七話
外で待てと言われて十数分、呼び出された僕とファニーそれに笹山は、再びトラックの中へと戻った。
外に出ていた三人の座る位置は変わらなかったが、ファニーの横にいた女性自衛官が塩崎の隣に座り、五人三人とアンバランスな位置取りになっている。それでも広い車内なので余裕はあるのだが、いきなり座る位置が変わるのは奇妙に思えて仕方が無かった。
「それについても説明する」
塩崎は、僕が女性自衛官を訝しげに見ているのを察し、話し出す。
「早速だが、君の提案は持ち帰ることになった」
「持ち帰る。では保留ということですか?」
「まあ待て。それでは君も納得できないだろうし、我々も情報はいち早くほしい。そこで、さっき私が口を滑らせてしまい君に悟られたこともあるが、この世界に来ることになった簡単な経緯だけでも説明しては、という話になった」
つまり、こちらに来る方法があるのはバレているので戦力など重要な情報は隠しつつ、補足情報だけで済まそうというわけか。しかしそれでも自衛隊としては、それなりに譲歩した形なのだろう。満足には程遠いが、現状ではここらが落としどころか。
僕は分かりましたと相槌を打つ。
「そうか、分かってもらえて有り難い。それでだが、実のところ私は今回の件で急に駆り出された人間でね。君達との友好を示すためにあの様な手法を選んだわけだが、そちらが友好的と聞いても百人が迫っていると聞くと疑心暗鬼にならざるを得ずね。それなりの人間を、という事で私が選ばれた」
それは階級が低いということだろうか、高いということだろうか。この言い回しではそれは分からないが、現場の段階で上にまだ何人かいるような言いように聞こえる。
「この度の責任者の一人ではあるから一連の流れについても知ってはいるが、当初から関わっているのでもなし、事態が起きてからまだ日も浅く現場も二度ほど視察をしただけ。そこでこの木曽だ」
木曽と紹介された女性自衛官が頭を軽く下げる。
「木曽です。今回の事態にはほぼ最初から関わっているため、私が説明するよう言われました」
女性自衛官の木曽。ここに来る途中に合流してきた自衛官の一人だ。塩崎の隣に移動したのは、僕たちと話しやすいようにするためだった様だ。
僕は彼女を改めて見る。座っているので定かではないが、日本人女性にしては背はやや高め。体つきは自衛官らしくがっちりして見えるが、装備を着込んだ服装なので実際は分からない。ただ胸部は強調できるだけのものを持っているように見える。化粧っ気は無く、それほど長くない髪は後ろで束ねている。
姿勢は多分に漏れず良いのだが、他の自衛官のように威圧感は無く、温和な雰囲気がある。先程僕が火を出したときには反応していたので気を抜いているわけではないようだが、緊張感は感じられない。この印象はあくまで他の五名の自衛官に比べてではあるが。
「事の発端は一ヶ月前です」
木曽はそう切り出し、語りだす。
「正確には二十八日前、山間部の集落付近で五名の遺体が発見されました。
最初に見つかったのは緒方友則さん七十三歳。
朝の散歩に出かけた近所の人が、その緒方さんの家の前で遺体を発見しました。私も直接見たわけでは無いので詳しくは説明出来ませんが、遺体の損傷は原形を留めないほどで、口に出すのも憚れる凄惨な状態だったそうです。
その後、発見者の悲鳴を聞いて駆けつけた数名が通報し、警察が到着後簡単な遺体の検分が始まったのですが、周りに散乱した毛髪、遺体に大きく残る爪痕などから、大型の猛獣の仕業では無いかと推測され騒ぎになり、即座に県警による対策チームが組まれます。
遺体の身元が確定したのは警察の検分が終わった頃です。七十人程度の集落なので大方は予想はついていましたが、気持ちが悪くて誰も近づかず確定が遅れたそうです。そしてその頃になると住民の頭も落ち着き、誰かが緒方さん奥さんはどうしたんだ、と言い出すことでようやく妻の鈴子さんの行方が分からないことが発覚しました。
通報されて三時間後、県警の対策チームが到着し、地元の猟友会なども集まってようやく猛獣と鈴子さんの捜索が始まります。その時にはマスコミも既に駆けつけていて大騒ぎしていたそうですけど、警察の対応が早く二次被害にはならなかったようです。
私はこの事件をその日の昼間のニュース番組で始めて知ります。しかし害獣対策などで自衛隊が出動することはほぼ無いので、その時は私には関係ない話だと思っていました。ですけど、次の日には自衛隊にも捜索の要請が入ります。
ニュースで知ってはいたんですけど、何も進展が無かったんです。
鈴子さんも猛獣の痕跡も見つからないまま一日が経ち、広大な山脈でこれでは埒が明かないと捜索範囲を広げるため、山にも強くこういった事態にも対処の出来る自衛隊が求められました。
私が関ったのはこの時からです。
そうして自衛隊が加わって大規模な山の捜索が始まり、警察と自衛隊のヘリも出動し、数百人規模で道とも言えない道まで鈴子さんと猛獣を探しますが、結局何の進展もなく一週間が経ち、急に捜索は打ち切られます。
奇妙な洞窟、穴が見つかったからです」
・・・穴か。
「その穴が異世界に続く扉だったわけですね」
木曽は頷く。
「それでは大きさと形を教えていただくわけにはいきませんか。大体で構いませんから」
真面目な話の最中だが、何故だか木曽を見ながら、と言うか女性を前にこんなことを聞くと、別の物の大きさと形を聞いている気になってしまう。邪念をなくせ、自分。
「それは教えられません」
木曽は首を横に振る。
やはり無理か、現状は軍事機密だろうからな。しかし、このトラックが通り抜けられるだけの大きさはある、と考えてもいいのでは無いだろうか。分解して持ち込む方法も考えられるが、こちらに来てあまり経過していない今の段階でそれほど面倒な事をやるとも思えない。
穴と聞くとまず、円形を思い浮かべる。トラックが通れる大きさとなると、最大で幅2mの高さ4mほどだろうか。それが円となると相当な大きさだ。しかし四角や、円だとしても正円ではなく楕円、もっと複雑な形の可能性だってあり得る。一概にそう考えてもいけないだろう。
それに分解と小さく考えるより、直接乗り込んでくることが出来ると大きく考えたほうが対策を怠ることもない。
「分かりました。それとマスコミの事を言ってたので聞いておきたいんですけど、異世界の事は知られているんですか」
これは重要だ。もし世間に知られているのなら煩い事になるし、海外の政府も確実に知っているということにもなる。だとしたら確実に出張ってくる国がいくつかあるだろう。
「知られてはいない、とだけ言っておこう」
木曽が喋ろうとしたのを遮り、塩崎が代わりに答える。日本の現在の状況は知らないが、完全に異世界の話が漏れていない訳ではなさそうだ。あまり煩くなっては適わないので、塩崎が知られていないと言うのならそれでいい。この場に外国人がいないだけで少しは信憑性もある。
「分かりました。では続けてください」
僕がそう言って、木曽はまた語りだす。
「見つかったのは集落から離れた山林の斜面、見つけたのは私です。
捜索隊が探してないような場所ではなかった筈ですが、誰もそこを気にした様子はなくそれが逆に私には妖しく思え、それで近づいて洞窟の入り口辺りを見ると岩に血痕が僅かに付着していたので、急ぎ上官に報告しました。
十数分後には実弾の入ったライフル銃を持った人間が数名集まったのですが、人が集まって騒がしくなっても何も出てくる様子はなく、強いライトを当てても変わらず、洞窟の中もはっきり見えません。何もいないかとも思われましたが、かと言っていた場合下手に刺激をすると怪我人も出かねませんし、煙幕を使えば照準がずれて弾が当たらない可能性もあります。
そこで考えた結果、災害救助用のロボットを使い猛獣が居るかどうか確認しつつ、外に出て来た場合は一斉に射撃し対応しようと決定されます。既に人を襲って殺害している獣なので、射殺は決定事項でしたから。
そして災害救助用ロボットが投入され中の映像が外のモニターに表示されたのですが、それは凄惨な映像でした。ロボットに装着されたライトに照らされて、壁の至る所に飛び散った血液が鈍く光り、辺りには形容し難い物体が散乱していました。
でも不思議な事に、前方にいくらライトを当てても明るくならない部分があったんです。そして、何だと思い操縦者がロボットをその方向に向かわせると、突然モニターには何も映らなくなりました。
ですが猛獣が居ないことは確認されたので、洞窟内部に私を含めた十名が遺体の確認とロボットの回収に向かいます。正直、洞窟の惨状には吐き気でどうにかなりそうでしたけど、私はどうしても明るくならない壁が気になっていたので、真っ先にそこへ行き、次の瞬間気が付くと私はこちらの世界に来ていました。
私は洞窟にいた筈なのに、でも目の前には鬱蒼とした森が広がっていて、上を向くと木々の隙間から月明かりが見えて、訳が分からないまま数歩踏み出すとそこには災害救助用ロボットがあって。
幻覚を見ているのか、何かに化かされているのかと思いました。
でも直ぐに、後ろから私がいなくなって追いかけてきた他の隊員の声がして、正気に戻った私は振り向いたんです。
そこには大きな穴がありました」
「その穴の大きさはどれくらい?」
「大体、直径・・・」
木曽は一瞬喋りそうになるが、塩崎に肩を叩かれ正気に戻る。そういう性格なのか、自分で話しているうちその時の事を思い出してのめり込んでいた様子なので、隙を付いてみたのだが。木曽に睨まれてしまった。
「すみません、続けてください」
「穴に向かって歩き出すと、私はまた気持ちの悪い洞窟に戻っていて、そこには穴から突然現れた私を見て驚く顔がありました。
以上が穴が見つかった経緯です。その後私は上官に報告して、何度か試した結果自衛隊による辺り一帯の封鎖が決まり、調査が始まりました。
そして調査が始まって三日後に現地住民と初めて接触し、色々あった結果現在に至ります。その辺りの事はパウロと名乗る人に聞いていると思いますけど」
確かにそこからの状況は旅商人パウロが村人から聞いた話にあった。しかしまだ気になることがある。
「最初に遺体は五名と言っていましたけど、鈴子さんと後三名はどうなったんです、それに猛獣は見つかったんですか」
「洞窟の遺体は鈴子さんだと判明しました。しかし洞窟内には他の方の遺体もあり、その方の身元は分かっていません。猛獣はまだ見つかってませんが、こちらの世界の存在ではないかと思われています。まだ日本にいる可能性もあるので、心当たりがあるなら教えてください」
猛獣か。森に住む獣かもしれないが、違うとしたら。
「そうですね。それだけの情報では判断出来かねますが、もしもトムルダから降りてきたとしたら厄介です」
「トムルガですか」
「ええ。ここからでよく見えませんけど、広大な森林を抜けた先はトムルダと呼ばれる険しい山脈になっていて、人の立ち入れない未開の秘境です。ヒマラヤのようなものと言えば分かると思いますけど、地球のそれと違うのは、竜などの異形の怪物が実際にいて生息していることです」
「竜がいるのか、信じられんな」
塩崎が驚きの声を上げ、他自衛隊員六名とも同様の表情を見せる。
異世界に魔法、転生ときてさらに竜だ。僕は育つ過程で徐々に慣れて言ったが、彼らにとってはこの一ヶ月で急激に起こっている出来事、カルチャーショックどころの話では無いだろう。
「こちらの世界には地球では想像上とされる生物もたくさんいますが、それでもトムルダは想像を絶する場所だと聞いています。そう言えば気になっていたんですけど、穴が森にあるんだとしたら、近くに亜人はいなかったですか」
森の奥から謎の集団が現れたと聞いていた時から気になっていたこと。森は亜人の領域だ。主な活動地域は南方が主だが、トムルダの大森林とは言えいくつか集落も有った筈。村のある方角かは分からないが亜人とのいざこざの報告もたまに聞く、森の異変に気が付いてないわけがない。
「亜人というとエルフですか」
木曽が答える。穴を見つけた勘の鋭さからも判断して、彼女はファンタジーに対して、教養と言っていいのかは分からないが、少なからず知識と素養があるようだ。
「基本的に獣人です。耳の長い種族はいますが、エルフではありません」
「そうですか。いえ、滞在している村以外に交流はまだありませんし。村以外に接触したのはパウロに続いて貴方たちで二回目です」
「そうですか」
亜人との接触はなしか。元々近くに集落がなかったのか。もしくは穴の出現に亜人が関係している可能性も考えてはみたが、自衛隊に接触してないとなるとよく分からない。
そもそも何故穴なんてものがあるのか分からないが、僕自身見てみないことには推測の仕様もない。簡単に見せてはもらえないだろうけど、そこはこれからの交渉次第だろう。
「自衛隊として、今君に教えられるのはこの程度だ。これ以上は君との話しを持ち帰り、上の命令を仰がねば決められん」
「そうですね、僕のほうも一度領主様に報告して、指示を仰ごうかと思います」
ある程度知りたい事は知れた。これ以上の情報は無理だろうし、この先は人員や決定権などの話も多くなり、その権限は僕にはまだ無い。僕のすべき事は今回仕入れたこの情報を領主様に理解できるよううまく説明し、的確な対応をするよう進言するだけだ。
僕はメモを下のほうから一枚破り、色々と書き込んでいく。書いているのはこの世界でよく使われる挨拶などの単語五十語ほど。横に読み仮名と、言葉の意味も書き込み、簡易的な辞書を作る。
「あまり長居してファニーがいないことが知られでもしたら騒ぎになりますし、これ以上話す事も今は無いでしょう。領主様に報告をしたらまた来るつもりではありますけど、その前にこれを渡しておこうと思います。これで少しは村人の言葉が分かるようになるでしょう」
「ありがとう。また話せるのを楽しみにしているよ」
塩崎は僕の書いた三枚のメモを受け取り、真剣な顔で握手を求め、逆に僕は笑ってそれに応える。そして僕とファニーは彼らと握手をし、来たときと同様、物陰に隠れながら静かに村へと帰った。
ファニーが抜け出した事は気付かれていなかった様で、それが今回最大の幸いだ。自衛隊に会っていたと知られることは無いまでも、僕と二人で夜中に抜け出したなどと知れたら、余計な詮索をされて、領主様と内密に会うどころではなくなってしまう。