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3話 悠馬が生きる世界

「……………………あのさ。……あのあのあの。…俺まで巻き込まなくて良かったんじゃないかな!?」


あの後遅刻するからと全速力で走らされ、いざ学校についてみると、あら不思議遅刻ギリギリどころか大分余裕があった。

無理矢理起こされたことに加え、走ったあげくその徒労が無駄だっため一樹は悠馬に恨みの視線を向ける。


そもそも遅刻しないのが普通であり、自業自得だと思うが。


クラスメイトが奇々の目を向ける中、彼の恨みの元凶、暴君こと莉奈はすでに準備万端とばかりに席に着いており、仲良し(笑)コントには気にも止めていない。


「だいたいな!お前は何に関しても俺を巻き込みすぎだ!なに?なんなの?好きなの!?」

「安心しろ。そっちの趣味はない。ちなみに言うと、全て巻き込んでるわけじゃねえよ。勘違いすんな、身代わりになりそうだったらの時だけだ。」

「悪魔か!」

「あいあむひゅーまん」

「いつか罰当ててやる…!」


─────────────────

そして、学校のある人物の下駄箱の前で雨宮由梨は静かにため息をついていた。

その下駄箱の名札には、教室で騒いでいる遅刻常習犯2人組の片方の名前、霧崎悠馬の文字。

「……いい加減素直にならないとなぁ。」


手には一つの手紙。

所謂ラブレター的な何か。というより正真正銘ラブレター。


告白は実際本人に面と向かって好きと伝えた方がいいのか

それともラブレターとかメールとか文面で伝えた方がいいのか

悠馬はどっちが好みなのか

そもそもこんな急に告白して迷惑に思われないのか


色々な迷いと疑問が一度に脳内へぶち込まれたせいで混乱してしまい、全く答えが出せない。

簡単に言うと、あーもうどうしたらいいの!と頭をぐしゃぐしゃかいてその場に座り込んでしまいたい。いっそのことこの迷いを本人に理不尽極まりない怒りとして『とりあえず殴らせて?☆痛くないから。ね?☆』と超笑顔でぶつけてしまいたい。


普段の由梨であれば、そうしていたかもだが、それでは何も変わらないことも分かっている。

昨日、今日こそは素直になると決めたのだった。

…それを思い出し、もう一度ここで覚悟を決める。


「よし…!ラブレターでも何でもいいから告白する。だってメアド知らないし…声かけようとしても気づいたらいないし…。もうこれしか方法ないじゃん!」


そして、さっき決めたばかりの覚悟をいとも簡単にへし折るように鳴り響くたった4音の音。


人は葛藤すると時間の流れが早く感じるという。

もちろん個人差がある話ではあるのだが、楽しいこと、好きなことをしていると時間の流れが早く感じるのと同じ話だ。


「へっ…?え、え?うん?ふぁい?えーと…what?」


恋する少女、雨宮由梨は頭の中に浮かぶ疑問や迷いの消去や緊張を抑え込んだりして葛藤していた。

時計すら全く見ずに。

その結果招いたのがSHR開始5分前のチャイムが鳴り響く結末だった。


一瞬何が起こったのか分からなかった。思考停止が停止し、頭が真っ白になる。

例えるなら石化し、粉となって風で飛ばされていくギャグ漫画の一コマのよう。


時間の流れが早く感じたと思いきや今度は時間が止まったような気がした。

何とも忙しい由梨の時間感覚である。


徐々に理性が戻るにつれ、由梨の頬はヒクヒク痙攣し、先程まであった迷いや覚悟は怒りへと変わっていった。



理不尽タイム☆スタート♪



「…こんな…!こんな結末ってぇぇ……。これも全部アイツが悪い。うん、そうだ。そうに違いな…あっ、遅刻ピンチ!」


ふつふつと膨れ上がる怒りを携えたまま教室へと急いで向かった。


そしてその後SHRが終わる頃には、悠馬に対し、制裁という名の理不尽極まりない攻撃を与えていた。


やったね!理不尽レベルがレベルアップしたよ!♪


とても喜べない。

ドMとは無縁な悠馬にとっては尚更だ。


どうしてこうも自分の周りには理不尽な奴しかいないのだろうか。

自分は何もしてない時がほとんどなのに。


よって。

普段クールな彼が全力で叫ぶ。

「っざけんなよ!暇か!何がしたいんだお前らは!いい加減にしやがれぇぇぇぇ!」


─────────────────

悠馬達と同じ学校、学年である牧瀬達也は屋上にいた。

完全遅刻な時間帯にである。


別に嫌なことがあって黄昏ていただとか外の空気を吸いたかっただとかではなく、人がいないところが必要だった。

そして、人がいないところがたまたま朝の屋上だった、それだけ。


「朝の8時50分…。時間だ。」


達也が腕時計を見て呟くと、彼のポケットの中に入っているスマートフォンがちょうど着信音を鳴らす。


「うっす、こちら牧瀬。」


軽快な口調で電話に出ると、そこからまるでスーツにメガネ、職業は秘書ですと言わんばかりのピシッとした女性…とはかけ離れた、いや全くの正反対な弱々しい声が聞こえてくる。


『上司が電話してるというのに相変わらず口調が軽すぎですっ。はぁ…まあ、それよりも…ですね…。正式に依頼が受理されました。細かい情報は追ってメールで』

「……『教会』絡みだっけ?」

『はい。上層部も『教会』を危険視し始め、奴ら絡みの依頼も増えました。それと同時にこちら側も危険が増えてます。奴らが最も敵視するのは神に仇す者たち、ですから。より注意をお願いします。』

「言われなくとも。分かってる、加賀美ちゃん。」

『上司ですよ!?上司に向かってちゃんとは…い、いい度きょ』


最後まで聞かずに達也は電話を切った。

勇気を振り絞って出した強気の発言すら途中で切ってしまうところ中々なサディストなかもしれない。

彼の頭には電話ごしにうぅ…と涙目で唸る上司が浮かんだ。


そんなサディスト少年は、クスと笑って屋上を後にする。

何かの組織に属する少年が、屋上の扉を境にして特別な力も高度な身体能力も何もないただの男子高校生に戻っていくように。

厳密には、扮装するように。




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