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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第四章 哀れな愚か者の末路
63/96

友情

 ソファに深く座り込み、転寝をするアイリ。そんな彼女の頭上にバサバサと資料の入った封筒が落ちてきた。何事かとびっくりしたように目を見開いて、周りを見渡す。背後にいるのは怪訝そうな表情をしているキリだった。おそらく、これらの犯人は彼か。


「なんだ、キリかぁ」


 キリだとわかると否や、アイリは散らばった封筒すら無視して再び寝入ろうとするが、軽く頭を小突かれてしまった。


「寝ようとするな、こらっ」


「えぇ、寝たっていいじゃん。眠いんだもん」


「バイクとカメラ代の弁償はどうした」


「カメラはきみがほとんどぶっ壊したでしょ?」


 面倒だなぁ、とアイリは口を尖らせながら、膝に落ちた封筒を手にしてキリに渡した。そして、床に散らばった物も拾い上げる。


「そうだけどよ。どの道、ライアンがこっちに帰ってくるまで動けないことがウノさんたちにバレてんだ。少しでも弁償していかないと」


 借金だらけの生活など嫌だ。そう言いたげな面持ちでキリは作業の手伝いを促してくる。アイリはそれに渋々と従うしかなかった。


「はいはい。やりゃいいんでしょ」


 資料の入った封筒を手にして、作業場へと向かった。そこはゴシップ・アドバイザーの仕事場の隣にある部屋である。四方には同じような封筒が収納された本棚。真ん中には積み上げられた封筒の山。ここでキリたちはウノの仕事を手伝っていた。主な作業は書類資料関係の文書を端末機に打ち込んで保存するだけのお仕事。一日八時間、時給に換算すればバイクのローン一ヵ月の五十四分の一程度。


「……はぁ、面倒だなぁ」


 キーボードを叩く音よりもため息の音の方が大きなアイリ。それを見て、黙ってキリは打ち込んでいく。


「メアリー、いつ頃帰ってくるかなぁ」


「さあ? 何も一ヵ所にずっといるんじゃないらしいし。これで逃げれるわけないからな?」


「きみはそういうときだけ鋭いねぇ」


 アイリが苦笑いをしていると、彼らがいる部屋に老人がやって来た。手にはここに山積みになっている封筒と同じ物である。


「やっているかな?」


「ええ。それは新しい物ですか?」


「うん。というか、気分転換にと思って依頼を持ってきた」


「依頼?」


 片眉を上げるキリに老人は頷く。


「そう。この資料をルーデンドルフという人に届けるだけのお仕事。どうかな?」


 ルーデンドルフ――ヤグラ・ルーデンドルフは元軍人育成学校の教官であり、二人の友人であるガンを作り上げた人物でもある。


「ああ、俺はいいですよ」


 キリはそう返事してアイリの方を見た。彼女もまた「いいよ」と椅子から立ち上がる。どうやら行く気満々の様子。


「こんなところで目がチカチカするよりかはマシだもん」


「だとしても、ウノさんの前でそれを言うなよ?」


「もう聞こえているけどな」


 そんな声に二人は部屋の入口の方にいる老人の方を見た。彼の後ろに腕を組んで立っているウノがいるではないか。眉の端が動いているようだ。


「おら、キイ。カムラが他に余計なことを言う前にさっさと連れてけ」


 ウノが低い声で軽い脅しをかけると、キリは老人から封筒を受け取って、アイリを連れて逃げ出すように店から出た。


「おぉい、キイ。場所はわかっているかぁ?」


「知ってまーす!」


 道のりは一度行ったことがあるから覚えている。キリは外に出ると、公共機関のターミナルの方へとアイリと向かった。


「そういや、教官ってクビになったんだっけ?」


「うん。今は東地域にある住宅街に住んでいるんだって」


「へぇ。ガン、どうしているかなぁ?」


「ていうか、連絡機は?」


 現在は一緒にいるからどうってことはないのだが、一年近くも前から連絡がつかなかったのだ。ずっと自分からの、みんなからの連絡を無視し続けていたのだろうか。


「あぁ、うん。海に捨てちゃった」


 捨てたという言葉にキリは目を丸くした。


「えっ? 捨てた? なんでまた……」


「うん、まぁ。色々と一人になりたかったし」


 アイリはそう答えると、売店の方を指差しながらキリを見た。どうやらそんな話よりもお腹が空いたらしい。何か奢れだそうです。


「あぁ、お腹が空いて力が出ない。今のあたしのお腹が満たされたならばなぁ!」


「わかったよ……」


 アイリのその視線に負けたキリは売店の方へと向かった。後からやって来た彼女は陳列された商品を眺めながら目をキラキラとさせているではないか。


――まあ、アイリの嬉しそうな顔を見れたならば、いいか……。


「すみません、これください」


 いつの間に選び終えたのか。アイリの両手には惣菜やらなにやらがあり、会計をしようとしていた。妙に多い量に慌てて止めに入ろうとするも――レジを通されたならば、諦めるしかなかった。なぜって、彼女が服の裾を強く握っているのだ。逃げられないように。


 あまり納得しないような表情でお金を支払うキリ。


「お買い上げ、ありがとうございます」


 なんとなく事情を察知してくれたのか、店主は苦笑いしながらお金を受け取った。一方でアイリは袋に入れてもらった商品を受け取り、喜色満面を見せている。


「ねねっ、あっちにターミナル前広場があったから食べようよ」


「いいよ」


 適当に広場内のベンチへと座り、キリの分を渡した。受け取るが――。


「俺の分も買ったの?」


「うん。もうすぐお昼だし、一緒にいいじゃん」


「ありがとう」


 アイリのことだからすべて一人で食べるかと思っていたキリは少しばかり驚いていた。パックを開けながら一口頬張った。少しばかり冷めていて、ぬるいがこちらの方が食べやすいと思う。


「まさか、こうして二人きりになるとは思わなかったなぁ」


 この場から見える王城を見て、アイリがそう言ったと同時にキリの連絡通信端末機に着信が入った。メールで、差出人はガズトロキルスからである。


『マティの両親に許可もらった。これから黒の共和国に行くから。約束の町にいるんだろ?』


 マティルダの両親から二人が一緒になることの許可を得たらしい。両親――キリはアイリの方を見た。彼女は口を頬張りながら、王城を眺めている。


「…………」


 今はこうしてのんびりとしてはいるが、メアリーと話を終えたならば、今度はハイチ捜しをしなければならない。だが、そのアイリの願望を叶えたならば、どうなるのだろうか。


『悪い。やることがあるから、それ終わったらそっちに行く』


 いつ終わるのかわからない話。そう考えながら視線を画面に落としたままぼんやりとした。


 アイリが言っていた。


【あの人のこと、好きなんでしょ?】


【きみはあいつを殺せないって言ってんの】


【正直、デベッガ君が何も知らなくてもあいつを殺せるだろうって】


【ハイネ先輩の記憶を失くしたって聞いたときは超絶ラッキーって思った】


 ハイネがいるからハイチは殺せない。腕なしが彼だと知ったとき、彼女の顔がちらついてしまった。


【あなたはこの世に存在してはいけない】


 ハイネは望んでいないが、アイリは望んでいる。異形生命体として恐れている人々はいなくなることを望んでいるが、心のどこかで望まない自分がいる。どうすればいいのだろうか。


「キリ?」


「んぁっ……!?」


 声をかけられてその方を見ると、アイリは至近距離でこちらの方を見ていた。あまりにも近いせいか、びっくりして膝の上に置いていたお昼ご飯を落としそうになる。


「あっぶねぇ」


「何してんの」


 鼻で笑われた。ほんのちょっとだけムカついた。だから、軽く仕返しとして鼻を摘んだ。アイリは「あぁ」と変に鼻声を上げる。


「変な声」


「変態にそう言われましても」


 意外でもなく、素で毒舌なアイリ。キリはへこたれながらも昼食を食べるのだった。


     ◆


 公共機関へと乗り込み、東地域の住宅街へとやって来た二人。ヤグラの家までは覚えている。ターミナルのすぐ近くと言っていたから。いや、覚えやすいとでも言った方がいいか。


「本当、近いねぇ」


「俺も最初はびっくりしたよ。連絡入れてすぐに来てくれたからさ」


 キリはそう言いながら、呼び鈴を鳴らした。しばらくしてヤグラが出てくる。ドアを開けた瞬間にその目の前に二人がいるものだから、驚きを隠せないのも無理はないだろう。


「びっくり。どうしたの?」


 とりあえず中に入りなよ、と家の中へ。案内された部屋はコンピュータ世界へと行くことができるマシン、脳情報変換機のある部屋だった。それ以外にも相変わらずたくさんのコンピュータがある。


 ヤグラは適当に座るように促すと、ここで待機するように伝えた。ややあって、彼はお茶が入ったカップを持ってくる。


「デベッガ君はともかく、ハルマチさんは珍しいね。もしかして、ガンにでも会いに来たの?」


 カップを渡しながら、ヤグラはマシンを指差した。その提案もいいのだが、キリはまず本来の目的を果たすために老人から預かっていた封筒を渡す。


「これ、ゴシップ・アドバイザーの方からです」


「あれ? 就職先、そこ?」


「いえ、一日八時間のアルバイトですよ」


「そうなんだ。それもだけど、ガンに会っていくかい? ハルマチさんからの連絡が一切なかったみたいだから、ガン寂しそうにしていたよ」


 連絡通信端末機を海に捨てたから。事実を言うに言えないアイリ。だが、一年ぶりの再会もいいのかもしれない。二人はガンに会いに行きたいと伝えた。


「いいよ。じゃあ、椅子に座って」


 ヤグラの指示通りにマシンに設置してある椅子に座る。そこでふと思い出すアイリが口を開こうとする前に、全身に電撃を食らって意識は遠退いてしまった。


     ▼


「アイリ。おい、アイリ」


 キリの声でアイリは目を覚ました。すぐに視界に入ってきたのは心配そうに顔を覗き込む彼の姿。その向こう側には白くて無機質な世界。青白いラインがどこもかしこも飛び交っていた。


 思い出した。ここに来るときのこと。完全に忘れていた。サバイバル・シミュレーションではなかったから、余計に感覚が麻痺していたんだ。


 アイリは頭を抱えながら、ゆっくりと起き上がる。その際に自身の髪の毛が視界に映った。ああ、こちらも忘れていた。データの世界に来ると、髪の毛の長さが変わるということを。理屈はわかっていないのだけれども。


「アイリ、こっち来るときの電撃を忘れてただろ?」


「うん、完璧にね」


 二人は立ち上がって、ガンを探しに行こうとしたら――。


「キリ、アイリ! 久しぶりっ!!」


 後ろから再会を喜ぶようにしてガンが二人に抱き着いてきた。余程自分たちに会うことが嬉しかったのだろう。こんな笑顔のガンは今まで見たことがない。余計に人間らしくなっているではないか。


「おお、久しぶりだな。半年ぶりか」


「あたしは一年ぶりだねぇ」


「ひどいよ、アイリ! 私のメールを全部無視するなんてっ!」


 どうもガンは何十通もアイリにメールを送り込んでいたと言う。彼女からの返信が一切なくて、心配で心配で――不満が爆発しているようだった。一人でにぷりぷりとなっている。遠目でキリは感情が更に豊かになったなと苦笑いしていた。そもそもガンは作られたプログラムだ。ここまで人に近い感情があるとは思わなかった。


「ごめん、ごめん。今、連絡機一切持っていないからさぁ」


「じゃあ、私がヤグラに言って、新しい連絡機を作ってもらうように言うよ。キリだって、前とは違う連絡機だろう?」


 ガンの言う通りだ。現在のキリの連絡通信端末機はヤグラが作ったメアリー奪還作戦時に使用した物だ。前の端末機はない。連れ去られたときに盗まれたが正しい。だが、連絡先を交換したほとんどの者たちも新しい連絡機や連絡先も変わっているため、特に支障はなかった。


「教官、作ってもらえるかなぁ?」


「どうだろう? ていうか、どうやって作ったんだ?」


「ああ、それはヤグラが本体を作って、必要なデータとか独自のネットワークを私が選別して入れたんだ」


「なるほどなぁ」


 二人が感心をしていると、ガンは「ところで」と話を変えてきた。


「久しぶりに二人に会えたんだ。何して遊ぼうか?」


 わくわくとした様子であるが、遊ぶと言ってもこの世界で何をして遊ぶというのだろうか。ここはヤグラのコンピュータの一角。真っ白で無機質な世界が広がっているだけで何もない世界だ。


「遊ぶって、何して遊ぶの?」


「ゲームとかだね」


 そう言うガンは連絡通信端末機を取り出してアプリを探し始める。


「ガン、連絡機を使うようになったんだ」


「うん、作ったんだ。これでみんなとお揃いだよ」


 端末機を自慢げに見せるガンにキリは微苦笑を浮かべた。こっちに来ない間、彼がそんなことをしていようとは。以前の情報確認の際は現実離れしたやり方をしていたのだが――。


「何だろう、プログラムが実機を手にして使っていること自体がシュール」


 胸の内に仕舞っていたことをアイリに言われた。彼女がそう言ってはいるが、ガンにとっては特に気にすることはない発言らしい。「そうかい?」と普通に笑っていた。


「ゲームはレースとパズルとシューティングゲームのどれがいい?」


「それだけ?」


「それだけと言うか、これ自作ゲームだから。アイリたちがやりたいゲームがあるなら外にでも行こうか」


 そうだねぇ、とアイリはキリの方を見てくる。別にゲームをしていても問題はないのだが、彼はどうしたいのだろうか、と。


「何する?」


「俺?」


 唐突に話を振られて迷うキリ。ゲームをするのも悪い話ではないのだが、この世界で気になることがあった。


「……それじゃあさ、この世界の町とか見てみたい」


「町?」


 その言葉にアイリは「あぁ」と相槌を打ってきた。


 そう言えば、そういうのあった、と。白い建物が立ち並ぶ無機質感あふれる町。量産型のユーザーが存在して、行き交っていたところだ。


「あったねぇ、そう言えば」


 アイリも思い出してくれたようだ。しばしガンも思い出そうと頭を回転させていると、彼もまた思い出したらしい。


「ああ、町ってそういうことか」


「知ってる?」


「あれはネットワーク・ショッピング街だね。このコンピュータ世界に町があるのは大抵がそういう町だよ。通ったというのは、道のりにリンクとして存在しているからじゃないかな」


「ガンも行くことある?」


「もちろんさ。私は現実世界のお金は持っていないけれども、見ているだけでも楽しい。じゃあ、行ってみる?」


 ガンのその誘いに二人は「もちろん」と答えるのだった。


     ▼


 ガンに案内されたネットワーク・ショッピング街はたくさんの顔なしユーザーで賑わっていた。その様子を見て、アイリは一人気分上昇中。


「うわぁ、なんてステキな場所なんだろ! どこから見ようかなぁ!」


 そう言い残して、アイリ一人で適当に店の中へと消えてしまった。町の入り口で残された二人は顔を見合わせる。


「なんだ、あれ」


「うーん、何だろう?」


 女子とショッピング自体の波長が合っていたりするのだろうか。見たことのない町並みの雰囲気を味わいながらのんびりと過ごしたいキリにとっては理解しがたいアイリの行動だった。


「アイリ、何か買い物でもするのかなぁ?」


「どうだろう? 俺もあいつもそんなに金を持っていないからな」


 だから買うと言っても、値段によっては買えない物も出てくるのに。


「どうせ、金がないことに気付いて戻ってくるから放置していていいんじゃない?」


「そうかい?」


「それよりも、ここはショッピングするだけの町なの?」


 そう言いながら、キリは周りを見渡した。見渡す限りは白い建物ばかりしか見えない。町と言っても、店ばかりあるわけではないだろうに。


「ううん、そうとは限らないよ。ほら、リンク先」


 ガンは地面を指差した。そこにあるのは青白いライン。これは知っている。アクセス・ライダーで目的地に行くときに使う道路()だ。


「リンク先を辿っていくとね、色んなところに行けるよ」


「そうなんだ」


 だから、色んな場所に張り巡らされていたのか。


「そう。たとえば、このリンク先を辿ると、コミュニティ広場に着いたり。こっちはゲームかな。あっちはデータ・スクラップ・エリア。もう、色々」


 そうやって教えてくれるのはありがたいが――正直な話、どの青白いラインがどこへ辿り着くかなんて見分けがつかないキリ。適当に相槌を打つしかなかった。


「このリンクは……確か、行ってみたら突然質問されたんだよね」


「質問?」


「うん。あなたは十八歳以上ですか、って。意味がわからないし、どう答えていいかわからないからその先に行くのを諦めたけどね」


――行かない方が正解です。


 なんてキリは心の中でそうツッコむ。正直に言えそうにない話。むしろ、行かなくてよかったんだと思う。なぜならば、彼らが行動を移すと、それはコンピュータの画面上に反映されるから。現在はネットワーク・ショッピング関連のページが画面上に反映されているだろう。アイリは単独で行ってしまったからこのショッピング街が二つほど画面に出ているはずだ。


「ちなみにキリは十八歳以上なの?」


「いいや」


「じゃあ、行けないね。アイリはどうだろう?」


「……ガン。悪いことは言わない。そこは行かない方がいい」


 見た目からすれば、ガンは二十代後半辺りの年齢に見える。だから、行けないことはないだろうが――自分たちを使って行くのは止めて欲しい。いや、キリだって気になる年頃ではあるけれども。


「そっか。キリがそう言うんだったら仕方ないだろうね」


「そう思ってくれるだけでもありがたいな」


 わかってくれて何よりだ、とキリが安堵していると、アイリが戻ってきた。手ぶら状態だから、当然何も買っていない(買えない) のがわかる。


「おーい!」


「あっ、帰ってきた」


「次、どこ行きたい?」


「それよりも、この青い線辿っていったらエロいところに飛んだから行ってみようよ」


 すかさずキリがアイリの頭を叩いた。いくらデータでできた身体と言っても、現実とは変わらない軽快で乾いた音が炸裂する。そのようなところに行くなんてとんでもない。いや、気にはなるけれども。


「なんなの?」


 叩かれたことに納得がいかない様子のアイリ。納得してくれ。状況を察してくれ。キリはガンに聞こえないようにして、彼女に耳打ちをした。


「年齢的にアウトだし。って、行ったのか、お前は」


「行ったよ。ほとんど――」


 これ以上は言わせない、とばかりに手でアイリの口を塞いだ。


「ダメっ! 絶対!」


 こんなところで騒いではいるが、絶対にヤグラは見てしまっただろうな。キリには焦りが見えていた。いくらガンの行くところが画面上に反映するとしても、こちらも単独で動けば反映するだろうから。


「堅いなぁ、きみは。年中気になっているくせに」


「う、うるさいな! とにかく、ダメっ! 行った先が教官にバレたら怒られるだろうがっ!」


 と、ここでキリの連絡通信端末機に着信が入った。メールで、相手はヤグラである。うわっ、バレた!


 恐る恐る、メール内容を確認すると――。


『リンク先には気をつけてね、ってハルマチさんに言っておいて』


 ヤグラは気付いていた。そして、それが誰の責任であるかもきっちりわかってくれてよかった。心底からそう思うようにキリは安心する。ヤグラも男性だ。アイリに説教を垂れるのも異性としては言いにくいのかもしれない。この文章からはその雰囲気がひしひしと伝わってきていたのだから。


「誰から?」


「教官から。アイリ、リンク先に気をつけろ、だとよ」


「えぇ? 別に変なリンク先じゃないけど」


――どこからどう見ても変なリンク先だっただろうが。


 ヤグラがそのようなメールを送ってきている時点で、である。


「とにかく、変なところには行かないようにしようよ。俺、説教されたくないもん」


「まぁ、きみの場合は後から自分でネットワークにつないで見ればいいしねぇ」


「変な誤解を招くような言い方止めてくれない?」


 もう変なことはするなよとアイリに念押しをすると、二人はガンに「別の場所へ行こう」と提案した。


「他にも色々あるだろ?」


「そうだね。それよりも、キリはハイネの記憶がどれほど取り戻せたか覚えているかい?」


「ハイネさんの――あっ」


 すっかり忘れていた。メアリー誘拐事件や奪還作戦に押し潰されていて。キリは現在の回収状況を確認しようとするが、端末機自体が変わってしまっているため、どうしようもなかった。


「私も小さな欠片を見つけては送っていたんだけど――」


「送ったって、どこに!?」


 この新しい連絡通信端末機にはあのアプリは存在していない。


「キリの端末機にだよ。データは前の端末機の分からインストールしているはずだから、あるはずだけども」


「ないけど……」


 その話よりも、ガンはなんと言った? データは前の端末機の分からインストールしている?


 前に使っていた連絡通信端末機はおそらくとしか言いようがないが、反政府軍団員たちに盗まれた。もしも、ディースが、マッドが以前のサバイバル・シミュレーションと同様のことを再び考えていたならば――。


【力ずくでも奪うまでだと】


 また自分を奪いに来る?


「ガン、ハイネ先輩の記憶のデータ、どれほど集めたかは覚えてる?」


「私もよくわからないんだ。サバイバル・シミュレーションだったかい? あのときは半分より少なかったはず。でも、今までのを合わせていたら、半分より多くあるはずだよ」


【キリ君と私の記憶を、思い出を!!】


 あのとき、マッドがどれくらいのデータを奪ったのかは定かではないが――。


「どうにかならない? 新しくこっちの端末機に入れ直すとか」


「やってみよう。だけれども、この場所での確認はできそうにない。すべてのデータがつながっている場所にでも。データ・スクラップ・エリアの方に行こう」


     ▼


 不要となったデータ。必要ないデータ。要らないデータ。捨てに捨てられていく数多のデータ。捨てることが惜しくないのだろうか。大勢のユーザーが大きな穴に、形あるデータを次々に捨てていく。


 初めて来たその場にアイリは圧巻されていた。


「……ごみ捨て場?」


「そうだ。情報のごみ捨て場だ。ここはこの世界のすべてにつながっていると言っても過言ではないからね。私はここでハイネの記憶の情報を探ってみる。どこにあるのかわからないけど」


 ガンはそう説明すると、大きく深呼吸した。すると、このエリアの床から銀色に光るケーブルが現れて、彼の頭に取りつく。軍のシステムにいたときとは違うケーブルの色だ。何か意味でもあるのだろうか。


「『全システムサーバーハッキングモード』『該当するデータとの照合確認中』」


 前回は軍システム内データを確認していたが、今回は違う。ネットワーク内すべてにおけるシステムサーバー内にあるデータを確認して回るのだ。時間がかかるのも無理はない。


「正直言って、ガンのあの姿は好きじゃない」


 確認作業をしているガンにアイリはそう吐き捨てた。唐突に言ってくるものだから、それにキリは片眉を上げる。


「いきなり何を言うんだよ」


「偏見だろうけど、いつものガンには見えないから」


 否定はしない。ガンはケア・プログラムであり、元王国軍システムそのものだった。人ではないのは確かだ。だが、彼らは友達である。人の壁を越えたデータとの友情。


「あれ見ていると、いつも見ているガンは嘘じゃないかって思う」


 何かしら反論を言いたいが、言葉が見つからなかった。キリが反応に困っていると、データ・スクラップ・エリアの上空から情報の塊が二人のもとへと落ちてきた。それを受け止める。


「これは?」


 二人が手に持つのはハイネの記憶の塊であるピンク色の物ではなく、紫色をした塊の物だった。こんな物、どうしてこちらに降ってきたのだろうか。


「それは『国民ナンバー:59309271』のデータだ」


 データ照合をしていたガンがその作業を終えて二人のもとへとやって来た。


「国民ナンバー……?」


 どこかで聞いたことがある名前だが――。


【いくつかのデータは失われてしまったんだ】


【『南地域』『国民ナンバー』『歴史:ファイル』『生物学会:ファイル』の四つが抜けていた】


「あっ!」


 思い出した。王国軍のシステムがバグ・スパイダーにやられてしまったとき、その中のデータがやられてしまったとき。個人情報が一つだけなくなっていたんだ。ヤグラはバックアップから引っ張り出してきて、何とかしたらしいが、一般人も利用するこのネットワーク内に存在していたとは。


 そうなれば、キリ自身が手に持っているデータの塊は誰かの個人情報になる。覚えている。失ったデータを利用しようとしていた者――ディース。異形生命体と追放の洞の資料関連。


【二つの共通点ってなんだ?】


 異形生命体は反政府軍団や黒の皇国らが密かに研究し、作り上げた。一方で追放の洞はキイ神がカムラ悪神を追放したという神話を元にして存在する場所。


【ディースだよ。きっとあいつの仕業だ!】


 ディースは執拗に自分を狙っていた。それがどんな理由であるのかは、まだわからない。


【あいつはバグ・スパイダーを利用して、俺を狙っているんだよ】


 もしかしたら、この個人情報は自分の物である可能性が高いのだ。今更になって、このようなところで出てくるとは思わなんだ。


「もしかして、これ俺の?」


 キリがまじまじと紫色の塊をしたデータを眺めていると――。


「それはキリの個人情報じゃない」


 そうガンは否定した。自分のではないと言われ、キリは目を丸くする。


「え?」


「それを見つけたとき、中身を読み取ったんだ。完全にキリの個人情報じゃなかったよ」


「じゃあ、誰のなんだ?」


「ハイチ・キンバーという人の情報だ」


 耳を疑った。ここにきてハイチの個人情報? どうして彼の情報を――。


――黒の皇国、反政府軍団、コインスト。


 ハイチは腕なしだ。腕なしはコインスト――商業の町の地下博奕闘技場(コインストバトル)の絶対王者。コインストと反政府軍団らはつながっていた。


「クラッシャー先輩の存在を消そうとしたんでしょ」


 ぼそりとアイリが呟く。彼女の方を見た。忌々しそうに虚空を睨んでいるようだった。


「ハイチさんの存在を?」


「そう」


 そう考えていなければ、やっていけない。なんて皮肉った。それもそうであろう。ハイチは人とは違う存在だ。コインストは人としていた彼を消そうとしていたのである。


「とりあえず、私たちはとんでもないデータを見つけてしまったんだ。これは至急ヤグラに伝えないと」


 ガンは端末機でヤグラにメールを送り込む。それはもっともな判断だ、と二人は納得するのだった。


     ▼


 元青の王国軍のシステム内にあった個人情報のデータを添付してヤグラにメールを送ると、しばらくして返信が届いた。


『確かに軍の物だけど、所々が欠けているね。ちょっと、そっちでデータを探してきてくれないかい?』


 予想外だったらしい。キリたち三人はヤグラの指示通りにデータ・スクラップ・エリアの下にある情報の海岸へとやって来た。相も変わらず寂しい場所である。黒い情報の水が溜まりに溜まっていくのが見えていた。


「ここで探すの?」


「しかない。ハイネさんの記憶も大事だけど、これも厄介だし」


「そうだねぇ。えっと、海の方に入らなければいいんだっけ?」


「うん」


 情報の残骸砂浜へと下り立って、音を鳴らしながらハイチの個人情報と同じデータの塊を探し出す。だが、見つけたときからほとんどの形を成していたこともあってか、細かい物が見つかりそうにもなかった。ここになければ、情報の大海の渦に巻き込まれている可能性がある。しかし、キリたちはもちろん、ガンだって――どんなケア・プログラムだろうが、データがその情報の海へと入ってしまえば、そのデータの残骸に埋もれて二度と戻ってこられなくなってしまうのだ。


「ハイネさんのより、至難になるなぁ」


 キリは後ろ頭を掻きながら探し続けるのだった。


     ▼


「疲れたっ!」


 そうアイリは声を荒げながら、情報の砂浜へと身を投げて寝転がった。目的のデータが全く見つからないのだ。それはキリもガンも同様である。ガンは腕を組んで海の真上から落ちてくる廃棄情報を眺めていた。


「そっちも収穫ゼロでしょ?」


 アイリは起き上がりながら、こちらへとやって来る彼らにそう訊ねた。もちろんだ、とキリは頷く。


「どうするの?」


「どうするのって。ガン、まだ探してみるか?」


 キリは降り注いでいるデータの塊を眺めていたガンを見て嫌な予感がした。まさか、この情報の大海へと行く気ではなかろうかと。


【自分自身のデータすらも大海の底の藻屑となるだけだ】


 ガンはそう言って、自分を止めたのに。


【いくつかのデータは失われてしまったんだ。私を作ってくれた人にはとても申し訳なくて】


 軍のシステムのデータが失われた際、ガンは自身の責任に負い目を感じていた。


「ガン?」


「なんだい?」


 ああ、注意をこちらに向けてくれた。あとは、あちらの方に飛び込んで行かないことを願う。


「もう少し、探してみるか?」


「いや、もうないのであれば、ここにはないんだろう。探すのも時間の問題だ。もう諦めて――」


 一度戻ろうという言葉を予測していた。だが、その考えはすぐに裏切られてしまう。


 何かに気付いたアイリはキリを引っ張り、自分の方へと引き寄せる。その途端にガンが持っていた武器が彼の鼻を掠った。


――え?


 スレスレの瀬戸際。二人が思うのは『なぜ』の二文字だけ。それ以外の言葉など何も思いつくものか。思いついたら、それはそれでガンを友人として見ていない証拠。


 避けられた攻撃。そこで終わりではなかった。次の攻撃を仕掛け始めている。こちらを見るガンの目は冷たい。まさしく人ではない何か。そうだ、彼は人ではなかったのだ。ガンはただのケア・プログラム。感情や思考など、想定されて組み込まれただけの――。


「『感情なし』、と呼ぶが相応しいでしょうねぇ」


 後ろから聞こえてくる嫌な声。妙に聞き覚えのある声。金属音が海岸に響いた。キリがガンの攻撃を歯車の剣で防いだのだ。


 一方でアイリはその場で未来のコンパスをコンパスの剣へと展開した。背後にいた者――黒ずくめにして奇妙に笑う仮面を装着した男に対して一閃を薙ぎ払った。


「お前はっ!」


「どうも、こんにちは。キリ君、名なしさん」


 歯噛みして男を睨む。そんなアイリをよそに、キリはガンの攻撃を受け止めつつも困惑していた。元より、彼がこちらに攻撃を仕向けてきている上に、男が彼女に『名なし』と言ってくる。アイリはアイリで妙な武器を手にしていて、余計に状況を把握できない。何がどうなっているんだ、これは!


 とにかく、知りたいことよりも、今のキリがするべきことはガンの目を覚まさせること。元の彼に戻さなければ。


――俺たちを混乱させるが目的か?


 ガンの攻撃を払い除けた。それに伴い、アイリが男に向かって拝み打ちをする。しかし、その攻撃は避けられて、あやしい仮面野郎はガンの方へと現れた。


「お前はコインストの――」


「おお、もう会ってからしばらく経つのに、私を覚えてくださっているとは。嬉しい限りですね」


 仮面越しからどこか二人をばかにしているような笑い声が聞こえてきた。


「そんなことよりも、お二人方。彼とのお友達ごっこは楽しかったですか?」


 男のその発言を聞いて、キリは頭がぐわんと打ち叩かれたような感覚に陥る。お友達ごっこだと? 何をふざけたことを言っているのか。


「ガンに何をした?」


 今のキリにとって、一番知りたいことだった。ガンが自分たちに突然攻撃をしてくるはずなどないのだから。絶対に何かしら裏があるはず。


「何か。ははっ、キリ君は毎度ながら面白いことを言いますね。将来コメディアンにでもなるおつもりでしょうか。まあ、彼の心の中を覗かせてもらった……いやいや、プログラムの彼に心や感情など持ち合わせておりませんでしたねぇ。



 プログラムの入れ替えをしただけですよ」



 その発言でキリの逆鱗に触れた。歯車の剣を男に向かって振りかざす――だが、その剣撃はガンによって受け止められた。ギチギチと金属音の重なる音が耳を通り抜けていく。


「ガンを元に戻せ!」


 一人だけで立ち向かっていると思うな。キリの後ろからアイリが出てきて、コンパスの剣で突いてきた。剣先が触れようとした際、男は消えた。


「なっ……!?」


 どこへ行ったのか。すぐさま後ろを振り返ろうとするアイリを男はどこからともなく現れ、情報の海の方へと突き落とそうとした。そのまま埋もれてしまえ。さようなら。


――落ちる。


「させるかっ!」


 キリが手にしている歯車の剣が強い光が放たれた。それは形を変えて海へと落ちてしまいそうなアイリを助ける。辺り一面に張り巡らされる木の根のようなその存在。たとえるならば――そう、歯車の籠とでも言うべきか。そして、それから分裂するようにいつもの剣よりも小型の剣を手に握り、男を斬った。


 そう、斬ったのだ。手応えはあったはず――。


「残念です」


 斬られたはずの男は倒れなかった。苦しそうな様子もなかった。ああ、そうだ。これはターネラが持っている過去の歯車ではない。事実改変を許さない過去の歯車だと。


――戦うのはきみだけじゃない!


 地面に突き刺さった歯車の籠を足場にし、アイリは飛んだ。事実改変がなかったことになるならば――事実改変を元よりしない、事実を見据えるこの剣ならば!


 アイリも男へと攻撃をするが――。


「無駄ですよ」


 男には攻撃など効かない。なぜだ。


「なぜって、ここにいる私はケア・プログラムでもなければ、一般ユーザーでもないんですから」


「何だって!?」


「ただ、お二人方とは違って、私は戦えないんですけれどもね」


 その言葉が合図かようにして、歯車の籠を打ち壊してガンは突進してきた。その突攻撃を二人して受け止める。流石は元王国軍軍情報管理棟警備隊長。その腕前は辞めて一年経っても衰えないとは。


「その代わりと言ってはなんですが、彼がお相手になっていただけますよ」


 二人の後ろからは男の笑い声が聞こえてくる。それが煩わしく思えた。


「ついでにバグ・スパイダーをインストール致しましたけど、どうなるのやら」


 我が耳を疑った。


 情報の大海より、データがガンの体を取り囲み始めた。体から軋む音が聞こえてくる。見覚えのある足が体を突き破ってくる。徐々に彼の体は様々な情報が取り入り、肥大化していくではないか。それはもう二人がその場にいられないほどに。キリはこの場にいては危険だと、アイリの手を引いて上の方へと逃げ出した。


 データ・スクラップ・エリアの方へと逃げれば、耳だけならず、目も疑った。情報の大海へとつながる穴へと届くほど、それは塞ぐ大きさにまで成長していたのだ。すべての情報データ塊のごた混ぜ。真っ黒なバグ・スパイダーは不気味に目を光らせている。


「バグ・スパイダーよりも情報を知り尽くし、喰らう者」


 ガンを取り込んだウィルスは強引に上の方へと這い上がってくる。それを待ち構えるようにして向けたくもない武器を構えるキリとアイリ。


情報の大喰い者(バグ・スパイダー)!!」


     ◆


 今頃、キリたちは楽しくガンと遊び回っているだろうか。変なところに行っていなければいいけど。別の仕事をしていたヤグラは彼らがいるコンピュータの画面を覗き込んだ。


「なんだ、これは……?」


 その画面を見て、すぐに眉間にしわを寄せた。急いで部屋の引き出しにある、対処ができそうなケア・プログラムが組み込まれたソフトウェアを探してみるが何もない。


「ガン……!」


 ヤグラの目に映っているのは真っ黒な背景に数字文字の羅列がずらりと、びっしりと。見覚えがある。まだ教官時代だった自分が体験した出来事。軍のシステムデータ。こんなの『あれ』の仕業しかない。


     ▼


 蠢く超巨大なバグ・スパイダー。腰に提げられたエレクトンガンなど効くはずもない。頼れるのは己の実力と二人の連携のみ。


「ガン!」


 呼びかけようにも、それはガンに届くだろうか。否、届かないだろう。こちらに仕向ける不気味な赤い目は敵意をむき出しにしている。邪魔をするならば、貴様らを食い尽くしてしまうぞ。


「キリ! あたしがガンを引きつける! その間に対処法を考えてっ!」


 アイリはそう言うと、情報の大喰い者へと立ち向かっていってしまった。


――対処法って言ったって!?


 思いつかない。こんな巨大な敵を倒す方法なんて。頼りにならない。エレクトンガンは元より、事実改変がなかったことになる剣など。


 キリはいつの間にか元の大きさに戻っていた歯車の剣を見た。先ほど、彼女を助けたあの歯車の籠をどうにか利用できるならば。だが、できたとしても、その後はどうする? 弱点すらも知らないのだ。早く、考えろ。どうすればガンを助けられるのだ。どうすれば誰も傷付けず、彼を助けることができるのだろうか。


「あの情報を引きはがせればいいのか?」


 考えられるのはそれだけ。あの男を捕まえて訊き出すという手もあるが、もうどこにもなかった。自分たちを煽るに煽っておいて、このような状況へと貶める。ただ、それだけのことをしに来たようだった。


 あの男は何がしたかったのか。


 キリは飲み込まれたガンを見た。アイリが持つコンパスの剣の光を煩わしそうにして、追いかけていた。いくら、傷の痛みのないデータ上の体としても、長期戦は彼女の体が持たないだろう。


――一か八かだ。


 歯車の剣を強く握り、駆け出す。


「アイリ! 俺のところに来いっ!」


 キリの声にアイリは情報の大喰い者の攻撃を避けつつ、彼のもとへと走った。


「キリっ!」


 アイリとの距離はもう近い。そこでキリは立ち止まり、剣を持つ手を左手に変えて剣先を黒いバグ・スパイダーに向けた。彼女を追うようにして、こちらへと巨大な脚の一歩を踏み出してくる。


――来いっ!!


 アイリとすれ違う瞬間、アイリからコンパスの剣を――黒色のコンパスの剣の方を受け取り、歯車の剣を地面へと突き立てた。


 張り巡りつながれ、歯車の籠よ。人の頭に巡り巡った記憶のように。この世のすべての情報のように。この時代の埋もれに埋もれた情報が存在するように。存在が――事実が重なり、重なり合った運命のように。


――巡り巡って出会った者たちのつながりのようにっ!!


 歯車の剣はその見た目を大幅に変形する。情報の大喰い者を取り囲う。這いつくばう。


 そこでじっとしていろ。助けてやる。記憶を――プログラムを書き変えられたならば、救い出してやる。届かないところにいようが、手を伸ばしてやる。


――俺たちが助けてやるっ!!


 歯車の籠が二人に足場を作る。そのまま、彼らは情報で作られた体の中へと斬り込み突進するのだった。その際に彼らの背後から別の光が情報の大喰い者を照らした。


     ▼


 ガンは情報の渦に取り囲まれていた。真っ暗で何も見えない場所。今まで見てきた白くて無機質な世界とは正反対に不安がある。彼には一つだけ不満があった。それはせっかく友達ができたのに、いつでも会えないことだった。メールではおしゃべりできるが、このデータの世界にいて口で話さない。だから、今日キリとアイリが遊びに来たときはとても嬉しかった。


【正直言って、ガンのあの姿は好きじゃない】


【いつも見ているガンは嘘じゃないかって】


 けれども、同時にそう言われて自分を否定された気分になった。自分はこのデータの世界の住人であって、彼らのような人間ではない。動きや言動の思考や単純な感情を情報データとして組み込まれた一介のプログラム。ああ、哀れなものよ。人とプログラムに友情など存在すると思っていたのはこの自分だけのようだったようだ。


 ガンは嘘を人以上につけない。そういう思考のプログラムを組み込まれていないから。彼は予測不能なものを人以上に見抜けない。そういう思考のプログラムを組み込まれていないから。


 予測不可能。


「ガン!!」


 予測以上を超える状況が目の前に広がった。真っ暗闇のその場に光が開けて手を差し伸べる三人がいた。二人はわかる。キリとアイリだ。もう一人は見たことがない人物だった。眼鏡をかけた男性――。


 しかし、その男性が誰なのか、わかった。


「ヤグラ?」


 プログラムがなんだ。人がなんだ。ただ、また彼らと友達になれたならば。


 無理やりこじ開けた情報の体に歯車の籠が入り込んでくる。それはメキメキと音を立てながらつながっていく。辺りを淡い光で包んでいく。


 よみがえれ、人知を超えた友情よ。握れ、友情の証を。届け、記憶為想思(きおくがなすおもい)よ。


 差し伸べられるヤグラの手をガンは握った。その直後、ガンの体を取り囲んでいた情報の塊がはがれ落ちる。彼らはデータ・スクラップ・エリアにある穴へと落ちていくのだが、ガンが誰一人として取りこぼすさずに、そのエリアの床へと転がり込んだ。


「なんとか間に合ったようだね」


 ヤグラは眼鏡を上げながら、そう言った。


「教官、どうして?」


「コンピュータの調子がおかしくなったんだ。それで、急いで調べ上げたらガンにバグ・スパイダーのウィルスがかかっていたからね。一応取り除いたけど、みんなが心配だったからこっちに来てみたんだ」


 そうだったのか、とキリはこの場を見上げる。そこにはつながりにつながった白い樹木、記憶為想思がそびえ立っていた。記憶も情報も同じだ。そのための想いが存在するのだから。一つ一つに誰かの想いが存在しているのだから。


「キリ」


 ガンに呼びかけられる。ガンはアイリとヤグラの方も見た。


「アイリ、ヤグラ。私を助けてくれて、ありがとう」


「どういたしまして」


 ガンのお礼にヤグラは微笑むのだった。


     ◆


 現実世界へと戻ってきた三人。どっと疲労が来たのか、二人はマシンに深く座った。


「ふへぇ。なんかすごいことになったねぇ」


「ああ……」


 一方でヤグラはこちらへと戻ってきても、何かしらの作業を止めようとはしなかった。何かを弄り倒しているようである。それが気になったアイリは立ち上がると、彼の手元を覗き込んだ。


「何しているんですか?」


「うん? もうちょっと待っていてね」


 ヤグラの手元にはスピーカーらしき物があり、それの弄りが終わると――彼らが使用していたマシンである脳情報変換機へとケーブルでつないだ。そして、今度は別のケーブルにマイクを取りつける。


「できたよ」


「できたって、何スか?」


 当然理解不能の二人は首を傾げた。それに不敵な笑みを浮かべるヤグラは手に持っていたマイクを口元に近付けて――。


「ガン、聞こえるかい?」


 そう言った。


――え?


 突然、ヤグラは何を言い出すのだろうかと思えば、取りつけたスピーカーの方からノイズが走った。


《もしかして、ヤグラかい!?》


 ガンとは少し声質が違うような声がそこから聞こえてきた。彼の持つコンピュータの画面上にはスピーカーから聞こえてきた声と同じ文字が打ち込まれている。


 それはまさか――。


「そう、これでガンと会話ができるよ」


《本当かい!?》


「ああ、もちろんだ」


 ヤグラのその言葉に二人は頬を綻ばせると、そのマイクのもとへと駆け寄って「ガンっ!!」と呼びかけた。


「ガン、俺の言葉が聞こえるか!?」


「あたしも! あたしの声も聞こえる!?」


《もちろんだよ、キリ。アイリ!》


「うぉおお! すげぇ! 教官、この機能を俺の連絡機につけてくださいよ!」


「あたしも! 連絡機持たないから!」


「ははっ。それは少し時間がかかるなぁ」


 そうだとしても、現実の世界でガンと会話ができるのにはとてつもない喜びだった。いや、それは彼らだけではない。ガン自身もだ。彼らはおつかいのことなどすっかり忘れてしまう。ウノたちから連絡が来るまでずっとおしゃべりをしていたのであった。

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