7話 GTT──Gorilla Teacher Takasi──
同時刻。
帝王とドMサンドバック(なお本人は否定)と共に学食を訪れた悠馬は新たな刺客と対峙していた。
(なんでアンタがここにいるんだ)
そう思ってその場を立ち去ろうとした時には、既に奴は悠馬と一樹がそこにいることに気づいていた。
SEをつけるならば、ドスドスとBGMをつけるならば、日本で作られシリーズ化した某特撮怪獣映画の曲が流れてきそうな巨体といかつい顔がこちらに向かってくる。
「ききききき霧崎。ああああああれ。」
「ああ、厄介な奴に見つかったな…。」
基本的に学食は生徒だけではなく、教師も使用できるが、彼がいるのは珍しい。というよりは前例がない。
なのに。
それなのに。
出くわしてしまった。
彼らの下に向かってくるのは、上下ジャージ姿で角刈りのいかにも体育教師な格好をした中年男性。
いくら体育教師といえど、そこまで鍛える必要があるのだろうかと思えるほどのムキムキな体でそのゴツさが顔にまで伝染したかのような通称、服着たリアルゴリラ。
新庄隆司。
手に黄色いものもしくは長いものを持っていたとしたら、もはやそれはバナナ的な何かにしか見えない。
そんなゴリッ…隆司は野太い声で脅すように2人へと問いかけた。
「さて、お前らに用がなければわざわざ食事を中断してまでここへは来ない。何の用か…わかるよな?」
「な、なんでここにいるんすかねぇ?普段はここに顔出すことなんてないのに。」
一樹が作り笑い気味にイレギュラーの原因を聞くが、思わぬ刺客がもう1人。
やはり。
敵は敵だった。事が落ち着いても味方にはなり得ない。
「西宮から教えてもらってな。お前らがここに良くいる、と。」
はぁ!?という視線を2人して莉奈に向ける。
すると、さっきまで黙っていた彼女が悠馬の予想を超える言葉を口にした。
「あの…新庄先生。すみません、実は私、霧崎君に用があってここに彼を連れてきたんです。お借りしてもいいでしょうか?」
「そうだったのか。………うーむ。仕方ない。今回は西宮の顔に免じて霧崎は返してやる。霧崎は。」
隆司が「霧崎は」の部分だけ無駄に強調しているあたり莉奈が一樹に用事がない以上、彼は説教を免除するのは悠馬だけにするつもりのようだ。
「あ、先生。西宮は俺にも用があるみたいなんで。」
どさくさに紛れて一樹も同じ手で逃げようと企む。
しかし、何度も言わせてもらうが現実は非情であり、そう上手くはいかないし、莉奈がいかせない。
「ないです。勝手についてきました。断っても断ってもしつこくて。」
「え”っ。そんなことしてないよね!?逆にお前が勝手についてきたんやろ!?」
驚きのあまり関西弁化する一樹。
そこでピンと考えが浮かんだ彼は莉奈にコソコソと小さい声で話しかけた。
「そこはちょっとさ、霧崎のついでに俺も庇って……。たまには奢ってやるからさ。」
最後にもう一度。
現実は。
非情である。
「庇うつもりはないわ。本当に霧崎に用があるもの。それに私には弁当がある。あ、そういえば先生。今日草野君の部屋に行ったら妙に女物の下着があった気がする。最近噂になってる下着泥棒と何か関係あるのカナー?」
「ほう………これはみっちり聞き出すべきだよな?」
「え…ちょ…あの…う、うん?ナニソレ?オレシラナイヨ?」
知らくて当然のことである。
実際、一樹の部屋には思春期なら興味を持ってもおかしくはないR18なあはーんな本はあっても下着実物は流石にない。一樹もそこまでは落ちていなかった。
つまり。
莉奈のハッタリなので一樹には身に覚えも泥棒した記憶もない。
彼が隆司にその場でしっかり説明をし、誤解を解けば少なくとも事は軽く済んだかもしれないものを前触れもない突然の濡れ衣x2に慌てたせいかカタコトで棒読みになってしまっているところが一樹の怪しさゲージを余計アップさせていた。
むしろもう振り切れている。
「チッ、何やってんだ西宮。こうなったら草野逃げ」
逃げるぞと、言い終わる前に突然莉奈が悠馬の腕を掴んで別のところへ連れて行こうとした。
ぐいぐいと引っ張る力はそれほど強くないものの抵抗をしない限り人を連れて行くには充分な力だったため少しバランスを崩しながら歩かされてしまう。
「はーい、霧崎はこっち。用があるって言ったでしょ。」
「おっと。お、おい、何しやが…」
「あぁっ!二人のゴリラに引き裂かれる俺たちの友情!まるでロミオとシンデレラver男!」
流石に理不尽すぎるのでたまには一樹の味方してやろうとしたが、彼の叫びにより一瞬にしてその気持ちはゴミ箱へ見事ホールインワン、おめでとうございます!
「あ、すいません、たまには助けようとした俺が悪かったです。俺そっちの趣味はないんで。」
「霧崎ィィィィィィィィィ、あ、ちょ、ちょ、ちょマジで連行されんの?」
男の友情(実際そう思っているのは一樹だけ)は、悠馬の冷めた返事により簡単に砕け散ってしまった。
「ま、頑張って。」
「アンタ俺に恨みでもあるんですかね!?」
「ほら、悠馬。行くよ。」
「無視!?」
そのまま悠馬と莉奈は学食から去ってしまう。なんのために学食へ赴いたのだろうか。
そう一樹が思っているうちに彼の後ろから隆…ゴリラが迫り来る。
「話は終わったか?」
「いやこれから目の前の人を殺す人が『遺言は言い終わったか?』って言うようなのノリでそんなこと言わんといて!殺す気ですか!?死ぬの俺!えーと、ええと…お母さんお父さん今までありがとうございました。僕は今からゴリラに食されようとしています。亡骸はどうかゴリラから遠いところへ…。」
「とっとといくぞ」
ズルズルズルズルーーーーっっ!(part2)と莉奈より強い力で一樹は引きずられていく。
ああ…よく引きずられる日だなと今日の運を呪うしかなかった。
そして、
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
本日何度目か分からない一樹の断末魔が学食内に響き渡る。もはや学食は動物園化していた。
弄られ役とか身代わり役って一度確定するとずっとその役回りなんだな、と悠馬は後に語る。