1話 平穏
朝、美少女が起こしに来る。
なんてシチュエーションは、一部を除く全国の男子諸君の夢だろう。
幼馴染でもクラスメイトでも何でもいいが、そこから恋に発展し、最終的には結ばれる。といった一世代前の恋愛ゲームのような未来だってあり得るかもしれない。
そんなシチュエーションを何人の男子諸君が夢見ただろうか。
現実は違うとわかっていても淡い期待に胸を膨らませたかもしれない。
そんな夢のような状態でも彼にとってはただただ迷惑極まりなかった。
勘違いしないでいただきたいのが、彼は同性愛者ではない。
ただ単に色恋沙汰に興味がないのだ。
いや、正確には「興味がなくなった」や「それどころではない」が正しい。
何とも健全な男子高校生からすれば、つまらない奴だとかよくわからない奴だとか言われそうである。
彼のことを詳しく知れば、そんなことは言えないだろうが、それは今は置いておこう。
さて、話を戻すが、現に彼は美少女とも言える少女に起こされたのだ。
その少女は目の前におり、彼の気怠そうな目を対照的なキリッとした目で見つめている。
「………………………………さあ、話をしようか。」
ベッドに腰掛けている彼は少女に何故ここにいるのか、鍵はどうしたのかを聞いた。
「何でって私はクラスの代表として無断遅刻欠席常習犯を真っ当な道に正す義務があるの。」
少女は彼の目から視線を逸らし、彼の部屋をぐるりと見回しながらサラリとさも当たり前のように答えた。
(こいつ…ちゃっかり鍵のことスルーしやがった。)
そんなことを思いながらもう一度鍵について聞くのは面倒なので二度寝に入ろうと再度ベッドに寝転がった。
「へーへー、そら大変なことで。じゃ、がんばれよ。俺は寝る。」
「何言ってるの。わざわざ私が起こしにきたんだから二度寝は許さないわよ」
案の定すぐに阻止された。
まあ、デスヨネー、と思いながら体を起こすが、イマイチ寝足りない。寝不足だ。
少女はちらっと彼を飽きれた表情で見る。
寝不足が見抜かれたらしい。
「悠馬?寝不足なの?はぁ…夜遅くまで遊んでるからよ。いくら平和になったからと言ってダラけてないでよ。」
(その平和を維持するのが俺らの仕事なんですケド)
口に出して言って論破してやりたいところだが、割と秘密主義な彼にとっては素性や過去をバラすのは気に食わない。
なら、彼の代わりにここで言わせてもらうが、悠馬と呼ばれた少年は、PPCT──Phobos private combat team──、つまりフォボスと戦うための私設部隊の一人である。
部隊と言っても会社のようなものでPMCと似ている。
資格が必要となるが、国家試験をクリアすれば高校生だろうが言ってしまえば中学生でも小学生でも誰でも設立、経営ができる。
現に彼は高校生だ。
社長というわけではないが、資格もあり、とある一社に所属している。
昨夜はその会社から招集がかかり、それが夜遅くまでかかったのだ。
結果寝不足なのだが、起こしにきた少女にそれを言えるわけもなく、渋々と学校へ行く準備をし始めた。
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まず、この大胆な少女は何者かから始めよう。
名前は西宮莉奈。特にこれと言って特徴がある名前ではない。
黒髪でストレートな長髪。色白で美少女と言えるであろう容姿。
それに加え、先程彼女が言っていた通りクラスの代表、つまり委員長であり、たまたま幸い(いや、悠馬にとっては不幸にも)悠馬の住んでいる家の近くなのだ。
まさにラブコメディ。クラスメイトは嫉妬や妬みの視線を向けるのもわからなくはない。
…が実態は、彼女自身、無断遅刻欠席常習犯である悠馬を引きずってでも学校へ連れて行かなければならないと思い込んでいる。
オー、イッツパワフルだなんてレベルのもんじゃない。もし、しつこくナンパなんてしようものなら相手をフルボッコにし、彼女の笑顔に相手側が恐れおののくほど。
正直なところPPCTの実技試験なら行けるんじゃないかと悠馬は真面目に思っている。
そんな彼女に腕を引っ張られながら悠馬は嫌々学校へ向かっていた。
グイグイと引っ張られて行く姿は母親が嫌がる子供を無理矢理にでも連れて行こうとする姿そのものだった。
「おい…そろそろ離せよ。」
「ダメよ、あんた逃げるかもじゃんない。」
「どこの餓鬼だよ。逃げねえって…」
悠馬がもっと小さい子であれば、近所のおばちゃんからもあらあら可愛いねえ、で済まされるのだが、残念ながら高2で背も低くない彼は周囲から見たら見事に苦笑の対象となっている。
周囲の目は気にしねえのかこのバイオレンスガールは…
流石にこのまま学校まで行くわけにも行かない。
そこで霧崎悠馬は考えた。
もし、彼女のバイオレンスっぷりを2分割出来れば、自分にくる被害が少ないのではないかと。
これでも死線をくぐり抜けている彼は何が1番効果的で手っ取り早いかすぐ思いつく。
つまり、このラブコメディを誰かと一緒に分かち合おうと。
誰かにこの幸せ(?)を分けてやろうと。
平たく言えば、道連れ。
というより道連れ。
彼の知り合いでそんな道連れ対象者が1人存在した。
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そして、その対象者もとい被害者がここに1人。
「いやァァァァァァァァァ。なんだ…なんだぁ…?これは夢ですか?はっ…あぁ、そうかそうか夢か。寝うげふっ⁉︎」
とある一室に悲鳴と人を殴る時に鳴る鈍い音が響いた。
ベッドの上で立ち膝になりながら、殴られた衝撃で窓に顔をビタンと貼り付くという器用な体勢を作り上げている。
そして、それを立ちながら見つめる悠馬と莉奈。
悲鳴の主は自称悠馬の友人こと草野一樹。所謂遅刻欠席仲間である。
もちろんお分かりの通り殴ったのは莉奈だ。
「なんで⁉︎なんでお前がここにいんの⁉︎世紀末⁉︎あっ、夢か寝うげふっ」
また部屋に鈍い音が響く。殴ったのは言うまでもない。
「死ぬわ‼︎あと西宮はなんで無言で殴るんすかねえ⁉︎」
「……馬鹿だろお前」
「あの…何で西宮がここに?」
「あー、俺のとこにこいつが起こしに来てさ。女子に朝起こされる楽しみってやつをお前にも分けてやろうと」
「本音は。」
「保身。」
「鬼か‼︎」
「どっちかっつーと桃太郎。人だから」
楽しみと言っているが、彼らにとっては苦しみそのものであるのは言うまでもない。
特に一樹にとっては莉奈は恐怖の象徴以外何者でもなかった。
初対面の時、一樹は莉奈を口説こうとし、断られた。それでも諦めず、チャラ男の如くしつこく迫ったところ恐怖を植え付けられたのだ。
その逆もまた然り。
西宮はその時の事もあり、悠馬より明らかに扱いが酷くなっている。
「ほら仲良しコントなんかしてないで早く行くわよ。早く準備しなさい、草野。5分以内で……ね?」
「ヒィッ。イエス!マム!」
悠馬は、もはや完全にしつけられている彼に向かって南無三と合掌だけしておいた。