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08

「そう。そこで大気中からかき集めた魔力を一点に集中し、自分の魔力から回復の特性を引き出して……では難しいかな。魔力の中から癒したいと言う想いを引き上げるんだ」


 靄かかった向こう側から、ジックの声がおぼろげに聞こえる。


「そう、そのままかき集めた魔力に方向性をもたせて……、よしっ!! 発動できた。すごいよシロ、飲み込みが早い。

 そのまま癒したい対象に光を当てて祈るんだ」

『ヒメ、目を開けて』


 今度はシロの声が頭の中に染み入ってくる。まるで熟睡した後の目覚めのように、深いところからゆっくりと引き上げられる感覚で覚醒すると、何か額に暖かいものを感じ、ゆっくりと目を開く。


「まだだよ、まだ力を緩めてはいけない。発動が成功したからと言って制御をおろそかにしてはすぐに魔力が霧散してしまうんだ。

 発動の次は持続。魔力の放出を続けながら光がゆっくりとヒメへ浸透して行くようにイメージするんだ」


 うすぼんやりとする光景を眺めつつ、すぐ横にシロが居たので焦点を合わせる。

 シロはジックに魔法の指導を受けているようで、制御に相当集中しているのか、私が目覚めていることに全く気づいてはいない様子だ。

 使い魔と言うだけでなく、シロに元々素質があったのか、つたないながらも魔法はうまく発動しているようで、揺らめく治癒の光は暖かく輝き、間違いなく私の体を癒してくれている。


「シ……ロ? あれ、ここ……は?」


 そして思い出す。視覚同期を試している最中に目を開けてしまったこと。過負荷に脳が追いつけなくて意識を失ってしまったことを。


「ヒメ、気が付いたんだね? 良かったぁ、視覚同期を試したと思ったらいきなり倒れたんで驚いたよ。

 ああ、場所はさっきの所から移動してないよ。意識を失っていた時間は1時間ぐらいかな? 身体への異常は見られなかったから、安静にしつつ様子を見ていたところ。

 あっ、気にしないでいいよ。その間ナイはうっぷん晴らしにコボルトを狩り続けてたし、僕はシロに魔法を教えることが出来たから有意義な時間を過ごせたからね」


 そう言ったジックの声は、言葉通り楽しそうに弾んでいた。

 ジックの言う通り、少し離れた先ではナイが二匹のコボルト相手に立ち回りをしているし、後ろに積まれた戦利品の袋はさっきよりも大きくなっているのが分かる。

 シロを見ると、熱心に私へ治癒魔法をかけ続けていたので、優しく頭を撫で起きた事を伝えてあげる。


「シロ、もう大丈夫よ。

 凄いのね、もう魔法を使えるようになったんだ?」


 やっと気付いたのか、尻尾の先の光が消えると耳を震わせて私と視線を合わせた。


『ヒメ、無事?』

「ええ、なんともなさそうよ。ありがとう」


 もう一度、ゆっくりと頭を撫でてあげるとシロは満足そうに私の横に座り込む。


「と言うことは、シロってば念話を飛ばすこともできるようになったの?」


 「魔法を教えていた」と言うジックの言葉を思い出し、素朴な疑問をぶつけるとジックは首を横に振った。


「ううん、念話はまだ出来ないよ。そもそも、魔法の概要を理解してなかったから念話についてもこれからじゃないかな? ただ、僕たちの言葉を理解しているようだったから、ヒメの役に立ちたいなら僕の言う通りに魔法を使ってごらん。って練習をさせてみたら出来るようになったんだ。

 と言っても、ついさっき発動できるようになったばかりだけどね」


 改めてシロを見ると目を閉じて丸くなっている。魔力の発動は慣れないとかなり疲れるから、疲れて眠ってしまったかな?


「シロ、心配してくれたんだね。ありがとう」


 改めてお礼を言いながらそっと撫でると、シロの尻尾が少しだけ左右に揺れた。

 最初はジックの代わりって程度の従魔契約だったけれど、案外こういうのも良いかもしれない。……かな。


「おぅ、気がついたか。あんま無茶なことはすんなよ? 心配したぜ?」


 なんて感傷的な雰囲気になりかけていたのに、見事なまでにナイが粉砕しながらこちらへ戻ってきた。

 コボルトの始末はとっくに終わっていたようで、戦利品片手に周囲を警戒しつつ私の方へ歩いてきた。


「心配かけてごめんね。使役に関しては大丈夫と思ってたつもりだったんだけど、いくつかの注意事項を忘れてたみたい。迷惑かけたわ、ごめんなさいね。

 それと、同じ失敗は二度と繰り返さないから安心して」


 少しだけ苦笑しながら謝ると、なぜかジックが説教モードで詰め寄ってきた。


「もしやと思ったんだけど……、まさか視覚同期中に目を開ける。なんて事はしてないよね? 忘れてたのはその危険性や身体にどう影響を及ぼすのか。だったりする?」


 ――あ、これは失敗したかも。

 ここでしらばっくれると火に油を注ぐだけで、完全説教コースのジックには何故か嘘が通じない。ここは大人しく……。


「うん、すっかり忘れてた。あれだけで視界が揺れてたのに更に目を開けたらどうなるのか気になっちゃってね、つい試した瞬間……」


 諦めて素直に認めると、ジックは似つかわしくない大げさにかぶりを振るポーズをとると、私を指差しながら詰め寄ってきた。


「ヒメ、僕はいつもいつもいつもいつも魔法の誤用による危険性を言っているよね? 話を聞いて完全にわかった。

 今回の卒倒の原因は脳のオーバーフローだ。すぐに卒倒したから深刻なダメージは負って無いだろうけど、下手すれば後遺症の残る危険な行動だったんだよ?

 最悪、意識を失ったまま戻ってこなくなる可能性だってあるし、原因はわからないけど半身不随になることもある。たくさんの実例があるし論文も発表されてる危ない行為を行ったんだって実感はあるの?

 お願いだから危険な行動はしっかりと把握した上で、無理のない範囲で魔法を使って欲しい。


 っというかそもそも、きちんと魔法講義を聞いていれば使い魔使役における危険性だって習っていたはずなんだからそんな危ないことをするはずがないわけであって。だいたいヒメはいつも後先考えずに動くことがあって僕もナイもヒヤヒヤしながら見ているしかないわけで、いつもいつもいつもいつも――」


 ううう……、突きつけた指先が額に食い込む。爪が……爪がっ……額が痛い……。

 相変わらず、魔法に関して危機管理意識の欠如からやらかしてしまった後はこれが長いのなんの……。


「ヒメ、聞いてる?」


 って意識が逸れたのに気づかれたっ!?

 鋭い叱咤が飛んできて更に怒られる。

 確か下手すると意識が戻ってこなくなることがあるんだったよね……、って、ええっ!?


「うん、聞いてる聞いてる。って言うかそんな大ごとになっちゃうの? 危なかったぁ……。

 うん、正直使い魔なんて使う機会がないと思って聞き流していたことが多いかもしれない。

 ジック、心配してくれてありがとうね。それと良かったら他にも大事なことが抜けてるかもしれないから教えてもらっていいかな?」


 うん、危なかった。きちんと気をつけなくちゃ。ってジックどうしたんだろう? 顔が赤くなってる。って私が興奮させてたのか、反省反省。


「全く、そんな素直に謝っても次につなげないと意味がないんだからね? 取り敢えず両手を離して」

「えっ!? あっ、ごめん」


 気がついたらジックの両手を握りしめて胸元に抱え込んでいた。それに思ったより顔が近かったから照れてしまったかな? 相変わらずの初心さに叱られてるのを忘れて口角が上がってしまう。

 

「あ? 照れた?」

「照れてないっ!!

 と言うか今は説教中なんだよ? 全くヒメったら相変わらずなんだから……。

 それに比べてシロはきちんと教えを守ってくれるし、口答えやからかってきたりしないから上達が早いのなんの。

 たった一時間でヒールを使いこなすようになったんだからヒメも見習わないといけないね」


 お返しとばかりにグサっとくる一言を言われ、思わずよろめいてしまう。

 私が父さんから魔法を教えて貰い始め、ヒールが使えるようになるまでにかかった期間は二年間。それに対し、使い魔補正があるとはいえシロは一時間……。

 隣を見ると、疲れて丸まったまま熟睡しているシロから寝息が聞こえる。

 シロは悪くない、シロは悪くない……。必死に自分に言い聞かせながら無言でシロの頭をなでる。


「可愛かったよ。必死でヒメを見ながら自分の中の魔力を感じ取っていたり、魔力を練り上げる姿は本当に健気でさ。

 なんで僕の使い魔になってくれなかったのかって、シロに認められたヒメを恨んじゃいたくなるくらいだよ。

 僕の言うことを一生懸命理解しようと、何度も何度も挑戦してヒールを使えるようになったんだ。

 誰かさんが二年かけて習得した技術をたった一時間でね。これが本気の差ってやつかな」


 ジックはにっこりと笑って残酷な追い討ちをかけてくる。


「……くぅぅ」


 言い返したいけど、その通り過ぎて言い返せない。ここでうらやましい? なんて言おうものならどんなことになるか目に見えてるしね。この怒り……、帰ったらジックの嫌いなピーマン料理で返してやる。

 そんなことを考えているとやっとジックのお説教が終わったようで、話題は今後のことへ移っていた。


「それでこれからはどうしようか?」

「そうだな、この辺りのコボルトは狩り尽くしちまったみてぇで暇になっちまった」


 説教の間どこに行っていたのか、ちゃっかりと戻って来ていたナイがジックの呟きに答えていた。


「そうなんだ?」

「あぁ、さっきの二匹が最後だったみてぇで近場からは気配が全く感じられなくなった。

 コボルト程度、何匹集まろうが腹の足しにすらなりゃしねぇが、全く現れねぇのもヒマでヒマでしょうがねぇ。ヒメが動けんだったらどっか移動しようぜ」


 ナイが戦利品らしき魔石と装備の詰まったズタ袋を見せるように掲げる。先ほどと比べて中身は増えているけどナイの機嫌は芳しくない。やっぱり手ごたえがなさすぎてうっぷんを晴らすどころか溜まってしまうんだろう。

 私は体の調子を確認するために軽くストレッチをしてみる。


「うん、私は大丈夫みたい。

 シロは疲れたのか寝ちゃってるようだけど……」

「こうすりゃ問題ねぇ」


 ナイがその体に似合わず、優しい手つきでシロを毛布の入っているリュックに入れ、そのまま背負う。


「ありがと」

「気にするな」


 お礼を言うと手を振って返してくる。ナイもジックもシロのことを気にかけてくれているようでとても微笑ましい。

 使い魔といえど、これからずっと一緒に過ごすんだから仲良くできる方がいいに決まってるしね。シロが加わってもずっとうまくやっていけそうでよかった。


「それじゃ、ちょっと早いかもしれないけど泉に戻って夜営の準備でもする?」


 私が提案するとナイもジックも異論は無いみたいで、地面に置いていた荷物を担ぎ上げると来た道を振り返り、

「そうだな。さっさと寝て2階に挑戦しようぜ」

「そうだね。早く帰るに越したことはないからさっくり2階に挑戦して街に戻ろうか」

 と言って足早に泉へと戻るのだった。

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