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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第四章 哀れな愚か者の末路
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本物

「バイトをするならもっと楽で大金を稼げるようなところはないかなぁ」


 アイリはキーボードを叩きながら愚痴を言った。その発言を耳に傾けながらもキリは眉根をひそめる。周囲を見た。いつウノがその話を聞くのかと、ひやひやとする。音量落とせ。愚痴が駄目ではないから。小さな声で言えよ。


「そりゃ、情報屋ならお金は稼げるけどさぁ。ないかな、寝ているだけでバイト代が入るの」


「祈って金が降ってくるなら誰だってそうしているだろうよ」


 ついに聞かれてしまった。ウノはアイリの頭上に追加の資料を乗せてくる。それを彼女は平然と受け取りながらテーブルの上に置いた。キーボードから手を離し、頬杖をつく。


「本当、世の中って理不尽ですよねぇ。富豪層から貧困層。あぁ、いくつもの手があっても金が稼げなければ意味はない。キリもそう思わない?」


「……でも、少なくても働いて金もらえるならいいじゃん」


 どちらにもフォローしようがないのか、キリにとって言えることはその言葉だけだった。


「綺麗事並べられても割に合わない仕事だったら無駄じゃん」


「ほう、これでも給料は高い方だと思うんだけどな。そんなに退屈ならば、情報収集でも行ってもらおうか」


「これじゃダメですか」


 チラチラとアイリが見せるのは未来のコンパスである。これで視える未来を教えるとでも言うらしい。だが、それをウノは却下した。


「お前のそれって、見えないやつもあるじゃねぇか。今回のはこの国と旧灰の帝国の国境沿い付近の現状を調べてくるんだよ」


「何それ、そっちの方が給料に割り合わないじゃないですか!?」


 冗談じゃないと言い張るアイリではあるが、ウノは話を無視してキリに資料の入った封筒を渡した。行くことは決定付けられているらしい。


「大体一週間ぐらい調査してから俺のところに連絡を寄越してくれたらいいから」


「は、はい」


 早速封筒の中身を見て、資料の確認をする。そこに書かれていたミッションの概要などを見るキリをよそに、アイリは片眉を上げた。


「ていうか、一週間も見張らなきゃならないんですか?」


「当たり前だ。一日で現状が変わることだってあるんだからよ」


「そんな、宿泊費だってばかにならないですよっ!」


「なんだよ。キイが王国側から報酬をもらっていただろうが。あれ使えよ」


「あれだけじゃ足りないっスよ! きっと!」


 元より現在の王国は経済が回復してきているとは言え、まだインフレーション気味にあるので物価が高い。それ故に宿泊経費を寄越せとアイリが頬を膨らまかせていると、キリが彼女に向かって「大丈夫だよ」と言った。大丈夫だって? 大丈夫じゃないよ! 一週間だよ、一週間!


「近くの宿屋を見ればわかるほど宿代高いじゃん」


「いや、そうじゃなくて。ウノさんが頼んだところって俺の故郷のところら辺だから、俺んちに泊まればいいんだよ」


     ◆


 公共機関に揺れ揺らされて二人がやって来た場所はキリの故郷の村の隣にある労働者の町のターミナルだった。独特な金属のようなにおいがするこの場所は家が近い場所であるらしい。


 アイリは時刻表を見ながら「嘘ぉ」と驚きを隠せない表情をしていた。


「今日の便、もうないの?」


 そう、アイリが眺めていた時刻表には朝の便と夕方の便しかないのである。キリから借りた連絡通信端末機で地図を調べた。ここから五十キロ。更に山道と合わさったあかつきには諦めることも必要なんだな、とため息が出る。


「予定より遅く着いちゃったな。しょうがない。アイリ、今日はここの宿屋に泊まろうか」


「別にいいけど……ん?」


 ふと、気付いたキリの端末機の未送信履歴。一件ある。


「キリ、どこかメール送っていないの?」


 端末機をキリに返しながらそう訊ねた。それに彼は思い出したように「ああ」と言う。


「昨日、家にメールを送ったんだけど送れてなかったから」


「そうなんだ」


「うん。向こうってさ、電波状況が悪いんみたいなんだよね。……うん、今も送れてない」


『メールが送信されませんでした』


 いつものことだから、とキリは言う。何も問題はないらしい。


「帰ってくるときも何も言われないから平気だよ」


「ふぅーん」


     ◆


 近くの安い宿の方へと借りに行こうと、二人が宿屋内へと入ると――。


「あれ、二人とも?」


 奇遇ながらもハイネとセロとワイアットに会った。これに両者とも驚きの顔を隠せないでいた。まさか、ここに来ていようとは。


「どうも、お久しぶりです」


「びっくりした。こっちに遊びに来ていたの?」


 ゴシップ・アドバイザーのアルバイトです、とは言えない。キリはどう答えようか迷っていると、アイリが「そうです」と誤魔化した。


「ちょうどよかったです。ハイネ先輩、一緒の部屋に泊まりましょうよ」


「いいよ」


「じゃあ、デベッガは俺たちのところだな」


「そうですね……」


 それよりもハイネたちはなぜにこの町に来ているのか、とキリが訊ねるとセロが答えてくれた。


「俺たち旧灰の帝国の方に行くんだよ。なっ」


「うん、そう。アイリちゃんたちと同じ『遊び』に行くになるのかな?」


 三人も本当の目的については黙る。なぜかというと、アイリがいるからである。彼女は半年以上もハイチと共に過ごしていた。その理由も多くは語られていない。もしも、自分たちの目的を知ってしまったならば? どんな行動を取るのかわからないからなのだ。


 ハイネはキリの方を一瞥した。


 何よりアイリはとんでもない兵を従えている。二人は『遊び』に来ているわけではない。別の『何か』を達成するために来ているに違いない。その『何か』は察している。別にそのことについて言及しないのだが、自分たちの考えが覚られてしまっては止められるがオチだ。


 アイリはハイチがああなってしまった原因を何かしら知っている。だから、今はまだ――。


「そうだ、二人とも夕食がまだなら、一緒に食べに行かない?」


 お友達としての素振りを見せておこう。


     ◆


「うん、美味しいですね」


 大衆食堂にて、ワイアットが口にした物に高評価を与えた。確かに食べてみれば悪くはない味。良くも悪くもまさしく大衆食堂という名に相応しい味であった。


「珍しいな」


 このような場所でワイアットがそう言ったことに驚きを隠せないのはキリである。彼は貴族なのだから、こういうところはあまり好まないと思っていたのだが――。


「慣れですよ、慣れ。赤も黒も滞在していたときは同じような物ばかり食べていたので」


 正直な話、貴族時代に食べていた物よりこちらの方が好みであると告白をした。


「同じような物ってどんなの? あの歯にくっつくような携帯食料?」


「そうです。美味しいというよりも甘いという言葉が似合うやつです。あれ? ハルマチさんも食べたんですか?」


「食べたよ。いやぁ、あっちの国の料理は総じて不味かった」


「そう言えば、デベッガは白の公国の方に行ったんだろ? 肉料理は美味しかったか?」


「いえ、食べていないんですよ。お金が足りないから」


 もっとも、ガズトロキルスの食費がかさみ過ぎてワイアットとアイリが話しているような物ばかりしか食べていないと語った。


「やっぱりガズ君?」


 流石はハイネ。かつては飲食街でガズトロキルスと共に働いていただけのことはある。さらりと見透かされているようだ。それもあってが、理由を把握した一同は納得してくれた。


「ガズ君って結構食べますよね」


「ね、なんと言うか食べ方がバキュームみたいな」


「あぁ、見たことあるからわかります。わかります」


 まだ物足りないな。追加注文しようかな、とセロがメニュー表を眺めているとワイアットが「ヴェフェハルさん」と何かを思い出したように訊ねてきた。


「前にハイネさんが言っていたんですが……」


【セロも大食いよ】


「普段は食べることに関してはセーブしているとお聞きしたんですが、実際はどれほど食べられるんですか?」


「どれほど。オブリクスみたいにあそこまでは無理にしろ、全品は頑張ったらイケるぞ」


 それでもすごい、とキリは驚いた。大抵の人は半分も食べられるだろうか。だが、自分はそんなに食べれそうにもない。それらの姿を見ただけでもお腹いっぱいになりそうだからである。


「その反面、デベッガさんは少食ですよね?」


 ワイアットはキリの目の前の物を指差した。そこにあるのは肉野菜炒めだけである。一緒に食事をしたことがあるにしても、テーブルが違っていたからわからなかったが、それだけで物足りるのだろうか。自分だって、それともう一品なければ、足りないのに。


「……俺、そんなに食えるわけじゃないから」


 本来は、である。一応気合いだったならば、あのときの調理実習の量は完食できるはず。だが、今はそんなに胃袋に入りそうにない。何だろうか、食欲がないとでも言うべきか。


「でも、もっと食べたらどうだ? 多少の筋トレで筋肉はつくにしても、食べなくてはつかないぞ」


 追加注文でもしてやろうか、と訊いてくるがキリは丁重に断りを見せた。


「いえ、大丈夫です」


「いや、見ているこっちがひもじい気がするから俺が追加で。すいませーん」


「なるほど、もしかしすると大食いが高身長になるヒントにですね! すみませーん、僕も追加注文っ!」


 未だとして高身長になる夢を諦めていないワイアット。なんとなく察しがついたキリは苦笑いをする。


「じゃあ、そういう条件ならハイチさんもそうなんですかね? クランツ教官も」


 いや、マックスならば当然でありそうだ。なんせメアリーの胃袋破壊品(クラッシャー)を平然と食べていた猛者なのだから。


「いや、ハイチは普通だな。前にジュース飲み対決したら俺が勝った。代わりにお袋に怒られたけど」


「えっ、なんでそこでお母さんに?」


「あれだよ。家の店のジュース全部飲んでしまってめちゃくちゃ怒鳴り散らされたんだよ。あっ、俺肉巻きセットと山菜盛り合わせセットください」


「僕も同じのを!」


 セロと同様の物ワイアットも追加注文をする。よく頑張るなぁ、と思っていると――。


「あたしも!」


 アイリまでもが追加注文をする。物足りなかったのか。


「ほらほら、デベッガもたくさん食べないとフォスレターに身長追い越されるぞ」


 肉野菜炒めをマイペースに頬張るキリをセロが急かしてくる。だが、追加注文する気にはならない。言うほど食べたいとは思わないから。だが、そこで反応を見せるのは彼ではなく、なぜかワイアットだった。


「デベッガさん、三回生のときの身長はどれほどでしたか?」


「えっ? いきなりなんだよ」


「いくつでしたか!?」


 答えてくれなければ、解放してくれなさそうな雰囲気。キリは素直に答えてあげた。


「一六八だけど」


「今はっ!?」


 なぜにそんな気迫的になってまで訊こうとするのか。それ以前に学校辞めてしまったことだし、身体測定などしていないから今の身長の数字なんて知らないのだ。キリが知らないと答えると今度は「立ってください!」と席を立たせようとする。


「立てばわかるはずです! 僕よりも少し高めの三回生時のあなたならば、僕との身長の差は今、どれほどあるか!」


「そう言う坊ちゃんは今、いくつよ」


 運ばれてきた肉巻きセットを食べるアイリは野次を入れた。隣で聞いているハイネは微苦笑を浮かべる。


「一六五ですが、それが何か!?」


「なんだ、あたしと一緒か」


 アイリのその反応にワイアットの胸に深く何かが突き刺さった気がした。これがなんであるかはわからない。だが、傷心であることには変わりないだろう。彼はその場で悔やむ。ちくしょうとでも言い張りそうなくらい。


 逆にキリはどう反応していいのやら。わからない。どう声をかけたならば、いいのか。下手に声をかけるとワイアットが傷付けそうである。


「まあ、なんだ。男は知らない内に大きくなっているって」


 見かねたセロが慰めの言葉をかけてくるが、それは彼が言うべきでは――もう遅いか。


「ちくしょぉおおおお!! 店員さぁあん! 追加注文承ってぇええ!!」


 明らかに個人では食べ切れないような量を注文に走ろうとするワイアット。キリがそれを止めようとするのだが、そんなの聞く耳なんてあるはずがない。


「うるさいですっ! うわぁあああ!! どうせこの世は差別的に満ちているんだぁああ!!」


 その謳い文句はただの個々の身長のことである。


     ◆


 翌朝、キリが怪訝そうな表情で宿屋のロビーの方へとやって来た。すでにアイリは荷物もまとめて待っているようだ。


「眠たそうだねぇ」


「フォスレターに散々付きまとわされてな」


「まだやってたの? どんだけ気にしてんの」


 それはこちらが訊きたい、とでも言うようにしてキリはアイリを連れて町のターミナルの方に向かった。そこで、始発の公共機関へと乗り込む。その便には誰もいなかった。二人だけの貸しきり状態である。


「誰も向こうに行かないの?」


「行くなら夕方の便だよ」


「なんで? お祭り?」


「いいや、仕事帰りだよ。ほら」


 窓の外を指差した。そこには大勢の人たちが降りてくる姿が見える。皆一斉に工場の方へと向かっているようだった。


「あれ、全員が村の人?」


「うん、知っている人がいるや。ほら、あの女の人。ヴィンのおばさん」


 人ごみに紛れている一人の女性をキリは指差す。彼女を見てアイリはなるほどと思った。確かにヴィンに似ている。


「それじゃあ、キリのおばさんも紛れているんじゃないの?」


「いいや、母さんはこっちにはいない。村にいるよ」


「そうなんだ」


 二人を乗せた便が出発し始める。先を行く人々を置いていくかのようにして通り過ぎていくのだ。そのとき、キリの連絡通信端末機に一件のメールが入ってきた。送り主はエレノアからだった。


『一週間後にメアリーは帰ってくるから』


 ナイスタイミングだと思った。ちょうどそのときはこのミッションも終わっている頃だから。


「アイリ、ライアンが一週間後に帰ってくるってさ」


「おっ、ちょうどよかったね」


「そうだな」


 端末機をポケットへと仕舞い込む。そんなキリを見て、アイリは窓の外を見た。すでに町から山の中へと入ろうとしている。どれくらいで着くだろうかと物思いに更けていると、到着時刻が記載されていた。現在の時刻から換算して三時間後到着予定らしい。そこまでの田舎道を走るのか、と唖然する。


「遠いねぇ」


「道じゃなくて斜面の方を行ったら短縮できるんだけれどもな」


「いや、言われなくてもわかる。って、こっちに来ている人たち大変じゃない?」


「確か、朝の便だけ、町へ行く方だけはこっちから行くより早いんだよ」


 そうだとしても山道の間にターミナルもなければ、停留所もないというのはどこまでも不便だな、とアイリはびっくりした様子でいた。


 ふと、後ろの窓の方を見た。後ろからは一台の車が追いかけてきており、フロントガラス越しにセロとハイチの姿が見えているではないか。


「ハイネ先輩たちもこっち来ているよ」


「ああ、旧灰の帝国に行くルートと村へ行くルートは途中まで一緒なんだよ。確か、村がちょうど見えた頃に別れ道があったはずだよ」


「そんじゃあ、途中までは一緒か」


 アイリは二人が気付くかな、と手を振ってみた。こちらからでは流石に見えないか。手を振り返してくれない彼らに口を尖らせながらも席に座る。


「三時間かぁ……」


 長いなと一人ぼやくアイリにキリも内心賛同していたのだった。


     ◆


 キリから借りた連絡通信端末機でゲームをするも、それも飽きたアイリは誰もいない車内で足を投げ出した。彼が小声ではしたないぞと言う。


「いやぁ、長過ぎて。長過ぎて。寝てもいいんだけど、机がないから寝づらい」


 その発言はいつも学校の座学授業中では寝ていたな、と察した。


「いやぁ、ガンが作ってくれたゲームも面白いけど、長時間していたら飽きるねぇ」


「そうだな。本当の意味でヒマ潰しだったからなぁ。ていうか、そろそろ着く頃だと思うけど」


 窓の外を見た。そこは草木ばかりに囲まれた山道だけではなく、ちらほらと斜面の下から家が見えてき始めているからだ。アイリはというと、後ろのガラスを見る。後ろから着いてきていたセロたちの車がようやくウインカーを上げたのだ。前の方では二股の道に分かれていた。


「おっ、もうじきだぞ」


 キリがそう言った瞬間――窓の外が急激に赤と黒と灰の色に染まり上がったかと思うと、車体が大きく揺れた。


 何が起きたのかわからず、戸惑いを見せるアイリはキリにしがみつく。あまりの恐怖に目を瞑った。


――何!?


     ◆


 誰かが自分の名前を呼んでいる気がした。いつの間に寝ていたのだろうか。ふと、アイリは目を開けた。視界に映っていたのは愁眉を見せるハイネである。


「アイリちゃん!? 大丈夫!?」


「……先輩?」


 体は、動く。動かせそうだ。ゆっくりと上体を起こした。その光景を見て呆気に捉われる。横転した公共機関の車。黒煙が広がるキリの故郷の村付近。セロとワイアットが救出したその便の運転手。


 煙が上がっているということは爆発が起きた? なぜに?


「何があって?」


「私たちもよくわからないまま、車が拉げちゃって。体が動けるだけマシの状態だよ」


 アイリが気がついたことに、セロが駆け寄ってきた。


「どこか痛むところはないか?」


「特には……」


「デベッガと一緒だっただろう? あいつは?」


 言われてみれば、ともう一度周りを見渡した。キリの姿はどこにもない。ということは、まだ中に取り残されている可能性がある?


「中を見たけど、誰もいなかったから」


「嘘?」


「本当だ。下に潰されているならば、血も見えてくるはずだから」


 それならば、キリはどこにいる? アイリは節々の痛みに堪えて村を見下ろせるところへと足を運ばせた。一面に青々と広がっていたであろう田園は黒色一色。ちらほらと見えていた家からは火の手が上がっているではないか。


「これ……」


 最悪な状況が眼前に広がっている。キリはこれを見たのだろうか。見てどう感じ取ったのだろうか。


【そこにいた人全員殺された。工場を焼き払った。村だって、火に包まれた】


 建国式典に聞かされたキリの嘆き。


 一度は炎に包まれた村が再び包まれたとでも言うのか。誰が、何のために?


【黒の連中は俺たちの村を襲ったんだ】


 まさかとは思いたい。だが、黒の皇国軍は解隊されたはず。現在の黒の共和国の軍は相手に対する存在ではなく、自国を守るがためとして存在しているはずなのに。状況が状況なだけに上手く頭が回らない。


「反軍?」


 ここにきて、反政府軍団の悪足掻きか。いや、彼らがいるならば、異形生命体も必然的に現れるはずだ。


 アイリは村の方へと駆け出した。セロはワイアットとハイネにその場に残っているようにと彼女を追いかける。


――どこだ、どこだ。キリはどこへ行った!?


 村にあるターミナルの方へと走っていると、一人の女性がゆっくりとした足取りでこちらへとやって来ているのが見える。まるで助けを求めているかのようにふらふらとしていた。しかし、アイリはその助けを乞おうとする彼女を素通りしていく。慌てて、セロが倒れそうな女性を支えた。


「ここら辺の人か!?」


「た、助けてください……」


 誰かに会ったことに安堵したのか、女性の足は崩れた。


「何があった? 近くに火薬工場でもあるのか?」


「い、え」


 この周辺に火薬工場はないらしい。それならば、これだけの大量の火薬臭がするのはなぜなのか。反政府軍団でもいるのか。


「誰がやったか、わかるか?」


 その質問に首を横に振った。


「でも、可能性なら……」


 可能性だと? 普段からこの村に恨みでもあるやつがやったとでも? セロがそのことについて訊こうとするが、女性は意識を失ってしまったのか、何の反応を見せなかった。


 村のターミナルの方を見る。そこに掲げられた錆びた看板が燃え盛る村を示すかのようにして佇んでいた。


『ようこそ鬼哭きこくの村へ』


     ◆


「いやぁ、お土産もらったのはいいけれども、どうせならば、家に置いてくればよかったね」


 ヴィンはパンパンに詰まった鞄を背負いながら、黒の共和国と青の王国の国境沿いにある慟哭どうこく山道をケイと共に歩いていた。


「そうだな。だが、こちらの道は前に不法入国した際よりも普通の道だな」


「一応、両国の国境山道だしね」


「さて、次は隠れカムラ教徒を捜しに行くんだろ? 何か手掛かりでもあるか?」


 マトヴェイは隠れカムラ教徒たちに訊いたらわかるかもしれないと言っていた。だが、その信憑性や可能性は薄いのだ。なんせ『隠れ』カムラ教。姿を見せぬのも当然である。


「ないなぁ。あっちの方で片っ端から捜していくしかないけど、ウチに寄るだろ? もうすぐお昼だし」


「ああ。お前のおばあさんのご飯美味しかったからな」


「おやおや、お楽しみですか。まあ、私も好きなんだけ――」


 そうヴィンが言おうとした瞬間――ヴィンの故郷の村である鬼哭の村の方から大きな爆発音が轟いた。その音と共に地響きが道路に伝わってくるほどで、地面に落ちていた小石が震えるくらいの振動だ。


 一体何事かと音の方を見れば、上空に黒煙が立ち込めているのが見えた。とても嫌な予感しかしない。それは何もケイだけではない。あやしげな煙を見たヴィンは何かを思い出したようにして、黒煙へと一直線へ向かい始めた。茂みの中へと入ろうにもお構いなし状態。


「ヴィン!?」


 何かヴィンを駆り立てている様子。それがなんであるのかはわからない。普段の彼であるならば――心配はするだろうが、こんな手入れを施されていない斜面を駆け下りようとは思わないはずだ。


 一目散に自分の足場の確認をせずして下りていくヴィン。彼の目には村へと続く眼前しか映っていなかった。ケイの呼びかけにすら応じない。いや、応じている暇がないのだ。


 自分の村で何があったかなんてすぐにわかった。今になって、記憶の奥の方に押し込められていたのを思い出す鬼哭の村の村長の言葉。


【この村で何かあったときは必ずと言っていいほど、彼奴の仕業と思え】


 木の根っこが足に引っかかり、転がり落ちるようにして斜面を下っていく。ケイが自分の名前を呼ぶ声が聞こえていた。ヴィンはそのまま落ちて、獣道付近で木の幹に体をぶつけて止まった。


 ようやく追い着いたケイは「大丈夫か!?」と心配そうにしている。


「危ないだろうが!」


「……たんだ……」


 ぼそりと呟くようにして言うヴィン。ケイは片眉を上げた。


「思い出したんだ」


 そう言うヴィンは右手である場所を指差した。そこにあるのは――人の墓? 手入れがされていないせいで、薄汚れていた。彼が思い出したものと、この墓に何の関連性があるというのだろうか。ケイが彼の方を見ると、ゆっくりと立ち上がった。眼鏡の奥に宿る物はいつものヴィンの目ではない。憎悪に満ちた目である。


「全部、思い出した」


「な、何が?」


 それには答えずして、煩わしいと思う背荷物をその場に投げ捨てて走り出した。ケイも背荷物を置いて後を追う。


 駆けて行った先。そこは小さな小屋。つる性の植物が絡んでおり、全く使われていない存在をアピールしていた物置らしきその場所には怪我を負った人々が集まっていた。皆誰もが入り口付近に立って、大声を喚き立てている。


 ヴィンは人々を押し退けて小屋の中へと入り込んだ。そこにいたのは――。


「おやおや、またお会い致しましたね」


「知り合いかい?」


 椅子らしき木の材木に座っているのは紛れもない首都であったコインストの仮面の男。そして、もう一人は見たことはないが、おそらく同業者であろう。そして、彼らが囲うようにしてテーブルらしき材木の上に置いているのは妙な機械。それは起動しているようで、動いていた。


 村人たちが喚く声がヴィンの耳に入ってくる。


「やつをどこへ隠した!?」


「さっさと出せ!」


「そうだ、そうだ! 匿っていることは知っているんだぞ!」


「早く、あいつをこちらに差し出せ!!」


     ◆


 冗談ではない、とキリは炎で満たされている鬼哭の村を駆け回っていた。ここには自身の家族がいるのに。昨日送れず仕舞いだったメール、届いていない。せっかく、会いに来たのに!


 どうか無事であって欲しい。こんな状況であるならば、村の人たちと共に避難していることを切実に願っていると――目の前に一人の人物が現れた。


 その人物は自身と同じ茶色の髪の毛をしているが、ボサボサでかなり伸びきった様子である。更にはボロボロの服に裸足。デジャヴ。


「お、お前は……!」


「やあ、キリ」


 にやにやとこちらを見ては不気味な笑みを浮かべる自分自身がいた。


「マッド!?」


 まだ存在していた、自分と同じ者。ということは、村襲撃もマッドがしたはず。この襲撃事件の黒幕は反政府軍団、あるいはコインスト!!


「お前かっ! 村をこんなにっ……!」


 キリの心の中で憎悪が芽生え始める。すべての原因、根源が目の前にいるのだ。許せない、と彼は過去の歯車から歯車の剣へと展開させた。


「そうだ、俺がした」


 マッドは否定をするどころか、身動き一つも取らずして是認する。それに怒りを覚える。歯噛みし、剣を強く握りしめた。


「こんなことして許されると思うなよっ!」


 キリがマッドに向かって駆け出そうとするが――。


「キリなら許してくれるさ」


 自らの動きが止まった。許すだと? 誰が許すものか。自身の故郷をこんなにして――。


「戯言を言うなっ! お前は俺の記憶がないからわからないだろうが、ここは俺の大事な場所なんだよ!」


「そうだな。キリにとっても、俺にとっても『大事な』場所」


 いつものマッドとは違う雰囲気にキリはたじろいでしまった。なんなのだ、彼は。本来のマッドであるならば、自分を見つけ次第、『キリ・デベッガ』になりたくて殺しにかかってくるのに。構えすらも、攻撃を仕掛けようとする面持ちも見られない。


 もしも、交戦をする気がないのであれば――。


「だったら、そこを退け」


 家族を助けたい気持ちがある。向こうに戦う意思がないのであれば、無駄な戦いは避けて一刻も早く大切な人たちの待つ家へと急がなければいけないから。


 キリが構えを解き、マッドに向かってそう言い放つのだが――。


「どこへ行く気?」


 通さないつもりなのか、その場を退く気配がない。それが煩わしいと思う。


「お前には関係ないだろ」


 下手に言えば、命を狙われる危険性があった。それならば、言わない方がいいし――やはり戦うのか。


「どこへ行くのかは知らないけど、キリは何がしたいの?」


「人になれないお前に言っても無駄な話だ。いいから退けっ!」




「まあ、黙って俺の話を聞けよ。『嘘の塊』」




 その発言にキリは眉の端をピクリと動かした。その場から逃げられないとでも言うような視線が向こうから襲いかかってくる。動けない。手が震えている。


「知っているか? 嘘ってつけば、つくほど大きくなって取り返しがつかないんだぜ。いくら完璧に隠し通してもな。『知っているやつ』は知っている」


「…………」


「ここの連中だって、『知っているやつ』は知っている。それくらい、キリは『知っている』だろ? なのに……もしかして、お前はここにいる誰かを助けに行こうとしていたのか?」


「……だ、だったら、なんだ」


「それ、キリが行って助ける価値あるの?」


「誰かをた、助けるのは当たり前だろっ!」


 足が震えてきた。聞き流せ、気にするな。惑わされるな。


――あいつは、マッド。俺の『存在』を欲しがるやつだ。わざと俺に――。


「訊くけど、キリがあいつらを助けるような恩恵を受けたか?」


「人の温かさを知らないお前にはわからないだろうが、当たり前だ!」


 キリがそう怒声を上げると、にやけ面のその表情は一変して冷たい視線をこちらに仕向けてくる。それに彼は肩を強張らせた。




「キリは何を『嘘ついている』んだ?」




 なぜだか、一言、一言が重たく聞こえてくる。これはわざと混乱させるためだとわかっている。マッドのペースに乗せられるなっ!


「お、お前こそ、何を言っているんだ! 俺を混乱させて、俺の存在をまた奪おうとするのか!」


「逆に訊くけど、お前に『存在価値』ってあるの? 『生きる存在意義』ってあるの?」


 なんなのだ、こいつは。明らかにいつものマッドとは違うことを警戒はしているのだが、予測が全くつかない。キリにとって理解しがたいことを言ってきているのである。


「言っておくが、俺は『キリ・デベッガになりたい』とは微塵も『思っていない』」


 景色を眺めながら、そう吐き捨てた。


「なぜって、『キリ』は『存在する価値がない』と思っているから。何もかもに嘘ついて。自分にも嘘をついて生きているやつなんかになりたくないよ。俺がこの格好をしているのはそれを知らしめさせるためなんだから」


「な、何をっ……!」


「まだ否定するか? いいぜ。俺が、キリが嘘ついて、改変しまくった事実を引っぺがしてやろうか」


 マッドはそう言うと歯車の霊剣を指差した。途端に、剣に帯びていた淡い光がキリにまとわりついてきて――特に頭の方へと絡み出してくる。その直後、頭痛がした。剣を地面に突き刺して、跪く。頭の中に流れてくるのは、自分の想い。グルグルと次から次へと垂れ流れていく。


 その間、マッドは炎の柱から逃げ惑う小動物を目に見えぬ速さで捕まえた。腕の中でジタバタと暴れる中、絶対に逃さないと首を握る。地面に落ちていた焦げた枝を拾い上げ――。


「ンなっ……!?」


 小動物の首に、頸動脈がある方へと突き立てた。当然痛覚のあるため、刺された首から血を垂れ流しながら抵抗している。それを力ずくで押さえつけていた。


――助けてあげなきゃ。


 そう思っているのに、ただ見ることしかできない。その場で目を疑うしかない。というよりも、見たくもない。思わずキリが目を逸らすと「何やっているんだ」とマッドが叱責してきた。小動物の悲鳴が小さく聞こえてくる。


「目を背けるな。こっちを見ろ。俺がお前のためにしてあげているのに。なぜ、目を逸らそうとする。なぜ、『見慣れている物』に今更になって目を逸らそうとする」


 見たくないはずなのに、その惨劇を直視してしまう。瞬きをする度に痙攣をする逆さまにされた小さな体。その肛門からは糞が血と共にボタボタと地面に垂れ落ちいく。


 マッドは首に突き立てた枝を抜き取り、その開いた穴に両親指を突っ込んだ。手に力を加える。そのせいで、首筋に鳥肌が立ちそうな不気味な音がしていた。耳を塞ぎたいのに、体が言うことを利いてくれない。


 今度はその傷穴に右手の親指以外の指を入れた。穴が広がっていく。マッドの両手は血塗れであり、爪の中には小動物の血肉が詰まっていた。それがあまりにもはっきりと見えているから、キリは青ざめた様子でいる。


「そんな顔をなんでする? 本当ならば――」


 マッドの口から涎が垂れた。それに思わず飲み込む。


 それは――キリも同様だった。口の中いっぱいに唾液が溜まってくるのだ。飲み込んでも、飲み込んでも増え続け、やがては自制できないほどまでに涎があふれ出てきていた。慌てて口元を拭うがそれでも言うことを利いてくれない。


――どうして!?


 マッドは大きく広がったその穴から一本の骨を引きずり出す。それについた生の肉を口の中へと入れた。口を動かす度に歯車の霊剣を握る力が強まる。不安定に揺れ動く剣の光。


 見ないように、死体を貪り食うマッドを見ないように脳から命令をかけているが、全く言うことを利いてくれない己の体。どうなっている。


「こいつは手も足も、どこもかしこも美味い。なあ、キリならわかるだろう? キリが俺ならば。俺がキリならば」


 開けた穴から引き裂くようにして小動物の体を引き裂いた。ブチブチと血管に筋が内臓が引き千切れる音が届いてくる。ややあって、半分になったその死体をキリの足下へと放り投げた。


 半分の体がないそれの目がキリの薄くて青い目と合う。


「頭、やるよ。大好きだろう?」


「……誰がいるかっ!」


 否定をする。ああ、こいつは今までのマッドより危険だ。わざと誘導させているつもりか。動け、体よ。早く彼を倒さなければ、誰も救われやしない。


「記憶とはすべてにおける可能性の示唆を提示してくれる存在」


 キリが動き始めたとき、マッドが骨を吐き捨てながらそう言った。その言葉にまたしても足が止まってしまう。彼は口元を血と涎で汚しながら黒煙に包まれた空を見て、こちらの方へと顔を向ける。


「いくら、嘘ついても元の記憶が存在するならば、隠し通せないってことだ」


 なんて笑いながら、地面に落としたバラバラの死体を拾い上げ、キリのもとへと近付いてくる。足が動かない。近付いてきているんだ。斬らないと――!


 手が動かない。ただ、構えて震えているだけ。自分はマッドに恐れを抱いているのか。もう何度も見慣れているのに。何度も対峙しているのに。なぜに今更になって怯えているのだろうか。怖い、恐ろしい。そんな感情がキリの心へと支配していく。


 血のついた手で肩を掴んでくる。死肉を口の方へと近付けてくる。それにキリは抵抗できない。


「食え」


 死肉を強引に捻じ込んでくる。飲み込みたくない。吐き出そうとするが、マッドの手が口を塞いでいるために吐き出せなかった。彼は空いている手から動かない小動物の頭から脳みそを引きずり出して、それもキリの口の中へと詰め込んできた。


「よく噛んで食えよ」


 更に強引にあごも動かしてくる。口いっぱいに獣臭が広がる。舌から感じ取れるのは血と生肉の味。噛まされば、噛まされるほど、その味は強く引き出してきていた。


「がっ……!」


――さあ、よみがえれ! 嘘の正体よ!!


 押し込まれた生肉と脳みそを飲み込んでしまった。その途端に歯車の霊剣の光は失われてしまう。

 

    ◆


 誰かが言っていた。誰かが言っただけで、その誰であるかはわからない。唯一わかるのは、その誰かは黒くて長い、優しい女の人だということだ。


 暗がりのあの場所で頭をなでてもらいながら――。


【――――】


 その言葉はどうも自分に対して呼びかけている言葉のようだった。


     ◆


 公務は長いな、とメアリーは小さくため息をつく。長い金色の髪を梳きながら、青色の花の髪留めを手に取った。それを髪につけ、鏡を見る。


 うっとりと見惚れるほどの美しい青。思わず笑みがこぼれた。


「えへへっ」


 イヤリングだったときも同様に嬉しかったが、こちらの方も嬉しかった。行く先々で色んな人たちに褒められるから。


 青色の花になったときはどのアクセサリーにしようか迷っていた。ネックレスもいいがちょっと不恰好になってしまう。もちろんブレスレットに合わないし、耳元だと一個足りない。一番無難だったのは髪飾りだった。


 連絡通信端末機を見た。エレノアからのメールでは――。


『デベッガがメアリーに会って話をしたいそうだよ』


 そうあった。キリは自分に何の話をするのか気になるが、こちらの髪飾りにどんな反応を見せてくれるのかも気になる。


「なんて言ってくれるかな?」


     ◆


「あなたがここに来るのは、わかりきっておりましたが――」


 笑顔の仮面の男は立ち上がると、未来のコンパスからコンパスの剣へと展開させてその刃先をヴィンに向けた。現状的丸腰の彼はどうすることもできない。ただ、向けられた刃に従って大人しくする他ないのだから。


「ちょうどいいです。この村人さんたちに言ってくれません? ここにあなたたちが捜している人物はいない、と」


「この村に何しに来た?」


 言いなりになるものかとでも言わんばかりに、ヴィンは男たちを睨んだ。


「何しに。ははっ、私たちは『ちーくん』がどうしてもこの村に行きたいと言うのでね」


「それでこの村を!?」


「全部仕掛けてやったの、『ちーくん』ですよ。そのことも踏まえて村人さんたちにお伝えしたんですがね。話を聞いてくれないんですよ」


 さっきからこの男は『ちーくん』と言っているが、その『ちーくん』とやらは一体誰のことなのか。ヴィンが彼の言う言葉に引っかかっていると「信じるな!」そう、村人たちが口を揃えてそう言ってくる。


「『ちーくん』がやったとほざいていやがるが、あれはあいつに決まっている!」


「そうだ、そうだ! やつはなんとも思わないで火薬を仕掛けるなんて容易いんだ!」


「だから、早くこちらに引き渡させろ!!」


「困りましたねぇ。ヴィン君でしたか、なんとかしてくれません? ねぇ、エイキムさん」


 男がうんざりとする中、もう一人の男――エイキムは興味なさそうに何かしらの機械で弄って遊んでいた。それが何を意味するのかは定かではないが、この惨状の原因はあの機械装置で間違いあるまい。


「だったら、それはなんだ。答えろ」


 村人たちに割って入ってきたのはケイだった。彼は謎の装置を指差している。ケイがこちらに来ることは予想済みだったのか、男が驚く様子は見られない。


「ははっ、随分とワイルドな方ですね。その眼帯がお似合いですよ」


「ご託はいい。未来が視えているなら、俺の言行も承知しているだろ。早く答えろ」


 ケイの青色の目は仮面を捕えていた。その笑顔の仮面の奥はどんな表情をしているのだろうか。自分たちのことをどう見ているのか。嘲笑ったりしているのか。


 ややあって、男は仮面奥で小さく笑い始める。


「教えるつもりかい?」


 エイキムがそう男に訊ねてきた。


「いやいや、教えてあげなければ可哀想でしょう」


 コンパスの剣を元の未来のコンパスへと戻し、機械装置を指差した。


「ヴィン君。ここに来る前に何かしら、自分にとって変わったことはありませんでしたか?」


「…………」


 答えはしないが、それは肯定していると仮面の男は勝手に捉えた。いや、答えようが、答えまいがこの男はわかっているはずだ。もちろん、ヴィンだって。




「どっかの誰かさんに消されていた記憶が戻っているのではありませんか?」




 その直後、男は再び未来のコンパスを剣状に展開し、ヴィンに向かってコンパスの剣で攻撃を仕向けてくるのだった。

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