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六話

「ここだ、止まれ」


笹山は立ち止まって言った。


彼に連れられ二十分ほど歩いて着いたのは、自衛隊のトラックが停車していた街道の小高い丘から、もう少し行った先の森の奥。笹山の視線の先にあるそれは、暗闇の中でひっそりと佇んでいた。自衛隊のトラックだ。


車体前方の運転席部分は暗幕で隠されていて、遠目からでは何かあるようには見えなかったが、近づくにつれてようやく気付く。


トラックが街道を走り抜け去って行くところは見ていたのだが、気付かれぬうちに戻ってきていた様だ。しかし一台少ない。帰ったのか、それとももう一台近くに止めて付近に隠してあるのだろうか。


「先程の二名、連れて参りました」


笹山のハキハキとした軍隊口調で言ったその言葉で幌が少し開き、隙間から覗く手がトラック後部のあおりの留め金をはずし、下ろされる。

まず最初に笹山が乗り込み、次に二人目の自衛官がトラックに乗り込む。


ここまで来る道中で自衛官の人数は増えていた。街道を通ると目立つので避けて隠れながら来たのだが、足音が近づいてくるのに気が付いた時には、僕とファニーは新たに現れた三名の迷彩服姿の自衛官に囲まれていた。


歩く道中彼らを見て観察していたのだが、ヘルメットと闇夜の暗さで人相はまるで分からない。分かったのは一人女性の自衛官が混じっていることぐらいだ。自衛隊の実働部隊に女性がいるのは珍しいんじゃあないだろうか。


そしてトラックに乗るよう促されて僕が三人目に乗り込むのだが、これが見た目以上に足場が高い。僕はまだ無難に乗り込めたが、案の定彼女は足場に足をかけるのもやっとだ。僕は手を差し伸べファニーの名を呼ぶ。


「ありがとう、ダニエル」


僕はファニーを引き上げ、振り向き車内を見回す。車内は案外広く、両サイドにベンチシートがあり座れるようになっている。何かの映像作品で見覚えのある、人員輸送の映像のままだ。


そして右側中央に座るその男は、代表者としてファニーと握手をした、制服姿の自衛官。あの時、付き添いで来ていた見覚えのある自衛官もいる。


左側の奥に座る笹山が、隣に座るようシートをパンパンと二度叩き、僕とファニーはそこに並んで座り、外にいた残りの二人も乗り込んできた。


左側奥から笹山、僕、ファニー、女性自衛官。右側奥から付き添い、制服、先程合流した内の二名。計八名、全員がトラックに乗り込んだ。


僕は車内を観察するのをやめ、制服姿へ意識を向ける。


「先程は言葉が通じないと思っていたので自己紹介も出来なかったが、私の名前は塩崎という。階級は二尉、今回の件の責任者の一人だ」


平坦な口調だが、低く渋い声質で体格も大きいので威圧感がある。


「多分聞いていたとは思いますけど、」と僕は前置いて話しを始める。これは状況を理解している風な塩崎の印象を受けて思いついて言った、聞いてたんですね的な牽制のような意味合いの嫌味だ。


「僕がダニエル・サニー・モラトリアム、転生者です。現在はこのウィンディアム領を統治するウィンディアム伯爵家で文官を務めています。それでこちらがそのウィンディアム伯爵家の御令嬢、ファニー・ロナ・ウィンディアム様。今回の調査隊の責任者です」


座る時に取り出したメモにまた自己紹介と書き、塩崎の名前などを書き足していく。笹山の時と同じ、僕が会話の内容を書き取り、ファニーがそれを読む。同じ構図だ。その様子を見る塩崎だが、やはり聞いて知っていたようで特に言及はしてこない。


「転生か・・・信じ難い話だ。しかし常識を度外視すれば、日本語を話せる理由としては理屈は通る。他に理由が考えられんことも無いが、どれも似たようなもの。それに見る限り、嘘を言っているようにも思えん」


「僕としても、それを心から信じてもらおうとまでは思ってはいません。僕は領主様から命を受けて公人として赴いています。ですので、話し合いに弊害の無い程度の信頼さえ得られるのならば、それでいいと思っています」


「そうか。弊害などという言葉を正確に使うことから見て、単純に日本語を習って覚えたとも考えにくい。・・・分かった、一応は信用しよう。では、まずそちら側の話から聞かせてもらおうか」


「領主様は平穏をお望みです。そちらの提案に応じたことからもお分かり頂ける通り、事態を無暗に荒立てる意思は無く、今回も領主様の指示により調査隊の名目であなた方の動向を調べに赴いただけです」


「自衛隊としても、より平和的な解決方法を考慮した結果、あの提案をした次第だ」


「あの握手に関しては、これからの良好な関係を構築していく上で、とても良い提案だったと思います。ですが僕としましては、そちらの状況次第では領として対応せざるを得ない状況にも発展し得るのではないかと、そう考えています」


僕は対応という言葉に含みを持たせて言う。


ようやく立場のある人間と話せたのだ、そろそろ攻勢に出て話の主導権を握りたい。


「率直に聞きます。自衛隊はどのような方法でこちらの世界に現れたんですか」


塩崎が唸る。


報告を聞く限り、自衛隊が村に現れたのは十五日ほど前。だとしたら調査に慎重になっていたと考えても、この世界に現れて最大でひと月ほどしか経過していない筈だ。会話が通じていないこともあり、彼らはまだ手探り状態だと思われる。


そんな段階で百人以上の人間が迫っていると旅商人に聞き、しかも相手に争う意思は無いと説明され自衛隊は困惑しただろう。そこで悩んだ結果、相手の戦意を確認し、同時に友好を示す握手と言う手法を彼らは思い付いた。実際それはいい手で、無事に終わり彼らは、余計な事にならずに済んだ、うまくいったと安心していただろう。


しかし突然その席で日本語の書かれた紙を渡され、その夜には転生者と名乗る不審な人物が現れた。


日本語を話せる異世界人。それは確かに渡りに船で、笹山の言うとおり喉から手が出るほど欲しかった人材に違いない。僕が無知の第三者として近づけば、怪しまれはしただろうが歓待され、いいように扱われていた筈だ。しかしその人物は自らを使者だと名乗り、領主側の責任者まで連れている。しかも対応とまで言及するのだ。


この事で、僕が領主にそう報告するのではないかと塩崎はそう考える。これからの事を、立場のある人間だから考えざるを得ない。


塩崎は僕に会いたい反面、会いたくも無かっただろう。


日本を知っていると言う事は、自衛隊が異世界の存在だと知っていると言うこと。であればどのように異世界に現れたのか疑問に思わないわけが無い。聞かれるに決まっていて、実際に聞かれてしまったから、塩崎は唸ったのだ


異世界に来た方法と現在の状況。それは自衛隊員の安全に関り、もしくは日本の国防にまで関ることかもしれない。それを対応という言葉まで使われて、話すかどうかを迫られている。この世界に関れば何れ知られる事だろう。だとすれば話すべきだろうか。せっかく友好的に始まろうとしているのだ、自衛隊も穏便に済むのであれば済ませたい。余計な犠牲者が出るような事態は避けたい。当然の考えだ。


塩崎はどう出るだろうか。


「君は、自衛隊のことをどう思っている」


塩崎がようやく口を開いた。


「自衛隊についてよくは知りません。知っているのは本やテレビで見聞きしたぐらいのことです。ですので知ってる限りですが、憲法などの理由もあり七十年以上直接に戦争に関らず、人道支援や災害救助など人助けを中心とした活動をする。平和的な軍隊だと思っています」


「その通りだ、その認識で間違いは無い。元日本人だと語る君にもそう思ってもらえてありがたい。しかし、我々も日本の平和の為に日々苦しい訓練を潜り抜け、己を磨いている身だ。有事の際には動く準備もある。今回は既に犠牲者も出ている懸案だ、こちらも覚悟の上で来ている」


塩崎の言葉には静かながらも凄みがあった。これが対応という言葉に対しての答えだろう。教える気は無いということだ。周りの自衛官からも威圧感がある。

しかし今ので少しだが事情を理解した。言葉の揚げ足を取る様で悪いが、僕はもっと正確な情報が知りたいんだ。


「来ている、と言う事は、あなた方がここにいるのは意図しての行動と言うことですか」


塩崎は再び黙る。これ以上その事で喋る気は無いようだし、目がこれ以上聞くなとも語っている。


だが態度を見る限り、その推測で合っているようだ。自衛隊は自主的にこちらの世界へ来る方法を持っている。

しかし言葉が通じていない事や、これまでの話し、犠牲者が出ている事からも考えて、それは恐らく意図して起こったことではなく偶発的、ワームホールのようなものが突然現れたのだろうか。それでこちらの世界に来ているのだ。

ファンタジーかSFのような推論だが、異世界へ来ているのだ、常識に囚われてはいけない。


どれほどの大きさかは分からないが、自由に行き来できるのだとしたらそれは脅威だ。日本の自衛隊はそれだけで強大な軍事力を所有しているし、僕がこちらの世界で暮らしている間に世界情勢がどうなっているのかも気になる。アメリカ、中国、ロシア、ヨーロッパ各国、それらは日本で起こっているかもしれない、その異常な現象について知っているのだろうか。


是非とも知らなければならないが、このままではこれ以上教えてくれることは無いだろう。


しかし先程も言ったが、要は自衛隊にとって魅力的な交渉相手だと思わせる事が重要だ。こちらの信頼を得る為に、彼等から自分たちの事情が話したくなる状況にすればいい。


僕はペンとメモを左手に持ち、右手の指先から魔力を放出する。合図を出した時と要領は同じ、指先に火の玉を生じさせる。


「何のつもりだ」


笹山。いや、声に出したのは笹山だが、この場にいる自衛官六名すべてが警戒心剥き出しに僕を睨み、数名が腰元に手を伸ばす。あともう少しでも火を大きくしたら、僕は隣に座る笹山に即座に取り押さえられ、恐らく銃口を突きつけられるのだろう。


「大丈夫ですよ、何もしません。でも、知ってるでしょう、これ」


笹山の方を向いて言ったが、笹山に向けて言った言葉では無い。自衛官六名全員に対して言った言葉だ。

知っているはず、知っていないはずが無い。


この世界で魔法が使えない者は存在しない。それはたとえ生まれたばかりの赤ん坊でも例外ではなく、田舎などの劣悪な環境での出産後に起こる悲しい事故例は、最近では稀ではあるが有史以来無くなる事は無い。


だから才能の有無はあれど指先から火を出すなんてのは子供でも出来ることで、生活をするなら最低限の、生きていくなら当たり前の技術。


自衛隊が村に現れて十五日ほど、その間村人が魔法を使わなかったなど有り得ない。竈に火を灯す時、水を汲む時、畑を管理する時、村人が日々生活している中で彼らは何度も魔法が使われるのを目撃したはずだ。


その時彼らはどんな反応をしただろうか。身振り手振りで聞き出そうとしたか、それとも問い詰めて聞き出そうとしたのかもしれないが、何しろ言葉が通じないのだ、どうしようもなかっただろう。


自衛隊は魔法という技術に対して警戒感を持ち、そして魔法に関しての情報を、この世界の言葉と同じか、それ以上に欲しがっているはずだ。そうでなくても自衛隊の中には魔法に興味津々の人間も多いだろう、僕がこの世界に生れ落ち、子供の頃魔法という存在を知ってからのめり込んでいったのと同じように。


「何が言いたい」


「僕の役職は最初から文官とだけ名乗ってますけど、正確には違いまして。隠そうとしていた訳ではないですよ、ただもったいぶっているだけなんですけどね。正しくは魔法文官て役職を務めてるんですよ」


「魔法文官とは何だ」


「僕は領の所属ですからね。領内の魔法に関する事案の書類整理だったり、魔法が必要な懸案の庶務仕事なんかをしてます。今回の事であれば調査隊全員の使える魔法を把握して書類を整理したり、使われた魔法具の予算を計上したり。色々ありますけど、大体そんな感じです」


「それはまさしく魔法の文官だな」


「でも、魔法については詳しいですよ。少なくとも村人や商人なんかとは、比べ物にならないほどに」


僕は不敵な笑みを浮かべ、それが気に入らないとばかりに笹山は僕をにらみつける。


「ダニエル君火を消してくれるか。そして全員、警戒を解いて座り直せ」


発言した塩崎自身も少し腰を浮かして真っ直ぐに座り直し、五人の自衛官もそれに倣う。

僕もペンとメモを持ち直し、隣のファニーの様子を見ると少し不安げだったので、メモに大きく大丈夫と書いて、塩崎のほうに向き直った。


「つまり君は、魔法について詳しく教えるから、その代わりにこちらの詳しい情報も知りたいと。そう言っている訳か」


「その通りです」


「君はなかなかに聡明だな」


「そうでもないですよ。領の役人ですからね、地方公務員程度のものです。たいしたものじゃありません」


「だが、君の話は私だけの判断では決めかねる。少し待っていなさい」


塩崎は笹山の名を呼び、呼ばれた笹山は即座に返事をして反応する。僕の腕を取り立ち上がらせると、出ろと外を指差した。

仕方ない。僕はファニーの肩を叩く。


「ちょっと外で待ってろだって」


急な展開の変化に戸惑っていたファニーは、僕に言われて大人しく立ち上がり、先にトラックから降りる。続いて僕と笹山も降りた。




僕とファニーは笹山に言われるがまま、自衛隊のトラックから十メートルほど離れた位置まで歩いた。


そこは木々の切れ間から月明かりが零れ、風の揺らめきに合わせて地面が照らされる奇麗な場所で、ファニーは無邪気に目を輝かせてそれを眺める。


その間も笹山は、トラックを降りる前、僕が指先から火を出した時からずっと睨んだまま僕を警戒している。


「電波、こっちの世界でも使えるんですね」


塩崎は私だけの判断ではと言っていた。つまり他の判断を仰ぐと言うことだ。

それは自分と同じか、それ以上の階級の人間のはずだが、そのような人物があの中にいたとは考え辛い。

だとしたらやはり、電波を使って誰かと交信していると考えるのが妥当だろう。それが初歩的な信号通信なのか高度な通信機なのかは分からないが。


「でも報告にあった村とは遠すぎるから、電波を中継できる機械を積んだ車が、街道とかにいるのかもしれませんね」


笹山は眉間の皴を濃くする。


「気に入りませんか、僕のことが」


笹山は黙ったままだが、話しかけられるのが嫌なのかそっぽを向く。


「まあそうですよね。国内に異世界への扉が開くなんて国防の危機かも知れないのに、それを聞きだそうとしてくるんですから。犠牲者も既にいるようですし」


「お前も元日本人だと言うなら、けちな事は言わずに大人しく言葉と魔法について教えたらどうだ」


この笹山は無茶な事を言う。


「こっちには家族もいますからね、もう自分が純粋に日本人だとは思ってませんよ」


笹山はまた眉間の皴を濃くして黙り込み、少し離れた太い木の幹に凭れ掛かり俯いてしまう。もうこれ以上話をする気は無いとの意思表示だろう。


それにしても異世界へ通じる扉か・・・。まだ明言されたわけではないが、おそらくそういうことなのだろう。何故そんなものが在るのかは分からないが、その理由を含めたあらゆる意味で厄介なことに変わりは無い。


しかし、まだ時間はかかりそうだ。


そうして暫く、僕とファニーと笹山は夜の森の闇の中、彼らの話し合いが終わるのを待った。




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