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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第三章 罪人たちによる奪還戦
51/96

伝統

 たくさんの建物が並びに並んでいた景色はすっかりと見なくなった。そんな峠道の方へと入りいくのは一台のバイクである。まだ午前中だというのに眼前にそびえ立つ山を今日は越えることはできるだろうか、と運転するハイチは思う。それは後ろに座るアイリも同様に感じていた。


「高い山ですねぇ」


「世界一高い山、『世界を見る目』だそうだ」


「あぁ、本当。よくよく見たら、上の方にある岩肌に穴が空いていますよ」


「へえ、そこから神様が見下ろすってか?」


 山道に入らずとも峠道で迂回すれば、別の町へと行くことが可能だろうか。そうハイチはバイクを停車して偶然見つけた表示案内を眺めた。だが、この案内板は建て替えようとしないのか、風化して文字や道路までもが見づらくなっていた。


「お前も連絡機はなかったよな?」


「元々、身一つで王国を出てきていますしねぇ」


 口を尖らせて渋った。町から出るときに、二日分の食料を買い込んでおけばよかった、と。ここら辺の地理関係はさして詳しくないし、下手すれば次の町までに時間が相当かかりそうである。昨日いた町には窃盗などやらかして、もういられないし。


「道に迷いましたか。困りましたねぇ」


 そう口には出してはいるが、困ったという様子を見せつけないアイリは昨日に購入した食料を頬張っていた。


「それ、今食べるべきじゃねぇだろ」


「いやいや、賞味期限を見てくださいよぅ。今日の午前中までとありますよ?」


「昼飯まで我慢しろよ。午前中までなら、腹も壊さないだろ」


「仕方ないことです。私の性格はきっちりなんで。賞味期限が一時間前に切れていようが、それを口にしたくはないんです」


 きっぱりと断言するアイリにハイチは鼻で笑った。


「そんなんだから、体重が増えるんだぁああああああ!?」


 急激な首の鎖の電気攻撃。ハイチは涙目ながらも首筋を押さえる。アイリには悪びれた様子は一切ない。むしろ、それが当たり前だと確言してきそうな勢いである。


「学習したらどうなんですか。口は災いの元ですよ」


――元々が災いの塊のくせにして!


 なんて大声を上げて言いたいところだが、連続しては食らいたくない。


「……さぁて、どこに行けばいいのやら」


 気を取り直して使い物にならなさそうな地図案内板を眺める。ふとアイリが峠道の周りにある茂みの方からの視線に気付いた。人数からして一人ではなく、数人のようだ。彼女はハイチの服の裾を引っ張る。それに彼は「なんだよ」と横目で見てきた。どうもこの視線に気付いていない様子。


「あなたを狙っている方々があちらに来ているみたいですが?」


「ああ?」


 そう言われ、ハイチはバイクのエンジンをかけたまま降り、視線があるらしき茂みの方に顔を向けて睨みつけた。市場の町と同等の連中であるならば、リミッター外してあの姿となるか。いや、待てよ。もしも違ったら?


 茂みからは視線は感じても、敵意や殺意は全くないようだった。それではなんなのか――。


「誰だ、出てこい」


 視線の持ち主にそう問いかけても出てこようとはしない。ほんの少しだけ動きが見えた。そこからガサッと音がする。それが逆に不気味な気がした。


 峠道と言っても、ここは山の陰に隠れて日当たりが悪い。なんと言うか夜でなくとも薄暗いこの場所には――。


「幽霊か?」


 ぼそりと呟くハイチに対して、アイリはハンドルを握りしめて置き去りにして逃げようとする。待ちやがれ、一人で逃げようとするな。なんて彼が片手でバイクを止めるという、とんでも芸当を見せつけてきた。前輪が空振りして浮く。流石は異形生命体の力を持つ男、そのようなことができるとは。


「何してんだ、お前は」


「脱出。その手を離して」


「ヤだよ。足どうするんだよ。歩きで次の町に合流しようってか? 冗談じゃねぇ」


「健康になれますよ」


 全然嬉しくないやい。ハイチはエンジンを切って、鍵を没収した。逃げ足がなくなったがために、アイリは彼を盾にする勢いで守りに入った。


「……もしあれだったら、クラッシャー先輩を押して、盗んで逃げる。押して、盗んで逃げる。よしっ、イメージ終了! さあ、話しかけてください。訊きにいってください」


「…………」


 何も言えないハイチは渋った表情で茂みの方に近付いていく。


「で、出てこい!」


 もう一度呼びかけをすると、その茂みから見慣れた仮面を被った上半身が裸の男が出現した。コインストの者かと思うが、こちらに向ける雰囲気は全然違う。むしろ、穏やかさがあった。だが、異様な光景ではある。手には斧が握られている。殺意はないにしろ、ある意味での怖さはあった。そして、どことなく気になるこの男の下半身。


 アイリの方を一瞥すると、彼女は不安そうにこちらを見ていた。だが、その後ろ側――。


 周りにはコインストや反政府軍団員たちが被るような仮面をした男衆が静かにぞろぞろと集まってくるではないか。アイリはまだ気付いていない。ハイチが彼女の方を振り向くと、彼らは黙っていてと、ジェスチャーをしてきた。


 再び、茂みから現れた男を見る。彼は両手を小さく振って何かしらをアピールしてきていた。


「ぎゃあっ!?」


 後ろの男衆にようやく気付いたアイリは大声を上げてハイチを押してきた。男と共に倒れる彼のポケットの中からバイクの鍵を取り、独りでに逃げ出そうとする。


「おまっ!? 待ちやがれっ!」


「さようなら、クラッシャー先輩。あたしはあなたのことを忘れません!」


 逃げようとするアイリ。だが、それを阻止しようと男衆たちも「流石に待って!」と言う。


「ちょっと待ってよ、きみっ!」


「誰が待つかっ! この全身が訳のわからん野郎!」


 バイクのエンジンをかけ、吹かし始めるアイリ。ハイチを含んだ男衆を撥ね飛ばす勢いで狙いを定めようとしているではないか。それは、と彼が止めようとした。その思いというのは相手が不憫だからではない。相手が怪我をするからという考えではない。自分が不憫だからという、自分優先で考えた結果の行動である。


「ちょっと待てぇ! 何一人で逃げようとしているんだよ! 俺はあれか!? 生贄のつもりか!?」


「それ以外、何のメリットがあるというんですか!?」


「メリットだとぉ!? お前は俺のことをなんだと思っているんだ!」


 今度は仮面の男衆を完全無視して口論を始める二人。これには彼らも困惑をするばかりである。互いに顔を見合わせてどうする? いや、どうしようもなくないか? どうしよう? とでも言うような面持ちでいた。やがて、その場での最年長らしき男が手に持つその看板を杖代わりにして前に出てきた。男衆たちはその者を怪訝そうな雰囲気で見る。


「どうします?」


「やりづらいなぁ」


「でも、そろそろネタバレしないと、埒が明かないのでは?」


「そうだよなぁ」


 ややあって、看板を手にする男が二人に声をかけてきた。ハイチたちは怪訝そうな表情でそちらを見る。


「はい」


 看板に書かれた物をよく見えるように持ち上げた。その字を見てハイチは片眉を上げる。


『ドッキリ大成功』


「ドッキリ?」


「と、書かれていますねぇ」


 誰か一人が「せぇの」というかけ声を上げると――。


「古跡の村へようこそっ!!」


 着けていたお面を取って、苦笑いの顔を見せた。


「ドッキリ?」


 もう一度ハイチが言う。今度は男衆たちに対してである。それにしわくちゃの顔の老人が「そうです」と照れた顔を見せながら答える。


「最近、古跡の村は観光業に力を入れているんですよ。それで、お客さんたちを呼び込んだり、喜ばせたりするためにドッキリを仕掛けてみたんです」


「…………」


「いかがでしたか? こう、村おこしをやっているところがあると聞いたことがあるもので」


 何の反応も見せない二人の態度が少しばかり怖いな、と老人は不安になる。だが、彼らは笑ってくれた。ああ、この笑顔だ。びっくりして、安心した後に見せる笑顔だ。ほら、それにつられて村人たちも笑顔を見せているではないか。


 これにて、一件落着。なんて老人が成功したと思っていると――。


「紛らわしいんだよ、クソジジイどもがっ!!」


 ハイチとアイリの怒号がその場に響き渡るのだった。


     ◆


 村人たちに案内されて、古跡の村の方へとやって来た二人は消衰しきっていた。バイクを村の入り口付近に停めさせてもらい、あの老人――村長の家へと招待される。


 観光客としての扱いのため、村人のほとんどが村長の家を覗きに来て二人の尊顔を見ていた。家の周りが騒がしいな、と思う。


「ははっ、では改めて。古跡の村へようこそ、旅人さんたちよ」


「うん。というか、村長さんよ。あんたの家の周りにめちゃくちゃ人が集まってきているんだけれども」


「それはそれは。みんな、久しぶりの客人だから珍しがっているんですよ」


 ここで、村長の娘が二人にお茶を出してくる。娘はハイチの方を見て、少しばかり顔を赤らめていた。


「だからと言ってもねぇ。落ち着かないんですけど」


 あまり人に注目されるのが好きではないのか、アイリはしきりに窓の外を気にしていた。


「ていうか、久しぶりってどれくらい久しぶりなんですか?」


「十年ぶりですね」


 その答えにお茶を飲む二人は吹き出しそうになる。十年も観光客が訪れていないのに、観光業を主力にしようと考えているのか、この村は! 逆に感心するんだけど。


「ふふっ、色々と日々考えているんですよ。どうすればお客さんを喜ばせることができるか、と」


「そんなことをするヒマがあるなら、よそで村の宣伝をもっとするべきじゃないですか?」


「普通に考えてそうだよな」


 村人たちのドッキリがなければ、こんな村の存在を知らなかった。そう口々に言うハイチたちに村長は雷に打たれたかのようにしてびっくりしていた。


「せ、宣伝!?」


「いや、この村って封鎖的じゃないスか?」


「ですねぇ。まさかとは思いますけど、毎日ああしてあの看板を見にくる人を待っていたんじゃないんですか?」


「えっ? いや、ほら。古跡の村って聞いたことないですか?」


 聞いたことがないと言う二人に、更に雷に打たれたような表情をする。


「き、聞いたこと本当にないんですか? この村、キイ教の聖地として称えられている村なんですよ!? 誰もが知っているでしょう!?」


「俺たち、信者じゃないんで」


「ていうか、信者の人でも知らないんじゃないんですか?」


 十年も観光客が訪れていない時点で、というアイリの発言に村長は床にへこたれた様子で伏してしまった。


「そ、そんなっ!」


「まさかとは思いますけど、宿も数年前に作って誰一人として泊まったことがないとか。それはないですよね?」


「ああ、それは流石にないですよ。ごくまれに夜に見回りの軍人さんたちが一晩だけ泊めてくれとウチにやって来るから。でも、早朝に行ってしまうからこの村の魅力を伝えることができないんですよ」


「中継地点ですねぇ。完全に」


「中継地点でも軍人しか知らなかったらなんとも言えないだろ。しかも、その軍人が休暇中にこっちに遊びに来ないってのも完璧に宣伝不足だよな」


 宣伝不足が原因だ。ということで、早速村長は窓から様子を窺っていた村人たちにすぐさま村の宣伝をするように伝達した。それにより、彼らは散り散りになって命令に従い始める。


「あれで、いいのか?」


「宣伝の仕方は知っているんじゃないですか? 流石に」


「いや、そういう意味じゃないんだけど……。見たところ、家の中は町の家の中とは何ら変わりなさそうだなぁ」


 村には電気は通っているし、こちらの部屋に案内されるときには水道水も見えた。ガスボンベもあった。普通に生活するにあたっての問題はなさそうである。


「ていうか、一番の問題ってこの村の魅力ですよねぇ。キイ教の聖地だけで成り立たせようとしていたんですかね、あの村人たちは」


「じゃなきゃ、こんな辺鄙的な場所、誰も辿り着かねぇぞ。村の入り口もあの人たちに案内されなければわからなかったし」


「それよりも聖地って、あのでかい山のことですよねぇ?」


 村人たちが覗きこんでいた窓からは世界を見る目が見えていた。天にまで届きそうなほどの大きさである。


「そうですよ、お嬢さん」


 ここで村人たちに指示を出していた村長が戻ってきて教えてくれた。


「あの山こそがキイ様が降り立った場所でもあるんです。故に、神聖な山としてキイ教信者からは言われているんです」


「ということは、聖地への登山企画を考えているとか?」


「ははっ、何を仰いますか。十年前にあの山への登山は禁止されているんですよ。なので、この村がやれることと言えば、世界を見る目を拝めるだけです」


――この村、ダメだこりゃ。


――あの山、高過ぎるから大体半径五百キロ範囲内で拝めることできるしなぁ。


――わざわざ、この村に泊まることも必要ないですしねぇ。


――もっと言えば、隣町の方がその観光業を宣伝しまくっているけどな。


 なぜか心の中で会話が成立する二人。言いたいことが丸わかり状態なのである。


「さて、お二人方。この村にはどれくらいの期間で泊まっていかれますか? 一ヵ月ですか? 二ヵ月ですか?」


「ていうか、ここの宿代っていくらです?」


「えっと、こちらが宿の料金設定になっておりますよ」


 そう言って、見せてくれた宿の料金額設定。数字の丸を見ただけでも卒倒しそうなほどの高額である。


「……そ、村長。もっと安い物件はありませんか?」


「うん? 村の宿屋は一軒しかありませんぞ?」


「だからと言って、一泊でこの金額って高くないですか!?」


 釣り合わないとはまさしくこのことだ、と元々軍人育成学校社会科教室所属だった二人はツッコミたい。だが、自分たちと村長の価値観は違うようで――。


「そうですか?」


 村長はこれで問題はないとでも言いたげに、料金額設定の数字を眺めている。そう思える神経がすごいな、とアイリは思っていた。もしも、自分が宿の経営者だとしてもこんな狂った金額は流石に提示しない。一般的な宿屋よりも少しお高め設定はするつもりはあるのだが。


「そうですよ。一晩寝泊りするだけですよ? 高いですってば」


「一晩?」


 今度は村長の方が片眉を上げてくる。なぜにそんな顔でこちらを見てくるのかと思えば――。


「これ、『一晩』の設定じゃないですよ。『一ヵ月』の設定ですよ」


 どうやら、この村での一泊は一ヵ月に相当するらしい。一晩は一晩だと村長がその一ヵ月料金と一ヵ月の日数で割ってくれた。すると、あら不思議。町にある宿屋よりも、どこの宿屋よりも格安のお値段と化する。なんだよ、この宿泊プランは。


「えっと、お二人さんは一泊ではなく、半泊でしょうか?」


 村の人たちの頭の中の計算からいくと、半泊というのは半月だろうか。


「いえ、二、三日くらいで結構です」


 少し疲れきった表情でハイチが答える。それに村長が、聞き耳を立てていたのか彼の家族が卒倒する勢いの感嘆を上げてきた。


「す、少なくないですか!? せ、聖地ですよ!? 世界を見る目ですよ!?」


「と言ってもなぁ」


「言うほど、興味ないですしねぇ」


 しかも、それをただ眺めるだけだという。キイ教の信者にとってはありがたい話なのかもしれないが、再度記述する。ハイチとアイリはキイ教の信者でもなければ、他の宗教の信者でもない。無宗教者である。


 そのことを伝えれば――。


「それでは是非とも、キイ教のすばらしさを教えてあげましょうか」


 なんて勧誘してくる始末。彼らは断るようにして、宿屋の方へと逃げるしかなかった。


     ◆


 その日の夜、ハイチは部屋の中にいてもつまらないと思っているのか、村の外れの方を散歩していた。遊歩山道があり、世界を見る目を間近で見ることができる展望台がその先にあるらしい。真っ暗で何も見えないかもしれないが、行く価値はあるかもしれないなと足を進めていた。


「威圧感だけはバリバリとあるなぁ」


 実際にその展望台へと行ってみると、世界を見る目に圧倒された。山の先端に空いた穴から月が顔を覗かせているのだ。


 まさしく世界を見る目。世界を見渡すとでも言うべきか、金色の目玉。その目玉は綺麗に穴の中に入っているわけではない。穴の下の方がかかっており、まるでこちらの方を見下すような形となっていた。その目線の先は古跡の村か。


「世界を見る目は、何も見るのは昼のときではないんですよ」


 誰かの声がする。こちら、展望台の方に村長が足を重そうにして登ってきていた。


「毎日見れるというわけではありませんが、この地域一帯は晴れの日が多いんですよ。だから、こうして日の目も月の目も、我が村を見守ってくださるんですよ」


「ああ、そう言えば、向こうの方は大抵曇っていますしね」


「これも、村人みんながきちんとキイ様の教えを守っているおかげですよ」


「ふぅん? 黒の皇国の連中全員がキイ教万歳としていると思っていたんですがね?」


 村長は足が疲れたとでも言うように、設置されていたベンチに座った。手には酒瓶が握られており、「一杯どうですか」と勧めてくる。


「可憐な女性ではない、老いぼれですけど」


「いえ、いただきます」


 ハイチは村長の隣に座り込み、注がれた酒を飲んだ。少しばかりほっとする。


「本当はお連れさんも誘おうと思っておりましたが、未成年でしょう?」


「いや、俺はあいつの年齢を知らないですよ。見た目は未成年でしょうけど」


「実はね、私はこうして毎日、ここにお酒を飲みに来るんですよ」


「まあ、珍しい光景ではありますもんね」


 ちらりと山の方を見る。金色の目玉は微動だにせず、こちらの方を見ていた。それを眺めながら酒を飲む。なんとも奇妙でありながら、キイ教の者たちにとって羨ましいことだろうなとは思えた。


「……そうだ、村長。これも観光業の一環とするのはどうすか? それこそ、宣伝をして――」


「嫌ですね」


 村長は空になった自分のカップに酒を注いだ。注がれる音が周りに響く。


「きっと、集まってくるのは武装をした連中くらいですよ」


「それは流石に……」


「あるんです。彼らはここを狙っております。そして、カムラ悪神が追放された追放の洞を破壊しようと目論む連中ですから」


 ハイチは黙ってカップの中身にある酒を飲んだ。僅かとなったカップの酒に気付いた村長は「お代わりありますよ」と催促してくる。それに甘えた。


「彼らは本当のキイ教の信者ではないんですよ」


「……どういうことっスか?」


「自分たちが都合のいいように解釈をしたご都合主義者ですよ。もちろん、今の政権を握っている皇族だって」


「皇妃は兵力も武器も捨てて、世界平和を望んでいたみたいですけどね」


「いえ、それでも彼らはキイ教というものを履き違えております。もちろん、カムラ悪神が人を唆す悪魔だということも」


 なんだか話がつながらないな、と酒を口に含んだ。そんなハイチに村長は「あなたはキイ教のことをどれほどご存知ですか?」と訊いてくる。どれほど、と言われると――自分の義父であるヒノから聞いたことを思い返そうとする。確か、そうそう。


「欲を持っちゃダメな宗教っスかね? キイ神とカムラ悪神が出てくるしか、よくわからなくて」


「間違った解釈で伝わったんですね。全く以て違います。本当のキイ教とは人が人であるための教えなんです。欲を持つな、と言うのはおかしな話です。人は欲求という存在が最初から備わっておりますしね。食欲、睡眠、性欲。何も悪いことではないんですが、その欲求が大きく膨れ上がってしまうのはダメだということなんです」


「つまりは最低限の欲を持ってもいいっていうことですか?」


「その通り。もしも、欲を持つなとなれば、ご飯も食べられない、寝ることもできない。可愛い子や綺麗なお姉さんとウハウハができない。それに、こうしてあなたとお酒も飲むことすらもできないでしょう。欲を持つというのは罪ではないんですよ」


 村長は酒を口に含んだ。


「彼らは欲を持つことは罪だの、カムラ悪神が必要ないのだと仰っておりますが、必要なんです。人が存在するためには。それはもちろんキイ様だって同じ。人々と神様と悪神が存在しているからこの世は成り立つのですよ」


 そう言いきるとカップに残っていた酒を飲み干した。そして、村長は立ち上がる。


「旅人さん、この村に寄っていただいてありがとうございます」


「いえ、俺はそんな……」


「ふふっ、まるでキイ様とカムラ悪神が来たみたいで嬉しかったですよ」


「は、ははっ?」


 そう言われても嬉しさは一ミリもないハイチ。村長はそろそろ村の方へ戻ると言った。


「空のカップはここから降りたところにごみ箱を設置しておりますのでそちらに」


「ありがとうございます」


 そうお礼を言うと、ハイチは一人で金色の目玉を眺めながら酒を飲み干すのだった。


――『罪』か……。


 何も考えたくないな、と立ち上がった。余計なことを考えていたら、そこから見る目に見透かされそうな気がしたから。ハイチは展望台から降り、下の方に設置されているごみ箱へと空のカップを捨てた。


――とてつもなく、むしゃくしゃするのはなぜだろう。


     ◆


「――で、何しに俺を呼びに来たんだ?」


 遊歩山道を下りていると、アイリと遭遇したハイチ。どうやら彼女は自分を呼びに来たらしいが、それが何を以て呼びに来たのかはわからなかったのだ。


「あぁ、忘れるところでした。これ」


 アイリはハイチに紙切れを渡した。だが、こんな暗いところでこれを読めというのは、なんたる無茶ぶりだろうかと思う。ただでさえ、月明かりが雲に隠れてしまっており、彼女の表情も村へと続く足下も暗くて見にくいのに。


「宿の方に戻ったら見るよ」


「えぇ、是非とも見てくださいな。お願いですよぅ」


 お願いだと言うから、早速宿屋に戻ってその紙を見てみると――。


『これであなたも立派な狩人に! 狩り体験をしてみませんか?』


 そのようなことが書かれた広告だった。どうやらアイリは狩り体験をしたいらしい。


「クラッシャー先輩、部屋にいなかったし。ヒマ潰し求めてロビーの方に来たらこんなパンフレットが置かれていましてね。どうスか、狩り。狩り」


 なぜかそう言いながら槍で突くふりをした。


「どうせ二、三日滞在するんですし。キイ教のくだりを聞かされてもしょうがないでしょうし」


「もっとも言っちゃあ、そうだよな」


 それならば、早速村長の家の方に行って訊いてみるかと行動を移そうとする二人の前に――どこから現れた? 村長が「お呼びですか」とやって来た。


「ようこそ、狩り体験ツアーへ!」


「いよっ! 待っていましたぁ!」


 村長の言葉にアイリが嬉しそうにしているのだが、ハイチはそうではなかった。突然の登場に心臓が止まりそうになったからである。どこで聞き耳を立てていた? どこで待機をしていた?


「そうですなぁ。狩りともなれば、そこはやはりお二人方は民族衣装に着替えてもらいましょうか」


「えっ、着てみてもいいんですか? あのみなさんが着ているの!」


「もちろんですとも。お兄さんの方も着られますよね?」


 そう村長はハイチの方を瞥見してきた。だが、ハイチはそれを断る気である。なぜって、村人の男たちの大半が上半身裸だから。腕は人に見られたくないのである。


「着るって……あれ、脱いでませんか? なんか嫌なんですけど」


「そんなこと言われましても、お二人分の物はすでに出来上がっておりますが?」


 そして、どこからやって来たのか――二人の村人女性がマネキン二体を乗せた台車を押してきた。


「うわぁ、可愛いっ!」


 目を輝かせているアイリには悪いが、あえてはっきり言わせてもらおうか。


「……これ、どうやって作ったんですか? 俺たちの服のサイズ知らないでしょ?」


「ふふっ、これはですね、お二人のご夕食の際にこっそり部屋に行って、服のサイズを調べたんですよ」


「傍から見りゃ、不法侵入ですが?」


「村長さん! これ、着てみてもいいんですか!?」


「ええ」


 アイリは嬉しそうに女性用の民族衣装を着飾ったマネキンが乗った台車を押しながら自分の部屋へと戻っていった。


「どうですか、お兄さん」


「……俺、腕に怪我痕があるんで、これはちょっと」


 流石にこれは着飾れないと断言するハイチ。


「そうですか。それならば……おい」


 村長がその場に残っていた女性に声をかけると、彼女はどこかへと走り去ってしまった。かと思えば、何かを手にして戻ってきた。それは――。


「男性の民族衣装、寒期バージョンです」


 普通に長袖のシャツだった。それならば、自分自身が持ってきている物で――あれ?


「お兄さん、これとこちらの寒期バージョンを着こなせば、見せたくない傷も完璧見えませんよ」


「いや、そのシャツは俺のでしょ」


 差し出されたこのシャツは忘れるはずもない。私物だからである。


「うふふ、衣装を作る際に拝借致しました。あっ、こちらの下の方もお返し致しますね」


 女性からそれらを受け取るハイチは鼻白むしかない。


――いや、絶対に上は要らんかっただろ。


 そう心の中で呟きながらも、民族衣装も受け取っていると――。


「着替えてきましたよぅ!」


 早々に着替えてきたアイリがその民族衣装をお披露目してきた。胸を隠したへそ出しルックス。くるぶし丈まである腰巻は横から白くてすらりとした足が見えていた。両手にはジャラジャラと金属の腕輪が。首元も原色のビーズで作られたネックレスが。コインストの者たちがしていたような仮面を頭に引っかけていた。


「おお、お似合いですよ」


「そうですね」


 なんて村長と女性は高評価を与えるのだが――。


「どうスか、先輩!」


 私、似合っているでしょう? とでも言わんばかりのしてやったりの満面の笑み。だが、ハイチは鼻で笑う。


「あれだな、胸がもう少し欲しいところだな」


 そこは褒めない。そして、口は災いの元であると再確認ができるような――。


「いっ!?」


 首筋へ電撃がこんにちは。だが、ここは事情を知らない二人が見ている。ハイチは我慢して、着替えてくると逃げ去った。それと同時に一人の男性が箱を抱えてやって来る。


「村長、できましたよ!」


「おお! もう先に着替えに行ってしまったが、どうにか間に合ったな!」


 箱を受け取る村長にアイリは首を傾げた。


「中身はなんですか、それ?」


「実は男性民族衣装にあたって、あれは未完成状態なんですよ」


「そうですか? あっ、仮面? は、あったか」


「も、そうなんですが、これは村の冠婚葬祭や狩猟時での正装として必要なんです。今のお兄さんが着る格好はラフな格好と言うべきですね」


「そうなんですかぁ」


 なんて話し合っていると、少しばかり恥ずかしそうにハイチが着替えて戻ってくる。上は長袖のシャツと手袋。下は八分丈の白いズボンにサンダル。首飾りと仮面は彼女と同様である。


「なんか、変な感じ」


「うわぁ、激しく似合っていませんねぇ」


「うるせぇな!」


 歯を立てる彼に村長は箱を手にしてハイチのもとへと近寄ってきた。


「さあ、お兄さん。こちらを装着していただければ、完璧この村の人物に成りきれますよ」


 そう言って、受け取った箱を開けると中身を見て絶句した。硬直状態で開いた口が塞がらないとはこのことか。村長がその中身を手に取ると、箱の中が見えなかった位置にいたアイリも複雑そうな心境を見せていた。


 ドッキリのときから知っていはいたのだが。途中で見えなくなったから気のせいだと思っていた。あまりの恐ろしさに見えたただの幻覚だと思っていたのに。


「これをですね、こ――」


「そ、村長?」


「はい?」


「それは何?」


 ハイチが指差す先は村長が手に握る物。


【嫌がらせは止めろっ!!】


 それはまさしくシエノ港町のアクセサリーショップで見たことのある男性器を隠す物だった。


「なんと申し上げますと。男性の股間に装着するアクセサリーですね」


「アクセサリー?」


 訊き返す彼に村長は頷く。ハイチはアイリの方を見た。


「……あれ、本当にあっちのアクセサリーショップに保管されていたんですよ」


「嘘っ! 嘘ぉ!?」


 アイリと村長の手にあるアクセサリーを交互に見た。まさかのアクセサリー類の物に驚きを隠せない。いや、それは彼女も同様である。まさか、ただの悪ふざけばかりと思っていたのに。


「お兄さん、これをズボンの上から股間が覆い被さるように装着してくださいな」


「嫌だよ! それがいくらなんでも伝統的だと言われても、俺は嫌だよ!」


「あたしも嫌ですねぇ。あのときの状況と今の状況じゃあ、全然違いますしねぇ」


「ええ? おかしいですか?」


 断固拒否反応を起こすハイチに村長は箱を男性に預けた。アクセサリーを自身に覆い被せ「変じゃないよな?」と確認を取る。男性は「もちろんです」と大きく頷く。


「お兄さん、これは我が村の伝統的――」


「だとしても、それはもっと絶対に嫌だっ! しかも、あんたが使用しているし、もっと嫌だわ!」


 アクセサリーを押しつけてくる村長を振りきって逃げ出すハイチ。当然だろうとアイリが苦笑いしていると――。


「それならば、お嬢さんがお渡ししてくだされば……」


「それ、一応使用済みですよね? 触りたくないですよ」


 即、お断りを入れた。


「仕方あるまい。私がもらうか」


「昔の観光客も嫌がっていましたけどねぇ? なんででしょうか?」


「わからないなぁ」


     ◆


 翌朝、ハイチは目の下に影を作って起きてきた。変な夢を見てしまったらしい。食堂の方へと赴くと、アイリがすでに民族衣装の格好で朝食を採っていた。見慣れない姿格好だからほんの一瞬だけ誰なんだろうと思ってしまうほどだ。


「あっ、おはよございます」


「おう。その格好、気に入っているんだな」


「せっかくですしねぇ。って、隈ができていますけど、今日の狩りは大丈夫ですかぁ?」


「うん。変な夢を見てしまったが、差し支えはない」


 夢? と朝ご飯を頬張りながら訊ねる。


「どんな夢ですか?」


「言わない。言ったら、怒るかこれで攻撃してくるだろ」


 ハイチは首の鎖を軽く弾きながら、席に着いた。


「というか、飯のときに言うモンじゃない」


 絶対に言わないと断言する。そこまで言うのであれば、余程の夢だったのだろう、と納得したアイリは「そうですか」とだけ反応をした。


「ところで、村長がご飯を食べ終わったらここで待ってくれだそうですよ」


「ああ、狩りについてかな?」


「そう! 狩りですよ、狩り!」


 楽しみだな、と言いながらもアイリはフォークを槍に見立てて突くふりをし出す。昨日からそればかりだな。


「お前のその狩りに対する知識は槍しかないのか」


「それを言うクラッシャー先輩だってそうでしょ? 狩りで何を想像しますか?」


「…………」


 などと言われ、実際に想像を働かせてみた。逃げる動物にそれを追いかける人間が持つのは槍である。本当にアイリの言う通り、槍持って動物を追いかける状況しか想像ができなかった。


 自分の想像力が足りないのだろうかと複雑な思いで食べていると、村長がやって来た。噂をすればなんとやらと言うか――言うほど噂はしていなかった。


「おはようございます、お二人方。昨日はぐっすり眠れましたか?」


「はい」


「それはよかった。ああ、お兄さん。こちら、新しい物なので――」


 寝起きで一時間も経っていないのに。なんという物を見せてくるか、この老人は。


「要りませんよっ! つーか、飯食っている最中に止めていただけませんか!?」


「え? 新品ですよ? 昨日のではないんですよ?」


「いや、だから食欲が失せるからそれを見せてくるなっつってんの!!」


 こめかみに青筋を立てて、怒りを大きく表すハイチ。昨日のノリは酒を飲んでいたから悪酔いでもしたのだろうと思っていたが、それはただの思い込みに過ぎなかったようだ。昨夜の村長は酔ってなどいない。普段通りの彼だったのだ。


「えっ? アクセサリーを見て食欲が失せるんですか? なんかおかしくないですか?」


「ああ、そうかもねっ! 元々俺たちはあんたらと違う文化で育ってきたやつなんだよ! だから、その文化がおかしいと思うのかもしれないね!」


「……私はお兄さんを怒らせてしまったのでしょうか?」


 悪いことでもしたのだろうか。村長は逃げるようにして、朝食を食べていたアイリの方を見た。だが、彼女自身も冷たいようで――。


「それ持って、こっち見るの止めて」


 きっぱりと言ってしまう。だが、これ以上自分たちの伝統を押しつけたところで嫌がるというのであれば仕方ない。村長はそれが入った箱を彼らが見えないような場所へと置き「これでよろしいですか」と訊いてくる。どこかしょんぼりな顔を見せる彼にアイリはほんのちょっぴり罪悪感があった。


「……すみません、悪気あって言ったことじゃないんですけどねぇ」


「心得ました。どうも、私たちが持っている文化は他の方々に受け入れられにくいようですね」


「いや、受け入られにくいというか。その文化自体が特殊過ぎるんですよ」


「なるほど、自重致します。が、文化や伝統は誇りであると思っているし、守っていきたいので止めはしません」


「それは頑張ってください。そんで、あたしたちに用だったのはあれですか?」


 朝食を一足先に食べ終わったアイリは口元をテーブルナプキンで拭きながらそう訊ねた。ハイチは彼らのことを無視して食べ続けるようだ。


「いえ、あれはついでです。本題は今日の狩り体験のことだったんですが、お兄さんがまだ食べ終わっていないようなんで、もうしばらくお待ちします」


「あっ、そこは大丈夫ですよぅ。あれ以外の話なら、聞きますでしょうし。ね、先輩」


「……聞きますよ」


 テンションこそは低いものの、話は聞くらしい。それならば、と村長は食堂の方を一度出ると、一丁の弓と一本の偃月刀を持ってきた。


「こちら、狩り体験で使う武器となります」


 村長が説明をし始めると、アイリは目を皿にした。驚きを隠せないらしい。


「か、狩りって槍じゃないんですか!?」


「いや、それはどれだけの大昔の話ですか? 我が村ならず、この国の伝統的な狩りは弓矢と剣ですよ。それに、お二人が着ている民族衣装も元は狩りの衣装だったと言われていますし。この剣も今は皇国軍の軍刀となっておりますが、本来は狩り用の剣なんです」


「へぇ。の割にはこいつが着ている女性の民族衣装は仮に最適とは言いがたい気がするけどなぁ」


 言われてみれば、とアイリは思った。特に腰巻がそうである。くるぶしまである長さなのだ。獲物を追っている最中に、どこかへ引っかけてしまいそうである。


「女性のは昔は短かったらしいですよ。まあ、そちらに関する詳しいことは体験で引率する村の娘に訊いてみてくださいな。こんなジジイが言ってしまうと、変態的だと思われたくないからですし」


 一人笑う村長であるが、二人は笑うに笑えない。


「さて、お二人さん方は弓矢をお使いになられたことはありますかな?」


 話題を変えるごとく、村長が二人に訊ねてくると、アイリがハイチの方を見てきた。


「先輩、あります?」


「ないな。ていうか、銃砲の時代に弓矢は使わないからなぁ」


「それならば、軽く練習をして行かれた方がいいでしょう。お兄さん、食べ終わりましたかな? ご案内致しますよ」


 二人は村長に案内されて弓矢の練習場へと向かうのだった。


     ◆


 初心者なのに以外にも弓矢の上達が早かった二人。これに村長は驚きを隠せない様子で是非とも我が村に移住してきてくれと提案をし出してきていた。断りを何度か入れるも、それは狩り体験の場所へ案内されているときでも言ってきていた。しつこい。


「どうです? お二人ともお若いですし」


「いや、だから移住しないって言っているじゃないスか」


「えぇ。自然いっぱいだし、なんと言っても世界を見る目も間近で見られますよ。見たでしょ、昨日」


「確かに見たけどっ! つーか、俺ら昨日から言っているじゃないスか。キイ教信者ではないって」


「今からでも改宗は可能ですよ」


 本気でしつこい村長にハイチたちがうんざりしつつも体験会場へと足を運ばせていると、二人の男女がそこで彼らの到着を待ち詫びていた。


「こんにちは! 狩り体験の方たち、ですよね? 私はガイドのユリーナ。こっちはシードルです。今日一日よろしくお願いします!」


 なんとも愛想のいい女性である。にこにこと笑顔を絶やさない。一方でユリーナの紹介に預かった青年のシードルはハイチと同じくらいの年齢だろうか。表情は仏頂面であるが「よろしく」とあいさつをしてきた。ただ、彼は狩猟時としての正装である股間にアクセサリーを装着している。


 そこは見なかったことにしようとする二人。


「そして私は古跡の村の村長、マ――」


 ついでに名乗ろうとする村長を押し退けて、ユリーナは進行をする。なぜって、観光客である二人に狩りの体験する時間を少しでも与えようと思っているから。


「今回狩りをしますけど、あなたたちの名前も教えてください。できたら、狩りのときに支障がないようにファーストネームで」


「あたし、アイリです。こっちは――」


「ハイチっス。よろしくです」


 ガイドの二人にあいさつをする彼ら。自己紹介ができずに一人恨めしそうにユリーナを見る村長、マトヴェイ。


「えっと、それじゃあ。まず、お二人は私たち、村人がどうやって狩りをするのかご存知ですか?」


「この弓矢と剣を使って叩きのめすんですよね?」


 アイリが弓と偃月刀を手にして見せた。


「そうです、その通りです。標的を矢で弱らせて、後は剣で首ちょんぱですね」


「それって、今でもやっているんですか? 銃とか撃ったりしてとか」


「そのようなことはしませんよ。ね、村長」


 ようやく自分がしゃべる時間が回ってきたとして、意気揚々に「その通りです」と大きく頷く。


「ここは聖地。キイ様の住む山がすぐそこにあるのです。もし、その山に火薬臭が染みついたら? ああ、世界は終わりを迎えることでしょう!」


 人類滅亡だ、と一人熱く語る中でユリーナが「これ以上は気にしないでください」と軌道修正させてきた。どうやら、マトヴェイに話を振ったのがいけなかったらしい。話が長くなりそうだ。失敗っ!


「確かにキイ様の住まう山に、火薬のにおいが染みつくのはキイ教信者にとっては許しがたい行為でしょうけどね。実際には私たちの伝統を守る半面、軍から山より半径三十キロは火気厳禁というお触れが来ているんです」


「ああ、それならば仕方ないですね」


「そうですね。何よりそれが解禁されたならば、ここら一帯の生態系も変わってしまう可能性もありますし」


「と、言いつつも、もう変わっているけどな」


 話に割り込んできたシードルがそう話を始める。


「数年前から山々にいなかった『とある動物』がこちらに移動をしてきたりしているんだ。おかげで、俺たちが捕獲できる獲物を見つけるにも苦労するし、しばしばこちらが襲われることだってある」


「えぇ、大変ですねぇ」


「でも、今回体験するところにそいつは現れることはないはずだから、安心しても大丈夫ですよ。一応、侵入防止のための網も張っていますので」


 それなら安心だとでも言うように、未だに一人熱く語るマトヴェイを置いて四人は茂みの奥の方へと向かってしまった。一人取り残され、周りに誰もいなくなったことにやっと気付く。寂しそうに村の方へと戻っていこうとするも――不自然な土の盛り方をした地面を見つけた。何だろうか。そちらの方に近付いてみると、彼の顔を同じくらいの大きさの卵がいくつもあった。少しばかり黄ばんだその大きな卵に見覚えのあるマトヴェイ。何の卵であるかわかった瞬間、青ざめた。


「こ、これはっ!?」


     ◆


「狩りを始める前に、女性の民族衣装について教え致しますね。まず女性の場合、腰巻は昔は膝上までしかなかったのですが、今は長いので激しい運動をするには向いていないです。しかし、昔と今では気温の変動があり、必然的に寒さを耐えるために長くなっていたんですね」


 ユリーナは自身がしている腰巻をアイリに見せる。その間、ハイチはシードルに弓の玄を張るやり方を習っていた。


「じゃあ、裾を上まで捲ってするんですか?」


「そうです。裾の方に穴が空いているのわかりますか?」


 改めてまじまじと見る。本当だ。装飾としての穴が空いているではないか。


「その穴にこちらのハントラインという、紐を通していきます。三つほど穴が空いていると思うので、端から順に全部にお願いしますね」


 ユリーナに渡されたハントラインを受け取り、アイリは言われた通りに穴に通していった。


「通したならば、そのまま内折りにして……。ここ、腰の部分の装飾に輪っかがあるでしょう? そこに結べば、女性民族衣装の狩猟バージョンの出来上がりです」


「こういう感じですか?」


 少し不慣れながらも、アイリはハントラインを装飾の輪っかに通し、結んだ。丁度いい長さとなり、これならば動きやすいと思う。


「ハントラインはそれ以外にも様々な色をかけ合わせて作ることもできるんですよ。男性の『コティカン』の模様と同じですね」


「……コティカン?」


「あら? 昨日、ハイチさんにお渡ししたはずのをご覧になられていませんか? あれ、男性の股間に……って着けていらっしゃらないんですね。忘れたんでしょうか?」


「ああ、わかりました。村長さんが着けているのは見ましたけど、もうそれは止めてください。狩猟バージョンにできましたし、早速しましょうよ」


「え、ええ」


 強引なアイリの引導により、話を遮られる。だが、ユリーナは気にすることなく、少し離れたところにいるハイチたちを呼び寄せて説明を始めた。


「さて、今回の捕獲にカシを使います」


 そう言うユリーナはリードにつながれた、茶色い毛並みに角がある四足歩行の動物をハイチたちの前に連れてきた。この動物は嗅覚にでも優れているから得物を探し当てるのだろうか。なんて思っていると――。


「それではこの子を野に放すので、弓矢と剣を使って仕留めてください」


 そう言い、リードと首輪を取った。ユリーナのその発言にわくわく感あふれる表情をしていた二人は一変して固まる。今、なんと言った?


「その子、野生ではないですよね?」


「ええ、先ほどまで私とシードルが飼っていたカシです。もちろん、野生にもいますけどね。それに、お二人さんは狩りの初心者じゃないですか」


――いや、やりづらいわ。


 心の声がどちらからも聞こえそうなほどの鋭いツッコミ。本気でやりづらい。だって、ほら――ユリーナやシードルに懐いているのか、離れようとしないもの。


「シフゾウ! ほら、ゴー!」


 自分たちから離すためか、餌らしき物を遠くへと投げ飛ばす。それを嬉しそうに追いかける。ハイチは更にやりづらさを実感していた。


「さあ、ハイチさん、アイリさん! 今です! シフゾウが向こうを向いている内に矢で――!」


「えっ? あの動物はシフゾウと言うんですか? それともカシと言うんですか? どっちスか?」


「カシが動物名でシフゾウは飼い名です! さあ、早く! 戻ってきちゃいますよ!」


「いや、やりづらいわっ!」


 痛まれない気持ちで心がいっぱいのハイチはついに怒声を上げた。手に持っていた狩猟用の偃月刀を下に叩きつける。こればかりはアイリも同情しかねないようだ。


「それ、完全にペットを俺たちに殺せと言っているような物じゃないスか!?」


「ペットではありませんよ! たった今、野に放しました! 本当のペットの名前は同じ種類ですけど、ターミンという子です!」


「いや、完全に一緒ですよね? 本当は控えじゃないスか。そのターミンって子も」


 怪訝そうに二人を見るアイリのもとにカシ――シフゾウがやって来た。完全に人懐っこい性格のようで、構ってアピールをしてきている。


「大丈夫、大丈夫。だって、そいつはハイチたちが来なければ、今日の俺たちの夕食だったんだから」


「恐ろしいことを平気で言うなっ! ていうか、これを俺たちが狩って食えと!? とんでもない内部事情を知った気分だよ! ――おいっ、お前はお前で現実逃避みたいにしてそいつと遊ぶなよ!」


 完全にアイリもそれが獲物と見ずして、シフゾウと遊び出す。それに声を荒げるハイチ。


「ははっ、シフゾウ。これを取ってくるんだぞぉ? そぉーれっ!」


 なんてアイリは落ちていた木の枝を遠くへと投げた。その枝を拾うがため、シフゾウは駆ける。なんとも楽しそうな雰囲気にユリーナとシードルも微笑ましそうに見ているではないか。


「いや、本当お前は何をしている」


「いいですねぇ! 先輩、カシを飼いましょうよ! なんか楽しい!」


「俺たちはバイクに乗っているだろうが! あんなでけぇやつどうやって運ぶんだよ!」


「車買いましょうよ。そしたら、ほら。後部座席に乗れるくね?」


「毛ぇ! シートが毛だらけになるし! つーか、車内も俺たちも獣臭くなるわ!」


 それ以前に車を買うお金もない。カシを飼うことを却下するハイチ。却下されたことに不貞腐れるアイリ。この表情だと、電撃を食らいかねないと思っていたが、流石にここではしないらしい。後からの報復だろうか。


「わかりましたよぅ。じゃあ、さっさと仕留めましょ」


 なんとも切り替えの早いやつだ、と鼻白むハイチはアイリと同時に弓矢を構えようとシフゾウの方を向いた。しかし、それが原因で二人は硬直する。いや、ユリーナたちも固まっていた。


 なぜか。一頭の巨体あるどこかで見覚えのあるシルエット。その足元にシフゾウが転がっていた。


「あ、あいつはっ!?」


 やつは大きな翼を広げる。くちばしを血で滴らせて、奇声を上げる怪鳥。


「ライオン!?」


「なっ? こんなところにもいるのか!?」


【地上最強の鳥類、ライオン。多くは黒の皇国の荒野地帯に生息】


 アイリは動物園にあったパンフレットを思い出す。


【数年前から山々にいなかった『とある動物』がこちらに移動をしてきたり】


 それと同時にシードルの言葉を思い出した。


 元々、ライオンは荒野の方にいたんだ。移動中にほとんど見かけなかったから麻痺していたんだ――。


「二人とも、逃げて!」


 ハイチたちの前に二人が躍り出る。手には偃月刀。弓矢は使わないらしい。野生のライオンはこちらにロックオンをして疾走してくる。地面につけている蹴爪を蹴り上げた。奇声を上げつつ、彼らの方へと突進してくる。


「シフゾウの仇!」


 そうシードルが張り上げながら剣を振りかざそうとするも――。


 ハイチの鼻が何かに気付いた。


――このにおい!?


 ライオンが突如として横から何かに殴り飛ばされた。それは――。


「異形生命体!?」


 体中に大量の目玉がある巨体のバケモノであった。かなりの距離まで飛ばされ、木にぶつかったライオンは全く動く気配もない。誰もがその場で硬直する中、怪物のすべての視線がこちらの方へと変わった。たった今、標的を自分たちに変えてきたのだ。


 ハイチとアイリはその場で固まっているシードルたちの手を引いて逃げ出した。行く先はどこ? 村は危険だろう。どこへ向かえばいい!?


「ちっ! しゃあねぇ!」


 何を思ったのか、ハイチは逃げるのを止めて三人の前へと出た。横目でアイリに向かって「カムラ女!」と叫ぶ。


「俺がやつの相手をする! その間に二人を連れて逃げろ!」


 バキバキと指を鳴らしながら、そう指示をした。アイリが素直にそれに従おうとするも、シードルたちはそれを許さない。


「ハイチさんたちはお客さんなのよ!? そんな危ないことなんて!」


 ただでさえ、逃げ出す行動を取り始めたのはハイチたちが早かったのに。体験参加者たちの安全優先をするのは自分たちの役目なのに。


「いいや、あいつは俺のお客さんだ」


 拳を振るってくる異形生命体。その攻撃をハイチは人でなしの腕へと変えて防いだ。この状況に目を見開くしかない彼らに――。


「早く行けっ! 名なしぃ!!」


「……後で覚えておきなさいっ!」


 名なしと呼ばれたことが気に食わないのか。アイリは歯噛みしながらも、二人を連れて村の方へと走っていく。彼らにとって、ハイチたちには訊きたいことが山ほどあった。カムラ女と呼ばれていること、あの腕――。


――この二人は何者?


 訊きたくても、答えてくれなさそうな雰囲気。


 三人はマトヴェイに連れてこられた場所へと戻ってきた。そこには愁眉を見せる彼が待っていた。


「お、お前たち! 無事だったか!? あっちの会場にはライオンが侵入してきている――」


「ライオンもですが、異形生命体もいます」


 アイリのその発言にマトヴェイは頭を抱え出すも、ハイチがいないことに気付いた。それについて訊ねると、シードルは「戦っている」と答えた。それに彼は二人を見た。


「な、なんだって……?」


「いえ、これが妥当な判断ですよ、村長さん」


 アイリのその言葉と同時に茂みの方から、謎の物体が飛んできて落ちた。地面に転がるのはあの異形生命体である。体を痙攣させて、自由な動きが取れそうにないようだった。そして、飛んできた茂みの奥からは白髪頭の青年――。いや、人と呼ぶには相応しくない。両腕は真っ黒でバケモノみたいな腕、肩には同等の黒さのある羽が生えていた。


 まさか、ここに転がる怪物を倒したのか!?


「そ、そのお姿は……!?」


 マトヴェイに言われてハイチは「何も言うな」と半ば脅しの低い声音で言った。


「あんたらの村に迷惑なんてかける気はなかった。おう、カムラ女。荷物まとめて出ていくぞ」


「そうですねぇ。みなさん、お世話になりました」


 二人は宿屋の方へと戻っていく。それに伴い、ハイチの腕は元の細さに戻り、肩に生えた羽は体内へと戻っていった。破れた服から窺える人とは到底思いがたい漆黒の素肌。


「…………」


 その場に残った三人は唖然と彼らの後ろ姿を眺めるしかなかった。


     ◆


 逃げるようにして古跡の村を後にする二人。向かう先は首都方向とは全く逆の方面。たまたま見つけた看板の通りに、道なりに行く。


「……割と楽しかったですねぇ」


「やつらが現れなければな」


「どこから現れたんでしょ?」


「さぁな」


 そう会話をする二人の前に、道路の真ん中ににこにこと笑顔を絶やさない男が――エイキムが現れた。バイクを停車するハイチ。その男を見てアイリは睨みつけた。


「誰だ?」


「あらら、お嬢さん。そんな怖い顔して、警備会社に通報しないでね」


 そう言うエイキムにアイリは鼻で笑った。


「残念でしたぁ。端末機壊される前に、もう壊して持っていないもんね」


 二人は知り合いなのか、と彼らを交互に見ていると、エイキムがアイリたちに声をかけてきた。


「どっちに向かっているのかわからないけど、こちらにきみらの行き先はないよ」


「あ? 何を言っているんだ、あのおっさん。おい、どかないと轢くぞ」


「おお、怖い怖い」


 そうおどけて見せるエイキムは笑顔の仮面を取り出して装着する。その途端、彼の後ろの道を塞ぐようにして異形生命体の軍団が出現した。


――あの山に出てきたやつをこいつが?


 この集団にバイク単体が突っ込んで行けるか? 手厳しいか。


「そんなきみたちにご招待をしよう。もうすぐ、黒の皇国の皇子の戴冠式と結婚式がある。二人とも、半年もこの国にいるようなものだから、立派な皇国民だ。是非とも祝いに来てくれよ」


 直後、バケモノ集団はこちらに向かって駆け出す。慌ててハイチは方向転換をし、逆の道を疾走し始めた。流石のハイチもこの軍団には敵わないらしい。そんな彼らの行く先は――首都方面しかなかった。

 作中に『コティカン』というアクセサリーが出てきましたが、実際にニューギニア島の先住民族の方々が着用する『コテカ』をモチーフにした物です。『コテカ』は彼らの衣服になるそうです。


 ただ、本作の場合はアクセサリーでのカテゴリーとして扱っておりますが、着用する場所と古跡の村の村人たちがその伝統を守りたいと思う心はニューギニア島の先住民族の方々の『コテカ』と同じ です。その心とは『勇敢さ』であり、象徴とも言えます。


  ※『コテカ』について検索注意。



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