に増したようである。


「腕なし、なぜにここにいる?」


 キリは一番気になることを訊ねるが、何も答えない。答えてくれない。彼の行動を警戒しているばかりで話にならないようだった。


 自分の最悪な未来は書き変えた。次は――腕なしがここにいなかった事実を書き変えなければ。キリは歯車の霊剣を握り直して刃先を腕なしに向けつつ、身構えた。


 一瞬が一時間以上経ってしまったような気がして、一足先にキリが動いた。大きく踏み込んで、腕なしへ拝み打ちをする。すぐさま上へと回避をした。その衝動で、彼の脳天目掛けて腐臭の腕を振り落とす。


「ぎっ」


 キリの頭から鮮血が迸る。その光景を目に入れてしまったメアリーは言葉が詰まった。


――嘘っ!?


「まだまだぁ!」


 一秒にも満たない瞬き直後に、キリは動いていた。最初から攻撃なんて受けていない。その素早い動きで、その霊剣で一閃をする。今度は腕なしの首から血があふれ出た。


 人じゃないから――それだからか、すぐに腕なしの傷は収束していき、完全に復活してしまった。


 今度は同時に双方とも攻撃を繰り出そうとする。その黒い腕と錆びた歯車の剣先が当たる寸前。そこで腕なしは何かに気付いたようにして、距離を取った。大きく空振りしたキリは勢い余って転びそうになる。


「なっ!」


 こちらの方をじっと仮面越しに見据える腕なし。その場から逃げ出してしまった。歯車の剣は元の大きさに戻る。これにメアリーは驚きを隠せない。


「あいつ……」


「ここにいたんだ」


 腕なしがいたところとは正反対の場所からアイリが現れた。手には連絡通信端末機が握られている。どうやら自分たちの緊急事態に気付いてくれたらしい。


「は、ハルマチ! ヴェフェハルさんは!?」


「あれぇ? こっちに来ていない?」


 アイリは周りを見渡しながら、メアリーに手を差し伸べた。メアリーは立ち上がろうとするが、まだ腰が抜けているのか立てない状況に。


「ごめんなさい」


「いやいや、謝らなくていいよ。何があった?」


 おそらく、メアリーからは上手く話せないだろう。そう見込み、アイリはキリの方を見た。彼は腕なしが逃げた方向を見た。


「ここで腕なしが現れた」


 アイリにはすべてを話さない。特に歯車の霊剣については絶対に話さなかった。理由はここにメアリーがいるから。彼女を巻き込みたくはないし、上手く使いこなせていないと不評を食らいそうだったからだ。だから曖昧に答えた。


「そう」


 意外にもアイリは納得した様子で頷いた。この状況に文句を言わないのだろうか。それはありがたい話である。


「あいつに会ったんだ」


「でも、逃げられた」


 なぜに半端に放り出して腕なしは逃げたのだろうか。こちらを見て怯えていた? 逃げ出したあとにアイリはやって来た。


――ハルマチを恐れていた?


 まさかとは思いたい。が、ありえなくもない話かもしれない。


「ねぇ、話はあとで聞くから、ひとまずここを離れようよ。この区域にあいつがいるなら、ディースたちがいることだって考えられる」


「そうだな」


 キリはアイリの意見に同意すると、メアリーをお姫様抱っこする。これには彼女はとても恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「で、デベッガ君!? わ、私!?」


「いや、ライアンは腰が抜けているだろ? とりあえず、入り口まで運ぶよ」


「わぁ、意外に力持ちぃ」


 まさに他人事の面持ちでアイリはキリをからかう。そんな彼女を彼は睨んだ。


「失礼な」


 アイリが逃げるように一足先へと走っていると、前の茂みが大きく動いた。これに三人は硬直する。誰か来る? メアリーは腰が抜けている、キリはそんな彼女を抱いている。今、勝手な身動きが取れるのはアイリだけ。彼女は腰に提げていた携帯小型銃を抜き取り、音がする方へと銃口を向けた。


「出てこい」


 腕なしだったらどうしよう。音がする方へと、自身の薄い青い目で睨みつけた。音は大きくなったかと思えば、そこの茂みから現れたのは泥塗れのセロだった。


「ヴェフェハルさん!?」


 極度の緊張によるのか、キリ自身も腰が抜けたようで――メアリーを抱っこしたままその場に座り込んだ。


「お前たち、無事か!? ってなんでハルマチが!?」


「いや、道に迷って二人と合流しました」


 絶対に嘘だとキリは確信している。しかし、セロは納得している。そうかと呟きながらも三人の様子を見て安心はしない。なぜって、キリを見て不審そうにしているから。


「デベッガ、それ……」


 もしかして、服の血だろうか? なんだかメアリーも不安そうな表情を見せている。彼女に今件のことについて歯車の剣を見せてしまったが、誤魔化せるものか?


「……ひ、人型の異形生命体が現れまして、そいつの返り血です」


 キリのその説明にメアリーは納得がいかなかった。今日見たあの彼の血は? 血塗れて死にかけていた彼は? まさか、これらすべて鮮明に覚えているものが幻なわけあるまい。いや、でもキリが死にかけている状態ならば、こうして抱っこされることはないだろう。――否、できるはずがない。やはりあれは幻なのか。


「の、割には疲れが見えているぞ。ライアンは俺が連れて行こう。着いてこれるか?」


「はい」


 セロはキリとは対照的にメアリーを軽々しく持ち上げると、区域の出口の方へと先頭に向かう。そのあとを二人が追う形で任務は中断となってしまった。


     ◆


「すみません、ヴェフェハルさん」


 メアリーは申し訳なさそうな表情をしてセロに詫びを入れた。だが、彼はお構いなしに「大丈夫」と笑顔を見せた。


「怖い思いをさせてしまったみたいだが、あのバケモノが現れたって本当か?」


 セロは横目で着いてくるキリを見た。彼の服に付着した血はどう考えても、どう見ても返り血のようには見えなかったから。所々服は破れているし、その破れ方も木の枝に引っかかった程度のものには見えない。彼の問いかけにメアリーは頷いた。


「……デベッガ君に助けてもらいました」


 今一度、キリに助けてもらったときを思い出した。彼の後ろ姿しか見ることができなかったが、それはメアリーにとって勇姿に見えたのだ。彼こそ自身のヒーロー。思い出しながら彼女は口元が緩んだ。そのメアリーの表情にセロは嫉妬してしまう。


――お菓子!


 そう言えば、とセロは思い出した。


「ライアン、昨日にお菓子を作ってくるって言っていたよな? あれ、みんなで食べようぜ」


 メアリーにいいところを見せよう。思いきった言動だった。事前にあの二人とハイチから確認済みではあるが、ここでキリができそうにない彼女の手作りお菓子をすべて食べきることが英雄だと考えていた。きっと、彼女も嬉しく思うに違いないだろう。


「そうですね」


――デベッガよ、俺はお前に勝ってやるぞ。


 そう意気込んでいたのだが――。


 軍用装甲車の方へと戻り、荷物の確認をしていると、メアリーは固まった。


「あれ?」


 覚悟を決めていたセロは気付いた。それはキリもアイリもである。


「どうしたんだ?」


「お菓子が、タッパーごと消えてなくなってる」


 悲しそうに呟くメアリーにキリとアイリは彼女に見えないようにガッツポーズをした。もちろんセロも内心は大喜びである。


「まあ、まあ。入れ忘れたんじゃないのか?」


「そんなことないです! きちんと朝も確認して入れたはずなのに……まさか、異形生命体が!?」


 メアリーは装甲車内をくまなく調べ始めた。そんな必死な彼女を見て、キリはアイリの方を見た。


「本当は、ハルマチが隠したとか?」


「そんなひどいことしないよ。人の物を盗って隠すなんて」


「いや、前にハイチさんの情報を売ったって言っていたから」


「あぁ、あれ……」


 アイリが軽く笑ったかと思えば、急に真顔になった。その表情にキリは顔を強張らせる。


「情報で思い出したけどさぁ。腕なしが逃げた、じゃなくてきみは腕なしを逃がしたんじゃないの?」



「……ひ、人聞き悪いこと言うなよ。確かにあいつは逃げて行った。これだけは間違いない」


「その言い方からすると、嘘ついているね?」


 あちらの方が一枚上手だったようである。上手く誘導させられてしまった気分だった。


「きみはあいつが現れて逃げたって言っていた。きみの方が隠しているんじゃないの? 証拠がその血とでも言えるよ? それ、本当はきみの血だよねぇ?」


 その吸い込まれそうな大きな黒い目にずっと見つめられたくはなかった。キリにとってアイリのその目が一番怖いと思う部分でもあるからだ。隠しきれないと覚ったキリは上手く歯車の霊剣にならなかったことと、攻撃を与えることはできたがすぐに回復されてしまったことを話した。


「ふぅん」


 アイリの反応はそれだけ。それでも、絶対に何か言ってきそうだった。


「それに何を願った?」


「……ライアンを助けたい」


「最終的に何を願った?」


「そりゃ、ライアンを助けたいだよ」


 キリの返答にアイリは鼻で一蹴してきた。それに彼はムッとした表情を見せる。


「お前が強く願えって言うから――」


「やっぱり、嘘つきだ」


 そう言うアイリは笑っていた。笑われたキリは「はあ?」と片眉を上げる。おかしいことは一切ないのに。そんな彼に彼女は「あのねぇ」と指差してきた。


「きみの願いに答えるのは、他人のための物じゃないから」


「でも、実際にそう思って、ようやく剣になったんだぞ」


「それこそ建前と本音だよ」


 キリは言葉が詰まった。メアリーを助けたいと願っていたのは建前だった? そんなの信じがたかった。


「思い返してごらん? きみはメアリーを助けたいとそれにお願いした。もちろん強くね。なった?」


 否定の証に彼は首を横に振る。アイリは「ほらね」と確定張りに肩を竦めた。


「さぁ、それじゃあ、ゆっくり思い出してみようか。腕なしが現れました。きみは何をした?」


「ライアンを庇った」


「それで?」


「ライアンから離れてしまった。歯車に助けたいって願った。でも、ならなかった。ムカついたから、そのままあいつに投げつけた」


「それから?」


「それから。それから……」


 キリは服の腹の部分に触れた。制服は破れていて、周りは乾いた血がついている。


「それから?」


「ライアンが死ぬんじゃないかって、怖かった」


「一番怖かったのは?」


「……死ぬこと」


「誰が?」


 言おうとするが、言えない。上手くアイリの目を見て言えない。答えるだけなのに震える。自分は何かに怯えているようだった。


――何をそんなに恐れている?


 答えるだけ、答えるだけなのに。一言だけなのにそれが言えない。アイリは答えが出るのを待っている。


「ねぇ、誰が?」


 もう一度問い質してくる。それでもキリの口から答えが出そうになかった。そんな彼に、痺れを切らしたアイリは若干苛立ちながらも訊いてきた。


「もう一度聞くけど、誰が死ぬことが怖いの? メアリーじゃないでしょ?」


 キリは小さく頷く。だが、その先が言えなかった。


「じれったいなぁ。きみは事実でも否定をしたいの?」


 声には出さないが、キリは首を横に振った。


――答え、わかっているのにな。


「……口に出すことでさえも恐れるって、相当な強欲だよね。きみは」


 もう自分からの答えは聞かないつもりなのか、アイリがキリの評価をしてきた。悔しいが否定はできない。彼女には自分のすべてを見透かされている気がして、いくら誤魔化そうにも、黙る他何も思いつきそうにないのだ。


「逆に聞くけど、ハルマチはどうなの?」


「意外にもご都合主義? まあ、いいけど。そうだねぇ、あたしは……自分が死ねるなら大歓迎」


「え……」


 どういう意味だと問おうとするも、装甲車の方にいるセロから呼び出しがかかる。それにアイリは逃げるようにして、そちらの方へと走って行ってしまった。


――ハルマチは死にたがっているのか?


 どう考えても、そんな解釈しか考えられない。まさかとは思うが――以前に発言していた『しにん』とは思いつく通りの『死人』として捉えるのだろうか。死にたがっている人間は自らを死者と見て、死を強く願っているのか?


 アイリの背中を眺めるキリの真後ろからは不気味な追い風が吹く。まるで、余計な詮索はするなと言っているようだった。


「……望むのは死、か」


     ◆


 後日、セロはエドワードに呼び出された。窓から差し込む光だけの明かりのせいで、部屋全体はあまり明るくは感じられなかった。


「先日の任務の件、大変だったようだね」


「予想外の出来事が起きてしまったので姫様を守るべく、中断すべきだと判断致しました」


「うん、賢明な判断だと言えるね。ところで、ハルマチ隊員の状況を教えてもらおうか」


「彼女自身、俺に警戒をしている節が多いようです。もしかしすると、この案件は漏れている可能性があります」


 アイリには情報屋とのつながりがあることは承知していた。もしかしすると、彼女はセロが行っている任務の情報を仕入れている可能性だってあるのだ。


「ならば、任務調査は本軍が行い、こちらの特定人物調査は続行とする。きみは彼女について何かわかり次第、随時私に報告をくれるとありがたい」


「わかりました。あの、あとからデベッガに聞いた話なんですが、彼は以前潜入調査をしたときの異形生命体と遭遇らしいんです」


「ああ。報告は受けているよ。確か、きみもだったよね? 博奕闘技場の制圧戦に赴いたのも」


「はい。報告に挙げられていた人型の異形生命体は見なかったので」


「今度は武器持ち込みが厄介な場所に現れたか」


 エドワードは苦痛の表情を浮かべた。


「いくら一国の姫君だとしても、ここに在籍している限りは定期的に任務を与えなければならないのが困ったものだ」


「……それならば、彼女の任務に関しては俺が一緒にしましょう。俺が必ずこの命に代えて守り抜きましょう」


「首席のきみなら心強いね。よし、お願いしよう」


 それからしばらくの質疑応答を終えたセロはエドワードの部屋を出た。廊下を歩いていると、ポケットに手を突っ込んでだらけた様子で歩くハイチの姿を見た。


「ハイチ」


「あ? ああ、セロか。また新しい任務かよ」


「いいや、報告だ」


「そうか。あっ、結局さ、ライアンのお菓子、どうなった?」


 ハイチは周りにメアリーや彼女に仕える貴族がいないことを確認して、訊ねた。


「食べなかった。というより、なくなっていたんだ」


「は?」


 当然の反応を見せるハイチにセロは言葉を続けた。


「タッパーに入れて持ってきたらしいんだ。でも、どこを探しても、車の中を探しても見つからなかったんだ。だから彼女の手料理はお預けになってしまった」


 どこか残念そうな声音で言うが、ハイチはよかったなと同情を見せた。


「誰もいないところで食うのは勇気や度胸がかなりいるぜ。なんせ、気分が悪くても医者を呼び出せねぇし」


「いいのか、悪いのか……」


「んー、まぁ。俺としてはもっと上手くなって、デベッガの胃袋を掴んで欲しいもんだな」


 ハイチのその発言に、セロの目付きは大きく変わった。冗談ではない、と言いたげである。


「ちょっと待て、どういうこと?」


 任務のときからなんとなく雰囲気では察知していたが。確信的ではないから何も考えていなかったが、彼のその物言いは――。


「あ? 知らねぇのか? ライアンってあいつのことが――」


 それ以上は言わせない、とセロはハイチの口を塞いだ。そして、勢いをつけてキリのいる教室へと踊り込む。その教室にいた者全員が目を丸くしてドアに注目をしていた。


「デベッガ!」


 セロに呼ばれて硬直していたキリは周りを見渡しながら自身を指差した。


「布告だ! 俺はお前に絶対負けないからな!」


 それだけを言い残し、セロは教室の扉を閉めて行ってしまった。


 ぽかんと開いた口が塞がらない状況の教室の者たち。それはキリも同様で困惑していると、ガズトロキルスが「なあ」と話しかけてくる。


「キリってさ、意外にも強い人に人気があるんだな。羨ましいな。また戦いを申し込んできたぞ」


「羨むな、ばか!」


 冗談ではない。キリの悲痛の叫びは教室中にこだましていた。

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