服飾
平和的主義国家にして、文化大国である赤の共和国は当然戦争を好まない。故に半年前の同時侵攻防衛戦においての青の王国の援軍要請は断りを入れた。自国のためだけに設立された自衛軍なのだ。誰がよその国のために貸すものか。
そんな国へと船内から一台の車が降り立つ。その車を運転するのはセロであり、助手席にはハイネ。後部座席にワイアットがいた。
「ようやくだな」
どこか嬉しそうなセロ。それに小さく笑うハイネ。
「ふふっ、セロのおばさんの故郷でもあるもんね。久しぶりなの?」
「だな。学徒隊に入隊する前に行ったきりだから五年以上も前か」
「僕、びっくりしましたよ。まさか、ヴェフェハルさんがこちらの国の人だったなんて」
「いたって言うか、生まれがだよ。すぐに王国の方に引っ越したから、王国の方が愛着あるし。記憶なんてほぼないし」
車は徐行しながら、そのまま出入国管理棟へと向かう。掲げられた誘導看板通りにハンドルを切っていった。
「それに今回は遊びに来たわけじゃないことも理解している。黒の皇国の出航便までは近くの町に滞在するつもりだからな」
「……の、割にはグルメガイドブックを持っているねぇ。しかも、滞在予定の町の部分に折り込みがある」
ハイネにその情報誌が見つかってしまい、セロは苦笑いをした。後部座席からそれを覗き込むワイアットは「服飾の町ですか」と何やら知っていそうな面持ちで呟く。それに二人は反応した。
「知ってるの?」
「ええ。有名な食べ物はもちろん、元々こちらの港より地域一帯はファッションの聖地としても有名なんですよ。王都の北通りにある有名ブランドの大半の本店はこちらにあるとか」
「フォスレターは来たことがあるのか?」
セロは施設の駐車場へと車を持っていく。
「僕というより、マティルダさんや姫様がよく好んで行く地域ですね。僕たちは言うほど。たまに服を買いに来るくらいでしょうか」
もっとも、ここでそんな物を買うお金なんてないような物ですが、と空笑いを見せながら車の外に出た。前の方に座っていた二人も出る。
ハイネはワイアットを見てあることに気付いた。立っていて、目線の高さが変わらない気がしたからである。以前の彼はもう少し低かったような気がするから。
「ワイアット君、背伸びた?」
「そうですかね? 気付きませんでした」
「ハイネ。男は気付かない内に背が伸びるもんなんだよ」
なんてセロがカッコつけながら車の扉を閉めようとするが、上手く閉まらず再度やり直す。ほんの少しだけ苛立ちながら鍵をかけていた。だが、それをハイネは気にせずして、ワイアットの方へと向き直る。
「うん、大きくなってるよ。将来は総長と同じくらいかな?」
「どうなんでしょうか? 僕はそこまで叔父さんに似ていないし」
――どちらかと言うなら、王妃様の家系に似ているんだよなぁ。
管理棟の方へと赴きながら、高身長であるセロを羨ましがった。いや、それよりも――ここ、赤の共和国に住まう赤の民族の大抵の人たちは身長が高い。何度かこちらへと入国して、立ち話をするときなんて絶対に首を上向けなければならないことを嫌と言うほど覚えていたのだ。
王族には大きく分けて二つの家系がある。それは国王の方の家系と王妃の家系である。国王の家系は皆、高身長でくせ毛が強いのが特徴的だ。ケイやマティルダ、ラトウィッジがそちらに当てはまる。特にマティルダの場合はそちらが色濃く出ているようだった。そして、ワイアットやメアリーは王妃の家系に似ており、身長はさほど高くなくてくせ毛もそこまでない。もっとも、自分が一番こちらの家系の特徴が出ているのだ。そのため、将来の身長に関してはあまり期待ができないのである。
――はぁ、身長が欲しい。
叶うかわからない願望を心の中で吐き出しつつ、ワイアットは入国手続きを済ませるのだった。
――そう言えば、ハイネさんも女性の割には少し高い方だよな。お義兄さんも高かったし。
周りの人物を思い出す最中、自分の低身長コンプレックスが露骨にむき出しになっているようである。行き交う高身長の者を恨めしそうに見つめていた。
一方で三人分のジュースを買い、ワイアットに渡しに行こうとするハイネは苦笑いをする。どうにも近付きがたいオーラが出ているではないか。
――ああ、あの人! 姫様に似ていて身長高かったな! 僕もああなりたい!
「わ、ワイアット君?」
困惑した様子でハイネはジュースを差し出した。それにワイアットは我に戻ったようにして「すみません」とお礼を言いつつ、それを飲む。
「セロ、船の時刻表を見てくるからって」
「そうですか」
「あっちの方に座って飲もうか」
そう言われ、ハイネとソファに座って飲んだ。心なしか、行き交う人々からにこにこと笑顔を向けられている気がするのは絶対に気のせいじゃない。なぜにこちらを見て笑うのだ?
――僕が子どもに見えるとでも!? それとも、身長のせいで年相応に見えないからか!?
ムキーッ、と頭を盛大に抱えたくなるが、ここは公共の場である。流石にその気持ちは宿屋に行ったときにしよう、と心の中で決めていると――時刻表の確認をしてきたセロがこちらへとやって来た。
「向こうに行くの、二週間後だって。結構、時間食うみたいだ。エレノア様に連絡しておくから」
「ありがとう。はい、これジュースね」
「おう」
しかし、それを受け取ろうとするセロは手を滑らせて、床にこぼしてしまった。それに対してハイネとワイアットは拭く物で床を綺麗にする。
「もぉ……。セロもハイチも大体そうなんだから」
ため息をつきつつ、そう言うハイネ。自分のミスにヘラヘラするセロ。そこへ、施設の職員がモップを手にして「大丈夫ですか?」と近付いてきた。
「こちらでお拭き致しますよ」
「そんな、すみません」
「いえいえ」
そうしている内に、もう一人別の職員が新しいジュースを手にして「新しいのどうぞ」となぜかワイアットに渡してきた。
「……えっ、僕?」
「こぼしたのはこちらのお客様では?」
どうやら職員はワイアットがこぼしてしまったと思ったらしい。本当はセロがこぼしたのに。
「すんません、俺です」
「あっ、そ、そうだったんですねぇ」
セロがこぼしたと自己申告するも、その職員はどこか納得いかないような表情を見せた。もしかして、このサービスをするのは子ども限定? やはり、自分はお子様に見られていた?
怒る気力はないのか。ワイアットはソファに座り直すと、暗い気持ちを周りに帯びさせる。なんとなく事情がわかるハイネは表情を引きつらせるしかなかった。一方でセロは新しいジュース片手に呑気にエレノアへと時刻表について報告を上げているのだった。
◆
まだ浮かない表情のワイアット。そんな三人は車で移動して服飾の町へとやって来た。この町でも当然赤の共和国であるがため、彼のコンプレックスが刺激してくる。だが、セロはそんなワイアットの心境を知る由もなく、グルメガイドブックを手にして「どこに行く?」とハイネに訊いていた。
「海が近いから、海鮮系を食べたいよなぁ。なあ、フォスレター。シエノ港町と同じように美味しい海鮮料理って知らないか?」
「ないですよ。お金、足りませんし」
項垂れながらもきちんと質問には答える。律儀だな。
「もうそこに載っているところに行かない? 私、海鮮もいいけどお肉も食べたいな」
「肉料理なら白の公国が有名だってオブリクスから連絡があった」
「あっ、いいなぁ」
そうわいわいと一人を除いて盛り上がっていたときだった。「ヴェフェハル君たちかい?」そう、誰かに後ろから声をかけられる。三人はそちらの方を見た。そこにいたのは恰幅のいい中年男性。えっ、誰だっけ。この人。
「…………」
「…………」
「ああ、リスター副隊長じゃないですか。お久しぶりです」
ワイアットの言葉に二人はその人物を思い出す。そして、すぐさま、頭を下げて彼――ブレンダンにあいさつをした。
「お、お久しぶりです!」
気付かなかった。忘れていた。ワイアットが言わなければ、誰だこのおじさんとなっていたから。校内で見たブレンダンとはほど遠く、気のいいおじさんにしか見えなかった。いつも軍服だから誰だかわからなかった。そもそも、私服を見たことないし! 他の服と言ってもスーツしかないし!
「よかったよ、フォスレター君が気付いてくれて」
ブレンダンには見透かされていた。それに顔を伏せながら引きつらせるハイネとセロ。
「それよりも、頭を上げてくれないかい。私は除籍みたいなものだ。副隊長と言うのも止めて欲しい。ほら、ここは王国でもないしね」
「は、はあ。それにしても、なぜにここへ?」
「ああ、家内は服飾系の仕事についているからね。それに、こう見えて私は考古学の勉強もしていたことがあるからこの国の研究員としてもいるんだよ。どうだい? きみたちの方は。ヴェフェハル君はもう王国軍の方にでも入って、休暇中かな?」
この場で言うべきかとも思ったが、黙っていたり、誤魔化していても仕方ないと考えたセロは「除籍になりました」と素直に答えた。もちろん、その事実にブレンダンは驚く。
「辞めっ!? えっ!?」
「ここじゃあ、詳しくは言えないんですけど。三人ともです。今、私たちは別件で動いているんです」
「そ、そうなのかい?」
あまり詮索するべきではない、と思ったのか。ブレンダンはこれ以上何も言ってこなかった。いや、それがいい、と三人は安心した様子を見せる。
と、ここでセロが情報誌片手に「一つ、いいですか」と訊く。これにブレンダンは快く返事をした。
「なんだい?」
「ここで美味しい店を教えてくれませんか? 俺たち、金銭面にもちょっと問題があるんで。高くないところがいいです」
そのことにブレンダンは苦笑を浮かべた。どうやら、予想していた質問の中身が違ったようである。彼は表通りにある大衆食堂が美味しいと教えてくれた。
「お肉も野菜も海鮮系もあるよ」
「そうなんですね。じゃあ、そこにしようか」
「だな」
早速、お礼と別れを告げて、その大衆食堂の方へと行こうとする三人。そんな彼らに、ブレンダンは思い出したようにして呼び止めた。彼らは振り返る。
「もし、来週ヒマがあれば、ファッションショーのコンテストがあるんだ。パーティーもあるし、よかったら来てみてよ。場所はこの町にあるホールだから」
自由参加でお金も取らないらしい。それならば、と時間もあるし、行くか。三人は互いに顔を見合わせると「行きます」そうブレンダンに返事した。今度こそ彼らは別れを告げ、表通りの方へと向かう。
◆
大衆食堂で食事を堪能した三人は店から出た。もうワイアットは気にしていないのか、満足げな様子でいるようだ。
「こういうところ、初めて来ましたけど、美味しかったです」
「おう、次はどこで食べるか」
「何? セロったら。もう夕ご飯のことでも考えているの?」
それを決める前に安い宿屋のところに行かなければ、と急かしてくる。食べた直後なのにきびきび動くな。そう二人が追いかけていると、セロが誰かとぶつかってしまった。その誰かはハイネと同じくらいの年齢の女性で買い物帰りなのか、買い物袋を落としそうになるが――。
「危ねっ!」
それが地面に落ちる寸前で、セロが拾い上げた。
「おぉ。よかったです」
隣で見ていたワイアットは小さく拍手をする。それに乗せられるように「まあな」と少しばかりカッコつけていた。
「っと、これ。すみませんでした」
セロはぶつかった女性に頭を下げながら、その買い物袋を返した。彼女も頭を下げながらお礼を言う。
「こちらこそ、申し訳ありませんでした!」
「いや、俺が悪いんだ。ちゃんと、前を見ていなかったから。って、そこのハイネさんが急かすからぁ」
こちらの様子に気付いたハイネにセロは責任を半分くらい押しつけようとした。これに彼女は口を尖らせる。
「急かして悪かったね。ごめんなさい、ばかふた――ばかが。食材は平気ですか?」
「は、はい! 大丈夫です。お騒がせしました」
女性はもう一度頭を下げると、その場を去って行ってしまう。彼女の背中姿を見送り、三人は宿屋の方へと向かった。
◆
セロとワイアットは一緒の部屋にいた。セロはのんびりとした様子でベッドの上に横になる。暇だからか、テレビをつけた。何かしら、サスペンステレビドラマをやっているようだった。画質が古いから昔のテレビドラマだろうか。
《死にたくなけりゃあ、金出しな》
――つまらなさそうだな。
「…………」
ワイアットはハイネがいる隣の部屋を見ていた。傍から見れば、壁にかかっている絵をじっと眺めているように見える。
「ヴェフェハルさん」
テレビのリモコンを操作しながらセロは返事をした。
「ハイネさんって、無理していらっしゃるんでしょうか?」
今までハイネが一緒にいたからセロに訊きづらかったと言う。自分の兄が半異形生命体だと判明し、なおかつ行方をくらましている。さらにはハイネにとって好きな人物も不死者として存在している。苦しいはずなのに、悲しいはずなのに。
「だろうな。相当我慢していると思うよ」
半年の準備期間中、ハイネは暗い表情を見せてはいても、涙を見せることはなかった。もしかしたならば、見ていないところで泣いているのかもしれない。
「……実はハイネって小さい頃からハイチにべったりなんだよな。いないときは大抵泣いていたよ。でも、そのことをあいつは知らんだろうがな」
「そうなんですか? 僕的にはそう見えなかったんですが」
「学校にいるってわかっていたからな。安心していたんだろ。ライアンには失礼かもしれんが、気を紛らわせなきゃやっていけないと思ったんだろうな。もちろん、ライアンを助けたい気持ちもあるだろうが」
面白い番組をやっていないとでも思っているらしい。リモコンをベッドの上に放置すると、窓の外を眺めた。宿屋の前の通りにはハイネの姿があった。部屋にいても思い出すだけだから外に出て気分でも紛らわす気なんだろうか。
「ハイチがシスコン以上は否定しないが、ハイネもブラコンだってことを俺は否定しないよ」
「なんだか、お義兄さんが羨ましいです」
「本当、兄妹思いのあるやつらなんだよなぁ」
◆
部屋にいると、すぐにハイチとキリのことばかり考えてしまうらしい。それが、嫌になるから外に出たハイネ。自分ばかりが不幸だなんて思ってはいけないと思った。この人のごった返しに紛れて楽しそうな町並みを見て楽しめれば、その考えていることが飛んでいきそうな気がする。そう考えるようにした。
町並みを見て思った。本当に町の名前の通りに服飾系の店が多いし、よく聞きそうな有名ブランド店が軒並み立ち並んでいた。そして、周りを行き交う人々のほとんどがお洒落な人たちばかりで羨ましいと思う。
――地味なのかな?
改めて自分の服装を見てそのようなことを気にし始めた。ハイネはいつも白と黒のエプロン型ワンピースを着ている。これがお気に入りだから。小さいときに誕生日プレゼントでもらった服を着て、ハイチに「似合ってるじゃん」と言われたことが嬉しかったから。
――あっ、ダメだ……。
どれに関してもハイチを連想させてしまう。泣かないようにして、口元に手を当てた。右手に光る緑色の石のブレスレットは彼からもらったバースデープレゼント。
今回のメアリー奪還作戦において、私情を持ち込まないようにしようと思ったのに。同じグループのあの二人に迷惑をかけたくないから堪えようとしていたのに。
ハイチのことが頭でいっぱいになって泣きそうになる。とても会いたい。どこにいるのか全くわからない。
「どこにいるのよ……」
涙目になりながらため息をついていると、後ろから声をかけられた。女性の声が聞こえ、振り返る。そこにいたのはセロとぶつかったあの女性であった。
「あなたは……」
「あのって、あっ、え? ど、どこか痛いですか?」
「いや、大丈夫です! 目にゴミが入っちゃって。どうかされましたか?」
「えっと、その。あなたって、あの大きな人と小柄な人の知り合いお方ですよね?」
それはセロとワイアットのことだろうか。ハイネは頷いた。
「私、ハイネって言います」
「あっ、わ、私はシデラと申します。ハイネさんはあの大きな人の恋人かなにかでしょうか?」
「違いますよ。幼馴染ですよ」
幼馴染という言葉に女性――シデラは安心した表情を見せる。シデラを見ると、どこかもじもじとしていた。何かを言いたげではあるが、その言葉を口に出せずにいるようである。
「セロがどうかしました? あっ。まさか、食材が痛んでしまったりとか?」
「ち、違います! 違います! そうではありません! むしろ、何もなかったです! わ、私はただ、今度のファッションショーのコンテストのお誘いを……」
自身が言った言葉に何か気付いたのか、シデラは顔を真っ赤に染めた。
「って、す、すみません! すみません! 厚かましいですよね!?」
「いや、そんなことはないですけど。来週、あっちの方にあるホールであるんですよね? それならば、私たちも行く予定ですよ。昔の知り合いに誘われたので」
「本当ですか!?」
自分たちが行くと知って、シデラは嬉しそうな表情を見せた。今にもその場で飛び跳ねそうなくらい浮かれている。そんな彼女を見て察する。
――この子、セロのこと……。
「シデラさんって、もしかして、セロのことを……」
「い、言ったらダメです! みんなに聞かれちゃう!」
みんなというのは周りを行き交う人々のことだろうか。聞かれたとしても、セロのことを知っている人物だなんてブレンダンぐらいなのに。いや、シデラが恥ずかしいだけか。
「あの、いきなりで変な話だと思うんで、私の家に行きませんか? 詳しいお話はそこでしますから」
「構いませんよ」
ハイネはシデラと共に彼女の家へと向かった。
◆
シデラの家は中心街の少し離れたところにあるアパートだった。だが、アパートと一口に言っても流石はファッションが有名な町だ。外観がお洒落な雰囲気がある。信者の町で自分たちが築いていたアパートは裏通りにあったから辛気臭い感じはしていたが、ここは表通りにあるような明るい場所にあるようだ。
何より、実はシデラと同い年だったことが判明したハイネの心をくすぐるような色とりどりの外壁の家。彼女は目を輝かせていた。
「わぁ、お洒落ね」
「でも、実家暮らしだから」
「私もだよ」
「そうなんだね。こっちだよ」
アパート内へと入り、シデラの家へと入った。家の中は誰もおらず、どうも外出しているようである。
国が変われば、家の中の家具の形も変わるものなのだろうか、と思った。基本的に青の王国での一般宅の壁は白を基調としたものが多い。床も木張りか石煉瓦のどちらかである。だが、シデラの家の壁は原色的な色で塗られ、床に至っても同様である。目がチカチカすると言うが正しいか。悪い意味ではないのだが。
「今、お茶を持ってくるからここで待っていて」
そう言い、ハイネを一人にした。シデラの部屋の中を見ると、マネキンがあったり、巨大な布が折りたたまれていたり。机の上にはまち針や縫い針、裁断ばさみなどがあった。
――作業場?
色々とその場で眺めていると、壁に張られた紙に気付いた。どうやら服飾のデザインのようである。シデラが描いたのだろうか。となると、ここは作業場なのだろう。
「お待たせ」
シデラはお茶をお盆に抱えて持ってきてくれた。それを机の上に置く。
「適当にスツールでも使って」
「うん」
ハイネは部屋の隅っこに置かれたスツールを持ってきて、座ってお茶を飲んだ。なんだか、こういう場所で飲むのは見慣れないということもあるせいか、少し落ち着かないような気がするようである。
「ねえ、シデラって服飾系のお仕事についているの?」
「うん。まだ、下っ端だけど」
「あのさ、もし違ったらごめんね? あれって今度あるコンテストに出すデザイン画なの?」
「そうだけど、これ不安なの。職場の先輩もいけるって言ってくださったけど」
聞けば、そのファッションショーのコンテストにはアマチュアだけのものではないらしく、プロも参加し、なおかつ世界中が注目するコンテストだそうだ。これにハイネは目を丸くした。それもそうだろう。世界的有名ブランドの本店が軒並み並ぶ町のコンテストなのだから。
「アマチュアとして参加したかったんだけど、私、仕事場での代表として出なくてはいけなくなってしまって。すごく怖いの!」
「大丈夫だよ、自信持ちなよ。私はファッションデザインに全く詳しくないから言える立場じゃないんだけど、その先輩がいけるって言ってくれたんでしょ?」
シデラは小さく頷く。それにハイネは勇気付けるようにして「やろうよ」と言ってきた。
「もったいないよ! なんだったら、私も手伝うし! 一応裁縫はできるし!」
「本当?」
「うん!」
ハイネはシデラに申し訳ないと思いながらも、コンテストの出品作品を手伝うことに決めた。これでハイチやキリのことを考える必要がないと思ったからである。それもであったが、ここで一番気になることについて彼女に訊ねた。
「ところで、どうしてセロを好きになったの?」
「えっ、そ、それは……」
急に顔を真っ赤にするシデラ。単純にカッコいいと思ったからだそうだ。その恋バナで盛り上がる女子二名。その一方で宿の部屋でダラダラとテレビを眺めているセロはくしゃみをしていた。
「なんて言うか、セロさんって他の人とは違った雰囲気があるよね? そこに魅かれたと言うか、なんと言うか。ああ、恥ずかしいっ!」
「セロ、ハーフだからね。だから他の人とは違う雰囲気が出ていたんじゃないかな?」
「ハーフ? えっ、もしかして、青の国? だよね? もう一人の小さい子、親戚の子か何か遊びに来ていて?」
「いや、友達だよ。私たちもこっちの国に遊びに来ているの」
「あっ、そ、そうだったんだ」
シデラは少し残念そうな顔を見せた。まさか、自分が惚れた人物が異国の者だとは思わなかったから。いや、目の前にいるハイネがそうとは思わなかったから。普通にこの国に溶け込んでいるように見えていたようだ。
「でも、セロのお母さんはここの人だから、たまに来ているみたいだけどね」
「国際結婚か」
何を考えているのか。そう一人呟くシデラ。その一言はハイネの耳にも伝わっていたようで、唐突に何言い出すのだろうかと怪訝そうにしていた。
◆
その日の夜、ハイネはシデラ宅の夕飯にお世話になっていた。もちろんセロに食べてくると連絡済みせある。それで、現在宿屋の食堂で男子二名が侘しく夕食を採っていた。
「何が悲しくて、ヴェフェハルさんと向かい合ってご飯を食べているんでしょうか」
「それは俺に対する嫌味か」
「ハイネさん、お友達の家で食べてくると仰っていましたが」
「話を誤魔化しやがって。まあ、結果的には気の紛らわしができているならいいんじゃないか?」
「異文化交流ですか」
「だな。――ところで……」
セロはワイアットの方を見る。通りすがりの男性がワイアットの頭をわしゃわしゃとなでた。それは何も彼一人だけではない。特に赤の共和国の者たちばかりがワイアットの後ろを通る度に頭をなでていくのだ。
「頭、ぐしゃぐしゃになっているぞ」
「知っていますよっ! それくらいっ! 当事者だからっ!」
恨めしそうにフォークを噛むワイアット。その光景に珍しく行儀が悪いな、と思った。
「ヴェフェハルさんから見て、僕は何に見えていますか?」
「いや、フォスレターはフォスレターだろ。それ以外、どう見ろと」
「傍から見てですよ。僕って、十六歳に見えますか?」
「正直な話、スタンリーと同い年に見える」
いや、あの二人が並ぶならば、兄妹に見えると言ったが正しいか? なんか、二人とも幼いし。だが、そのことについては黙っておくことにした。
「そりゃ、年齢が一個しか違わないからでしょう!? ていうか、もう最悪!」
公衆の面前にも関わらず、ワイアットはとうとう頭を抱え出した。すると、見かねた通りすがりのおじさんはそっと彼らのテーブルの上に小袋に入ったお菓子を置いて立ち去ってしまう。それにワイアットはじっとセロの方を見た。
「あの、僕の服装って子どもっぽいですか?」
「いや、庶民らしくなったけど?」
――やはり、身長かっ!!
その日の夜、ワイアットはネットワークを屈指してどうにか身長を伸ばす方法を模索していたのだった。
◆
「じゃあ、私行ってくるね」
そう二人に言い残して、宿を出て行くハイネ。もちろんシデラのもとへと向かったようだ。そして、セロとワイアットは悲しくも男同士で町中を散策することに。
シデラのもとへと行く理由は聞いている。ファッションショーコンテストに出品する作品制作の手伝いだ。これがもし、ハイネの悲しみが紛れるならば。そう二人は承諾していた。
「どこ行きます? 観光地って言うほどじゃないですが」
「金はないから店に入るわけにもいかないしな」
現在のセロとワイアットは波止場にいて、真っ青な海を見てたそがれていた。海鳥が空を飛んでいたり、海面に浮いていたりしている。
「コンテストのパーティーってこの身なりじゃダメだよな?」
「でしょうね。パンフレットもらってきたんですが、どうも大きな大会のようですよ。世界中のメディアが集まるなら、そんなものでしょう」
「服、持ってねぇぞ」
「ハイネさんの分ならありますよ。念のために一着だけ積んでいます」
「おまっ、念のためって。つーか、荷物がかさばるようなことしないでくれよ」
そんな物はこういうとき以外使う必要ないだろ、と嘆くように言った。だが、ワイアットはそんなことお構いなし状態である。どうやらハイネがそのドレスを着ている様子を妄想している様子。
「ふふっ、いいですとも! 一曲でも、二曲でも何曲でもっ!」
そんなワイアットにセロは鼻白むしかなかった。
――こいつ、本当はハイネのこと、諦めていなかったのかよ。
◆
同時刻、ハイネはシデラがデザインする服の装飾部分を作っていた。ビーズを金具に通して、必要な分だけそれを作っていく。一方でシデラは型紙を作って、大き目な布に印をつけていくのだ。
これがいい、とハイネは思った。何も考えず、思考を回さず、手を動かしていく。最初は本当に何も考えずに済むと思っていたのだが、実際にこういうことをやってみると、とても楽しく思えた。きっと作り上げたならば、感動できるだろう。
「ねえ、ハイネ」
無心で装飾部分を作っているハイネにシデラが声をかけてきた。
「えっ、あ、何?」
「ちょっと、お願いがあるんだけど――」
ぼそっ、とシデラは耳打ちをしてきた。
「えっ!?」
その一言にハイネは驚愕するしかなかった。
◆
ファッションショーコンテスト当日。セロとワイアットは会場であるホールへと来ていた。彼らはレンタルのタキシードを身にまとい、ハイネたちの到着を待つ。その場には続々と大会参加者や見学者たちが入場していくのが見えた。
そんな中、ワイアットは入り口階段付近で大きくため息をついていた。それには理由がある。
「ドレスがもったいない」
そう、ハイネはワイアットがこっそり持ってきていたドレスを着ずに別のを着ると言っていたのだ。それに大きく落胆をする。そんな彼にセロは「いよいよ使い道がなくなったな」と慰めたりはしない。
「お金がなくなったときのために取っておくのもいいかもな」
「あれを売れと!?」
「いや、売る以外にどうするんだよ。作戦時にハイネに着させるってか? エレノア様が聞いたら怒られるぞ」
「だってぇ。せめて、ハイネさんが着ているところをこの目に焼きつけたかったから」
妄想で足りないのだろうか、とセロが苦笑いをしていると、ブレンダンと付き添いの女性がやって来た。彼らに声をかける。彼もまたどこか嬉しそうにして、反応を見せてくれた。
「やあ、二人だけということはキンバーさんを待っているのかな?」
「はい。そちらが、副っ……リスターさんの?」
「ああ、妻だ」
ブレンダンの妻は二人に頭を下げる。その返しに彼らもまた頭を下げた。ちょうど、そのときにハイネとシデラがやって来た。シデラはセロのタキシード姿を見て恥ずかしそうに彼女の後ろへと隠れてしまう。
「リスターふっ……さん、こんにちは」
「どうも、キンバーさん。あれ? ドレスは着ていないのかい?」
ブレンダンの目には白と黒のワンピースを着たハイネの姿である。一見、これがドレスなのだろうかと思ったりもしたが、これがそうとは見えなかった。普通に私服のように見える。
「ええ、会場の方で着替えるんです。今がした、それをこちらに運んだので。じゃあ、着替えてきます」
シデラとハイネは一足先に会場の方へと行ってしまう。その後を追うようにして四人も中へと入って行くのだった。
◆
ファッションショーコンテストが始まる。一人一人のモデルが洗練されたデザインの服を着て、ステージを歩くのだ。服のデザインに関してほぼ詳しくない男三人はただ単にステージを歩くモデルを眺めるだけ。
「キラキラしていて、僕には何がなんだか」
「ハイネに大量の服を送っていたくせにか」
「店員に見繕ってもらったのを全部買い上げただけですよ」
「……それなら、わからないだろうね」
なんて言い合っていると、ピンヒールを履いたスタイリッシュな女性が長い髪をなびかせつつ、ステージを闊歩してきた。ブレンダンは「あれが妻がデザインした物だ」と少し自慢げに紹介する。
《ナンバー10。リスター氏が手がけた雨をイメージして作られた物です。作品タイトルは『小雨』》
そうアナウンスが鳴るのだが、こういうことに共感や理解を得ることが不可能なセロは片眉を上げた。
「雨の日にあんな踵の高い物を履けば、絶対こけるだろ」
「ですよね」
ワイアット自体もあまり興味がなさそうに、適当に拍手する。そんな彼らに「声が大きいよ」とブレンダンは苦笑いするしかない。周りには聞こえてはいないようだが、ひやひやさせられるような発言をされたらたまらないのだ。
《続きましてナンバー11。シャナル会社よりの新作で、お菓子を食べたい女性がダイエットのために我慢する様子を見せた作品です。タイトルは『ガール、我慢しろ』》
「……製作者の心境がわからないな」
お菓子をモチーフにして作られた服装を見てセロが呟く。だが、それはワイアットもブレンダンも思ってはいるようだ。一応、黙っておくけれども。
《ナンバー12。グット会社より、好きな男性にフられた女性の心境をイメージした物です。タイトルは『新しい恋を見つけよう』》
「僕をばかに――」
アナウンスに対して、大声を上げようとしたワイアット。彼を抑えつけるように、セロとブレンダンが口を塞いだ。流石に本音を言ったとしても、大きな声で暴れ回るのは場違いであるからだ。
「いいんですか、ヴェフェハルさんっ! 人の気持ちを踏みにじってません?」
「ないない。説明を聞いていなかったのか? 好きな男性にフられた女性の心境だって」
「だとしても、諦めるんですか!?」
「知らねぇよ、そんなこと。それよりも、ハイネはどこに行った? もうすぐあの子の作品の番だってのに」
まだ着替えていないのか。ハイネの姿は見当たらない。アナウンスが《続きましては》と次の作品へと移ろうとする。
《ナンバー13。ドーワ社より新しい生活をイメージした作品『すばらしき新生活』です》
その言葉にステージに登場したのは少しばかり恥ずかしそうにした様子で歩くハイネだった。白を基調としたチャールストン・ドレスを身にまとっている。彼女のその姿に一同が唖然と口を開けていた。
「なんと、ご褒美っ!!」
すばらしいと言わんばかりに、ワイアットは立ち上がって盛大な拍手を送る。慌てて二人はその場の席に座らせるようにした。もちろん、彼らの姿が見えていたハイネは余計に顔を真っ赤にして、立ち去って行く。
「見ました? 見ました? ハイネさんの美しいあの姿! 是非とも買い取り――」
「お金ないだろ」
セロに現実を見せられてしまい、ワイアットはすぐにその場で項垂れた。
「……なんかきみたちは色々と大変そうだね」
◆
すべてのエントリーが終わり、結果発表がパーティー会場で行われるということで男三人はそちらの方へと赴いた。すでにそこにはハイネたちが待ってくれていた。
「あ、みんな」
「ハイネさん、何ですか!? 一体! このドレス!」
「シデラが作ったの」
「そんな、ハイネも手伝ってくれたじゃん」
セロをちらりと見つつ、ハイネの後ろに隠れてしまう。それにワイアットは察しがついたようだった。
――なんか知らないけど、シデラさん。ナイス!
「ハイネさん。もしよろしければ、僕と踊ってください!」
シデラの恋を応援してあげようという名目のもと、ワイアットはダンスに誘った。もちろん、彼女の恋事情を知っているハイネは「いいよ」と彼女たちを二人きりにしてあげた。
「頑張って」
そっと耳打ちをするハイネにシデラは戸惑いを見せていた。ほとんど話したこともない者同士、その場で無言を続ける。何を話せばいいのだろうか。何をすればいいのだろうか。それはシデラに限った話ではない。セロも困惑していた。
「え、えっと。あの、ハイネが着ているドレス、すごいね」
何を話したらいいのかわからないセロはとりあえず、シデラが作ったドレスを褒めた。彼女は嬉しそうに「ありがとうございます」とどこか嬉しそうに答える。しかし、そうそう話は続かない。
「…………」
「…………」
沈黙が痛い。どんな話題を持ちかけたならば、いいのか迷っていると――。
「あ、あのっ!」
シデラは勇気を出した。
「ん?」
「その、セロさんはこのコンテストが終わったら、青の王国に帰られるんですか?」
「……うん、そうかな」
下手なことは言えそうにない。セロはそうだと頷いた。
「この国の出身とハイネから聞きました」
「言っても、青の国の方がいる期間が長いけどね」
「……こ、この国に興味はありませんか?」
「いや、ないわけじゃないけど。俺、向こうでやることとかあるし……」
そんなことよりもあっちにある料理でも食べないか。そう誘いに出そうとすると、シデラはセロの服の裾を握った。それに彼は動揺する。
「わ、私、好きです。あなたのこと……」
自身の心臓の鼓動が高鳴る。唐突の告白。初めての感覚がセロの心を襲っていた。
◆
そう言えば、初めて二人でダンスを踊った気がする、とワイアットは思った。前夜祭では誘っても乗り気ではなかったし、ずっと笑顔にさせることに必死だったから。
「楽しいですか?」
「うん、こういうの――」
ハイネはステップを間違えて、ワイアットの足を踏みつけてしまう。彼はとても痛そうに眉間にしわを寄せた。慌てて自身の足を退ける。
「ご、ごめんっ!」
「いえ、大丈夫です」
「こういうのしたことがなかったから……」
それだから、前夜祭でのダンスを断ってしまったと言う。
「そうだったんですね」
そのことを聞いてワイアットは安心したような表情を見せた。
「本当にごめん。私、ダンスがダメだから」
「仕方ありませんよ。人それぞれですから。あっ、僕、飲み物とかでも持ってきますね。そちらに座っていてください」
ワイアットは全く気にすることなく、近くのテーブルの方へと行ってしまう。ハイネは近くに設置された椅子に座って肩の力を抜いた。正直な話、高いヒールを履いていたからずっと足が痛かったのだ。やはり、慣れない物を長時間履かない方がいいな。ここまで高いヒールを履いたことがなかったから。彼女はいつもノンヒールの靴ばかりを着用していたのである。
そうハイネが一息ついていると、急に影ができた。もう戻ってきたのだろうかとでも思って顔を上げると、そこにはワイアットではなく、怒った表情の仮面を着けた男がいた。
「えっと?」
自分に何の用だろうかと小首を傾げた。一体誰なのだろうか。もしかして、この椅子に座る予定だったのだろうか。そうだとするならば、申し訳ない。
ハイネは急いで椅子から立ち上がった。
「すみませんでした」
ワイアットのもとへ行こう。そうしようとしたときにその仮面の男に腕を掴まれた。なんだか怖い。
「あ、あの?」
「気分はどうだ? 自分の肉親が異形生命体として生きていたという事実は」
そう言われて、体が動けなくなってしまった。どうして、この人はそれを知っているのだろうか。膝が笑い始める。眼前にいる人物が怖くて仕方ない。そのことを考えないようにしていたのに。
「悔しいか。悲しいか。お前は哀れな人間だな」
「あっ、えっ、あ……あ……」
一言、一言がハイネの心に突き刺さっていく。その度に心が折れていく。じわりと目の奥が熱くなってくる。泣かないように我慢しているのに。
「人から外れた者は一生、人の道へと戻れない」
途端に足に力が入らなくなり、床に座り込んだ。捕まれている腕が痛い。聞きたくないから、片耳だけしか防げない。
「や、止めて……」
「それはもちろん、お前も同じだよ。バケモノが」
――うっ。
「黙れっ!!」
こめかみに青筋を立てたワイアットがその仮面の人物を仮面越しに殴った。それにより男はハイネから手を離す。ワイアットは男を睨みつけた。
ワイアットの怒声に何事かと見てくる周りの人々たち。少しばかり、ざわついているようだった。遠くから見ていたセロはシデラに答えを返えさずして、そちらの方へと近付いていく。
「なんでお前がここにいる?」
ワイアットはこの人物に見覚えがある?
殴られた仮面の男はゆっくりとこちらの方を見てくる。その仮面にはひびが入っていた。
「ワイアット君?」
「こいつ、反軍の人間です」
旧灰の帝国で見かけた二人の反政府軍団員――イヴァン。もう一人のヤナと一緒にいたはずだが、彼女はどこに潜んでいる? いや、警戒するのはヤナではない。
「キンバー、兄貴に会いたいか?」
イヴァンはそう訊いてきた。それにハイネは目を丸くした。兄に会える? 彼はハイチの所在を知っているのだろうか。
「は、ハイチを知っているの?」
「ハイネさん、騙されないでください! こいつは誘惑を……」
「お前がそちらを渡さないなら、力ずくで奪うまでよ」
その直後、パーティー会場の外の方から騒ぎ声が聞こえてくる。中には悲鳴もあった。ワイアットがその一瞬に気を取られている隙をつく。鳩尾に拳を振るい、悶絶している最中にハイネを抱きかかえて逃げ出そうとした。
「ハイネさんっ!?」
苦しくて、立てない。だが、ハイネを助けなれば。苦痛の表情を浮かべて彼らの後ろ姿しか見ることができないワイアットの横を誰かが通り過ぎた。その人物は大柄で、イヴァンよりも遥かに高い。そう、セロだ。
「待ちやがれっ!」
タキシードのジャケットをイヴァンの顔に引っかけて転倒させた。その拍子にハイネは尻から床に落ち、ブレンダンがすぐさま保護する。
「リスター副隊長! 奥さんと一緒にハイネを安全なところにっ! フォスレター! もし立てるなら、彼女を連れて逃げろっ!」
その言葉にワイアットは大きく深呼吸して呼吸を整えると、大きく返事をした。傍であたふたとしているシデラを連れて会場外へと逃げ出す。
《異形生命体が出現致しました! 会場内にいらっしゃる方は速やかに係員の指示に従って、屋外へと避難してください!》
ホール中にアナウンスが鳴る。係員の誘導が会場中に響き渡る。逃げ行く参加者、見学者たち。その場に留まるのはセロとイヴァンだけ。
「お前、なんでハイネを?」
「あいつも逃げ出してこっちは困っているんだ」
ジャケットを握っていたセロの手を蹴り上げ、その軌道線を描くように彼の顔へと当てようとする。セロはジャケットから手を離して避けた。
「あっ!」
「元首席よ、人は何かに魅き寄せられるんだ。それを忘れるなよ」
ゆっくりと後退していき、イヴァンはその場から逃走を謀った。セロは追いかけて捕まえようとしたのだが、近くから奇声を上げる異形生命体に気付く。丸腰で遭遇していてはどうしようもない。だから、会場外へと逃げ出すしかなかった。
◆
その後、ホール内を暴れ回っていたバケモノは赤の共和国の自衛軍により息絶えた。このことを受けて、ファッションショーのコンテストは中止となってしまう。もちろん、これは世界中のメディアが集まっていたため、すぐに大きな話題となってしまうのだった。連日、その町に報道陣が押し寄せてくる。その間の三人は目立った動きをしないように宿の部屋の中で、黒の皇国への出航便が出る前日までずっと過ごしていた。
当日、何も問題が起きないように、目立たないようにして三人は駐車していた車の方へと向かおうと宿を出ると――。
「みなさん」
入り口付近でシデラが待っていた。
「シデラ……」
「コンテストであの怪物が出たの、あの仮面の人が操っていたんですよね?」
「…………」
何人かは感付いているだろう。イヴァンに接触していたのは自分たちだけだから。
「その、コンテストの結果はうやむやになってしまったんですけど。私、みなさんに会えてよかったって思っています」
町を行き交う人々のがやがや声が四人の耳に入ってくる。遠くから、屋台を展開する店主の声が聞こえていた。それが合図かのようにして、シデラは「あの」と言葉を続けた。
「また会えますか?」
シデラは三人に対してではなく、セロを見ていた。彼女はあのときの答えは聞かなくてもいいと思った。その思いを思い出のままに残しておこうと思っていた。事件で目に映っていた彼の姿にようやく気付いた。他の人たちと比べて雰囲気が違うのは一緒にいられるような人物ではない、ということを。おそらく、セロを含めて彼らは友として一緒にいることならばできるが、それ以上の関係にはならないだろうと思っていた。
諦めではあるが、二度と会えなくなるのは寂しいと思う。だから、シデラはそう訊ねた。彼女のその設問にセロたちは優しく微笑む。
「もちろん」
その微笑みにシデラも返すのだった。叶わない約束だとしても、しておきたい約束な気がしていたから。
チャールストン・ドレスとは……ローウエスト(ウエストよりも低い位置のライン。大まかに言うと、へその下あたり)の膝上丈のドレスのことであり、ビーズやドレープといった装飾が施されたドレスである。




