証言2
少し詰まりまして、前話の最後を変え、冒頭にも一部入れました。
次話の投稿時にはこの前書きと共に冒頭も消しますので、御了承ください。
「だが、完全に理解できたわけでは無いが疑わしき点は多々ある。ファニーがこうまで語るのだから、見てきた事は真実で、君が謎の言葉とやらを話せるのも本当の事だと思う」
僕は、はいとだけ答える。
「だとすれば、やはり気になるのは君と謎の集団の関係と会話の内容なのだが。君は謎の集団の一員で、重要な話とは私との交渉なのか?」
今度は、いいえと答える。
「そう疑われてしまうのは当然だと思います。ですが、僕が彼らが現れた事を知ったのはあくまでお嬢様を通じて偶然ですし、調査隊に加わった目的も存在確認と、何故突然現れたのかを確かめるためで、他意はありません」
領主様は僕の眼のさらに奥までを射抜くように見つめてくる。
ウィンディアム領は基本平和な地域とはいえ、当然犯罪が起こらないわけは無い。魔法印章を使わなければならない事情からも分かるとおり密輸は常時横行しており、豊かな土地であるため甘い誘惑に流される者も多く、脱税、横領は常に領の重要課題だ。そのような土地を代々治めているのだ、領主として求められる能力は政治的、商人的、他人の機微への敏感さや、物事を見抜く力だろう。
ここで眼を背ければ、それは領主様に僅かでも疑いを抱かせることになる。
僕は眼を逸らさず話を続けた。
「ただ、お嬢様の話を聞いて僕が謎の言葉が喋れる事は納得いただけましたでしょうか」
「そうだな。疑わしいが、聞く限りそこには疑う余地がないように感じる」
要は一応は信じるという意味だろう。
「ですから、次は僕が何故謎の言葉を扱えるのかを説明しようと思います」
「まず、領主様は異世界という言葉を御存知でしょうか」
「異世界?」
知っている筈は無く、領主様は前にファニーに対して説明をした時と似た反応をする。確かあの時は「あなたって時々訳の分かんない事言い出すわよね」だったろうか。事実領主様も訳の分からぬ事を言われている気分なのだろう。
そもそも「世界」に対する認識が薄いこちらの世界ではそれに該当する明確な単語も無く、だとすれば「大陸」がそれに当たる妥当な単語なのかもしれないが、そこは知識量による齟齬だろうか。だから僕が今言葉に発したのもそのまま日本語の「異世界」だ。
僕は懐からいつものメモを取り出し、ファニーにしたのと同様の論法で世界という言葉と考え方を領主様に説く。
まず大中小と三重の円を書き、領、国、大陸とそれぞれの所属を表すことでこの世界の世界観を表現し、次に隣に大きな円を書くことでもう一つの世界、異世界地球の存在を表す。
それに対し領主様は
「ふむ、面白い考え方ではあるな」
と、そう言ってあごひげを擦りながら僕の説明に関心して見せるが、別段話を信じている様子は無い。
まあ、元から一朝一夕で信じてもらえる話でもなし、逆にここで「なに、異世界だと!?」とのたまわれれば、それこそ耳を疑ってしまう。
僕はそう思い話を続ける。
「僕がこの考えを知ったのは五歳の冬のある日、高熱で倒れた時の事です」
領主様は「ほう」と呟いて目を見張る。
信じてはいないようだが、この不可思議な考えを幼少のとき既に知っていたというのには興味を引かれたようだ。
五歳といえば物心ついて間も無く、それほど多くのことを覚えているわけではないが、当時の僕は体が弱くたびたび熱を出す子供で、起きているのと同じほどベッドで寝ている記憶も多い。
上の子とは別の意味で、なかなか手のかかる子だったとは母親の談だ。
今からして考えれば、前世の記憶を思い出してから身体の調子は向上していった気がするので、それはもしかしたら脳の許容量を超えたことによる知恵熱か何かだったのかもしれない。
「後から侍女に聞いた話によると、僕は兄と遊んでいた時に突然倒れたらしく、急遽医者を呼んでも原因は分からず仕舞い。その後、僕は回復の兆しを見せないまま三日三晩に渡って生死の境を彷徨います」
これも侍女に後から聞いた話になるが、倒れた僕は高熱で苦しむ中、わけの分からぬ言葉でうわごとを呟き続けていたらしい。
それは恐らく日本語だったのだろうが、その異常な様に驚いた侍従らは王都を駈けずり有力な医者を探し出し、その総数は五名に及んだらしく、それでも快調に至らなかったため彼女自身はもう駄目かとも思ったそうだ。
「周りは騒然としていたそうですが、幼い頃の話ですし、意識も失っていましたからその間の記憶は全くありません。
ですが、その意識を失っている間に見た夢の内容は今でもはっきりと覚えています。
その夢の中で僕は多くの事を学びました。世界という枠組み、異世界という可能性、地球という星の歩み、日本という国で起こる様々な出来事。
本当に色々な事を学びました」
日本にも伝わる、胡蝶の夢と呼ばれる中国の有名な説話がある。
僕の現状はそれとまた違う事は明白だと言えるが、果たしてと思うことはある。果たして僕が眠っていたのは本当に三日三晩だったのかと。
現実の時間は覆しようの無い事実だが、それほどに夢の内容は深く鮮明だったのだ。
「そして熱が引き、目を覚ますと僕の眼からは何故か大粒の涙がぼろぼろと溢れて、ふと自分の内側に佐倉勇気という名の一人の人間の人生が宿っている事に気が付いたのです」
「・・・」
「・・・」
僕と領主様。二人の間に沈黙が落ちる。
「それはつまり、取り憑かれたということか?」
「そうなのかもしれません」
暫くして発せられた領主様の問いに、僕は明言をせず言葉を濁す。
輪廻転生。それは正しく僕の身に起こった真実なのだが、現実にはたぶん僕の中の話でしかない。
この場にいる二人の友人だが、アーネストに至っては自らの目で見たもの以外は基本信じないとは学生時代からの論調で、現実主義者である彼は魔法庁舎でも言っていたとおり僕の話を信じているわけではない。
ファニーにしても、若く好奇心旺盛な事も相まって熱心に耳を傾けてはくれるが、完全に信じているかと聞けばそれは違うと答えるだろう。
それで果たして真実を伝える事に意味があるのか?と、これはアーネストを待つ10日間にファニーと話し合っていた事の一つだ。
詳しく説明するとなると地球における特定の宗教観までも説明せざるを得なくなり、時間もかかる。かと言ってどれだけ時間をかけて懇切丁寧に説明したところで到底信じてもらえるような話でもない。
そうしてファニーの口から出たのが「もう面倒だから誤魔化しちゃえば」という単純明快な結論だった。
「それも異世界の魂です」
僕は続けてこう言って論点をずらし、領主様は「むぅ」と唸り考え込む。肯定も否定もしていないが、これで領主様の中では僕が取り憑かれたというのはほぼ確定しているだろう。
確かに領主様が信心深いなどという噂は聞いた事が無く、それはファニーの確認も取れている。だが、だからと言って輪廻転生の話を領主様が理解できるまで説明したとして、その話が教会に漏れないという確証も無い。
そんな事になれば大惨事だ。
それに重要なのは自衛隊の話であって、僕の話しでは無い。そのためにも信頼を勝ち得る事は重要でこうして話をしているわけだが、必ずしも真実を語る必要も無いのだ。
「どうでしょう、やはり妄言にしか聞こえませんか?」
「そうだな、先程のファニーの言い様も理解できる。正直なところ君の素性さえ怪しく思えてくるよ」
「素性、ですか・・・それでしたらやはり僕から語るよりも御子息、アーネストから語ってもらうほうがよろしいかと思います」
僕がそう言って横を向くとアーネストと目が合い、それが彼の話を切り出す合図になる。
「じゃあまずは、俺も嘘偽りなく証言する事を誓っておこう」
アーネストは先程のファニーと同様に右手を顔の位置まで上げ宣誓を述べた。
魔法庁舎から屋敷への道中で会話の流れや展開などの打ち合わせは既に済ませてあり、この宣誓もその一部だ。話す事になる場合はファニーもやるので君も一応やってくれと言ってある
しかしその手の上げ方はまるで領主様に気軽に挨拶をするようで、少々不真面目だ。
まあ彼にとっては父親と会話をするだけなのだし、そもそもこの件にはまだ部外者で、直接自衛隊を目にしているわけでもない。僕の手紙で急遽呼び出され今日にも到着したばかりの身でもあるし、この程度の不真面目さは仕方の無いところだろう。
まあファニーは兄のその態度に少々不満を隠せずむくれているが。
「さて、それじゃあ要望通りダニエルの素性を話すわけだが、俺が後見人なのは知ってるよな」
「聞いているが、問題さえ起こさなければいい程度の認識で、これまで気にした事は無かったからな・・・」
僕としても変に詮索されて穿った見方をされるのも嫌なのでこれまで避けてきたが、少なくとも初対面だけでも済ませておけばこれほど面倒な自己紹介は必要なかったのかも知れない。と、これは今更な話だ。
「俺としてはそれで身分証明は十分だと思うんだが」
アーネストは「そうだな・・・」と一呼吸置く。
「例えば、親父はモラトリアム家の名は聞いた事はあるか?」
「いや、知らんな」
まあそうだろう。モラトリアム家は領地持ちでもなく、国内に数多ある貴族、その男爵位に名を連ねる一員でしかない。興味を持って調べようとでもしない限り、そうそう知る余地は無い。
「だとしたらそこを話すのが一番分かりやすいとして、中央政治や戦争に無頓着な親父でもモーダルトンの奇跡については知っているだろう」
「それはさすがに知っているが、しかしあそこは大家だぞ」
「だからモラトリアム家はそこの元分家。王都に屋敷を構える男爵家で、代々騎士を輩出している軍人の家系だよ」
モーダルトンの奇跡とは百五十年の昔に起こった戦争の際、モーダルトンという名の城塞にて援軍も見込めぬ絶体絶命の中、迫り来る五万の兵をその十分の一である五千の騎兵で欺き撃退して見せた、まさに奇跡的な戦勝の記録であり、それは未だに国内外で語り継がれる語り草だ。
そして我が家はその際に奇策をもって一騎当千の活躍をして見せ侯爵位までをも承った軍師名門の家系なのだが、実際のところ家が興されたのはそれから三代のち百年も昔のことであり、本家筋との関りは実情ほぼ皆無と言ってもいい。
まあそれでも我が家のルーツを語る上では欠かしようの無い事実であり、家柄の正統性を表すにこの繋がりはこれ以上に無いのも確かだ
「特に六つ上の長男は王都近衛騎士の百騎長を勤める出世頭で、中央じゃあ少しは名も売れている人物だ。軍の関係で偶に顔を合わせることもある」
「だが、そんな家の生まれにして彼は騎士団に所属するわけでもなく、こんな田舎の文官に収まっているようだが」
「そこはそれ、このように奇妙奇天烈をいう奴だからな。少々浮いている」
アーネストの失礼な物言いはまことに心外だとは思うが、それに領主様は妙に納得のいった顔をして再び考え込み「ふむ、モーダルトンか・・・」と呟く。
権威に靡くわけでは無いが権威に敬意は払う人物であるとは以前に聞いたアーネストの領主様への評価で、この両者は相手の肩書きによって態度を変える点では同じだが、後者の場合、変に弱い態度を見せるような事はないという事だろう。
「領主様」
と、僕の呼びかけに「何だ」と領主様は返答し、目を合わせる。
「僕としましては、こと今回に至っては真実よりも信頼が大事だと考えております」
僕は少し卓に前のめりになり、軽く笑みを浮かべ、緩やかで穏やかな口調で話しかける。諭す様にと言えば分かり易いだろうか。
「聞いて頂いたとおりモラトリアム家は古くから王家に忠誠を誓う家系であり、父には幼き頃からそのように教え込まれて参りました。そして何よりアーネストとファニーの二人は僕にとってかけがえの無い友人で、彼らの信頼を裏切って謎の集団に与するような事は恥辱であり、有り得ない事です」
僕は背筋を伸ばし顔の位置まで利き手の左手を上げ
「誓いましょう」
宣言する。
しかし、少々演技が過ぎて嘘くさかったろうか。
父は南方の騎士団領で二十年以上に渡って小隊の指揮を取っていた勇士だ。王都と離れている事情もあって家を顧みない人ではあったが、厳格で厳しく、何かと家族の事には口を出す人で、王家への忠誠は幼い頃から骨の髄まで叩き込まれた。
二人に対しても誠実に友人だと思っていて、元から裏切る気なんて毛頭無い。これからも良き仲で有れればいいと思っている。
だから言ってる事は別に嘘じゃあないし、心の底から本心なんだが・・・多少胡散臭く、微妙に白々しいとは思わなくも無い。しかしまあ胡散臭いのは最初から仕方ないし、白々しいのは性格だ。これくらいで丁度いいのだろう。
そして僕がそんなことで内心悩んでいる間、領主様はずっと僕の眼を穴が開くかと思えるほど覗き込み、僕は余裕の微笑を崩さず視線を受け続ける。
根比べだ。こちらとしても僕の話を裏付ける物証のようなものは無く、これ以上事情や素性に関して話せるような事は今の所無い。これで信じてもらえないとすると少々強引に話を進めないといけないだろう。
そうして五分十分と時間が経ち経ち、アーネストとファニーの兄妹が飽きて同時に息の合った欠伸をし出す頃に、ようやっと領主様は瞬きをして、口を開いた。
「いいだろう、君の事を一応は信用するとしよう」