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 順路を知らずに迷宮を彷徨った場合、時間はいくらあっても足りないし、体力を消耗して危険も増えてくる。でも、地図を用意し、的確に行動していけば次の階層までの距離はそう長いものでもない。


 道中コボルトを20匹は屠っただろうか、時間にして2時間、距離として1.5kmほど歩いた先に通路の行き止まりがあり、そこにはぽっかりと床に開いた穴と、下へと続く階段が広がっていた。

 事前に集めた情報では、この階段は枠組みと踏み板しかないとても不安定な階段だという。無いとは思うけど、こういう階段は下からの攻撃にも備えないといけないので、迷宮型ダンジョンというのも考えものだ。


「降りる前に確認よ。降りる順はナイ、ジック、私の順。シロは私の足元に控えて間違ってもオークに手出ししないように。

 階段下の小部屋は安全って聞いているけど、気をつけるに越したことはないわ。各自気を引き締めていきましょう。

 目標はオークの集団と一、二回交戦すること。ナイもそれだけ戦闘すれば不満はないでしょ?」

「ああ」

「実力を確認できたら直ぐに階段を戻り、1階の回復の泉で休息をとって明日には町に戻る。

 初戦はジックも出し惜しみなしで最大出力の魔法を撃って。その後、感触を確かめた上で二戦目をするのなら出力を調整すればいいと思う。それでいい?」

「うん、僕もそれがいいと思う」

「他に何もなければゆっくりと降りて行くわよ。いいわね?」

「分かった」

「おう」


 二人の顔を見渡すけど、少しも油断した雰囲気は見られない。

 ナイは高揚しているのか口元に笑みを浮かべ、ジックは緊張した表情でギュッと杖を握り直している。


「シロ、今後はあなたがナイの代わりに斥候をすることになるのよ。私の足元からは離れないようにしつつ、ナイの動きをしっかりと覚えなさい」

『分かった』


 シロの返事にかがんで頭を撫でてあげる。


「万が一、何かあったらあなたは必ず逃げなさい。きっと私達がなんとかしてあげるから」

『なぜ?』

「混戦になった場合、誰かをかばいながら戦うより、安全な所に避難しててくれた方が戦いやすいからよ」

『……そうか』


 心配そうに見上げてくるシロに、足手まといと言う事を告げると目に見えてしょげてしまったので急いで言葉を足す。


「それに、シロが無傷で待機しててくれればあなたのヒールをあてに魔力を出し惜しみすることなく戦えるの」

『逃げた方がヒメの為?』

「ええ、その通りよ。だから私のためにもお願い」

『……わかった』


 はっきりうなずいて返すと、それでようやく納得できたのかシロもしぶしぶではあるがうなずき返してくれた。

 本当に万が一、念のための仮定なのにこんなに心配するとは思わなかった。でも、それがなんだか嬉しくもある。

 いくら戦闘訓練をしたと言ってもアタックキャットより何倍も戦闘能力が高いオークに敵うはずがない。無事に街へ連れ帰るためにも、危険なところからは離しておかないとね。

 今度はナイとジックを見て、二人も頷いたのを確認する。――二人の目がなんだか微笑ましそうなのは今のやりとりのせい?

 それはともかく油断してはいけない。自分を鼓舞するためにメイスを握り直し、一度素振りをする。

 

「それじゃ行きましょう。ナイ、先頭はお願いね」

「おう」


 時折、階段下の様子をのぞきこみながら降りるナイにジックが続き、私とシロはその後ろを警戒しながら離れない程度に階段を降りる。

 中空の階段は思ったよりもしっかりしているようで、危なげなく降りることができる。


「そろそろ地下2階に降りる。聞いていたとおり小部屋になっていて、敵の気配も無さそうだ。んっ? ……おいっ!! 一気に降りるぞ」


 そう言うとナイは甲冑を鳴らしながら一気に階段を駆け下りていった。ジック、私、シロも何事かと思いつつも非常事態に備え、ナイに続いて駆け下りる。

 っと、非常事態ならシロを連れてゆくわけには行かないわね。


「シロはそこで待機」

『……わかった』


 万が一に備えてシロを階段の中段に残し、ジックを守る形となるように、メイスと盾を構えながらジックを追い抜かして階段から降り立った。

 そこは開けた小部屋になっており、一辺が大体8メートル。まるで切り取られたかのように真四角の部屋の中央に階段が繋がっていて、一階とあまりにも違うことから驚きの言葉が漏れる。


「ここは……」


 先ほどまでの洞窟のような内装から一変し、急に作り物のようになった迷宮に戸惑いはしたものの、すぐに我に返ってナイの姿を探す。


「いたっ、ヒメ、こっちだ」


 ジックに促されて階段の真下となる、影の部分へ視線を向けると、ナイがかがみこむようにこちらへ背中を向けてうずくまっているのが見えた、


「ナイっ!?」


 何があったかわからないけど、先ほどまで元気だったナイが地面にうずくまるように座っている。

 警戒をマックスまで引き上げてヒールの詠唱を口ずさみつつ、足早にナイの元へ駆け寄ろうとしたところでナイが振り返った。


「ヒメ、俺たちは本当にツイてる」


 しかし、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「……は?」


 なので緊張がどっと抜け、思わず間抜けな顔で返答してしまっても私は絶対に悪くない。


「新種の魔物、迷宮の謎、そして……、極め付けはこいつだ」


 そんな私を華麗に無視して、ナイは胸を張りながら立ち上がり、何かを持った両手を「どうだ」といわんばかり突き出してきた。


「!? っそれは……」


 私はなにこれ? と思ったけど、後ろからジックの呻き声が聞こえた。

 両手でささげ持たれたそれは60cm四方の四角い箱で、見た目はどうみても朽ちかけてボロい、今にも虫が湧きだしそうな木箱だった。

 目と鼻の先に突きつけられたそれは生理的嫌悪の方が先に立つ程に汚らしいもので……。


「汚なっ!!」

「ナイっ、そんな無造作に扱っちゃダメだ」


 思わず払いのけてしまったのと、ジックの叫ぶような声は同時だった。


「ヒメっ、それは宝箱だっ!!」


 ジックの金切り声に私は気付いた。


 死の危険が常に隣り合わせで存在し、何度潜ったところで金銭的価値の乏しい迷宮。それでも私達冒険者が潜り続ける理由は、迷宮に存在する宝箱と迷宮の要(コア)と呼ばれ無尽蔵の力を与えてくれる宝玉を得ることができるから。

 

 宝箱の中身は特殊な装備やマジックアイテムが多く、それ一つで巨万の富を得ることができるとまで言われている。

 まさか、こんな汚らしい木箱がその宝箱とは思ってもいなかった訳で……。

 さらにこんな低階層の、しかも階段部屋にあるなんて誰が予想する?

 ううん、言い訳は今更言っても仕方がない。問題は宝箱を持ち上げ(・・・・・・・)なおかつ衝撃を与えた(・・・・・・)と言う事だ。


「ラッキーだろ? お宝がこんなに見つけやすい位置でリポップされてるなんて、これは幸運以外の何者でもねぇぜ」


 血の気が引く私とジックをよそに、私に払いのけられ、取り落としかけた宝箱を持ち直したナイは、喜び勇んで宝箱を覗き込んでいる。


「ナイっ、すぐにその宝箱を下に置いてっ!!

 ヒメは宝箱に結界を、シロは上の階まで階段を駆け戻るんだっ!!」

「うんっ!!」

「ん? どういうこった?」


 ジックの指示が飛び、私は慌てて宝箱を隔離するための結界を張ろうとする。

 懐から結界護符を取り出し、目の前の宝箱へ貼り付けようとしたその時、……異変が起こった。


 ばくんっ、と音を立てて宝箱の蓋が開いたのだ。


 ――リリリリリリリッ


 驚いて手が止まった私の耳……ううん、頭の中に、微かな耳鳴りかと思うほど小さい異音が響いてきた。


「っなに!?」

「どうしたヒメっ!!」

「ヒメっ!!」


 不可思議なその音は次第に大きくなってゆき、すぐに頭が揺さぶられるほどの音量へ達する。


 ――ジリリリリリリッ


「あああああっ」

「――――」

「――――」


 心配するジックとナイが肩を掴んだんだろう、耳元で声も聞こえる気はするんだけど、脳内に響く異音にかき消されて何も聞くことができない。

 あまりにも不快なその音に立っていられなくなり、思わず2人の手を振り払って耳をふさぎ、地面にうずくまってしまう。




 ――グシャッ!!


 吐き気がするほどのひどい音が消え去るのと、何かが壊れた音が耳に入ったのは同時だった。


 ……音?


 音が続いたのは数瞬だったかもしれない。それでもひどく消耗した頭なのに、音の発生源を確認しなければという焦燥感に体が動かされる。

 のろのろと頭を持ち上げると壊れた木箱が目に入った。


 ……箱が壊れて音が止んだ?


 ぼんやりとした頭に、視界に入ってきた情報で冷水でも浴びせかけられたかのような衝撃を受け、一気に視界がクリアになった。

 そう。宝箱の中には財宝が有ると言われるけど、同時に罠がかかっている事も多いと言われている。

 不用意に触れるだけで作動する罠や開けると同時に爆発する罠。その数は多種にわたり、宝箱に不用意に触っていけないというのは迷宮の中での鉄則。


 先ほどの行動を思い返すと、響いた音は間違いなく宝箱の罠と関係があるはず。そしてナイとジックは平然としていたことで作動させたのは私なんだろう。

 おそらくナイかジックがトラップの可能性を考えて宝箱を壊し、私にかかった罠が解除できるか試してくれたんだろう。

 結果、箱が壊れたことで私の頭を駆け巡る異音が消えた。ということなんだろう。


「ナイ、ありが……」


 壊してくれたお礼と罠を発動させてしまった謝罪のため、顔を上げた私は後悔した。

 ――何故、迷宮へ入るというのに宝箱の危険性を周知していなかったんだろう。

 ――何故、大音量にひるんで耳を塞いでしまったのだろう。

 ――何故、こんなゆっくりと考え事をしていたんだろう。

 そして理解した。ナイは箱を壊してくれたんじゃなく、取り落とした結果、壊れたんだって言うことを。


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