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「ヒメ、起きれるか?」


 ささやくような声で眠りから引き戻され、目を覚ます。すぐ目の前にはナイの顔があって、その顔は緊張からかこわばっているようにもみえる。

 肩に置かれた手はわずかに力がこもっていて少し痛い。


「……ナイ?」


 普段は誰かに起こされるまで、いつまでもグースカと寝るナイだけど、敵の襲撃や他の冒険者の気配など、何かあった際は誰よりも早く起きる。つまり、今はそういう事態ということだ。


「気のせいかも知れねぇが首の裏がチクチクしてな、ちっと見てくれねぇか?」


 これはパーティ内での暗号。相手がいた場合、気取られない言い回しで注意を促し、気付いていないと油断させたまま対策を練る。首の裏が意味するのは、どこかから視線を感じるという意味だ。


「そうなんだ? ちょっと見せて」


 普段と変わらないように起き上がり、不自然にならない程度に周囲の気配を探りつつナイの後ろに回る。


「ん~、少し赤くなってるわね。何に刺されたか分からないけど、迷宮内だから何があるかわからないわ。

 聖域内だから害意のある攻撃じゃないと思うけど、念のためにデポイズン(解毒魔法)を使っておくわ。

 もしも、体に異変があった場合はすぐに教えて。あと、ジックを起こして周囲に虫がいないか確認してもらいましょう」


 もちろん赤くなっているなんてのは嘘である。

 ナイの感覚はかなりの的中率を誇るけど、さらに詳細な居場所を探してもらうためには、感覚強化の魔法をかけた方が精度は上がる。

 デポイズンの詠唱に偽装して、感覚強化の魔法をナイにかけた。


「サンキュ、んじゃジックを起こしてくるわ」

「ん、お願い」


 ナイはジックの方へ向かったので、私は丸まって眠っているシロの方へ向かう。


『ヒメ、起きた?』


 シロはすでに起きていたようで、私が近づくとすぐに体を起こして右足にまとわりつき始めた。


「ん、おはよう。

 休むことはできた?」

『充分休んだ。ヒメこそ大丈夫?』


 おそらく昨日のことだろう。すでに違和感も何も感じないので、大丈夫と答えながら頭を撫でてあげる。


『ところでナイが視線を感じたらしいけど、シロも何かに見られてる感じはある?』


 さすがに念話は聞き取られないだろうと考え、シロに念話で確認すると何も感じないという返事が返ってきた。

 首を傾げながらもナイ達の方へ向かうと、すでにジックも生物探査の魔法を使った後みたいで首をひねっている。


「ジック、虫はいた?」

「うん、小さな反応は有るけど毒性の反応はないね。ナイ、まだ気になる?」

「……ん、いや、……毒性がねぇんならもうもう気にならねぇ。悪いな、たいした事でもないのにで起こしちまった」


 感覚強化の魔法を施したのに悪意(毒性)はもう感じない? ということは、本当にナイの気のせいだったということで、ナイにしてはかなり珍しい……。


「そっか、気にしないで。

 でもね、何か気になることがあった時はすぐに言って。初めての迷宮探索なんだから心配しすぎて悪いってことはないんだからね」

「そうだね。昨日も何か気になっていたみたいだし、調子が悪い時は無理せずに言ったほうがいいよ。

 少しの何かが明暗を分ける事は多いからね」


 私とジックが言うと、ナイは確かめるように腕を回しながらバツが悪そうに言ってきた。


「あぁ、あれなぁ、……今にして思うと魔素に酔ってたのかもしれねぇ。

 ステータスの値と実感的な強さに違和感を感じてよ、今一ステータス並の力を出してる気がしなかったんだわ。ま、さっきのアレで違和感が飛んだから、十全に力が発揮できるとは思うんだがな。

 今思うとアレがロズウェルの罠だったんじゃねぇか? 実力が発揮できなくなるとかそんな感じの」


 その答えにジックと顔を見合わせる。

 ロズウェルの罠は|自分の実力を過大評価して自滅する(・・・・・・・・・・・・・・・・)と言われていて、|実力を発揮することができない(・・・・・・・・・・・・・・)ではない。

 確かに力を発揮する事ができないというのは、実力が拮抗している戦闘では致命的な罠とも言えるけど、それならそれで伝わってくる噂は全く違うものになるはずだ。


「聞いていた症状とは全く違う……。何故だ?」


 ジックの呟きに、彼も私と同じ考えにいたったんだろうと思った。彼も違和感を感じたんだろう。


「噂ってぇのも案外あてになんねぇよな。

 そもそも実力を過大評価したくれぇで死ぬかっつうの。いくら過信しようと命のやり取りに油断する馬鹿は存在しねぇ。さっきみてぇに実力を出すことができねぇ方がよっぽど危なかったぜ」


 ナイはそこまでは気づいていないのか、ぼやいているけどそんなはずは無い。

 噂は命に直結する。間違った噂なら直ぐに淘汰されるなり訂正されるはずだけど、この噂は私が子供の頃から聞いている噂だ。


「――もしかすると僕たちは考え違いをしていたのかもしれない」


 そんなことを考えていると、ジックが何かに気づいたように声を張り上げた。


「僕たちが聞いている噂はあくまで生還した冒険者達からの言葉であって全滅した人たちの言葉じゃない。

 ナイの言う通り初心者の、いわば卵の殻を体にくっつけているひよこの様な冒険者程度であれば、違和感程度の実力の低下でも命取りに繋がる。

 ヒメの魔法で回復したのはどんな原理かわからないけど、それが本当なら間違いなくナイは魔素に酔いかけていた、もしくはすでに酔っていたのかもしれない。そう考えられないかな?

 実際、冒険者の中で神官や魔法使いの職を持つものは少ないし、更にそのどちらかを揃えているパーティなんて全体の3割にも満たない。

 つまり、7割以上のパーティはステータス魔法陣で実力と実際の数値を比較することもできないし、状態異常を魔法で回復することも叶わないんだよ。

 更に魔法使いと神官が揃っているパーティなんて僕が知っている内ではこの街に二組しか居ない。勿論僕たちを含めてね。

 ステータスを確認し、違和感を感じてから状態異常を魔法で回復するなんて、相当場数を踏んだ冒険者か僕たちのように幸運なパーティしかできないだろう。

 そもそも場数を踏んだ冒険者はここみたいに、初心者にしか美味しくないダンジョンには来ないと思う。

 つまりさ、生還した冒険者達と戻ってこれなかった冒険者の違いは噂にあると思わないかい?」

「違い?」


 言ってることの意味はわからないでもないけど、何が言いたいのか分からなくて首をひねってしまう。


「つまりさ、この状態異常は二種類存在するんだよ。

 町から出る際、僕達冒険者は必ずステータスを確認するでしょ?

 戻ってこれた冒険者は帰ってきてステータスを確かめたら体感していたより上がっていなかった。

 戻ってこれなかった冒険者は事前に確認したステータスで2階に降りることができると踏だけど、実際には実力を出すことができずにそのまま果ててしまった。

 そう考えることが出来ないかい?

 それなら戻ってきた冒険者達の意見に偏りが出るのも分かる気がする。


 だって考えてみなよ。僕たちのように1階層でレベル上げをしてから2階層に挑戦なんて考えるのは、洞窟内でステータス確認できるからであって、確認できないパーティは事前に数値を把握し、その上でオーク相手に渡り合えると思ったからこそ2階層に降りてゆくんだよ。

 そこで数値並の実力が発揮できなかったらどうなると思う? 

 抗うすべなくオークに蹂躙される可能性のほうが高い。

 つまり、実力を過大評価したパーティーが戻ってこれなかったんじゃなく、実力を発揮することができなかったパーティが戻ってこれなかったと捉えるべきだったんだ。

 そうだよ、そう考えればつじつまが合う。

 ……すごい、僕達はシロの発見だけじゃなく、このロズウェルの洞窟についても大発見をすることができたのかもしれない。

 すごいよ、ナイ、ヒメ。あとはこれを証明して町に戻れば僕たちは絶対に有名になれる!!

 僕達を引き取ってくれた神父様にご恩返しできるんだ」


 なるほど……、と納得しかけるけど、本当にそれでいいのだろうか。

 確かにそう考えればつじつまが合っているように思える。でも、それなりの数がいるはずの生還者達が、中には中級以上のパーティだっていたはずなのにそろいもそろって勘違いするものなのか、と思ったけど、ジックは自信たっぷりに言っている。

 ……それにもし、本当に有名になれるなら父さんが喜んでくれる。魔物の襲撃で身寄りをなくした私たちを引き取り、魔法まで教えたくれた父さんが。


「そう……よね。喜んでくれるよね

 で、証明するためには何をすればいいかな?

 感覚強化でナイの力が戻ったなら切れないように更新し続ければいい?」

「そうだね。でもあれから少しレベルも上がってるはずだし、念のため、一度切れるのを待ってからステータス確認をして、再度、感覚強化を掛けてからステータスを確認することにしよう」

「それは全員?」

「そうだね、ナイだけじゃなく3人ともやっておいたほうがいい。ヒメは大丈夫?」


 感覚強化の魔法は大体ヒールの1/3程度の魔力を使う。一度かければ4時間はもってその間にヒール2回分ぐらいの魔力は回復するから……。


「うん、それならヒールを連発しない限り魔力切れを起こすような心配はないかな」

「それじゃお願いするよ。ナイもそれでいいよね?」

「っあ、あぁ」


 ジックから急に話を振られてナイは慌てる。たぶん話に付いていけなくて別なこと考えていたな。


「よく分からなかったが感覚強化をかけ続けて貰えばいいんだろ?

 おやっさんが喜ぶなら俺も問題ねぇぜ」


 肝心なことは分かっているみたいだから大丈夫そうか。あとは……シロにも掛けた方がいいよね。常時4人かぁ、下手するとヒールを使う分の魔力まで食いかねないし……。

 

「うん、分かった。シロは……どうしよう?」

「シロは魔獣だし、魔獣は魔素の吸収なんてしないから魔素酔いもないんじゃないかな? 必要無いことに魔力を使うのも勿体無いし、良いと思うよ」

「そう、ね。シロもそれでいい?」

『問題ない』

「うん、ありがと」


 仲間はずれになったけれどシロは気分を害した様子がない。なら大丈夫、かな。


「じゃ、後はこの件を検証するだけだね。

 さっさと朝ごはんを食べて、ステータスを確認し、とっとと2階層で腕試しといこうじゃないか」


 大発見を2つもしたからか、ジックのテンションはうなぎのぼりみたいだ。

 戦闘には気分も大事なファクターだし、この調子のまま2階層に行くのはいい判断だ。

 よく眠れたみたいですっかり疲れも取れてる。今の時間は明け方かその前後くらいの時間だと思うし、ゆっくり朝食を作ってシロに他の魔法でもレクチャーしてればナイの魔法も解けるだろう。

 それから向かっても2階層に着くのは危険な深夜の時間帯から外れるので問題はない。


「じゃ、ナイの魔法が解けるまでは自由時間にしましょう。

 それからステータスを確認して感覚強化の張り直しをして2階層に向かう。ナイもそれでいい?」

「おう」


 こうしてナイの感じたという視線は勘違いで片付いて、私達は2階層へと向かう準備を進るのだった。

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