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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第二章 回天動地
37/96

森厳 前編

 誰かの声が聞こえる。そう言えば、自分は何をしていたんだっけか。


 キリは目を開けた。最初に目に映り込んできたのはこちらをじっと見るアイリ。妙に体が重い気がするのはなぜだろうかと思った。頭がぼうっとしてこの状況に整理がつかない。


「目ぇ、覚めたね」


 アイリはにこにこと笑顔を絶やさない。先日の泣いていたことをすっかり忘れさせるほどの表情である。その笑顔につれられて、小さく笑った。


「……うん、それよりもここは?」


 起き上がろうとするが、起き上がれなかった。体が思うように動かせないからだ。どうして? どこか焦った様子で首を動かす。


 薄暗く、仄かに薬品臭がする場所。左右を見れば、両手が台に固定されている。自分は台で眠っていたのか。それの傍らには医療器具とあやしい薬品が詰まった瓶。何よりも驚きなのが、アイリが台の上にいる自分の更に上に跨っていること。そして、彼女の手には赤い石のブレスレットが――。


 彼女はアイリではない。ディースだった。


「お前っ、ディースか!」


 ここに来る前の記憶がとても曖昧で思い出せない。覚えているのがアイリの泣き顔だけ。まさか、あの後に反政府軍団たちがどこかで奇襲でもしかけて、自分を攫ってきたのか。


「放せっ!」


 言っても素直に応じてくれるはずはない。そんな確信はあるが、キリは声を上げたら。ディースは自分自身を異形生命体として変えることが狙いなのか。医療器具と共に置かれている薬品の瓶がそれを物語っているようだった。


「放さない、絶対」


 先ほどまで見せていた笑顔が今になって不気味に思えてくる。ディースは手にナイフを持って、柄でキリの腹を突いた。それがくすぐったい。


「だってぇ、きみは本当のキリ・デベッガじゃないもの」


「なっ!?」


「あなたは私が作ったクローンの脳にキリ君の記憶を入れただけのMADなんだから」


 そう説明するディースであるが、キリにとっては信じようがない。動揺をしているのか、視線をあちこちへと動かした。


「きみがマッドって言っていた彼の頭の中にキリ君の記憶を入れたって言った方がわかるかな?」


「何だって!?」


 ディースは何かを言われる前に、キリ(マッド)の腹にナイフの刃を突き立ててきた。ビリっとくるような痛感が全身を駆け巡る。


「さて、きみは前みたいな何者でもないMADじゃないし、キリ・デベッガでもないけど、『彼』になりたいかな?」


 突き刺したナイフをぐりぐりと押し当てたり、刺しては抜いて、刺しては抜いてと繰り返す。設問をされているのに、答えを考えられない。激痛が思考回路を止めてくるからだ。


「ふふっ、きみがどんな風になるか楽しみだねぇ」


 その言葉にディースの目が合った。


     ◆


 音で薄青色の目を覚ました。ここはどこだと周りを見る。ここは材木で作られた建物のようだ。キリはその場を立ち上がろうとするも立ち上がれなかった。理由は両手を縄で後ろにある柱に括りつけられていたから。とても強く締めつけられており、寒さと同時に痛みが襲いかかってきていた。


 この建物には窓がないが壁に隙間がある。だから、音が聞こえていたんだ。外の様子に至ってはわからず、全体的に暗い。


 それにしても、凍えるほどの寒さ、息が白く見えるほどの寒さ。いくらジャケットを着ていたとしても寒いのは事実。どこなんだろうか。なんて思っていると、そこへ二人の仮面を被った男女が現れた。一人は怒った表情をした物を、もう一人は悲しい表情をした物を。その悲しい表情をした仮面は口元が欠けており――それはまさしく自分が地下博奕闘技場で使った、前夜祭時に最上階の空き教室で見つけた物だった。


「ようやく起きたか」


 怒った表情をした仮面を被った男はキリに近付いて、目線を合わせるようにして屈んできた。


「誰だ?」


「それを言う必要はない。お前は俺の質問に答えればいい」


 そのためにわざわざここまで連れてきたと。ここで、キリは思い出す。この男、メアリーのテレビの取材中に邪魔をしに来た反政府軍団員ではないか! そうだとわかった瞬間に彼は二人を睨みつけた。それは許さないと言わんばかりの目付きである。だが、男はそれをものともせずして質問を口に出した。


「キャリー・オハラはどこだ?」


「知らない」


「嘘をつくな。答えろ」


「本当に知らない!」


 これは事実である。初めてキャリーの家に行き、キイ教の過激派――すなわち反政府軍団員に追われているがため、引っ越しをすると言って王都で別れたっきりなのだから。


 キリの答えに腹が立ったのか、悲しい表情をした仮面の女は腹を蹴り上げてきた。悲しそうな表情をしているというのに、口元は笑っている。まるで自分を嘲笑うかのように。


 腹の奥から何かが込み上げて出てきそうになる。ただ、それをひたすら耐えるだけ。反撃ができない。


「ここがどこだかわかってそう答えているのか?」


 ややあって、男はキリの頭を掴んだ。


「し、るか!」


 キリの頬を殴ってきた。


「早く答えろ」


「知らねぇって、言ってるだろ」


「そうか」


 二人はまるでキリに興味を失せたかのように離れた。


「じゃあ、お前は誰も来ないような場所で一人野垂れ死ねばいいな」


 その一言を残して彼らは立ち去って行ってしまった。僅かながらに見えた建物の外は雪で覆われている。雪――それを連想させるは雪山進行訓練時。あのとき、死にかけていた。そのときにアイリに助けてもらったから、恩返しのようして彼女のお願いを聞いているのだ。腕なしを殺すこと。それがアイリの願い。だが、この状況ではどうにもならないのが現実である。


 どうにかして脱出せねば、とキリは強く結ばれた縄を強引に引き千切ろうと手に力を込め始めるのだった。


     ◆


 メアリー王女誘拐事件から五日が経った現在の青の王国は深刻な状況であった。


 宣戦布告してきた黒の皇国と黄の民国に遣わされた者たちは必死の説得をしていた。その間にも、いつ戦が起きてもいいようにと王国内に民兵隊への徴集令をかける。休暇中だった学徒隊員たちや王国軍隊員にも召集がかかっていた。それをかねて、工業の町や労働者の町には軍備増加のため、工員募集の求人もかかる。


 武力がない方向で動きたいと願っていた国全体が緊迫とした最中、会談で解決に向かったはずの遣いたちはその会談の場にて暗殺されてしまった。


「我らは長年の間も無法地帯の存在を無視し続けた青の王国を許さない」


 元より話し合いという形で終わらせる気はなかった黄の民たち。すでに黄の民国の兵隊は青の王国の国境の方、森厳平野と呼ばれる方へと侵攻を始めようとしていた。


 また、黒の皇国軍やその軍にメアリーを引き渡そうとしている反政府軍団も旧灰の帝国内にて先回りしていた国境の見回りの軍隊により足止めを食らっていた。特にこの国の一年の大半の天候は雪なのだ。そのせいもあってか、過激派たちにとって計画が乱れている様子であった。それが千載一隅のチャンスとばかりに軍は兵士たちを指定の場所へと派遣して行く。


 黄の民国軍に対する防衛作戦を行うのは森厳平野にて。南地域と東地域出身の民兵隊、王国軍に学徒隊員である。一方で黒の皇国軍には北地域と西地域出身者たちに三銃士軍団員、それに戦力として学徒隊首席セロが派遣された。


 今回の不条理な宣戦布告により、青の王国は国民だけならずして他国に助けを求め出す。


 灰の帝国を捨てた国、白の公国。そして、世界で一番平和的主義国家である赤の共和国だ。彼らはすぐに返答する。


「我らは戦争をするために軍隊を持っているのではない。自衛のための軍なのだ」


 真っ先に赤の共和国は軍による戦争加担に断りを入れてきた。自分たちは軍隊を持ってはいるが、戦争に参加しないと断言。ただし、食糧における援助は少なからずするらしい。


「黒の皇国へと侵攻するならば、派遣も援助もする」


 逆に白の公国は黒の皇国に対して防衛ではなく、侵攻するならば、軍の派遣と食糧等の援助をするという答えが返ってきた。しかし、今の王国軍は防衛戦に加えてメアリー奪還だけの予定なのだ。侵攻するにしても軍事予算を見直さなければならない上、時間はないに等しい。なんとか防衛戦のみ参戦してくれたならば、と王国は粘るものの――。


「防衛戦ならば、派遣も援助もしない」


 そう断られた。


 これにて、王国は自国だけの人材で同時侵攻防衛戦とメアリー奪還へと挑まなくてはならなくなるのだった。


     ◆


 森厳平野の西側に青の王国軍の本拠点はあった。そこでガズトロキルスは後方支援としてターネラと軍備品の確認係を担っていた。


「怖いですね」


 ターネラが不安そうに呟いた。


「……うん」


 ガズトロキルスもそれだけの答えしか返せないのがつらかった。何かが偶然に重なるようにして、奇妙なできごとが起き続けているから。


【歯車が動き始めるだけ】


 アイリのあの発言はこのことを差すのだろうか。いや、絶対にそうなのだろう、と妙な確信が生まれていた。彼女は何かを知っている。だから、この同時侵攻防衛戦のことも見据えていたのではないか、と。


「オブリクスさん?」


 ターネラはどこか愁眉を見せながらガズトロキルスの顔を覗き込んだ。


「何?」


「いえ、先ほどから声をかけているのですが」


「ああ、ごめん。えっと?」


「こちらの確認、終わりました」


 そう言いながら調査表を見せた。ガズトロキルスは自身の調査表を見た。まだ半分も終えておらず、急いで確認をし出す。


「ごめん! すぐに終わらせるから!」


「あっ、そんなに急がなくても……」


「うわっ、記入欄間違えた!」


 ターネラが言う前に、一人間違えて慌てて修正し出す男であった。


 そうしてなんとか無事に本拠地の軍備品の確認を終えた二人は倉庫を後にして、その調査表を担当責任者へと提出しに行く。その担当責任者はマックスだった。


「教官」


 二人はそれぞれ自分がチェックした調査表をマックスに提出する。それを受け取った彼は渋った表情を見せた。


「オブリクス、もっと綺麗な字で書け。かろうじてわからなくもないが……やっぱりわからないな」


「すみません。俺、お腹空いちゃったもので」


 理由は嘘つかず、素直な言い訳をした。


「それが通ると思ったら大間違いだぞ。書き直し!」


 提出物を突き返され、不貞腐れた様子でガズトロキルスはその場でなるべく丁寧な字で書き直しを始めた。


「教官、あの……」


 その間、ターネラは不安そうな表情でマックスに訊ねた。


「今の戦状況はどうなっているんでしょうか?」


 それが気になって仕方なかった。そんなターネラの設問にマックスは答えようとする。


「今か。今は五分五分と言った具合か。向こうがこちらに責めてくる勢いも衰えていないし、逆に我々の防衛が突破されていないとも言える。一番の山場はこの森厳平野での防衛戦だろうな」


「す、すみません。あまり戦局関係に詳しくないので、教えていただけますか?」


 マックスは大きく頷いた。いくら後方支援で戦いに行かなくとも知るべきだ、と。早くお昼ご飯を食べたそうにして書き直しをしているガズトロキルスも呼び寄せる。


 マックスは持っていた端末機の画面にある青の王国と黄の民国の国境沿いの地図を見せた。


「まず、俺たちがいるこの拠点をずっと東へ五十キロほど進んだところに、森厳の川は知っているよな? そこが国境沿いを伝って海まで流れているんだ」


「はい、森厳の川ってなんですか」


 説明途中にガズトロキルスが割って入って手を上げて発言をした。それに、マックスは胸ポケットに入れていたペンを彼の頭の上に軽く叩く。


「国の地理くらい勉強しておけ。いいか、森厳の川はここ、森厳平野と黄の民国を間に挟んだ世界最長の川だ。その川の特性は川幅も広いし、底も深いということ。船や飛行機といった物でしか行き来できない状態になっている。要は橋がないってことだな」


「ああ、それでこっちに来たい黄の民国の兵隊さんがあの手この手で来ようとしているんですね」


「その通り。向こうはまだ我らの拠点を知らないはずだ。平野中に攪乱機を設置して居場所特定させていないからな」


 妙にガズトロキルスの物わかりがいいなと感心していると、ターネラが「そう言えば」と声を上げる。


「何も川や空から侵攻してくるだけじゃないんですよね? 海とか……」


 地図の下の部分を指差した。それにマックスは大きく頷く。


「国境線は延長して海まで届いているのは確かだ。だが、それも目は張っているさ。王国の海軍はもちろん、学徒隊の五回生や四回生の中には海技士などの勉強をしたことのあるやつが行っている。それは空も同様にな」


 そう言うマックスだったが、今一度端末機の地図を眺めて渋った様子を見せた。


「だがな、いくら戦状況が五分五分だからといって油断はできない。黄の民国は一方的にこちらだけを集中して攻撃をすればいいだろうが、我らの相手には黒の皇国もあるんだ。だから、余計な戦力を削らせず、防衛戦に努めるしかない。こちらは進攻なんてできない。相手が撤退するのを待つしかないんだ」


「はい」


 またしてもガズトロキルスが手を上げる。それを指すマックス。


「なんで会談に行った人は殺されたんでしょーか? 俺、それが不思議」


「そうだな。オブリクスは地理もと言ったが、歴史も勉強しておこうか。というか、お前は座学の時間とか寝てないだろうな?」


 段々と表情を引きつらせてくるマックスに「寝てませんよ、うつらうつらとしていました」と返すも――。


「一緒だ、ばか」


 またペンで軽く小突かれた。


「全く。いいか? ちょっと、歴史の話になるが――」


「はい、俺が寝てしまいそうです」


「質問した本人が言うな。聞け。昔、両国はとても仲が悪かった。理由はわかるか、スタンリー」


 急に名指しされたターネラは少しばかり慌てふためくと「あれですよね」そう授業で習ったことを思い出そうとする。


「無法地帯の押しつけ合い? ですよね?」


「そうだな。正確には無法地帯管理放棄が正しい」


「訳がわからないなぁ」


 なんとか必死になって理解しようとするガズトロキルスであるが、普段の座学の態度の報いが還ってきたのか、頭が混乱していた。


「あのなぁ、これならわかるか? 異形生命体実験失敗」


「えっ、あいつらがなんで?」


「キンバーも大概だが、オブリクスもそれ以上のようだな。あのな、無法地帯管理放棄というのは昔、この国がまだ世界的禁止行為ともされていない実験……言わば、新しい生命体の研究をしていた実験施設があるんだ。そこで作った異形を成した生命体の死体をこの森厳の川の底に埋めたんだよ」


「えっ」


「それで元々農業大国でもある黄の民国が作る作物に影響が出たんだ。それが原因でいざこざや世界を巻き込んだ条約まですることになったりな。青の王国はこちらが土地譲渡を条件に条約を飲んだんだ。後はわかるな?」


「まさにスタンリーが言った無法地帯の押しつけ合いっスか」


「ああ。もちろん、妙な実験をしていた土地なんて黄の民国にとっては欲しくもない。それ故に一切土地管理をしていないんだ。もちろん、譲渡した青の王国も。だから、無法地帯だなんて呼ばれている」


 自分の国でこんな衝撃的事実があっただなんて驚きだと言わんばかりの表情を見せた。


「学校じゃあ、ここまで詳しいことの説明はしないからな。もっと知りたければ、図書館や本屋に行って歴史書で、ってことだしな」


「教えないんスか」


「教えたくないというわけじゃないぞ。授業時間関係で詳しく教えないだけだ。それに何でもかんでも教えるべきではないからな」


 マックスのその言葉に二人は顔を見合わせた。


「自分で調べて学ぶことも大事だからな」


「なるほどっスねぇ」


 ガズトロキルスはそう声を上げながら端末機の地図を眺めた。


「話を戻すぞ。つまり、その土地管理放棄が原因で互いの国は一触即発状態だったんだが、そうして戦争も起こらず何十年も経って、黒の皇国がそれを今更のようにして揺さぶったんだろうな」


「……私たちの国もそうですが、ひどいです。黒の皇国って」


「うん、キリが毛嫌いする理由がわかる気がするぜ」


「まあ、なんだ。今のところは特に問題もない。何より、黄の民国との防衛戦における総指揮監督はフォスレター総長だし、海上においてはシルヴェスター海軍部統括長がいるから心強い」


「そう思われると私もこの仕事にやりがいはあるが、調査表はまだだろうか」


 いつの間にか、ラトウィッジがマックスの背後に立っており、それに気付かなかった彼は肩を強張らせていた。当然、書き直しの途中で話を聞かされたガズトロキルスの調査表は終えていない。


「も、申し訳ありません! お、オブリクス、急いで書き直せ!」


「えぇ、そこで急かすんですか? 話を聞けと言っていたのにぃ」


 そうぶつくさ言いながらもガズトロキルスは書き直しを終える。マックスが最終確認をして二人が提出した調査表をラトウィッジが受け取った。


「言っておくが、黒の皇国に対する防衛戦も万全のはずだ。総指揮監督はボールドウィンであるし、副指揮監督はきみらの隊長でもあるんだ。私も彼らならば、心強いと思っている」


 それだけ言い残すと、ラトウィッジは本部テントの方へと行ってしまった。彼がいなくなると、マックスは緊張でもしていたのだろう。胸をなで下ろした。


「ああ、怖かった」


「へぇ、人類最強のクランツ教官でさえも恐れるフォスレター総長とは一体?」


 その様子が珍しいとでも思っているのか、ガズトロキルスは笑う。つられてターネラも肩で笑っていた。


「そこ二人笑わない。というか、俺が人類最強とはなんだよ」


「聞きましたよ。骨折を数日間、気合だけで治したそうですね」


「軍人たるもの、そうだろう!」


 当然だとでも言うように、マックスは胸を張った。だが、この発言は二人顔を見合わせることになる。


「いや、普通に俺が骨折しても一ヵ月以上はかかりますって」


「はあ、オブリクスは貧弱なんだな」


 なんて言ってはいるが、それを聞いたターネラは骨折完治に時間がかかるのは当たり前だと思う、と心の中で呟いていたのだった。


     ◆


 マックスに調査表を渡し終えた二人は昼食をもらいに行くために食料庫前へと向かっていた。すると、王国軍の一人が声をかけてきたではないか。なぜか王国軍や学徒隊専用のテントの陰に隠れながら。


 それにガズトロキルスとターネラは顔を見合わせる。別に王国軍の人が自分たちに声をかけてくるのはおかしくない。だが、そんな風にこそこそとされるとあやしまざるを得ないのだ。


「俺、あやしいやつじゃないから」


 そうは言ってもな、とガズトロキルスは疑いの眼差しを向けていた。


「ほ、本当に俺あやしくないからなっ!」


「だ、そうですよオブリクスさん」


 ターネラに至っては自分が信じるのではなく、先にガズトロキルスが信じてから信じようとしていた。それは王国軍人である中年の男性に察されたようで――。


「お嬢ちゃん、そういう信じ方止めようか」


 なんて言われる。おじさん的にちょっと心が傷つくなぁ。


「あ、はい」


 そのことがバレて、ターネラは申し訳なさそうに下を向いた。


「いいから、こっち来て二人とも」


 この男を不審に思いながらも近付いていく二人。彼らにある程度の距離が縮まったとき、男は「悪いんだけどさ」と食料庫の方を指差した。


「昼飯、もらってきてくれない?」


「自分ではもらいに行かないんですか?」


 自分でもらいに行こうとしない中年の男にガズトロキルスは片眉を上げた。やはり、どこかあやしいなと思う。


「俺、本部の方を調査しているの。忙しくて、見逃してしまうから持ってきて、ってことなの」


「まあ、いいっスけど」


 ここの土地調査をする者だろうか。そうだとしても、機材らしき物は見当たらないようだが――。


「何の調査ですか?」


「あれだよ、土地調査。今、向こうの方でやっているの」


 それならここまで来たのであれば、自分でもらいに行けばいいのに、と疑心に思いながらも「わかりました」と答えた。ガズトロキルスがそう言うならば、自分も同意せざるを得ないだろうとターネラも頷く。


「おっし、じゃあ向こうの方に三本の木が見えるだろ? そっちに持ってきてくれよ!」


 二人にそう告げた男は、そそくさと言い示した方へと行ってしまった。その場で硬直する彼らはまた顔を見合わせるだけである。


「よくわからないけど」


「私もです」


 首を傾げながらも食料庫前へと行き、そこから三人分の昼食を取って三本の木が見える場所へと赴いた。そこに中年男性は手ぶらで二人が来るのを待っているようだった。


「これ、昼ご飯です」


 ターネラが不審そうに昼食の缶詰を三缶ほど渡した。手乗りサイズのこの缶詰は一人前が二缶から三缶ほどとなっている。


「ありがとう、お嬢ちゃん」


 それを受け取るとすぐさまその場で食べ始める。二人はここで食べるのもという遠慮があるのか――本部の方へと戻ろうとするが、男に呼び止められてしまった。


「ここで食っていけばいいじゃねぇか」


「いや、俺たち昼から向こうでやることがあるので」


「食べて、小一時間休憩してからだろ? 時間はたっぷりあるからここで食え」


 強引に食べていけと促す男に不気味さを感じながらも、二人はその場に座って昼食を採り始めるのだった。


 あれほどお腹が空いたと連呼し、普段の食事量が多いガズトロキルスにとっても、得体の知れない男の雰囲気に圧倒されているらしい。二缶ほどしか腹の中に入らなかった。余った三缶を見た男性は「食わないなら寄越せ」と言ってくるため、譲ることにした。


 黙々と食べている二人を見て男は「楽しくしようぜ」と言い出してくる。


「なんでそんなに俺を怖い目で見やがるんだ? 俺はただの軍人だ。どこがおかしい?」


「……別に、何でもないです」


 疑問に感じることを言ってはいけない気がしていた。それはターネラも同様で彼女は首を横に振って否定する。


「そうかい? ああ、わかったぞ、名前だ。それでそんな目で見るのも不思議じゃねぇな」


 男の名前を知らないから。その理由に妙に納得がいく二人。


「俺の名前はエーワンだ。特技はこの国の銃砲であるならば、三分以内に分解と組み立てができるぜ」


「えっ、すごいです」


 男――エーワンの特技を聞いてターネラは素直に感心した。


「実際にやってみようか? そこの兄ちゃん、持っているなら貸してくれ」


「は、はい」


 ガズトロキルスは持っていた学徒隊用の支給品を渡した。すると、エーワンの手捌きは流暢に銃砲を分解していく。すべて分解し終えたらば、今度は逆再生のごとく、組み立てていった。時間は計っていないが、おおよそで三分を切っているのは間違いなかった。


エーワンのその手捌きを見て二人は声を漏らした。自分でも自分の周りの者でさえもこんな素早いことができるのはそうそういないからだ。


「おじさんすげぇ!」


「そうか? 学徒隊員や教官たちにこんな技をするやつはいなかったのか?」


「オブリクスさんはできます?」


「いや、俺がすると部品が余るんだよ。もしくは別の物が組み立てられてしまうんだよな。なんでだろ?」


 どうやらガズトロキルスはこういうのには疎いらしい。


「あっ、あの人ならできるかもな」


「そうですね! どこにいらっしゃるんでしょうか?」


「なんだ、いるのか?」


 組立後の点検を終えたエーワンはそれを返す。ガズトロキルスは受け取った銃を仕舞い込むと、立ち上がった。


「学徒隊の首席と次席の人です。実家がハイネさんと一緒だったはずだから、訊けばわかるかな?」


「でも、もしかしたら海上の方へと行っている可能性がありそうですよね。五回生なら、海技士の勉強をしていそうですし」


「ヴェフェハルさんならそうだろうな。何がともあれ、訊きに行ってみよう!」


 ガズトロキルスはターネラと本部救護テントの方へと向かおうとする。


「そこで待っていてください。連れてきて披露させるんで!」


 その言葉にエーワンは片手を上げていた。


     ◆


 いくら防衛戦だろうと、当然のように怪我人というものは出る。そして、ここが戦場ではなくとも衛生上安心できる場所とは言えない。一番怖いのは感染病だから。


 本拠点から北へずっと進んだ場所には無法地帯が存在する。いくらときが経とうが、染みついた噂は取れないだろう。どんな細菌やウィルスが存在しているのかわからない。森厳の川の水に異常がなくとも多少の可能性があるからだ。


「これで、大丈夫ですよ」


 気を引きしめて、自分に与えられた任務をこなすのはハイネである。彼女は本部の救護テントで怪我人や病人の世話をしていた。ここへやって来るほどんどは民兵隊。前線にいるのだから当たり前であった。


「ありがとう」


 手当てをしてもらった民兵隊の一人は重たそうな腰を上げてテントを出て行った。その人と入れ替わるようにして、ガズトロキルスとターネラが入ってくる。


「あら、二人とも怪我したの?」


「いえ、違います。お訊きしたいことがあるんです」


 何かなと微笑みながら、先ほど使用した医療器具類や衛生材料を整理する。


「ハイチさんかヴェフェハルさんってどこにいるんですか?」


 ガズトロキルスのその質問にハイネの手は止まった。自然と笑みも消えてしまっている。そんな様子を見てか、二人は心配そうに顔を覗かせた。


「ハイネさん?」


「セロは旧灰の帝国の方に行ったわ。戦力関係でね」


 すると、怪我した民兵隊の者が救護テントへと入ってきた。痛々しいそうに傷をハイネに見せながら、手当てをしてもらう。彼女はただ、だんまりと治療をし続けた。二人は仕事の邪魔にならないように、このテントの端っこへと寄って一仕事が終わるまで待つしかなかった。治療を終えた民兵隊はハイネにお礼を言うと、テントから出て行った。その後も彼女は何も言わず、道具を整理するだけ。


「……あ、あの、ハイネさん?」


 ターネラが恐る恐る、声をかけると――。


「セロ、すごいよね。流石は首席ってところかなぁ? 何でもね、精鋭部隊員の人から推薦が上がって行くことになったんだって」


 ハイネは二人の方を見ずして、そう言った。素直に感心しているという素振りでも見せているのか。強調して言っているようである。


「本当は軍人なんてなるつもりはなかったって言っていたけど、才能があるってすごいことだと思わない? 私はそういうのがないから、授業中とかに採れた資格とかでどこかに就職しようって思っているんだけどね。二人は将来何になりたい?」


 絶対に振り向こうとはしない。それは二人にもわかっていた。医療機器類の上に水滴が落ちていたから。


「は、ハイネさん、ハイチさんは?」


「知らないよ」


 声が震えていた。やせ我慢をしているようだ。ぼたぼたとハイネの顔から落ちる水が枯れることはない。


「知らないったら、知らない。もうばかのことなんて、知らない」


 ガズトロキルスが何か言おうとしたところで、マックスが救護テントに入ってきた。どうも彼らを捜し回っていたようで、二人の姿を見て声をかける。


「お前ら、昼飯を食べたなら――」


 ここでハイネの様子に気付いた。彼女は肩を震わせている。


 何かを察したかのようにして、マックスは二人がテントから出るように促した。そして、少し離れたところで「兄貴のことでも訊いたのか?」と訊ねる。


「ええ、まあ。ハイチさんとヴェフェハルさんを見かけなかったから訊いたんですけど」


「今のキンバーに兄貴のことを訊くな。これは彼女の気持ちを尊重して言うことなんだから」


「何かあったんですか?」


 ハイネのあの様子、マックスの物言い。どれを取ってもなにかあったとしか考えられない。だからこそ、知りたい。だからこそできるならば、力になってあげたい。ターネラはそう思っていた。


「……兄貴は学徒隊を脱退したんだ」


 その事実に驚きを隠せない二人は顔を強張らせた。


「えっ、でも……」


 ガズトロキルスはありえないと思っていた。数日前に普通に王都で会って、一緒にグルメ観光をして回ったのに。


――あ。


【俺は……労働者の町出身だぞ?】


 別に誰から聞いたとかではない話。以前にハイネと同じ町で働いていており、仲良くなった彼女から自分は工業の町出身だと聞いただけ。だから、初めてハイチを知ったとき、普通に工業の町出身だと思っていた。それが自身の記憶に刷り込まれていただけ?


「……ハイチさんってどこ出身なんですか?」


「どこと言われても、妹と同じ工業の町だろう? 東地域にある町だからな」


 どちらを信じればいいのか。ガズトロキルスは頭を抱え出す。


「それに脱退願もすでに受理されていて、正式にキンバーは学徒隊でも三銃士軍団員でもなくなったんだ。一応は学校で採れた資格もあるだろうから、それでも就職先とかは何ら問題ないだろうと思うがな」


「もしかして、その脱退願が受理されたのもハイネさんは……?」


「ヴェフェハルを通して知ったそうだ。彼女には何も告げず、辞めたらしい」


「そ、そんなこと、あっていいんでしょうか?」


 ターネラが愁貌を見せて、そう二人に問いかけるように言った。


「私が言える立場ではないんでしょうが、そのことを知らされる前に辞めるって――」


「確かに言える立場ではないぞ、スタンリー」


 マックスが言葉を遮って確言した。そう言われてターネラは下を向いて黙り込んだ。


「お前たちにとってはお世話になった先輩かもしれないが、これは個人の事情だ。そこまで首を突っ込むのはおかしい」


「それじゃあ、クランツ教官は辞めることに賛成だって言うんですか?」


「いや、最初は動揺したさ。いきなり脱退願を渡してきたからな。だが、それを俺たち教官や隊長が辞めるのを止める権利はない。このまま籍を置き続けるも、脱退するのもお前たち学徒隊員一個人が決めることなんだから」


 そう言うマックスであるが、ガズトロキルス自身もあまり納得した様子ではない気がした。眉間に深いしわを寄せているようだ。


「それがここの規則だから」


 規則が、ルールが存在するから。そう言われると彼らはなにも言えなくなってしまう。そんなものがなければいいのに。なんてターネラは思うが現実はそうはいかない。それがなければ、世の中はどうなってしまうのか目に見えているようなものだから。


「そうですか」


「ああ。――すまないが、お前たち。前線へと運ぶ物資の積み込みを手伝ってくれるか?」


 マックスにそう言われ、二人は後を着いていくしかなかった。


     ◆


 倉庫の方へと赴いていると、エーワンからテントの陰で呼ばれた。


「おじさん」


「おうっ、本部に行ったきり戻ってこないから、どうしたんだって思って様子を見に来たわけだが……仕事でも入ったか」


「はい、すみませんけど」


 先に行っているマックスとターネラをガズトロキルスは瞥見した。


「それじゃあ、仕方ねぇよな。まあ、いい。俺もそんな感じだしな。じゃあよ、オブリクス。夜にまたあそこに夜ご飯を持ってきてくれないか?」


「いいですよ」


「期待しているぜ」


 エーワンが仕事場へと戻りに行く姿を見ていると、マックスに呼ばれた。いつの間にか、二人はこちらの方へと来ている。


「何をしているんだ、何を」


「いや、王国軍の人と話をしていたんですよ」


「ああ、えっと……おじさんですか?」


 エーワンの名前が思い出せないのか、ターネラがそう言う。おそらく、それで大体わかると思ったから。


「うん、おじさんだよ」


 どうやらガズトロキルスも思い出せない――否、人の名前を覚えるのが苦手なのか、『おじさん』でわかった。そのことを知らないマックスは「誰だ、それ」と小首を傾げる。


「まさかその人の名前を教えてもらったけど、おじさん言っているから忘れたとか言うんじゃないだろうな?」


「ご名答です、教官」


 クイズを出したわけでもないが、マックスに対して拍手を向けた。だが、そんな風に誉められても嬉しくもない。ガズトロキルスに軽く小突く。それをターネラは苦笑いしながらごめんなさいと心の中で謝罪していた。


「ほら、行くぞ」


「はぁい」


     ◆


 トラックの荷台に積み上げられた箱の山。これらすべてを前線の方へと向こうにバレないように持っていくらしい。ガズトロキルスが最後の一箱を積み上げると、荷物が落ちないようにマックスと他の王国軍の者がロープで固定して、それは出発していった。


「あれ、俺たちが積んだのって弾薬の他にもご飯もありましたよね? もしかして、夜も?」


「奇襲の可能性もあるからな。向こうは休みどころではないだろうな」


「飯を食べながら応戦するってどんな感じだろうか?」


 実際にそうして想像してみるガズトロキルスの傍ら、ターネラは苦笑いしながら積み上げきれなかった分を倉庫へと戻していた。


「オブリクスさん、流石に無理がありますよ」


「知っているよ」


「そうだぞ。第一にそんな状況じゃ腹など空いているヒマではないからな」


「いや、だから知っていますよ。それくらい」


 変なことを言った自分が悪いのか、その話のネタを笑いながら揺すってくる二人。ひどいよ。


「そんで、教官。俺たち、他にすることありませんか?」


 話題を変えようと、ガズトロキルスはマックスにそう訊ねる。それにマックスは「あるぞ」と彼らを一台の大型装甲車の方へと案内してくれた。その車内に入ると、森厳平野や森厳の川といった至るところに設置されているであろう監視カメラが映す画面があった。


「あっ、クランツ教官。お疲れ様です」


 三人に一人の若い王国軍人の青年が敬礼をした。


「おう。すまんが、この二人も監視させるけど、いいか?」


「はい、構いませんよ」


 よろしく、と二人にあいさつをする青年は笑みを浮かべた。


「彼は二年前に学校を卒業したワカテというやつだ。ワカテ、こっちのでかいやつがオブリクスでこっちの女子がスタンリーだ」


「よろしくです」


 彼らはワカテと呼ばれた青年に頭を下げた。マックスに後を任され、彼は二人が監視する画面を教える。


「えっと、オブリクスがそっちの河口付近を。スタンリーが森厳の川を監視していてくれ」


「了解です」


 言われた通りに画面を監視し始める二人。たくさんある画面を視界に詰め込み過ぎて、どこか見逃しているのではないかと不安になる。


「……監視って、大変ですね」


 改めてそう実感するターネラは指定された画面すべてを目で追っていく。それにワカテは柔らかく笑った。


「慣れると、そうでもないよ。まあ、慣れたから平気と思ったらダメなんだけどね。それの方が見逃しやすい」


「じゃあ、気張って見ないと!」


 何事も真剣に、とでも言うようにして、ターネラは瞬きを我慢するかのようにして画面を見出す。二人はそれに苦笑いをした。


「やり過ぎだって、スタンリー」


「そうだよ。そこまで気張り過ぎると、逆に見逃しちゃうよ」


 なんて言うワカテがガズトロキルスの方を見ると、彼は椅子をだらけたようにして座っていた。


「でも、オブリクスは寛ぎ過ぎだから。俺はいいけど、上司が来たら怒られちゃうよ」


 学徒隊の下級生にこんなやついたっけと思い返すもいたような、いなかったような。


「二人って、今、何回生?」


「俺は三回生です」


「私は一回生です」


「ということは、俺が五回生のときにオブリクスが一回生になるのか」


 自身が五回生ならば、下級生――特に一回生のことを覚えていないのも無理はないな、と思う。最下級生と最上級生だと交流の場などほとんどないに等しいからだ。おそらく、ターネラも顔見知り程度の五回生が一人いればいいくらいだろう。


「やっぱり、こう極端な学年だと交流がないようなものだからなぁ」


 なんて言うが「でも」とガズトロキルスは声を上げる。


「スタンリーの場合は首席と次席の知り合いだからなぁ」


「そうですね」


「へぇ。そうなんだ。ていうか、今の首席と次席って誰?」


 学年を換算すると、今の五回生が三回生か二回生のときだなと数える。


「首席がヴェフェハルさんで、次席がキンバーさんですね。知ってます?」


「ああ、うん。知っているよ。直接話したことはなかったにしても、三回生にしては任務の功績が大きい二人組だって有名だったはず」


 そうして、ワカテの二年前以上の記憶が呼び起された。


【あいつら、すごいよな。初任務で他の五回生、四回生を差し置いて、功績を上げるなんて】


【大変だ! キンバーっていう三回生が爆弾作って訓練場を爆発させたぞ!】


【知ってる? 三回生のヴェフェハルとキンバーってやつ。男子トイレの水道管をぶっ壊したんだって】


【また、お前らか! 何度も窓ガラスを割って!】


「……彼らは今でも破天荒なのかい?」


 呼び起された記憶には校舎を破壊していた彼らしか思い出せない。おかしいなと思った。確か任務では驚くほどの功績を上げていたはずなのに。


「破天荒と言うか、なんと言うか」


【おう、男子諸君。俺とちょーっと、今から港町までドライブに行かねぇかい?】


 初めて見たハイチが周りの同学年の男子学徒隊員にした発言を思い出す。あれは一体何の誘いだったのか、と思いながらも自分が見てきた彼を思い返した。


――破天荒より、ハルマチさんが言っていた『クラッシャー』って言葉が似合いそう。


 そう思うターネラであったが、黙っておくことにした。


「ハルマチっていう同学年の女子がいるんですけど、そいつ曰くキンバーさんはクラッシャーだそうです」


 ガズトロキルスが言ってしまった。思わず、鼻水が吹き出しそうになる。


「意味合い的には破壊神的な?」


「じゃないですかねぇ」


 自分の後輩がここまでの名乗りを上げていることに、驚きを隠せずにいたワカテは苦笑いする一方であったと言う。


     ◆


 夕食の時間ということでガズトロキルスとターネラはエーワンの分を持って三本の木の下の方へと向かった。辺りは薄暗いため、警戒しながらも行く。


「ありがとさん」


 早速、夕食である缶詰を受け取って食べ始めるエーワン。二人もその場に座り込んで食べた。


「そう言えば、銃を三分以内で分解と組み立てができるやつはどうなった?」


 エーワンが思い出したように、二人にそう訊ねた。


「あっと、それなんですけど。一人は別の作戦の方に行っていて、もう一人はもう脱退したそうなんですよ」


「ああ、それじゃあ仕方ねぇよな」


 エーワンは口を動かしながら納得してくれた。そう、こればかりは仕方ない。それをまだ納得しきれていない二人は自分に言い聞かせるしかなかった。


「ところで、その脱退したやつってどういうやつ?」


「えっとですね、学校の次席でハイチ・キンバーって言う人なんですけど」


 ターネラの答えにあごに手を当てて、声を上げる。ハイチのことを知っているのか、と訊いてみると「知らん」の一言で終わらされた。


「学徒隊員だろ? 俺、民兵からの成り上がりだから」


「一応、三銃士軍団員だったんですが」


「はぁ、それなのに脱退か。もったいないやつだ。本当に」


 エーワンはすべて自分の分を食べきると、立ち上がった。


「悪いが、俺は仕事があるんでね。じゃあ、お前ら頑張れよ」


 それだけ言い残すと、その場を去って行こうとするが――ガズトロキルスの方を一度振り向いた。


「明日も朝飯持ってきてくれないか?」


「ああ、はい。わかりました」


     ◆


 その日の夜中、テント内でガズトロキルスは眠れずにいた。色んな人物の言葉が重なり合って、頭の中でぐるぐると浮かび上がってくるのだ。


 なかなか寝つけずにいると、隣で寝ていたはずのマックスに話しかけられた。


「オブリクスは休暇中か召集日の期限日までに家に帰ったか?」


「いいえ」


「帰らないお前はダメだな。悪い」


 そう言われ、ガズトロキルスはマックスの方に顔を向けた。


「なんでダメなんですか」


「逆に訊くが、帰らないお前は家族が嫌いなのか?」


「そうではありませんが」


 国民緊急サイレン直後に家族との連絡はなかなかつかなかったものの、一日でなんとか連絡は取れた。徴集令で召集日までは日にちがあったが、それでも帰らなかった。それを理由として帰らなかったからだ。


【最後くらい、家族にあいさつしてきたら?】


 アイリの言葉が嫌に鼻につく。


「なら、なおさらダメだ」


「そうですか」


「俺には子どもがいる。妻がいる。帰りを待ってくれている者がいるからこそ、家族は存在する。オブリクスには帰りを待ってくれている家族がいるんだろう?」


「…………」


「なら、帰るべきだったんだよ。家族っていうのはどんなときだろうが、自分の唯一の……味方でもあるんだからな」


 明日も早いから寝ろとガズトロキルスにそう言うと、眠りにつく。マックスのその言葉が色んな思考でぐるぐる回る彼の頭の中に混ざり込んでいくのだった。


――味方。

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