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二話

「それにしてもファニー、本当にどうして君がここにいるんだろうね」


「謎の集団なんて、面白そうだからに決まってるでしょ。それにダニエルだって人の事言えないじゃない。聞いたわよ、あの後今回の調査に参加できるように色々と頼み込んだらしいわね」


そう、あのファニーとの会話で聞いた『じえーたい』の正体が想像通り自衛隊なのか如何しても確かめたくなった僕は、直属の上司である課長との何気ない会話で今回の調査隊の事を聞きだし、参加できるよう少々強引な手管で僕の名前を名簿に捻じ込んだ。


二日後。当日と合わせてほぼ一日と準備期間の短い出発ではあったけど、侵略や進攻の可能性は少ないながらも他国の部隊が接触してきたのかもしれないという緊急を要する事態に対して、領主様の対応が『とりあえず調査隊を』と慎重だった事が幸いした。


ここら一帯は隣国とも接しておらず、騎士団も存在しない。そして豊富な水源のある農耕地帯だから食料にも困らない。困る事といえば森に住む亜人との偶に起こる諍い程度のもの。百年来の平和で、争いというものに慣れていないのだ。


これがもう少しちゃんとした交渉の場で会談でもあったのなら、文官である僕は任命されない限り入り込む余地は無かっただろう。


そして現在調査隊は、謎の集団が現れたと報告された村の手前、このあたりの村を総括する大村の周辺で天幕を張り待機している状態だ。


「確かに気になったのは事実だけど、僕の方は仕事もある。見てよこの書類の量」


「それを言うんだったら、私だってお父様の許可を取って仕事で来てるわよ。向こうが要求してる偉い人にぴったりじゃない」


ファニーは胸を張って言ったが、全然ぴったりじゃない。


流石にその格好は状況を弁えて、女性の戦闘服であるドレスを身に纏い、赤い鮮やかな髪も複雑に編み込んで綺麗に結っているが、それでも向こうが望んでいる偉い人は絶対に君じゃない。


「それと、どうしてファニーがここにいるかって言うのはそういう意味じゃない。君には徴税官が来たときに泊まる屋敷が宛がわれた筈だろう。何でわざわざここに来るんだ」


「だって暇なんだもの。従者はお堅い連中ばっかだし。村長は何度も様子を見に来たり、息子を紹介されたりでウザイし。旅商人はまだ帰ってこないし」


「それは。護衛を兼ねた従者なんだから君に仕えている従者と違ってお堅いのは当たり前だし、村長もこの機会に村と自分達の事を覚えてもらいたいんだろうね。それと旅商人は向こうの対応次第だけど、明日まで帰ってこないかもしれないよ」


「えー明日までー」


ファニーは駄々っ子のようにふくれっ面で不満を垂れ、椅子に深くダラッともたれ掛り、深く溜息を吐く。


旅商人。それは謎の集団が現れことを報告してきた例の旅商人の事だ。


調査隊はファニーが加わりたいと言った事でその規模は護衛も合わせて百名ほどに膨れ上がり、事実確認と明確な情報を持ち帰ることを主目的とした、当初の様相とは既に変わっていた。


お陰で僕も調査団に加わり易くなったのは紛れもない事実だが、次の日の庁舎は急に降って湧いた申請処理の嵐で非常に慌しかった。


そしてそれならば『相手は交渉を求めているのだから、簡単な顔合わせだけでもできないものか』と誰が言い出したのか。その結果、両方に顔の知れている旅商人が謎の集団との渡りをつける役に選ばれた。


旅商人には前金として金貨十枚が支払われており、成功報酬にはさらに金貨二十枚が支払われる事になっている。ファニーから聞いた正確な裏情報だ。


この金額は旅商人が今回の行商で得た総収入の倍にあたり、伝言役をするだけの簡単な仕事でそれだけの報酬を得られるわけで、もちろん彼はこの提案を二つ返事で了承した。


旅商人が早朝に出て行って現在はもうすぐ正午、そろそろ報告にあった村に着いている頃だろうか。





「ねえ、じえーたいってなんなの」


と、僕が書類の確認と整理を再開してしばらく経った頃、黙って静かにしていたファニーは急に話をそう切り出した。


その声はか細く、彼女の不安さも感じ取れる。しかし真剣な口調だ。


ファニーは今、椅子の上で膝を抱えて座っている。


先ほどからその格好で、何かを考え込んでいる様子なのは気にしていたが、どうやらこの話をするまいか迷っていたようだ。


僕は手を止め、彼女に向き直る。


「何でそんなこと聞くんだ」


「だってダニエル、前に話したときじえーたいって聞いた途端に様子がおかしくなって、変なこと言い出したじゃない。だからあなた、じえーたいが何か知ってるんじゃないかなって、多分。それに村に来る間中なんだか上の空だったし」


・・・そうか、僕はそんな状態だったのか。


自覚がないわけじゃなく、昔のこともよく思い出していた。けれど、平静を装うのは得意なので誰かに悟られるとは思ってもいなかった。


それでもファニーにバレていたという事は、僕はやはりいつもとは何処か違っていて、少し浮ついていたのだろう。


彼女に心配をかけさせてしまった様だ。


「じえーたいじゃないよ、自衛隊、じ・え・い・た・い」


「自衛隊ね。そんなに変わらないじゃない」


「発音が違うし、間延びした言い方だと違和感があるんだよ」


「ふーん。・・・でもやっぱり知ってるんだ、その自衛隊のこと。どんな奴らなの」


「どんな奴らかは、見たり聞いたりした程度で、関わったことはないから分からないけど。昨日僕が推測した通り彼らは軍隊で、名前の意味は自衛する隊で自衛隊、で合ってるかな?」


少し自信がない。


「へー、よく分からない名称の軍隊ね」


「分かり易い言葉で言うと防衛軍とか国防軍かな。国境警備だとか戦争などあらゆる有事の際に国を守るための部隊だけど、災害救助とか遭難者の人命救助なんかで動く事もあって、何でもやってる」


「本当に変わった軍隊ね。でも自衛って前置きが付いてるけどそれは役割でしょ。それは単に軍じゃいけないの」


「自衛隊が所属している国には昔色々あったんだよ。だから軍じゃなくさっきから言っているとおり隊だし、戦闘行為も非常に限定された条件でしか許可されていない」


「で、その国があるのが、あの時に言ってた異世界なのね」


「・・・。」


何だか、尋問にあっている気分になる。


別に話すのは構わない。自分の素性を赤裸々にするのは気分のいいことではないが、これまで誰にも転生者だと話さず、隠して生きてきたわけじゃない。


問題は分かってもらえるかどうかだ。


転生と言う理屈はこの世界では根本的に合わない。


魔法という神秘が現在的な日常のこの世界では、神様の存在が当たり前のように認識され、死後についても明確に語られている。


そうして語られている説話が真実ならば、僕に起きている現象は到底有り得ない。


では神様の語る死後とは何なのだろうか?


果たして嘘かどうかは・・・まあそれはもう一度死ねば判るわけで、今を生きている僕には当分の先の話と信じたいのだけど。兎も角、こういった理由からこれまで『転生』について話した人間は、一人を除いて完全に理解してもらえた事は無い。


しかしファニーはどうしてそこまで知りたがるのだろう。未知に対する好奇心だろうか、それとも。


「やっぱり聞いたらいけない事だった?」


「いや。聞いてもいいし、答えるのも構わないけどその前に、もしかして僕は密偵じゃないかと疑われているのか?」


「え?」


「自分でも、誰も知らない軍隊の事を知ってる奴がいたら怪しいと思うしさ、疑われても仕方ないと思うよ」


「まあ、確かに怪しさ爆発だね。でも大丈夫、それは無いと思ってるよ。私はただダニエルの事が知りたいだけだから」


「それならいいけど。・・・そうだな、まずこの領があるだろう。次に国があって、大陸がある。大陸を出るとそこには別の大陸があって、また国があるのかもしれない。これが、僕やファニーが暮らしている一つの世界だ」


僕は整理している書類からいらない紙を選び、それの裏面にまず小さな円を書き、それをまた大きな円で次々に囲う事で世界という概念を表す。


そこまではまだ理解の範疇のようで、説明を聞きながらファニーは小さく頷いている。


そして次に僕は、隣にもう一つ大きな円を描いた。


「これが異世界。この世界は僕たちがいるのとは全く関係が無くて、人間がいるのかも分からないし、竜だけしかいないかもしれない。こちらの常識が全く通じない別の世界。それが異世界」


「そんな場所が本当にあるの?」


「あるかどうかは分からないよ。でも僕の頭の中には此処とは違う異世界で過ごした記憶があって、そこには精霊もいなければ魔法も使えない、代わりに科学っていう別の魔法が発展した世界だった」


「よく分からないけれど・・・それはつまり、取り憑かれてるってこと?」


取り憑かれる。僕の話を聞いてこの世界の人間が一番初めに考えるのがこれだ。


この世界には幽霊がいて、見ようと思い、適した場所まで行けば誰でも見える。


それらは強い意思や、後悔して死んでいった人間や動物など生命の残り香とされていて、それが他の人間に取り付いた事例は数多くは無いが、稀に聞く話ではある。


それもまた、この世界に現在する魔法の力によるものなのだろうか。


「赤ん坊の頃からだから違うと思うけど、もしくはそうなのかもしれない。でも向こうの世界には別の考え方があって、僕にはそっちの考え方のほうがしっくり来るんだ」


「それは何?」


「輪廻転生って言ってね、死んだ魂が神様の元に行ったらその魂はまっさらに浄化されて、その魂はまた別の生命に生まれ変わり、それが繰り返されていくって考え方だよ」


「なにそれ?死んだら魂は神様の元に行くだけでしょう。私はそう教わってきたし、神様だってそう言ってるわ。本当にそれはダニエルの身体に起こっている出来事なの?」


「僕にも本当の事はわからないよ。もしかしたらファニーの言ったとおり取り憑かれているだけなのかもしれないけど、真実は神様に聞いてみるか、一度死んでみるしかない。ただ言っておくけど、僕は死ぬつもりは更々無いよ」


「私だってダニエルに死んでもらっちゃ困るわ。まだ話したい事も沢山あるし」


「だったら僕の話は横に置いといて。異世界の定義についての説明はこれぐらいなんだけど、目下の問題は自衛隊だ。彼らが僕の想像通り『自衛隊』なのだとしたら、もちろん異世界からやってきたことになる」


「それは・・・そうなのかもしれないわね」


まだ懐疑的だが、一応は納得したようにファニーは頷く。


「それに対して現在領主様は慎重な対応で対処しようとしているけど、自衛隊は軍隊だ。僕の知っている通りなら酷い事態にはならないだろうけど、それでも相手がどう出るのか見当がつかない」


「それはこの間、ダニエルと話をしてから私も気になっていたわ。だからお父様に無理を言って今回の調査隊に付いて来たのもあるけれど」


「それで、これは自衛隊の事をはっきり確認してから言おうとしてたんだけど、僕に自衛隊と内密の交渉をさせてもらえないか」


「それは・・・」


ファニーは言いよどむ。


「僕の話を聞いて分かったと思うけど、異世界の存在を理解できる人間は数少ない。それに比べて僕は彼らの話している謎の言葉も分かるかもしれないし、どんな奴らかも少しは理解してる」


「でも、それなら堂々と交渉の席につけばいいじゃない。私が推薦してあげるわよ」


「それができてしまえば簡単なんだけど。僕は所詮ただの文官だし、謎の言葉が話せる理由も説明しなくちゃいけなくなる。余計な詮索はされたくないんだよ。下手に僕の事が教会に知られたら、粛清の対象にされかねない」


地球側の歴史とは成り立ちが少々違うが、神様がいれば必然的に宗教も生まれる。


それに群がって人が集まればそれらは『教団』と呼ばれる集団になり、凡そ千年ほど昔に勃興したその教団は何時しか総称して『教会』と称する巨大組織にまで膨れ上がり、現在に至る。


そしてこの世界は神様がいる事をが皆が承知しているからこそ、その影響力は絶大だ。


南方には神聖国と名乗る、神の言葉がすべての国も在る。


神様の語る真理から外れた僕の存在が知れたら、教会はどう反応するだろうか。


取り憑かれたと言い訳すれば済むだろうか?後の問題はそれが異世界の魂だという事だけだ。


案外すんなり、うまくいくかもしれないが、祓われて、もしそれが成功してしまったら今の僕の存在がどうなるのか。それは考えたくも無い。


「ダニエルが粛清されても困るし、確かにそうね。分かったわ、どうにかしてみる」


「ファニーが調査隊に付いて来る事になる前は、人数も少なかったから、隙を突いて接触する予定だったんだけどね。でも、これだけ人数が多いとそれも難しくなってしまったから、ファニーに事情を知ってもらってちょうど良かったよ」


「そっ、そうよね。さすが私だわ」


ファニーは満面の笑みでそう言って立ち上がり。


「それと、内密の交渉をする場合は私も同席させてもらうから。あなたは密偵かもしれないし、私が一緒にいた方が良いわよね。うん、名案だわ。それじゃあそろそろ行くわ、じゃあね」


手を振り、軽やかに鼻歌を歌いながら、用意された徴税官が泊まるための屋敷の方へと去っていった。


それにしても自衛隊、か。


僕はその役割や存在理由を一応程度には知ってはいるけれど、果たしてそれは異世界という未知に対しても変わらない存在であり続けているのだろうか。


もし自衛隊が本領を発揮できるのならその力は強大だ。うまく使えば現在この国が抱える問題を容易に解決出来てしまうかもしれない。


でもそれをやってしまったらこの国は、世界はどうなってしまうのだろう。


不安で少し胸が苦しくなる。






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