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四話

あれから、少し経って夜。


「うまく抜け出せたみたいだね」


「当たり前でしょう、私が普段からどれだけ家を抜け出してると思ってるの。これくらい朝飯前よ」


自慢では無いと思うのだが、ファニーは自慢げに言う。


僕とファニーは村の中央広場、建物の陰で膝を抱えて座り、身を潜めていた。


油や魔法などの資源が乏しい村には照明のような物はあまり無く、夜になって暫くすれば消されて暗くなり、皆が寝静まる。


今でも明るいのは村の外れ、調査隊が篝火を焚いている場所だけ。ファニーが泊まっている屋敷も、既に火は落とされて暗い。


今の時間、村の中で警戒しているのは松明を持ってそこらを歩き回っている、不運にも歩哨役に任命された者だけだ。


「あの後、護衛が近づかせてくれなかったから結局聞けなかったけど、渡してくれたんだろう」


「ちゃんと渡したし、受け取ってくれたわよ」


そう、あの握手をした場面。僕はあるものを手渡してくれるようファニーに頼んでいた。


握手に向かう道中で僕がファニーに頼んだ事は三つある。


一つは相手の出方を待ってくれという事。


これは先に手を出した場合、手に何か持っていたら怪しまれて、握手どころの話ではなくなってしまうからだ。


二つ目は例のコニチワー。


あれにはもう一つ、五つ目の狙いがあった。それは油断だ。


握手を求めたら目の前の少女が妙な日本語と思われる言葉を使い、頭の回転が回らぬうちに握手をされたら何か手渡された。しかし今更この場を乱すわけにはいかない。そんな事をすればややこしい事態になってしまう。であればどうするか。最早差し出されたものを素直に受け取るしかないだろう。そういうことだ。


そして三つ目がそのあるものを渡してもらうこと。あるものは文官らしくいつも持ち歩いているメモの切れ端だ。


自分も彼女の付き添いとして握手の場に向かうことが決定し、二人で行く事を自衛隊に伝えに行った旅商人を待っている間僕は、誰にも分からぬよう自然体で服に手を忍ばせ、メモに文字を書いていた。


書いたのは、よる、ひろば、あいずの三文字。


時間も無く、漢字で書いている余裕も無かったので、ひらがなの走り書きだ。書いた後は千切って手に隠し持っていたので、自分の目で確認もしていないのだが、何とか読める字では書けている筈。


「それにしてもあの男、服は綺麗な上物だし偉そうだからそれなりの地位の人間なんでしょうけど、握手している間ずっと眉間に皺が寄ってたわよ。兵士長をからかってる時みたいで、なかなか楽しかったわ」


「それは仕方ないよ。あの状況で何か手渡されて戸惑わない人もいないだろうから。まあ受け取ってくれてよかったよ」


まぁ、受け取らざるを得ない状況を作ったのはこっちだけど。


「でも急に窓が叩かれたのは驚いたわ、何事かと思ったじゃない」


「言ってただろう、内密の交渉をする時はファニーもついて来るって」


「それはそうよ。だってこんな面白・・・じゃ無くて。ダニエルは密偵かもしれないんだから、私が見てないと何をするか分かったものじゃないわ」


「後から終わりました、じゃあ君は納得しないだろうしね。それこそ何をされるか分かったものじゃない」


「そうよ、きっと私とんでもない仕返しをしてたでしょうね」


ファニーは小さく笑って、満足気な表情を浮かべた。




そうして十数分。ファニーの「まだかな」が少し聞き飽きてきた頃、チラチラと顔を出して広場全体を見ていた僕は、違和感の正体に気が付く。


先程から視界に妙なものが見えている気がして、ようやく気が付いたそれは豆粒ほどに小さな赤い点だった。それが広場の所々で、点いたり消えたりしている。


レーザーポインターだ。


「合図だ。どうやら来た様だね」


「え、本当」


「ほら、あの赤い点。それよりも、見回ってる歩哨が来ないか見ていて」


僕は指先から魔力を放出し、大気に漂う精霊と融和させることで魔力を火の力へと変転させる。そうして生じるのは小さな火の玉。僕の人差し指の先は今、蠟燭のように小さく明かりが灯っている。


これで僕らのいる場所は相手に伝わっただろう。


消して十秒ほどすると、砂を踏みしめる足音の近づいてくるのが分かり、そちらへ振り向く。


そこにいたのは迷彩服姿の男だ。ファニーが握手をした人物ではなく、あの場に付き添ってきていた人物でもない。では後方で整列していた中の一人だろうか。


「こっちですよ」


僕は男を呼び寄せる。


「やはりあの時の二人なのか、君達は何者なんだ。日本人には見えないが、ハーフか何かなのか」


「それよりもあなたの仲間のいるところに連れて行ってくれませんか。そこでゆっくり話しましょう」


「駄目だ、先に説明してもらう。ここで話せないのなら昼間に堂々と話しかける。君たちの事情は知らないが、こんな形で接触してきたんだから人前では話せない理由があるんだろう」


「分かりました。でもせめて移動はしましょう、ここじゃあ安心して話ができません」


「・・・そうだな」


迷彩服の男はついて来い、と言って僕たちを先導する


僕が生まれて二十年。前世以来の日本語での会話だ。幼い頃、確認の為に口に出して言った事は何度かある。それでも、当たり前の事だが会話は無かった。


さっきまでは、本当に自分は日本語が喋れるのか、と不安だったけど、一度喋りだしたら後は自然に、違和感無く日本語が使えていた。


どうやら僕の中には、まだ日本人だった頃の部分が残っているようだ。それは嬉しい事だったが、自分が一度死んでいることの証明のようで、少し悲しかった。


「ねぇ」


後ろからついて来ているファニーが、僕の服を引っ張る。


「どこに行くの」


「とりあえず話せる場所に移動する。僕としてはさっきファニーが握手した代表者に会いたいんだけど、信用できないらしい」


「そう」


「まあ信用さえ得られれば会えるだろうから、話したらまた移動することになると思う」


「そう・・・ダニエル、本当に彼らの言葉が喋れるのね」


「自分でも、すんなり喋れて驚いてる」


「いつもこうして同じ言葉で喋ってるのに、違う言葉で彼らと喋ってるダニエルを見てるとすごく気持ち悪かった」


服を掴む手に力が篭るのを感じる。


「大丈夫、ファニーの事もちゃんと考えてる。それに言葉なんて覚えれば喋れるだけのものだよ。君が日本語を覚えれば僕と日本語で話せるし、彼らだってもう少しすればこっちの言葉を覚えて、君と話す事が出来る様になる」


「そうよね、違う言葉を喋ってもダニエルはダニエルだものね。少し安心した」


そうファニーは笑って言うが、手の力が弱まる事は無い。


秘境を除いて、大陸を制圧した帝国が出来たのが五百年前。現在の三大国はその名残なのだが、五百年の間にこの大陸中の文字と言語は完全に統一されている。それはかつて全く違う言語を使用していた亜人にまで浸透しているほどだ。


その事実に慣れているファニーは、実際に近くで違う言語を始めて聞いて戸惑ったのだろう。この世界に暮らす人々にとって未知の言葉は恐怖の対象なのかもしれない。




「ここならいいだろう」


迷彩服姿の男が立ち止まったのは村の外れ、調査隊が天幕を張っている場所とは逆の方向にある教会の裏手の林だ。周辺の村を総括する大村なだけあって教会もそれなりに大きい。ここならば村のほうからは見えないし、この時間なら教会には誰も近づかないだろう。


男はその場に胡坐をかいて座り、促されて僕らも座る。


「さあ説明してもらおうか。それと言っておくがこの場は監視されているからな、妙な気は起こさないほうがいい」


「分かっています」


見張られているのに気付いていたわけではないが、自衛隊は部隊で動くのだろうからこの人だけで来たのでは無いだろうな、とは思っていた。


しかし監視されているという事は、周辺に対しても警戒しているという事だろう。それならばちょうどいい。多少の明かりならば問題ないだろう。


「まず前提ですけど、こちらの彼女は日本語が話せません。だから僕とあなたの会話も全く分かりません」


「そうなのか。日本語を喋らないから違和感はあったんだが。しかしそれならば何故ここにいる」


「それは後で話します。その前に、何か照明になるものを貸してもらえませんか。大丈夫です変なことはしません。通訳の真似事をするだけです」


男は訝しげではあったけどポケットから懐中電灯を取り出し、受け取ると僕はそれをファニーに手渡した。


「こっちを地面に向けて、ボタンを押してみて」


懐中電灯が光を放ち地面が明るく照らされ、ファニーは「面白い」と感想を漏らし、何度か点けて消してを繰り返す。


「これは簡単に光を作り出せる魔道具で、数時間はこのままにすることが出来るからそれで僕の手元を照らして」


「照らしたけど、何をするの?」


「ファニーは言葉が通じないから何を話してるのか分からないだろう。だから僕が会話の内容をこのメモに書いていく」


僕は愛用のメモを懐から取り出した。


「なるほど、それなら私にも何を話してるのか多少は分かるわね。でも、そんな器用なこと出来るの?」


「僕は文官だよ、話してる内容を書き取ることぐらい見なくても出来る。ただしあちらの言葉をを頭で変換してから書くから、単語だらけで字も汚いだろうからそこは我慢して」


「分かった。邪魔になるだろうからそれだけ見てる。だから詳しい内容は後で教えなさい、絶対よ」


「了解。それに帰ったら領主様に事情を説明して、色々と話さなくちゃいけないこともある。その時も今回みたいに内緒で会えるようにしたいから、頼むよファニー」


「仕方ないわね、そのぐらいなら任されてあげるわ」


領主様が宗教に嵌っていると言うのは聞いたことが無いので、前世の話をしてもそこから教会に僕の存在がばれる心配は無いだろう。


やはり問題は信じてもらえるかどうかだ。


異世界、転生、日本、自衛隊、その軍事力。


あまりに突拍子の無い話しすぎて、恐らく信じてもらえない。しかしそれが僕一人の言葉ではなく、自分の娘も言っているのだったら信じるかもしれない。


そのためには、出来るだけ多くの情報をファニーに知っておいてもらう必要がある。


相手は自衛隊だ。どのような事情でこちらの世界に来たのであれ、なるべく早く対応したほうがいいだろう。領主様には出来るだけ早く状況を理解してもらう必要がある。


でもまずは自衛隊だ。彼らの事情が分からなければ、領主様と話す内容も定まらない。


「そろそろいいか」


「ええ。でもその前に自己紹介しときましょう、そのほうが話しやすいですから」


そう言って、僕はメモに自己紹介、と書く。


こうして僕と自衛隊の話し合いは始まった。




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