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証言

会議室は十数人が集まって話し合える程度の広さで、几帳面な正方形の間取りだ。


屋外には面していない部屋のようで窓は無く、天井付近の壁には換気用の通風孔がいくつか見て取れる。


出入り口側面の壁には大きな黒板が備え付けられ、その隣には資料棚が二台。それらに向き合えるように部屋の中央には蹄鉄のような形の、ゆったりと座れる椅子が九脚並べて置けられるほどのU字型テーブルが大きく陣取る。


テーブルの年輪模様は揃って見えて、まるで一枚板の様に思わせられるが、ファンタジーが当たり前の世界だからと言ってこれほどの大木がそうもある訳ではない。繋ぎ合わせなのだが、角の繋ぎ目は見た目では判らないほどの綺麗な丸みで、表面は指を滑らせても引っ掛かる事の無い滑らかで上質な作りになっている。


しかしテーブルはそのように立派な代物で、本日は鏡のように周りが映りこむほど綺麗に磨かれているが、長年ほったらかしにされていた部屋だけあって、全体の草臥れた感は否めない。


一切の埃も目立たずきちんと清掃され、並べられている椅子も新調してある様子だが、壁や天井は仄かに色褪せ、換気がし難い部屋の構造上のせいもあってか、使われていない部屋独特の埃臭い匂いも染み付いている。


そんな第一印象の会議室に僕が遅れて最後に入ると、領主様は執事の男性に椅子を引かれて席に着こうとしているところだった。


場所は真ん中、そこは上座の席だ。


僕が慌てて「ああ、ちょっと待ってください」と呼び止め、領主様はこちらへと振り向く。


「そちらの席じゃなく、できればあちらに座って頂けませんか」


そう言って僕が指差したのはU字型の片端の席。


今の場所に領主様が座ると、どうしようにも互いの座る位置が中途半端になり会話がし辛く、都合が悪い。僕としては出来れば、向かい合って話をしたかった。


まあこれは断られれば仕方のないことだったが、領主様も理解してくれたのか「そうだな」と了承して椅子を戻し、僕の指示した席へと向かってくれた。


そうして僕ら三人も、もう一方の片端へ向かい、奥から僕、ファニー、アーネストの順で席に着く。


顔を上げて領主様の方を見ると、執事とメイドの二人はどうやら席に座る気は無い様子で、背筋を伸ばし手を前に組み、領主様の後ろに控えている。


「それで、私に話とは何だ」


領主様は僕らが席に着くのを確認すると、すぐさまに話を切り出した。


ここ数日でファニーから聞き及んでいる彼の性格、会っての印象、それからエントランスで立談のまま話を進めようとしていた事からも鑑みて、元々このような場まで出向くつもりは無かった筈だ。焦れている感もある。


僕は『慎重に』と心で唱えて気を引き締め、テーブルの上で手を組み、会話を始めた。


「僕が話したい事と言うのは、現在トムルダの森に駐留している謎の集団の件についてです」


「娘から重要な話があると聞いて何事かと思えば・・・君もその話をするのか」


領主様は露骨に嫌な表情をして、わざとらしい大きな溜息を吐き、背もたれに深く身を預ける。


「最近耳に入ってくるのと言えば、その事ばかりだ」


「と、言いますと」僕は尋ねる。


「今日も領兵の武官が一人、昼頃に取次ぎも無しに直談判に来た。その謎の集団についてだ」


「その武官はなんと言ってきたのですか」


「連中が何か仕出かす前に叩き潰してしまいましょう、とな。・・・最近はこのような類の話ばかりだ。しかも、ここ数日は噂を聞きつけた商人や近隣の長が使いを寄越して、詳しく状況を説明しろと要求もしてきている」


どうやら想定していた以上に噂は広まっているらしい。


その噂がどのようなものであれ、問題が生じた場合商人であれば仕入れや農作物の出入荷の具合が気になるのだろうし、近隣の長であれば諍い事に巻き込まれる可能性を憂慮しているのだろう。


しかも現在のところ領の方針は、相手の出方を待っていたりと曖昧な部分も多い。


事情を見知っている僕からすれば『現状は何も問題が起きていない事』『握手という手法で相手に先手を取られている事』等と、雑多ながらしっかりとした理由もあり、慎重にならざるを得ないのも仕方ないとは理解できるのだが。はたまた、事なかれ主義が過ぎて見えるのかもしれない。


そして領主様は、僕が謎の集団についての話がしたいと言い出してから、どっと疲労感が増しているように窺える。


このような話ばかりと愚痴を零した通り、この手の進言は聞き飽きているのだろう。聞き飽きて辟易としているのだろう。


しかしこれは想定内。


この肥沃な農耕地帯で百年来の平和を謳歌しているウィンディアム伯爵領で、唐突に降って沸いた謎の事態だ。調査隊が帰ってきてからの十日間、行政の長としてこの件の関する話題は煩わしく思うほど聞かされていて当然の事。


「それで、重要な用件とは何だ。下らない内容なら戻らせてもらうぞ」


今度は心底からの溜息を吐いて、僕に対してあからさまに落胆した表情を見せてくる。


先程は、今日も領兵の武官がと言っていたが、領主様からすれば僕もそれと大差は無いのだろう。


いや。娘と息子の伝を頼っている分に、印象はさらに悪いかもしれない。


とてもじゃないがこのままでは、僕の事情を詳しく説明したとしても、まともに取り合って貰えるとは到底思えない。下らない妄想と一蹴されて終了だろう。


であればどうするか。話を聞きたくなるように仕向ければいいだけの話だ。


「領主様、御安心ください」


僕は芝居染みた通りの良い声音で一声を発する。


「こうして御子息、御令嬢の御尽力で、このように貴重な会合の場まで用意して頂いたのですから。そこらの有象無象がしてくる他愛のない陳情とは毛色の違う、有意義な談義とする事をお約束致しましょう」


余裕に満ちた不敵な笑みで、仰々しい言い回しの台詞を言い切るその態度は非常に挑戦的で、傍から見れば相手を小馬鹿にしているように見て取られるかもしれない。


それはその通り。僕は挑発しているのだ、領主様を。


おや、聞かなくていいのかな

聞いたほうがいいと思うけどな

聞かないと損するよ~。


といった具合の雰囲気を醸し出して。


領主様の堪忍袋の尾がどれほどの強度なのかは知れないが、息子と同輩の若造に、しかも自らとその若造の関係は謂わば雇い主と雇い人の関係であるにも拘らず、失礼極まりない不敬な態度をとられているのだ。何事かと興味は惹かれるだろう。


「いいだろう、話して見給え」


領主様は一度腰を起こして深く座り直し、聞く体勢に入って言った。


釣れた。






「まず最初にお聞きしておきたいのですが、領主様は謎の集団が、謎の聞きなれない言語を使用している事は御存知ですよね」


領主様の機嫌をこれ以上損ねるのもまずいので、挑発をするような態度は改めている。かといって畏まった雰囲気で場を緊張させても話が続かない。僕は当たり前の事を確認するように淡々と問うた。


「聞いている。それが交渉を行えず交流の遅れている原因で、謎の集団と呼ばれる最大の要因だとな」


「そのとおりです」


「だがそれは有り得ん事だ。恐らく交渉を引き延ばすための手段であろうな。現に調査隊の一件以来謎の集団は急に色々と喋り始め、ようやく馬脚を現したと連絡員からの報告にもあった」


五百年前の帝国による大陸全土の統一。その時代から現代に至るまで、帝国が分散した今でも言語と文字の統一は大陸中各国で徹底されている。


それは、そのほうが便利だというのも当然あるが、それほどまでに帝国という存在が現代に至るまで影響を保つほど強大な国家であった事の証明でもある。


文字の方は初等教育すら受けられず書けない者も多くいるだろうし、特定の部族や亜人の中には別の言語を内密に扱う集団もいるかもしれない。


だが、ここではあえて区別する為に共通語と例えるが、共通語が喋れなくてはこの世界では生きていくのも難しい。


恐らく正常な心身を保つ者で、共通語を喋れない人間は皆無だろう。


そういった知識を前提として教えられ生きてきた領主様やその周辺の人間としてみたら、報告されている百人以上もの人間が共通語を喋れないなどという話は、眉唾としか聞こえないのも当然である。


しかし、どうやらあちらに置いてきた人員らの第一便の報告は知らぬ間にあったようで、果たして馬脚を現したとは、共通語を喋れない筈が無いとする連絡員の先入観から来る感想か、それとも思っていたより彼らの言語の習得が進んでいるのか。


どちらにしろ、自衛隊はうまくやっているようだ。


「その真偽はともかくとして、彼らが謎の言語を扱うのはご承知して頂いていると思います。ですので、まずはその事を踏まえてお嬢様の話をお聞きください」


「ファニーの話?」


「ええそうよ、お父様」


お前から重要な話があるのでは無いのか?と怪訝な表情をする領主様に対して、僕から会話のバトンを受け取ったファニーが変わりに答える。


続いて彼女は「では」と一つ咳払い、背もたれから体を起こして背筋を伸ばし、すっと顔の位置まで挙手するように右手を上げる。そして細く一息吸って「私ファニー・ロナ・ウィンディアムは、嘘偽り無く証言する事をここに誓います」凛とした声音で先生の前口上を述べる。


そう、今の宣言どおり彼女にはこれから証言をして貰おうというのだ。


これから展開するのは領主様の理解の範疇を超えた、突拍子も無い話ばかりで、しかも僕はそれを証明する手段を持っておらず、完全に信じてもらう事はほぼ不可能。


ならば僕に出来ることといえば


こちらの言だけで信用してもらうしかない。


だから重要になるのは信頼性と信憑性、これはそれを高めるための演出だ。


「じゃあ早速話させてもらうわね。


そもそも私が調査隊に加わりたいと言い出したのは、ダニエルが謎の集団の事を知っているかもしれないと言ったのが原因なのよ。お父様はいきなり執務室に入ってこられて驚かれたかもしれないけど、あの日私が急にそんな事の言い出したのには、そういう理由があったの。


まあそのせいで調査隊があんな大所帯になってしまったってダニエルに少し文句も言われたけど、結局何の問題も起きなかったし、向こうの提案で握手をして友好の確認も出来たのだから結果的には良かったと思ってるわ。


それにお父様も、相手がならず者の集団じゃないのが確認できて安心してたわよね。


で、ここからが本題なんだけど。これまで内緒にしていたけど、実はその握手の時、ダニエルに頼まれて一緒に紙切れも渡していたのよ。彼がいつも持ち歩いているらしいメモの切れ端よ。


ダニエルは私から代表者に渡されたその紙切れに、向こうの文字で、夜、広場、合図、って書いたらしいわ。急だったからそれだけしか書けなかったらしいけど、つまり夜に広場で合図をくれって意味ね。


それで私達はその通りに行動するため、夜寝静まるのを待って抜け出して、村の広場に向かったの。


着いた時にはまだ何もない様子だったし、調査隊の見回りもいたから私達は物陰で隠れていたわ。


文字が読めたら現れる、読めなかったら現れない。ダニエルの事を疑っていたわけじゃないけど、信じ切れなかった私は待っている間ずっとそわそわしてた。でもダニエルはその時にはもう確信していたみたいで、何も気にしていない様子だった。


そうして暫く待つと、ダニエルが広場の合図に気付いたの。


やって来たのは、握手の時にもいた全身緑色の服装をした謎の集団の一人。ダニエルから事前に聞いていて先入観もあるかもしれないけど、いかにも軍人といった風体の男だったわ。


そしてダニエルはその人と話し始めたの。謎の言葉、日本語で。


全く聞いたことのない言葉で、二人が何を話してるのか全然分からなかったわ。


その様子は、私が言ってしまうのも変だけど流暢で、二人はその言葉で会話していることに全く違和感が無いみたいだった。


でも私にはそれが余計に気持ち悪くて思えて、少しだけダニエルが恐かった。


さっきまで普通に私と話していた人が、急に別の言葉で謎の人物と話し出すなんてありえないから当然よね。


まあ私がそう言ったら彼は慰めてくれたし、ちゃんと私の事も考えて会話の内容をメモに書いてずっと教えていてくれてたから、それで少しは心も安らいで恐いのも薄れたけど。


その後は、突然接触してきた私達の事が信用できないらしくて協会の裏手まで移動して自己紹介をしたり、その次は例の馬のない馬車の中まで入って私が握手をした謎の集団の代表者ともう一度顔を合わせたりもしたけど、私はずっと彼の手元を見て文字を目で追っていただけだったわ。


私の事は調査隊の責任者だと認識されていただろうからその場にいた意味は大いにあったのだろうけど、話をしているのはダニエルと謎の集団だけで、私は彼の横で座っていただけ。


だからあの場についてこれ以上私から話せることは無いと思う」


ファニーは一気に話して疲れたのか、一度大きく息を吸って吐く。


「以上が調査隊の責任者としての私の証言よ、お父様。まだダニエルが彼らと話した内容とか重要な事は何も言ってないけど、正直に言って私も理解できてるわけじゃない。これから話すと思うけど、お父様も彼が何を言っているのか分からないと思うわ。でも私は彼の事を信頼していて、嘘は言っていないと思ってる。だから私は、お父様を説得する為にここに座っているの」


終わりに近づくに連れ次第にファニーの語気は強まり、そこまで言い終わるとファニーは卓の上に両手を置き、はいおしまい、といった感じに「くぅー」と声に出して大きく伸びをする。


一気にダレてしまった。


分かっていたことだが、ファニーはこの様な場は性に合っていないのだ。様になっていたから似合ってないことはないが、普段を見慣れている身からすると、やはり彼女は好奇心旺盛に目を輝かせているか、もしくは今のように少々ダレている時の方がらしく思える。


それにしても。証言の内容はファニー自身の言葉で語ったほうがいいと思ったので、大まかに決めただけで口出しはせず後は任せていたのだが、最後のは予想外だった。


いや、信頼されているのは自覚しているし、こちらの真摯な気持ちも伝わってそれはいいことだとは思う。だから予想外ではないのだが、しかし、ああも真剣な表情で信頼されていると言われるのは少し気恥ずかしいものがある。


「お嬢様の話は理解していただけましたでしょうか」


僕は気を取り直し領主様に尋ねた。


「ファニーが君の事を信頼しているのは分かった。娘はまだ幼いが、悪意のある人間に近づくほど愚鈍ではない。君は息子の友人でもあるのだし、悪い人間ではないのだろう」


「そう思っていただけて有り難いです」


「だが、完全に理解できたわけでは無いが疑わしき点は多々ある。ファニーがこうまで語るのだから、見てきた事は真実で、君が謎の言葉とやらを話せるのも本当の事だと思う」


僕は、はいとだけ答える。


「だとすれば、やはり気になるのは君と謎の集団の関係と会話の内容なのだが。君は謎の集団の一員で、重要な話とは私との交渉なのか?」


今度は、いいえと答える


「そう疑われてしまうのは当然だと思います。ですが、僕が彼らが現れた事を知ったのはあくまでお嬢様を通じて偶然ですし、調査隊に加わった目的も存在確認と、何故突然現れたのかを確かめるためで、他意はありません」


領主様は僕の眼のさらに奥までを射抜くように見つめてくる。


ウィンディアム領は基本平和な地域とはいえ、当然犯罪が起こらないわけは無い。魔法印章を使わなければならない事情からも分かるとおり密輸は常時横行しており、豊かな土地であるため甘い誘惑に流される者も多く、脱税、横領は常に領の重要課題だ。そのような土地を代々治めているのだ、領主として求められる能力は政治的、商人的、他人の機微への敏感さや、物事を見抜く力だろう。


ここで眼を背ければ、それは領主様に僅かでも疑いを抱かせることになる。


僕は眼を逸らさず話を続けた。


「ただ、お嬢様の話を聞いて僕が謎の言葉が喋れる事は納得いただけましたでしょうか」


「そうだな。疑わしいが、聞く限りそこには疑う余地がないように感じる」


要は一応は信じるという意味だろう。


「ですから、次は僕が何故謎の言葉を扱えるのかを説明しようと思います」



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