五話
「僕の名前がダニエル・サニー・モラトリアム。それでこっちがファニー・ロナ・ウィンディアム」
僕は互いの顔を指さし、名前を呼ばれたファニーは小さく頷く。
「笹山だ。それじゃあ聞こうか、君たちの事情を」
笹山と名乗る男は自分の太股をパンと両手で叩き、聞く姿勢になる。
「そうですね、どう話しましょうか。たとえば、笹山さんは仏教徒ですか」
輪廻転生は別に仏教特有の考え方ではなかったとは思うが、元日本人である僕にとってはその印象が強い。なので、その話題を皮切りに話を切り出す。
「仏教についても知っているのか。そうだな・・・俺自身は仏教徒ではないが、実家には仏壇があって、市内の霊園には笹山家の墓もある。その程度だ。だが、それに何の関係がある」
「そうですね、最近の日本の家庭は大体そんなもんかもしれません。うちの場合も同じようなもので、マンション暮らしで仏壇は無かったですけど、祖父母のいる田舎には墓もありました」
笹山が信心深い心情の持ち主なのか知りたかったのだが、どうやらそうではないらしい。
それともファンタジーを愛好しているのなら話が早いのかもしれないが、どうもそうは見えない見た目と雰囲気のある男性だ。
堂々とした佇まいと、眉間に深い皴の刻まれた強い眼力からは、自身の意思をしっかりと持っている様が見受けられる。それは良く言えば真面目さや誠実さとも取れるのだが、悪く言えば頑固そうだとも言える。少なくとも愛嬌はなさそうだ。
「マンションに、仏壇か・・・」
「そうです。まるで日本人かのような口振りでしょう」
それに加えて向こうに家庭があるかのような口振りですらある。
「そうだな。だが、君は純粋な日本人には見えない。だとしたら、さっきも聞いたとおりハーフなのか?それが何故ここにいる?やはり迷い込んだのか?それとも・・・仏教を語るということは、そういうことなのか?」
笹山は疑問符の付いた質問をいくつか投げかける。
迷い込んだのか?という質問に関しては、確かにありえそうな話だが、少なくとも僕はまだ聞いたことがない事例だ。
それに笹山は僕が仏教の話を持ち出した時点で、話の趣旨は気が付いていたように思える。けど、やはりそれでも信じられないのか、曖昧な言い回しをする。
だから僕は率直に、回答を提示した。
「僕の考えとしては、輪廻転生の結果ここにいるのだと思っています」
「・・・輪廻転生か」
「何故、と言われると真実は分かりません。僕は仏教徒ではないですし、他の宗教を信仰した覚えもありません。神秘に対しても以前は否定的で、どちらかと言えば無神論者に近かったはずです。そんな僕ですが、何故かここにいます」
「・・・」
笹本は黙り、俯いて考え込む。
「信じられませんか?」
「仲間に、お前の事をそのように推測する者はいた。俺としては現在のこの状況すら信じられんのだが、自身がここにいる以上、迷い込んだと言われるならば許容できる。しかし転生とまで言われると眉唾としか聞えない。何か証明できるようなことは無いのか」
「僕にも親兄弟がいますから、時間さえあれば簡単に証明できますけど」
だけどこの場でとなると、それを証明できるようなものは無い。
そもそも、この世界で生まれた事なら他人の証言でそれは証明はできるけど、転生したと証明する確かな物証などは始めから何処にも存在し得ない。
であれば、どのようにすれば証明できるだろうか。
「そうですね。じゃあ、信じてもらうためにも分かりやすく、少し自分の話しをしましょうか。まず日本ではさくらゆうきという名前で暮らしていました」
「確かに日本人の名前のように聞えるな。字はどんなだ」
「にんべんに左の佐に倉敷の倉、ゆうきはそのまま勇気です」
僕はメモに書いてみせる。ファニーが見ているので逆からだが、それでも書いてある漢字が何は分かるだろう。間違ってはいないはずだ。
「生まれも育ちも岐阜ですが、確か両親の出身は石川だったと思います。前世の頃は兄弟はいなくて一人っ子でした」
「佐倉勇気、それに岐阜に石川か。岐阜は飛騨か?」
「いえ、岐阜市です。飛騨で何かあったんですか?」
「いや、何でも無い。続けてくれ」
今の言い方で何でも無いという事は無いだろう。飛騨で何かあったとしか思えない。それも自衛隊がこちらの世界にいるのに関係していることで。
僕は自衛隊に詳しいわけじゃないから、基地や駐屯地が何処にあるかなんて殆ど知らないが、飛騨のどこかで訓練中にでもこちらへと来てしまったと言うことだろうか?
「続けろと言われても、それほど話すことは無いんですけどね」
「どういうことだ」
「あまり細かなことは覚えてない、断片的なんですよ。それに辛い記憶が全くなくて、思い出すのは楽しい思いでばかりです」
だから死んだ時の事も、死んだ年齢も、何も覚えていない。
「信じたわけではないが、そんなものなのかもしれんな。こうして生きていても覚えていることは曖昧だ」
「そうですね。それに僕は平凡で、自衛隊に入る様な刺激的な人生ではなかったですから。まあだからと言って何も無かったわけじゃないですけど、友達の村山君とした馬鹿話しや初体験の話なんかしてもしょうがないでしょう」
「そうだな」
「でも知識は沢山覚えてますよ。東日本大震災のことでも話しましょうか、それとも世界情勢でもいいですよ。学校で習いましたから」
「いや、いい。君が日本の事について多くのことを知っているのは理解した。しかし今の説明では輪廻転生の証明にはなっていないぞ」
その通りだ。しかしこうして話を積み重ねていけば、少なくとも信憑性は上がり、信用は得られる。
「分かっています。だから今度は、今の僕の話です。さっき言ったとおり名前はダニエル・サニー・モラトリアム。モラトリアム家の三男として生を受けました。父はサンタナ、母はミリアナ、二人の兄はザインとモーガン」
「お前を入れて五人家族か。祖父母はいないのか?」
「父方のほうは亡くなったらしいですが、僕の生まれる前なので分かりません。母方は八年ほど前に会ったきりです」
「そうか」
「そして、前世の記憶を思い出したのは五歳の時です」
五歳の冬のある日のことだ。高熱で倒れ、生死の境をさまよった僕は、朦朧とした意識の中で色々な事を思い出していった。前の家族のこと、友達のこと、日本のこと、地球のこと、様々な事を思い出し、そして気がつくと風邪は治っていた。
前世の記憶があるのを話したことがある友人にこれを教えると、じゃあそのときに取り憑かれたんじゃあないかと返答が帰ってきたが、記憶が戻る前でも妙な知識はあったので、それは無いと思う。断言はできないが。
「でも思い出したからと言って特に何かあったわけではありません。余計な知識を披露して気味悪がられても面倒ですし、常識が全く違いますからその知識も当てにはなりませんでしたし」
これは嘘だ。僕は前世を思い出したとき既に教会の事を知っていて、戦々恐々としていた。だから献身的な教徒である両親にはその事を黙っていた。
自衛隊に教会の事を知られたら僕の弱みになる。今後彼らがこの世界に馴染めば知られることではあるけど、今知られるのは早すぎる。交渉が有利に進められなくなるかもしれない。
「十歳になると、僕は貴族学校に通います。モラトリアム家は代々騎士を輩出してきた家柄なので、十歳になると王都の貴族学校に通うことが決まっていますから。そして二年前に卒業しました」
モラトリアム家は領土こそ持たないが、王都に屋敷を持つそれなりの貴族だ。
父親のサンタナは前王から男爵の爵位を承っていて、長男のザインは将来爵位と家をを受け継ぐことになっている。確か五代目だっただろうか。
そのこと事態は三男の僕には関係ないが、高度な教育が受けられ、ある程度自由に振舞えるだけの貯えがある家庭に生まれてこられた事は、十二分に幸運だったと言えるだろう。
「学校を卒業して二年か。成人しているか分からないが、今は何歳なんだ」
「二十歳ですが、この国の成人は十六歳です。なのでその頃から酒は嗜んでいます」
ちなみに好きな酒はワインもどきだ。
この国では地球の中世西洋ほどとは言わないが、水の代わりに酒を飲む文化がある。だから国民総じて酒に強い。
「そして現在はこの辺り一帯の領土を管轄している領主様の元で文官として勤めていて、今回の件もその関連で来ました」
「あの場にいたのだから公人だとは思っていたが、文官か。・・・つまり、今この場にいるのは領主の意向なのか」
「はい、その通りです」
「じゃあ何でこんな方法で接触してきた。領主の指示だと言うのなら堂々とすればいいだろう」
「大勢の前で日本語が話せると分かれば密偵と疑われてしまいます。接触するのなら内密にしろと、そう領主様に申し付けられました」
僕はファニーにした説明に似た噓を吐く。しかし大事の前の小事だ。領主様は人がいいので、この程度なら事後承諾でも大丈夫だろう。多分。
それに彼らに嘘はつくけど、メモには嘘は一切書いていない。
このメモはファニーに現在の状況を理解してもらうためのものだけど、それ以外の目的で僕がこんな事をしている理由がもう一つある。
それは彼女との信頼関係を強めることだ。
本来ならファニーは横で聞いているだけで、後から説明を受ければいいだけだろうと思う。そもそも書いてある事の殆どが意味不明なのだろうから、こうしてメモをしていても後で説明する内容はほぼ変わらない。せいぜい一から十が、二から十になる程度のことだ。
それでも、こうしてファニーに疎外感を感じさせず居させてあげることが出来れば、彼女からの信頼は得られる事が出来る。
ファニーには今回のことでまだ頼みたいことがあるし、大切な友人でもある。くだらない嘘でせっかくの信頼を失いたくは無い。
「君が何故日本語を話せるのかも、事情も把握した。だがやはりもう一つ聞きたいことがある。結局説明されなかったが、この少女の立場が分からない。握手の時もそうだが、何故ここにいるんだ」
「彼女はこのウィンディアム領を治めるウィンディアム伯爵家の御令嬢、名前はさっき申し上げた通りファニー・ロナ・ウィンディアム。今回の件は調査隊と言う名目で赴いていますが、彼女がその責任者です」
僕は駄目押しの一手をかける。領主様の御令嬢が来ているのだ。事情は知らないまでも、その事実を知った彼等の中で握手の意味には重みが増し、僕が正式な使節だと勘違いするはず。
彼等が闇雲に事を荒立てたくないことは、握手という方法を用いたことからも分かる通り。そしてそれは、僕の中の自衛隊像とも重なる部分がある。であるならば、他国の使者を蔑ろにすることはないだろうし、こう認識させておけば侮られる心配もない。
「了解した。我々としても、言葉が通じる相手をのどから手が出るほど欲していたのも事実だ。それに、この場所について聞きたいことも多々ある。こっちだ、ついて来い」
笹山は立ち上がって僕たちと距離を取り、無線機で話しながら歩き出した。何を言っているのかは聞えないが、恐らく指示を出しているのだろう。それとも仰いでいるのだろうか。彼の自衛隊での階級は想像もつかないが、それほど低く無いように思える。
でも、これでようやくだ。ついて行った先にはファニーが握手をしたあの代表者の男がいる。あの人物ならば色々と権限が任されているだろうし、話せることも多いはず。
「ダニエル、あなたって本当呆れるわ。よくもあんな嘘がつけるものね」
「交渉事にはそういうのも必要だよ。それに全くの嘘でもない。ファニーが領主様の娘で調査団の責任者なのは事実だし、領主様には帰ってから説明もする。周りから密偵だと勘ぐられるのが面倒なのも本当だ」
「まあお父様の指示であるかのように騙ったのは問題だけど、その件は話せば分かってくれると思うわ。だけどダニエル、まだ聞いてなかったけどあなた一体何がしたいの」
「いろいろ考えてはいるけど、何も決めちゃいないよ。その前にやらなくちゃいけないことが沢山あるし、状況が分からなくちゃどうしようもない」
「彼ら軍隊なのよね。握手の時もそうだけど、直接触れて始めて実感できた気がするわ」
「そうだよ。だから何よりもまずは、自衛隊の現在の戦力を確認しないといけない」
その為にも立場は重要だ。
元日本人だから来ただけと、馬鹿の振りをして近づき情報を仕入れるのも可能だが、それではいいように扱われて終わる可能性も大いに有り得る。少なくとも怪しまれる事自体に変わりはなく、重要なことは何も分かりそうにない。
それならば交渉する価値のある相手だと思わせることで、嘘をつく事に対してリスクを感じさせる。そうすれば後々のことを考えて、バレるような嘘をつかれることはまず無いだろう。
どちらにしろ自衛隊の戦力を正確に知ることは容易くはないだろうが、それが想像できる程度の情報は仕入れたいところだ。
「なんだか不安ね。最近は国の情勢も不安定で、どうなるのか分からないのに。私って本来なら、今頃学校にいるはずなのにね」
そう、彼女も貴族であり十四歳。ほんの少し前までは王都にあるウィンディアム家の屋敷から貴族学校に通っていた。
しかし情勢に変化があり、暫くすると貴族の集まる学舎は政争の場として恰好の的になり果てる。しばしば問題も起こるようになってしまった。結果として貴族学校は無期限の休校となり、暇を持て余した結果、彼女はここにいる。
「そっちの方は僕にはどうしようもないから、今は降って湧いた厄介事をどうにかしなきゃならないよ。それに、場合によってはそっちの問題もどうにかできるかもしれない」
「どういうこと?」
「今はまだ何も言えないよ、自分でもよく分かってないからね」
ともかく、今までのは向こうの信用を得るためにこちらの状況を話しただけのこと。今度はこちらの信用を得るために向こうが事情を話したくなるように仕向けなければならない。
本当の交渉はこれからだ。




