一話
大陸に栄えある三大国の一角、イズム王国。
その北方。背に大陸随一の山脈地帯であるトムルダとその麓に広がる大森林を雄大に構える、ホーウェン地方ウィンディアム領。
この領地の大部分は緩やかな勾配が地平線まで見晴らす高原地帯であり、また南方各国の物流においては大動脈ともされるソシエ川水系の源流が流れる地域でもある。
その様な地形の恩恵から古来よりこの地域では盛んに農耕文化が営まれており、特に王国が成り立ってからは穀倉地帯として意欲的に農地の拡大が画策され、昨今の巷間では王国の食糧庫とも呼び称されている、伯爵領地だ。
その領都の役所にて、魔法文官と言う少々特殊な立場でそれなりに忙しく暮らしている僕、ダニエル・サニー・モラトリアムの下に謎の一報の情報が届いた。
日々勤めている魔法庁舎の裏庭で、昼食後のシエスタをまったりと過ごしていた時の事だ。
その謎の一報を報じた者が言うには十日ほど前、北西の森近くの村に、謎の格好をして、謎の武器を持って、謎の言葉を話す、謎の集団が突然現れて『偉い人に謁見して話し合いたいことがあるから伝えてくれないか』と言って来たと言うのだ。
謎、謎、謎。謎ばかりだ。
これを聞いて放った僕の一言は
「何だそれは、まるで訳が分からないぞ」
だ。当然である。
「それで、僕の昼寝時間を邪魔してまでその話を聞かせて、どうしろと言うんだ」
「いやねぇ、ただ君の意見が聞きたいだけよ、私は」
そしてその一報を、何故だか面白がった調子で態々僕に届けにやって来たのがこいつなのだが、この度その一報を領の役所に届け出たのは旅商人の一団で、こいつはその一員と言うわけではない。
こいつの・・・いや、彼女の名前はファニー・ロナ・ウィンディアム。このウィンディアム領を治める伯爵領家ご当主様の一人娘、つまり貴族様のご令嬢だ。
年齢は僕より六つ下の十四歳。
髪は母親譲りの鮮やかに赤い、フワリとしたくせっ毛で特徴的。なのだが、以前に自分で髪を適当に切りそろえて短髪にしたことがあるらしく、以来その母親から切ることを許されていないそれを、今は何処にでもあるゴム紐で後ろに括って縛っている。
服装は動きやすいからと、触れてみれば良質と分かる程度の野暮ったい綿生地の白シャツに、下はジーンズをサスペンダーで止めて、上着には牛革のベスト。
小柄で凹凸の目立たない体型も相まって、ふとした見た目は髪の長い少年のような出で立ちだ。
このように、とてもご令嬢とは言い難い格好の彼女だが、それでも本来なら舐めた態度をとろうものならば即日には免職を言い渡されてもおかしくは無い関係なのだけれど、しかしそこは家名があることから分かる通り、僕もまた貴族の一員。魔法文官と言う立場ある身でもある。
それに比べれば彼女はそもそも領主様本人でもなし、さらに言えば御兄弟もいらっしゃるから将来的に伯爵領家を継ぐのでも無い。
つまり実情、立場的には僕もファニーも似たようなものなのだ。
・・・まぁ、かと言って上司の娘相手にこんな態度を取るのは僕ぐらいのものなのだけれど。
僕は諦め小さく溜息を吐き、彼女の質問に答え始める。
「そうだな・・・まず、武器を持った集団なんだからどこぞの軍隊なのかもしれないな。わざわざ偉い人間に会いたいと言っているのだから賊の可能性は少ないし、妙な格好というのも軍隊なんだとしたら、まあ説明がつくのかもしれない」
「そうね」
「それに、聞いた限りその旅商人も慌てた様子でも無いのだから、村で略奪が行われていたりするわけじゃないんだろう」
「ええ、旅商人は荷物も身なりもしっかりしていたし、脅された様子でも無かったわ」
「んー・・・だとしたら、一番分からないのはその謎の言葉だな」
「言葉?」
「話の感じだと、その集団は日常的に会話が通じていないんだろう」
「まあ現れて十日ほどしか経っていないらしいから日常的と言っていいかは分からないけど、そうなんでしょうね」
「軍隊の事情は所属したことが無いから詳しくは分からないけど。特殊な任務を担う部隊があるのだとしたら、秘密保持のために独自の言語を使っていても不思議じゃない。暗号みたいなものだな。でも日常会話も通じてないんだとするとそれはさすがに異常だ」
「なるほど。そうね、それを聞いて思っただけど、そもそもその集団は言葉も通じないのにどうやって旅商人に伝言を頼んだのかしら」
「そうだな。まあそれは、そいつらが本当に言葉が通じないんだとしても、いくつかやり様はある」
「へぇ、それはどんな」
そうだな、とまた一言呟いて。僕は傍らに転がっている少し先の尖った石を手にして、地面に絵を描き始める。
その唐突な挙動を見てファニーは訝しげに
「何を描いているの?」
と聞いてくるが、僕は彼女の言葉を無視して絵を描き続ける。そして最後に『完成!』といった感じで跳ねる様に手を振り上げた。
「で、これは何なの。何の絵なの」
「うん。まあ、つまりそう言うことさ」
「だからどういうことよ」
「この絵に意味はない、これは何にでも見えるような絵を適当に描いただけ。僕が知りたかったのはさっき君が言った『これは何?』という言葉だったのさ。後はこれさえ分かれば、例えばリンゴを手に持って誰かに『これは何?』と聞けば、それはリンゴと呼ばれるものだと教えてもらうことが出来る」
「あー、なるほど」
「それ以外には、例えば自分を指差して名乗ることで自分の名前を教えるだとか。コミュニケーションをとるには名前を知り合っていた方がスムーズに進むからね。後はオーバーに身振り手振りで伝えたいものを表現するだとか。まあ言葉なんて分からなくても意志疎通の方法はいくらでもあるし言葉を知る方法もあるということだよ」
「やっぱりダニエルは面白いわね、私が認めるだけのことはあるわ」
そう言ってファニーは愉快そうに目を細めて笑う。
どうやら僕は彼女に認められていたようだ。
いつもこんな感じで大事な話も重要でない話しでも、適当につき合わされているから嫌われてはいないとは思っていたが、認めていると言われるとは思っていなかった。
まあファニーに認められたところで上司である伯爵様の心象が多少なりとも良くなる程度だけど、そんなでも女の子に認めていると言われるのは純粋に気分がいい。
大事な休憩時間だけど、この話にもう少し付き合ってやることにしよう。
それにその謎の集団というのも、興味本位ではなく気にはなる。
なんていうか、妙な胸騒ぎがする。
「それで、ファニーの事だから旅商人に詳しく話を聞いたんだろうけど、『謎』ってこと以外にはその集団について何か言ってなかったのか?」
「そうね。・・・ただ、その旅商人も最初から関っていたわけじゃなくて。いつものように立ち寄ったら村がそんな状態だっただけで、大体は村人から聞いた話だから詳しいことは分からないらしいのよね」
「でも村人から話が聞けたってことは、旅商人はある程度の自由は許されていたんだろう?」
「ええ、そうね。基本的に民家の一室に軟禁状態だったけど、監視付きでなら自由に出入りも許されていたらしいし。それが二日ほど続いて、三日目の朝には普通に開放されて、そのときに伝言を頼まれたらしいわ」
「ふーん・・・」
「で、その旅商人が村人から聞いた話だと。最初はとにかく突然現れたからからどうしていいのか分からず、賊だと思った数人の村人が農具で襲い掛かったらしいのよね。まあそれも魔道具を使われて即座に取り押さえられたうえ、奥からぞろぞろと仲間が出てきて村は制圧されてしまったそうだけど」
「ぞろぞろとって、そんなに大人数なのかその集団は」
「旅商人が見た限りでは、百人以上は居たそうよ。まあ制圧された村で、しかも行動は制限されていたから村全体を見られたわけじゃないけど。ただ村人に聞いた話だと、村人は森のほうじゃなければ自由に出歩くことを許されていたそうだけど、森の入り口には何人も人が立っていて、中には絶対に立ち入らせてもらえない状態らしいわ」
「百人、それに森の中か。ぞろぞろと出てきて立ち入りを禁止してるって言うんだから、奥に何か拠点みたいなものがあるのかもしれない。だとしたら正確な人数は検討もつかないな。」
「でも拠点って言っても、森の向こうはトムルダよ」
そう、トムルダだ。多くの山々が連なる大陸随一の山脈で、連峰の一番高い山の頂上は天を突くとまで言われ、山深くには未知の怪物も多く生息する、人間にとっても亜人にとっても未開の秘境だ。
山脈を横断したという冒険者や探険家の話は数例聞いたことがあるけど、それほど深い場所ではなかったはずだ。それに、軍隊のような大人数の集団が、それらと同じような行動をとることが果たして可能だろうか。
・・・有り得ないとまでは言い切れないけれど、誰にも気取られず、それも突然現れるとなるとその有り得なさは、さらに度が増す。
「その村人が取り押さえられた時に使われた魔道具って言うのは、謎の武器と同一なのか?」
「んー、そこは聞かなかったから分からないわね。それに謎の武器って言っても旅商人がそう言っているだけで、本当に武器なのかは分からないのよ」
「何だそれ?」
「先の方が筒状になっている妙な形のもので、ベルトをこう肩に掛けてそれを背負っているらしいんだけど。旅商人が気になって少し触れてみようとそれに手を伸ばすと、めちゃくちゃ怒鳴られたんだって。言葉は分からなかったけどすごい剣幕で。後からそれは凄く危険なものだと説明されたって言っていたわ」
触ったら危険なもの、だから武器か。
それにしても先が筒状、それはもしかして。
「銃、かな?」
「銃?」
「魔道具じゃあないんだけど、火の秘薬を筒の中で爆発させて鉄の玉を弾き飛ばす武器のことだよ」
「へぇー、銃なんて聞いたことがないけどそんな武器があるんだね」
「実際にあるかどうかは分からないけどね」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。それより他には何か無いのか」
「後は服装だけど、旅商人だから色々な場所を渡り歩いているそうだけど、それでも一度も見たことの無い、全身緑色のごてごてした服装をしていたらしいわ。それも全員が」
銃、そして全身緑色の服装をした集団。
その姿を思い浮かべて、既視感を感じる。
どこかで見たような格好だ。
そう、ずっとずっと昔、僕のまだ生まれる前、
僕がまだ地球と呼ばれる星で日々を送っていた頃、テレビで見た
「その集団は自分たちの事を何か言ってたりはしてないのか」
「そうそう、言い忘れてたけどその集団じえーたいって名乗ってたらしいわよ」
じえーたい。
それは、それはもしかして
「本当にそう名乗ったのか?」
「そう言ってたわね」
「だとしたら、それはもしかしたら異世界から現れたのかもしれないな」
「異世界?」
「異世界、異なる世界、現在いるのとは別の世界」
「ダニエル、あなたって時々訳の分かんない事言い出すわよね。まあいいわ、なかなか楽しい意見だったし、もうすぐ昼休みも終わりだから仕事でしょう。じゃあね」
ファニーはそう言って、鼻歌を歌いながらの気軽な足取りで去っていった。
それにしてもじえーたい。それは果たして僕の想像した通り自衛隊なのだろうか。
そうなのだとしたらどうやって。いや、どうしてこの地に現れたのだろうか。
僕が生まれ変わって、それなりに忙しく暮らしているこの地に。
初めて投稿します
タイトルは思いつかなかったので適当です
よろしくお願いします