森厳 後編
頭の中がぐるぐる回り過ぎて寝られなかったガズトロキルスの目の下には隈ができていた。朝食の缶詰をもらいに食料庫へと向かっていると、ハイネと会った。彼女自身もあまり寝られなかったのだろう。同様に隈ができていた。
「寝れなかった?」
心配そうに話しかけくるハイネ。
「いや、ハイネさんもそうじゃないですか」
「私は夜間もしていたから」
なんて言っているが、その後ろを着いてきていたターネラは表情を引きつらせていた。一緒のテントだったからこそわかる話だからである。そう、ハイネもガズトロキルスと同じだったと言いたいのだが、黙っておくことにした。
そんなターネラにあいさつをするガズトロキルス。それに返す彼女。
「そう言えば、二人は何をしているの?」
「えっと、昨日は倉庫の点検と荷物運びに――」
「監視カメラのチェックですね。王国軍のワカテさんという方とやりました」
その名前にハイネは覚えがあった。確か、自分が二回生のときにサバイバル・シミュレーションの前夜祭で少しばかり交流があったような、なかったような――。
自分が覚えていても、本人は覚えていないだろうなと思いつつも「知っているよ」と答える。
「優しそうな人でしょ?」
「そうっスね。知っている人ですか」
「うん、二年前の前夜祭のときにね」
だが、ワカテはハイネのことは語らなかった。語ったのはハイチの方である。もし、今日も彼と同じ任務であるならば、訊いてみようかなとガズトロキルスは思っていた。
「あれ? ガズ君、どこへ行くの?」
食料庫前からもらった缶詰を二人分くらい手にして、本部の外れの方へと行こうとするガズトロキルスをハイネは呼び止めた。
「ああ、昨日知り合った王国軍のおじさんに持ってきてくれだなんて言われたんですよ」
「そう」
少しばかり残念そうな顔をするハイネ。それでも納得はしているようだった。そんな彼女を見て、ターネラは「それならば」と缶詰を受け取る。
「私と一緒に食べませんか?」
「うん、そうだね」
「おう、スタンリー。ハイネさんをよろしく」
ターネラハイネを任せると、外れにある三本の木の下へと朝食を持っていった。そこではエーワンが待ち侘びた様子でいる。
「お待たせしました」
「おうっ、待っていたぜ」
早速缶詰を開けて中身を食べ出す。それにつられてガズトロキルスもそうした。
「ところで、あのお嬢ちゃんはどうした?」
「ああ、別の学徒隊の人とご飯を食べていますよ」
「そうかい。ならいいんだけどよ」
中身を食べつつ、エーワンは本部テントの隣にある食料庫と武器や道具が整理された倉庫を眺めながら、ガズトロキルスを見た。その視線に硬直する。
「……何ですか?」
「お前さんは、何の任務なんだ? 救護担当か?」
「いえ。倉庫の点検係とか、監視カメラのチェックとか……」
その言葉にあごに手を当てて、何かを考えるエーワン。ややあって、倉庫を見つめながら言った。
「今日もチェックするんだろう? したらば、それを俺のところに持ってきてくれないか?」
ガズトロキルスは不審に思った。なぜにチェックした調査表を持ってこなくてはならないのか、と。
「あの、それは担当者に提出することになっているので」
いくらエーワンが王国軍の者であろうとも、自分たちの味方であろうとも調査表を見せられない。これは規則だからである。
「すみませんけど――」
「大丈夫、大丈夫。俺に別に見せても大丈夫だって。俺、あれだから。土地調査と同時進行で前線への伝達係もかねているから」
「そうなんですか?」
「そうそう。伝達は早い方がいいからな。だから、持ってきて欲しいんだよ」
「……そうですよね。こういう情報は早い方がいいですもんね」
ガズトロキルスがそう呟くように言うと、彼の肩に手を置いてきた。
「オブリクスは話が早くでいいな。知っているか? お前みたいに物わかりのいいやつが慕われやすいんだよ」
「俺がですか?」
そうとは思っていないのか、疑心暗鬼の様子でエーワンを見た。
「そうだよ、そう思うよ。ああ、オブリクスの友達は羨ましいなぁ。きっと、お前を頼りにしているだろうよ」
キリのことを思う。そう、彼とは互いが持ち合わせていないものを補うために友達になったのだ。互いをすごいやつだと認めた結果だ。それだからこそ、互いを頼る。事実そうだ。特に自分は座学をキリに頼っているのだから。
そう、ここにはいないキリだって。本当は自分を頼りたいに違いないだろう。
「そうですかね?」
「そうだってば。お前の友達は絶対に信頼しているって。だから、オブリクスもそいつのことを信用しているんじゃないのか」
【お前は俺にとってすごいやつだし、お前も俺にとってすごいやつだ】
「年こそは差があるだろうが、俺もお前みたいなやつと友達になりたいよ」
「……お、俺でよければ――」
ガズトロキルスのその言葉にエーワンは嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
「じゃあ、持ってきてくれるな? 調査表を」
◆
「ターネラちゃん、昨日はごめんね」
朝食を食べ終えて、ハイネは昨日の自分の態度を改めるかのように謝罪をした。それを見て、缶詰の空を重ねて片付けようとしていたターネラは目を丸くする。
「いえ。そんな。私たちも事情を知らずに……」
「一応、クランツ教官から聞いた、かな?」
「はい、その脱退の件」
その言葉に同意するかのようにハイネは頷く。どこかうら寂しげな表情を浮かべていた。彼女のその顔はサバイバル・シミュレーションでも見たのと同じだ。もしかしすると、ずっとハイチのことばかり考えていたのかもしれない。
「あの、私が訊いていいのかわかりませんが。ずっと、そうだったんでしょうか?」
「ずっと?」
「た、たとえば、前々からお兄さんが脱退を考えていた素振りがあったとか」
ターネラのその憶測にハイネは首を横に振って否定する。どうやら知らなかったらしい。
「素振りじゃないけど。セロが言うには、ハイチは脱退願を前から書いていたみたいって」
「そうだったんですか」
「そこに留まるのも、辞めるのも個人の意思だっていうのは私も理解しているの。でも、やっぱり家族だからこそ、気になるの。どうして、辞めちゃったのかって」
「……訊かないんですか?」
そう言うターネラの言葉にハイネは反応を見せた。寂しそうな表情から一変して、やるせなさを見せた。まさか今の発言はいけなかったのか、と自身の口を塞ぐ。だが、もう遅い。
「ターネラちゃんはハイチの連絡先を知ってる?」
「えっと。はい、前に……」
「時間が空いているときでいいから、試しにハイチに連絡を入れてみて? 絶対に返ってこないから」
ハイネはそれだけを言い残すと、立ち去ってしまった。重ねられた缶詰片手にターネラはポケットに入れている個人連絡通信端末機へと手を伸ばそうかと考えたが、なぜだかその手が寸前で止まってしまっていた。いや、訊くべきだ。彼女は端末機を手に、ハイチの連絡先を表示した。彼に電話をかけてみる。
ただ、電話をして確認をするだけなのに緊張した。それを耳に当てている側の方の鼓動がうるさい。もしも、ハイチが出たとするならば、その声が聞こえやしないだろうかという不安が動揺を煽っていた。
今、何コール目だろうか。全く出てくれない。ハイネの言う通り、本当に出てくれないハイチにターネラはメッセージだけを送ることにした。
『スタンリーです。お話があります。差支えなければ、またこちらから連絡を入れてもよろしいですか?』
これが最良だとは思っていない。むしろ、状況を悪化させているのかもしれない。そう思いつつもそのメッセージを送信した。
早く片付けて、倉庫内を確認しに行かなければ。ターネラが缶詰を手に行こうとしたときだった。連絡通信端末機の着信が鳴る。肩を強張らせながらも画面を見た。
『キンバーお兄さん』
まさかのハイチからの電話。これに目を丸くして、ハイネの姿を探すかのように見渡した。いない。この電話に出てもいいのだろうか。若干不安ながらも電話に出た。
「は、はい……」
《スタンリーか?》
紛れもない、ハイチの声だ。彼に答えた。
「すみません、急なお電話……」
《いや、構わないけど》
心なしか、端末機の向こう側では風でも吹いているのか、音が強かった。轟音とでも言うべきか。ハイチは外にいるのだろうか。気になったターネラは「外ですか」と訊いた。
「風の音が聞こえるので」
《……外。うーん、外と言うか、なんと言うか。車が正しいかなぁ》
「車ですか」
《それよりも、俺に話ってなんだ?》
「えっと、その――」
思いもよらぬハイチからの電話に動揺していた。「どうして、脱退したんですか?」と訊くだけなのに、言葉が詰まる。この質問をしてもいいのかと怖くなってきて仕方がなかったのだ。
《ははっ、言いたいことでも忘れちまったか?》
向こうにいるハイチの声は優しい。まるで脱退願を提出しただなんて。それが受理されたことも最初からなかったかのように話しかけてくるのだ。
「いえ、そうではないんですが……」
それだからこそ、話を切り出しにくい。
《なんだ? 今そこにいるところじゃ話せないないとか?》
「…………」
言いたいことがあるのに。訊きたいことがあるのに。話があるといい、相手に対してそれを言わないのは失礼ではあるのをわかってはいる。黙っていてはいけない、と思いながらもターネラは口を開いた。
「……あの、お兄さん」
《おっ、思い出したか》
「なんで、学――」
言いかけたときだった。端末機の向こう側の方からハイチと誰かの話し声が聞こえた。相手は男性のようであるが――。
「キンバーさん?」
ターネラが呼びかけても反応はない。向こう側の相手との会話を優先としているのか。だとするならば、間の悪いときに電話をしたのかもしれない。
《……て――、そ――らい》
《あ――が、――か……ない――》
連絡通信端末機を耳に押し当てて話を聞く。雑音のせいで会話は聞こえなかった。一体誰と一緒にいるのだろうか。
《きみは断ち切ったのだろう?》
ハイチたちの会話のその一言だけが聞き取れたとき、背後に人の気配がした。耳に当てながら後ろを振り返ると、そこにはハイネが立っていた。
「それ、ハイチ?」
ターネラの端末機を指差して訊ねる。彼女は小さく頷いた。
「ごめん、借りていい?」
許可の有無を訊かずして、ハイネは強引に拝借する。
「ハイチ!? いるなら返事して!?」
端末機の向こう側にいるハイチに呼びかけ続ける。だが、ハイネはすぐにそれから耳を話した。
「ごめんなさい、ターネラちゃん。勝手に……」
どうやら、電話を切られてしまったらしい。ハイネは申し訳なさそうに連絡通信端末機を返した。
「いえ、とんでもないです。私もつながるとは思っていなかったので」
「ハイチ、どんな感じだった?」
「普通にお兄さんみたいでした。車の中で誰かと一緒にいるようでした」
「そっか」
憂いある表情を見せるハイネにターネラはとても気まずい様子で通話の切れた端末機の画面を眺めていた。
――誰かと一緒?
◆
武器や道具を点検しているガズトロキルスとターネラは二人揃いに揃って無言状態で調査表にチェックをしていた。互いに訊きたいことがあるというのに声が出ない。言葉が思い浮かばない。
この沈黙が痛い。だが、言えるに言えない。
「……なあ」
ややあって、ガズトロキルスが話しかけてきた。ターネラは小さな声で返事をする。書いていた手が止まる。
「それ書き終わったら、ちょっと貸してくれないか?」
それとは調査表だろうか。
「構いませんが、一緒に提出してくださるんですか?」
「いいや、おじさんが伝達係だから早く知りたいって」
その言葉にターネラは不審がった。
「おじさんって土地調査をされてましたよね?」
「かけ持ちでやっているらしいよ」
ターネラの方を向かずにそう言った。別にエーワンが土地調査をしていようが、前線への伝達係をしていようが彼女はどちらでもよかった。だが、自分たちが確認した物を再確認やマックスたちに許可を取らずして教えてもいいものだろうかと思ってしまう。
「いいんですか、そのようなことをして」
一つの種類の弾薬の箱の中身の在庫を確認しながらガズトロキルスに訊ねた。
「要は、俺たちが確認を間違えなければ大丈夫だろ」
「……わかりました」
若干の不安要素はあったものの、ガズトロキルスに同意した。
◆
倉庫内の在庫の点検を終えて、自分がチェックした調査表をガズトロキルスへと渡した。彼はお礼を言うと、すぐに外へと出て本部外れにある三本の木の下の方へと赴いて行く。後に続くようにしてターネラも出た。もうガズトロキルスの後ろ姿は小さくなっているようなものである。
「…………」
やはり、渡すべきではなかったか。そう今更な後悔をしていると、マックスがやって来た。「確認は終わったか」と訊いてくる。
「終わりました」
「じゃあ、チェックをするから用紙を……あれ? そう言えば、オブリクスはどうした?」
「オブリクスさん、調査表を伝達係の人に持っていきました」
そう告げると、マックスは片眉を上げて声を上げた。
「えっと、担当の俺のチェックも、総長の最終チェックもないまま、持っていってしまった、と?」
「はい。伝達係の人、急いでいるらしいので」
「何を考えているんだ、あのばかは!」
話を聞くや否や、マックスは急いでどこかへと走り出す。後を着いていった方がいいのかと思ってターネラも走り出した。彼らが辿り着いた場所は作戦会議指令テント内である。そっとテント入口を彼女は覗き込んだ。
「どうかしたか」
「す、すみません、ウチの隊員はこちらに来ておりませんか!?」
「来てはいないが、何かあったのか?」
現在、マックスが報告をしているのはラトウィッジである。ここには彼らの他に、王国軍隊員たちがいた。みんなしてこちらの方を不審そうに注目している。
マックスはガズトロキルスが調査表を持ち出して前線への伝達係にそれを見せに行ったと、正直に告白した。その話を聞いた一同の空気が一変とする。ラトウィッジの眉間のしわが深く刻まれた。
「どこへ行ったのか、見目もつかないか?」
「そ、それが――」
ふと、テント入口の方に目を向けて視界にターネラの姿が見えた。マックスは彼女に賭けるようにして中へと招き入れる。周りの視線が今度はターネラに注目した。
「スタンリー、オブリクスがどこへ行ったのか知っているか?」
「多分、あちらの方にある三本の木の下の方だと思います」
答えるターネラにラトウィッジも質問を投げてきた。
「相手は誰だ? 名前を教えてくれないか?」
「えっと、その……」
名前を知らないのではない。自己紹介をして聞いたはずだが、その男の名前を忘れてしまった。男のことで唯一覚えていることと言えば、三分以内で銃の分解と組み立てができるという特技。しかし、それを言ったところで特徴的とは言えないだろう。その事実を知っているのはターネラだけなのだから。
「王国軍か?」
「あ、はい。えっと、その人は民兵あがりだそうです」
「悪いが、王国軍で民兵あがりのやつをリストを調べてくれ」
ラトウィッジは近くにいた王国軍人に頼んだ。依頼された者は急いで端末機より調べ上げ始める。
「他にわかることはないか? なければ、私も同行してその場所へと行こうではないか」
そう言うラトウィッジは立ち上がると、先に作戦会議指令テントから出た。一足遅れて二人もである。
三人が本部外れにある三本の木の下へと向かっているところを倉庫から箱を手に抱えているハイネが見つけた。なぜに二人は連れていかれているのだろうか、と気になった彼女は彼らの後を追うのだった。
◆
ガズトロキルスが三本の木の下の場所へとやって来ると、そこにエーワンは待ち侘びた様子でいた。彼の手には今日の倉庫内の軍備品の在庫数を確認した調査表がある。
「来たな?」
「はい、これっス」
エーワンに調査表を渡そうとしたとき、後ろから声がかかった。見れば、そこにはあやしい目で見てくるラトウィッジにマックス、ターネラである。
「そこの学徒隊員よ、きみは教官の話を聞いていなかったのか? チェックした表は必ず担当者への確認と最終確認者である私の目を通さなければ、前線へと伝達できないと。そうしないと、もしきみはスパイが紛れ込んでいたならば、どうする?」
「お、おじさんは伝達係ですよ」
「そうか。それならば、どうしてそれをきみが知っているのか甚だ不思議なのだが? 伝達をするにあたっての人員は私がそのときに選んでいて、誰も知らないのだぞ」
その事実にガズトロキルスはエーワンを見た。彼は悠長に座っており、自分の方を見ているだけである。その視線はまるで自分に疑いをかけているかのような眼差しであった。
「う、嘘なのかよ、おじさん」
「嘘はオブリクスが言ったのだろう? 俺が言ったという証拠はない」
エーワンのその言葉にマックスは片眉が上がった。妙に気になるようなその者の言い方。どこかで見たことのあるような容貌。
「ち、違う! おじさんが自分は伝達係だからって――」
「何、人に罪を擦りつけてんの? やっていることをお前は恥ずかしくないの? 誰も証拠なんて見ていないから、お前一人の勝手判断ってなるんだぞ」
「なっ……!?」
ガズトロキルスはラトウィッジの方を見た。自分は悪くないと同意を求めるかのように顔を向けている。
――どこかで……。
マックスは脳の端っこにある記憶を思いよみがえらせようと、頭を抱えた。三本の木の下――。
【お前が軍人になれるという証拠はどこにある?】
遠い昔の記憶。大荷物を抱えている自分に対して笑いながら言う少年。
【なってやるさ】
それが最後の会話だった。たったそれっきり。音信不通となり、二度と会えないと思っていた。そんな幼馴染が――。
「ガヴァンか?」
誰かの名前にエーワンは反応する。マックスのその発言に一同は注目していた。すると、何かを思い出しそうではあるが、思い出せないとでもいうように彼を見てきた。
「お前、誰だ?」
「俺だ、マックスだ。旅懐の町の……」
「……ああ、マックスか。そっか、お前だったんだな。元気にして――」
なんてエーワンもとい、ガヴァンが懐かしんだ様子でマックスを見据えていると、腰に携帯していた銃の口を向けられた。銃口は彼の顔へとしっかり捉えている。
「な、何しているんだよっ!?」
ガヴァンはそれを見て表情を引きつらせ、冷や汗を垂らしていた。まさか、久しぶりに再会した幼馴染みから銃を向けられるとは思いもよらなかったのだから。
「何しているだと? ガヴァンは彼らを騙せたとしても、俺を騙せると思うな。これでもお前ら反政府軍団のことは確認していたんだぞ」
「目の前にいる幼馴染を殺す気か!? 冗談よしてくれよぉ!」
「冗談? それはその格好だけにしておけ。元民兵隊の反政府軍団員が王国軍の格好をするだなんて。それに俺はお前なんかを殺したりはしない。いや、殺す価値はない。国を捨てたなら、この国がガヴァンを裁く」
二人のやり取りを眺めていたラトウィッジは「皮肉なものだな」と呟くと、応援を呼んだ。すぐに王国軍の者たちがやって来る。彼らはガヴァンを捕まえに来た者たちであり、捕縛道具を見て慌て出した。
「ほ、本当に待ってくれよ! 俺は何もしてねぇ!」
――何も?
後を着けていたハイネは耳を疑った。
「そりゃあ、確かに国を裏切る連中とつるんでいたことは否定しねぇよ!? でも、本当に何もやっていないんだ!」
――何も!?
「だから――」
「それは嘘ですっ!」
絶対に逮捕されるものか、と喚くガヴァンにハイネが声を上げた。彼らの後ろにいたのか、王国軍たちは道を開ける。一同が彼女を見ていた。
「キンバー?」
「彼は嘘つきです。平気で嘘をつく悪い人です」
そう、今この場で反政府軍団のエーワン――ガヴァンのことを知っているのは自分だけなはず。ハイネは信者の町や王都、南地域の保護区で彼を見てきているし、話もしたことがあるのだ。それだからこそ、ある程度の人格を把握している。
「ハイチが学徒隊を辞めたのも、あなたが絡んでいますね?」
――きっと、この人は何かを知っているはず。
二人の目がぶつかり合う。目を逸らしてしまえば、自分が言ったことが嘘だと思われてしまいそうだ。両者ともに目を絶対に逸らさなかった。
「何の話だ?」
「とぼけないでください」
そうしている間にもガヴァンは王国軍人たちに捕縛される。遅れて護送車が到着した。それに乗せられている間もハイネはガヴァンを睨み続けていると、彼は不敵な笑みを浮かべた。途端、三本の木が同時に折れる音が聞こえた。そちらの方へと目を向けると、そこには巨大な一つ目の異形生命体が彼らをじっと見ていた。薄くて青い色の目が恐怖心を煽り出してくる。
「いっ――」
「お兄ちゃんの行方が知りたければ、黒に滅ぼされたところにでも行ってみな」
そう言うと、ガヴァンは装甲車の中へと急いで押し込められた。後ろの扉が閉まると同時に彼の視線はハイネではなく、ターネラに向けられる。
急いでラトウィッジは無線機の電源をつけた。
「第二部隊、第五部隊に告ぐ! 異形生命体が本部より南部に出現した! 応援を頼む! 繰り返す――」
その場で異臭と奇声を上げるバケモノは、最初に目が合ったハイネの方へと向けて巨大な拳を振りかざしてきた。
「危ないっ!」
マックスがハイネを庇ってその攻撃を受ける。当たった箇所が脇腹だけなのに、一撃が重過ぎて、全身に痛みが迸った。彼はそのまま、地面に転がったまま脇腹を抑えて悶絶する。このままでは一人標的にさらされる、と残っていた王国軍人の二人は肩を貸して逃げ出した。
「そこの学徒隊員! 彼女らを本部へ避難させろ! きみらが持っている武器ではこいつらには敵わない!」
そう言うラトウィッジは彼らの前に躍り出ると、携帯していた銃を取り出してこちらに注意を向けるように引き金を撃ち始める。彼の言う通りにガズトロキルスはハイネとターネラを連れて逃げ出した。彼らとすれ違うようにして、異形生命体の方へと向かって行く装甲車が十数台。それを背にして、彼は一つ目の怪物を睨む。
「来い、王国軍の本当の紅武闘勲章の力を見せてやる」
ラトウィッジは王国軍人に投げ渡された突撃銃を構えた。
◆
約一時間の死闘の末、王国軍の第二部隊と第五部隊を率いるラトウィッジは異形生命体の討伐に成功した。
本部にあるテントに隠れて彼らの戦いを見ていたガズトロキルスたちは驚愕する。あのバケモノを倒すには最新兵器を大量に抱えた小隊が幾度もシミュレーションを重ねなければならない。そうなのに、この場でそのバケモノが存在することは想定されていないのに。
ラトウィッジが指揮する即席で編成された異形生命体討伐部隊は、まるで最初からこうなることを予想でもしていたかのようにして戦っていた。隊が乱れず、確実に重機関銃が搭載された装甲車は銃弾を当てていったのだ。
もう動かない一つ目の怪物は目を見開いていた。そこから窺える薄い青い目――これは何度も見たあの少年と同じ目のようである。ラトウィッジがじっとそれを見下していると、無線が入った。
《応答願います、総長。敵兵が森厳平野の北部を突破致しました!》
「何っ!?」
まさかの事態に焦りを見せ始めるラトウィッジ。その話を聞いていた周りの討伐部隊員たちも愁眉を見せていた。
「詳しい状況は? どうぞ」
《現在、敵兵は『零落の村』へと進攻中です! 現在、森厳平野北部に配置されている第一部隊が迎撃中! 指示を願います!》
「直ちに本部から第二、第五部隊を派遣する! 応援が来るまで第一部隊に耐えるよう伝えてくれ! 第七部隊には軍備品の調整を。それと学徒隊員たちから志願兵を出してくれ! 以上!」
《了解!》
無線機の電源を切ると同時に、ラトウィッジは隊員たちに応援へと向かうように命令を下した。彼らはそれに応えるようにして敬礼をし、零落の村へと出動するのだった。
◆
本部の方にいた三人は森厳平野の北部からの連絡に目を疑うようにして聞いた。その事実にターネラは落ち着きがない様子である。理由は零落の村が彼女の故郷であるからだ。
どうして、零落の村――自分の故郷へと向かって行くのか。もしも、王都を狙うとするならば、自身の故郷を狙うよりも南の方を迂回して行けば近いはずなのに。
黄の民国軍の進攻方向の理由が知りたかった。だからこそ、ターネラは応援に志願しに行った。会議指令テントの方へと急いで行く。
◇
長期休暇が始まり、ターネラは実家がある零落の村へと帰ってきた。サバイバル・シミュレーション中に家族に送ったメールを見たせいか、ターミナルまで父親が迎えに来てくれていたようである。
「疲れて帰ってきたところ悪いが、話がある」
「うん」
怒られるのかな、と思いつつも父親には歯車を持って帰ってきたと伝えた。
「それもそうだが、ターネラ自身が帰ってきてくれたから嬉しいよ」
父親の自家用車に揺られながら、二人は家へと着いた。着いてすぐに母親と弟も呼び出される。歯車を出すようにと促されて、ターネラは鞄の中からあの青の王国の軍刀を腰に提げた青年から拝借された歯車を出した。
「二人を呼び出したのは紛れもない、この歯車『過去の歯車』のことについてだ。お父さんもお父さん。つまりはおまえたちのおじいちゃんから聞かされた話だ」
真面目な話になりそうだと両親を前にして背筋をしゃんと伸ばす姉弟。父親は口を開く。
「まず、これは青の王国の独立戦争の頃から遡る代物だ」
「えっ?」
その言葉にターネラのその弟は顔を見合わせた。独立戦争は新しい歴史とは言いがたい何百年も前の話だからだ。そんな時代に遡らなければならないほどの大昔という事実に目を皿にしていると、父親は話を続ける。
「当時、世界を支配していた黒の王国。今の黒の皇国はこの歯車と未来のコンパスがあったからこそ繁栄していた王国でもあったんだ。だけれども、王国はその二つを失って国が崩壊していったんだ」
「未来のコンパス?」
「その名の通り、未来を見ることができるアイテムだ。この世のすべてと言っても過言ではない」
そんなおとぎ話みたいなとんでもない物がこの世にあっただなんて、と姉弟は言葉を失ってしまう。
「そして、この過去の歯車と未来のコンパス。どちらが欠けてしまっては意味がない。だから、どちらも失くした黒の王国は滅んだ」
そう言う父親の言葉にターネラは一つ疑問を感じた。
「じゃあ、なんでそのすごいのが家にあるの?」
もっともな話。これが我が家にあるなんて。スタンリー家は地方貴族なのに。
「それは、スタンリー家の先祖が黒の王国から盗み出してきた物だからだ」
「……未来のコンパスがあるのに?」
それが事実だとしても、未来を見通せる物を持っているならば、おかしな話ではないか、とターネラの弟は首を傾げた。
「ああ、そうだな。だが、それに抜け道が存在していたらしいい。それが何かは詳しくはわからないが、とにかく先祖がそれを奪ったというのは間違いない」
「それじゃあ、当時は英雄みたいだと言われていたんでしょ?」
「そうだ。独立戦争で黒の王国に勝てたのは歯車を盗み出したことが大きな功績だといってもいいだろうな。それで、国ができた最初の頃のスタンリー家は王都に住む貴族だったんだぞ」
またしても姉弟は顔を見合わせた。
「だがな、建国が始まって初代の王が亡くなると、次代の国王は黒の王国の報復を恐れたんだ。だから、スタンリー家を隠すようにして地方に追いやったんだ」
「王様の都合で私たちは地方に追いやられたの?」
「事実上は。元々、貴族は中央にしかいなかったんだ。それを分散政権という政策の建前として、各地域に貴族を送ったんだ」
二人は静かに父親の話に耳を傾ける。
「そう、送ったのはいいんだ。王はただ、それだけしかしなかったんだ。ほら法律の歴史とか、学校でも習っているだろ? 身分自由制度な、あれで庶民から貴族へと成り上がりもできるようになった。それだから、今のスタンリー家の状態はわかるだろ?」
二人は静かにその言葉に頷く。スタンリー家には勲章も褒章すらもない落ちこぼれ貴族。
「同じ村に金富財褒章を授与された人、いるだろ?」
「ああ、あの上から目線の……」
そんなことを口にする弟に母親があまりいい顔をせずに見てきた。滅多なことは言うなという視線を送る。
「王都にいる貴族とはほど遠いような生活をしている我が家ではあるが、まだ貴族として保たれているのはこの過去の歯車の存在があるからなんだ。もしも、失くなってしまえばスタンリー家はお終いなんだよ」
◇
最後にガヴァンがこちらを見ていたのが気になる。
【それ、俺に預けてくれないか?】
キリがそのようなことを言うはずはない。あれは彼の偽者だと聞いていた。偽者であるマッドは反政府軍団にいる。
青の王国と黄の民国による無法地帯の押しつけ合い。その事実を恨む黄の民国。
メアリーを攫った反政府軍団。世界――特に王国に対して宣戦布告を出しているような存在である黒の皇国。
三つの勢力の内、黒の皇国と黄の民国は同盟を結んだ。反政府軍団も黒の皇国の支配下における勢力であり、その彼らの内一人が――いや、他にもいるかもしれないが、ここにいる。ということは、彼らは黒も黄もどちらとも加担している可能性がある。
思いを巡らせて、ターネラの頭に一つの仮説が生まれた。
「……家を狙っている?」
この同時侵攻戦における本当の目的がそうなのではと心中に不安が募っていく。そう考えたくないにしても、そうではないかという思いが強いのか、それが支配していく。
「スタンリー?」
呼びかけられて、顔を上げた。眼前にはワカテがいる。
「きみも行くのか?」
「は、はい。民国軍が向かっている先が故郷なんです」
「気持ち、わかるよ。志願書はあっちでもらえるから」
そう言うワカテは志願書をもらえるテントの方を指差す。ターネラはお礼を言うと、そちらの方へと赴くのだった。
◆
「オブリクス隊員、きみの行為は許されることではないから我々と同行してもらう」
ガズトロキルスとハイネの前に先ほどの異形生命体と戦った第五部隊員が数名やって来た。それについては重々承知している。自分はなぜに規則を破ってまでガヴァンに調査書を渡そうとしたのか。それを自身で問い質さなければならないだろう。
「が、ガズ君」
心配そうに連行されるガズトロキルスを追う。そんなハイネに彼は無理やりの笑顔を作った。
「俺、ハイチさんのことを信じてますから」
「……ありがとう」
ガズトロキルスは護送車へと乗せられて、その場を後にした。その車を見送ったハイネは救護テントの方へと向かう。現在、そこでは一つ目の怪物にやられたマックスが横になっていた。彼女は忙しくしている救護班員に自分ができることはないかと訊ねた。それに対して、救護班員はハイネに仕事を与える。
「これはダメだな」
険しい表情の戦場医。マックスは苦しそうな表情を見せいていた。あまりの激痛からか、脂汗が顔からにじみ出ているようである。
「すぐに近くの医療機関へ連れていこう。車、回しておいて」
病院への移送が決まった。テント内の会話を聞いている限りだと、骨が内臓に刺さっていることだった。無理もない話だ。あんな攻撃をどうして――。
――どうして、私を庇ってくれたんだろう。
ハイネは罪悪感に苛まされながらも仕事をする。
マックスの病院への移送の準備が整い、慎重に救護テントから運ばれる。その傍らを見送るようにして無言でいるハイネに彼は口を開いた。
「きょ、教官! ダメですよ!」
何か言うだけでも少しばかりの体力は使う。そう、そのたった少しばかりの体力が命の危険にさらされる危険性があるのだ。戦場医及び、救護班員やハイネにしゃべるなと制するが、マックスは言葉を続けた。
「兄貴はきっと迷子だ。捜してやれ……」
このような状況だというのに、自分たち兄妹を心配してくれていた。その優しさにハイネは目に涙を浮かべる。信じてくれている。ガズトロキルスもマックスも。だから、信じよう。ハイチはきっと帰ってくると――。
「……はいっ!」
ハイネはマックスに向けて敬礼をするのだった。
◆
志願書を出し、装甲車に揺れられてターネラたちは零落の村前の山道へと着いた。ここの山道を登っていけば彼女の故郷がある。
突破されたという報告を受けている。そのため、非常緊急連絡で村中に避難命令が出されており、村人全員は今頃避難指示場所にいるはずだ。現在の民国兵たちはもうすぐ山の向こう側の峠道へと着くだろうと推測されていた。
家族や村人たちは危険ではないとは言えないが、安全な場所にいるとわかっていても、ターネラは受け取った突撃銃を手にして落ち着かない様子でいた。しきりに村の方角や避難指示場所を見ている。そんな彼女にワカテは声をかけた。
「気になるの?」
「はい。でも、もうすぐ行進ですから」
「うん、ちょっと待っていな」
そう言うと、作戦の確認をしているラトウィッジの方へと向かった。何を話しているのだろうかと疑問を飛ばしていると、ワカテは戻ってくる。
「総長に訊いたら、行っていいって。ただ、オブリクスみたいなことがあるから俺と行こう」
「あ、ありがとうございます」
ターネラはお礼を言うと、行進方向とは反対にある避難指示場所へとワカテと向かった。
「ワカテさん、すみません。ありがとうございます。私に付き合ってくれて」
「いいんだ。自分が生まれ育った場所って気になるのも、俺もそうだから」
話のわかる人でよかった、とターネラは嬉しく思っていた。
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二人が避難指示場所へと向かって段々その場所へと近付いてくると、妙な焦げくささが際立ってきた。思わず眉根をしかめる。異形生命体かとも思ったが、これよりももっとひどい悪臭なのだ。
「なんだ、このにおいは?」
ワカテは万が一に備えて支給された突撃銃を構えて歩き始める。その後にターネラが続いた。胸騒ぎがする。そう、とてつもなく嫌な予感。早く会いたい。その一心で彼女は駆け出した。慌てて彼が追いかける。避難指示場所へと近付くに連れて、においは一層強くなるばかり。
そうでなくて欲しい、そうならないで欲しい。願う。ただ、ひたすらに自分が想像しているものから大きく外れて欲しいと切実に願った。
「煙!?」
ターネラの後を追うワカテのその一言に、走る速度は上がった。駆け抜けた場所へと出ると、彼女にとって見たくもない光景がその場に広がっていた。ただ、呆然とその光景を見るばかり。
「嘘だろ……?」
二人の目に映る物は真っ赤に燃え上がる空間だった。先の行動が読めない炎は辺りを焼き尽くしていく。何が起きているのか、何があったのか。ここは零落の村の人たちの避難場所では? 考えに考えていると――火の海の中に黒い影が見えた。その黒い影は人にも見える。人に炎はまとっていないから無事と言える。それにワカテが安堵した途端、ターネラは銃を手にして走り出した。
「スタンリー!?」
――許さない。
走るターネラは己の力量を捨てた。どうでもいいから。そんなことは関係ないから。そう考えているならば、と彼女は黒い人影である黒い軍服を着た者――黒の皇国軍人に銃身で殴りつけた。しかし、学徒隊に入って一年にも満たない若輩と、軍隊に入って訓練も経験も上をいく本物の軍人に敵うはずなどない。彼に軽くあしらわれて地面へと転がった。視界に映る地面には倒れている人々や家族――皇国軍人の足下には父親がいたのが見えた。
起き上がりながらも、ターネラは憎悪ある自身の青い目で睨む。突撃銃を握る力が強くなる。駆けつけたワカテはターネラの尋常ではないほどの殺気に仰け反った。
「あなたたち、最低です!」
憤怒するそんなターネラに皇国軍人は鼻で笑った。それを見たワカテはいい気分になるはずもない。
「最低? 最低なのはお前たち、青の民だろう?」
どちらが、と言おうとしたワカテの言葉を遮ぎってきた。
「お前たち、なぜに人間はそれぞれ目の色が違うかわかるか?」
「その地域の気候によって変わるからだろ!? 何を当たり前なことを――」
「そう」
黒の皇国軍人はワカテを指差した。
「当たり前なことだというのに、お前たちは知らない」
その言葉に二人は眉根をしかめた。
「人の目の色が違うのは、キイ様に愛されているかどうかわかるためなのだ」
皇国軍人は二人の目を見て言った。じろじろと見てくる。
「黒色はキイ教の象徴色。黒とはこの世におけるすべての恩恵が混ざった物である。故に国民のほとんどの目の色が黒色である俺たち黒の民はキイに愛されている。それに比べて――」
皇国軍人は二人の目の色が青色だと知ると、鼻で笑った。
「青の民には目の色が青いやつが多い。特に薄くて青いやつがな。薄い色は己の欲望に溺れ、軽薄な連中が多い。それはキイ様ではなく、カムラに愛されている。故に最低で情もないお前らは人でなしだ。だから、平気で俺に対しても最低だと嘯けるし、欺こうとする」
「そんなの、間違っている!」
「そうです、そんな理屈はおかしいです!」
「いいや、合っている。こいつの先祖は人の物を平気で奪った泥棒だからな」
ターネラの方を見て、彼女の父親の頭をにじった。これに気を立てた彼女は再度銃身を手にして突進する。だが、行動は読み取れると言わんばかりに、隙をつかれて腹を殴られた。
倒れ込むターネラをワカテが次にくる蹴りの攻撃を自身の銃身で止めた。腹の痛みを堪えて、起き上がろうとする。
「だからって、自分たちが最高な民族だと思えるならば、どうしてこんなことをするんですか? そりゃ、民族での文化の違いで相容れないかもしれないけど……」
ターネラと皇国軍人の目がぶつかり合う。
「でも、それだけの理由で人を見下すのはおかしいです! そういう考えを持っているあなたたちこそ、心ない人たちです!」
もう一度と言わんばかりに、ターネラが突進していこうとした矢先、何かが彼女の横を掠めた。それは一直線に黒の皇国軍人の足に当たった。途端に体勢が崩れ、倒れ込む。
「捕縛しろ!」
火の海の後ろ側から声が聞こえた。その声に反応するようにしてワカテが皇国軍人を取り押さえる。一同は後ろの方を見た。やって来たのはラトウィッジであり、手には散弾銃を構えているではないか。
その姿を見にラトウィッジは睨まれた。
「我々、青の王国はキイ教の信仰国家ではない。ましてや、国民のほとんどが無宗教者だ。故にキイ神にもカムラ悪神にも愛されていない。我々はただ、この世を生きる人間に過ぎない」
「なっ――」
黒の皇国軍人を取り押さえたことにより、ターネラは急いで父親のもとへと駆け寄った。
「お父さん、お父さん!?」
自身の父親の意識の確認をする。ターネラの呼びかけにより、彼はうっすらと目を開けた。そして、今にも泣きそうな彼女の頭を優しくなでる。
「お前なら……」
その一言。父親の手は力なく地面へと落ちる。ターネラはその手を握った。
「お父さん! お父さん!?」
何度も呼ぶ。ラトウィッジにワカテに移動するように言われても、ずっと反応のない父親へと呼びかけ続けているのだった。
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本部に戻ったターネラは一人テントの中にいた。膝を抱える彼女のもとへハイネが一通の封筒を手にして持ってくる。
「ターネラちゃん、これ」
差し出された封筒には父親の字で自分の名前が書かれていた。ターネラはそれを手に取る。心配そうなハイネであったが、一人にしてあげようとテントから出た。
一人になったターネラは封筒を開ける。中には一枚の手紙と過去の歯車があった。
『ターネラへ。
過去の歯車をお前に託す。
だから、ただ一つだけのことを守って欲しい。
これから楽しいこと、嬉しいこと、つらいこと、悲しいこと、色んな思いのある人生になる。いいことも嫌なこともあるのが人の人生であり、ターネラの人生だ。もし、お前がその嫌なことがあったとしても、前向きな考えで生きなさい。そのすべてのことを受け入れるような心を持ちなさい。
自分のことではなく、他人を思いやる気持ちを持つんだよ。』
手紙を読んで、ターネラは声に出して泣いた。父親からの手紙をぐしゃぐしゃにして。涙も鼻水も垂らして。
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森厳平野における王国軍の防衛戦は一時の不意はつかれたものの、陸・空・海においての作戦でほぼ成功に終わった。黄の民国軍は武器や資源、軍事関係費用の不足により撤退。
元々農業大国である黄の民国は食料以外の資源をほとんど輸入に頼っており、その六割は赤の共和国から仕入れているのだ。だがしかし、赤の共和国は自国が戦争に関わりたくないからと参加国に輸入、輸出のストップをかけたことが主な原因と見られていた。
結局、共和国は青の王国に一切の支援はしていない。それでも、王国は黄の民国に防衛戦に勝ったのである。




