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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第一章 巡り出会う者たち
23/96

翻弄 前編

 何も考えたくない。そう思いながらキリはデータ・スクラップ・エリア内で捨てられた情報が運良く辿り着く場所である海岸の岩に座っていた。ぼんやりと眺める先は捨てられる情報の雨。そこに飛び込んで、埋もれたい――。


「大丈夫かい、キリ」


 一緒になってハイネの記憶を探してくれているガンが、いつもとは違う様子を心配してくれた。前よりも積極性がないが気のせいか。彼は顔を上げて「うん」と返事をする。


「何でもないよ。ごめん、当事者がぼんやりしていて」


「いや、キリが平気なら安心だ」


 ゆっくりと立ち上がって、ここへやって来た目的を果たそうとしたときだった。キリの連絡通信端末機から一通のメールが届いた。ハイチからである。


『授業が終わり次第、最上階にある空き教室に来い』


「お友達からかい?」


 ガンは流れ着いた情報の塊を手にしながらそう訊いてくる。もちろんだ、とキリは答えた。


「呼び出しなら、私が探しておくよ」


「ううん、平気。確かに呼び出しだけど、それまでの時間はあるから」


 キリはそう言うと、連絡通信端末機を仕舞い込んでハイネの記憶探しを再開するのだった。


『現在の回収率二十八パーセント』


     ◆


「そんなことよりも教官っ! なんであたしが条件つきで参加せねばならないのですか!?」


 校内の廊下で喚き散らしながら、アイリは隣を歩くマックスに文句を垂れていた。そんな彼女に「これも落第を免れるためだ」と言う。


「誰か一人くらい、知り合いの上級生はいるだろう?」


「いや、いますけど、おかしくないですか!?」


「いいじゃないか。俺の知り合いから頼まれているんだ。本人には図書館前で待つように伝えているから行くぞ」


 半ば強制的にマックスはアイリを図書館の方へと連行する。そこの入り口付近にはメアリーのような小柄な少女が二人を待ち侘びていた。見た目の幼さからして一回生だろうか。


「おっ、いたいた」


「クランツ教官! あ、あの、無理を言ってしまってすみません!」


 少女は彼らのもとへと駆け寄ってくるも、勢い余ってその場で転んでしまった。そんな彼女を見たアイリは「鈍い」というイメージがついてしまう。まさか、いつもこのような調子ではあるまい。


「大丈夫か?」


「……はい。なんとか」


 一回生の女子生徒は苦笑いしつつも、立ち上がった。急いで服についた埃を叩きつつ、身嗜みを整える。


「ならいいな。ところで、お父さんは元気にしているのか?」


「はい! 元気ですよ。今度、時間があるならば、飲みに行きたいと言っていました」


「そうか。今度、連絡でも入れておくかな。まあ、まだ一回生だけど経験にはなるからな。じゃ、ハルマチ。スタンリーのこと、よろしくな」


 マックスはそう言うと、二人をその場に残してどこかへと去って行ってしまった。残されたアイリは困惑した表情を見せながらも少女の方を見る。彼女は小さくお辞儀をした。


「は、初めまして! 私はターネラ・スタンリーと言います。ハルマチさんのことはクランツ教官からお聞きしています」


「うん、よろしく。でもさぁ、あたしでなるとは思わないでね?」


 早速アイリは連絡通信端末機を取り出した。


 さて、誰に連絡を入れようか。今の時間を考えると、もうすぐで授業は終わるが、普通にあっている時間帯だ。そうなると、授業すら出ようとしない人物――ハイチしかいるまい。なんて思考を巡らせつつ、アイリは彼にメールを送ろうと文章作成をしようとしたとき、キリと遭遇した。


「何してんだ?」


「……どうせなら、デベッガ君も巻き込もうかなぁ?」


「どうせならって、なんだよ」


 全く以て、嫌な予感しかしないキリは冷や汗を垂らした。こちらににじり寄ってくるアイリが恐怖し感じられない。それを遠巻きに見ている一回生らしき女子生徒は戸惑いの苦笑を浮かべている。


「ちょっ、ちょっ! ハルマチ、待て! 俺、用があるんだよ! ハイチさんに呼ばれているから!」


「あぁ、じゃあ話が早い。連れてってよ」


 ますます話が読めないキリであったが、断る理由が思いつかなかったため、二人を最上階の空教室へと連れていくことにした。


「ところで、そっちの下級生は?」


「あっ、私、ターネラ・スタンリーって言います!」


 ターネラの名前を聞いたとき、キリは目を丸くした。


 キャリーはいつか会えるかもしれない、と言っていた。事実そうである。ここには自分とターネラ、そしてアイリもいる。彼女が視えていた未来とは本物になるのだ。


 ターネラ・スタンリー。キリが持つ過去の歯車とは違い、本当の力を持っている過去の歯車を所持している人物。見たところ、目につくようなところに歯車を持っていそうにはないのだが――。


「デベッガ君?」


 唐突にアイリから肩を叩かれた。あまりの突然に驚き、肩を強張らせる。どこかぎこちなさを見せながらも、彼女の方を振り返った。


「な、何?」


「何じゃなくて。ターネラに自己紹介くらいしなよ」


「あっ、悪い。すまない、スタンリー。俺はデベッガ。よろしくな」


「よろしくです! って、デベッガさんって三銃士軍団の方ですよね? あのっ、式典や調査任務での噂を聞いています」


「ありがとう。というか、ハルマチたちはハイチさんに何の用なんだ?」


「ん? デベッガ君も巻き込む気だから内緒ぉ。ターネラも教えたらダメだから」


 余計気になって仕方がない。何も知らない他人を巻き込むとはいかがなものだろうか。これはアイリの人に対する嫌がらせのスタンスとでも言うべきか。行けばわかるか、とキリはあまり気にしないようにして、最上階の方へとやって来た。


 ここの最上階は授業利用以外には滅多に訪れることのないフロアである。そのため、あまり掃除も行き届いていないのか、埃っぽさが目立っていた。なんて周囲に目配せするキリの傍ら、ターネラがくしゃみをする。


「ここ、初めて来ました」


 もう一度、くしゃみをしながらそう言った。


「一回生だよねぇ? 一回生ってどんなことしているの?」


「ほとんど自分たちの教室で座学だよ。たまに実技があるくらい」


 そんな二人のやり取りにターネラは不思議そうに小首を傾げた。誰もが一回生を経験しているはずなのでは? 話が見えてこない彼女を思ってキリは「そうそう」とアイリを指差した。


「ハルマチは編入なんだ。だから、一回生の授業内容を全く知らない」


「えっ、本当ですか?」


 これに目を丸くするターネラ。無理もないだろう。元々、学徒隊員になるのであれば、一回生からの入隊となるのだから。それを飛ばしてアイリは三回生から編入した。目を疑う話である。


 そうこうしている内に、三人はハイチがいるであろう空き教室前にやって来た。教室内から誰かがいる気配が丸わかりである。中の雰囲気からして、開けることをためらってしまうキリに代わってアイリがノックもなしに入室した。いつものことではあるが、いい加減まずはノックを覚えろと言いたい。


「失礼しまぁす」


 勢いよく開けられたドアの向こう側には、天井にロープで括り縛られたワイアットと掃除用具片手にハイチがいた。彼はドアの音に気付き、こちらの方へと振り返る。


「おい、ノックぐらい――」


 ハイチが言いきる前に、アイリがドアを閉めた。入り口のドアを手にかけたまま、キリの方を見る。


「部屋、間違えたみたい」


「それ、前もなかったか?」


 キリは教室内を見ていなかったため、中がどういう状況かはわからない。それはもちろん、ターネラも同様である。


「部屋が違うのであれば、あちらの教室ですかね?」


「いいや、この部屋で合っているよ」


 今度はキリがドアにノックをすると、開けた。ドアの向こう側を見たアイリはやはり、教室内の光景は全く変わらないと断言できた。強いて言うならば、ハイチがこちらの方を見ているくらいか。


「なんだ、他のやつらも連れてきたんだな。まあ、別に構わねぇけど」


「……確かに、ハルマチの言う通り部屋を間違えてしまったか?」


「ねっ? あたしの言った通りでしょ?」


「あぁ? 指定した教室で合っているけど?」


「じゃあ、その坊ちゃんは何ですか。インテリア?」


 ぶら下げられたワイアットを指差すが、それをキリが咎める。空中にぶら下がった状態の彼は助けを求めた。


「ああ、デベッガさん! 僕の味方ならば、助けてください! お義兄さんが、ハイネさんに近付かないように細工をしてくるんですよ!」


「細工って、一体何を?」


 余計に混乱せざるを得ないキリがハイチの方を見るのだが、彼はこの場にいる人数を数えていた。


「ここにいるのは五人か」


「何ですか? パーティーでもするならば、やっぱり坊ちゃんはインテリア?」


「ハルマチ」


 それは言い過ぎだとアイリに注意する。だが、彼女は悪びれた様子はなく、ぶら下げられているワイアットを突いて遊ぶ。そんな彼女を止めさせるべく、キリは近付けさせないようにした。


「おう、デベッガ。俺が言う前にいくらかの人数を集めてきてくれたんだな」


「えっ? 話が見えないんですが?」


「あっ、そうそう。クラッシャー先輩、あたしたちはお願いがあって来たんですけど」


 何かを思い出したようにアイリはハイチの方を見た。彼は片眉を上げる。


「デベッガに誘われてきたんじゃないのかよ」


「へっ? あたしがデベッガ君を巻き込んだんですけど?」


「うん? 話が見えねぇな?」


 話が一番見えないのはキリの方である。二人の会話を遮って、一番訊きたいことに口を開いた。


「あの、そもそもハイチさんは俺に何の用で呼び出しを?」


「何って、サバイバル・シミュレーションの誘いだけど? あれ? メールにそうなかった?」


 ここに来いという内容のメールだった、とキリが言うと、ハイチは自身の連絡通信端末機を取り出して、送信履歴を確認してみた。それを見て、苦虫を潰した表情を浮かべる。


「すまん、貴族野郎を捕縛するのに忙しくて」


 責任をワイアットに擦りつけるハイチ。それにキリとターネラが苦笑いする。


「すると、お義兄さん。ここに集まった僕たちはお義兄さんと共にサバイバル・シミュレーションに出ろということですか? ということは――!!」


 輝かしい表情へと一変するワイアットに「残念だったな」と考えていることを先読みして、掃除用具を肩に担いだ。


「ハイネとは敵関係になるよ、このチームならな。だから、俺はお前もデベッガも呼んだ」


 一瞬にしてどん底に突き落とされた気がする。すぐさまワイアットは絶望的な表情を見せながら、ブラブラと空しく揺れていた。そんな彼をよそに、ターネラは緊張しながらもハイチに声をかけた。


「あ、あのっ、私もよろしいんですか?」


「おお、構わねぇ……誰?」


「わ、私、ターネラ・スタンリーと言います! しがない一回生ですが、よろしくお願いします!」


 そうあいさつをするターネラは頭を下げるが、勢い余って教室の机の角に頭をぶつけた。痛々しい音が聞こえてくるも、彼女はそれを涙目で我慢しながら顔を上げる。その名前にワイアットはふと思い出したようだ。


「スタンリーって、東地域出身だろう?」


「ふえっ!? は、はい、そうですが。あなたは?」


「ああ、申し遅れた。僕はワイアット・エヴァン・フォスレターだ。きみのお父さんとは何度か会っているよ」


「えっ!? あっ!? フォスレターさん!? 本物!? でも、どうしてこのようなお姿に?」


 二人は知り合いだったのか。キリが彼らを見ていると、ハイチは肩に手を置いてきた。そんな彼の表情は断らせないと言わんばかりである。


「お前、結構な頻度でルーデンドルフ教官のところに行っているんだろ? あっちの世界に行っているんだろ? 経験者はしっかりと捕まえておかなければな」


 気のせいだろうか。視界の端に見えた机の上にある黒いロープ。逃がさないと言わんばかりのキリの肩にかける手の握力。いや、それもだが――。


「経験者、って?」


「なんか今年のサバイバル・シミュレーションはヴァーチャル・ワールド――電子世界でするらしいんだ。いつもは現実的に島の中でペイント弾で戦っていたらしいけどな。様々な場面での戦闘を経験させたいんだろうよ。だから、それに経験のあるデベッガだよ」


「なるほど」


 正直な話、こういったイベントの参加を誘ってくれるのは嬉しい限りだ。自分が頼られている気がしてたまらない。だが、ハイチは「ハイネに関わるな」と言っていた。つまりは彼自身にも関わるなとでも言っているようだった。それでいいのだろうか。


「あ、あの、ハイチさん……」


「なんだよ、参加してくれないのか?」


「い、いえ、そうではなくて」


 キリはアイリたちを一瞥した。できることならば、彼女たちには今の自分自身の状況を知られたくない。ヴィンの件もある。特に彼女にはもっと知られたくないのだ。どこか挙動不審なところに察知したのか、ハイチは「安心しろ」と小声で言ってくる。


「デベッガもあの貴族野郎にも、ハイネには一切近付けさせない。要は拠点で待機、連絡係とするつもりだ」


「あっ、そうなんですね」


「本当はデベッガを誘う気はなかったんだがな、あのイベントであいつらには絶対負けられん。というか、負けたくないんだよ。だから、本気出して誘ったという話だ」


 あいつらとは一体誰のことだろうか、と彼がそのことを訊ねようとしたときだった。代わりにアイリが訊いた。


「あいつらって誰ですか」


 一応、可哀想だと思ったのか、アイリがいつの間にかワイアットの縄を解いていた。ようやく解放されたことで、彼はスッキリとした表情をしている。しかし、その行為はハイチにとってあまりよろしくないようで――。


「勝手に取るなよ。また、ハイネに求婚しに行ってしまうだろ?」


「別に大丈夫でしょ。義兄貴の言うことくらい、義弟はちゃんと聞きますって」


「誰が義弟だ。俺に義弟なんぞいるものか。そして、これからも存在しないからな」


 ワイアットが逃げやしないか、横目で見てくるハイチだったが、逃げるつもりはないようである。近くにあった席に座り出す。


「さあ、お義兄さん。今から作戦会議でもするんでしょう? やりましょう」


「ねっ?」


「いや、ねっ、でもお義兄さんでもねぇし。まあ、言うこと聞いてくれるなら、いくら酷使したって構わねぇんだよな」


 目の前に座るワイアットが自分に従順になるとわかった瞬間、ハイチは不敵な笑みを浮かべた。それを見逃さなかったキリとターネラは表情を引きつらせる。これはサバイバル・シミュレーションが終わった後に燃え尽きたりしないだろうか。


「ははっ。僕はハイネさんとの未来のためならば、お義兄さんのお力になりましょう!」


 自らと過酷なルートを選んでしまったワイアットに、二人は顔を逸らすしか何もできなかった。


「まぁ、先輩。坊ちゃんには色々と押しつけるとして、結局はあいつらって誰ですか?」


「ああ、ハイネとセロだよ」


 予想外の人物の名前が上がり、ターネラ以外の三人はびっくりした表情を見せた。まさか、あの二人と敵対するとは思いもよらなかったのだから。


「なんでまた?」


「あぁ、ちょっとした賭け事だよ」


「賭け事。それって、あたしたちが勝ったらクラッシャー先輩だけが得をするんですかぁ?」


 アイリのその物言いは――どうも自分にメリットがなければ、参加するのは渋るとでも言っているようである。


「その賭け事はな。でも、優勝すれば、任務と同様の報酬金がもらえるからな」


 その事実にアイリは耳を疑うような表情を見せていた。


「そ、そんなっ! それだから、あのおばさんたちに税金の無駄って言われるんだぁ!」


「何の話だ?」


「前に動物園で任務があったんですけど。色々と言ってくる方がいたんですよ」


「ああ、そう」


「ていうか、本当にそうなんですか? 逆にあやしいんですけど」


 アイリは縄を弄りながらハイチにそう訊いた。それに彼は大きく頷く。


「一応、俺もルールはあんまり知らないけど」


 ポケットの中に入れていたのか、しわくちゃに折りたたまれた一枚の紙を取り出す。それを広げると、もっとぐしゃぐしゃに見えた。ハイチはその紙を四人に見えるように机の上に置く。それを彼らは覗き込む。どうやらサバイバル・シミュレーションの参加条件や規則に関する事項が載っているようだった。そして、本当に優勝したチームには任務終了時に報酬金を授与するらしい。これの一文を見たアイリは目を光らせていた。他にも行事の前夜には前夜祭が行われるようだった。


「えっと、一チーム八人か。あと三人……あと三人なら。おう、デベッガ。オブリクスでも呼べ。ハルマチはライアンな。ライアン呼びかけりゃ、三銃士軍団の連中が一人くらい釣れるだろ」


「そんな、魚みたいにして。ていうか、クラッシャー先輩は宛てないんですか? 人頼みですけど」


 アイリのその発言にハイチは四人からの視線を外した。そして、小さな声で「いいだろ、別に」と呟く。どこか虚勢を張っている彼の姿にすべてを覚る。


「へぇ、宛てないんですねぇ。デベッガ君と坊ちゃん以外」


「うるせぇな! ンなこと、今はどうだっていいだろうがっ!」


 そう言えば、とワイアットはこっそりガズトロキルスに連絡を取っているキリに耳打ちをしてきた。


「お義兄さんって、僕の学年では怖がられているみたいなんですよね。それが原因でしょうか?」


――それは、きっとフォスレターが絡んでいることだと思う。


 以前にハイチがワイアットを探す目的で一回生と二回生のフロアでドライブの誘いをしていたことをキリは思い出す。あの妙な威圧感が未だとして噂になっているのだろう。それに、彼は次席と三銃士軍団の肩書を持っている。当然、小難しい任務や危険な任務をしているに違いない。それだからこそ、下級生と交流する場が少ないのかもしれないのだろう。


――多分、あれの釈明もできていないんだろうな。


 なんてキリが考えていると、ガズトロキルスから誘いのメールの返信が届く。


『悪い。別でハイネさんから誘われているんだ。そっちはそっちで頑張れよ』


 どうやら、タイミングが悪かったらしい。ガズトロキルスとは敵対することになってしまった。だが、たとえそうであろうともキリは彼を応援する。


『そっか。俺も頑張るから、頑張れよ』


 キリもまた返信をすると、ハイチに報告を上げた。


「ハイチさん、ガズは他のチームの誘いがあったみたいで、参加できないそうです」


「本当か? それ、どこのチームだ? ちょっと偵察に行ってみよ」


 その事実にハイチは席を立ち上がる。ガズトロキルスをチームに入れる気満々だったのか、その気合いだけは見えていた。


「ヴェフェハルさんたちのところです」


 キリがそう答えると、すぐさまハイチは座り直す。先ほどのやる気はなんだったのか。


「ハルマチ。ライアンは? 釣れた?」


「んー、まぁ。ついでに二匹釣れましたよ」


「……その、人を魚みたいにたとえるの止めろよ」


 アイリ曰く、メアリーはもちろんのこと。そして、ケイと貴族である女子学徒隊員が参加するらしい。これで八人が揃った。このことに安心したハイチは個人の連絡通信端末機を取り出すと、どこかに電話をかけ始める。その通話相手が出た瞬間に――。


「セロぉ! 俺はお前に絶対負けねぇからなっ!」


 一同にとっては正直どうでもいい宣戦布告をし出す。まるで子どもみたいだと苦笑いする他なかった。そんなハイチをスルーするアイリだけは画面から目を離さない。


「一応、もうすぐ授業だからって。この後の授業が終わり次第三人は来るみたいだね」


「そっか。あっ、俺も授業が始まるんだった。二人は間に合う?」


 キリは席を立ち、教室を出ようとするところを訊ねた。ワイアットは次の授業はなかったようだが、ターネラはあるようで――慌てたように彼と共に教室を出るのだった。


「デベッガさん、ありがとうございます。すっかり忘れるところでした」


「ははっ、いいよ」


 今、二人は彼らだけで廊下を歩いている。周りに誰もいない。――過去の歯車の話を訊くならば、チャンスじゃないか?


「……スタンリー、訊きたいことがあるんだ」


「はい?」


 ターネラはその場に立ち止まり、キリの方を見た。


 ただ訊くだけなのにとても緊張する。そう、ただ訊くだけなのに――。


 周りに事情を知っていたヴィン、キイ教の信者たちと言った力を知る者たちが聞き耳を立てていないかと不安になる。そのせいで、挙動不審になるキリ。


「どうかしましたか?」


「い、いや、その。スタンリーは――」


「いや、ハイチは何が言いたいんだ? ばかかよ」


 階段下から呆れた声が聞こえてきた。その声の持ち主――セロがそのままこちらの方へと上がってきて、二人の前に現れる。連絡通信端末機を片手に持っていた。


「デベッガか。これから授業か?」


「え、ええ」


「ばかの手伝いをするのも大変だろ? そっちの一回生の子は巻き込まれたか?」


「い、いえ。私はサバイバル・シミュレーションに参加したかったので、少しばかり無理を言ってしまいました」


「大丈夫、大丈夫。あいつは下級生に慕われていない、実は残念系の上級生だからな」


 なんて笑っていると、空教室からドタバタと足音が聞こえてくる。この足音が誰の物なのか三人は安易に想像できた。そう、ハイチである。


「聞こえているぞ、おらぁ!!」


「お前もヒマ人だなぁ。二人とも、呼び止めて悪かった。これの処理は俺に任せておけ」


 セロのその言葉に彼らは甘えると、階段を下りていく。上では喚くハイチの声が聞こえていた。


     ◆


 キリとターネラは最上階の一階下まで来ると嘆息をついた。


「キンバーさん、でしたよね。あの人」


「うん、そうだよ。で、さっきの人がヴェフェハルさんだ」


「覚えました。あの方たちはとても仲がいいんですね」


 そのことについての否定はしない。たまに二人が一緒にいるを見かけるときがある。そのときは大抵がストラテージをしているときだ。キリが見かけるのはよくハイチがそのボード前に頭を抱えて悩ましそうにしている姿である。


「みたいだね」


 ちらりと廊下の方に備えつけられた時計を見た。後少しで授業が始まってしまう。行かなくては。


 ターネラに「また後で」と告げて自分の教室へと向かおうとするが、呼び止められた。その場に立ち止まり、振り返る。


「あの、さっき言いかけていたことなんですけど」


 もちろん、ターネラには訊きたいことがある。だが、周りには他の学徒隊員たちが行き交っている。故にこの場で過去の歯車について言及ができるはずがない。


「それは、また今度。今度また訊くよ。俺、移動教室なんだ」


「そうなんですね。じゃあ、また後ほど」


 ターネラが頭を下げるところを見て、キリはその場から逃げるように自分の教室へと向かった。嘘をついてしまった。本当は移動教室なんてないのに。


――怖いな。


     ◆


「けぇっ。セロのやつ、絶対偵察しに来たに違いねぇよ」


 唇を尖らせるハイチは愚痴を言った。一歩後ろにいるアイリとワイアットは互いに顔を見合わせる。彼らの手には売店で買ったと思われるお菓子の袋が握られていた。どうやら、現在行われている授業が終わり次第、作戦会議という名目でお菓子パーティーでもするつもりなのだろうか。


「いや、そうじゃないでしょ。先輩があの人を挑発するから来ただけじゃん」


「ですね。でも、ヴェフェハルさん、すぐに空き教室にいるとおわかりになりましたね」


「はっ!? もしかしたら、あいつが俺に発信器でもつけているのかもしれん!」


 突然ハイチは神妙な顔付きになると、お菓子が入った袋をワイアットに渡した。服やそのポケットの中に盗聴や発信機器などがないかの確認をし出す。そのような物、あるはずないのに。呆れる二人はそんな視線を向けていた。


 そうこうしている内に前方から本を大量に抱えているレナータがやって来た。彼女は重たそうに運んでいるようである。


「あら、何を……?」


 気になるのは何もレナータだけではない。ハイチの様子を見つめていた二人もである。


「えっ!? あ、ああ! どうも! なぁに、大したことではないですよ!」


 ハイチは何事もなかったかのように、気丈な立ち振る舞いを見せた。


「そうですか?」


「そうです! そんなことよりも。それ、重たそうですね。俺、持ちましょうか?」


「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」


 小さく頭を下げると、そのまま行ってしまった。その後ろ姿をハイチはじっと見ている。そんな彼を見ていたワイアットは「あの」とアイリに耳打ちをする。


「お義兄さんって――」


「そうだよ。最初はあたしも疑っていたんだけど。クラッシャー先輩、知っていましたぁ? 彼女、サバイバル・シミュレーションの前夜祭に来るそうですよ」


 にやにやとハイチをからかうかのように、アイリはそう言ってくる。彼女のその物言いに、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。


「はぁ!? 嘘つくな!」


「いやいや、そうでしょ。だって、図書館の人ですよ? それも学校の。ならば、前夜祭に来なければ意味ないでしょ」


 ワイアットはそう言えば、とサバイバル・シミュレーションの広告の一文を思い返していた。あの広告には『前夜祭』という文字があった。絶対とではないだろうが、アイリの言う通り参加する可能性もなくはないだろう。


「どうしますぅ? どうしますぅ? どんなお話をしますぅ?」


「ああ、もう。いいだろ! 止めろ、カムラ女!」


 ハイチは耳までも真っ赤にしてお菓子が入った袋をワイアットに預けたまま、一足先に空き教室へと行ってしまった。それを面白がるように、アイリは笑っている。


「いやぁ、このことでクラッシャー先輩にはからかい甲斐があるなぁ」


「ハルマチさん、それは失礼ではありませんか?」


 急にワイアットがそう言ってきた。アイリの方を見てくるその目は真剣その物のようで、彼女は少しばかり怖けつく。じっと見てくるその目はどこか怖かった。


「あなたは人を好きになったことはありますか?」


「……どうだろうね?」


 曖昧な答えを返すと、先に行こうとする。だが、ワイアットに呼び止められた。アイリは振り返らず、立ち止まるだけ。


「確かにお義兄さんはレナータのことを好きのようですが、それのどこがおかしいんですか?」


「…………」


「人を好きになったこともない人が、人の恋愛に口出しするのはおかしい話です」


 ワイアットはアイリにそれだけ言うと、彼女を追い越してハイチの後を追った。一人、その場に立ち尽くすアイリの肩を誰かの手が優しく置かれる。怪訝そうながらもその誰かの方を見た。そこにいたのは四十代後半ぐらいで黒髪の男。見た目から察するに学徒隊員には見えない。軍関係の人間だろうか。


「何スか」


 今のアイリは不機嫌である。そんな彼女にもお構いなしに、男はにこにこと笑顔を絶やさない。その笑顔こそ、明らかに裏があると感じる。


「あやしいですね、警備員でも呼びましょうか?」


「いや、あやしくないですよ? きみがあの子にフられていたみたいだから、慰めてあげようかなって思ってね」


「フられていませんよ。やっぱり、警備員でも呼びましょ」


 アイリは緊急用に教えられていたセキュリティ会社に連絡を入れようとするが、男に慌てて止められた。


「そんな、怖いことしないでよ。僕、これでも偉い人だよ?」


「偉い人ぉ?」


 男に疑いの眼差しを向けるアイリは彼の言葉を信用していないようである。


「本当、本当。信じてくれた?」


「いいえ。でも、警備員呼ぶのは止めてあげます」


 そうアイリは言うと、連絡通信端末機を仕舞い込んだ。そして、その場を離れるように男から離れようとする。どうもきな臭さを感じ取ったようで、彼とは関わりたくないと思っていた。彼女はそのまま、後ろを振り返ることもなく、空き教室へと急ぐ。


     ◆


 授業を終えたキリは早速空き教室へ向かおうとしたところ、ケイに呼び止められた。彼の隣には同じ教室の女子学徒隊員がいる。


「どうせ、上に行くだろ?」


「ああ。そっちは――」


 実は教室以外でも見たことのある女子学徒隊員である。彼女の座学用の制服の襟には三銃士軍団の証が光っていた。


「何度か顔を見合わせたくらいか。改めて私は三銃士軍団シルヴェスター団のソフィア・マルグリッド・ウィーラーだ」


「うん、あんまり話す機会がなかったからね。改めて俺はデベッガだ。よろしく、ウィーラー」


 ソフィアが手を差し伸べてきたため、キリはそれに応えるよう握手をする。だが、それが間違いだった。彼女の握力は強過ぎて、逆に握り返された彼の表情は苦痛を浮かべるのだった。


「いっ!?」


「紅武闘勲章を取ったからどんな風に変わったのかと思えば、いつもと変わらないデベッガじゃないか」


 そんなこと言ったって。言い返したいキリだが、手が痺れるほどの痛みにまだ慣れていない様子。それに一人悶えていた。若干涙を目に浮かべる。ケイが憫笑してきた。


「ソフィアはウチの団の特攻隊長だからな。日々の鍛練は怠ることはないぞ」


 なんて言うケイであるが、彼の右手も真っ赤に腫れ上がっていることに関して言及してもいいものだろうか、とキリは思っていた。


「しかし、次席も次席で珍しいな。あの人、興味持っていなさそうだと思っていたのだが」


「ヴェフェハルさんたちに負けたくないって言っていたよ。何かしらの事情があるんだろうな」


「首席に。なるほどな。して、作戦会議は最上階?」


 最上階へとつながる階段の床を見て、ケイは顔をしかめた。積もった埃の上を色んな足跡が型を成して存在している。サバイバル・シミュレーションのチームメンバーにはメアリーもいる。ということは、彼女も肺に負担がかかりそうなこの埃塗れの場所にやって来るということになる。


「デベッガ、あの人を説得して場所を変えるように言ってもらえんか?」


「ら、ひ、姫様?」


「ああ。どんな病原菌や寄生虫が潜んでいるかわからないからな」


「確かに、ここは喉が痛くなるような場所だ」


 なんてソフィアが咳をする。彼女を見てキリはターネラもくしゃみをしていたことを思い出した。それもそうだ。このような場所にいては当日に支障をきたすかもしれない。


「そうだな。ハイチさんに訊いてみようか」


 キリは空き教室のドアをノックして開けた。三人の目の前に飛び込んできた光景はハイチにアイリ、ワイアットがガスマスクを装着し、鼎談をしている意味不明な状況。傍から見れば、とんでもないシュールな絵面であることは間違いないだろう。


「いいか? お前が見たあやしいおっさんは本当にあやしいと思うのならば、通報しろよ」


「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないですかぁ。自分は偉い人ですって、言うんですから」


「そのセリフ自体あやしさ満点じゃないですか。自分の潔白を証明したい人は軍関係者だって言いますよ」


「ていうか、そもそもが一般人も出入りできるじゃん。ほら、図書館だなんて別にあたしたちだけが使っているわけじゃないんでしょ?」


「いや、そうだとしても。――ああ、もしかしたら若い子に話しかけたかったんじゃね? よかったな、ハルマチの性格がにじみ出ていないでよ」


「お義兄さん、それは流石に言い過ぎですよ」


「だから、そのお義兄さんを止めろ」


「いや、何やっているんですか」


 そろそろ、ここで歯止めを利かせておかないと。自分たちが入る余地がないと判断したキリは彼らの会話を中断させた。ケイとソフィアは困惑した表情を浮かべて三人を見ている。ここにメアリーがいなくてよかったと安堵していた。


「おう、来たか。これを被っておけ」


 ハイチはワイアットに箱に入った物を渡すように促した。キリたちはそれを受け取った。それは紛れもなく、彼らが装備しているガスマスクである。


「多分、ケイさんが王女様の健康を気にすると思ったので」


「流石、だと言いたいところだが、場所を変えるという選択肢はなかったのか?」


「いえ、これはお義兄さんの作戦ですよ。ヴェフェハルさんとハイネさんに見つからないという――」


 もう見つかっているよな、とキリは鼻白む。授業前にここへ現れたセロはおそらく偵察もかねてきたのだろう。だが、それについては何も言わなかったが。


「安心しろ」


 キリの気持ちを察したのか、ハイチがガスマスクの下からあやしげな笑い声を聞かせてくる。


「ここで作戦会議をするつもりはない、とあいつには言っているからな」


――ハイチさんって、ここまでばかだったっけ?


「おまけにこいつのヒントで誰が誰だかわからないように、こうしてガスマスクをしているからな」


――ヴェフェハルさんと仲がいいなら、あの人絶対見抜きそう。


「どうだ、すごいだろう!」


 自信満々げなハイチにケイは、こっそりキリに耳打ちをしてきた。


「あの人、ばかなのか?」


「なんか、よっぽど切羽詰まっているんじゃないの?」


 口が裂けても『ばか』とは言えないキリは面倒になったのか、ワイアットから受け取ったガスマスクを着けて半ば負け確定だという面持ちで適当に席に座る。そのとき、慌てた様子の足音が二人ほど聞こえてきた。


「お、遅れまし――はぇ!?」


 授業が終わり次第空き教室に集合ということで、メアリーとターネラが少しばかり遅れてきてしまい、この教室へと飛び込んでくるが――。


 指定された教室内には妙な雰囲気を持つガスマスク集団に遭遇し、変な声を上げてしまう。


「二人とも。大丈夫だよ」


 安心して。そうキリが二人に声をかけるが、彼女たちの怯えようはひしひしとマスク越しでも伝わってきていた。話しかけるときは外した方が賢明だと判断し、それを取る。彼女たちの表情はすぐに和らいだ。


「で、デベッガ君だったんだね」


「なんか怖がらせてごめん」


「一応、全員揃ったのかなぁ?」


 まだ二人には慣れが必要なのに、ガスマスクを装備した状態でアイリが近付いてきた。それに小さな悲鳴を上げられてしまう。


「二人に迷惑なトラウマを与えたかもしれないな」


「えっ、これ怖い?」


「何も知らない状況で、誰なのかもわからないマスクの人間が何人もいたら怖いだろ。俺だって怖かったし」


「なるほどねぇ。メアリー、ターネラ。あたしだよぅ」


 ガスマスクを外してみた。二人はアイリの顔を見て、ほっと一安心するも束の間。再び被り出した彼女は冗談半分で遊び始めた。


「ガスマスクマンに呪いをかけられて、一生ガスマスクの姿でいなければならなくなったあたしだよぅ。ほらほら、逃げないと、ガスマスクマンにガスマスクを被らないといけない呪いをかけられるよっ!」


 怖がらせようとするアイリにキリとケイがガスマスクの上から頭を手で叩く。軽快な音が教室中に響くのであった。


     ◆


 メアリーとターネラには肺に埃が入らないように。という苦し紛れな説明をした上で、彼女たちにも被らせることにした。こうでもしないと、ハイチが先ほどの訳のわからない作戦を言ってきそうで、二人を余計混乱させかねないからである。


 キリは集まった全員を見渡す。明らかにあやしい集団である。これを教官に見つかってしまえば――考えるのは止めておこう。


「はい。じゃあ、揃ったところでお菓子タイムだ」


 作戦会議ではなかったのか、とその場にいる過半数の思いとは裏腹に、ハイチはお菓子の箱や袋が大量に入った物や売店で買い占めてきた物を机の上に置き始めた。これにケイは止めさせようとする。


「じ、次席! 俺はサバイバル・シミュレーションの作戦会議をするために呼ばれたんだが!?」


「おう、呼んだぜ。だから、食べながら考えるんだよ。考えるにも、栄養は必要だろ?」


「そうですね! ケイさん、すばらしいアイディアだと思いませんか?」


「デベッガぁ!」


 ケイは不満げにキリの方を見てくる。こちらの方を見ないでくれと視線を交えないように顔を背けると、彼にしか聞こえないような声で言ってくる。


「何でもかんでも俺にツッコミを求めないでくれ」


 キリが頼りにならなければ、同士のソフィアに。彼女の方を見れば――。


「次席、このお菓子は私がいただいてもいいだろうか」


「おうよ」


 頭を抱えるしかないケイ。自分が思い描いていた作戦会議とは遠い存在の訳のわからない烏合の衆と化していてたまらなかった。


「一応、こういうのを収拾するなら、シルヴェスターも経験したがいいよ。いや、してくれ。俺はもう疲れた」


 完全にキリは諦めている。そんな彼をよそに、ケイは一度周りを見た。楽しく和気藹々とお菓子ばかりを食べて作戦という作戦を立てようともしてない。ハイチもハイチだ。誘い人がこのような状態でいいのだろうか。


 こういう交流会を完全否定するわけではない。だが、果たしてこのようなあり様でセロとハイネに勝つと意気込んで、勝てるだろうか。


「勝てるかっ!」


 痺れを切らしたケイが一同に怒鳴った。突然の大声に教室中はしんと静まり返る。誰もが彼に注目していた。


「次席。デベッガから聞きましたが、首席のチームに勝ちたいと仰っていたそうですね?」


「お、おう」


「勝てるかっ!」


 怒鳴られて、ハイチは肩を強張らせた。


「大体、最年長はあなたでしょう!? 作戦とか考えているから、こうしてお菓子タイムだのと訳のわからないことをしようとしていらっしゃるんですか!?」


「い、いや、何も考えていないです」


 あまりの気迫にハイチは表情を引きつらせる。いつものケイに対して違う丁寧な物言いとなっているようだった。


「考えていない!? それで勝てるわけないでしょ!? 当日まで時間はあまりないんですよ!? みんな、あなたのために時間を割いてこうして集まって……こんなマスクで相手にバレないとか勝てるかっ!!」


 相当、苛立ち積もっていたのだろう。ケイはマスクを脱ぎ捨ていると、机を強く叩いた。


「えっ? ば、バレる?」


 事情を知らないメアリーとターネラは顔を見合わせるが、そこも怒鳴り込んだ。


「姫様とそこのあなたも黙って聞きなさい!」


 そう言われ、二人は小さくなってしまう。声を出さずにマスクの下で苦笑いするキリにも指を差してきた。


「それにデベッガ! 確かに俺がお前にツッコミを任せっきりだったのかもしれないが、諦めんなっ! 諦めない精神と悪運の強さがデベッガの売りだろうが!」


「……は、はい」


 キリはちらりとソフィアの方を向いた。膝に手を置いて俯いている。心なしか、怯えているようにも見えた。いや、何も彼女だけではない。ワイアット自身も同様に同じことをしている。こっそり彼に「大丈夫か?」と訊ねた。


「ていうか、初めて見るんだけど、何あれ」


「すみません、僕たち……度が過ぎてしまったようです」


「は?」


 ワイアットはアイリに対しても怒鳴っているケイを見た。


「ケイさんの本気でキレたときは僕もソフィアさんたちも手がつけられないんです。普段はキツイ物当たりの人ですが、それとは段違いの怖さなんです」


「えっ、キレたらああなるの?」


「しつこいくらいに暑苦しいと言うか、なんと言うか。面倒じゃないですか?」


「うん、確かに」


「ハルマチはいつも落第ギリギリだそうだな!? そんなの、きちんと授業に出ろ! 勉強しろ! ほぼ全科目単位が足りないって、おかしいだろうがっ!!」


 ケイのその言葉にアイリは面倒そうな様子で聞いているが、若干ドン引きしているようにも見えた。それ以前にもう説教する趣旨が変わってきている。


「ガズとは違った厄介な怒り方だな。対処法は?」


「根源であるお義兄さんが作戦を思いついて、ケイさんの前で発表することですかね」


 ああ、これは半永久的に終わらないな、と確信した。実は二人の会話がハイチにも聞こえていたようで、ワイアットが対処法を言い放った瞬間に頭を抱え出したからである。どうやら本当に何も考えていなかったようだ。


「それ以外には? 俺がツッコミでもすればいいのか?」


「いえ。それで何もなりませんよ。ここはお義兄さんの頭の回転に任せるしかないです」


 すると、一通のメールがキリのもとへと届いた。差出人はもちろんハイチである。


『俺、基本軍事策略考えるのダメなんだけど!?』


 ハイチの方を見る。彼は渋面を見せて、一応机の上にメモ紙と筆記用具を出して頭を搾り捻り出し始めていた。


『信者の町での策略は?』


『あれ、リスター副隊長に作戦のヒントもらってやっていただけ。本気で頭使うのダメなんだよ。知恵をくれ! 助けて!』


 この文章にキリとワイアットは大きく項垂れるしかない。だが、いつまでもそうしている場合ではないのだ。この厄介かつ、面倒なケイをどうにかするためにはハイチに力を貸すしかないのである。


――えっと、向こうの参加者は……ヴェフェハルさんとハイネさん――それに、ガズ。他、誰かいる!?


 ワイアットはケイに自身が連絡通信端末機を使用していることを覚られないように、使い始めた。ややあって、キリに耳打ちをする。


「参加者にオブリクスさんとマティルダさんがいます。あと、三銃士軍団であるザイツさんにフェリシアさんという方もいらっしゃるようです」


「それ以外は?」


「すみません、わかりません。これ、誘いのメールだったので」


「その、フェリシアっていう人って、少ししか話したことないんだけど。どういう人?」


「ケイさんのところの戦略家の人で、相談役も担っている人です」


 ケイが執拗に作戦を気にする理由がわかった。フェリシアが頭の切れる人物だから警戒しているのだろう。


「と、とりあえず、ヴィンは引っかけと潜入してくるから……」


「デベッガ! うるさいぞ!」


「す、すみません」


 なぜか今のケイに対しては、丁寧な言葉しか言えやしない。これはある意味の気迫力に自身が押されているという証拠なのだろうか。キリは委縮しながら考え出そうとすると、ワイアットからメールが届いた。


『ソフィアさんという方はケイさんのところの特攻隊長のような方で、あまり考えて行動をすることを好みません』


――おお、なるほど。


「…………」


 しかし、いくら戦力的情報を手に入れたからといって、それで作戦を立てることはできそうになかった。一番の問題はヴァーチャルの世界で戦うといっても、どのようなシミュレーションで、どのような状況であるかも把握していない。当然、キリの思考力も止まってしまう。


「デベッガさん?」


 明らかな思考停止状態にワイアットは小さく声をかける。ハイチもどこか気にしているようである。キリは一通のメールを送った。何も考えていなかったやつに。


『ヴァーチャルの世界で戦うんですよね? 場所指定とか地形はご存知ですか?』


 どのような返信が来るのかは予想がついているキリ。返事はすぐさま届いた。差出人はもちろんハイチ。


『知らない』


――でしょうね!!


 それからと言うものの、彼らがケイに解放されたときは見回りの教官に半ば強制的に校舎内から追い出された時間――寮の夕食時間が過ぎた頃だった。


     ◆


 くたびれた様子で寮棟の方へと向かうキリ。ため息が途切れないような長い嘆息をついていた。そんな彼にアイリは「大変だねぇ」とまるで他人事のように言い放つ。自分も同じ目に合っているのに。


「いや、そう言うハルマチこそ、よくシルヴェスターの説教に耳を傾けられるな」


「ああ、あれは聞いているふりが一番いいの。やってごらん? 自分が思考する時間も取れるから」


「ある意味すごいな。やっぱりハルマチだわ」


「えぇ、何それ」


 どことなく二人の仲のいい雰囲気を遠目で見ていたメアリーは、彼らのことを羨ましそうな眼差しで見つめていた。そして、そんな彼女をさらに遠くから見るのはハイチである。


「…………」

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