想思 ②
猛然とバグ・スパイダーに突進して攻撃していくハイチはまさに破壊神か。並の人間には到底できそうにもない行動だった。今の手持ちは残弾数が無限のエレクトンガンに残り二つしかないエレクトンボム。そして、弾がない突撃銃一挺。
「ああああああああ!!」
五感を研ぎ澄ませ。すべての気力を使い果たす気でこの場を臨まなければ、生き残れない。
減る気はしない。むしろ増えていっているような気がした。だが、それを気にしてどうする。するべきことはたった一つしかない。
――連中から無傷でいられること!!
このウィルス軍団から攻撃を受ければ、どうなるのか知っていた。
【キンバーさんの記憶が失くなってしまったんです】
それを思い返している場合ではない。突撃銃の銃身で殴る。上から飛びかかってくるやつをエレクトンガンで蹴散らしていく。
逃げ道など一切ないこの戦闘。このヴァーチャルの世界にも疲労は存在するらしい。垂れる汗の感覚をここで味わうとは思わなんだ。
「クソっ!」
【バグ・スパイダー事件のときからです】
「……あの野郎ぉ!」
歯噛みをするハイチは銃身を強く握りしめた。
「俺はてめぇみたいにならねぇからなぁああああ!!」
バグ・スパイダーの群れの中へと単身で突っ込もうをしたハイチであるが、突如として目の前が爆発する。爆風がこちらへと押し寄せていた。自分はエレクトンボムを使用していないのに。いつの間に? 誰が?
「お前は何でも一人で背負い込み過ぎだ」
セロの声が真上から聞こえてくる。見上げると、雑居ビルの屋上に自身の幼馴染がいた。エレクトンガンを二丁手に持ち、そこからウィルスたちを叩きのめしていき、屋上から飛び降りる。ハイチの上に。
「なっ、何すんだ!?」
「データでできた体だろう? 血は出ないし、骨折もしないし、死なない」
一応はすぐさま退くセロ。ハイチは起き上がって、土埃を掃った。不貞腐れたように彼は口を尖らせる。
「ああ、データの体だよ。だけれども、こいつらにとっちゃあ、最高の餌だろうよ」
セロは持ってきていた突撃銃二挺を渡した。ハイチは自身が持っていた分を放り投げるようにして、新たな銃を構える。
「データを餌にする連中の実物なんぞ、初めて見たぞ」
鼻で笑うセロもエレクトンガンを構え出す。
「初めてって。そりゃあ、現実にそんなやつはいないからな?」
ハイチも鼻で笑うと、引き金を引いた。それが合図かのようにして彼らは突撃する。二人さえいれば無敵の猛攻であった。
「ハイチぃ! お前はゲームのやり過ぎだ! こいつら相手にレベルが上がるとでも思ってんのか!?」
「あぁん!? 俺がそんな子ども騙しみたいなこと、信じているわけねぇだろうがっ! せめて、ゲーム進行のシミュレーションをするだけですぅ!」
「やっぱ、お前ばかだろ、ばかっ!」
「ばかって言う方がばかなんですぅ! 俺はばかじゃねぇ!」
口論をしながら突攻撃しているのに。的を全く外さない二人。まさに嵐とでもたとえるべきか。
「俺じゃなくて、セロとハイネがばかなんだよ、ばかっ! 軍人になる気ないくせして!」
「ハイチも同じようだろうがっ!」
「ははぁん、残念でしたぁ。俺は就職が有利になるように、学校に入っただけですぅ」
「相っ変わらず、ムカつく言い方をしやがって……!」
ハイチとセロはその場に立ち止まって前の方を見た。どこまでも続いているバグ・スパイダーの列。息が上がる。後ろからは消え損ないのウィルスが。
「見ろよ、後ろ。お前みたいなのが後ろにいるぞ」
そうセロが嘲笑してくる。その挑発に乗ってくるかと思えば、乗らずして自身が持っていた最後のエレクトンボムを後方へと投げつけた。爆発により大軍の追手は来なくなる。だが、まだまだ前には元気があり余っているバグ・スパイダーたちがいた。
「そういうお前も大概だろ」
長大息するハイチは突撃銃を肩に担いだ。
「……つーか、俺たち何しに来ていたんだっけか?」
「あれだ、ハルマチと三銃士軍団の子を助けに行くはずだったろ。まったく、寄り道するから」
「ああ、そっか」
思い出したハイチは位置情報の確認をし出した。よく動いているのは四人。アイリとソフィア、少し離れたところをケイが。そして、その三人の方向へと向かうのはキリである。
「彼女たち、今どこにいる?」
「ウロウロしていな。シルヴェスターとデベッガが行っている」
「ふむ、その二人が行くならば、俺たちはこいつらの片付けてをしないか?」
その場で一息を吐いている間、また彼らの周りにうじゃうじゃとバグ・スパイダーが寄ってきていた。本当に限りのない連中だ、とハイチは空笑いをする。つられてセロも軽く笑った。
「あーあ、お前のせいで変なこと思い出したし」
「そうだな。『今回は逃げられない』しな。わざとだ」
二人は一呼吸を置くと、再び突撃し出す。今度は罵倒し合わず、互いを信頼しきった面持ちで戦闘に挑んでいた。右から来る者、左から来る者、後ろから来る者、真正面から来る者――すべてを見逃さない。一匹を残らずして消滅させる。どちらかの死角から飛びついてくるウィルスなんて絶対に見逃さない。
「ハイチ! お前のそれの弾切れを起こす前に、さっさと一気に片をつけるぞ!」
「おっ? 何か、策でもあるのか?」
セロの誘導にハイチは着いていく。
「少し行った先に公園があるんだ」
「おいおい、まさか公園ごと爆発させるって魂胆じゃ――」
「エレクトン系の爆発程度じゃあ、俺たちは死なない」
その説明に目をキラキラと輝かせるハイチはどこか嬉しそうである。
「それはそれでわくわくが止まらないんだけどぉ!?」
二人は滑りこむようにして、ビル街にある公園へと立ち入る。そこへ一斉にどこからともなくやって来るバグ・スパイダーの大軍。
「弾が切れたときにするからな!」
「それまで囮ってことかい?」
「そうだが。無駄にカッコつけんな。気持ち悪い」
セロは怪訝そうな表情をしながら集まってきた大軍たちを消していく。一蹴されたハイチはその言葉が心に突き刺さったのか、しょんぼりとした様子で戦う。表情の落差が激しい人物だ、と思っていると――。
ハイチが持つ突撃銃の二挺とも空撃ちした。
すかさず、セロはポケットから謎めいたスイッチを押した。すると、公園中に大爆発音と終了アラームが地響きする勢いで鳴り響く。耳に響くというよりも頭に直接響いてきているようである。
セロたちのチームの本拠地からも公園での爆発は窺えた。連絡通信端末機からはエラーが連続して表示され続ける。アラームがうるさい。
耳を塞いでいるハイチにセロは腕を掴んで、その公園から脱出を図る。向かっている先は本拠点の方角。なぜ、こちらへなのか。そう思っていると、アラーム音に紛れて何かが崩れる音が聞こえてきた。石のような物が転がり込んできている?
ふと、後ろを振り返れば、公園を囲んでいた四方の廃ビルが崩れ始めてきているではないか。これにハイチは驚愕する。ほとんどが公園の方へと倒れようとしているのに、一つの建物だけはこちらの方へと崩れてきていた。
喚いているのではあるのだが、その叫び声はアラーム音に掻き消されそうだ。
「うわぁああああああ!?」
半分冷静、半分焦りを見せるセロは前方に見えているビルとの隙間へとハイチを連れて逃げ込んだ。倒れる廃ビルは他の建物の壁に支えられて、倒壊の不安は免れた。
息急き切った二人はその場に座り込んだ。今も倒壊する恐怖心が襲いかかってきているようで、膝が震えている。耳元で鼓動が鳴っている。セロは様子を見に行こうと立ち上がるが、上手い具合に歩けそうになかった。
そっと通りの方を見ると、公園の周辺にバグ・スパイダーの姿はなかった。どうやら一網打尽に成功したようである。
「こんなの考えていたのか?」
ハイチもこちらへと覗き見て鼻白んだ。
「そうだな。誘爆して最終的には一番大きなドカンだ。俺は念に念を押すべきだと思ってな」
「だとしても、何回死ぬんだよ。爆発で数回死んでいるだろ。それに加えてビル倒壊って、恐ろしいぞ」
「はっはっはっ。一旦、弾薬の補充とかしに行くか。丸腰に近い状態で助けに行っても意味ないだろうしな」
「ああ」
二人は本拠地へと戻っていくのだった。
▼
黒煙が漂う場所へと迷い込んできたキリは位置情報を確認する。この場所はどうやらエリアの中央と西の中間にあたる場所のようだ。ここら辺で一時的な戦闘が行われたのだろう。そう思って、動き続けるアイリたちを捜していく。
「ハルマチたち、体力があるなぁ」
アイリは基本的にスタミナ消費量が激しいのに、この世界においては疲れ知らずだというのか。いや、それはないはずだろう。自分自身や周りの者だって現実と変わらない体力なのだから。
そうこう考えている内に、後方の方から何やら騒がしい音が聞こえてきた。画面を確認してみれば、あの二人はこちらの方角へと向かっているではないか。もうすぐ、こちらへと来る!
「俺も手伝う――!?」
振り返り、持ってきていた突撃銃で応援に入ろうとするキリの後方からは――。
「うわぁあああああ!! デベッガ!! 助けてくれぇええ!!」
「ほら、走った、走ったぁ! あっ、デベッガ君!」
ソフィアが台車を引いて走り、その台車の荷台にアイリが乗り込んで迫り追ってくるバグ・スパイダーを銃撃していた。傍から見れば前衛的な絵面。うーん、斬新! しかし、その珍妙な集団にいざ迫ってこられると、逃げ出したくなるのは当然の結果である。
「デベッガも虫は苦手なのか!?」
走って逃げるキリと並走するソフィア。どうやら彼女は同士を見つけて少し嬉しそうである。だが、それには否定をする。
「いや、怖いわっ!」
それはもちろん二人とウィルスの軍団のことである。だが、ソフィアは勘違いをしている。
「ていうか! これ、どういう状況!? ハルマチはどういう経緯でそれに乗ってんだ!?」
「話せば長くなるっ!」
「よし、わかったから――!」
キリはソフィアから台車を取ると、止めた。ようやく止まって満足したのか、アイリの表情はいい笑顔である。
「ふ、二人とも!?」
こちらへとやって来るバグ・スパイダーはそこまで多くはない。ということは長期戦にはならないだろう。
「いやぁ、動くと当てにくいったら」
「じゃあ、今ならできるだろ」
ウィルス軍団の後方からはキリと同じ突撃銃を手にしたケイも見えた。その姿にアイリは安心する。
「三人もいれば、いけるっしょ」
「だな」
なんて油断していると、バグ・スパイダー軍団を押し潰すかのようにして一匹――否、これは一体と言うべきか。巨大なバグ・スパイダーが四人の目の前に現れた。
これこそ、自分たちをこの世界を閉じ込めようとした根源。キリは気を引きしめて、突撃銃を構えた。初めてウィルスの大軍のリーダー格を見てアイリは唖然とする。一歩後ろにいるソフィアに至ってはあまりの恐ろしさにか、彼女の陰に隠れて怯えていた。
「これが……!?」
エレクトンガンと巨大ウィルスを交互に見た。これで太刀打ちできないとアイリ自身は知っている。だが、いざ目の前に現れてくると、驚きを隠せやしなかった。もちろん、それはキリも知っている。だから彼は自身のエレクトンガンをソフィアに投げ渡した。突然のことに戸惑いを隠せない彼女は困惑している。
「ウィーラー。ハルマチと一緒に普通サイズのやつの相手をしてくれ。こいつは俺とシルヴェスターが倒す」
その言葉にアイリは頷くが、ソフィアは理解しがたい様子である。そんな彼女をお構いなしにケイに連絡を入れる。彼はすぐに出てくれた。
《バグ・スパイダーというのは、データを食い過ぎたやつまでいるのか?》
「データと言うか、なんと言うか。あいつを倒したならば、他の連中は消えるはずだ」
《じゃあ、手伝え》
「それはこっちのセリフ。こいつにエレクトンガンは絶対に効かないからな」
通話を切ったのが合図であるかのように、大きなバグ・スパイダーはキリに向かって動き始めた。彼自身もまた動き始める。
「また、後で」
キリとアイリは同時に、互いに向かってそう言った。この言葉の意味を表すのは――「死ぬな」
キリの動きに合わせて、敵の大将は巨大な体を動かせて追いかけてくる。キリは試しに一発撃ち放った。その巨体に小さな穴が空くだけで特になんともないようである。
前回は歯車の剣で仕留めた。通常の攻撃だと堅くて通せなかった。焦りがあった。一人で戦っていた。だが、今回は違う。どこか弱点を見つけられたならば、倒せるはず!
「デベッガ! 目を狙え!」
大きなバグ・スパイダーの後ろからケイがそう指示を出してくる。言われた通りに目へと直接撃ち込んだ。それでも、敵はなんとも思わないのか、怒ったりもしないのか、ただ、体に銃穴が空くだけ。これにはキリもたじろぐ。
――どういうことだ!?
理解不能だった。自分の攻撃は通っているはずなのに、ダメージを与えられているのだろうか。ケイの方を見ると、彼もどこか不思議がっているようで攻撃をせず、様子を見出していた。
次はこちらの番だと言わんばかりに、巨大なウィルスは口から糸を吐いてきた。それをかわすキリ。連続して糸を吐き出す。自分を捕まえようとでもしているのか。しかし、言うほど攻撃的ではないし、動作も遅い。
キリが糸攻撃を避けていると、逃げる先に未だ戸惑っている様子のソフィアがいた。逃げ回るよりも動こうとしない標的を狙おうとしているのか。巨大バグ・スパイダーは彼女目掛けて糸を吐いた。
「あぶっ!?」
糸はソフィアに絡まり、彼女はその場で身動きが取れなくなってしまった。それを機に迫りくる手下のウィルス軍団。助太刀にとキリが襲いかかってくる者を撃ち消していく。そんなキリに巨大バグ・スパイダーは噛みつこうとしていた。
避けることはできる。だが、避ければソフィアが食われてしまうのだ。
【選択肢を増やせばいいじゃん】
脳裏にアイリの言葉が浮かんでくる。選択肢? ここにあるのは俺が持っている鉄砲は効きそうにない。どうする? ウィーラーを助けないと。でも、俺が食われちゃう。また、記憶が失っちゃう。
――それだけは、絶対に嫌だ!
キリの目には台車が。これをどうにかして使えないだろうか。台車を持ち上げた。そして、それをリーダー格のバグ・スパイダーに叩きつける。これには三人が瞠目する。それに怯むところをもう一度、と彼は投げつけた。
――嫌な未来にならないためにも。俺のためにも。
この拍子に大きく開けられた口にエレクトンボムを投げ入れ、そのまま突撃銃の銃口までもを突っ込ませて連射し続ける。爆発で巨大ウィルスの体が膨らむ。空いた穴から、爆撃が漏れ出す。ややあって、それは全く動かなくなってしまった。
唖然と彼らはキリを見る。肩で息をする彼は銃口でバグ・スパイダーを突いた。反応はないが、消えないようだ。それが一番疑わしい。
「で、デベッガ……?」
「こいつは親玉じゃないのか?」
「はぁ? 一番大きいやつがリーダーじゃないの?」
アイリが疑問を口にすると、ケイが彼女の足下を突撃銃で撃った。足下にどうやらウィルスがいたらしい。
「リーダー格を倒せば、こいつらはいなくなるってことか」
「……うん。こいつも消えるはずだと思うんだけど。一度拠点に戻ろう。あんまり、ここに長居しても武器が足りなくなるだろうし」
「そうだな」
アイリもソフィアに絡まったバグ・スパイダーの糸を解きながら頷く。四人は拠点の方へと急ぐのだった。
▼
やけに静かなビル街の通りを歩いていると、偶然にもガズトロキルスと会った。彼はどこか消衰しきった様子で、歩いているようである。キリは駆け寄った。
「ガズ、大丈夫か?」
「キリたちか。無事で何よりだ。ちょっと、そっちの位置情報を教えてくれよ」
ガズトロキルスは連絡通信端末機を取り出してキリにそう言う。キリはもちろん、と画面を見せた。現在、拠点外にいるのはこの五人だけであり、残りは全員本拠点にいるようだった。どうやらこれで全員合流できたことになる。
キリとケイは大きく安堵した。それを見てガズトロキルスは一笑する。
「いや、笑い事じゃないから」
「知っているよ。でも、なんか面白かったから笑っているだけ」
「面白く思っても我慢しろよ」
「悪い、悪い。ていうか、現実がゲームになったみたいだな」
地を這うバグ・スパイダーをアイリが片付けながら「実際はゲームだけどね」と言い放つ。その傍ら、ソフィアは嫌な顔を見せながら「別に」と虚勢を張った。
「こいつらが虫の形をしていなければ、私の実力は発揮できたはずなのだがな」
そんなソフィアにアイリは「まぁ、確かに」と表情を引きつらせた。
「実力って。ウィーラーさんは持久力が凄まじいよねぇ」
「……それで思い出したけど、どうしてハルマチは台車に乗っていたんだ? ウィーラーはどうしてそれを引っ張っていたんだ?」
「それは俺も気になっていたことだな」
「あぁ、それはね――」
▽
「ぎゃぁあああああああ!?」
涙ぐむソフィア。スタミナが切れ始めてきたアイリ。ここで逃げ回っていても仕方ない。下手に体力が切れ、全滅が目に見えているとでも思ったのか、アイリはその場で立ち止まった。手に持っていたエレクトンガンで一匹、一匹着実に消滅させていくが――それが危ないとでも思っているのか、ソフィアが首根っこを掴んで走り出す。
「ちょっ!? ウィーラーさん!?」
「ダメっ! ハルマチさん、死んじゃう!!」
「死なないってば!」
ソフィアの手から掻い潜るアイリ。立ち止まってバグ・スパイダーの相手をしようとする。それでも、と彼女を連れ出そうと必死になっていた。
「逃げないと!」
「大丈夫だってばっ! ていうか、逃げ回っていたらいつまで経ってもこいつら全滅しないから!」
「あんなでかい虫に噛まれたら、尋常ない痛みが襲うかもしれないんだぞ!?」
「否定はしないけどっ! って、こいつらそこまで足速くないでしょ!? 攻撃しながら、後退したって何の影響もないし!」
「でも、でもっ!」
そうして逃げるか、逃げないかで揉め合っている二人の周りには――。
気付けば、時すでに遅し。どこから沸いてきたのか。大声に反応したのか。二人の周りには隙間すらを埋め尽くすほどのバグ・スパイダーの大軍が押し寄せてきていた。これに彼女たちは更に大声を上げる。
「気持ち悪いっ!!」
「虫いやぁあああああ!?」
慌ててその場を駆け出す二人。二人の背中を見て勢いつけて追いつこうとしてくる。バタバタと足音を立てたも原因なのか、道路の排水溝からも湧き上がってきていた。
あまりの不気味さにソフィアは卒倒しそうになるが、逃げ出したい気持ちが大きいらしい。青ざめた表情で走り続けた。
交差点、交差点、交差点――。いくつの交差点を過ぎた頃だろうか。とうとうアイリに疲労が。ちらりと後ろの方を見ると、大軍から軍団ぐらいの数に減っており、今ならば太刀打ちができそうだ。そう思ってエレクトンガンを構え出すも――。
「逃げるが先決っ!」
自分が特攻できない都合があったっていいじゃない。それがソフィアにとってモットーなのかは定かではないが、道の傍らにあった台車にアイリを乗せた。そして、そのままそれを引いて逃げ始めるのだ。アイリは彼女とバグ・スパイダーを交互に見た。
「あっ、そうだぁ!」
あることを思いついたらしい。ソフィアの腰に提げられたエレクトンガンを借り、彼女に引きられながら後ろに向かって発砲し続けることにしたのだった。
▽
「それをデベッガ君と遭遇するまでやってたよ」
「ああ、だからか。すごいシュールだったからさぁ」
「わ、私はハルマチさんが危険だからと思って――」
「大軍ならわからなくもないんだけどね」
二人のやり取りを見てガズトロキルスは肩で笑っているが、その笑いには違和感あった。今のはどこか影があるような、なかったような。彼自身も相手をしていたからなのか、疲れているからいつもの笑いを見せないだけなのか。
「どうした?」
じっと見てくるキリの視線にガズトロキルスは首を傾げた。
「……ううん、何でも」
「そっか。もうすぐ日が暮れて、暗くなりそうだし。行こうぜ」
「そうだな」
▼
薄暗い廃ビルの一室に十六人が集まっていた。彼らが囲うのはランプ。各自が遭遇した出来事を報告する。
「てことは、なんだ? どこかに正体不明の親玉がいるのか?」
「だと思います。軍のシステムだと、普通のバグ・スパイダーよりも大きいんですが。それは今回違ったみたいで」
「ふぅーん。ただ、でかいだけばかりじゃないってことだな」
そう反応するハイチを横目にセロはストックされている武器や道具類を見た。今日だけで十挺以上の突撃銃を使い捨てている。この調子では持たない可能性だってあるのだ。
「敵の大将を見つけるのは構わないが、武器も問題視しないと。ハイチたちは拠点を築いていないんだろ?」
「だなぁ。その設定をしようにも、ガンに連絡がつかないみたいだし」
何度か試しているガンへの連絡。ついには画面にすら映らなくなってしまったのだ。声も聞こえない、顔も見えない。これでは完璧に外部との接触を遮断されてしまって打つ手がない。彼らが持っている連絡通信端末機は個人の物ではないからだ。
「ああ、そう言えば。エリア内に武器が落ちているって言っていたな。明日はそれも探してみるか」
「ただ、中央付近辺りはないと見た方が早いだろうけどな」
「あぁ? なんで……そっか、セロが建物破壊しまくっていたからなぁ」
「それはハイチも同罪だ」
「勝手に罪を擦りつけんな!」
また口論をし始める二人。それを宥めようとするケイとイヴァン。キリに手伝えとアイコンタクトを取ってくる。仕方なしに彼も仲裁に入ろうとすると、ガズトロキルスがおもむろに立ち上がってその場を離れてしまった。
そんなガズトロキルスの後を追おうとするマティルダであるが、行くことはなかった。憂いある表情で俯いている。彼女のその様子を見て、キリが追いかけるのだった。
部屋を出て、どこへ行ったのだろうかとビル内を散策する。流石に外に行くわけでもあるまいし――。
適当に巡回していると、一つの部屋から人影が見えるではないか。そちらの方に顔を覗かせると、窓際にガズトロキルスが立っていた。外を眺めているようである。
「ガズ」
「キリか。なんだ?」
キリの呼びかけに応えるが、やはりいつものガズトロキルスじゃない気がしていた。
「いいや、ガズの様子が気になって」
「普通通りなんだけどな」
答えを聞いてキリは部屋の中へと入ってくるも、足下が暗くて何かに躓いて転倒しそうになった。慌てて、体勢を整え直すも笑われてしまう。
「わ、笑うなよ」
「悪い、悪い。久しぶりにそういうキリを見たから」
「そういう俺ってなんだよ。俺、そこまでドジじゃねぇし」
恥ずかしいと思いながらも、隣に立った。
「変な感覚なんだよな。夜だっていうのに腹減らなくてよ」
「向こうじゃまだ三十分程度しか経っていないみたいだからな」
「じゃあ、現実の俺が腹減れば、こっちも減るのか?」
「向こうの自分たちは一応寝ているらしいからな。寝ながらお腹は空かないだろ」
「そっかぁ」
ガズトロキルスは納得したように頷きながら、外の町並みを眺める。捨てられたような町だからこそ、明かりはほとんどない。月の光りだけが頼りだった。
「なあ、妙なことを訊くけどよ、腹が空かなければ、睡眠はどうするんだ?」
その質問にキリは首を傾げた。自分が知っているデータ世界は朝昼晩と時間帯がわかるような場所ではなかったから。彼は正直に「わからない」と答えた。
「本来のデータ世界って白い世界だったから」
「実際に行ったんだっけか。俺も行ってみたいな」
「お前ならガンとすぐに仲良くなれそうだな」
「おう、一回だけ話したことがあるけど、すごくいいやつだったな。あいつが現実に来れる方法ってないかな?」
ガズトロキルスのそんな妄想にキリは小さく笑った。それはそれで面白いのかもしれない。ガンならば、現実の世界の町並みを見てきっと感動するだろう。自分だって初めてデータの世界に行ったときは驚きの連発だったのだから。
「そう言えば、ガンは現実の料理に興味を持っていたみたいだぜ」
「おお、それならば、隣の町とか飲食街に連れ回さなければな」
ありもしない幻想を話していた二人のもとへとワイアットが怪訝そうにやって来た。
「お話し中、申し訳ないですが。オブリクスさん、席を外していただけますか?」
「ああ」
妙に気迫のあるその物言いに、ガズトロキルスはその部屋から出ていった。この場所には重々しい空気が漂っている。先に口を開いたのはワイアットである。
「ハイネさんがどんな気持ちであなたを思っていたか、ご存知ですか?」
その質問に押し黙るキリ。
「あなたがハイネさんの記憶がないことを、彼女が知っていたのをご存知ですか?」
キリは目を逸らした。ワイアットの言葉が胸に突き刺さる。つらい。
「……なぜ、何も言わないんですか」
痺れを切らしたのか、強い口調になった。今にもキリに掴みかかってきそうな勢いである。
「あなたはハイネさんの気持ちを考えたことはあるんですかっ!?」
「……たんだよ」
ぼそりとキリは言い返す。当然、呟くように言ったため、聞こえにくい。ワイアットは訊き返した。すると、なぜか逆上したように彼を睨みつけてきた。
「ハイチさんに言われたんだよっ! 記憶がないくらないなら、関わるなって!」
「だからですか?」
「ああ、そうだよ。だから俺はそうした。フォスレターにはわかるか? 記憶がないことすらも記憶になくて、後からその事実に気付いてしまったことにっ! 今更過ぎて、誰にも相談できなかった俺の気持ちがっ!」
段々と声を荒げてくるキリを見るワイアット。
「わかるか!? 知らない記憶を必死に探している俺の気持ちが!!」
途端、キリの視界のすぐ目の前にワイアットが来て――。
殴られた。データでできているはずの身体なのに、左頬がとても痛かった。
「……見損ないましたよ」
「はあ?」
「見損ないましたよ! ええ、見損ないましたとも!!」
ワイアットは怒っていた。歯噛みをし、右拳を強く握っている。その拳は震えているようである。
「あなたは戦力外じゃないっ!」
「…………」
「ましてや、優しい人でもないっ!」
「…………」
「あなたはただの最低な人間だっ!!」
また胸に言葉の刃が突き刺さる。言い返せない自分が悔しい。言葉が思い浮かばないから、言われたことを肯定しているようで悲しい。
「僕だったら今更だろうと、相談しますよ。もちろん、誰かに指摘されようが」
「そう思っているだけだろ」
ようやくの反論。だが、ワイアットがキリの胸倉に掴みかかってきた。
「あなたは自分の記憶をなんだと思っているんですか!?」
ワイアットの手が震えているせいか、それがこちらに伝わってきていた。
「もし、あなたにとって大切な人の記憶が、あなたに関する記憶が失したって、ずっと後から言われたならば、どう感じます!?」
――そんなの……。
奥歯を強く噛む。ワイアットのその発言に殴ってやろうかと思ってしまった。急に頭に血が上ったから頭がくらくらする。脳が冷静になれと言ってくる。ああ、落ち着かなくちゃ。
「……もう、なってるよ」
必死に反論する言葉を、考えに考えての一言。その答えにワイアットは歯軋りした。冗談じゃないという面持ちでキリを見ると、服から手を離した。
「何ですか、あなたって人はっ……!」
キリを見るワイアットのその目は哀れんでいた。もはや、普通の人として見る目ではない。
「ンなの、俺が訊きたい」
もうワイアットが自分をどう見ようが、どうでもよくなってきていた。別に軽蔑的な目で見ればいい、別に人として見なくてもいい。それを気にするほどの余裕なんて今の自分には持ち合わせていないようなものなのだから。
話す気にもその場にいる気にもなれないとでも思ったの。ワイアットはふらふらとその部屋を出ていってしまった。
誰もいなくなったその部屋でキリは座り込んだ状態で頭を抱えた。色んな情報が頭の中に詰まりに詰まってきていて、処理しきれない。考えるだけで頭痛がしてくる。
▼
どれくらい頭を抱えていたのだろうか。ふと、背後に人の気配がした。そちらを見ると、アイリが膝を抱えて座っていた。普段の彼女は外はね系のショートカットのため、今の長い髪には一瞬だけ誰なのかわからなくて心臓に悪かった。
「いつの間に?」
「心がお疲れのようで。坊ちゃんに色々言われたねぇ」
「……フォスレターが正論を言っているのは俺も理解しているよ。でも、反論したくなってしまったんだ」
「うん、言い訳も必要だと思う」
相変わらずストレートに言うな、とキリはため息をついた。
「なあ、こんなときでも選択肢を作れって言うか?」
「そりゃねぇ、可能性はあるから」
――言うと思った。
「ハルマチってさ、お見通しだよな。俺の行動とか、心情とか。あれでわかるの?」
「いいや? でも、あたしはずっときみを見ていたから知っていただけ」
ようやくこちらの方に顔を向けてくれた。なぜかアイリの顔を見て安心できた気がする。いや、安心よりも――。
「……ハルマチさ、学校以外で俺と会ったことある?」
「はぁ? あたしときみ? それはないよ。だって、小さい頃のきみなんて全く知らないんだし」
「だよな。俺もハルマチの小さい頃――」
急にアイリが小さくなった出来事を思い出した。それを察知したのか、キリの頭を軽く叩いた。
「でも、デベッガ君が変態だってことは知ってる」
「だから、あれは俺じゃないっ!」
恥ずかしそうにそうしていると、アイリは笑った。笑われてしまって、口を尖らせる。
「ちょっとは元気出た?」
そう言われ、目を丸くした。自分を元気付けるために来たのか。
「少しは」
「そうだねぇ。今のデベッガ君がどうすればいいかのヒント、あげようか」
「ど、どんなの?」
訊ねるキリを前にして、アイリはその場を立ち上がった。
「このヒント、これからも使えるから言っちゃうね。ヒントは自分が何を言って、相手がどう言ったかだよ。デベッガ君、記憶力はいいんでしょ?」
それだけ言うと、アイリは部屋を出ていってしまった。
自分が言ったことと相手の言ったこと? それは口論しかしていない気がするが――。
どうするべきか、考えているキリの部屋に一筋の光が入ってくる。光の方を見ると、どうやら日が昇り始めているようだった。
▼
ゲーム開始から二十四時間、現実の世界で一時間が経とうとしていた。廃墟ビル内を歩いていると、途中でターネラと会った。
「あっ、デベッガさんおはようございます」
「ああ、おはよう」
あいさつをかわす二人だが、ターネラは少しばかり照れた様子である。
「現実じゃ一時間くらいしか経っていないのに、変ですよね」
「体感的にはかなりの時間が経った気はするよな」
なんて談笑をしていると、ターネラが何かを思い出したような表情をした。
「そう言えば、デベッガさん。前、私に言いかけていたことって何ですか?」
そう訊ねられて周りを見渡すと、ターネラをビルの屋上へと誘い出した。夜にセロからは外へ出ないように指示があっていたが、建物の中で話せないのは誰にも聞かれたくないからだろうか。
「デベッガさん。勝手に行って、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
屋上へと行き――再度、誰もいないことを確認してターネラを見た。
「それで、お話とは?」
ターネラは言葉を待った。ややあって、口は開かれた。
「……『過去の歯車』って、知ってる?」
「過去の歯車ですか? いいえ」
知らない、と首を横に振るターネラは不思議そうにする。歯車、歯車――ああ、もしかして。
「歯車……これのことですか?」
そう言って、ターネラは過去の歯車を取り出してそれを見せた。錆一つないそれは光っていた。どうもポケットに入れていたらしく、それがこちらの世界でも具現化したらしい。
「そう。これ、ありがとうございました。デベッガさんですよね? 前夜祭のときに知らない人から借りて行くよって言われて。拾ってくださったんですよね」
「うん」
「これにそんな名前があったんですねぇ」
「それだけどさ……それ、俺に預けてくれないか?」
その発言に当然ターネラは驚いた。突然そのようなことを言われても戸惑うばかりであるからだ。
「す、すみませんが、これは一応家の物なんで……」
「キイ教の過激派って知ってる?」
「は、反政府軍とかの人ですよね?」
なんだか怖い。そう感じるターネラは一歩だけ下がった。
「うん。あいつら、それを狙っているんだ」
「それは知らなかったです。でも、なんでデベッガさんに?」
「それの扱い方を熟知しているから」
――扱い方? この人は何を言っているんだ?
妙な気迫がある。自分の方へと手を差し伸べてくるが、これを預けてもいいものかと甚だあやしい。一応両親には歯車がこちらにあることを伝えただけで、返信はまだない。自分の両親からは家宝だと小さい頃から聞かされていたのは覚えている。家宝だからこそ、誰にも目がつかないように、倉庫に仕舞っていたはずなのに。知らない人から借りると言われ――あまつさえ、拾った本人から預けてくれと言ってくる。
不可解過ぎるとしか言いようがない。扱い方を知っているからと。この歯車のなんなのだ、とでも言いたい。
「……ごめんなさい、デベッガさん。やっぱり、これは家の物なんで。お父さんに怒られちゃうから」
「そっか、それなら仕方ない。ごめん、変なことを言って」
下げられた頭を見て戸惑うばかり。だが、下を向いている顔はどこか歪んでいるように見えた。顔がこちらに向けられる。無表情だった。じっと見てくるから、逆に怖い。
「……で、デベッガさんって、一体何ですか?」
家の宝物ことを知っていて、持ち主を知らなかったというのはあまりにも不自然過ぎる。妙な感覚に陥ったターネラは疑問を口に出した。こちらを見てくる薄青色の目が怖い。
「ははっ、俺は俺じゃん。キリ・デベッガじゃん。何を言っているんだ?」
口調は明るいのに、無表情。あまりにも怖くなったからその場から逃げ出した。階段を下りて、下りて。こちらへと下りてくる様子はない。今すぐにそこから離れたかった。
階段を駆け下りていると、ターネラは誰かとぶつかった。相手はびっくりして肩を強張らせている。
「ご、ごめんなさいっ!」
ターネラは即座に謝罪した。彼女がぶつかった相手はアイリだった。
「いいよ。いやぁ、元気だねぇ。ヴェフェハル先輩たちがみんな集合って言っているよ。一緒行こ」
「は、はい」
誰かと会えたことに安堵する。ターネラはアイリと集合場所へと向かった。
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「どうだ、つながるか?」
「ダメだ。ついに、こっちもイカレてきた。向こうは一応モニター越しでこっち見ているんだろ? 異常があるってこと知ってんのか?」
アイリとターネラが集合場所へとやって来ると、ハイチたちが深刻そうに連絡通信端末機を弄っていた。何事なのだろうかとアイリが声をかけた。
「どうかしたんですか?」
「あぁ。なんか、ガンにつながらない上に、位置情報も使えなくなった。セロのやつは通話もメールも使えないらしい。二人はどうだ?」
ハイチにそう言われて、二人は端末機を取り出して弄ってみた。彼女たちの場合、アイリは電源が。ターネラは一応電源こそは入るものの、操作ができずにフリーズ状態となっていた。
「壊れてますねぇ」
「みんなに集合をかけたいんだが、二人ともみんなを呼んで来てくれないか?」
「わかりました。不便だぁ」
「ですね」
機器接続障害により、不満垂れるアイリはターネラを連れてビル内にいる者たちを呼びに行くことに。階段へとやって来ると、アイリは「上と下に別れようか」と言い出す。
「そっちの方が効率いいだろうし。ちょうど、このフロアは中間地点だしねぇ」
「そうですね」
「ターネラはどっち行く?」
アイリにそう言われ、ターネラは下のフロアを選んだ。もしかしたら、上にまだキリがいるかもしれないと思って。
「わかった。じゃあ、下の方よろしく」
頼まれて、階段を下りていく。下のフロアを徘徊していると、幾人かの者たちと遭遇する。会う度に集合を呼びかけた。それに彼らは大人しく上のフロアの方へと向かっていく。
ターネラが一階の方へと下りていくと、その階段に座り込んでいる人物がいた。まさかのキリだった。話しかけるのが怖いなと思いつつも声をかけてみた。彼は顔だけ振り向いた。
「スタンリー」
こちらを見て立ち上がると、体も向けてきた。
「あ、あの――」
「突然で悪いけど、俺を殴ってくれないか?」
言葉にならないとはこういうことか、と初めて実感した。
「え?」
ようやく、ターネラが声を出せるようになると、キリは我に戻ったような表情で慌て出した。
「な、何言ってんだ、俺ぇ!? なしなし! 今の聞かなかったことにしてくれっ!!」
「わ、わかりました……」
未だ驚きながらも、承諾する。キリは恥ずかしそうな表情で「本当すまない」と謝罪していた。
「て、ていうか、俺がここにいるのも邪魔だよな? ごめん、場所を占領して」
ターネラは一階の方に行きたいのか、とキリはその場を避けるようにして、彼女を通そうとした。
「……えっと、キンバーさんたちが集合って言っていますので、三階に……」
「あっ! そういうこと! ありがとう!」
焦りながら階段を上ってくるキリ。あまりにも恥ずかしくて顔を見合わせていられない、とでも言いたげ。すれ違い様にターネラは「他にも人いますか?」と訊いた。それに彼は首を横に振る。
「いなかったよ。多分、一階は俺しか」
「そうですか」
「本当、ごめん。いきなり過ぎてびっくりしたよな」
キリは申し訳なさそうだった。
それでも、確かにである。いつも唐突な人間のような気がする。先ほどの言動。屋上前での言動――。
ターネラが黙って考え込んでいると、キリは心配そうにして「大丈夫か?」と訊いてきた。その言葉に彼女は声の方を見る。屋上前で見たキリとどこか違う気がしたのだ。何が違うんだろうか。彼は一体何者なのか。
「……本当、デベッガさんって何者ですか?」
思っていたことをつい口に出してしまった。とっさに手で口を覆う。その発言、キリに聞こえていたらしく――。
「ごめんなぁ、本当」
再度謝ってきた。これにターネラは不思議がる。やはり、何かが違う。
「え、えっと……」
「念押しで言っておくけど、俺は変態でもないからね」
それはわかっている。
ターネラが言いたいのは屋上での発言について。だが、それを口にしたらどうなるのだろうか。あのときの妙に気迫のある表情になるのだろうか。周りに誰もいないから訊けそうになかった。
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キリとターネラが集合場所へとやって来ると、すでに自分たち以外の全員が集まっていた。彼らは深刻そうで悩ましい表情をしている。
「おう、来たか。デベッガ、お前の端末機の状況はどうよ?」
二人にハイチがそう訊ねてくる。キリは素直に自身の連絡通信端末機をポケットから取り出した。電源を入れるも全く入らない。アイリと同じ状況に陥っていた。
「電源が入りませんね」
「もうどうしようもないな。じゃあ、ここでの夕暮れまでの行動を指示するからよく聞いてくれ」
セロの言葉に一同は注目する。
「全員の連絡機が使えない今、確認を取ることができないからな。今から日が暮れるまで、全員で町に出てバグ・スパイダーのリーダー格を探しに行く。そのついでに使えそうな武器や道具探しをする。だが、もしも、やつらに遭遇しても戦闘はするな。逃げることだけを専念としろ。なるべく、幅の大きな道路で逃げろ。間道には逃げ込んだらダメだからな」
一同は頷く。
「そして、やつらの親玉を見つけても、これも戦おうとするな。するならば、気付かれないように後を着けろ。動き方を確認して欲しい。戦うならば、全員で袋叩きせねばならん。わかったか、ハイチ」
「いや、なんで俺?」
セロの話を聞いて頷いていたというのに。ハイチはたじろいだ。
「お前はいつも人の話を聞かないからだ」
そう言うセロは少しばかり煤や埃で汚れた白い壁に黒い石で図を書いていく。大まかにゲームエリアの地図を描くと、それを四つに分割した。
「捜索はチーム行動をして欲しい。元々のエリアを四つに分けたから、四チームできるな。単独行動は取らないように」
そうして出来上がった四つのチーム。
北東エリアはハイチ、ハイネ、メアリーにヤナ。南東エリアにセロ、ソフィア、フェリシア、イヴァンが。南西エリアにはキリ、ガズトロキルス、ワイアット、ターネラ。北西はアイリ、ケイ、マティルダにヴィンが。
「基準は経験を基にしている。それじゃあ、各自行動をしてくれ」
その合図に応えるようにして、全員はビルの外へと向かった。そんな中、ターネラはキリの背中の後を追いながら眉をひそめるのだった。




