プロローグ『記憶』
2053年5月25日
────作戦名:【ライトニングスピア】
「ハッ…皮肉なもんだな」
軽い口調とは裏腹にそう呟いた少年の表情は強張り、一点を見続ける。
その視線の先には──1人の男。
髪は白髪で長髪。白いシャツの上に黒いジャンバーを羽織り、黒いズボンと風貌は異様だが、一見人と何ら変わらない。
だが、彼の姿を見せて国民アンケートを取れば、1000人中1000人…10000人中10000人。つまり、100%の確率で『彼は人ではない』と人々は言い切るだろう。
瞳は血の色に似て真紅、強膜は黒く染まり、目の下から頬にかけては大きなヒビが入っているのだ。
それが彼を人ではないと言い切れる決定的な違い。
「皮肉?何がだ」
少年の呟きは聞こえてしまったようで「人ではない者」は少年に問う。
「2年前、俺の命を助けてくれたのはアンタだ。それを今、恩すら返さずにここにいる。それが皮肉だっつってんだ。」
ここで1つの情報を明かすと彼らは兄弟なのだ。兄弟と言っても実際は血は繋がっておらず、戸籍も兄弟として存在しない。
それでも2年前、確かに彼らは兄弟として家族として互いに認めあった。
簡単に言えば、三国志で劉備、関羽、張飛が交わした契りの義兄弟と同じと考えればいい。
それが何故2人は敵対し、睨み合っているだろうか。
平和ボケした世界で見るような「兄弟喧嘩」のように生易しいものではないというのは誰が見てもそう思えるほどの異常な緊迫感。
少年は黒光りする黒刀を持ち、「人ではない者」はそれを見据えるが、恐怖する様子はなくポケットに手を突っ込んで余裕すら感じさていた。
明らかな『殺し合い』
「これも運命…ってな」
運命。
運命…確かに運命かもなと少年は思った。
しかし、実際には、彼らの考えとは裏腹に運命と一言で片付けられるほど簡単ではない。
『第一次人神戦争』『フォボス化』
少年の頭にはその2つの単語がよぎる。
それこそが、少年ここにいる理由であり、彼らが殺し合いをする理由。
そんな緊迫感の中、ただただ時は流れ、自然の流れも変わらず流れ続ける。
その流れに沿うようにサァと弱い風が吹き、彼らの髪や服を靡かせた。
しかし、その自然とはかけ離れて周囲は、人の死体や持ち主を失った武器、空薬莢など散乱し、耳をすまさなくとも爆発音、銃撃音、人の悲鳴や喧騒、別の生物の鳴き声、など様々な音が入り混じり作り上げられるグロテスクな絵。
前述の通り紛れもなく『戦争』なのだ。
──ただ、彼らの空間だけは静かに見えた。
「……そろそろ──最期の兄弟喧嘩だ」
その言葉を聞くと、少年は無言で刀を構えた。もうすでに兄を殺すことに躊躇いはない。
覚悟は──出来ている。
それと同時に、「人ではない者」は右腕から大剣のようなものを生み出す。
生み出すというよりは生やしたという表現の方が正しいのかもしれない。
腕が大剣と一体化し、肩まで侵食する。
まさに右手そのものが剣。
一瞬生まれる静寂。
そしてその静寂は1分ともたずに轟音へと変わった
「「おォォォォォォォォォォォォ!!!」」
爆音とも言える音と金属と金属がぶつかる音がし、弱風は止んでぶつかり合った彼らから強風が周辺へと吹き荒れる。
──彼らは激突した。
「人ではない者」はそれ楽しんでるかのようにニィと笑うが、少年は先程より強く相手を睨みつけ歯を食いしばる
「アンタは…アンタがしたことは、家族である俺が!俺が始末をつけてやる!」
────これが少年、霧崎悠馬が最後に見る家族だった。