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05


 突然聞こえた否定の声はナイからのものだったようで、空になった食器を目の前に、真剣な顔で私達を見て言っていた。

 いつになく険しい顔でナイは訴えかけて来る。


「せっかくこの迷宮に来ることが出来たんだ。このままはいさようならは流石に嬉しくねぇ。すぐに帰るならせめて二階層に潜れるぐらいの地力をつけてから帰りたい。

 どうせ今から向かったところで一日二日程度の違いだろ? ならもう少し狩って行こうぜ。なっ、なっ?」


 その言葉を受け、ジックと顔を見合わせる。

 確かにナイの言うことももっともではある、かな? 元々この迷宮へ来ることになったきっかけは、ナイがパーティ全体の地力を上げる為に篭りたいと言ってきたのが始まりだし、Dランククエストを簡単にこなせるようになりたいって言うのもある。

 私もジックもアタックキャットに意識が向いて、当初の目的を失念しかけていたけどナイの言葉にそれを思い出した。

 それ程の衝撃を受けたって事ではあるけど、ナイは自分の目的が達成していないことに不完全燃焼で、まだくすぶりが解けていないのだろう。


 そして気付いた。

 ここで帰ったらナイはすぐにでも迷宮に戻りたいと言い出す。そしてまたすぐに迷宮に挑戦するとなると、その間の食料や消耗品をそろえる金額も馬鹿にならない。

 それにその間に稼げるはずの金額を加えると……。


 うん、今回の経費に加えてそんな出費を許せるほどの余裕はうちのパーティにない。でも、お金を理由に駄目と言ってももめるだけな気がするのよね……。それなら少しぐらい時間がかかってもナイの気が済むまで狩りをして戻った方がいいかもしれない。

 そんな事を考えていたら、ジックが口を開いた。


「道中でこの子が死んでしまうかもしれないじゃないか。コボルト程度、僕たちにとって雑魚でだとしてもアタックキャットには敵う相手じゃない。ここは直ぐにでも引き返すべきだ」


 アタックキャットはただの野良猫同等だけど、コボルトは一般男性並みの力を持っている。

 ジックとしてはアタックキャットを無傷で連れ帰りたいから心配なんだろうと思う。いつになく強弁なジックだけど、今日はナイも一歩も引く気配を見せない。


「そのアタックキャットはこの洞窟にいたんだろ? ならコボルトと渡り合う程度の実力はあると見るべきだ」

「だけどっ!!」

「怪我したらヒメが治してやれば良いし、うまく育てば自分で自分の傷ぐらい治せるようになる。いざとなったら物陰にでも避難させりゃ死ぬことはねえ。

 勿論そいつの命を軽んじてるわけじゃねぇよ。俺もそいつは気に入ってるからな、出来る限り守ってやるさ」

「それもそうだけど……」

「ジックだって力をつけてぇから、一緒にヒメを説得してくれたんだろ?

 なら、せめて二階層の豚面野郎(オーク)を簡単に倒せる、レベル10まで魔素を貯めたって良いじゃねぇか。

 俺の予想じゃここに来るまでに3レベルぐらい上がってるはずだ。入る前が6だったから9ぐらいか? 平均で言えば後1、安全策をとっても3上げれば十分だろ。12まで上げて二階を軽く見たらすぐに帰る、約束したっていい。それだけならいいだろ?」

「……そうだね。体感だけどここは魔素の吸収率が高いように感じられる。低く見ても2レベルは上がってるだろうし、3レベル上がっていても不思議はない。

 確認の為にも食べ終わったらすぐにステータスを開いて、体感と数値化に齟齬が無ければ大丈夫なはずだし、魔素に酔ってないかの確認もできる」

「おう。まずは上がり幅を見て考えようぜ。ヒメもそれなら問題ねぇよな?」


 2人の話はまとまったようで、結果を私を振ってきた。けど、……この馬鹿、さりげに要求を上げて来たわね。


「ええ、レベル上げに異論はないわ。でも出発前に二階へは降りないと約束したはずよ?」


 どうやってジックを説得しようか、なんて考えている間にナイが説得してくれたのには感謝するけど、二階に行きたがってるのだけは断固として賛成出来ない。

 わざわざ危険に飛び込もうとするのは、このパーティのリーダーとして看過することが出来ない。

 ジト目でナイを見ると、うろたえながらも口答えして来た。


「いやっ、確かに魔素の吸収率は良いんだが、こうも歯ごたえのねぇコボルトばかり狩ってると強さの実感が出来なくてよ。せめてオークの一匹でも仕留めて強さを実感してぇんだよ。ヒメも分かるだろ? なっ」


 頭をガリガリと掻くナイの気持ちは分からないでもないんだけど……。

 そうなんだよね。この迷宮、得られる魔素のわりにコボルトに歯ごたえがなさすぎるのがいけないんだよね。

 たとえ体感や数字上で強くなっているのがわかっても、実際に強い相手と戦わなければ実感を得ることが出来ない。だからこそ歯ごたえを求めてすぐ下にいる実力の確認できる相手(オーク)に挑みたくなってしまう。

 普通に考えれば分からないでもないし、許可を出したいところだけど……。ここが初心者喰いと言われるダンジョンで、この物足りなさも罠の一つだったりしないかな? と考えると……。


「なぁ、頼むよ。フィールドでオークと戦ってみようなんて思ったらはぐれオークを探すところから始めなくちゃなんねぇ。

 だが迷宮の中なら群れてもせいぜい三匹までで十分に戦いを楽しめる。な? 一回戦闘させてくれたらしばらくはヒメの言うとおりランクを上げるため、大人しくクエストを受けるからさ」


 ナイが拝むように頭を下げると、ジックも慌てて頭を下げてきた。


「僕からも頼むよ。さっさとナイの目的を達成させて街に戻りたいんだ。

 じゃないとこのまま3日とか4日とかここにこもるとか言い出しかねないしさ、早く研究したいんだよ」


 ナイとジック、二人にお願いされて頭を悩ませる。

 ここで慎重すぎる決断を下した場合、また迷宮に戻ろうなんて騒ぎ出して財政の危機を招く可能性が高い。なら、ここは満足するまで迷宮にこもってからお金になりそうなクエストを受注した方が二人ともいうことを聞いてくれるんじゃないか。

 正直、私も歯ごたえのある相手と戦いたくはあるのでそう結論付けると、「ステータスを見てからね」と言って手早くご飯を済ませ、器を水ですすいで片付けを済ませた。2人が「やりぃ」と言いながらハイタッチする姿を見て、少し早まったかなぁとため息を吐くのは仕方のないことだと思う。

 




「んじゃ、先ずは俺からな。

 ステータスオープンっ!!」


 先ほどジックが書きあげた魔法陣の中央にナイが立ち、ステータスを視覚化させる魔法を起動させる。


 ちなみに、魔法は大きく分けて二種類存在する。

 一つは魔法使いや神官などのように、魔法を使う為の訓練を行い、詠唱やキーワードを持って己の魔力を魔法という形で具現化するもの。

 訓練には年単位の時間が必要なので、小さい頃から相応の訓練を行えるような裕福な家系や、才能を見初められて国からの援助を受けたもの以外でこちらの魔法を使えるものは少ない。

 私の場合はちょっと特殊で家が教会だったのよね。おかげで小さい頃から修行と称して魔法の訓練も行うことができた。だから幾つかの魔法を使えるようになって冒険者になることが出来た。


 もう一つは予め作られた魔法陣や、魔道具に己の魔力を流して起動させる魔法。

 こちらは起動に必要な魔力さえあれば訓練の必要なんて無く、誰でも起動させることが出来る魔法だ。多くの冒険者や一般の生活で広く普及されているのがこのタイプ。

 このステータス確認の魔法陣は後者に当たり、魔法陣自体は相応の訓練を経た人間しか作れないけど、起動に関しては誰でも行うことが出来る。


 そう考えると魔法使いのジックと神官戦士の私がいるこのパーティって、新人としてはかなりめぐまれた構成ではあるのよね。



「ふむ……?」


 魔法陣に沿って空中に視覚化されたステータスがナイの眼前に表示される。ナイは数値を見ながら何かを考え込むようにうなっているので、私も気になったので見せてもらうためにナイの後ろ側に回った。


『ナイ・グリューエン』

職業 : 戦士

年齢 : 14歳

種族 : 猿人種

レベル : 9

体力 : 28

魔力 : 2

俊敏 : 19

属性親和 : 3



 ステータス確認の魔法陣は、身体能力を4つの項目に分けて数値化してくれる。

 一般的な成人男性の数値は平均で8前後、レベルアップの補正があるといえ、体力の28は驚異的な数値よね。

 体力とは筋力や持久力、生命力の強さを示していて、同じように瞬発力や動体視力などが関わっている俊敏が高めのナイにとって、戦士職は天職とも言える。

 逆に魔法を使うための適性や魔力内包量を示す魔力、精霊などの魔力生命体を感じ取ったり魔法に属性を与える為の属性親和は常人の半分以下しか無い為に戦士職にしかなれなかったと言う見方もある。

 ちなみに魔法陣や魔道具においては、魔力1の赤ん坊でも意志さえあれば起動可能なように作られている。高い魔力が必要なのは戦闘用魔道具くらいなので、魔力2のナイでも生活には困ることがない。


 などと改めて考えながらステータスを見ていると、同じように覗き見ていたジックが口を開いた。


「どうやら体感通り3つもレベルが上がっているね。これなら魔素酔いの心配もなさそうだ」


 ジックの言葉に心配しすぎていたことがおかしく思え、つい笑みが浮かんでしまう。


「みたいね。

 体感の成長速度とステータスの差異がほとんど無いみたい。これなら無茶をして全滅。なんて憂き目には合わなくて済みそうね」


 同意を示すと、ジックも軽く微笑んで確認のように今後の予定を相談し始めた。


「オークの適正レベルは10だよね、この調子ならマップ通りに階段まで進む間で適正レベル以上になりそうだ。

 今の時間からだと……、二階層へ行く間に外での深夜時間になりそうだ。

 提案としてはここを拠点に少し狩りをしてから仮眠をとり、十分な休息をとった後に二階層まで殲滅しながら進む。そうすれば余裕を持っても12ぐらいまでレベルアップできるんじゃないかな?

 で、二階層でオークを狩ったらすぐに戻ってきて、二度目の仮眠を取った後、街まで戻ればナイも不満は無いよね?

 ……ナイ?」


 ジックが声をかけるけど、ナイはステータスを眺めたままじっと動かないでいる。ジックが再度呼びかけながら肩を叩くとやっと気づいたように顔をあげた。


「……ん? あっ、あぁ、……だな。

 初心者喰いって言われてるから多少は警戒していたんだが、……どうやら俺の心配しすぎだったみてぇだな。

 俺はジックの言うとおりで構わないぜ? ……そうだな、ヒメも自分のステータスを確認してみるか? ステータスを見てからどうするか判断すると良いだろ」


 ナイにしては珍しく、歯切れの悪い返答に首を傾げる。


「ナイ?」

「あぁ、悪い。魔力が全然伸びなくて悩んでいただけだ」

「そう? なら良いけど」

「人のこと気にしてねぇで自分のステータスを見てみろや、ヒメだって気になってんだろ?」


 ふぅん、ナイでもやっぱり魔力の低さは気にしてたんだ? そんなそぶりは今まで見せなかったんだけどな。などと珍しい物をみながら私も魔法陣に入ってステータスを表示させる。


「そうね、そうさせてもらうわ。……オープン」


『ヒメ・エスティ』

職業 : 神官戦士

年齢 : 14歳

種族 : 猿人種

レベル : 9

体力 : 10

魔力 : 21

俊敏 : 15

属性親和 : 19


「ヒメも9に上がってるな、ならジックも同等ってことか。……っつー事はただの思い過ごしだな……」


 ステータスの変化具合を確認していると、後ろからナイの呟きが漏れ聞こえた。


「ナイ?」

「ん? あぁ、なんでもねぇ。ヒメはバランスいい上がり方だな、うらやましい限りだ。

 それにまた魔力が上がったんじゃねぇか? この調子だとジックを越す日も近いんじゃねぇ? 実感的にはどうよ?」


 ナイの言葉にちょっとうれしくなりながらも、軽く手を振って答える。


「ないない。ジックはこれでも天才の卵って呼ばれてるんだから魔力じゃ勝てっこないわ。それよりも平均的に上がってるって言うけど体力だけはどうしても上がりづらいのよね」

「あはは、そりゃそうだよ。女性には上がりづらい項目だからね。上がりやすいのはムキムキの一部の人だけ、ヒメはそこまでなりたく無いんでしょ?」

「ま、確かにムキムキは嫌よね……」

「それに僕が天才って言うのは言い過ぎだけど、そう呼ばれるようにはなりたいとおもうよ? 僕も確認したいけどいいかな」

「うん、どうぞ」


 魔法陣から出てジックに場所を譲ると、同じようにジックもステータスを視覚化させた。

 

『ジック・クライン』

職業 : 魔術師

年齢 : 16歳

種族 : エルフ種

レベル : 9

体力 : 5

魔力 : 35

俊敏 : 7

属性親和 : 28


「相変わらずの伸び具合ね、ほら、私程度じゃ逆立ちしたって追いつけそうもないわ」


 両手をあげて振り返るとナイは頬を掻きながら感心したように頷く。


「だなぁ。っていうか俺もだけどジックも得手不得手がはっきりしてんのな。で、実感的にお前ら数値並の上昇率ってのは実感してんのか?」


 ん? ナイにしては妙な物言いを……。


「うん、数値通りに力が増えているのを実感してるよ。この様子だと僕たちはまだ魔素に酔ってないみたいだね。早い段階で確認したからだと思うけど、これからが危なそうだ。気を引き締めて油断しないようにしないとね」

「だな」

「そうね」

「で、ステータスについては今更。2人とも極端なバランスだからこそのパーティだと思うよ。前衛のナイ、後衛の僕、そして中間をバランス良くフォローしてくれるヒメ。

 長所だけ見れば中級冒険者のステータスに見劣りはしないけど、苦手な部分は一般人以下。だからこそお互いのフォローをしっかり取らないといけないよね? その辺は頼りにしてるよ前衛さん」


 満足の行く結果だったのか、若干ほおが緩んだジックがナイの肩を軽く叩くと、逆の肩に乗ったままのアタックキャットを見て言った。


「それじゃ、その子のステータスも見てみようか」

「そうね、私もそう思うわ。……でもナイ、珍しく歯切れが悪いけど何か気になることでもあった?」


 顔色を伺うように覗き見上げると、ナイは頭を振って答える。


「いや、2人とも違和感ねぇんなら問題ねぇさ。俺は前衛だから、コボルトしか相手してねぇと腕が鈍ってしょうがねぇし実感が伴わねぇ、その程度のこった」

「そう? ならいいけど、何かあったらきちんと言ってね。どんな些細なことでも見落としは危険だから」

「あぁ、分かった」

「……っとまぁ話は戻るけど、その子のステータスは私も気になってたし、ナイ、その子を抱いたままもう一度魔法陣に入ってくれる?」

「あいよ」


 ナイはアタックキャットを肩から降ろして横抱きにすると、ジックと入れ替わりに魔法陣へ入った。


「それじゃ、起動させるね」


 自分から発動出来ない赤子やモンスターなどの場合、魔法陣の製作者が任意で発動することでステータスを確認することができる。

 この場合はジックが発動してアタックキャットのステータスを見ることができる。と言うわけ。

 ジックは地面に膝をつき、魔法陣の縁に右手を当てると左手でアタックキャットのお腹に手を当てる。

 自分を導線代わりとして測定対象の魔力を魔法陣に読み込ませる。だったかな? 少しの間をおいてジックの声が響いた。


「ステータスオープン」


 魔法陣に沿ってアタックキャットの高さに合わせた場所へ数値が浮かび上がる。


「……なっ!?」


 まず、それを一番最初に目にしたはずのナイが絶句した。


「ん? どうしたの? えっ!?」


 続いて顔を上げたジックが。

 どうしたのかと思って私も数値を見る為に首を伸ばし、そこに書かれている内容を見て、私もその態勢のまま固まってしまった。

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