シ臭
久しぶりに嗅ぐ家のにおい。押入れを開けると漂う妙な匂いや、弟の思春期特有の汗の匂いまでも私を懐かしくさせる。しかし、何か1つ足りない「におい」がある気がする。
母さんの香水、父さんの加齢臭、弟の汗、兄さんのシ臭。
思い出せない。もどかしくて体が痒い。
「母さん、私何か忘れ物をしてきた気がするの。
とっても大切なもの。」
「何を言っているの。
すぐそこにあるじゃない。」
母さんは何を言っているのだろう。どこを見渡しても見当たらない。
ベットの下?机の中?それとも棚の上?
「何をそんなに探しているんだい?」
「私の大切なもの。」
父さんが心配そうにきいてくる。
「すぐそこにあるじゃないか。」
無いから探してるのに何を言っているんだ。
「姉さん、目の前にあるのに...
そうやって目を逸らしていると、無くしてしまうよ。」
目を逸らす?意味不明なことを言う弟だ。
「無くしてからでは遅い。
早く見つけろっ。
俺みたいになるぞ。」
兄さんが真剣な眼差しで私を見つめる。
「見つけろって言われても...
どこにもないじゃない。」
兄が私に近づき腕を握った。
「触らないでっ!
兄さんの匂いが移るじゃないっ。」
必死に振りほどこうとするがびくともしない。
「ああ、俺は確かに臭い。
でも、お前はどうなんだ?」
恐る恐る自分自身を嗅いでみる。
「何よっ。
なんも昔と変わらないじゃない。」
兄さんを思っいっきり睨む。
「私を兄さんと同じにしないでっ。」
兄がようやく、私の腕をつかんでいた手を離した。
「気づかないのか...
その鼻がひん曲がりそうになるくらいの死臭に。」
兄が驚いた顔で言う。
「何を言っているのよっ。
私はちゃんと、ちゃん、と...」
私の鼻を死臭がついた。いつの間に、私はこんなに臭くなっていたのだろう。
「気づかなかったのか...
もう遅い。
無くしてしまったものはもう一生見つけることはできない。」
20年と7ヶ月私が生きた頃、兄さんが自殺した。
お葬式の次の日、私は不思議な夢を見た。
その夢を見て以来、自分のにおいを嗅ぐのが癖となった。
自分のにおいを嗅いで確かめるのだ、「命の香り」を。
無くしてしまわないように...