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卑怯者が視たゆめ

作者: 八島えく
掲載日:2014/11/04

「よう、諏訪」

 そう言って夕暮れ時に僕の社へ来たのは、大嫌いな雷神だった。



 今は神無月、八百万の神々は会議のために出雲まで皆出張だ。

 僕――建御名方(たけみなかた)は、目の前の雷神への誓いを律儀に守って、この信濃から出ずにいる。だから出雲へ出張したことはない。


 雷神・建御雷(たけみかづち)――僕が鹿島と呼ぶその男は、風呂敷包みを片手に下駄をからころ鳴らしながらやってきた。

 深緑の法被に、額や手足に巻かれた包帯が特徴のその男、僕はこいつが嫌いだ。

 かつて天から遣わされ、鹿島はいきなり地上の統治権を譲れと僕の父に迫った。僕はそれが気に入らず、無謀にも鹿島に挑んだ。そして負けた。出雲から遠い地のここへ追い込まれ、ここから出ないという約束のもと命乞いをした。


 その約束は守られ、今でも命は繋がれている。


「鹿島か。何の用だ」

「何だよ冷てぇなぁ。出雲会議の合間を縫ってわざわざ会いに来てやったっていうのにさ」

「ご足労かけたな。風呂敷の中身を僕に渡して、すぐに出雲まで戻っていいぞ」

「ひでえなー。今日のぶんの会議は終わったからさ。明日は休むってあっちには言ってあるし、心配しなくていーぞ」

「心配などしていない!」

「あ、やっぱり?」

 鹿島は僕の言葉にめげず、飄々と笑って見せる。僕が何を言ってもこんな反応しか見せないから余計に頭にくる。自分がこいつに振り回されているのがよくわかってしまう。

「ま、それは置いといてさ。ほれ、菓子」

 鹿島が風呂敷を広げる。中には、沢山のお菓子が入っていた。思わずそっちに目を取られる。正直、甘いものが大好きな僕は、この手のお土産に弱い。

「これ、出雲の菓子か?」

「そ。お前の親父からもひとつ預かってる」

「む、そうか……。出雲に戻る時、僕は元気にしていると伝えてくれ」

「はいよ、諏訪」

 鹿島はそう言って、許可なく僕の頭を撫でる。僕は鹿島より頭ひとつくらい小さい。筋肉だってついてないし力もないし、奇跡を起こす神力だってまだ使いこなせていない半人前だ。それを思い知らされるから、こいつに撫でられるのは癪だ。同時に悪くないと思ってしまうのが一番癪だった。

「か、勝手に撫でるな……」

「いいじゃんか。撫でやすいんだよ、この位置」

「背が低くて悪かったな!」

「そのうち伸びるさ。早く大きくなれよ」

「余計なお世話だ」

 

 大嫌いであるはずのこの男を、社の中へ入れてしまう僕は甘いんだろう。

 鹿島という雷神は、高天原(日本の天上みたいなところ)を代表する武神で、とても強い。神力を自在に使いこなし、いくつもの戦場を勝ち抜いてきた。高天原だけでなく、中つ(ちじょう)の神々や人間達からの信頼も厚い。

 だけど鹿島は、『勝ち』というものに異様にこだわる。勝つためならばどんな手段も使う。たとえ、それが神としての道を外れる行いだとしても。

 以前、鹿島は神々に反逆する一族を粛清するために、一族の赤子をも手にかけた。件の国譲りの時だって、僕に勝てるよう神力を増幅させる薬を服用していたらしい。奇襲や罠だけですむなら可愛い方だ。僕が鹿島を嫌うのは、そういう卑怯者なところにあると思う。


 絶対に相いれないと確信しながら、その一方であと一歩だけ近づけるのではないかと考えてしまうのもまた事実だった。

 要するに、僕はこの男を嫌いになり切れないのだ。


 社の奥に通し、とりあえず雑炊を出してやった。昨夜の鍋の残りを煮込んだ簡単なものだ。ついでに酒もついでやる。僕へのお菓子と一緒にお酒も小脇に抱えていた。僕が酒を飲まないのは鹿島も知っているから、たぶん鹿島だけのぶんだろう。僕のぶんは、もう一つの炭酸飲料なんだろう。

「うん、美味いな」

「それはどうも」

「俺はこういう料理とか難しくてな。どうやったらこんな美味くできるんだ?」

「特別なことはしていない。市販の鍋のもとを鍋に入れて、野菜と魚と肉を入れて煮込むだけだ。雑炊はお米を入れればいい」

「それでこんなになるのか? 俺がやると必ず焦げるんだよな」

「火力が強すぎるのかも知れないな。おまえ、確かひとりだっけ? 機会があったら料理みてやる」

「へえ、直接手ほどきしてくれるんだ?」

 鹿島が杯を傾けて、にやっと笑う。

「な……っ、う、うるさい! 一度だけだ! 機会が来なければしない!」

 どうして僕は、鹿島と次に会う口実を自分から作ってしまうんだろう。鹿島に言われるまで気づかなかった。

「じゃあ次の機会を何としてでも掴まないとなあ」

 雑炊をすすりながら鹿島はそんなことを言う。からかいだ。からかいに決まっている。

「来ない! 絶対、こない」

「来たらいいなー」

「そういうこというと食後の茶は出さんぞ」

「あ、出してくれるつもりだったんだ?」

「……っ。いいから食べろ!」

「うん、頂いてます」


 雑炊をすっかり平らげ、お酒も底をついた。すっかり外は暗く涼しくなった。

 僕は酒瓶や鍋を片づけておいて、その間に鹿島を風呂に入れてやった。泊めてやるつもりはまるでなかったけど、夜の中つ国は何かと物騒だし、こんな時間帯に外へ追い出すのは気が引けた。もっとも、高天原の『兵器』と言われるほどの雷神なら、異形はびこる中つ国に放られても大丈夫なんだろうけど。


 夕食と酒の後片付けをして、約束通りお茶を出してやる。その後僕も風呂に入って、夜のちょっとした茶会に付き合ってやった。

 そして布団を用意した。お客用の一室とかあればいいんだけど、あいにくその一室は現在物置状態になっている。仕方がないから僕の寝室で仲よく隣で寝ることになってしまった。


「寝間着まで借りちまってすまねーな」

「別に、どうということはない。丈は大丈夫か? スサノオ様がおいでになった際のものなんだけど」

「ああ、スサ坊のだったのか。問題ないよ」

「そうか、よかった。おまえの床はそちらだから」

 僕は鹿島の分の床を指さす。鹿島がのんびりと横になったのを確認した僕は、そっと灯りを消した。


 月の光が明るい夜だった。僕はうとうとと眠っていく。

 ゆっくり夢の中に落ちて行って、そのまま朝を迎えるはずだった。


 それを壊したのは、鹿島だった。

 

「く、ぅ……」

「……?」

「うぅ、っぐ、……、はー……はー……っ、はぁ……っ!!」

 一瞬、心臓が跳ね上がった。鹿島のうめき声で、僕の頭がすっかり覚醒した。

 ただごとではない。思わず布団を跳ねのけて、隣で寝ているはずの鹿島を伺う。


 額や首から汗を大量にかいている。息が荒くて、胸と肩が上下する。顔が苦しそうに歪んでいて、見ているこっちが苦しい。

「か、鹿島……? どこか苦しいのか……!?」

 鹿島の肩をそっと揺する。目を覚ましてくれるだろうか。僕の声と手は届いているだろうか。

「鹿島、何か言ってくれ……。頼む、返事しろ……っ」

 いつも飄々として笑っている男が、これほどまでに苦しそうにしている。こんな顔初めて見た。

 もしも鹿島が重い病にかかってしまっていたのだとしたらとか、もしかしたらしんでしまうのではないかとか、嫌な予感ばかりがよぎっては消えて行く。

 泣きたくなるのをこらえて、僕は必死で鹿島を呼び起こす。肩を揺すって、とにかく声を出して。鹿島、かしま、と名を呼ぶ。

(お願いだ、声……届いてくれ)

 僕が呼んでも鹿島は呻いている。息が苦しいのか? 何か体に異変が起こっているのか?

「鹿島、鹿島……っ!!」

 思わず、鹿島の手を握り締める。何度も何度も名を呼んだ。


「駄目だ……そっちに行っちゃ、だめだ……。頼む、止まってくれ」

「行くってどこへ? 僕はどこにも行かない、おまえの隣にいるよ、だから、」

「そっちに行ったら、たたりがみになっちまうよ……」

(何を言ってるんだ? 祟り神? 鹿島はどんな悪い夢を視ているのだ?)


 鹿島が苦しそうに声を絞り出している。目じりからじんわり涙が浮かんできて、僕より大きなもう片方の手が宙を掴んでいる。何を掴もうとしてるんだろう。その先に、大切な誰かがいるんだろうか。

 

 その誰かは、一体だれ? 僕の知っている者か――?



「……ぁ」

 今にも泣きそうな鹿島が、目を覚ました。僕もようやくほっとした。悪い夢から醒めたみたいだ。


「鹿島、大丈夫か? ずいぶんうなされていた」

「ゆ、ゆめ……」

 鹿島の額と首から大粒の汗がだらだらと流れている。深く呼吸して、心臓のどきどきを必死に押さえつけている。目線が、天井をうろうろしていた。

「鹿島……」

 寝間着の袖で汗をぬぐってやる。袖があっという間に汗を吸い込んで濡れた。


 すると、鹿島はいきなり僕の手首をぐっと掴んだ。そのまま自分の方へ遠慮なしにひっぱりこんできた。

「ぶっ!?」

 思いっきり、僕は鹿島の胸に鼻をぶつけた。地味に痛くてじんじんする。鼻をさする余裕もない。

 鹿島はそれくらい強く僕を抱きしめていた。

「ひゃ……っ? 鹿島……? こら、ふざけて、るのか」

「よかった」

「……え?」

「よかった、戻ってきてくれた……。よかった……」

「かしま?」

「諏訪……たのむから、いなくならないでくれ。ひとりで背負い込もうとしないでくれ……」


 夢の中で視ていたのは、僕だったんだろうか。夢の中の僕が、鹿島をこんなに苦しめてしまっていたのか。


 ――初めて見た。鹿島の、あんな泣きそうな顔。

 

 いつも余裕で、飄々としてて、不敵に笑ってて、まるでつかめなくて。

 自分なんてとうてい届きそうにない好敵手……いや好敵手ですらないんだろうけど。

 腹だたしいくらい強くて大きくて、僕なんか一生かかっても勝てっこないような鹿島が。


 こんなにも、弱々しく僕にすがりついてくるなんて。

 

 卑怯者で外道で、血も涙もなくて、目的のためならどんなに手を汚したって構わない。

 そんな面ばかり見せつけられていたから、大っ嫌いという感情ばかりが募っていた。

 何度か揺らいだこともあるけど、それでも奴が嫌いという気持ちは消えずに残ってる。


 今度こそ揺るがされたかもしれない。


 鹿島、なあ鹿島。


 おまえをそんなに不安にさせるわるいゆめは、一旦どんなゆめなのだ?

我が家の諏訪坊やが鹿島兄さんの視方を変える分岐点のようなお話でした。今まではいろいろあってもアレコレあっても「嫌い」という気持ちに変わりはなかったのですが、今回の鹿島の姿を見て、今まで抱いて来た鹿島への感情やイメージは違うのでは? と考えるきっかけでした。

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