06
『ソウルイーター』
職業 : 魂喰い
年齢 : 0歳4ヶ月
種族 : 魂喰い
レベル : 2
体力 : 4
魔力 : 8
俊敏 : 20
属性親和 : 8
「何……、これ?」
そこには見たことも聞いたこともない種族名が浮かんでいた。
「わからない……、でも僕の記憶にないってことは、図鑑や伝聞ですら見たことも聞いたこともない種族っていうことに間違いないはずだ」
誰ともなく呟いた私のつぶやきに、律儀にもジックが答えてくれた。
「嘘だろ……、体力以外の数値負けてるぜ……」
ナイは私たちと違い、種族の項目なんてお構いなしにステータスの値だけを見て、負けている事実に絶句していたみたいだ。
そんなナイには悪いけど、さっくりと無視してジックと話を続ける。
「戦闘猫じゃなかったのね」
「みたいだね。ステータス傾向は似た感じがあるけど、強さがまるで違う。この数値なら不意打ちでも受けない限り、コボルトと同等の実力を持っていることになるし、これならここにいるのも納得はできるかな」
肩をすくめるジックを見て、私も思い当たるフシがないか記憶を検索する。
確かコボルトは平均して10前後のステータスで横並びだ。たとえ体力で劣っていても、倍以上の数値をもつ俊敏力があるのなら余裕で勝てる。そう言いたいんだろう。
「ねぇ、本当に使い魔にしていいの? 珍しい種属なんでしょ?
ジックが使い魔にしたいんじゃない?」
少し不安になって確認すると、ジックは笑って返してくれた。
「それについては問題ないよ。いきなり襲いかかってくるような子じゃ無いけど、この子が認めているのは今のところヒメだけだから。
それにしっかりと研究する為には、使い魔として堂々と街中に入れるようにした方が問題ないから是非お願いしたいぐらいだよ。
もちろん僕の使い魔になってくれるに越したことは無いんだけど、まだ僕は認められてないし相性の問題ってのもあるだろうからね」
ジックはおどけるように肩を竦め、微笑みながら私に頭を下げた。
それでも本当は悔しいんだろう。彼は気づいていないけど、おどけた仕草は彼が落ち込んでいるときしか見せない癖のようなものだ。
「うん、分かった。でも駄目だったらジックも試してみてね。私に敬意を持ってるって言っても、相性がある以上契約出来ない可能性だってあるんだから」
だからこそ、こういう時は素直に提案に乗った方がいい。
パーティメンバーで肩代わり出来ることは互いに補い合う。そうすることで今まで生き延びて来たし、これからもそうやっていくんだろうから。
ジックは分かっているのか、わかっていないのか、薄く眼を細めると嬉しそうにお礼を言ってきた。
「ありがとう。
それじゃ、すぐに魔法陣を書き直して契約用の魔法陣を作るね。
細部を少しいじるだけだから5分もかからない。少し待っててもらえるかな。
ナイ、使い魔使役用の魔法陣に書き換えるから一旦出てもらえるかな? すぐに済むよ」
そして真剣な顔で魔法陣の手直しにかかり始める。
入れ替わるようにアタックキャットを抱いたナイが私の隣に立つと、小さな声で話しかけてきた。
「ジック、悔しそうだな」
「そうね。図鑑にすら乗っていない魔物だもの、誰だって自分で使役したいに決まってるわ」
私の言葉を聞いたナイが、驚いたように肩に乗った猫(暫定的に猫と呼ぶことにした)を見る。
「新種!?」
「ええ。……というかあなたも数値以外を見ておきなさいよ。ステータスは見てわかるようにびっくりする値だったでしょ?」
「……まぁ、そうだな」
「アタックキャットの平均的な数値は知ってる?」
「いや」
「通常のレベル1は比較にならないから、ごく稀に居る成長した個体(レベル2)で言うと体力2、魔力2、俊敏5、属性親和2よ」
「単純に6倍ぐれぇか」
「……4倍ね」
「あぁ……、そう、4倍のいい間違いだ」
「そうね」
いつものことだから聞き流したけど、ナイは気まずそうだ。
「…………」
「…………」
「…………すまん、間違ってた」
とうとう謝ってきたので、つい吹き出してしまう。
「ぷっ、別にいいわよ」
「……すまん」
「…………」
「…………」
そのまま妙な沈黙が降りるけど、すぐにナイが会話を再開させる。
「なぁ」
「何?」
「お前はいいのか?」
「使い魔?」
「あぁ」
「別にいいわよ。
欲しいともいらないとも思ってなかったし、それでパーティの役に立つなら喜んで使い魔にするつもり。
それに、ジックには言えなかったけど、新種の魔獣を使い魔にできるかもって聞いた時は私でもわくわくしたわ。ナイもそういうの、分かるでしょ?」
「まぁな」
2人で顔を合わせ、少しだけ笑い合うと今度はナイの肩に乗った猫に話しかける。
「で、あなたは私の使い魔になってくれるの?」
「にゃあ」
肯定とも否定ともつかない鳴き声を上げると、猫はナイの肩の上で丸くなる。
「良いんじゃねぇか? こいつがどう考えてるかしらねぇが、使い魔にすりゃジックは手元に置いておくことができるし、ヒメは珍しい使い魔を得ることができる。こいつは今までより楽に生きることができるようになるから良いことづくめじゃねぇか」
「それもそうね」
ナイの言葉を受け、胸にわずかにあったしこりが取れた気がする。自分でも気づかないうちにジックへ罪悪感を感じていたのかもしれない。
いつもは考えなしに行動する困った戦士だけど、こういう時に裏表の無い率直な意見を言ってくれるから助かっていることを改めて実感する。
「ま、胸のねぇヒメが主になるこいつは可哀想かもしれねぇがな。がっはっは」
でも一言多いのもいつものことなので、無言で頬をグーでな殴っておくのは忘れない。
「っつー……、何も無言で殴ることねぇじゃねぇか。しかもグーで。
こいつもちゃっかりとヒメの肩に移動しやがって、抜け目のねぇ奴だ」
猫はナイの頬を殴る前に私の肩へ飛び移ってきた。結構私達の言葉を聞き分けて、ちゃっかりと自分に被害が及ばないよう移動してきたのだろうか。そうだったら交渉が楽になりそうだ、と内心で安堵する。
「ヒメ、お待たせ。準備出来たからその子と一緒に中に入って。
使役契約については分かってるよね?」
そんな話をしているとジックから声をかけられた。相変わらずの仕事が早いなー。
「ええ、魔法陣の中で意思を確認し、両者同意の上で魔力パスを繋ぐために主の血を分ける。だったよね」
「うん、間違いないよ。じゃ、お願い」
「おっけー」
ジックの準備が済んだようなので、猫を肩に乗せたまま魔法陣の中に入る。頬を抑えたナイにジックが話しかけているけど、今は使役契約だけに集中しよう。
「起動」
私の声をキーワードに、魔法陣から淡い緑の光が周囲に放たれる。
これで一緒に魔法陣へ入った生き物と意思疎通ができるようになった……はず?
「猫ちゃん、私の言葉がわかる?」
『言葉? 話の事? 意味はわかる』
確認の為に問いかけると、頭の中に小さな女の子の声が淡々と響いてきた。
「そう、なら最初に謝まらせてもらうわ。
最初はいきなり拘束してごめんなさい。私達も生きるのに必死だから、害が無いか確認できるまで自由にさせることが出来なかったのよ」
私の謝罪に猫は感情の見えない声で返事を返した。
『構わない。自分が先に気づけば間違いなく襲っていたから』
やはり魔獣なのね。と内心で冷や汗をかきつつ、気取られないように話を続ける。
「そう、なら今はあなたを殺すつもりも無いし出来れば仲良くしたいって言うのは分かってもらえた?」
『自分を殺すつもりなら最初に殺されていたのは分かっている。死にたくはないので助かったのは嬉しい。
食い物を貰えたのはこれからの前報酬と受け取っていいか? 大男は餌付けと言っていた』
「えっと……、餌付けって言うのはご飯をあげる代わりに仲良くしてっていうお願いかな。食べ物に関してはそう受け取ってもらえると嬉しい」
『なるほど。ならば自分に拒む意志はない」
なんか淡々とした感情の見えない話し方が気になるけど、初めてだからそう感じるだけで、普通はこういうものなのか?
そう思って改めて猫を見てみると、猫は気負いも何もない様子で話を続ける。
「先ほどまでの話を聞いた限り、自分がヒメの群れに入れば良いのか?』
やはり私達の言葉を認識出来ていたんだ。そう思うと下手なことを言わなくてよかった、と安堵するとともに、改めて説明しないで済むので楽ができる、と思ってしまった。
ただ……、聞いていたかわからないけど生態の調査に協力もして欲しいわけで、これは言いづらいけど言っておかなければならない。
「簡単に言えばそんな感じかな。後はあなたが珍しい個体なんで色々と調査させてくれると嬉しい……、とは思うんだけど、協力してもらえるかな?」
『分かった』
「いいのっ!?」
予想外の二つ返事に思わず驚いて、勢い良く顔を近づけたからか、猫は尻尾ををピンッと逆立て後ずさってしまった。
『すまない、少し驚いた。
だが元々そのつもりで生かしたのだろう? あなた達の気分次第で簡単に殺される存在というのは分かってる。生きる為なら大抵のことは協力しよう』
どうやら相当頭もいいみたいで、私達との力の差を測った上で従属した方がいいと考えたようだ。多分、命を脅かす命令以外はすんなりと受け入れてくれるだろうと思う。
「うん分かった、私もあなたの命は全力で守ると誓うわ。だから私の使い魔になって」
『分かった』
思ったよりも話は順調に進み、猫は私の使い魔となることを承諾してくれた。
「なら契約ね」
私は猫に言うなりショートソードで左手の甲を薄く切る。そこからじんわりと血が染み出してきた。
「これを舐め取れば契約は成立よ。
契約することであなたは私を傷つけることが出来なくなるし、強制力をつけた命令には逆らえなくなる。けど、私は命令を強制するつもりは無いから安心して。
後は主となる私の影響で回復魔法といくつかの魔法が、使えるようになるし、魔法陣の外に出ても今と同じように意思の疎通をすることができるようになるわ。
私にも利点は多いけれどあなたにも利点が多い。……受け入れて貰えるかな」
左手をゆっくりと猫に向けて差し出す。
『あるじ……、分かった。あるじの望みのままに』
猫はその手のひらに向けて舌を伸ばし、猫特有のざらざらした舌で私の血をなめとった。
同時に使役契約用の魔法陣が一際眩しく輝いたと思うと、途端に色を失い魔法陣自体が消えて行った。
「無事契約出来たみたいだね」
魔法陣が消えたことで戻ってきた視界の中、ジックとナイが笑顔で私と猫を見つめて居た。
「となると名前をつけてやらねぇとな。
仲間になった以上、いつまでも"おい"とか"アタックキャット"って呼ぶわけにいかねぇだろ」
ナイに頷いて猫へ問いかける。
「それもそうね、希望はある?」
『無い。あるじの好きに呼んで構わない』
「ん、分かった。それと私のことはあるじじゃなくてヒメって呼んで」
『ヒメ、分かった』
この子の声は私にしか聞こえないはずなので、ナイとジックに改めて説明する。
「この子は好きに呼んでって言ってる。二人はなんて呼びたい?」
「んじゃ、シロで」
間髪入れず返してきた安直なネーミングはナイの声。そこにジックが乗っかる。
「いいんじゃ無い? 認証しやすいし呼びやすい。僕もいいと思うな」
彼は彼で機能最優先なところがあるからネーミングにセンスの欠片も無い。体毛が白いからシロって……、まんまじゃない。
ここは私がいい名前を考えないと。
『シロ……、分かった。自分の名はシロ』
と、考えるのは遅かったかもしれない。
「まだ決まってないわよ? そんな安直なネーミングに従わないで良いんだからね?」
『いや、良い。シロ、気に入った』
猫はシロと言う名前が気に入ってしまったようで、先程までの事務的な話し方の中にも喜色が伺える。
……まぁ、本人? がいいならいいんだけどね。
「ヒメ、その子はなんて?」
「……この子はこの子でシロって名前が気に入ったみたい。嬉しそうに答えられたわ。私はパールとかショトケとか付けたかったのに」
憮然とした感じで言うとジックが苦笑いで謝って来た。
「そっか、ごめんね」
笑いながらもジックはシロへ右手を差し出し、柔らかい声音で話しかける。
「シロ、宜しくね。僕はジック、ヒメのパーティメンバーだ」
続けてナイがその手の横に自分の手を差し出す。
「俺はナイ、同じくパーティメンバーだ。これから宜しくな」
「にゃ」
シロはその手を一瞥すると、『名前を提案したくらいでいい気になるな』と言って、後ろ足でその手を払うのだった。